ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

29 / 30
第28話 船上試験4

 試験最終日を迎え、話し合いは残り2回となった。そして本日5回目の話し合いが、それぞれのグループの部屋で一斉に幕を開けようとしていた。

 すでに俺たちCクラスの3人は指定された部屋に集まり、いつものように座っていた席に着いていた。

 部屋の空気は、一昨日までとは明らかに異なっていた。

 俺の提案を一之瀬を媒体にし全グループに広めたことで、表面上は穏やかな停滞状態が保たれている。実際、思惑通り4回目の話し合いまでは、どのクラスも不用意に動くことなく、嵐の前の静けさを保っていた。

 だが、この5回目が始まる直前、部屋に足を踏み入れた戸塚をはじめとするAクラスの面々の瞳には、前回までの戸惑いや警戒ではなく、明確な焦燥と、それを覆い隠すための攻撃性が宿っている。

 DクラスやBクラスの生徒たちもまた、Aクラスの張り詰めた空気に気圧されるように、心なしか落ち着かない様子で視線を泳がせていた。

 ただBクラスの網倉からは疑わしいというよりも不安げな、縋るような視線が俺へと向けられていた。

 

『ではこれより5回目のグループディスカッションを開始します』

 

 学校側の無機質なアナウンスが部屋に響き渡ると同時に、Aクラスの戸塚が待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

 

「もう茶番は終わりだCクラス」

 

 戸塚が苛立ちを隠そうともせず、テーブルを強く叩き、立ち上がった。その低くドスを効かせた声には、確かな敵意と、追い詰められた者特有の焦燥感が込められていた。

 

「最終日の最後まで何もしない? 誰もペナルティを受けないための合理的な案? ……ふざけるな。お前たちが裏でコソコソと他のグループの優待者を狙い撃ちにしているのは、もうバレているんだよ!」

 

 戸塚の言葉に、部屋の空気が一気に凍りついた。

 Dクラスの生徒たちがビクッと肩を揺らして顔を見合わせ、Bクラスの網倉が信じられないというように俺と戸塚を交互に見つめる。

 

「と、戸塚くん……? 何を言ってるの? 柊くんたちは、私たち全員が安全に終わるための提案をしてくれて……しかも誓約書まで」

「だからそれが罠だと言っているんだ」

 

 戸塚が血走った目で網倉を睨みつける。

 

「ついさっき鼠、鳥、猪グループの試験が終了した」

 

 戸塚の言う通り、この5回目の話し合いが行われる数十分前に3通ものメールがほぼ同時に送られてきた。その内容は鼠、鳥、猪グループの試験終了のお知らせのものであり、裏切り者が結果3あるいは結果4を発生させたことを、残酷なまでに証明していた。

 

「一昨日終了した猿グループと合わせて、これで実に4つものグループが途中で終わったことになる……網倉、これでもまだ、奴らの同時開示とやらを信じるつもりか?」

 

 戸塚の怒号に、網倉は言葉を失って唇を震わせた。Dクラスの面々も恐怖に顔を引き攣らせ、部屋全体がAクラスの放つ強烈な疑心暗鬼に呑まれていく。

 

「Aクラスは俺たちCクラスを疑っているようだが、そう思う根拠を教えて欲しい」

 

 戸塚の剣幕に室内が静まり返る中、俺は椅子の背もたれに体を預けたまま、極めて平穏なトーンで言葉を返した。

 

「根拠だと? 白々しい真似を……っ!」

 

 戸塚は額に青筋を浮かべ、俺を指差した。

 

「猿グループだけじゃない、この短時間で一気に3つものグループが終了したんだ。それもすべて、お前たちが最後に携帯を同時提示というやらの綺麗事を広め、俺たちの身動きを完全に封じた直後の出来事だ。全員が最終日まで動かないと信じ込み、油断していたところを、お前たちCクラスが裏で一斉に優待者を刈り取った……そう考えるのが自然だろうが!」

「自然、ね」

「それに、Cクラスの龍園が船内で他クラスの優待者の正体を掴んだと吹聴して回っているのも知っている。最終日の最後まで動かない間、裏でCクラスが優待者を搔っ攫う。これが罠でなくて何だ」

