ようこそ凡人がいく実力至上主義の教室へ   作:神威 

7 / 32
第6話 Cクラスの王

 坂上先生が嵐の連れ去るような爆弾発言を教室に残して去っていった後、案の定、教室内には静寂と動揺が同時に広がっていた。

 その張り詰めた空気の中、教壇側の席からガタッと椅子を引く音が聞こえ、スマートな眼鏡をかけた金田と、いつもの石崎、小宮、近藤の三人衆が、血相を変えて俺の席へと近寄ってきた。

 

「柊氏……先ほどの坂上先生のお言葉、本当なのですか」

 

 金田がいつになく食い気味に、そのレンズの奥の目をギラつかせて聞いてきた。そのあまりの必死さと距離の近さに若干引き気味になりつつも、俺はこれをどう切り抜けるべきか脳内で高速でシミュレーションを開始した。

 だが、ここで先生の間違いだなどと苦しい虚言を弄したところで、数日後に行われるであろう小テスト用紙の返却の際に、現物は白日の下に晒される。嘘をつくだけリスクが高かった。

 

「……本当だと思いますよ」

 

 俺が返答に窮していると、助け舟を出すように、隣の席の椎名ひよりが鈴の鳴るような声で代わりに答えてくれた。

 

「何故そう言い切れますか。椎名氏」

 

 金田が驚きを隠せない様子で椎名に向き直る。

 

「確かに、今回の小テストの点数だけを見れば、柊くんは15点で最下位……完全な赤点です。ですが、普通なら即日退学という恐ろしい言葉を聞けば、勉強が苦手な方は多かれ少なかれ、顔に出るほどの戸惑いや焦りが生まれるはずです」

 

 椎名の言葉に、石崎たちは「それがどうしたんだよ?」と首を傾げていたが、金田の方は何かに気づいたようにハッと息を呑んだ。

 

「ですが、最下位であるはずの柊くんからは、そのような動揺が微塵も見当たりませんでした。何より、この15点という数字自体が奇妙です。小テストは各5点の配当。つまり、最初の簡単な17問をすべて白紙で飛ばし、最後の最高難度の3問のみを正確に解いたとすれば、計算はピッタリ15点になります。坂上先生の最後のご発言で、それが確信に変わりました……ふふ、もし私の見当違いだったらごめんなさい?」

 

 椎名はそう言って、小首をかしげて上品に微笑んだ。

 その洞察は素直に脱帽するしかなかった。石崎たちの方を一瞥すると、彼女の淀みのない名推理に完全に舌を巻いており、「マジかよ……」と愕然とした様子で立ち尽くしている。

 

「……椎名の言う通りだ。俺はあの最後の3問だけを解いた。だが、石崎たちも安心してくれ。次回以降の本番のテストでは、赤点を取らないよう十分に善処するつもりだからな」

「何故、わざわざこのような手の込んだ真似を……?」

 

 金田が納得がいかないというように眉をひそめて追及してくるが、俺はそれに正面からは答えず、壁の時計を見上げた。

 

「特にこれといった深い理由はないさ……それよりそろそろ1限目の授業のチャイムが鳴る。みんな自分の席に戻った方がいいぞ」

 

 「すまないな、金田」と心の中で念じつつ話を打ち切ると、彼らは渋々といった様子で掛け時計を確認し、それぞれの席へと散っていった。やがて1限目の担当教師が入室してくると同時に、冷徹なチャイムが鳴り響いた。

 だが当然、クラスの誰もが上の空だった。ポイント激減の現実と、突きつけられた「赤点=即退学」の恐怖。大半の生徒がまったく落ち着かない様子で授業を受け続けそして、重苦しい空気のまま放課後を迎えた。

 終礼が終わり、俺が椎名と「今日のミステリー小説の入荷状況」について会話に花を咲かせながら、鞄を肩にかけて教室を出ようとした、その矢先だった。

 

 ドンッ!!!

