ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

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第20話 無人島試験4

 朝の点呼から約2時間が経ち俺はベースキャンプに戻ってきた。

 

「柊氏。戻ってきましたか」

「どうだ見つけられたか」

「はい。確かにすいかやかぼちゃ、トウモロコシがありました。数班に分けて収穫へ向かわせてます」

「了解。収穫後はクラス全員に自由行動だと伝えてくれ」

「分かりました…………ところでその竹で何をするつもりで?」

 

 昨日、竹が生えているスポットを発見し、俺は密かにとあるものを作ろうとした。

 俺は肩に担いでいた数本の太い竹を地面に下ろし、リュックサックからサバイバルナイフを取り出した。

 

「これで風呂を作る」

「……はい?」 

 

 金田がポカンと口を開ける。

 そんな金田を横目に、俺は手際よく竹の枝を払いはじめた。

 

「風呂って……柊氏、ここは無人島ですよ? ドラム缶があるわけでもないのに、どうやってお湯を沸かすつもりなんです」

 

 俺は太い竹の節を抜き、長い筒を数本作っていく。金田は呆れ顔で見守っていたが、俺がサバイバルナイフで竹を割り、それを樋のように繋ぎ合わせるのを見て、ようやく合点がいったらしい。

 

「なるほど、川の上流から水を引くわけですか。でも、それじゃあただの冷水シャワーですよ。今の時期、夜は冷えます」

「だから『熱交換』を使う。焚き火の中に、螺旋状に巻いた銅パイプ……は無いから、代わりに細い竹を組んで熱を通す仕組みを作るんだ。水を通しながら加熱して、溜め石で作った浴槽に流し込み自然対流を利用してお湯を沸かす」

 

 俺は地面に図面を描きながら説明した。

 正直、竹でどこまで耐熱性が持てるかは賭けだったが、生竹なら水分を含んでいる分、すぐには燃え尽きないはずだ。

 

「……本気なんですね。クラスの女子たちが聞いたら泣いて喜ぶでしょうけど」

 

 俺は地面に描いた図面を指さした。

 

「まずはこの『集熱器』の部分だ。細い竹をU字型に曲げて、連結部分を松脂と蔦でガチガチに固める。それを焚き火の熱が一番集中する場所に設置するんだ」

 

「……つまり、冷たい水が熱されて軽くなり、上へ押し出される力を利用して循環させる……サーモサイフォン方式ですね?」

 

 金田が眼鏡のブリッジを押し上げながら、専門用語を口にする。流石は物知りなだけある。

 

「その通りだ。高低差と温度差、この二つが揃えばポンプがなくてもお湯は回る。俺が竹の加工をするから、お前は川を少し下った辺りの河原で、できるだけ平らで熱を逃がしにくい石を集めてきてくれ。浴槽の基礎と、火床の囲いに使う」

 

「了解しました。……柊氏、貴方はサバイバルを楽しんでいませんか?」

「何を当たり前のことを。特別試験とはいえ楽しいんだほうがいいだろ」

「え、えぇ……」

 

 金田は苦笑いを浮かべ軽口を叩きながらも、俺の手は休まない。サバイバルナイフで竹の表面を削り、節に小さな穴を開けていく。生竹の青い香りが周囲に漂う。

 

 まずは一番の難所、加熱ユニットだ。

 竹は節があるため、そのままでは水が流れない。俺は細めの生竹を数本選び、中を細い棒で突き抜いて貫通させた。これを火の上で熱せられる加熱コイルの代わりにする。

 

「節を抜くだけじゃ足りないな。接合部の密閉が命だ」

 

 竹の端と端を斜めにカットし、V字型のジョイントを作る。そこで採取しておいた粘着性の強い松脂を火で炙って塗り込み、上から丈夫な蔦をこれでもかと巻き付けた。これを幾重にも繋ぎ、焚き火の熱を効率よく受けるための「蛇行(ジグザグ)パイプ」を組み上げていく。

 

 一時間ほどして、金田が額に汗を浮かべながら戻ってきた。

 

「石、持ってきましたよ。かなりの重労働でした……」

「助かる。次はそれを使って、地面を掘った穴に敷き詰めるぞ」

 