 

 戸塚の言葉は、まさに懸念していたロジックそのものだった。

 他クラスの生徒たちの視線が、一斉に俺たちへと突き刺さる。恐怖、不信、そして裏切られたという怒り。完璧に見えた平和協定のメッキが剥がれ落ち、部屋はむき出しの疑心暗鬼に支配されようとしていた。

 その中心で、俺は小さく息を吐き出した。

 

「なるほど。情況証拠としては、そう勘繰りたくなる気持ちも分からなくはない」

 

 俺は机の上に両手を置き、ゆっくりと指を組んだ。

 戸塚の怒声によって、室内の空気は完全にAクラスの主導する臨戦態勢へと切り替わっている。

 自分のクラスで誰が優待者を把握しているのは、恐らくBクラスとCクラスのみ。Cクラスは龍園が恐怖でクラスを支配し、優待者を全て報告させている。Bクラスは一之瀬の信用もあり、クラス内での情報共有が済んでいるはずだ。Dクラスはまだ明確に統率を取る者がいなく、情報共有ができるほどの信用と信頼は構築できていない。

 そして肝心のAクラスは葛城と坂柳の派閥争いで足並みが揃っておらず、どのグループに自クラスの優待者がいるのか、その正確な情報共有すら満足に行われていないはずだ。だからこそ、次々とグループの試験が終了していく現状に、これほどまでに過剰な防衛反応を示している。

 つまり、戸塚たちは、俺たちCクラスが優待者を独占しているという懸念に駆られているわけだ。情報共有が満足に行えていないからこそ、見えない敵の影が際限なく膨らんでいく。

 

「もし、俺たちがこれ以上話し合いを拒否して、最終日まで引き延ばすつもりなら、どうする?」

「決まっている。6回目の話し合いの最後まで待たずに今、全員の携帯を開示しろ」

 

 戸塚は自らの携帯端末を叩きつけるように置くと、ぎろりと室内の全員を睨みつけた。

 俺は視線を横に走らせた。Bクラスの網倉は、縋るような、だがどこか怯えの混じった目で俺を見つめている。Dクラスの生徒たちにいたっては、Aクラスの威圧感に完全に呑まれ、一言も発することができずにいた。

 一見、戸塚のその要求は強引に見える。しかしある意味でこの停滞した状況を打破するための、最も原始的かつ強力な一手だ。

 もしその要求を拒めば、その時点で後ろ暗いところがあると証明することになる。戸塚は他クラスの動揺を確信したように、不敵な笑みを浮かべた。

 

「拒否する奴は、このグループの優待者だと認めたと見なす。さあ、どうする?」

 

 室内に、重苦しい沈黙が広がる。Dクラスの生徒は完全に萎縮し、網倉はただじっと俺の動向を見守っていた。

 

「……分かった」

 

 俺は小さくため息をつき、静かにポケットから自分の携帯端末を取り出した。

 

「そこまでAクラスが疑心暗鬼に陥っているのなら、何を言っても無駄なんだろうな」

 

 俺の言葉に、戸塚は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 他クラスの生徒たちが、息を呑んで俺の動向を見守っている。

 

「ならば、まずは言い出しっぺの俺からやらせてもらおう。お前たちに拒否する口実を与えないためにもな」

 

 戸塚は自らの携帯端末を取り上げ、画面を操作して全員に見えるように提示した。

 画面に映し出されていたのは、学校側から送られてきたメール。それから石田、里中、六角の順に画面を操作し、メールの画面を提示し次々と身の潔白を証明していく。

 

「見たか。俺たちAクラスは誰も優待者じゃない。これで、この部屋の優待者は必然的にB、C、Dクラスの誰かに絞られたわけだ」

 

 戸塚の鋭い視線が、まずはDクラスの生徒たちへと向けられる。逃げ場をなくした彼女らは、震える手で自らの端末を操作し、次々と画面を提示していった。当然、そこにあるのはの無機質なメールだけだ。

 

「よし……次はBクラス、網倉。お前だ」

「う、うん……」

 