 

 静まり返りかけた教室の空気を引き裂くように、激しく机を叩く暴力的な音が響き渡った。

 音の正体は、教室の後方で不敵に笑う男――龍園翔だった。

 突然の爆音に、帰宅しかけていた生徒たちの足がピタリと止まる。しかし龍園はそんな周囲の怯えなど意にも留めず、悠然とした足取りで教卓へと歩み寄り、その上にドカッと腰掛けた。

 

「おい、お前ら。全員大人しく席につけ」

 

 その低く通る声は、俺や椎名を含む、教室から出ようとしていたすべての生徒に向けられていた。

 龍園の突発的な行動に不審を抱きつつも、ここで下手に逆らって騒ぎを大きくするのは得策ではないと直感的に判断し、俺は椎名と目配せを交わしてから、静かに自分の席へと座り直した。

 

「今日から、この俺がこのCクラスの王となり、お前らを仕切る。ガタガタ言わずに、全員俺に従え」

 

 教卓の上からクラスを見下ろし、龍園は堂々とそう宣言した。その言葉には、一切の迷いもない絶対的な自信と力強さが満ちていた。

 だが当然、入学してわずか1ヶ月の段階で、そんな独裁的な要求をすんなりと受け入れるような人間ばかりではない。

 

「はぁ!? いきなり出てきて何言ってんだお前! 誰がそんなの認めるわけねえだろ!」

 

 真っ先に激昂して椅子を蹴立てて立ち上がったのは、やはり石崎だった。それに便乗するように、小宮と近藤も龍園を威圧するように睨みつける。

 

「ククッ、おもしれえ。……他に不満がある奴はいるか? いねえ奴は今すぐ帰っていいぜ。だがな、一度俺が王になった以上、後から文句を言うのは一切ナシだ。全員徹底的に従ってもらうからな」

 

 その言葉は、言外に「残った奴らでケリをつける」という意味を含んでいた。

十分に言質は取った。俺と椎名は無言で席から立ち上がった。

 彼の独裁的なやり方そのものを快く思っているわけではない。だが、これから他クラスとの間で激化していくであろうポイントの奪い合いや特殊な抗争において、この混沌としたCクラスを一つにまとめる強力なリーダーの存在は必要不可欠だ。この一ヶ月間、クラスの面々を冷静に観察してきた結果として、その適任者は龍園翔をおいて他にいないと俺も見なしていた。

 椎名と一緒に静かに教室の扉を開けて外に出る。背後には、龍園に不満を持つ数人の男子生徒たちが挑戦的な態度で残ったままだ。

 一つだけ心配事があるとすれば、教室内での派手な暴力沙汰だけは勘弁してほしいということだ。なんと言っても天井にはあの監視カメラがある。これ以上クラスポイントが削られる事態だけは、極力避けたいのが本音だった。

 

「柊くんは、あのクラスの主導権争いには参加されないのですか?」

 

 静かになった廊下を並んで歩きながら、椎名が不思議そうに紫の瞳を向けてきた。

 

「ああ、俺はあいにく、昔から争い事は苦手なんでね」

「ふふ、私もです……ところで、柊くんは今朝、坂上先生がおっしゃっていたAクラスだけの進学と就職の恩恵について、何か不満や焦りは無いのですか?」

 

 その問いに対し、俺は小さく首を横に振った。

 それについては、この高度育成高等学校に来る以前から、制度の裏にある何かを疑っていたことでもある。そもそも、俺自身がその進学・就職の恩恵だけを目的にこの学校に入学したわけではない以上、特段の不満も興味もなかった。

 

「進学先に悩んでいた時期に、とある人達から物凄く熱心に勧められたのが、ここに入学した唯一の理由だからな。だから不満は無いさ……椎名こそ、あまりそういった特権には興味がなさそうに見えたが、不満はないのか?」

「私は……そこまで大きな野心はありませんから。それよりも、静かに本が読める環境があれば、それで十分なのです」

「そうか」

「ですが、一つ気になります。柊くんは、もし本当に龍園くんが私たちのリーダーとして動き出した時……彼に従うのですか?」

「状況に応じて、全体の利益や必要な場面であれば協力はするさ。だが、今は積極的に動くつもりは毛頭ないな」

 

