ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

2 / 26
第1話 Cクラス

「ここがCクラスか」

 

 俺はCクラスに入り、教室内をさり気なくぐるりと見渡す。既に教室内の大半の席が埋まっていた。

 ここもか。俺が特に気になるのはこの学校に設置されている監視カメラについてだ。この教室まで来る途中、幾つもの監視カメラが設置されているを発見し、この教室にも監視カメラが設置されていた。

 防犯の為なのかそれとも他に理由があるのか。

 黒板のすぐ上、まるで生徒の一挙手一投足を見逃さないと言わんばかりの位置に、それは静かに鎮座している。

 普通の高校なら「防犯やトラブル防止のため」で片付くだろう。だが、この学校の異質な空気を感じ取っている俺としては、どうしてもそれ以上の意図を勘繰ってしまう。例えば――生徒の『品行』や『価値』をリアルタイムで査定している、とか。

 

「……ま、考えすぎか」

 

 小さく呟き、思考を切り替える。今はカメラの謎に頭を悩ませるよりも、まずは自分の居場所を確保するのが先決だ。

 俺は一度思考を止め自分のネームプレートが置かれた席へと向う。廊下側の後ろの方の席だ。

 ふむ、ここは喜ぶべきかな。

 しかし、このクラスは柄の悪い生徒が多い。

 怖いな、絡まれないように気をつけよう。

 席に座り、カバンを机の横のフックに掛ける。背もたれに体重を預けながら、HRまで読書を再開した。

 本を読んでいると、隣から肩を軽くトントンと叩かれる。叩かれた方に意識を向けるとそこには綺麗な銀髪にふわふわとした雰囲気を纏う美少女がいた。そして彼女の視線には現在読んでいたであろう本に興味津々に向けている。

 

「何の本を読まれているのですか?」

「あ、ああ。アガサクリスティのオリエント急行殺人事件というミステリー小説なんだが」

 

 そう答えると、彼女は目を輝かせる。なんなんだこの子は。

 

「本がお好きなのですか?」

「ああ、小さい頃から読んでいるからな。本は好きだな」

 

 本は偉大だ。物心がついた時から分からない事、知らない事は大体本に書かれており、幾度なく俺を救ってくれた品物だ。

 

「本当ですかっ」

 

 彼女はそう言って、まるで満開の桜が咲き誇るような、屈託のない笑みを浮かべた。

銀髪が教室の蛍光灯を浴びて、淡い光の粒子を纏ったようにきらめく。その圧倒的な透明感と洗練された佇まいは、お世辞にも治安が良いとは言えないこのCクラスの空気の中で、完全に浮いていた。

 

「あっ申し遅れました。私は椎名ひよりと言います」

「俺は柊美輝。よろしくな」

「はい。よろしくお願いします柊くん」

 

 そう言って、椎名ひよりは再び嬉しそうに微笑んだ。その一瞬で、彼女の周囲だけが切り取られたかのような静謐な空間が出来上がる。

 このCクラスという、どこか刺々しく、不良漫画の背景にでもなりそうな荒れた空気感の中で、彼女の存在はあまりにも異質だった。

 その後、椎名は本について話し出す。彼女の一方的なマシンガントークに遮ることが出来ず彼女の話を聞いていた。テンションを上がて話すあたりよっぽど本が好きなんだろう。

 

「あ、勢いづいてすみません。迷惑でしたか?」

「いや、迷惑だなんてとんでもない。椎名の本の話は実に面白かった。今後とも椎名の話を聞かせてくれないか?」

 

 そう問いかけると、椎名は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。

 紫がかった彼女の瞳が、俺の顔をじっと見つめる。からかわれているのか、それともただの社交辞令なのかを見極めようとするかのような、微かな戸惑い。だが、そこに悪意や嘘がないことを察したのだろう。彼女の表情はすぐに、先ほどよりも一層深い、心の底からの喜びを湛えた笑顔へと変わっていった。

 

「――はいっ! ぜひ、喜んで!」

 

 胸の前で小さく両手を合わせ、弾むような声で彼女は答えた。その仕草一つをとっても、どこか育ちの良さというか、おっとりとした気品が滲み出ている。

 しかし、そんな俺たちの穏やかなやり取りを遮るように、チャイムが鳴る。

 学校生活の始まりを告げる、至極ありふれたチャイムの音。

 

「あ……チャイム、鳴ってしまいましたね」

 

 椎名ひよりは名残惜しそうに、しかし小さくペコリと頭を下げて、自分の席へと向き直る。

 

「椎名が良ければ放課後、一緒に図書館へ行ってみないか?」

 

「――放課後、ですか?」

 

 俺の提案に、椎名はもう一度、今度は弾かれたようにこちらを振り返った。その綺麗な紫の瞳が、驚きと、それを上回る純粋な期待でいっぱいに揺れている。

 

「はいっ、ぜひ! ぜひご一緒させてください。この学校の図書館がどのような品揃えなのか、実は昨日からずっと気になっていたのです」

 

 嬉しさを隠しきれないといった様子で、彼女は両手を胸の前で小さく握りしめる。

 お互い本が好きという共通点から図書館に行くかと誘ってみたが正解だったようだ。

 

「決まりだな。じゃあ、放課後に」

「はい、楽しみにしていますね、柊くん」

 

