ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

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第5話 小テスト

 4月の下旬、あと数日で5月が迎えるところ6限目の授業開始のチャイムが鳴り、坂上先生がやって来た。

 6限目の授業は数学で担任の坂上先生の授業だ。

 

「突然だが、月末ということもあり小テストを行う。後ろに配ってくれ」

 

 1番前の席の生徒達にプリントを配っていく。やがて俺の方にもプリントが回り、残りのプリントを後ろの席の生徒に回す。主要5科目の問題がまとめて載ったテスト用紙だ。まさに小テストだ。

 

「げっ、聞いてないですよ」

 

 石崎が嫌そうに声をあげる。

 

「安心したまえ、石崎くん。今回のテストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には反映されない、ただしカンニングは当然厳禁だ」

 

 妙に含みのある言い方が俺は少し引っかかった。普通はこういった小テストというものは成績表に反映される。坂上先生は成績表には反映されないということは、成績表以外のものには反映されると言ってるように思える。そして、今後の参考用という点も引っかかる要素なのだが。

 まぁ、今はこの小テストに集中しよう。成績表に影響がないのであればあまり警戒しなくてもいいだろう。

 小テストが始まり、全体の問題に目を通す。一科目4問、全20問で、各5点配当の100点満点。しかし、殆どの問題は毒気がぬかれるほど簡単だ。

 受験の時に出た問題よりも非常に簡単で、正直期待外れもいいところだ。

 

「ん?」

 

 問題用紙を見通すが最後の3問だけが明らかに異質だった。

 例えばこの最後の数学の問題は、とてもじゃないが高校1年生が解けるようなレベルじゃないと見える。複雑な数式を組み立てなければ答えられない難問だ。

 成績表と関係がないというのに、学校側はこの小テストで一体何を計ろうというのか。

 問題の難易度が、この3問だけ完全に歪んでいる。それまでの17問が「中学義務教育を修了していれば解けるレベル」であるのに対し、この後半の数問は、まるで大学入試の過去問から最高難度のものをそのまま切り取って貼り付けたかのようだ。

 成績表には反映されない。だが、学校側が「今後の参考用」として生徒の実力を測るためのテスト。

 もしこれが、単に生徒の学力の上限を知るためだけのものなら、これほど極端な構成にする必要はない。もっと段階的に難易度を上げるはずだ。 

 ただまあ、復習がてらに解いてみるのも悪くない。

 キィキィと、教室内にはシャーペンの芯が紙を引っ掻く音だけが響いている。

 俺は最後の方程式――大学数学の領域に片足を突っ込んでいる難問――を頭の中で分解し、組み立て直していく。

 周囲の気配をそれとなく探る。大半の生徒はすでにペンを止め、諦めたように天井を仰ぐか、あるいは最初の方の簡単な問題ですら苦戦している様子だった。

 最後の数式を解き終え、シャーペンを机に置く。時計を見れば、制限時間まではまだ十分な余裕があった。

 

「そこまで。筆記用具を置き、後ろの席の者は解答用紙を前に集めなさい」

 

 そしてチャイム音が鳴り、坂上先生の冷淡な声が教室に響く。

 

「マジで意味不明すぎだろ……」

「だよなー」

 

 案の定、テストが回収された瞬間、石崎や小宮たちが文句を垂れ始めた。彼らの表情には焦りよりも、「成績に関係ないならどうでもいい」という諦観と弛緩が混じっている。

 俺は教壇に立つ坂上先生の視線を盗み見た。先生は集まった解答用紙の束をトントンと机に叩きつけて揃えながら、やはりあの、獲物を観察するような薄い笑みを浮かべていた。その視線が一瞬だけ、俺あたりで止まった気がした。

 

「柊くん。最後の3問は解けましたか」

 

 隣の席の椎名がそう聞いてきた。

 難しかったが解けないほどでもない。もし、解けなかったことがあの人達の耳に入っていたらまたあの悍ましいマンツーマン授業を受けさせることになってしまう。それは何としても避けたい。幾ら外部との連絡が取れないとしても油断出来ないのだ。

 

「ああ、解いてみたけどあまり自信ないな。高校1年生に出すレベルの問題ではないだろ」

 

 俺がそう答えると、椎名は少し驚いたようにその綺麗な紫の瞳を丸くしたがすぐにふふ、と悪戯っぽく微笑んだ。

 

