ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

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第21話 無人島試験5

 

 三日目の朝、午前7時30分頃。

 起床しタオルを持ったまま洗顔のため川辺へ向かった。

 

 昨夜の焚き火の残り香が微かに漂うキャンプ場は、すでに生徒たちがちらほら活動を始めていた。

 湿り気を帯びた朝の空気は、都会のそれとは比べものにならないほど濃く、肺の奥まで洗われるような心地がする。川辺に辿り着くと、ひんやりとした水音が耳を叩いた。

 

「おはようございます。美輝くん」

「……ああ、おはよう。ひよりはよく寝れたか?」

 

 不意に名前を呼ばれ、視線を上げると、そこには朝の光を背負ったひよりが立っていた。

 川面に反射した光がキラキラと彼女の輪郭を縁取り、少し眩しそうに目を細める。冷たい水で顔を洗うつもりだったが、その澄んだ声に、眠気が半分ほど吹き飛んでしまった。

 

 周囲を見渡せば、まだ眠たげに目をこすりながら歩く男子生徒や、手際よく朝食の準備を始めようとする女子グループの姿がある。

 

「はい、地面に草を敷いてあって思っていたより身体も痛くなくて眠れました。美輝くんこそ、少し眠そうですね?」

 

 彼女はそう言って、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。

 ひよりとの距離が少しだけ近くなる。彼女の髪からは、朝露と石鹸を混ぜたような、清潔で微かに甘い香りがした。

 

「……まあ、夜中に何度か薪をくべ直してたからな。火を絶やすのも、なんだか名残惜しくて」

「ふふっ美輝くんらしいですけど、あまり無理はしないでくださいね」

 

 ひよりはそう言って、俺の隣で小さく屈み込んだ。

 彼女がそっと川に手を浸すと、指先から細かな波紋が広がり、朝の光を複雑に乱反射させる。

 

「お気遣いありがとう。気を付けるよ」

「美輝くんは今日はどのように過ごす予定ですか」

 

 ひよりは濡れた手をそっと振り、水滴を散らしながら俺を見た。

 

「今日は他クラスの様子を見に行くつもりだ。他クラスがどのようにしてサバイバル生活を成り立たせているのか、少し興味があってな。特に拠点の作り方や、食料調達の効率とか」

 

 俺がそう答えると、ひよりは納得したように小さく頷いた。彼女の瞳には、俺の真面目すぎる性分を面白がっているような、穏やかな色が浮かんでいる。

 

「情報収集ですね。さすが美輝くん、抜かりないです……でも、少しだけ寂しいかもしれません」

「寂しい?」

「はい。今日は少し、ゆっくりお話しできる時間があるかなって期待していたので」

 

 そう言って、彼女は立ち上がり、軽く膝についた砂を払った。

 逆光の中で見せるその微笑みは、朝の冷たい空気を一瞬で溶かしてしまうほど柔らかい。

 

「……まあ、ずっと他クラスに張り付いているわけじゃないさ。昼前には戻ってくるつもりだし、午後は自由時間が多いからな」

「本当ですか? じゃあ、お昼に戻られたら、一緒に近くの散策路を歩きませんか」

 

 ひよりは期待を込めた眼差しで、俺の返事を待っている。

 その誘いを断る理由なんて、最初から持ち合わせていなかった。

 

「ああ、分かった。じゃあ、昼飯が終わった頃に声をかけるよ」

「約束ですよ? それでは、私は朝食の準備を手伝いに行ってきます。あまり根を詰めすぎないでくださいね」

 

 彼女は軽く手を振ると、軽やかな足取りでテントサイトの方へと戻っていった。

 遠ざかる背中を見送りながら、俺は改めて冷たい川の水を手で掬う。

 

 バシャリと顔にぶつけた水の冷たさは、期待と少しの緊張で熱を帯び始めた脳を冷やすには、ちょうどいい刺激だった。

 

 

 

 

 朝の点呼を終え、俺は石崎、近藤を引き連れてAクラス、Bクラス、Dクラスの様子を窺うべく、拠点を後にした。

 

「それでまずはどこのクラスへ向かうんだ? 柊」

 

 隣を歩く近藤は、慣れないサバイバル生活の疲れからか、少しだけ足取りが重そうだ。

 俺は歩みを止めず、頭の中に描いた島全体の簡易マップを反芻する。

 

