ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

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第4話 水泳

 入学式から1週間が経過し、学校生活に少しずつ慣れてきた。

 登校し教室に入ると、いつもと違う雰囲気に違和感を感じていた。

 男子が妙にソワソワしておりやたら上機嫌で騒いでいた。石崎や他のやつはいつもは遅い時間帯に来るはずだが今日に限ってやたら早い。次いでに言うとなんか男子を見る女子の視線がゴミを見るような目をしているんだが。

 

「あっおはよう柊!」

 

 俺に気づいた石崎はいつもよりも元気の良い挨拶に若干戸惑っていると、最近話すようになった小宮と近藤も近づいてきて挨拶してきた。

 

「お、おう。おはよう。いつもは遅刻寸前に来るのに今日はやたら早いな。何か良いことでもあるのか」

 

 石崎は少し呆れたように俺を見ると周囲を気にするよう俺の耳元に顔を近づけて声を潜めた。

 

「今日は水泳の授業があるということを忘れてるのか」

「……水泳、か」

 

 石崎の言葉に、俺は思わず天井を仰ぎそうになった。今日の男子の様子が少し変だった理由、そして女子からの冷ややかな視線の正体が、一瞬ですべて繋がった。

要するに、女子のスクール水着姿を拝めるという不純な動機だけで、この直情径行な連中は朝から色めき立っていたわけだ。

 

「おいおい、柊、まさかお前、興味ねぇなんて言うんじゃねぇだろうな?」

「いや……男として、興味がないと言えば嘘になるがな」

 

 俺が苦笑交じりにそう返すと、石崎は待ってましたとばかりに、ガシガシと俺の背中を叩いた。

 後ろに控える小宮と近藤も「そうだそうだ」と言わんばかりに下俗な笑みを浮かべていた。

 

「いや、健康的な男子高校生として、水泳の授業自体は別に嫌いじゃないが……。お前ら、声を潜めても挙動不審からか女子に筒抜けだぞ。そりゃあんな目で見られるわけだ」

 

 俺が視線で教室の女子グループを示すと、石崎たちはハッとして慌てて俺の視線を追うように彼女らの方に視線を向けた。

 女子席の中心にいるのは、クラスの女子を早くもまとめ上げつつある、気の強そうな少女――真鍋志保だ。彼女は腕を組み、蔑むような眼差しで石崎たちを睨みつけている。

 

「……助かった柊」

 

 石崎は居心地悪そうに首をすくめ、小宮と近藤もバツが悪そうに視線を逸らし、そそくさと自分の席へと戻っていく。

 彼らを見送りながら、俺は自分の席へと腰を下ろした。隣の席を見ると、いつも通り静謐な空気を纏った椎名が、すでに読書を始めていた。

 

「おはよう、椎名」

「あ、柊くん。おはようございます」

 

 椎名は本から顔を上げ、満開の桜のような笑みを浮かべる。周囲の男子たちの下俗な熱気や、女子たちの冷ややかな視線の応酬など、彼女の耳には一切届いていないかのような、完全なマイペース。

 

「今朝は皆さん、随分と賑やかですね。何か行事でもあるのでしょうか?」

「……いや、ただの体育の授業だよ。男っていうのは、単純な生き物だからな」

「ふふ、そうなのですか? よく分かりませんが、柊くんが元気そうで何よりです」

 

 どうやら読書に集中していた彼女は、男子たちの騒ぎの「本当の理由」には全く気づいていないらしい。その純粋さに、俺は密かに胸を撫で下ろした。もし彼女にまでゴミを見るような目をされたら、流石に俺の精神的ダメージも無視できないものになっていただろう。

 

 

 

 そして、運命の体育の時間。

 青く澄み渡った五月の空の下、校舎の裏手にある最新設備の整った屋内プールへと、俺たちCクラスの生徒は集まっていた。

 

「うおぉ……すげぇな、温水プールかよ。流石は高度育成高等学校だな」

 

 男子生徒の数人が歓声を上げる。ガラス張りの天井から差し込む太陽光が水面に反射し、まるでリゾートホテルのプールのようだった。

 水も澄んでいて綺麗そうだ。屋内だから天気の影響の心配はない。

 それにしても目立つのはハーフの山田という男子生徒の体格だ。このCクラスの男子はガタイが良い奴がちらほらいるが、山田アルベルトは比にならんほど筋肉の鎧を纏っていた。身長は190センチメートルを優に超えているだろうか。ただそこに立っているだけで、まるで重戦車のような圧倒的な威圧感を放っている。

石崎や小宮もそれなりに引き締まった体型をしているが、アルベルトの横に並ぶと、まるで大人と子供だ。

 山田アルベルト。制服を着ている時以上に、水着姿になったその肉体は異次元だった。

 褐色がかった肌に刻まれた、彫刻のような筋肉の陰影。彼が軽く肩を回すだけで、背中の広背筋が生き物のように蠢く。お世辞にも治安が良いとは言えないこのCクラスにおいて、石崎たちがどこか彼に対して一目を置いている理由が、この瞬間に完全に理解できた。あの肉体から繰り出される拳の破壊力は、常人の域を遥かに超えているだろう。

