人を喰らう『狼』

人を守る『人』

『狼』を狩る『赤ずきん』

その三者の関係に、もしも『狼』を喰らう『狼喰い』がいたならば。

これは、狼が恋をし、そして狼に恋をする物語である。




※原作が終わったので書きたくなって書いた。後悔はしていない。元は百合作品だけど男を挟みたかったんだ……

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書きたくなって書いていたら一万文字を超えていた。


恋する狼と赤色のマカロン

 ─────我が地元には、『狼女』と呼ばれるヤンキーがいる。

 

 読みはおおかみおんな。変なルビとかはついていない。

 

 彼女は辺り一帯の不良をまとめ上げた女王様とでも言うべき不良であり、そりゃあもう不良からは恐れられていた。

 

 一つの不良グループを潰したかと思えば、今度は次の不良グループを潰し、さらにそれが終われば次を、次を、また次を。潰して潰して潰しまくっていた。

 

 その結果、辺り一帯の不良グループは壊滅。残ったのはその残党とでも言うべき不良ばかり。

 

 その手当たりしだいなところと、何より自身への傷を恐れない様から、彼女─────蘇芳(すおう)麻綾(まあや)は『狼女』と呼ばれる最強のヤンキーとなった。

 

 ……俺が彼女と出会ったのは、彼女が『狼女』と呼ばれる前─────まだ彼女が齢10の時だった。

 

 『何か』を求めてやまず、しかし何を求めているのか自分でもわかっていない空虚な目。彼女の目は、いつもそのような目をしていた。

 そして、自身の『願い』を探すために、がむしゃらに非日常を求め探す熱の籠もった─────悪く言えば、狂気的な目。

 

 俺は、彼女に惚れた。一目惚れだった。自分の使命を一時でも忘れ、求めてしまうほどには恋焦がれていた。

 

 彼女の目のことなど、渇望のことなど、所詮は後で知った後付の理由に過ぎない。

 

 俺はどうしようもなく、彼女に惹かれた。恋をしたのだ。だから彼女に接触し、言い方は悪いが……常日頃から付きまとった。

 幸いにもウザがられることもなく、嫌がられることもなく、彼女はこちらのことを受け入れてくれた。

 

 何年と時間をかけて関係を構築し、俺は彼女と親しくなることが出来た。

 

 そうして彼女と接してきて、5年。俺は16歳となり、彼女は15歳となった。その5年で、俺と彼女は─────

 

 

「蒼真、おはよう」

 

「────おはよう、麻綾さん。相変わらず綺麗だな」

 

 

 ─────寝起きを共に出来る関係になっていた。

 

 ……別に、男女で交わるアレな行為をしたわけではない。ただ一緒に寝て、一緒に起きる─────それが出来る関係になった。それだけのことだ。

 

 でも、それだけのことが、俺にとってはとても大切なのだと思うのだ。

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 

 

 

─────蘇芳麻綾が彼、紅桜(くおう)蒼真(そうま)と出会ったのは5年も前のことになる。

 

 その頃の麻綾は────端的に言えば、荒れていた。物理的にではなく、精神的に。

 自分を思い出せない。自分は何を求め、何を願い、何が欲しかったのか────全部、わからない。

 

 蘇芳麻綾には、幼い時の記憶がない。記憶喪失、と呼ばれる症状だった。

 

 記憶のない麻綾には余裕がなかった。思い出そうとしても思い出せず、探そうとしても探せず、何より見つからない。自分の根源(ルーツ)、記憶を失った理由。それを求めて、欲しがった。

 

─────けど、それが見つかることはなかった。日常では自分(麻綾)の求めるものは得られないと、ようやく理解できた頃。

 

 そんな時だ、蒼真と出会ったのは。

 

 

『俺、紅桜蒼真って言います!』

 

 

 まず、自己紹介から始まったことは覚えている。キラキラとした目で麻綾のことを見てきたから、特に印象的だった。

 名乗られたからには名乗り返さねばと、麻綾は自分も同じように自己紹介をした。

 

 

『蘇芳麻綾……良い名前ですね!これからは大将と呼んでいいですか!』

 

 

 ……なぜか、大将と呼ばれることになった。なぜそんな呼び方になったのかは、今の麻綾にもわからない。彼は一つ年上であり、大将と呼ばれるようなことをしたわけでもないのに。

 

 けど、その出会いがきっかけとなって、麻綾は蒼真と一緒に行動するようになった。

 