「まずは、ここから一番近いDクラスの様子を見に行く」

 

 俺の言葉に、石崎が意外そうに眉を寄せた。

 

「Dクラスか? あいつら、どうせ適当にダラダラやってるだけだろ。わざわざ最初に見に行く価値なんてあんのかよ」

「そう言うなよ。折角の無人島生活なんだ。各クラスの様子を見に行ってみるのも悪くない」

「柊の言う通りここは価値とか関係なく見に行ってみようぜ、石崎」

「……そうだな」

 

 石崎は渋々といった様子で頭を掻いた。

 

「ま、お前が決めたなら付き合ってやるよ。あいつら、意外なところでバカやって笑わせてくれるかもしれねえしな」

 

 俺たちは生い茂る木々をかき分け、Dクラスの拠点があるというエリアへ向かって緩やかな斜面を下っていく。

 歩き始めて十分ほど。木々の隙間から、開けた空間と二つのテントが見えてきた。

 そこは緩やかな川があり、スポットの周りは木で囲まれており、直射日光を遮るには絶好の場所だった。

 

「おはよう。確か、Cクラスの石崎くん、近藤くんと……えっと――」

「柊だ。Cクラスの柊美輝だ」

「ああ、柊くんだね。おはよう、僕はDクラスの平田洋介、よろしくね。朝早くからどうしたんだい?」

 

 そこには、爽やかな笑顔を浮かべた平田洋介が立っていた。

 彼の背後では、数人の女子生徒が手際よく野菜を切る音が響き、男子たちは川から汲んできた水を沸かそうと協力し合っている。石崎が皮肉めいて言った「適当にダラダラ」という予想とは裏腹に、そこには驚くほど統制の取れた、穏やかな空気が流れていた。

 

「なに、Dクラスの様子を見に来ただけだ。俺たちは、他のクラスがどうやって過ごしているか興味があってな。お前のところは、ずいぶん落ち着いてるみたいだな」

「そう見えているなら嬉しいよ」

 

 近藤はそう自然に告げると平田は控えめに微笑んだ。

 

「うわ、マジかよ……もっとこう、グダグダになってるかと思ったぜ」

 

 石崎が呆れたように、それでいて感心したように拠点の様子を眺める。

 俺は平田の意識が近藤や石崎に向いている間に密かにキャンプを観察した。平田と近藤たちが言葉を交わす背後で、俺は意識を研ぎ澄ませ、視線を細部へと走らせた。

 Dクラス生徒の動向、ポイントで購入した物資、火を熾したであろう跡、スポットを占有する機械があり、その周辺の地面など。

 

「昨日、堀北さんから聞いた話だけどCクラスはお風呂を沸かして入ったって本当かい? 道具も限られているのに、すごい工夫だね」

 

 平田は感心したようにそう続け俺は視線を戻し、平田の曇りのない瞳をまっすぐに見つめた。

 

「ありがとう、それで返答はどうだ。利用してみるのか? Cクラスから要求することは特にないぞ」

「……いいのかい。昨日、皆に話して女子たちはとても入りたがっていたんだ。だけど、Cクラスが何か企んでいたり見返りを求められるんじゃないかって不安に思っている子もいてね」

 

 平田は少し申し訳なさそうに眉を下げた。彼らしい、クラスの和を第一に考える配慮だ。

 

「別に誰かを貶めるような企ては立ててないし見返りなんて必要ないさ。同じ学年で、わざわざ無人島まで来ていがみ合う必要もないだろう?」

 

 俺がそう告げると、平田は一瞬驚いたように目を見開いた後、心底安心したような表情を浮かべた。

 

「柊くん……君は、思っていたよりもずっと優しいんだね。ありがとう。みんなに伝えておくよ。きっと喜ぶと思う」

 

 その横で、石崎が「おいおい、本当にタダでいいのかよ」と小声でぼやいていたが、近藤が「まあまあ、柊の考えがあるんだろ」となだめている。

 

 平田との会話を続けながら、俺は周辺の観察を完了させる。

 

 Dクラスの結束は平田という柱によって支えられているが、その背後で淡々と作業をこなす数人の生徒――特に、輪から少し離れた場所で状況を静観している綾小路の存在が、わずかに俺の意識に引っかかった。

 