「自信がない割には、柊くんのシャーペン、最後の1秒まで迷いなく動いていたように見えましたよ?」

「……そうか?」

「伊達に毎日、本を通じて人の心の動きを追っていませんから。でも、柊くんの言う通り、あの問題は明らかに高校生向けではありませんでしたね。この学校の『歪さ』が、また一つ形を変えて現れたような気がします」

 

 彼女の言葉に、俺は小さく頷く。

 成績表には反映されない。

 もし俺がすべての問題を完璧に解き明かして満点を取ってしまえば、それだけで学校側、ひいてはクラスメイトたちから「異常に優秀な生徒」として目を付けられることになる。

 

「……ま、結果が返ってくれば分かることさ」

 

 俺はそう言って話を締めくくり、カバンを肩に掛けた。

 

「そうですね。あ、柊くん、今日も放課後は図書室へ行かれますか? 昨日お話ししていた、あのミステリーの続編が入荷しているか確認したくて」

「ああ、もちろん。付き合うよ」

 

 椎名は嬉しそうに微笑み、俺たちはいつものように並んで教室を後にした。廊下ですれ違うCクラスの面々は、相変わらずポイントの残高や放課後の遊びの予定について大声で笑い合っている。数日後に迫った「5月1日」という、審判の日の存在など微塵も疑っていない様子で。

 

 

 

 そして、季節は巡り――5月1日の朝

 ベッドから起き上がり顔を洗いに洗面所に向かう。歯を磨き、顔を洗った後オフィスチェアに座り携帯端末を手に取る。ポイントの残高確認にアプリを起動する。

 

 250,432pr

 

 入出ポイント詳細を確認すれば49,000プライベートポイントが振り込まれていた。

 

「……4万9千ポイント、か」

 

 画面に表示された見慣れない数字を見つめ、俺は静かに息を吐き出す。

 49,000。

 初期の10万ポイントから、実に半分以上が吹き飛んだ計算になる。

 だが、俺の胸を満たしたのは絶望ではなく、むしろパズルの最後のピースがピタリと嵌まったかのような冷徹な確信だった。

 俺は制服に着替え、登校する。

 いつものように登校していると、ポイントの支給額に動揺している生徒が多くいた。

 

「おーい柊!」

 

 そう周りの生徒達を観察しながら歩いていると後ろから声をかけられた。振り向くと石崎が駆け寄ってきた。

 

「おはよう、珍しく早いな石崎」

「おう、おはおう。そのことなんだけどさ、支給額が10万ポイントじゃないことに驚いて早く登校したんだけど」

 

 石崎は慌ただしく話す。

 

「そうか」

「そうかって落ち着いてるな。もしかして知ってたとか」

「いや、知るはずもないだろ」

「じゃあ何でそんなに落ち着いてるんだよ」

「今日のHRで分かると思うが、聞くか?」

「あぁ! 聞かせてくれ」

「俺の推測なんだがーー」

 

 俺は石崎に話す。

 ポイントは2種類あり、携帯端末の残高照会から確認できるプライベートポイントと上級生から聞いたクラスポイント。

 クラス全体のクラスポイントがそのままプライベートポイントの支給額に直結している。4月に10万ポイント貰えたのは、初期値としてクラスポイントがあったからだ。だけど、この1ヶ月の授業中の私語、遅刻、スマホいじり……あの監視カメラがそれらを捉えるたびに、容赦なくポイントが削られていった。

 そしてクラスポイントが変動することによってプライベートポイントが支給される仮設を説明する。

 

「ーーといったところだ。あくまでも推測だから全部当てはまるとは言えないがな」

 

 俺の話を黙って聞いていた石崎は、複雑と困惑の混じった表情を浮かべ重くため息をついた。

 

「……マジかよ。じゃあ、俺たちが授業中にスマホいじったり、小宮たちがサボったりしてたの、全部あのカメラに見られてて、ポイントが減らされたってことか?」

「ああ、おそらくな。先生は最初に『この学校は実力で生徒を測る』と言った。義務教育じゃない環境で、生徒の我が儘を一切注意しないのは、そういう意図もあったんだろう」

 

 石崎は頭をガシガシと掻き毟り、「うわ、最悪だ……。じゃあ他のクラスは一体いくら貰ってんだよ」と、顔を青くしながら呟いた。

 

「それは教室に行けば、嫌でも雰囲気で分かるさ」

 

