4月の下旬。
あと数日もすれば5月を迎えようかという、汗ばむような陽気の日だった。
心地よい疲労感に包まれた六限目の授業開始を告げるチャイムが響き渡ると同時に、教室の前方の扉がガラリと開き、担任の坂上先生がいつものように隙のないスーツ姿で入ってきた。
6限目の科目は数学。つまり、担任である坂上先生の直接の授業だ。教壇に立った先生は、いつもより心なしか冷徹な光を眼鏡の奥に宿らせながら、手にしたプリントの束をトントンと机に打ち付けた。
「突然だが、月末ということもある。今から小テストを行う。各自、後ろの席へ配ってくれ」
1番前の席の生徒たちに、無機質なプリントの束が手渡される。やがて俺の席にも前の生徒からプリントが回ってきた。残りの束を後ろの席の生徒へ淀みなく回しつつ、手元に配られた用紙に目を落とす。国語、数学、英語といった主要五科目の問題が数問ずつコンパクトにまとめられた、いわゆる総合型の「小テスト」だった。
「げっ、マジかよ……。聞いてないですよ、先生!」
最前列に近い席から、石崎が絵に描いたような嫌悪感を露わにして不満の声を上げた。周囲の男子たちも同様に、ゲッソリとした表情で溜め息を漏らしている。
「安心したまえ、石崎くん。今回のテストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には反映されない、ただしカンニングは当然厳禁だ」
教壇から見下ろす坂上先生の、その妙に含みを持たせた言い回しに、微かに引っかかった。
普通、学校で行われる小テストというものは、多かれ少なかれ内申点や成績表に反映されるものだ。それをわざわざ「成績表には反映されない」と断言した。ということは、裏を返せば『成績表以外の何か』――たとえば、この学校の根幹をなすあの未知の査定システムには、ダイレクトに反映されると言っているように聞こえてならない。それに、「今後の参考用」という言葉も、実態を隠すための便利なオブラートに思えた。
成績表に直接響かないのであれば、あまり警戒する必要はない。俺は一度思考をクリアにし、問題用紙の全体へサーっと視線を滑らせた。
小テストが始まり、全体の問題に目を通す。
1科目につき4問、全20問。各五点の配当で合計100点満点。だが、出題されている問題の8割以上は、拍子抜けするほど、いや、毒気が抜かれるほどに簡単だった。
この高度育成高等学校という日本屈指の名門校の受験を突破してきた生徒たちからすれば、正直言って期待外れもいいところの、中学の義務教育レベルの基礎問題ばかりだ。
「……ん?」
だが、最後のページに視線を移した瞬間、俺のペン先がピタリと止まった。
最後の三問だけが、これまでの問題とは明らかに一線を画す、異質なオーラを放っていた。
例えば、最終問題の数学。とてもじゃないが、一般的な高校一年生がこの時期に解けるようなレベルではない。大学数学の領域、あるいは高等な微分積分や複雑な行列の数式を正しく組み立てなければ、到底正解へは辿り着けない超難問だった。
成績表に関係がないと言いながら、学校側はこの極端な小テストで、一体生徒の何を計ろうというのか。
前半の17問が「誰でも解ける基本問題」であるのに対し、後半の3問は「常軌を逸した難問」。難易度のグラフが歪なほどに急上昇している。
もしこれが単に生徒の学力上限を測るためだけのものなら、これほど極端な二極化にする必要はない。もっと段階的に難易度を上げるべきだ。
ただまあ、久しぶりの頭の体操だ。復習がてらに解いてみるとするか。
キィキィ、カリカリと、静まり返った教室内には、シャーペンの芯が紙を引っ掻く音だけが空虚に響いている。
俺は最後の方程式――あの悍ましいマンツーマンの授業で嫌というほど叩き込まれた数式を頭の中で瞬時に分解し、論理の糸を組み立て直していく。
周囲の気配をそれとなく探るが、大半の生徒はすでにペンを置き、諦めたように天井を仰ぐか、あるいは最初の方の簡単な問題でさえ頭を抱えて苦戦している様子だった。