 網倉は緊張で喉を鳴らしながらも、自分の携帯端末をテーブルの上に置き、画面をタップした。表示されたのは『あなたは優待者に選ばれませんでした』という一文。そして残りのBクラスのメンバーも提示するも同じく変哲もないメールのみ。

 残るは、俺たちCクラスの3人。

 

「ふん、やはりな」

 

 戸塚の視線が、獰猛な肉食獣のように俺たちへと向けられる。勝気な笑みを浮かべる彼の背後では、Aクラスの他の生徒たちも「これで追い詰めた」と言わんばかりの確信に満ちた表情をしていた。

 

「柊。なぜお前が誓約書なんて面倒なもので自分たちを縛ったのか、当ててやろうか」

 

 戸塚は、机に両手をついて身を乗り出し、俺を値踏みするように睨みつけた。

 

「未グループのCクラスは途中で解答しない――それは、このグループにいるCクラスの誰かが優待者だからだ。お前たちは自分たちの身を守るために、他クラスにお前の案を持ちかけて思考を停止させ、その裏で他のグループを狙い撃ちにした。違うか?」

 

 部屋中の視線が、再び俺へと集中する。BクラスとDクラスの生徒たちの瞳には、明らかな動揺の色が混じっていた。

 

「……なるほど。そこまで推測していたのなら俺が何を言っても言葉の引き延ばしにしか聞こえないわけだ」

 

 俺は小さく息を吐き出し、ポケットから1台の携帯端末を取り出した。プラスチックの筐体が、部屋の蛍光灯を浴びて鈍く光る。

 

「おい、まさか拒否するつもりじゃないだろうな?」

「まさか。これだけ外堀を埋められて、一人だけ拒否すれば、それこそ自分が優待者だと白状するようなものだ」

 

 俺は端末の画面をスリープから復帰させ、親指で軽くタップした。

 そのまま、液晶画面を戸塚たちAクラスの方へと向ける。

 そこには、網倉やDクラスの生徒たちと全く同じ、無機質な学校からのメールが表示されていた。

 

「柊が優待者ではないとすれば、石崎かアルベルトのどちらかが優待者ということになるな。おい、画面を見せろ!」

 

 戸塚の怒声が、大地とアルベルトへと飛ぶ。二人は互いに顔を見合わせた後、不貞腐れたような、だがどこか焦りを滲ませた表情で、それぞれの携帯端末をテーブルの上に放り出した。

 

「ほらよ。見りゃ満足か?」

 

 大地が忌々しげに吐き捨てた端末の画面には、やはり『あなたは優待者に選ばれませんでした』という無機質な一文。

 

「石崎も優待者ではないなら、消去法でアルベルトが優待者か」

 

 戸塚はテーブルの上に置かれたアルベルトの巨躯と、その手元にある携帯端末を鋭く睨みつけた。

 

「おい、アルベルト。お前の画面を見せろ。石崎も柊もシロなら、このグループの優待者はお前しか残っていないはずだ」

 

 部屋中の視線がアルベルトへと集中する。Bクラスの網倉は息を呑み、Dクラスの生徒たちは固唾をのんでその様子を見守っていた。

 アルベルトは表情を一切変えないまま、大きな手で自身の携帯端末を持ち上げ、画面を反転させて戸塚たちの前に提示した。

 

「Sorry, Yoshiteru, Ishizaki」

 

 アルベルトの口から漏れた、その低く静かな声。

 提示された彼の携帯端末の画面には、他のみんなとは違う一文が書かれたメール。

 

「おい、マジかよアルベルト……! お前、俺たちにまで黙ってやがったのか!?」

 

 大地がガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、信じられないといった様子でアルベルトを見つめる。その狼狽ぶりは、同じクラスの人間にとっても完全に想定外の事態であったことを物語っていた。

 

「Sorry」

 

 アルベルトはただ低く、重々しい声でそう告げる。

 

「メールは本物のようだな」

 

 戸塚はそう言いアルベルトの携帯を、その目に歓喜を宿しながらじっと見つめた。

 

「どうやらビンゴのようだな。Cクラスの独裁構造も大したことはない。クラスメイト同士で隠し事をしているとは、ずいぶんと足並みが揃っていないじゃないか」

「……偽物とは思わないのか?」

 