 俺たちはそのまま重い足取りで校舎へと向かい、Cクラスの教室の扉を開けた。

 教室の中は、文字通りの地獄絵図だった。

先月の同じ時期とは比較にならないほどの怒号と悲鳴が飛び交っている。

 

「おい、ふざけんな! 何で4万9千ポイントしか入ってねえんだよ!」

「機械のバグだろ!? 10万貰えるんじゃなかったのかよ!」

「今月、狙ってた服買えないじゃん! 最悪!」

 

 端末の画面を凝視しながら頭を抱える者、机を叩いて憤る者。そんな狂騒の中で、俺は自分の席へと向かった。

 隣の席に目をやると、椎名ひよりがいつもと変わらない静謐な佇まいで席に座っていた。

 

「おはよう、椎名。随分と賑やかな朝だな」

 

 俺が声をかけると、ひよりは小さくため息をつきながら、紫の瞳をこちらに向けた。

 

「おはようございます、柊くん。……どうやら、柊くんと以前お話ししていた仮説が、半分ほど当たってしまったようですね。この『49,000』という数字は、私たちのこの1ヶ月の『対価』というわけですか」

「ああ、残り半分は、今日のHRで坂上先生の口から語られるだろうな」

 

 俺は周囲を見渡す。不満を爆発させているクラスメイトたちだが、その額面にはまだ「4万9千円分もある」という甘えが微かに残っている。彼らはまだ本当の恐怖を知らない。

 

「はい、しかしDクラスの生徒は大丈夫でしょうか。登校している時にポイントが振り込まれていないと耳にしたので」

 

 俺は椎名の言葉に耳を疑った。Dクラスはポイントが支給されていないということは最悪なケースを想定してしまっていたわけだ。

 今後のDクラスの生活に心配するが、これは仕方ない。真面目にしていた生徒もいただろうけど、阿呆の生徒がクラスポイントを浪費した結果だ。所謂、連帯責任だ。

 

「……ポイントが振り込まれていない、か」

 

 思わず声のトーンが一段低くなる。

 Dクラスの支給額が0だとしたら――それはつまり、彼らがこの1ヶ月間、学校側から『価値なし』と判定されるほどの問題行動を積み重ね、初期値のクラスポイントを綺麗サッパリ使い果たしたことを意味する。

 

「ええ。先ほど廊下ですれ違ったDクラスの方々は、完全にパニックに陥っていました。昨日まであんなに買い物を楽しまれていたのに、今日からは一転して、あのコンビニの『無料ワゴン』に頼らざるを得ない生活が始まるのでしょうね……」

 

 ひよりは悲しげに目を伏せる。

 やはり、あの無料の品々はただの慈善事業などではなかった。ポイントを失い、文字通り「底辺」へと叩き落とされた敗者たちが、飢えを凌ぐためだけに用意された残酷なセーフティネット。それが稼働する瞬間を、学校側は最初から計算に入れていたのだ。

 

「自業自得、と言ってしまえばそれまでだがな。だが、他人事じゃない。俺たちだって、あと一歩足を踏み外せばああなっていたかもしれない」

 

 俺がそう告げた瞬間、チャイムが鳴ると同時に教室の前方の扉がガラリと、いつも以上に重苦しい音を立てて開いた。

 手にポスターの筒を持った坂上先生がやって来る。その顔はいつもよりも若干険しい。

 

「諸君おはよう。これより朝のHRを始める。が、その前に質問を受け付けようか。質問がある生徒は挙手してくれ」

 

 生徒達からの質問があることを確信しているかの口ぶりだ。実際、手を挙げる生徒がいた。

 

「今朝、振り込まれたポイントについてですがご説明をいただけますか」

「ふむ。ではポイントの説明する前にまずはこれを見てくれ」

 

 坂上先生はペンを取りホワイトボードに何かを書き始める。それは各クラスと成績と思われることが書かれている。そこにはAクラスからDクラスの名前とその横に、最大4桁の数字が表示されていた。

 

 Aクラス 960 

 Bクラス 650

 Cクラス 490

 Dクラス 0

 

 俺は一目で理解した。しかしこの数字の意味を、クラスの大半はまだ理解できていないようだった。

 教室内には「は? 490って何だよ」「Dクラスが0?」といった、困惑と苛立ちの混じったささやき声が波のように広がっていく。

 

「先生、その数字は一体何なんですか!?」

 

 しびれを切らした男子生徒が声を荒らげる。坂上先生はペンを教壇に置くと、眼鏡の奥の冷徹な瞳で教室全体を見回した。

 