 俺たちはテントから少し離れた、視線を遮る茂みの裏手を選んだ。

 

 地面を楕円形に掘り下げ、金田が運んできた平らな石をパズルのように組み合わせて底と壁を作る。隙間には川底の粘土質の土を叩き込み、水漏れを防ぐ「石組みの湯舟」が姿を現した。

 

 最後に、竹で作った導水管を湯舟の「上部」と「底部」の二箇所に接続する。

 

 冷たい水が湯舟の底から竹のパイプを通って焚き火(加熱部)へ。焚き火で熱された水が軽くなり、もう一本の竹を通って湯舟の上部へ戻る。

 

「よし、これで理論上は対流が起きるはずだ」

「……本当にお湯になるんでしょうか」

 

 俺が竹の樋から川の水を注ぎ込むと、石造りの浴槽に水が溜まり始めた。

 金田が慎重に、構築した火床に火を放つ。

 

 パチパチと乾燥した枝がはぜ、竹の加熱ユニットを炎が包み込む。

 最初は静かだった。だが、数分が経過した頃――。

 

「……柊氏見てください、湯舟の上側のパイプから水が揺らめきながら出てきています」

 

 透明だった水が、熱によって陽炎のように揺れながら、ゆっくりと浴槽へ注ぎ込まれている。

 

「っ本当にお湯だ!」

 

 金田が指先を湯に浸し、驚愕に目を見開く。

 無人島の静寂の中に、贅沢なほど心地よい「お湯の流れる音」が響き渡った。

 

「成功だな。あとは数時間火を絶やさなければ、夕方にはちょうどいい湯加減になるはずだ」

 

 俺は額の汗を拭い、立ち上がって完成した「露天風呂」を眺めた。

 

「次は脱衣所と、周囲を囲う目隠しだな」

 

 俺はそう言って、再びサバイバルナイフを腰の鞘から抜いた。

 お湯が出ることに成功したからといって、ここでおしまいじゃない。特にクラスの女子たちが使うことを考えれば、開放感がありすぎるのは問題だ。

 

「柊氏、まだやるんですか……? 正直、お湯が出ただけでも奇跡に近いと思っていましたが」

「金田、画竜点睛を欠くって言葉を知ってるだろ。誰にも見られないという安心感があってこそ、風呂は完成するんだ」

 

 俺は近くに生えていた、しなりのある細い低木を数本切り倒してきた。それを浴槽を囲うように四隅に打ち込み、支柱にする。

 金田は少し休憩していたが、俺の熱意に押されたのか、自ら「ブラインド用の大きな葉っぱを集めてきます」と森へ戻っていった。

 

 支柱の間に横木を渡し、藤の蔓で固定していく。そこに金田が抱えて持ってきた巨大な葉や、防虫効果があると言われる月桃に似た広葉樹の葉を、編み込むようにして壁を作っていく。

 

「……これでよし。外からは一切見えない。だが、中からは空が見える。なかなかの風情だろ?」

「確かに……ここはもう、無人島のキャンプ地というより、秘境の高級露天風呂ですね」

 

 金田が感心したように、完成した目隠しの中を覗き込む。

 脱衣所として、少し高くなった岩場の上に平らな竹を並べ、スノコ状のスペースも確保した。これなら足が泥で汚れる心配もない。

 

 ちょうど作業が一段落したところで、先に収穫組の女子たちが戻ってきた。先頭にいるのはひよりだ。

 彼女たちは籠いっぱいの食料を抱えていたが、俺たちが作った奇妙な「竹の建築物」を見て足を止める。

 

「あんたらこれは何なの?」

 

 俺の横に食料を抱えた伊吹が、不審なものを見るような目で鼻を鳴らした。その後ろからは、女子たちも不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいる。

 

「何って……見ての通り、風呂だ」

 

 俺が平然と答えると、その場にいた女子たちの動きが一瞬で止まった。

 

「……え? いま、お風呂って言った?」

 

 俺は無言で、石組みの浴槽から立ち上る薄い湯気を指さした。

 女子たちが吸い寄せられるように、目隠しの隙間から中を確認する。

 

「うそ、本当にお湯が沸いてる……」

「すごい! ちゃんと温かいよ!」

 