「それじゃ、俺たちは他のクラスも回る予定だから、これで失礼するよ。夕方くらいには風呂を沸かしているはずだからその時間帯くらいに来るといい」

「うん、そうするよ。わざわざ来てくれてありがとう。散策、気をつけてね」

 

 平田に見送られ、俺たちはDクラスの拠点を後にした。

 そしてDクラスを後にした俺たちは、残る二クラスの偵察へと向かった。

 

 

 

 時刻は正午を少し回った頃。Aクラスの強固な防衛体制と、Bクラスの一致団結した様子を網羅した俺たちは、心地よい疲れと共に自分たちの拠点へと戻ってきた。

 

「ふぅ……。結局、Aクラスの奴らは一歩も中に入れさせやしなかったな」

「まあ、葛城の慎重さは予想通りだ。それより、龍園さんに報告しなくていいのか?」

 

 石崎と近藤の言葉を適当に受け流しながら、俺の視線は自然とテントの近くを探していた。

 昼飯時。拠点では当番の生徒たちが手際よく準備を進めており、香ばしい煙が風に乗って流れてくる。

 

「……あ、美輝くん。おかえりなさい」

 

 拠点の入り口近くで、ひよりがパッと表情を明るくして駆け寄ってきた。

 その手には小さな籠があり、中には洗ったばかりの野苺がいくつか入っている。

 

「ただいま、ひより。待たせたか?」

「いえ、私も今さっき朝食の後片付けと食材の整理が終わったところです……お疲れ様です、石崎くん、近藤くんも。他クラスの様子はどうでしたか?」

 

 ひよりが丁寧にお辞儀をすると、石崎は照れくさそうに後頭部を掻き、近藤は「まあ、色々とな」と苦笑いを浮かべた。

 

「……まあ、話せば長くなる。昼飯を食べながら共有させてくれ」

 

 俺がそう締めくくる。

 

「そうだな、腹も減ったし」

 

 石崎たちはと調理場の方へ向かっていった。二人の背中が遠ざかるのを確認してから、俺は隣にいるひよりに向き直る。

 

「……ひより、約束通り戻ったぞ」

「はい。ちゃんとお昼前に戻ってきてくれて、嬉しいです。美輝くん、少し顔が火照っていますよ? 森の中は蒸し暑かったですよね」

 

 彼女は籠を片手に持ち替え、空いた方の手でパタパタと俺を仰ぐような仕草を見せた。その気遣いに、偵察で張り詰めていた神経がゆっくりと弛緩していくのが分かる。

 

「ああ、歩き回ったからな。だが、予定通り午後は空けられそうだ」

「良かったです。じゃあ、お昼を食べたら行きましょう? 私、午前中に皆さんが教えてくれたんですけど、この近くにすごく綺麗な木漏れ日が差す道があるそうなんです」

「ああ、そこへ行ってみよう。ちょうど落ち着いて話ができる場所を探していたんだ」

「ふふっ、名案ですね」

 

 そう答えると、ひよりは満足げに微笑んだ。

 昼食は、Cクラスが確保した魚の塩焼きと、ひよりたちが用意してくれた山菜の和え物。石崎たちが他クラスの防衛体制に文句を言いながら食べる横で、俺はひよりと向かい合い、穏やかな時間を過ごした。無人島という極限状態にありながら、彼女の周りだけはまるで時間が緩やかに流れているかのような錯覚に陥る。

 

 食後の片付けを済ませると、俺たちは約束通り拠点を出た。

 ひよりが案内してくれたのは、川の上流へと続く、あまり人の手が入っていない獣道だ。

 

「ここです。この木々の間から差し込む光が、物語の挿絵みたいだなって思っていたんです」

 

 彼女が足を止めた場所は、巨木が天を覆い、その隙間から幾筋もの光の柱が地上へ降り注いでいた。

 湿った土とシダ植物の香りが立ち込め、周囲の喧騒は完全に遮断されている。

 

「確かに、ここはいいな。偵察で張り詰めていた頭が冷えるようだ」

「美輝くんは、いつも誰かのために動いていますから。たまには、こうして深呼吸することも必要ですよ」

 

 ひよりは近くの苔むした倒木に腰を下ろし、隣をぽんぽんと叩いた。

 俺もそこに腰を下ろすと、わずかに彼女の肩が触れ合う。朝に感じたあの清潔な香りが、今度はより濃く、鼻腔をくすぐった。

 