 小学校までは、ただ一緒に自分探しに付き合ってくれたし、中学生になってからはヤンキーとなった麻綾に文句を言うことなくついてきてくれた。いやむしろ、積極的に麻綾と相対した者をボコボコにしていた。

 

 

『頭が高い』

 

 

 そんなことを言いながら頭を掴み、地面とキスをさせて昏睡状態にしてしまうものだから、蒼真は麻綾の『狼女』と並んで『蘇芳の番犬』と呼ばれるようになった。

 

 変な事件に首や手を突っ込んだときも手助けしてくれて、一緒に叔父に怒られたことも記憶に新しい。

 

 そういった非日常を幾度も経験して─────それでも、麻綾は自分のルーツを探し出せなかった。

 探しても探しても見つからず、ついには叔父にも窘められた。それが、自分のことを思ってのことだとはわかっていた。

 

 わかっていたが─────諦めたくなかった。諦めたくはなかったが─────蒼真に及ぶ危険性を叔父に窘められて、ようやく諦める決心がついた。

 

 高校生になったら、もうこのようなことはやめる。そう約束した。

 

─────蒼真は、叔父とは正反対のことを言ってきた。

 

 

『俺のことなんて、気にしないでください。大将は大将のしたいことをすればいいんです。俺は、その手助けがしたいだけで……下心がないと言えば、嘘になるんですけど』

 

 

 どこまでも麻綾基準。自分よりも麻綾のことで、どうしてそこまでしてくれるのか、麻綾にはわからなかった。

 どんなに傷付いても、決して膝を折らず立ち上がる。麻綾は、傷付いた蒼真を見るのは嫌だった。

 

 だから、諦めることができた。

 

 そして麻綾が14歳になった年。その年に、麻綾は()()()非日常と出会った。

 

 

 その日、麻綾は蒼真を追いかけていた。普段はどこに行くにしても何かしらの報告をする蒼真が、何も言わずに姿を消したのが気にかかった。

 だから気になって、姿を見失った蒼真を探した。探して探して

……そして見つけた。

 

 彼女の知らない、非日常を。

 

 ─────そこは廃工場。血と鉄の匂いが辺りに漂い、それと同じくらい強い獣臭が、他の匂いと混ざり合っている。

 

 麻綾が見たのは、血が地面を染める中でただ一体のみ立ち尽くす、赤くて朱い、深紅色の毛を持つ狼男で─────

 

 その時のことを、麻綾ははっきりと覚えていた。

 

 自分ではない自分が、身体を乗っ取り狼男と相対していたこと。それがスコルと呼ばれる者であり、目の前の狼男を見て驚いていたこと。その狼男が、麻綾の探していた蒼真であること。そして─────

 

 

『おまえは、この(麻綾)が欲しいのか?』

 

『─────欲しい。何よりも、誰よりも、俺はその人が欲しい。俺は、蘇芳麻綾を愛しているから』

 

 

─────蒼真が麻綾のことを愛していて、他人越しでも愛の告白をしたことも。全部、覚えている。

 

 

『なら、返してやる。わたしはおまえとは戦いたくない。……しかし、まさかわれらに()がいるとは思わなかった』

 

『俺も、姉がいるとは思ったこともなかったよ』

 

 

 彼女─────スコルはそう言って、麻綾に身体を返した。身体の主導権が戻り、自分を思い通りに動かせる感覚がある。いつも通りの麻綾に戻ることが出来た。

 

 しかし、以前とは変わったこともある。

 

 

『麻綾。おまえを通して、弟のことを見させてもらうぞ』

 

 

 自分の中に、自分とは違う別の声が─────スコルの声が聞こえる。聞こえるようになった。

 身体を奪われていた反動か、力なく倒れそうになるのを元の姿に戻った蒼真が受け止めているときも、スコルが自分の内側にいることを認識できる。

 

 その日は、眠ったフリをした麻綾を蒼真が家まで送り届けて、終わりを告げた。

 

 図らずも自身の過去を知ってしまった麻綾は、実は混乱していた。非日常なことについて─────などではない。そのようなことで狼狽え、思わず眠ったフリをしてやり過ごしてしまうほど、麻綾は心は脆弱ではない。

 

 問題なのは、蒼真の愛の告白だった。あれはいけない。思わずベッドに潜り込み、延々と悩んでしまうくらいには問題だった。

 

 

『……好き合っているのなら、ツガイとなれば良いものを』

 

 