 誰かが湯舟に手を浸して声を上げると、場は一気に沸き立った。無人島生活が始まって以来、彼女たちが最も切望していたのは清潔な水と、体を休める場所だったはずだ。汗と泥にまみれた体を引きずる毎日の中で、「お湯に浸かれる」という事実は、どんな豪華な食事よりも価値がある。

 

「これ全部あんた一人で作ったわけ?」

 

 伊吹が驚きと感心の混じった表情で、それでもどこか疑わしげに問いかけてくる。

 

「金田の手伝いもあった。あいつが石を運んでくれなきゃ、今頃まだ地面を掘ってただろうな」

 

 名前を出された金田が、少し照れくさそうに眼鏡を指で押し上げる。

 

「いや、僕は柊氏の指示に従っただけですよ。この熱交換システムの発想には脱帽です」

 

 伊吹は鼻を鳴らしたが、その視線は既に湯船に釘付けだ。

 

「……ま、あんたの変人ぶりもたまには役に立つのね」

 

 相変わらずの減らず口だが、その声は心なしか弾んでいる。

 サラッと変人と呼ばれたことはいただけないがここは流しておこう。

 

「美輝くん、これ、私たちが一番に入ってもいいんですか?」

 

 ひよりが控えめに、けれど期待に満ちた瞳で尋ねてくる。その後ろでは、他の女子たちも「まさか本当に入れるなんて」とざわめき合っている。

 

「ああ、それで構わない。夕方にはちょうどいい湯加減になるはずだからその時間帯に入浴するといい。その間男子たちは薪の管理と覗き魔が出ないように、一定の距離を保って見張りをする。それでいいか、金田」

 

「もちろんです。柊氏に従いましょう」

 

 金田が妙に気合の入った顔で眼鏡のブリッジを押し上げる。

 女子たちは顔を見合わせ、弾けるような笑顔を見せた。無人島という極限状態において、衛生環境の確保は精神的な安定に直結する。特に年頃の彼女たちにとって、温かいお湯はどんな贅沢品よりも心に響いたようだ。

 

「ありがとうございます美輝くん、金田くん。でも無人島でお風呂を作ってしまうなんて、思いもよらなかったですよ」

「僕も風呂を作ると聞いた時は耳を疑いました。まさか本当に作るとは……ですね」

 

 金田が感嘆の息をつきながらそう締めくくる。

 その後しばらくすると男子たちも戻って来たようだ。

 戻ってきた男子たちは、一様に奇妙な光景を前に足を止めた。

ベースキャンプの端、不自然に立ち上る白い湯気。そして、そこから漂ってくる「火を焚く匂い」とは別の、どこか清潔感のある湿った空気。

 

「……おい、なんだありゃ。火事か?」

「火事なわけないだろ。……おい、あれを見ろよ」

 

 戻ってきた男子の一人が指さしたのは、竹の樋を伝って滔々と流れ込む水、そして石組みの隙間からゆらゆらと立ち上る本物の「湯気」だった。

 

「嘘だろ……風呂!? 柊、これお前が作ったのか!?」

 

 石崎が驚愕のあまり、抱えていたスイカを危うく落としそうになりながら叫んだ。

 その声を聞きつけて、他の男子たちもワラワラと集まってくる。

 

「マジかよ、露天風呂じゃねえか!」

「おいおい、冗談だろ!? ここ、無人島だぞ!」

 

 男子たちは、呆然とした表情で竹のパイプと石組みの浴槽を交互に見つめている。中には、あまりの衝撃に言葉を失い、ただ口を半開きにしている者もいた。

 

「とりあえず収穫してきたものを置いてきてくれ」

 

 俺がそう促すと、男子たちは慌ててスイカやかぼちゃを日陰に並べ始めた。だが、その足取りはどこか落ち着きがない。視線は常に、湯気を上げる「露天風呂」へと向いている。

 

「柊氏、男子たちのテンションが異常ですよ。まあ、無理もありませんが」

 

 金田が苦笑しながら言った。確かに、男子たちの目はまるで宝の山を見つけた子供のようだ。

 

「……噓でしょ。何なの、あれは……?」

 