「……ひよりは、不安じゃないのか? 俺たちのクラスは、龍園のやり方に賛否がある、と言っても過半数が否定的なんだがな。お前も、本を静かに読んでいたいタイプだろう」

 

 俺の問いに、ひよりは空を見上げたまま、少しの間を置いて答えた。

 

「不安……がないと言えば嘘になります。でも、不思議ですね。美輝くんがこうして傍にいてくれると思うと、なんだかこの不自由な生活も、新しい物語を読んでいるような気分になれるんです」

 

 彼女は視線を空から俺へと移し、いたずらっぽく小首を傾げた。

 

「それに、美輝くんは今日の偵察で何か大事なものを見つけたのでしょう? お顔を見ればわかります」

 

 ひよりの指摘に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。自分では平然と振る舞っていたつもりだったが、彼女の観察眼――あるいは、俺に対する理解の深さには、どうしても敵わないらしい。

 

「……そうだな。だがそれは最終日の結果を楽しみに待っていてくれ。過程を楽しみ結果を出す。それが俺の信念だ」

 

 俺の言葉に、ひよりは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。しかし、すぐに納得したように深い笑みを浮かべる。彼女の瞳には、信頼という名以上の、確固たる温もりが宿っていた。

 

「最終日の結果……ふふっ、美輝くんがそう仰るなら、私はただの『読者』として、その結末を心待ちにしていますね。きっと、誰もが予想しないような素敵なエピローグになるのでしょう」

 

 ひよりはそう言うと、倒木の上に置いていた自分の手に、そっと俺の手を重ねた。

 細くて、少しひんやりとした指先。だが、そこから伝わってくる体温は、この静かな森の空気の中で何よりも雄弁に彼女の存在を主張していた。

 

「あ……ごめんなさい。なんだか、こうしていると、ここが無人島だということを忘れてしまいそうで」

 

 少し顔を赤らめながらも、彼女は手を引こうとはしなかった。

 木漏れ日が彼女の銀髪を透かし、幻想的な輝きを放つ。俺は重ねられたその手を、拒むことなく優しく握り返した。

 

「……忘れてもいいさ。午後のこの時間だけは、試験のことも、無人島のことも、ポイントのことも、全部どこかに置いておこう」

 

「はい。そうですね……」

 

 それからしばらくの間、俺たちは言葉を交わさなかった。

 ただ、遠くで聞こえる川のせせらぎと、時折森を吹き抜ける風の音、そして隣り合う二人の穏やかな鼓動だけが、その場所を支配していた。

 

 数十分後――

 

「……そろそろ戻るか。あまり長く不在にしていると、石崎あたりが騒ぎ出しかねない」

 

 俺たちが立ち上がると、ひよりは名残惜しそうに周囲の景色を一瞥し、それから俺の顔を真っ直ぐに見つめた。

 

「美輝くん。本当にありがとうございました。明日からは……試験も佳境に入りますね」

 

「そうだな」

 

「はい。私は力仕事はできませんが、何かあればいつでも頼ってください。美輝くんの力になりたい……それは、クラスのためだけじゃなくて、私自身のわがままですから」

 

 彼女の真っ直ぐな言葉が、胸の奥に心地よい重みとなって残る。

 

「ああ。明日から俺は不在になる時が増える、その間クラスを頼む。ひより」

 

 俺たちは来た道をゆっくりと引き返し始めた。

 拠点の煙が見えてくる頃、俺の頭の中は再び、午前中の偵察で得た情報の整理と、これから仕掛けるべき策のシミュレーションへと切り替わっていた。

 

 Aクラスの鉄壁の守りと、Bクラスの高い協調性、Dクラスの意外なほどの結束力。

 

 さあ、楽しもうか。

 

 心の中でそう呟き、ひよりと共に深い森の中へと溶けていった。

 

 

 

 

 特別試験、無人島生活六日目。

 無人島を見渡せるような山頂の木の上から眼下に広がる緑の海を眺めていた。

 六日目ともなれば、各クラスの色が露骨に浮き彫りになってくる。効率的に拠点を固め規律を維持するクラスもいれば、高い協調性を武器に、和気藹々とサバイバルを楽しんでいるようにすら見えるクラスもある。

 木の枝を揺らす風は少しだけ湿り気を帯びており、今夜の天候が荒れることを予感させた。

 