難解な数式のパズルを綺麗に解き終え、俺はシャーペンを机の上に静かに置いた。時計の針を見れば、制限時間まではまだ十分な余裕が残されていた。
「そこまで。筆記用具を置き、後ろの席の者は解答用紙を前に集めなさい」
やがて終了のチャイムが鳴り響くと同時に、坂上先生の抑揚のない冷淡な声が教室に響いた。
「マジで意味不明すぎだろ、あの最後の問題……」
「だよなー。あんなの誰が解けるんだよ」
案の定、テストが回収された瞬間、石崎や小宮たちが一斉に文句を垂れ始めた。だが彼らの表情には焦りよりも、「どうせ成績に関係ないならどうでもいい」という諦観と、窮屈な時間から解放された弛緩が混じり合っていた。
俺は教壇で集まった解答用紙の束をトントンと机に叩きつけて揃えている坂上先生の視線を、盗み見るように観察した。先生はやはりあの、実験動物を観察するような薄い笑みを浮かべていた。その視線が、一瞬だけ、俺が座る廊下側の席のあたりでピタリと止まった気がした。
「柊くん。最後の3問、解けましたか」
隣の席の椎名が、身を乗り出すようにして声をかけてきた。
難しかったが、解けないほどではない。もし万が一、解けなかったなんてことが「あの人達」の耳に入りでもしたら、またあの地獄のようなマンツーマンの監禁授業を受けさせられる羽目になる。外部との連絡が絶たれているとはいえ、どこで誰が見ているか分からない以上、油断は一切禁物だった。
「ああ、一応埋めてはみたけど、あまり自信はないな。そもそも高校1年生に入学早々出すレベルの問題じゃないだろ」
俺がそう言って首をすくめると、椎名は少し驚いたようにその綺麗な紫の瞳を丸くしたが、すぐにフフ、と悪戯っぽく微笑んだ。
「自信がない割には……柊くんのシャーペン、最後の1秒まで全く迷いなく、綺麗なリズムで動いていたように見えましたよ?」
「……そうか?」
「伊達に毎日、小説を通じて無数の登場人物たちの心の動きを追っていませんから。でも、柊くんの言う通り、あの問題は明らかに異常でしたね。この学校の持つ『歪さ』が、また一つ形を変えて現れたような気がします」
彼女の鋭い洞察力に感心しつつも、俺は小さく頷いた。
成績表には反映されない。だからこそ、もし俺が前半の簡単な問題を全て完璧に解いて満点近くを取ってしまえば、それだけで学校側やクラスメイトから「異常に優秀な生徒」として目立ってしまう。ただそれは今はやることではない。
「……ま、結果が返ってくれば分かることさ」
俺はそう言って話を締めくくり、カバンを肩に掛けた。
「そうですね。あ、柊くん、今日も放課後は図書室へ行かれますか? 昨日お話ししていた、あのミステリーの続編が入荷しているか確認したくて」
「ああ、もちろん。付き合うよ」
椎名は嬉しそうに微笑み、俺たちはいつものように並んで教室を後にした。廊下ですれ違うCクラスの面々は、相変わらずポイントの残高や放課後の遊びの予定について大声で笑い合っている。数日後に迫った5月1日という、審判の日の存在など微塵も疑っていない様子で。
そして、季節は無情にも巡り――5月1日の朝。
ベッドから起き上がり、顔を洗いに洗面所へと向かう。歯を磨き、冷たい水で顔を洗って眠気を吹き飛ばした後、オフィスチェアに深く腰掛けて携帯端末を手に取った。
今日から新しい月が始まる。俺は緊張感を押し殺しながら、ポイントの残高照会アプリを起動した。
画面に表示された数字は――
『250,432 pr』
入出金詳細のログを確認する。今月新しく振り込まれていたのは、僅か『49,000』プライベートポイントだった。
「……4万9千ポイント、か」
画面のデジタル数字をじっと見つめながら、俺は静かに深い息を吐き出した。
49,000。
誰もが今月も無条件で十万貰えると信じ込んでいた初期値から、実に半分以上が吹き飛んだ計算になる。