 

「おいおい柊、アルベルトに見惚れてんじゃねぇよ」

 

いつの間にか隣に並んでいた石崎が、ニヤニヤと下俗な笑みを浮かべながら俺の脇腹を軽く肘で突いてきた。

 

「見惚れるというか、単純に圧倒されるだろう、あんな体格を見せつけられたらな」

「違いねぇ! あいつのパワーはマジで化け物だからな。だがよ、俺たちが今見るべきなのは、男の筋肉じゃなくて、あっちだろ?」

 

 石崎が視線で促した先――女子更衣室の重い扉が開き、Cクラスの女子生徒たちが次々とプールサイドに姿を現した。

 その瞬間、男子エリアの空気が一変し、野郎どもの息を呑む音が重なった。

学校指定の紺色のスクール水着。しかし、デザインは機能性を重視しつつも、現代的なカッティングが施されており、年頃の少女たちの瑞々しい肢体を否応なしに強調していた。

 

「……おいおい、最高かよ」

 

 小宮が小さく声を漏らし、近藤も生唾を飲み込んでいる。

 女子たちの中心を歩く真鍋は、男子たちの値踏みするような視線を敏感に察知し、「チッ」と露骨に舌打ちをして見せた。怖い。

 その鋭い視線に、石崎たちは慌てて目を泳がせる。

 

 そんな喧騒から少し遅れて、一人の少女が静かにプールサイドへと歩み出てきた。

 椎名ひよりだ。

 彼女の水着姿は、周囲の女子たちとは明らかに異なる雰囲気を放っていた。

 蛍光灯の光を反射する図書室の時とも、五月の柔らかな太陽光の下の時とも違う。温水 プールの青い水面に反射した光が、彼女の抜けるように白い肌を、まるで大理石の彫刻のように神秘的に照らし出している。

 銀髪を後ろで緩く一つにまとめ、水に濡れるのを防ぐように細い指先で毛先を弄っている。その華奢な肩口から伸びる鎖骨のラインは驚くほど繊細で、思わず触れたら折れてしまいそうな儚さがあった。

 

「なぁ柊、椎名ってさ……制服の上からじゃ分かんなかったけど、結構……その、スタイル良いんだな」

 

 石崎が顔を赤くしながら、どこか気まずそうに、しかし視線を固定したまま呟く。

 確かに、彼女は細身ではあるが、決していわゆる痩せすぎではない。健康的で均整の取れた、非常に美しいラインをしていた。だがそれ以上に、彼女の纏う透明感が、このプールサイドという少々世俗的な空間において、あまりにも神聖に映った。

 

「――柊くん?」

 

 ふいに、椎名が俺の視線に気づき、紫の瞳をこちらに向けた。

 そして、少しだけ恥ずかしそうに両腕をごく自然に胸の前で交差させながら、トテトテと小さな足取りでこちらに歩み寄ってくる。

 

「……変、でしょうか? あまり、このような格好を人前に晒すのは、慣れていなくて」

 

 上目遣いで、微かに頬を桜色に染めながら問いかけてくる。その破壊力は、隣で石崎が「うぐっ」と謎のうめき声を漏らすほどだった。

 

「いや、全然変じゃない。すごく……似合っていると思う」

 

 俺が本音を口にすると、ひよりは一瞬だけパッと表情を明るくし、それからさらに赤みを増した顔で、嬉しそうに微笑んだ。

 

「ありがとうございます。柊くんも、とても引き締まった体をされていますね。普段から何か運動をされているのですか?」

「まあ、人並みには、な。基礎体力作りくらいは欠かさないようにしている」

 

 実際、俺の身体は山田のような重戦車型ではないが、無駄な脂肪を極限まで削ぎ落とした、実戦向けの筋肉が付いている。椎名の鋭い観察眼は、そんな俺の体つきの「不自然な完成度」を、無意識に見抜いているのかもしれなかった。

 

「よーしお前ら集合だ!」

 

 プールサイドに響き渡った、体育教師の野太い声が、俺たちの会話を打ち切った。

教師は手にしたホイッスルを鋭く鳴らし、生徒たちを 出席番号順に並べ替えていく。

 

「見学者が随分と多いようだが、まぁいいだろう」

 

 明らかにただのサボりの生徒も混じっていただろうが、それを咎めることはなかった。

 

「早速だが、準備体操をしたら実力が見たい。泳いでもらうぞ」

「あの先生、俺あんまり泳げないんですけど……」

 

 1人の男子生徒が申し訳なさそうに挙手する。

 

「俺が担当するからには、必ず夏までに泳げるようにしてやる。安心しろ」

「別に泳げるようにならなくて良いですよ。どうせ海なんて行かないし」

「そうはいかん。泳げるよう克服はさせる。泳げるようになっておけば、必ず後で役に立つ。必ず、な」

 