 いやいや、そんな簡単に決められることでもないのだ。麻綾は獣目線で言うスコルに対して、そんな風に言い返したくなった。

 今までなぜこんなにも助けてくれて、手助けもしてくれるのかと疑問に思っていたが、これでようやく解消できた。蒼真は麻綾が好きだったから、こんなことをしていたのだ。

 

 麻綾は悩んだ。自分の過去を少しでも知れたのは良いことだが、それ以上の問題が出てきてしまった。

 告白なんて、初めてのことだ。今までの人生の中で、異性からの愛の告白なんて受けたことは一度もないのだ。例え間接的であっても、である。

 だから麻綾は悩んた。悩みに悩んで夜も眠ることが出来ず………そしてそのまま朝となり、ようやく決心した。

 

─────告白、受けよう、と。

 

 

『ようやくか。わたしは眠いぞ、麻綾』

 

 

 なんかスコルが言っている気がするが、そんなことはどうだっていい。

 

 ……なぜか常日頃から離さず持っていたペンダントから母親だと言う人の声が聞こえたりしているが、今は後回しにする。後でちゃんと話は聞くから。

 

 

『もう、せっかく会えたのに……でも、娘の一大イベントだもの。邪魔するわけにもいかないわね』

 

 

 蒼真は、いつも麻綾に会いに朝早くに家に来る。この時間だと叔父もいないので、都合がいい。流石に見知った人に告白の返事する場面を見られるなんて、恥ずかしすぎた。

 

 手早く着替え、そのまま自宅待機。学校にも行かなくてはならないが、幸いにも時間はある。蒼真も余裕を持って来てくれるので時間はまだまだあった。

 

 その間に、自分を落ち着けておくのだ。昨日は本当に色々とあったせいで眠れず思考もループしていたが、覚悟を決めればそう大した話でもない。

 ようは、麻綾が蒼真のことを好いているのか否か、なのだ。ならば答えは決まっていた。

 

 あとは返事をするだけ─────なのだが。

 

 来ない。時間になっても、蒼真が来ない。時間は、まだ余裕がある。しばらく待ち続けることも出来るだろう。

 しかし蒼真のことだ、何かしらの罪悪感でも抱えている可能性がある。ならば待っていても来ない可能性は高い。

 

 麻綾は即断即決で行動を開始し、玄関を飛び出した。

 

 そして、扉のすぐ近くで座り込んで項垂れる蒼真を見つけた。

 

 

「……何やってるの、蒼真」

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 紅桜蒼真は、自身が生まれたときのことを覚えていない。

 

 母親はおらず、父親もいない。拾われ、育てられ、一人で生きていけるように自立した。

 

 何一つとして親から与えられたことのない蒼真には、たった一つだけ、自分がやらなくてはならない使命があることを知っていた。

 

 それは、『憑狼(ライカンスロビア)』を皆殺しにすること。

 

 かつて存在した神狼(じんろう)フェンリル。いまこの世に存在する『憑狼』は、死したフェンリルの魂の()()()を宿し変質した存在。

 その『狼』たちを殺し、魂の切れ端を回収し吸収する。それが、蒼真が生まれたときから自覚していた使命だった。

 

 なぜなのかはわからない。誰が言ったのかも、どうして自分がやらなくてはならないのかも、全部。

 しかし、拒む理由もなかった。そう大した理由もなく、蒼真は幼い時から『狼狩り』を始めた。

 

 最初は子供であるためか、人を喰らい力をつけた大人の『狼』に敵わなかった。逆に殺されそうになったが、その時はなんとか逃げ出した。

 失敗したなら次に活かす。蒼真はあらゆる方法で『狼』を殺す方法を模索した。

 圧殺、轢殺、撲殺、斬殺、惨殺、毒殺、絞殺、溺殺─────色々と試した。

 

 試した結果、溺死させるのが一番手っ取り早いことに気がついた。『狼』の身体は強靭で、生半可なことでは死なない。しかし生物である以上、空気は必要だ。気絶させて、手足を縛って、海に放り投げた。そのくらいのことなら、幼い蒼真でも可能だった。

 

 そして、一体でも殺せば後は簡単だった。

 

 殺した『狼』の力が、自分の中に流れてきた。それは蒼真の力となり、『狼狩り』を楽にしてくれた。

 

 たくさん殺した。

 

 殺して、殺して、殺して殺して殺す。

 

 相手が命乞いしようと、家族がいると情に訴えかけてきても、それでも殺した。

 

 だって、おまえたちは人殺しだから。

 人を殺しておいて、殺されることを嫌がるなんて許されない。だから、ここで殺す。二度と殺せないように。

 