だが、俺の胸を満たしたのは絶望でも焦りでもなく、むしろ脳内で組み立てていたパズルの最後のピースがピタリと嵌まったかのような、冷徹な確信だった。
俺は制服に着替え、いつも通りの時間に寮を出て登校した。案の定、通学路の至る所で、ポイントの支給額に動揺し、血相を変えて端末を叩いている生徒たちの姿が散見された。
「おーい、柊!」
周囲の異様な雰囲気を冷静に観察しながら歩いていると、背後からドタドタとした足音とともに声をかけられた。振り返ると、石崎が血相を変えて駆け寄ってくるところだった。
「おはよう、珍しく早いな石崎」
「おう、おはよう……! いや、挨拶どころじゃねえんだよ! お前、今月の支給ポイント見たか!? 10万じゃねえんだよ! 4万9千しか入ってなくて、バグかと思って急いで登校したんだ!」
石崎は息を切らしながら、端末を俺の目の前に突きつけるようにして慌ただしくまくしたてた。
「そうか」
「そうかって……お前、随分と落ち着いてるな。もしかして、こうなることを最初から知ってたのか?」
「いや、俺が知るはずもないだろ」
「じゃあ何でそんなに冷静なんだよ! 普通大パニックだろ!」
「今日のホームルームで嫌でも理由が分かると思うが……どうしても今すぐ聞きたいか?」
「ああ! 頼む、柊、何か知ってるなら教えてくれ!」
「――いいだろう。あくまで俺の推測だがな」
俺は並木道の端を歩きながら、石崎に向けてトーンを落とした声で話し始めた。
まず、この学校のポイントには二つの概念があること。俺たちが日常的に使う『プライベートポイント』と、上級生たちの会話から漏れ聞こえていた『クラスポイント』の存在だ。
そして、クラス全体の『クラスポイント』の残高が、そのまま翌月の『プライベートポイント』の支給額にダイレクトに直結しているという仕組み。四月に全員が一律で10万ポイント貰えたのは、単に初期値として「1000クラスポイント」が全クラスに均等に与えられていたからに過ぎない。
「だけど、この一ヶ月の俺たちの行動はどうだった? 授業中の度重なる私語、遅刻、スマホいじり、居眠り……。黒板の上のあの監視カメラがそれらを捉えるたびに、クラスポイントは容赦なく減点されていったんだよ。その結果が、今朝の数字なんじゃないか。まあ、あくまで推測に過ぎないんだがな」
俺の話を、石崎はまるで怪談でも聞かされているかのように目を見開き、硬直したまま聞いていた。やがて、困惑と恐怖の混じった表情で重いため息をつく。
「……マジかよ。じゃあ、俺たちが授業中にスマホいじったり、小宮たちが授業をサボったりしてたの、全部あのカメラに見られてて、そのペナルティとしてポイントが減らされたってことか?」
「ああ、おそらくね。坂上先生は最初の日に『この学校は実力で生徒を測る』とはっきり言った。義務教育じゃないあの環境で、生徒の我が儘や規律違反を教師が一切注意しなかったのは、そういう罠だったんだよ。注意して直させるんじゃなく、ただ減点するための査定材料として泳がせていたのさ」
石崎は頭を両手でガシガシと激しく掻き毟り、「うわ、最悪だ……。じゃあ、他のクラスは一体いくら貰ってんだよ」と、顔を青くしながら絶望的な声を漏らした。
「それは、教室に行けば嫌でも雰囲気で分かるさ」
俺たちはそのまま重苦しい足取りで校舎へと向かい、Cクラスの教室の扉を押し開けた。
教室の中は、文字通りの地獄絵図と化していた。
先月の和気藹々とした雰囲気とは比較にならないほどの、怒号と悲鳴、そして現実逃避の雑音が激しく飛び交っている。
「おい、ふざけんなよ! 何で4万9千ポイントしか入ってねえんだよ!」
「絶対に機械のバグだろこれ!? 国が運営しててこれはねえって!」
「今月、狙ってたブランドの服買えないじゃん! 誰だよ、問い合わせろよ!」
端末の画面を凝視しながら頭を抱える者、狂ったように机を叩いて憤る者。そんな狂騒を冷めた目で見流しながら、俺は自分の席へと向かった。