 個人としては今後、クラスの統率が取れていたら何でもいい。

 

「そうですね。私もその意見には大賛成です。それに……」

 

 椎名はふと足を止めると、こちらを振り返り、夕暮れの廊下の中で息を呑むほどに美しい、満面の笑顔を浮かべた。

 

「私は、龍園くんの動向よりも……柊くんと一緒に穏やかな時間を過ごす方が、何よりも一番楽しくて、大切ですから」

 

「……」

 

 参ったな。何の衒いもなく、あまりにも純粋にそんな言葉を投げかけられると、言われた身としては非常に破壊力が高い。思春期の男子としてまともな耐性がない俺の顔が、徐々に熱くなっていくのが自分でもハッキリと分かった。

 

「それは、それは光栄だな」

「ふふ。柊くんは、私と過ごす時間は……どう思われますか?」

 

 今度は少し不安そうに、小首をかしげて俺の顔をじっと覗き込んできた。背の高さの関係上、彼女の視線は必然的に完璧な上目遣いの形になり、その威力を至近距離で浴びた俺は、どうしたって狼狽えを隠せなくなる。

 

「俺も椎名と図書室で過ごす時間は、すごく気に入ってるぞ。心が落ち着くからな」

「それは良かったです! これからも、どうぞよろしくお願いしますね、柊くん」

「……ああ、こちらこそよろしく」

 

 その言葉を聞いて、本当に幸せそうに目を細めて微笑む椎名。

 これは本気で困ったな。彼女のこの天然かつ無自覚な発言と凶悪な笑顔に、完全にノックアウトされる未来はそう遠くないかもしれない。

 

 

 

「なぁ、柊。ここの問題なんだけどさ……これをここに代入して、こうやって求めていけばいいんだよな?」

「……その手順で展開していけば綺麗にxが求められる。で、その導き出した x の値をこっちの式に当てはめると――」

「おおっ! そういうことか! すげえ、一発で解けたわ! 助かったぜ、サンキューな柊!」

「ああ、また分からないところがあったら遠慮なく聞いてくれ」

「おう!」

 

 あの龍園の王の宣言から、早いもので1週間が経過していた。

 5月中旬に控えた中間テストまで残り2週間を切った頃、俺は放課後の図書室の片隅で、石崎、小宮、近藤の3人のテスト対策勉強を見ていた。

 クラスのリーダーの件について結論から言うと、結局のところ龍園が完全に掌握する形に収まった。裏でどんな具体的なやり取りがあったのかは深く把握していないが、龍園のやり方に不満を持っていたクラスメイトたちは、力か策かの勝負で完全に敗北し、彼に従うことになったらしい。事実、目の前で現在進行形で頭を抱えながら勉強に励んでいるこの3人は、いつの間にか龍園に対して明確な敬語を使い始めており、この場にはいないが、あの巨漢の山田アルベルトすらも彼に完全服従しているのだから、龍園の統率力は本物だ。

 そして、龍園が正式にリーダーに決まった翌日の朝、彼が俺に接触してきた時のことを思い出す。

 いつも通りに登校し、自分の席に着いた直後、龍園がゆっくりと近づいてきた。彼の背後には、石崎、小宮、近藤が控えていたが、どいつもこいつも酷く浮かない顔をしていた。

 

「ククッ、そう警戒すんなよ、柊」

「用件は何だ、龍園」

「仕事だ。この馬鹿共に勉強を教えて、赤点を回避させろ」 

 

 馬鹿共というのは、後ろで縮こまっている彼らのことだろう。しかし、何故わざわざ俺にそんなことを頼む? このクラスには他にも金田のように目立って勉強ができる優秀な生徒はいるはずだ。

 だが、すぐにその意図を察した。石崎たちは見ての通り素行の悪い不良のような容姿をしており、普通の生徒からすれば関わりづらいことこの上ない。クラス内で孤立しがちな金田に任せて関係が破綻するよりも、最近この3人と多少なりとも言葉を交わしていた俺に任せる方が、心理的ハードルが低いと龍園は踏んだのだろう。それに加え、先日の小テストで最下位なのに最後の3問だけを完答したという事実がクラス中に知れ渡ったせいで、認識されてしまったことも原因だ。

