入学式から1週間が経過し、学校生活に少しずつ慣れてきた。
登校し教室に入ると、いつもと違う雰囲気に違和感を感じていた。
男子が妙にソワソワしておりやたら上機嫌で騒いでいた。石崎や他のやつはいつもは遅い時間帯に来るはずだが今日に限ってやたら早い。次いでに言うとなんか男子を見る女子の視線がゴミを見るような目をしているんだが。
「あっおはよう柊!」
俺に気づいた石崎はいつもよりも元気の良い挨拶に若干戸惑っていると、最近話すようになった小宮と近藤も近づいてきて上機嫌に挨拶してきた。
「お、おう。おはよう。いつもは遅刻寸前に来るのに今日はやたら早いな。何か良いことでもあるのか」
「何って、わかってんだろ! 今日は水泳があるじゃねぇか!」
石崎の言葉に二人は大きく頷く。
確か水泳の授業は男女合同。つまり、大勢の女子の水着……肌の露出を目にすることになる。あと、石崎達よ。気持ちは分からなくもないがそんな露骨にはしゃいでいたら女子から悪い意味での注目の的だぞ。てかもう手遅れだ。
すまない。石崎、小宮、近藤、あの女子の視線に耐えられないからまた後でな。
俺は石崎達がはしゃいでいる隙にそっとその場から離脱した。
「おはようございます。柊くん」
「おはよう。椎名」
「その、今日は……水泳がありますね」
いつもは会話が弾むのだが、今日の椎名はどうもしおらしい。見ていて庇護欲にかられる。
椎名がしおらしい原因としては、未だにはしゃいでいる石崎達が原因として挙げられるだろう。
良い奴らなんだけどな。少しは自重した方が今後の為だぞ。
「……だな」
「柊くんはああいう話、し、しないんですか……?」
椎名は少し顔を紅潮し、恥じらいながら聞いてくる。
いや、それは返答に困るな。適切な回答としてはこうだろうか。
「こういう人が多い所では話さないな」
「そうなんですね。少し安心しました」
如何やら正しい回答だったようだ。
チャイムが鳴るまで椎名と雑談した。
昼休みが終わり、男子諸君が待ち侘びた水泳の授業がやって来た。
己の欲望を隠そうともせず、男子達は喜び勇み立ち上がった。
「早く行こうぜ、柊」
「そ、そうだな」
石崎からのお誘いに多少口ごもりながらも、俺と石崎はやや駆け足で更衣室へと向かった。
更衣室に入り、素早く競泳水着に着替えた。
「おお! 待ちに待ったプールだぜ!」
「てかやっぱこの学校はすげぇなぁ! 街のプールよりも凄いんじゃね?」
プールに向かうと既に石崎、小宮、近藤といういつもの3人が元気そうに50Mプールを見るなり、そんな声をあげる。
水も澄んでいて綺麗そうだ。屋内だから天気の影響の心配はない。
「おい、女子はまだか?」
「女子は着替えに手間がかかるからまだだろ」
「な、なあ、柊。もしもよ、更衣室の中に飛び込んだら如何なるかな?」
「女子に袋叩きにされ退学したいのであればいいんじゃないか?」
「……いや、やめときます」
「それがいい」
アホなことを言いだすので現実を教えてやった。
周りは石崎達ほどではないが、他の男子もそわそわしてしている奴が大半だ。
「それにしても」
目立つのはハーフの山田という男子生徒の体格だ。このCクラスの男子はガタイが良い奴がちらほらいるが、山田アルベルトは比にならんほど、ムキムキマッチョだ。
数分後、女子の声が耳に届いた。
「来たぞっ!」
続々とプールに入ってくる女子に一部を除く男子は釘付けだ。まあなんでかは言わないが内股になっている奴はいた。
わぁ、プールの水綺麗だなぁ。泳ぐと気持ちいいんだろうなぁ。
……生理現象でも起こしたら、社会的地位の危機に陥てしまう。
「ひ、柊くんっ!」
椎名に呼ばれて呼ばれた方に首を向けると、恥じらいもじもじしたスクール水着の椎名が立っていた。
「へ、変じゃないでしょうか……?」
「いや、とても健康的で似合ってると思うぞ」
「そ、そうですか。あ、ありがとうございます……」
スクール水着を着た椎名は、妖艶な身体のラインが浮き彫りになっていてその姿に目を奪われてしまう。
これはまずいな。椎名のスクール水着は非常に目の保養になるがこれ以上凝視したら大変なことになりそうだというのに目が離せない。
「ひ、柊くん。そんなに見つめられると、は、恥ずかしいです……」
…………はっ。あまりの可愛さに少し意識が飛んでしまった。
未だに顔を赤くし恥ずかしそうにしている椎名から顔をそらす。
「……すまん」
「よーしお前ら集合だ!」
体育会系の文字を背負ったような体格のいい教師と思われる人が集合をかけ授業が始まる。
「見学者が随分と多いようだが、まぁいいだろう」
明らかにただのサボりの生徒も混じっていただろうが、それを咎めることはなかった。
「早速だが、準備体操をしたら実力が見たい。泳いでもらうぞ」
「あの先生、俺あんまり泳げないんですけど……」