隣の席に目をやると、椎名ひよりがいつもと何一つ変わらない、静謐で美しい佇まいで背筋を伸ばして座っていた。
「おはよう、椎名。随分と賑やかな朝だな」
俺が席について声をかけると、椎名は小さく上品なため息をつきながら、紫の瞳をこちらに向けた。
「おはようございます、柊くん。……どうやら、以前に柊くんとお話ししていたあの不気味な仮説が、半分ほど的中してしまったようですね。この『49,000』という無機質な数字は、私たちのこの一ヶ月間の価値の対価というわけですか」
「ああ。そして残り半分の真実は、今日のホームルームで坂上先生の口から直々に語られるだろうな」
俺は改めて周囲を見渡す。不満を爆発させてはいるクラスメイトたちだが、その言葉の端々には、まだ「4万9千円分もある」という甘えが微かに残っていた。彼らはまだ、この学校の本質的な恐怖の深さを理解していない。
「はい。ですが……お隣のDクラスの生徒さんたちは、本当に大変なことになっているようです。今朝、登校する時に廊下でポイントが1ポイントも振り込まれていないとパニックになっている声を耳にしましたので」
椎名が真剣な面持ちで告げたその言葉に、俺は一瞬だけ耳を疑った。
Dクラスの支給額が、ゼロ。
最悪のケースを想定してはいたが、まさか初月から本当にそれを叩き出してくるクラスがあるとは。今後の彼らの生活を思えば同情の余地はあるが、これも仕方のないことだ。真面目に授業を受けていたごく一部の生徒もいただろうが、大半の阿呆な生徒たちがクラスポイントを際限なく浪費した結果だ。
これぞまさに、この学校が突きつけてくる連帯責任の重みだった。
「……ポイントが振り込まれていない、か」
思わず声のトーンが一段低くなる。
Dクラスの支給額が0だとしたらそれはつまり、彼らがこの1ヶ月間、学校側から『存在価値なし』と判定されるほどの凄まじい問題行動を積み重ね、初期値の1000ポイントを綺麗サッパリ使い果たしたことを意味する。
「ええ。先ほど廊下ですれ違ったDクラスの方々は、完全に顔を真っ青にしてパニックに陥っていました。昨日まであんなにポイントでの買い物を楽しまれていたのに、今日からは一転して、あのコンビニの奥にある無料ワゴンの品々に頼らざるを得ない生活が始まるのでしょうね……」
椎名は悲しげに長い睫毛を伏せる。
やはり、あの学校が用意していた無料の日用品や食料の数々は、単なる慈善事業などではなかったのだ。ポイントを失い、文字通り「底辺」へと叩き落とされた敗者たちが、最低限餓死せずに生き延びるためだけに用意された、残酷なセーフティネット。
それが稼働する瞬間を、学校側は最初から完璧に計算に入れていたのだ。
「自業自得、と言ってしまえばそれまでだがな。だが、決して他人事じゃない。俺たちだって、あと一歩足を踏み外していれば、今頃彼らと同じワゴンに群がっていたはずだ」
俺がそう静かに告げた瞬間、予鈴のチャイムが鳴り響くと同時に、教室の前方の扉がガラリと、いつも以上に重苦しく金属質な音を立てて開いた。
教壇に現れたのは、手に黒いポスターの筒を抱えた坂上先生だった。その表情は、いつもの冷淡な微笑すら消え失せ、若干険しさを帯びている。
「諸君、おはよう。これより朝のホームルームを始める。が……その前に、いくつか質問を受け付けようか。今朝の件で質問がある生徒は挙手してくれ」
生徒たちからどんな疑問が噴出するかを、あらかじめ百も承知しているかのような口ぶりだ。案の定、すぐに一人の男子生徒が勢いよく手を挙げた。
「先生! 今朝、俺たちの口座に振り込まれたポイントについてですが、あんなの絶対におかしいです! 正式な説明をいただけますか!」
「ふむ。では、ポイントの具体的な仕組みを説明する前に……まずはこれを見てもらおうか」
上先生は教壇のペンを取ると、ホワイトボードに向き直り、滑らかな動作で何かを書き始めた。それは、各クラスの名前と、その横に記された最大四桁の数字のリストだった。
