ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

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第3話 Sシステムについて2

 

 部屋に入り、パチリと壁のスイッチを押すと、白々とした蛍光灯の光が室内を照らし出した。

 ワンルームの限られたスペースには、あらかじめベッドや机、冷蔵庫といった最低限の家具家電が配置されている。機能的ではあるが、どこか味気ないビジネスホテルのような空間だ。

 

「ふぅ……」

 

 カバンを机の上に置き、コンビニで買った日用品の袋を床に下ろす。ベッドの端に腰を下ろすと、今日一日で仕入れた膨大な情報が、ドッと頭の中に押し寄せてきた。

 

「Sシステム、か」

 

 この学校の底流に潜む、あまりにも合理的で、かつ冷酷な構造。

『クラスポイント』と『プライベートポイント』の連動性。

 クラス固定の3年間。

 そして、学力だけでは測れない「実力」という名の謎の天秤。

 天井の四隅をさり気なく見上げるが、この狭いワンルームの個室内には、流石に監視カメラの類は見当たらなかった。プライバシーの最低限の境界線は守られているらしい。

 ベッドから起き上がり、窓のカーテンを開けると、ガラス越しに高度育成高等学校の夜景が一望できた。遠くに見えるケヤキモールのネオンがギラギラと輝き、まるで欲望を煽るかのように闇の中に浮かび上がっている。

 

「実力、ね……」

 

 俺は窓ガラスに映る自分の顔をじっと見つめた。

 もしこの学校の目的が、社会の縮図をこの閉鎖空間に作り出し、過酷な競争の中で『真に優秀な人材』を炙り出すことにあるのだとしたら。

 ただ答えは、来月の1日には分かる。

 クラス同士が競い合い、敗者は降格し勝者は昇格。

 もし俺の推測が正しければであるならば、連帯責任で俺にも火の粉が降りかかる可能性だってありえる。クラスポイントが少ない場合に備えて、収入源を確保しておく必要がある。

 俺は鞄からマニュアルを取り出し目を通した。

 ゴミ出しの日や時間、騒音には気をつける事。水の使い過ぎや無駄な電気の使用を控えること等、生活の基本の事柄ばかりが記載されていた。

 光熱費は基本的に制限はないようだ。プライベートポイントから支出すものかと思っていたが、本当にこの学校は生徒の為に、あらゆる手を尽くし万全の体制を築いている。

 

 

 

 

 学校2日目、授業初日ということもあり、授業の大半は勉強方針等の説明だけだった。

 先生達は想像したよりも明るくフレンドリーで、多くの生徒が拍子抜けしたのが正直な感想だろう。

 だが、一部の生徒は私語をはじめ、携帯をいじる者や寝ている者がいたが、教師達はそれを気づいていると思うけど全く注意をしていなかった。

 まあ授業を真面目に受けるか受けないかは本人の自由なんだけども、これでクラスポイントが減らされたら嫌だな。誰か注意してくれる人がいれば話は別なんだけど。そう思いながら授業を受けているとチャイムが鳴った。

 弛緩した空気の中昼休みになった。生徒達は思い思いに席を立ち、顔見知りになった連中と食堂へと消えていく。

 隣を見れば椎名は鞄から弁当を取り出していた。俺も同様に弁当を取り出してお弁当包みを広げる。

 

「柊くん。午前の授業はどう思いましたか?」

 

 椎名がそんな質問にしてきた。

 

「義務教育ではないとはいえ、全く注意しないのはすこし違和感だな」

「はい、やはり監視カメラが関係しているのかもしれませんね」

 

『本日、午後5時より、第一体育館にて、部活動の説明会を開催いたします。部活動に興味のある生徒は、第一体育館の方に集合してください。繰り返します。本日ーー』

 

 可愛らしい女性の声と共にそんなアナウンスがされた。

 

「椎名はどこの部に入るのか?」

「中学の時は茶道部に入っていましたので、あるなら入部するかもしれません。柊くんは?」

「部活動に興味はあるが、俺はパスかな」

「そうですか」

 

 椎名はそう言い、お弁当を食べるのを再開した。

 放課後は探索するとしよう。校舎内と監視カメラの位置や上級生のクラスを把握しておきたいし。

 弁当を食べる際、椎名と雑談しながら食事を取った。

 

 

 

 

 放課後、大半の生徒は体育館に行き、俺は校舎内を回っていた。

 本当に監視カメラが多いことに驚かされる。監視カメラが設置されてない所はないか、また監視カメラの死角となりそうな場所をあらかじめ把握しておくため、俺はノートを片手に廊下を歩き、ひたすら壁と天井に視線を走らせていた。

校舎の構造、曲がり角の角度、非常階段の配置。それらと監視カメラのレンズが向いている方向を脳内で立体的に重ね合わせ、死角となる極めて狭いスポットを割り出していく。 

 探索を進めるうちに、俺は上級生の教室があるフロア、すなわち「先輩たちのテリトリー」へと足を踏み入れていた。

 上級生たちが、放課後の廊下で行き交っていた。俺は新入生の、それもCクラスという身分を隠すように、ごく自然な足取りを意識しながら、各教室の入り口に掲げられたプレートへと視線を巡らせる。

 