「さて、この数字の意味について説明しよう。これはクラスポイントというものだ。この学校はリアルタイムで生徒を査定し数値として算出する。要するにこのポイントはこのクラスの実力と思ってくれても構わない」

 

 やはり実力でクラスは分けられていたか。

 

「入学当初、各クラスにはあらかじめ1000クラスポイントが支給されている。それから君達の生活態度を査定し、問題行動を取っていることを確認し減点方式で採点したポイントが490クラスポイントだ」

 

 坂上先生の説明を聞いていると、ふと視線を感じた。感じた方に目線をやると石崎が感心するような目でこちらを見ていた。石崎よ、こっちを見てないで先生の方を見なさい。

 

「なるほどな。要するに遅刻欠席、授業中に携帯をいじっていたり、駄弁ってた奴らがふざけた生活態度を取ったせいでポイントが減らされていたわけか」

 

 そう発言したのは龍園だった。龍園の言葉に当てはまる生徒はバツを悪そうに表情を浮かべていた。

 

「学校側は君達の生活を否定するつもりはない。遅刻も私語も、全て最後は自分達にツケが回って来るだけの事」

「だがよ先生。俺や柊、金田、椎名あたりは真面目に授業を受けているのに馬鹿な奴らのせいで、この仕打ちはあんまりじゃねぇか」

「気持ちは分からなくもないが、連帯責任だ。腹を括ってくれ」

「はっ、とんだとばっちりだな」

 

 そう龍園は嘲笑する。不真面目な態度を取ってきたであろう生徒は悔しそうにしていた。反論するにも言っている龍園本人は真面目に授業を受けていたこともあり、誰も言い返せないでいた。

 

「話を進めようか。もう勘づいている生徒もいると思うが、この学校のクラス分けは優秀な生徒から順に分けられており、平均よりやや下と評価された君達がCクラスだ」

 

 その言葉に一部の生徒が不満を露わにする。

 

「まぁ、今はCクラスであるが、君達の努力次第ではBクラス、Aクラスに昇格する可能性がある。勿論、Dクラスに降格する可能性もある。そして、卒業する時にAクラスに在学している生徒のみが進学率、就職率100%の恩恵を受けれる」

 

 多くの生徒は進学率、就職率100%の恩恵の魅力の目的にこの学校に入学しただろうに、このクラスから落胆する生徒が多く見られた。

 

「さて、次はこれを見てもらおう」

 

 手にしていた筒から白い紙を取り出し、広げた。それをホワイトボードに貼り付け、磁石で止める。

 そこに載っていたのは先日行った小テストの結果だった。

 クラスメイト全員の名前が、ずらりと並んでいる。そして各名前の横には点数が記されており、点数の高い順から並べられていた。

 1位が椎名で90点、2位が金田で85点、椎名は恐ろしく難度の高い問題を1つは解いていたということだ。金田は最後の3問以外解けたことか。

 そして多くが80点、75点が占めており、俺はなんと最下位で15点だった。ついでだが石崎は俺の1つ上の順位で30点だった。

 

「平均点は70.6点だ。赤点は平均点を2で割り、小数点以下を四捨五入し今回の赤点ラインが35点だ。そして35点未満である石崎君と柊君は赤点だ。今回は成績表に影響しないテストだからペナルティはない」

「赤点取るとポイント減らされるのか?」

「今後の中間テスト、期末テストで1科目でも赤点を取った生徒は即退学となる」

 

 龍園の問いに坂上先生はそう答える。坂上先生の答えに教室が騒ぐ。

 ……よし、今度の中間テストでは80点くらいの目安で取るか。流石に退学は勘弁だ。

 

「中間テストまでは後3週間、君達が赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している。これで今日のHRを終わりとする。出来ることなら退学者が出ないよう頑張っていただきたい」

 

 坂上先生は言い、教室から出て行こうとしたが扉の前で立ち止まった。

 

「1つ言い忘れた。柊君、今回の小テストの最後の3問を解けたのは大変素晴らしいことだが、手を抜くのは程々にしてくれ」

 

 そう言い残し今度こそ教室を後にした。

 すると、クラス全員の驚愕、怪訝、好奇の視線が俺に集まった。龍園はより一層に悪そうに笑みを浮かべ、金田は驚愕したような目で、椎名はあまり驚いていない様子だ。

 ……坂上先生、最後にとんでもない爆弾発言を残してくれましたね。

 

 




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