1人の男子生徒が申し訳なさそうに挙手する。
「俺が担当するからには、必ず夏までに泳げるようにしてやる。安心しろ」
「別に泳げるようにならなくて良いですよ。どうせ海なんて行かないし」
「そうはいかん。泳げるよう克服はさせる。泳げるようになっておけば、必ず後で役に立つ。必ず、な」
そりゃ、泳げるようになれば将来、何かと役に立つのは間違いないだろう。
だが、やけに必ずという言葉を強調するな。この学校の先生がそう断言するということは、夏休みの間に試験でもあるのか。
そう疑問に思いながらも全員で準備体操を始める。
それから50m程流して泳ぐよう指示される。泳げない生徒は底に足をつけてもいいとのこと。
去年の夏以来のプールに久々に入る。温度は適切に調整されているのか、あまり冷たく感じずすぐに身体に馴染んだ。うん、ひんやりして気持ちいい。
それから軽く泳ぐ。
50m泳いだ後、上に上がると椎名が話しかけてきた。
「柊くんはちゃんと泳げてましたね。フォームがとても綺麗でしたのでスイミングスクールでも通ってましたか?」
「いや、スイミングスクールに通ってはいなかったが、教えて貰う人が身近にいてな。その人に泳ぎを教えて貰ったんだ」
思い出すのは、去年の夏のとある海でのこと。その人のスパルタ教育のおかげで溺れる心配は解消されたが、そのスパルタさにあまりいい思い出はない。しかし、感謝はしてるよ。
「とりあえずほとんどの者が泳げるようだな。よし、早速競走してもらうぞ。男女別50m自由形だ」
「きょ、競走!?」
「1位になった生徒には、俺から特別ボーナス、5000ポイント支給しよう。一番遅かった奴には、逆に補習を受けさせるから覚悟しろよ」
泳ぎに自信がある生徒からは歓声が、自信のない生徒からは悲鳴が上がる。
これが社会なら、出来る者には昇給やボーナスを出来ない者は減給や最悪、解雇となり得る。
今のうちに社会に対する予行練習をしろって事だろう。
ともあれ、最下位にならないよう頑張ろう。
まずは男子が行うそうだ。女子はプールサイドに座り込み見学している。
最初の組に配属された俺は1コースで、その隣の1コースには龍園という男子生徒。その奥には石崎がいた。
全員がスタートの構えを取ると先生の笛を鳴らす音に反応し一斉にスタート台から飛び出した。
50mを物凄い勢いで泳ぎきった。結果は俺は5位で案の定水泳部所属の男子が1位だった。
とりあえず、最下位にならなかったことに安堵した。
男子の部が終わり、次は女子の番だ。男子がプールサイドに移動し女子はスタートの準備に移った。
暫くすると女子はスタートの合図が出ると瞬く間に飛び出した。
しかし、4コースで泳いでいる椎名の動きが35m付近で急に苦しみだしそして沈み始める。
まずい、事態が発生した。
俺は直ぐに立ち上がり、プールへと飛び込む。
椎名との距離は約20m、俺は全力で椎名の元まで泳ぐ。そのままもがく椎名に近寄り、腰に手を当て沈まないよう椎名の腕を俺の首に回し支えた。
「大丈夫か?」
「は、はい。すみません、足を吊ってしまいました……」
状態を確認すると椎名は溺れないよう俺にしがみつく。水越しとはいえ椎名の柔らかい感触に動悸が激しくなってしまう。
顔に出さないよう気を付けながらしっかりと椎名を支え、ゆっくりとプールから上がり床につかせる。
「椎名、足が吊った時の対処法は分かるか?」
「はい、ですがちょっと自分では厳しいので手伝っていただけますか」
「……分かった。すまん少し触るぞ」
椎名の許可を得て、椎名の吊った方の足のつま先を掴みゆっくりと椎名の方に引き寄せ筋肉を伸ばせる。その際、椎名は若干顔が強張るがこればかりは我慢して貰いたい。
「柊くん、私を助けてくださりありがとうございます」
まだ痛みで若干顰めているが笑顔を浮かべ礼を言う。
「あぁ、椎名が無事で何よりだ」
いや、本当に良かった。椎名が溺れた時は焦って、何構わず飛び込んでしまった。
すると、先生が駆け寄ってきて大丈夫かと聞いてくる。
とりあえず、椎名の回復を待ちプールサイドで休ませた。
「やるなぁ柊! お前さっきのすげぇかっこよかったぞ!」
と、石崎は俺の首に腕を回してきた。俺はどういたしましてと返すがニヤニヤとした表情に少しイラッときた。
「お前、競走の時は手を抜いていたなぁ」
「……そこは、あれだ。火事場の馬鹿力というやつだ」
椎名の方を見ると、女子に囲いこまれており顔を真っ赤にしていた。
その後、特に問題なく水泳の授業は終わったが、龍園の獲物を見つけたような目で視線を送ってきて、面倒な奴に目を付けられたもんだ、と俺は内心ため息をついた。
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