 半狼と呼ばれる人間とのハーフは見逃した。殺す理由がなかった。半狼にはフェンリルの魂がない。ある意味、本当の意味でフェンリルの子孫だった。何より半狼は人を食べない者が多い。

 

 だから見逃した。その後、どうなろうとも。

 

 何年も『狼狩り』を続けてきた。自分の毛が血で染まり、色が落ちなくなっても続けた。それでも狼は減らない。少しずつ減っていても、まだまだ沢山いる。

 いつまで殺せばいいのか─────そんなことを考えるようになった、齢10の時。

 

 

 蒼真は、ある少女と出会った。

 

 

 蘇芳麻綾……そう名乗った彼女に、蒼真は一目惚れした。

 

 初めて自分の世界が彩られた気がした。

 

 それからの蒼真は、完全に麻綾に夢中だった。使命を一時でも忘れ、彼女と常に一緒にいるようになるほどには、麻綾との日々を大切に思うようになった。

 だからこそ、蒼真は使命の続行を決意した。『狼』は人を喰らう。それはどのような人間であろうと例外ではない。

 

 殺さなければ、麻綾が殺されるかもしれない。初めて自分の中に生まれた恐怖に、蒼真は突き動かされた。

 辺り一帯の狼は全滅させ、何処からともなく現れる野良の『狼』も見つけ次第殺した。

 

 殺すことで、大切な人を守れると信じて行動した。

 

─────その日も、何事もない一日になるはずだった。

 

 

『……おまえは、誰だ?』

 

 

 廃工場に貯まっていた『狼』共を皆殺しにして、あとは帰るだけとなるはずだった。

 しかし、振り向いた先には麻綾がいて────視認した瞬間には、その姿を変貌させていった。

 

 一瞬で姿は変貌し、見知らぬ誰かとなった。

 

─────狼の耳と尻尾、片方だけ染まった黒い瞳孔。

 

 認めたくない。認めたくなかった。だが……目の前のそれが、真実だった。

 

 彼女は、蘇芳麻綾は『狼』で─────

 

─────違う、と、直前で気がつけた。蘇芳麻綾は人間だ。今まで接してきて、『狼』の匂いなど一度もしなかった。

 肉体は人間だ。それは間違いない。ならばあれは、フェンリルと同じ『神狼』─────その魂が表に出てきた存在だ。

 

 それを、蒼真は直感で理解した。

 

 そして理解したならば話は早い。

 

 取り返す。絶対に。こいつに麻綾の身体を返させる。

 

 

『お前こそ誰だよ─────さっさとその身体を返せ。俺の大将だ』

 

 

 蒼真にとって、命よりも優先しなくてはならない人。絶対に守らなくてはならず、何より守りたいと思わせた人。

 だから蒼真は、麻綾を大将と呼ぶのだ。この人以外に従わず、この人の脅威は全て排除する。使命など、二の次に成り果てた。

 

 蒼真にとっての最優先事項。それが蘇芳麻綾だった。

 

 

『わたしか?わたしの名は、スコルという』

 

『そうかよ、どうでもいい。早く返せ』

 

『……そんなにもこの(麻綾)が大事か?』

 

『大事だよ。じゃなきゃお前に敵意を向けない。……自分でもおかしなことを言ってる自覚はあるけどな』

 

 

 不思議な感覚だった。一度たりとも出会ったことのない相手のはずなのに、親近感……それに似た感情を抱いている。目前の敵に敵意を抱きにくかった。

 だが麻綾を奪われたことへの激怒が、それを塗りつぶす。

 

 例え相手が自身と同じ状況であろうと、関係ない。奪われたなら取り返す。敵なら殺す。何がなんでも、絶対に。

 

 

『不思議だ。おまえとは会ったことなどないはずなのに、この感覚は、一体……?』

 

『知るかよ。そんなこと、俺にとってはどうでもいい。その身体を返す気がないのなら、無理矢理にでも眠らせてやるよ』

 

 

 もはや、我慢の限界だった。身体は変貌しても、麻綾の面影は残っている。その顔で、その身体で、好き勝手にされるのら無性に腹が立つ。

 こいつの事情など、どうだっていい。返さないというのなら取り返すだけだ。

 

 身体を低くし、戦闘態勢に移行しようとする蒼真に対して、麻綾の身体を乗っ取った『誰か』は何かに気がついた。

 

 

『─────この気配……そうか。そういうことか。おまえはわれらの()だったのか』

 

『……は?』

 