 彼女はもう一度、今度は少し内緒話でも共有するような、控えめながらも親密な笑みを浮かべてから、今度こそ前を向いた。

 

 それと同時に、教室の前方の扉がガラリと音を立てて開く。

 入ってきたのは、仕立ての良いスーツを身に纏った、一見すると知的な印象を与える大人の男性。

 

「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。君達Cクラスの担任を務めることになった坂上数馬です。担当科目は数学です。この学校には学年ごとのクラス替えはありませんので卒業までの3年間は私が担任を務めます。よろしくお願いします。

 今から1時間後に入学式が行われますが、その前に入学案内と一緒に配布され内容は把握していると思いますが改めてこの学校の特殊なルールについて記載された資料を配りますので後ろに回して下さい」

 

 前の席の生徒から資料が回ってきて自分の分をとり、残りの資料を後ろに回す。

 

「次は学生証カードを配ります。このカードは敷地内にある全ての施設を利用することや、商品をこのカードの中にあるポイントで購入することが可能です。デビットカードのようなものです。そして学校の敷地内にあるものならば、ポイントで買えないものはなく何でも購入が可能です。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっています。君達全員にはあらかじめ10万ポイントが支給されているはずです。確認の為、振り込まれていない人は申し出て下さい」

 

 配られた学生証は、カードをいうよりも携帯端末に近い形状をしている。あえて紙幣を持たせないことで、金銭的なトラブルを未然に防止、あるいはポイントの消耗をチェックすることで無駄使いをしないようにしているのかもしれない。

 

「振り込まれていない人が居ないようなので話を続けます。このポイントは1ポイント=1円の価値があるという認識でお願いします。」

「10万ポイント……。つまり、10万円分ってことか?」

「マジかよ、最高じゃん!」

 

 担任の坂上先生の言葉が終わるか終わらないかのうちに、教室内は一気に沸き立った。

 特に前方の席にいる、いかにも血気の多そうな男子生徒たちは、互いに端末の画面を見せ合いながら興奮を隠しきれない様子で騒ぎ始めている。

 15歳や16歳の高校生にとって、毎月10万円という大金が自由に使えるというのは、まさに夢のような話だろう。浮足立つなと言う方が無理がある。

 俺は手元の端末に表示された「100,000」という数字をじっと見つめながら、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

 

 ふと、視線を前に向ける。

 教壇に立つ坂上先生は、騒ぎ立てる生徒たちを窘める風でもなく、ただ冷淡とも取れる薄い笑みを浮かべてその光景を眺めていた。その目は、まるで行き先を知らない羊たちが罠に向かって歓声を上げているのを、冷ややかに観察しているかのようだ。

 

「ポイントの支給額に驚く人もいますが無理もありません。この学校は実力で生徒を測ります。これは入学を果たした君達に対するご褒美として受け取ってくれても構いません。それだけの価値と可能性が君達にはあるということです。ただし、卒業後には学校側が全て回収します。現金化は出来ませんので注意して下さい。

 また、他の人にポイントを譲渡することは可能ですが強奪や恐喝のような手段を行うことは厳禁です。発覚次第、処分が下されます。いじめなどの非道徳的と思われる行為も同様に処分が下されますので、くれぐれもそういったことをしないように努めてください。学校はいじめ問題には敏感ですので。

 何か質問がある人は挙手をお願いします」

 

 坂上先生の説明が終わったのか、質問がないかと確認してくる。

 

「……どうやら居ないようですね。では1時間後に入学式が行われますのくれぐれも遅れないようにして下さい」

 

 坂上先生はそう言い残すと、流れるような動作で教壇を後にし、教室を出て行った。

 先生の姿が見えなくなった瞬間、教室内は先ほど以上の熱気と騒音に包まれる。

 

「おい、本当に毎月10万貰えるんだよな!?」

「何買おうかな。まずは新しいゲームと……」

 

 周囲の生徒たちは、まるでお年玉を貰った子供のように浮き足立っている。だが、俺の胸の中にある違和感は、彼らの歓声に比例して大きくなる一方だった。

 

――この学校は実力で生徒を測ります。

 

 坂上先生は確かにそう言った。そして、この10万ポイントは『入学を果たしたご褒美』だと。

 裏を返せば、これは初期投資に過ぎないということだ。もし本当に実力で生徒を測る学校なら、今後の行動や成果によって、この破格の支給額が変動する可能性は極めて高い。

 そして俺の視線は、再び黒板の上の監視カメラへと戻る。

 

『生徒の品行や価値をリアルタイムで査定している――』

 

 先ほど脳裏をよぎった仮説が、確信めいた不気味さを帯びて膨れ上がっていく。

もし、この10万ポイントが「無条件」の配給ではなく、何らかの「成果」や「評価」に連動しているとしたら? そして、今こうして教室内で騒ぎ立てている生徒たちの行動が、すべてあのカメラを通じて『減点対象』としてカウントされているとしたら……。

 俺は疑問に思うこと、気になること等を箇条書きでまとめたメモ帳に目を通した。

 

 ・クラス替えはない

 ・この学校内にあるものは何でも購入可能

 ・毎月1日にポイントが支給される(10万?)

 ・この学校は実力で生徒を測る

 




読んでいただきありがとうございます。誤字やおかしな点がありましたら感想欄で教えてください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。