 2年Aクラス、2年Bクラス、2年Cクラス、2年Dクラス。そして、3年のフロアも同様の並びになっていた。

 廊下を歩きながら、俺は上級生たちの様子を観察した。

2年、3年のAクラスやBクラスの教室前を通ると、放課後だというのに室内に残って熱心に議論を交わしている生徒や、整然とした態度で談笑している生徒が目立つ。彼らの制服の着こなしは端正で、廊下ですれ違う際も、その佇まいからはある種の品格と、この学校で上位を維持しているという自信が感じられた。

 ただDクラスの席の数が他クラスと比べて明らかに少なかった。

 不審に思った俺は、廊下の窓ガラスに映る自分を直すフリをしながら、2年Dクラスの教 室内をより深く観察した。

 空席が目立つというレベルではない。机と椅子のセットそのものが、他のクラスに比べて明らかに物理的に少ないのだ。入学当初はどのクラスも40名前後でスタートするはず。ならば、この空白は何を意味しているのか。

 脳裏に浮かんだその単語に、指先が微かに冷たくなる。

 俺はこれ以上長居は無用と判断し、踵を返して新入生のフロアへと戻ることにした。

 用事も済まし学生寮へ帰宅しようした道中に後ろから声をかけられた。

 

「確か、同じクラスの石崎か」

「そうそう! さっき部活動の説明会が終わって帰るところお前を見つけたから声をかけたんだ!」

「そうか。俺は柊美輝」

「おう! 俺は石崎大地だ。よろしくな柊!」

 

 手を差し出され、俺はその手を握った。

 

「石崎、か。よろしく」

 

 差し出された石崎大地の手は、ゴツゴツとしていて力強い。クラスで見かけた時はその鋭い目つきとガタイの良さから、いわゆる「柄の悪い生徒」の筆頭候補として警戒していたのだが、いざ話してみると、拍子抜けするほど開けっぴろげで人懐っこい距離感だった。

 

「柊は帰ってる途中か?」

「ああ」

「そうか。だったら一緒に帰ろうぜ」

「ああ、構わない」

 

 そして俺と石崎は雑談しながら帰る。

 寮に到着しエレベーターに乗る。

 

「ぶっちゃけの話、柊は椎名と付き合ってんの?」

 

 石崎がとんでもない質問してきた。

 

「いや、付き合ってないが。何故そう思うんだ?」

「だってお前ら昨日、一緒に図書館に行ってるの見かけたし、今日の昼休みでだって楽しく話していたじゃねぇか。本当に付き合ってないのかー?」

「本当に読書の趣味の共通点で話が合っただけだよ。椎名とは昨日知り合ったばかりだ」

 

 高校生となれば色恋沙汰に過敏になるのは自然な流れか。

 

「読書の趣味、ねえ……。ま、柊がそういうなら信じるけどよ。でもさ、椎名ってめっちゃ可愛いじゃん? 狙ってる奴、クラスにも結構いると思うぜ。お前もボサッとしてると誰かに取られちまうかもな!」

 

 石崎は俺の肩を親しく小突いてきた。

 取られる、か。そもそも付き合っているわけでもないし、彼女にとって俺は「本の話ができる同級生」の域を出ていないだろう。だが、石崎の言葉の裏にあるクラス内の微妙な人間関係の動き――誰が誰を意識しているか、といった思春期特有の力学を把握しておくことは、今後のクラス運営のパワーバランスを読む上で無駄にはならない。

 まあ椎名みたいな可愛い子と付き合えたらとても嬉しいが、悲しいかな。あっちはただの読書仲間としか思われてないんだろうな。

 チーン、という電子音と共にエレベーターが3階で止まり、石崎は軽快な足取りで降りていった。

 

「じゃっまた明日な!」

「またな」

 

 一人残された籠の中で、俺はゆっくりと息を吐き出す。

 石崎大地。見た目は直情型の不良に見えるが、裏表がなく、懐に飛び込めば意外と扱いやすいタイプかもしれない。

 自分の部屋がある4階に到着し、廊下を進んで410号室のドアを開ける。

昨日と同じ、白々とした蛍光灯の光。俺はカバンを置き、ベッドにドサリと横たわった。

 

「……空席の謎」

 

 目を閉じると、放課後の探索で目撃したあの異様な光景が脳裏に焼き付いて離れない。

 他のクラスに比べて、明らかに物理的な机と椅子の数が少なかった。

 入学当初は一律で40人前後だと仮定して、進級する過程でこれほどの「空白」が生まれる理由。

 考えられる可能性は、一つしかない。

 

 ――退学者だ。

 

 この学校は、ただポイントがゼロになって貧乏生活を送るだけの生ぬるい環境ではない。実力が最底辺に達した者、あるいは学校のルールを著しく逸脱した者には、容赦なく「退学」という処刑が執行される。

 だからこそ、上級生はDクラスを「不良品」と呼び、これから地獄を見ると言ったのだ。

 そしてその退学のトリガーを引く要素に、俺たちが今まさに犯している「授業中の不真面目な態度」が含まれているとしたら――あの緩みきった教室の光景は、もはや集団自殺のカウントダウンに等しい。

 天井を見つめながら、俺は掌を強く握りしめた。まずは来月1日のポイント支給日に何が起きるか。そこですべての仮説が証明される。

 

 




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