Aクラス 960
Bクラス 650
Cクラス 490
Dクラス 0
俺はそれを見た瞬間、一目で全てを理解した。しかし、クラスの大半の生徒たちは、まだその数字が持つ非情な意味を理解できていないようだった。
教室内には「は? 490って何だよ」「Dクラスがゼロってマジか?」といった、困惑と苛立ちの混じったささやき声が波のように広がっていく。
「先生! その数字は一体何なんですか!?」
しびれを切らした男子生徒が声を荒らげる。坂上先生はペンを教壇に置くと、眼鏡の奥の冷徹な瞳で教室全体を冷ややかに見回した。
「さて、この数字の意味について説明しよう。これは『クラスポイント』と呼ばれるものだ。この学校はリアルタイムで君たちの行動を査定し、それを数値として算出している。要するに、このポイントは『各クラスの現在の実力』と思ってくれて構わない」
やはり、最初のクラス分けの段階から、実力によって綺麗にセグメントされていたわけだ。
「入学当初、全てのクラスにはあらかじめ一律で1000クラスポイントが支給されている。そこから君たちのこの一ヶ月の生活態度を査定し、問題行動を確認するたびに減点方式で採点した結果、現在の君たちの残高がこの『490クラスポイント』だ。そして、翌月に支給されるプライベートポイントは、このクラスポイントを100倍した数値になる仕組みになっている」
坂上先生の理路整然とした説明を聞いていると、ふと横から強い視線を感じた。そちらに目をやると、石崎が「マジで柊の言った通りじゃねえか……」と、驚嘆と感心が入り混じったような目でこちらを凝視していた。
「なるほどな。要するに、遅刻や欠席を繰り返したり、授業中に堂々と携帯をいじったり、後ろの席でクソくだらねえ駄弁りをしてた奴らが、そのふざけた生活態度を取ったせいで、俺たちの小遣いが連帯責任で減らされてたってわけか」
腕を組み、椅子の背もたれに傲然と寄りかかりながらそう発言したのは、龍園だった。彼の鋭い言葉のナイフが突き刺さると、心当たりのある不真面目だった生徒たちは、バツの悪そうな表情を浮かべて一斉に視線を落とした。
「学校側は、君たちの自由な生活を否定するつもりは毛頭ない。遅刻するのも私語に興じるのも君たちの自由だ。ただし、全て最後は自分たちにそのツケが回ってくる、というだけの話さ」
「だがよ、先生。俺や柊、金田、椎名あたりは真面目に授業を受けてたろ。なのに、一部の馬鹿な奴らのせいでポイントを一律で減らされるのは、あまりにも不公平じゃねえか?」
龍園はなおも不敵な笑みを崩さず、周囲を挑発するように言葉を続ける。
「気持ちは分からなくもないが、これがこの学校のルールだ。連帯責任という現実を受け入れ、腹を括ってもらうしかない」
「ハッ、とんだとばっちりだな」
龍園はそう吐き捨てるように嘲笑した。不真面目な態度を取ってきた自覚のある生徒たちは、悔しそうに歯噛みしている。だが、反論しようにも、言っている龍園本人は授業中意外なほど真面目に席についていたこともあり、誰も言い返せずに沈黙するしかなかった。
「話を先へ進めよう。もう薄々勘づいている生徒もいると思うが、この学校のクラス分けは優秀な生徒から順にAから配属されており、入学時の査定で平均よりやや下と評価された君たちが、このCクラスだ」
その剥き出しの事実に、一部の生徒たちがプライドを傷つけられたように不満の声を漏らす。
「今はCクラスであるが、君たちの今後の努力と成果次第では、上位のBクラスやAクラスに昇格する可能性も十分に用意されている。勿論、逆にDクラスへ降格する可能性もあるがね。そして卒業するまさにその瞬間にAクラスに在学している生徒のみが、この学校の最大の売りである希望進学率・就職率100%という特権の恩恵を受けられる」
多くの生徒が、その進学・就職率100%という甘い果実を目的にこの過酷な全寮制の名門校に入学したはずだ。その前提条件の過酷さを突きつけられ、教室内には一気に落胆と絶望の空気が広がっていった。