 

「分かった。引き受けよう」

「ククッ、話が早くて助かるぜ。もしこいつら全員を赤点回避させたら、報酬としてお前に9000ポイントをキャッシュバックしてやるよ」

 

 にわかに信じ難い破格の条件だった。

 

「本当か?」

「疑うなら、今ここで端末通して契約を結んでやってもいい面言だぜ?」

「いや、そこまではいい。お前を信じるよ」

「それじゃあ、期待してるぜ?」

 

 龍園はそう不敵に笑うと、満足そうに自分の席へと戻っていった。

 これで完全に、クラスの面倒な中心人物に目を付けられた形になってしまった。まぁ、ポイントの成否はともかく、他人に勉強を教えること自体は自分自身の復習にもなるため、実害はないと割り切ることにした。

 

「すまねえ、柊……世話になる」

「気にするな……じゃあ今日の放課後から、早速図書室で勉強会を始めるぞ」

 

 そうして一週間が経ち、今に至るわけだ。

 最初の1週間の勉強会自体はそれなりに順調に進んでいたのだが、先週の金曜日、坂上先生から「中間テストの出題範囲の変更」という非情なお知らせが通達された。

 その影響で勉強のペースを一段と上げたいところだったが、如何せん、この3人は中学時代の勉学をまともに修めてこなかったツケがここにきて完全に回っており、どれだけペースを上げようとしても基礎がなさすぎて進まないという大問題に直面していた。

 

「このままのやり方では、高確率で誰か一人が赤点ラインに引っかかる……」

 

 どうしたものかとペンを回しながら思考を巡らせていると、ふと、入学初日に坂上先生が口にしていたある言葉のニュアンスが、脳裏に鮮烈に蘇ってきた。俺はすぐに手元のメモ帳を取り出し、殴り書きで要素を整理した。

 

・今回の小テストは今後の参考用になる

・赤点を取らずに済む方法があると「確信している」

 

 今後の参考用。あの小テストの最後の3問が重要なキーだ。思い返せば、あの難問は高校2年、あるいは3年で習う発展的な範囲の方程式だった。そんな難問を、入学したばかりの大半の高校一年生が解けるかと聞かれたら、答えは絶対に否だ。学校側が、そんな誰も解けない問題を無意味に出題するはずがない。

 そして先生が「学力以外で乗り越える方法がある」と確信しているような口ぶりだったとすればこの学校のシステム上、合法的かつ確実にテストをクリアする『裏技』が用意されている可能性が極めて高い。

 では、その方法とは一体何か。

 毎年同じようなカリキュラムで行われていると仮定するなら……もしや、この学校は「過去の試験問題」がそのまま流用されているのではないか?

 もし前年の中間テストの過去問を入手することができれば、石崎たちの現在の絶望的な学力であっても、丸暗記するだけで確実に赤点を回避できる。

 

「石崎、小宮、近藤。今日の勉強会はとりあえずこの辺で終わりにしよう」

「え? ああ、もういいのか?」

「あぁ、今日はここまでだ。早く寮に帰ってゆっくり身体を休めてくれ。詰め込みすぎも良くないからな」

「柊がそう言うなら……じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらうわ」

「助かったぜ柊、また明日も頼むな!」

「あぁ、任せておけ」

 

 石崎たちは嬉しそうに勉強道具を鞄に詰め込むと、足早に図書室を出て行った。

俺も自分の鞄を持ち、彼らの後を追うように図書室の受付を通る。

 

「俺はこの後、ちょっとした野用で別の場所に寄るから。じゃあな」

「おう、じゃあな柊!」

「明日もよろしくな!」

 

 そう言って笑顔で手を振る石崎たちと校舎のロータリーで別れた後、俺は翻って、ある特定の目的地、上級生たちが集まるエリアへと向かって、静かに歩みを進めた。




 読んでいただきありがとうございます。誤字やおかしな点がありましたら感想欄で教えてください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。