 俺がそう静かに問いかけると、戸塚は鼻で笑った。

 

「往生際が悪いぞ、柊。学校側からの説明を受けたはずだ。試験内容に関するメールは、コピーや改竄、転送は禁止されている。学校からのアドレスから送られてる以上、そのメールが偽物である可能性はない。お前たちがいくら演技で誤魔化そうとしても、その画面がすべてを物語っている。それに、同じクラスの石崎がこれだけ狼狽しているんだ。これが事前の仕込みなどではない決定的な証拠だろう」

 

 戸塚は勝ち誇ったように腕を組み、アルベルトの端末の画面を指差した。

 

「これでお前たちの化けの皮は剥がれた。裏で他クラスを狩りながら、自分たちのグループの優待者は隠し通す……そんな都合のいい話が通じるわけがない。アルベルトが優待者だと分かった以上、俺たちAクラスはこの特別試験のルールに則り、正当な権利を行使させてもらう」

 

 戸塚の視線には、無人島での失点を取り戻せるという確信に満ちた喜びがギラギラと輝いていた。クラスポイント50、そしてプライベートポイントの報酬。それらが手の届くところにあるのだ。

 

「待って、戸塚くん! まだ話し合いの時間は残っているよ。そんなに焦って解答しなくても……!」

 

 網倉が悲痛な声をあげるが、戸塚は聞く耳を持たなかった。

 

「黙れ、網倉。これ以上時間を引き延ばせば、Cクラスの他の連中に先を越されてこのグループまで狩られるかもしれないんだ。初日から柊の話は半信半疑だったが、今ならはっきりと言える。柊、お前の戦略は確かに見事だった。だが、足元がこれだけ脆ければ意味がないんだよ」

「……戸塚、Cクラスのことだ。念の為アルベルトの携帯にかけて、本当に本人の端末かどうか確かめるべきじゃないか?」

 

 Aクラスの里中が、慎重にそう進言した。無人島での敗北が、彼らの警戒心をここまで尖らせているのだろう。他人の携帯端末を入れ替える可能性を疑ったのだ。

 

「なるほど、入れ替えのブラフか。無人島で姑息な手を連発したCクラスならやりかねんな」

 

 戸塚はニヤリと不敵に笑い、自らの携帯端末を操作し始めた。

 

「石崎、お前、アルベルトの連絡先を知っているな? 画面に番号を表示しろ。俺が今からここから直接発信する」

「素直に教えるとでも思うかよ!」

 

 大地が顔を真っ赤にしてテーブルを叩くが、戸塚はその狼狽ぶりを見てさらに確信を深めたように鼻で笑った。

 

「……大地、もういい。アルベルトの連絡先を教えてやれ。これ以上は無駄な抵抗だ」

 

 俺が静かにそう告げると、大地は信じられないといった様子で俺を見つめ、それから苦渋に満ちた表情で視線を落とした。

 

「……分かった」

 

 大地が渋々と携帯端末を操作し、アルベルトの番号を戸塚に見せつけた。

 

「フン、賢明な判断だな、柊」

 

 戸塚は勝ち誇った笑みを浮かべ、その番号を自身の端末に入力していく。指が画面を叩くかすかな音が、妙に広く感じられる室内へと響いた。

 戸塚が発信ボタンを押す。

 数秒の静寂の後、テーブルの上に置かれたアルベルトの携帯端末が室内に鳴り響く。マナーモードのそれはテーブルを振動させながら小刻みに動いており、紛れもなくその端末がアルベルトのものであると証明していた。

 戸塚が通話を切ると、シンクロするようにアルベルトの端末の振動もピタリと止まる。

 室内に、これ以上ないほどの決定的な事実が突きつけられた瞬間だった。

 

「端末の入れ替えもなし、正真正銘アルベルト、お前自身の携帯だな」

 

 里中がほっと胸を撫で下ろし、戸塚もまた「完璧だ」とでも言うように深く頷いた。

 

「どうやら、ただの取り越し苦労だったようだな。入れ替えの細工すらしていないとなれば、疑う余地はない。アルベルト、お前がこのグループの優待者だ」

 