 七日目の点呼のタイミングで他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。

 俺はこれまで単独でこの島の生態系の一部に溶け込み情報収集し密かにいくつかの罠を張った。獲物が罠に引っ掛かれば勝手に自滅し、収集した情報から各クラスのリーダーと思われる候補が絞り込めた。

 

「……明日で最後か」

 

 これまでの無人島生活はそれなりに楽しめた。自然対流を利用した風呂を建設したり、ひよりと過ごしたりなど。とても一般的なサバイバル生活とは程遠い贅沢な時間を過ごしたものだ。

 それに久々に索敵や潜伏したこともあって身体の感覚が鋭敏に研ぎ澄まされているのが自分でもよく分かった。  

 これらの技術や知識はこの学校生活で使うとは思ってもみなかったがな。

 

 風が再び吹き抜け、森のざわめきが大きくなった。

 俺が仕掛けた罠は、もはや物理的なものだけではない。論理という名の毒を、適切な場所に、自然な挙動にみせた。明日、彼らがリーダーを指名するその瞬間に、その毒が回るはずだ。

 俺は軽く身を躍らせ、太い枝から音もなく地面へと着地した。

足元に広がる腐葉土の感触。身体の隅々にまで行き渡った野生の感覚が、暗闇の中でも獲物の位置を正確に捉えている。

 

 今夜の雨は、多くの痕跡を洗い流してくれるだろう。

 俺がこの六日間、どこで何をしていたのか。

 

 すべては明日の点呼で明らかになる。

 

 

 

 七日目。慣れないこともあり長く感じるも充実した無人島生活が終わりを迎えます。

 美輝くんが作ったお風呂やハンモック、多彩なフルーツに海鮮料理を振る舞ってくれたこともありクラスメイトたちは皆、この過酷なはずの試験をどこか名残惜しそうに振り返ってました。

 

『ただいま試験結果の集計をしております。しばらくお待ちください。既に試験は終了しているため、各自飲み物やお手洗いを希望する場合は休憩所をご利用下さい』

 

 そんなアナウンスが流れ、生徒たちが一斉に休憩所へと集まっていきます。

 

「椎名、柊のやつは何処にいんの? さっきまで点呼にいたのは確かでしょ」

 

 伊吹さんが、不機嫌そうに周囲を見渡してます。

 彼女の視線の先、私たちが一週間を過ごした拠点の近くには、クラスメイトたちが名残惜しそうに集まってますけど、そこに美輝くんの姿は見当たらないです。

 

「美輝くんは体調が優れなさそうなので客船で待機してますよ」

 

伊吹さんは美輝くんの不在に納得がいかない様子で、いかにも彼女らしく眉間に皺を寄せて鼻を鳴らしました。

 

「客船? 点呼にいたときは具合が悪そうに見えなかったけど……あいつ、また変なことでも考えてんじゃないの?」

 

 伊吹さんの言葉は鋭いですが、その瞳の奥には苛立ちだけでなく、この一週間で彼が見せた規格外の行動に対する「得体の知れない不気味さ」への警戒心が混じっているように見えました。

 

 美輝くんが一人で森に消えていた時間、私たちは彼が用意してくれた快適な環境に甘えていました。けれど、彼はその間、誰にも悟られぬよう牙を研ぎ、他クラスの動向を伺ってました。

 伊吹さんは、その「見えない刃」を本能的に察知しているのかもしれません。

 

「……ま、いいわ。どうせあいつの事を考えても無駄だってことは、この一週間で嫌というほど分かったし……それより、椎名。あんたは本当にあいつを信じてるわけ? 結局、最後まで何考えてるか言わなかったでしょ」

 

 伊吹さんの問いかけに、私は小さく微笑みを返しました。

 確かに、美輝くんが具体的にどんな策を講じたのか、その全貌は私にも知らされていません。でも、彼が静かに、そして着実に勝利を積み上げている確信だけはありました。

 

「信じていますよ。美輝くんは、言葉よりも結果で語る人ですから」

 

 私の答えに、伊吹さんは「ふんっ」と顔を背けました。けれど、その頬がわずかに強張っているのを私は見逃しませんでした。

 

 キィン、と拡声器のスイッチが入る音が砂浜に走ると、真嶋先生が姿を見せました。

 