「さて、次はこれを見てもらおう」
坂上先生は手元に抱えていた黒い筒から一枚の白い模造紙を取り出し、大きく広げた。それをホワイトボードの空いたスペースに貼り付け、四隅を磁石でパチンと固定する。
そこに載っていたのは、先日行われたあの「小テスト」の結果だった。
クラスメイト全員の名前が、点数の高い順からずらりと縦一列に並べられている。そして各名前の横には、冷徹な赤字で点数が記されていた。
1位は椎名で、驚異の90点。2位は金田で85点。
あの恐ろしく難度の高かった大学数学レベルの難問を、椎名は少なくとも1問は完璧に解いていたということになる。金田も、最後の3問以外は全て完璧に正解していたのだろう。
そして、全体のボリューム層は80点や75点といった安定した点数が占めていた。
そんな中俺の名前は、なんと一番下の最下位にあり、その横には15点という燦然たる数字が刻まれていた。ついでに言えば、石崎は俺のちょうど一つ上の順位で30点だった。
「今回の小テストのクラス平均点は70.7点だ。この学校のルールにおいて、赤点ラインは平均点を2で割り、小数点以下を四捨五入した数値となる。つまり、今回の赤点ラインは35点だ。そして、その35点未満である石崎くんと柊くんの二名が、今回の赤点対象者となる。……まぁ、今回は成績表に影響しない参考用のテストだから、具体的なペナルティはないがね」
先生の説明の途中で、龍園が遮るように低く冷たい声を飛ばした。
「おい先生。もしこれが本番のテストだったら、赤点を取るとポイントが大幅に減らされるのか?」
「いいや、龍園くん。そんな生ぬるい処分ではない。今後行われる中間テスト、および期末テストの本番において、どれか1科目でも赤点を取った生徒には――その時点で『即日退学』の処分が下る」
坂上先生の口から放たれた退学という二文字の重弾に、教室内は先ほどのポイント減少以上の激しい動揺と騒然とした空気に包まれた。
「退学……マジかよ……」
周囲の生徒たちがガタガタと震える中、俺は冷然とホワイトボードの点数を見つめていた。
「本番の中間テストまではあと3週間ある。君たちが赤点を取らずに乗り切るための方法は、いくらでもあると確信しているよ。では、これで今日のホームルームを終わりとする。出来ることなら、我がCクラスから一人も退学者が出ないよう、精々頑張っていただきたいものだね」
坂上先生は淡々とそう言い残すと、書類をまとめて教壇を後にし、教室の扉を出て行こうとした。しかし、引き戸の目の前でピタリと足を止め、振り返ることなく首だけをこちらへ向けた。
坂上先生は言い、教室から出て行こうとしたが扉の前で立ち止まった。
「おっと、一つ言い忘れていた。――柊くん」
不意に俺の名前が呼ばれ、俺の背筋にわずかな緊張が走る。
「今回の小テストにおける君の15点という結果だが……前半の極めて平易な17問をすべて白紙で出しながら、最後の、大学数学の領域に達している最高難度の3問だけを完璧に解き明かして満点を取った着眼点は大変素晴らしい。だが、手を抜くにしても、もう少し程々にしてくれないかね」
坂上先生はそれだけを言い残すと、今度こそ皮肉めいた薄い笑みを残して教室を去っていった。
静まり返る教室。
その直後、クラス全員からの驚愕、怪訝、戦慄、そして剥き出しの好奇の視線が一斉に、強烈な圧力となって俺の席へと集中した。
前方の席では、龍園がより一層獰猛で楽しげな笑みをその口元に深く浮かべ、2位の金田は化け物でも見るかのような驚愕の目で俺を凝視している。一方で、隣の席の椎名だけは、「やはり」とでも言いたげな、少しだけ得意げで穏やかな納得の笑みを浮かべていた。
四方八方から突き刺さる視線の痛みに耐えるため、ただ無表情を貫くことしかできなかった。
読んでいただきありがとうございます。誤字やおかしな点がありましたら感想欄で教えてください。