 そりゃ、泳げるようになれば将来、何かと役に立つのは間違いないだろう。

 だが、やけに必ずという言葉を強調するな。この学校の先生がそう断言するということは、夏休みの間に試験でもあるのか。

 そう疑問に思いながらも全員で準備体操を始める。

 それから50m程流して泳ぐよう指示される。泳げない生徒は底に足をつけてもいいとのこと。

 去年の夏以来のプールに久々に入る。温度は適切に調整されているのか、あまり冷たく感じずすぐに身体に馴染んだ。うん、ひんやりして気持ちいい。

 それから軽く泳ぐ。

 50m泳いだ後、上に上がると椎名が話しかけてきた。

 

「柊くんはちゃんと泳げてましたね。フォームがとても綺麗でしたのでスイミングスクールでも通ってましたか?」

「いや、スイミングスクールに通ってはいなかったが、教えて貰う人が身近にいてな。その人に泳ぎを教えて貰ったんだ」

 

 思い出すのは、去年の夏のとある海でのこと。その人のスパルタ教育のおかげで溺れる心配は解消されたが、そのスパルタさにあまりいい思い出はない。しかし、感謝はしてるよ。

 

「とりあえずほとんどの者が泳げるようだな。よし、早速競走してもらうぞ。男女別50m自由形だ」

「きょ、競走!?」

「1位になった生徒には、俺から特別ボーナス、5000ポイント支給しよう。一番遅かった奴には、逆に補習を受けさせるから覚悟しろよ」

 

 泳ぎに自信がある生徒からは歓声が、自信のない生徒からは悲鳴が上がる。

 これが社会なら、出来る者には昇給やボーナスを出来ない者は減給や最悪、解雇となり得る。

 今のうちに社会に対する予行練習をしろって事だろう。

 ともあれ、最下位にならないよう頑張ろう。

 まずは男子が行うそうだ。女子はプールサイドに座り込み見学している。

 最初の組に配属された俺は1コースで、その隣の1コースには龍園という男子生徒。その奥には石崎がいた。

 全員がスタートの構えを取ると先生の笛を鳴らす音に反応し一斉にスタート台から飛び出した。

 50mを物凄い勢いで泳ぎきった。結果は俺は5位で案の定水泳部所属の男子が1位だった。

 とりあえず、最下位にならなかったことに安堵した。

 男子の部が終わり、次は女子の番だ。男子がプールサイドに移動し女子はスタートの準備に移った。

 暫くすると女子はスタートの合図が出ると瞬く間に飛び出した。

 しかし、4コースで泳いでいる椎名の動きが35m付近で急に苦しみだしそして沈み始める。

 まずい、事態が発生した。

 俺は直ぐに立ち上がり、プールへと飛び込む。

 椎名との距離は約20m、俺は全力で椎名の元まで泳ぐ。そのままもがく椎名に近寄り、腰に手を当て沈まないよう椎名の腕を俺の首に回し支えた。

 

「大丈夫か?」

「は、はい。すみません、足を吊ってしまいました……」

 

 状態を確認すると椎名は溺れないよう俺にしがみつく。水越しとはいえ椎名の柔らかい感触に動悸が激しくなってしまう。

 顔に出さないよう気を付けながらしっかりと椎名を支え、ゆっくりとプールから上がり床につかせる。

 

「椎名、足が吊った時の対処法は分かるか?」

「はい、ですがちょっと自分では厳しいので手伝っていただけますか」

「……分かった。すまん少し触るぞ」

 

 椎名の許可を得て、椎名の吊った方の足のつま先を掴みゆっくりと椎名の方に引き寄せ筋肉を伸ばせる。その際、椎名は若干顔が強張るがこればかりは我慢して貰いたい。

 

「柊くん、私を助けてくださりありがとうございます」

 

 まだ痛みで若干顰めているが笑顔を浮かべ礼を言う。

 

「あぁ、椎名が無事で何よりだ」

 

 いや、本当に良かった。椎名が溺れた時は焦って、何構わず飛び込んでしまった。

 すると、先生が駆け寄ってきて大丈夫かと聞いてくる。

 とりあえず、椎名の回復を待ちプールサイドで休ませた。

 

「やるなぁ柊! お前さっきのすげぇかっこよかったぞ!」

 

 と、石崎は俺の首に腕を回してきた。俺はどういたしましてと返すがニヤニヤとした表情に少しイラッときた。

 

「お前、競走の時は手を抜いていたなぁ」

「……そこは、あれだ。火事場の馬鹿力というやつだ」

 

 椎名の方を見ると、女子に囲いこまれており顔を真っ赤にしていた。

 その後、特に問題なく水泳の授業は終わったが、龍園の獲物を見つけたような目で視線を送ってきて、面倒な奴に目を付けられたもんだ、と俺は内心ため息をついた。




 読んでいただきありがとうございます。誤字やおかしな点がありましたら感想欄で教えてください。
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