「そのままリラックスしていて構わない。既に試験は終了している。今は夏休みの一部のようなものだ、つかの間であるが自由にしていて構わない。この一週間、我々教員はじっくりと君たちの特別試験への取り組みを見させてもらった。真正面から試験に挑んだ者。奇抜な方法で試験に挑んだ者。様々だったが、総じて素晴らしい試験結果だったと思っている。ご苦労だった」

 

 真嶋先生からの迷いのない称賛の言葉。それは、この過酷な一週間を生き抜いた生徒たちへの、彼なりの最大限の敬意だったのでしょう。

 

「ではこれより、端的にではあるが特別試験の結果を発表したいと思う。なお結果に関する質問は一切受け付けていない。自分たちで結果を受け止め、分析し次の試験へと活かしてもらいたい」

 

 生徒たちの視線が一点に集まり、空気は極限まで張り詰めた。伊吹さんは無意識に拳を握り込み、私は静かに胸元で手を組み、その瞬間を待ちました。

 

「ではこれより特別試験の順位を発表する。最下位は――Aクラスの10ポイント」

「なっ……!?」

 

 静寂を切り裂いたのは、Aクラスの誰かの短い悲鳴でした。

 無人島の王者の如く君臨し、鉄壁の守りを誇っていたはずのAクラス。葛城くんという慎重かつ合理的なリーダーに率いられた彼らが、まさかの最下位。

 砂浜にいた生徒たちの間に、さざ波のような動揺が広がっていきます。

 

「おい、嘘だろ……。Aクラスが最下位って、何があったんだよ」

「10ポイントって、ベースポイントすら大幅に削られてるじゃないか」

 

 ざわつく周囲を余所に、真嶋先生は淡々と、機械的な口調で順位の読み上げを続けました。

 

「続いて3位はBクラスの90ポイント。2位はDクラスの195ポイントだ」

 

 真嶋先生の淡々とした声が響くたび、浜辺の空気は急速に冷え切っていきました。

 Bクラスの順位が読み上げられた瞬間、一之瀬さんたちの顔からはいつもの笑顔が消え、信じられないといった様子で互いに顔を見合わせています。そして、Dクラスの2位。彼らの高い得点は、間違いなくリーダーを当てることに成功した、あるいは自分たちのリーダーを守り抜いた結果でしょう。

 

 しかし、その驚愕さえも、次に続く言葉の前では些細な予震に過ぎませんでした。

 

「――そして、1位はCクラスの630ポイント」

 

 その瞬間、世界から音が消えたかのようでした。

 Cクラスの生徒たちは、喜びの声を上げることも忘れ、ただ呆然と立ち尽くしています。

 真嶋先生の口から放たれた「630」という数字。

 それは、他の3クラスの合計ポイントを合わせても届かない、圧倒的かつ暴力的なまでの完勝を意味していました。

 

「……ろ、ろっぴゃく、さんじゅう……?」

 

 石崎くんの声が、震えながら静寂を破りました。

 隣にいた伊吹さんは、目を見開いたまま石像のように固まっています。無理もありません。ベースポイントの300を倍以上に膨らませるなど、正攻法では到底不可能な数字です。

 

「おい、どうなってんだよ! 柊のやつ、何したんだ!?」

 

 狂喜乱舞するCクラスの生徒たち。

 

「……そんなの、あり得ないでしょ」

 

 伊吹さんの絞り出すような呟きが、クラスメイトたちの歓声にかき消されていきます。

 他クラスの生徒たちも、あまりの点数差に言葉を失い、ただCクラスの集団を、まるで未知の怪物を見るかのような視線で射抜いてました。

 

「おい! どういうことだよ葛城!」

 

 浜辺に響き渡る怒号と困惑。

 Aクラスの集団の中では、葛城くんに詰め寄っていました。

 

「どういうことだ、葛城! リーダーがバレないよう、あれだけ厳重に拠点を守っていたはずだろう!?」

「……静かにしろ。私にも、何が起きたのか把握できていない……」

 

 葛城くんの声は、かつてないほど低く、そして苦渋に満ちていました。

 彼の視線は、砂浜の端で呆然と立ち尽くす自クラスの生徒たちと、そして……信じられないという表情でこちらを見ているDクラスの堀北さんや、Bクラスの一之瀬さんがこちらへと向けられていました。

 

 その喧騒をよそに、私はふと客船のデッキへと視線を向けました。そこには、体調不良を理由に休んでいるはずの、けれど誰よりも冷徹にこの結末を描き出したであろう少年の影があるような気がして。

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