 驚きを隠せないような凛とした声からは、二人の生徒が現れた。

 それはDクラスの堀北と綾小路だった。

 

 

 

 

 自分の視力が狂ったのか、あるいはこの猛暑に当てられて幻覚を見ているのではないか。

 そう疑わざるを得ない光景が、目の前に広がっていた。

 

「……噓でしょ。何なの、あれは……?」

 

 思わず口から漏れた言葉は、私の困惑をそのまま代弁していた。

 隣に立つ綾小路くんに目を向けると彼は相変わらずの無表情でと、まるで当たり前の事実を読み上げるように呟いただけだった。

 

「……風呂、だな。それも本格的な」

 

 場所は、Cクラスが拠点としている川沿いの開けたスペース。

 そこには、私たちが必死に火を起こし、最低限の寝床を確保しようとしている次元とは、明らかに「文明の強度」が異なる代物が鎮座していた。

 

 竹を複雑に組み上げたパイプのような機構。

 石を積み上げ、粘土で固められた堅牢な浴槽。

 そして何より、そこからゆらゆらと、贅沢なほどに立ち上る白い湯気。

 

「無人島で、お湯を沸かしているというの……?」

 

 私たちは今、クラスポイントを一点でも守るために、汗と泥にまみれ、不便を忍んで生活している。それがこの特別試験の「正しい姿」のはずだ。

 けれど、目の前のCクラスの生徒たちはどうだ。

 一部の男子は歓喜の声を上げ、女子たちは……信じられないことに、これから温泉旅行にでも行くかのような晴れやかな表情を浮かべている。

 

「柊くん……」

 

 浴槽の傍らで、サバイバルナイフを手に平然と立っている男に視線を据える。

 Cクラスの柊美輝。須藤くんの変化のきっかけとなり、そして兄さんとのわだかまりを解決してくれた恩人でもある。

 

 以前、兄さんとの立ち会いの際に彼が見せた、あの底知れない武術の冴え。そして、荒れ狂っていた須藤くんを瞬時に沈め、更生へと導いた理知的な眼差し。

 私は彼のことを、武に優れ、人を見る目に長けた、少し「特殊な」生徒だと思ってはいた。

 

 けれど……これは。

 この光景は、もはや「優秀な生徒」という枠組みを軽々と踏み越えている。

 

「……あのお二人はどのようなご用件でしょうか?」

 

 椎名ひよりさんが、まるで図書室で談笑するかのような穏やかさで、私たちに声をかけてきた。

 その背後では、柊くんが竹の継ぎ目を調整しながら、私たちの来訪に気づいて僅かに視線を向けただけだった。

 

「……偵察、と言いたいところだけれど。流石にこれを見せられては、開いた口が塞がらないわ。あなたたち、一体どれだけのポイントを消費したの? シャワーセットのレンタルどころじゃない。これだけの設備、クラスポイントを数百点単位で投げ打ったのかしら」

 

 私は努めて冷静に、けれど震えそうになる声を押し殺して問いかけた。

 そう。そうでなければ納得がいかない。

 私たちがポイントを節約している中、彼らがこんな娯楽を享受している理由。それは、将来のクラスポイントを切り捨てた自滅でなければならない。

 

 柊くんはサバイバルナイフを鞘に収めると、私の問いに無造作に応えた。

 

「ポイント? ……いや、この風呂を作るのに一点も使っていないぞ」

「…………は?」

「竹を切って、石を運び、粘土で固めた。火は支給品だ。強いてコストと言えば、金田が運んでくれた石と、俺たちの労働時間、金属や銅、ステンに比べ、竹は熱伝導率が極めて低いから風呂一杯分を適温にするには膨大な燃料と長い時間が必要になるがな。まあ、夕方くらいには適温になると思うぞ」

 

 0ポイント。

 あり得ない。この島に落ちている廃材だけで、文明の産物である温浴を再現したというの?