 戸塚の言葉に網倉は複雑そうに、そして悲痛に満ちた表情で視線を落とした。

 

「これで終わりだ、柊。お前たちの小細工もここまでだ。この話し合いが終えたら葛城さんに報告し、解答を提出することでこのグループの試験は終わりだ」

「……そうか」

 

 俺はただ、短くそれだけを返した。

 戸塚の瞳には、無人島での大失点を取り戻し、自分たちの派閥(葛城派)の株を上げるチャンスを掴んだという、浅ましいほどの全能感が満ちあふれていた。

 

「このグループの勝利報酬は、俺たちAクラスがありがたくいただく。無人島での借りは、これで一部返させてもらうぞ、柊」

 

 戸塚は勝ち誇った笑みを浮かべ、椅子の背もたれに深く腰掛けた。その横では、里中や他のAクラス生徒たちも、長かった緊張から解放されたように満足げな表情を浮かべている。

 対するCクラスの席は、まるでお通夜のような静寂に包まれていた。

 大地は拳を固く握りしめ悔しそうに机を見つめ、アルベルトは相変わらずサングラスの奥の表情を読ませないまま、ただ微動だにせず腕を組んでいた。

 

「……柊くん、ごめんね。私、何もできなくて……」

 

 網倉が申し訳なさそうに、消え入るような声で俺に謝ってきた。彼女に悪気がないのは分かっている。このグループを平和的に終わらせようと純粋に願っていたからこその、痛切な表情だった。

 

「いや、網倉が気にする必要はない。こうなってしまっては、仕方のないことだ」

 

 俺は網倉に向けて、努めて穏やかな笑みを返した。

 その様子を見た戸塚は、「潔い諦めだな」とでも言いたげに、鼻で大きく笑った。

 

「戸塚。俺たちが解答するのにまだ猶予がある。それまでにBクラスかDクラスが先に解答を送信してしまうリスクを考えて、早めに動くべきだ」

 

 里中が周囲を警戒するように言った。その言葉に、戸塚は深く頷く。

 

「その通りだな。おいお前ら、おかしな真似はするなよ。このディスカッションが終わり次第、すぐに葛城さんに連絡を入れて、このグループの解答を学校に送信させてもらう」

 

 戸塚の言葉を最後に、5回目のディスカッションは重苦しい、いや、Aクラスにとっては万能感に満ちた静寂のまま、時間が過ぎていきやがて終了のアナウンスを迎えた。

 

『以上で5回目のグループディスカッションを終了します。速やかに退室してください』

 

 アナウンスが流れると同時に、戸塚たちはCクラスを嘲笑うような視線を向けながら、足早に部屋を後にした。すぐに葛城へ連絡を入れ、解答権を行使するつもりなのだろう。

 彼らが去った後の室内には、重苦しい静寂と、冷え切った空気が残されていた。

 Dクラスの生徒たちは、嵐が去ったことに安堵しながらも、他クラスの衝突に巻き込まれるのを恐れるように、そそくさと部屋を出ていく。

 部屋に残されたのは、俺たちCクラスの3人と、申し訳なさそうに立ち尽くしているBクラスの4人だった。

 網倉はすまなそうに、隣に立つBクラスのクラスメイトたちと顔を見合わせながら、絞り出すように声を紡いだ。

 

「柊くん、本当にごめんなさい……私たちが、もっと上手く立ち回れていたら……」

「いや本当にBクラスが気にする必要はない。むしろこちらが謝るべきか。誓約書なんて大層なものを持ち出しておきながら、結果的に身内から優待者が出て、それを隠すための隠れ蓑だったように見せてしまったわけだからな。だから騙すようなことをして申し訳ない」

「そんな、謝るだなんて……柊くんがクラスのために、そして私たちのために動いてくれていたのは見てて分かっていたから」

 

 網倉はそう言うと、隣のクラスメイトたちに促されるようにして、ようやく部屋を後にした。一之瀬にこの急転直下の事態を報告しに向かうのだろう。

 パタン、と重い扉が閉まり、室内に残されたのは俺たちCクラスの3人だけになった。

 先ほどまで戸塚たちの怒号が響いていた部屋は、嘘のように静まり返っている。

 