 

 隣の綾小路くんを見やる。彼は無表情のまま、竹で作られた蛇行するパイプ——柊くんが「熱交換器」と呼んだもの——をじっと観察していた。

 

 竹を使っての熱交換器は知識としては知っているけれども、それは流体力学と熱力学の知識に加え、高度な細工技術が求められる。

 知識があることと、それを無人島の限られた資材で形にすることの間には、深くて暗い、絶望的なまでの溝がある。

 私は彼が、竹の節を抜くのにどれだけの精密さを要したか、接合部からの水漏れを防ぐためにどれだけ試行錯誤したかを想像しようとした。けれど、目の前の男——柊くんは、まるで朝の散歩のついでに枝でも拾ってきたかのような、涼しい顔をしてそこに立っている。

 

「……それをこの短時間で、実践したというの?」

 

 思考が追いつかない。太陽の位置からして正午辺り、辺りを見渡しても細工に失敗した竹は見当たらない。失敗せずに短時間で……。

 この島に降り立ってからというもの、特別試験二日目にして私たちは慣れない自然という巨大な壁に跳ね返されてきた。火一つ起こすのに苦労し、寝床の湿気に眉をひそめる。それがこの試験の前提だったはずだ。

 けれど、目の前の光景は、その前提そのものを嘲笑っている。

 

「Dクラスがよければ、夕方風呂に浸かってみるか?」

「――え」

 

 その言葉の意味を咀嚼するのに、数秒を要した。

 柊くんは、こともなげに、まるで隣のクラスの生徒に飴玉でも差し出すような気安さで提案してきた。

 

「冗談はやめてちょうだい。私たちは偵察に来ただけよ」

「別に冗談じゃない。風呂はクラスの共有財産だが、作り手としての権利で言わせてもらえば、この無人島で温かい湯に浸かる価値は他クラスの人間であっても否定しない。薪の補充を手伝ってくれると助かるんだがな」

 

 彼は淡々と言葉を継ぐ。その瞳に他意はなく、純粋な合理性――あるいは、単なる親切心だけが宿っているように見えた。

 

「……堀北。いいんじゃないか。せっかくだし」

「な、何を言っているのよ綾小路くん!」

 

 無神経な言葉を投じた隣の男を睨みつける。けれど、私の心臓は不自然なほど激しく鼓動していた。

 汗に張り付いた体操服。不快な肌のべたつき。何より、極限状態による精神的な磨耗。

 それらが、目の前の湯気という誘惑に屈しそうになっている。

 

「……結構よ。そんな贅沢をするつもりはないわ」

 

 私は絞り出すようにそう告げ、踵を返した。

 ここで彼の好意(あるいは罠)に乗ってしまえば、リーダーとしての自分の芯が折れてしまう気がしたから。

 

「そうか。Dクラスで相談してからでもいいし、気が向いたらいつでも来な」

 

 背後からかけられたその言葉は、不思議と嫌味には聞こえなかった。

 私は振り返らずに、足早に森の中へと戻り始めた。

 

 

 

 

 去っていく堀北の背中は、どこか意地を張っているように見えた。

 彼女の性格上、素直に「お願いします」とは言わないだろうとは思ったが、まあ、選択肢を与えたことに意味がある。拒絶すらも、想定内だ。しかし、少し体調が優れなさそうに見えたのが気掛かりだ。

 

「柊氏。本当に良かったんですか? Dクラスに塩を送るような真似をして。彼らが回復してしまえば、我々の驚異になり得ますが」

 

 金田が眼鏡のブリッジを押し上げ、懸念を口にする。

 

「いいんだ。そんな細かいことは気にしなくてもCクラスが勝てればいいし。娯楽を共有した方がお互いに、無人島でいがみ合うよりはマシな関係が築けるだろ」

 

 俺は森の奥、綾小路が消えた方向へ視線を向けた。

 堀北の隣にいた綾小路が、去り際に見せた一瞬の視線を思い出す。

 彼は熱交換器の構造ではなく、その燃料となる薪の量と、火の燃え方、風呂を維持するのに、どれだけの労働リソースを割いているか計算していた様子だった。

 

「時間も時間だし、昼食を取ろう」

「柊氏……何を考えているのか分かりませんね、貴方は」

 

 金田が溜息をつきながらも、その表情にはどこか信頼の色が混じっている。

 俺は焚き火の勢いを調整しながら、足元に置いてあった収穫物のトウモロコシを一つ手に取った。

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