「……美輝。本当にAクラスは裏切るのか」

 

 大地が周囲の気配を警戒するように声を潜め、視線だけで俺の顔を覗き込んできた。その表情には、先ほどまでの激しい狼狽の残滓が、まだ微かに張り付いている。

 

「ああ。戸塚たちのあの様子なら、部屋を出てすぐに葛城へ連絡を入れているはずだ。葛城としても、無人島での大失点を取り戻すこの絶好のチャンスを不意にするわけにはいかない。間違いなく、次の話し合いを待たずに学校側へ解答を送信する」

 

 自身らの推測と検証により、戸塚たちは目の前にあるアルベルトの端末が本物の優待者メールを受信した携帯であると確信している。

 

「このままだと龍園さんに制裁されちまうぞ! 優待者を守れなかったって、知られたら……!」

 

 大地が悲壮感に満ちた声を上げ、頭を抱え込む。その額からは冷や汗が滲み出ており、彼の受けている精神的プレッシャーが本物であることを示していた。

 

「そう心配するな大地」

 

 俺は椅子の背もたれにゆっくりと身体を預け、先ほどまで戸塚たちが座っていた空の席を見つめた。

 

「な、なんでだよ!? あいつら完全にアルベルトが優待者だって確信して、今頃葛城に連絡を入れてるんだぞ!? 解答されたら、俺たちの負けじゃねえか!」

 

 大地が焦燥感を剥き出しにして、今にも俺の胸ぐらを掴みかねない勢いで身を乗り出す。その隣で、アルベルトは相変わらず静かに腕を組んだまま、微動だにせず俺たちの会話を聞いていた。

 

「落ち着け、大地。なんせ未グループの優待者はアルベルトではなく――『俺』だからな」

「……え?」

 

 大地の動きがピタリと止まった。見開かれた目が、信じられないものを見るかのように俺の顔を凝視している。

 

「おい、美輝……今、何て言ったんだ? お前が優待者って……じゃあ、あのアルベルトの画面は一体何なんだよ!?」

 

 その直後、俺たち3人の携帯が同時に鳴る。

 

『羊グループの試験が終了いたしました。結果発表をお待ち下さい』

 

 携帯端末のディスプレイに表示された、無機質な事務連絡。

『羊グループの試験が終了いたしました』という、この特別試験のルールが執行されたことを告げる文字を見つめ、俺はただ静かにディスプレイのバックライトを消した。

 

「思ってたよりもAクラスは行動が早かったな」

 

 葛城の性格的に本来ならもっと石橋を叩いて渡るはずだった。だが、無人島での大失点、そして坂柳派からの突き上げという過酷なプレッシャーが、彼から平時の慎重さを奪っていたのだろう。それとも葛城の指示を無視して、手柄を焦った戸塚たちが独断で解答を送信したか。どちらにせよ、彼らが俺の用意した罠に、自ら飛び込んだことに変わりはなかった。

 俺は席から立ち上がり、制服のシワを軽く伸ばした。

 大地は未だに状況を把握しきれてないのか、開いた口が塞がらないといった様子で呆然と立ち尽くしていた。

 

「あ、頭が追いつかねえ……美輝、お前が優待者? なら、アルベルトの画面に出てたあの学校からのメールは……それに、戸塚が電話をかけたら確かにアルベルトの携帯が鳴ったじゃねえか。 端末の入れ替えもしてねえのに、なんでAクラスが間違えて試験が終わるんだよ?」

「その内龍園から招集がかかる。その時に全て話すさ」

 

 その言葉を最後に、俺は振り返ることなく室内の重い扉を押し開けた。

 後に続くアルベルトの足取りは普段通り静かで、その後ろを大地が狐につままれたような顔で狼狽しながらついてくる。

 船内の通路に出ると、冷房の効いた空気が妙に心地よく感じられた。

 戸塚たちは今頃、首尾よくAクラスのポイントを補充できたと確信し、勝利の美酒に酔いしれていることだろう。だが、それは歓喜の報酬などではなく、クラスポイント一気に50を失うという結果4の残酷な現実を突きつけられるのは結果発表の際になって彼らは理解するのだろう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。