『合点がいった。まさかとは思ったが、そのようなこともあるのか。ならば、わたしはおまえとは戦わない』

 

 

 一人で納得し、一人で話を完結させる。あまりに自分勝手な様に、蒼真は怒りを通り越して『何を言ってるんだこいつ』という呆れがあった。

 

 思わず呆れたが、こいつの言っていることを否定することが蒼真には出来なかった。それは、本能的にそれが事実であると理解できてしまったからか。

 

 混乱する蒼真のことなど気にすることなく、そいつは話を進めた。

 

 

『安心しろ、すぐにこの娘は返してやる。だが、その前に聞きたいことがある』

 

『……なんだよ』

 

『おまえにとって、この娘はなんだ? なぜそこまで固執する』

 

 

─────その言葉を聞いて。

 

 蒼真が思い浮かべた言葉は、一つだけだった。たった一つ、とてもシンプルな答えだ。

 

 

『唯一だ。俺にとって、何者にも変えられない存在だ』

 

『……そうか。ならばおまえは、この(麻綾)が欲しいのか?』

 

『─────欲しい。何よりも、誰よりも、俺はその人が欲しい。俺は、蘇芳麻綾を愛しているから』

 

 

 蒼真は、この思いを本人に言うつもりはなかった。

 

 彼は『狼』で、麻綾は人間。どう足掻いてもこれは変えられない。互いに喰う側と喰われる側の存在である限り、何が起こるかわからない。

 自分の思いは、自分だけが知っていればいい。麻綾への思いは何も変わらない。

 

 しかし、今の相手は正体不明の『神狼』で、麻綾は身体の主導権を奪われたまま。嘘をつくなどして相手を騙す、というリスクは取れなかった。

 

 

『なら、返してやる。わたしはおまえとは戦いたくない。……しかし、まさかわれらに()がいるとは思わなかった』

 

 

 そいつが言い終わった瞬間に、そいつの……いや、麻綾の身体から『神狼』の気配が引っ込んでいく。

 耳は引っ込み、尻尾も消えて、瞳孔も元の色に戻っていく。そのまま倒れ伏してしまいそうだった麻綾を受け止め、麻綾の意識が失われているのを確認すると、蒼真は一人呟いた。

 

 

『……俺も、姉がいるとは思ったこともなかったよ』

 

 

 吐き出すように悪態をつく。結局、最後まで奴の好きなようにされてしまった。確かに麻綾は取り戻したが、問題は未だに解決したわけではない。

 

 奴は消えたわけではない。また引っ込んだだけだ。再び出ようと思えば、いつでも出れるだろう。早急に奴を封じる方法を探さなくてはならない。

 

 ……それに、今までの会話は麻綾本人にも聞かれているはずだ。意識も乗っ取られたわけではないのは、瞳孔が片方しか黒くならなかった時点で察している。

 今は、幸いにも眠ってくれていたのが有り難かった。

 

 彼女には、全てを話さなくてはならない。『狼』のことも、蒼真自身のことも、全て。

 

 

『……あーもう、どうしたものかなぁ』

 

 

 しかし、目先の問題は─────恐らく意識はあった麻綾に、蒼真の気持ちがバレてしまったこと。

 

 ……なんて顔で会えばいいのだろう。蒼真は、頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

「何やってるの、蒼真」

 

「大将……」

 

 

 ついに来てしまった。

 

 本当なら少し前から麻綾の家に着いてはいた。しかし一日経ってもどのような顔をして合えばいいかわからず、結局ズルズルと引きずることになった。

 

 実は何も覚えていない、などということに期待していたのだが……

 

 

「昨日のことで話したいことがあるから。ほら、早く入って」

 

「……はい」

 

 

 そんな都合の良いことは起こるはずもなく、麻綾はしっかりと昨日の出来事を覚えていた。

 促されるままに、蒼真は麻綾の家にお邪魔することになった。

 

 

「今日は学校休むから、ゆっくり話そっか」

 

「えっ」

 

「話が長くなりそうだし、全部聞いてたら時間が足りないでしょ? だったらいっそのことズル休みしようかなって。あ、蒼真もそうしてね」

 

「……わかりました」

 

 

 普段なら麻綾がこのようなことを言うことはないのだが、流石に状況が状況だ。断るなんてことを蒼真が出来るはずもなかったので、受け入れることとなった。

 

 

「えっと、そうですね。まずは何から話したものか……」

 

「蒼真、昨日私のこと「そのことは最後でお願いしますまだ覚悟が決まってないから本当に頼みます」……わかった、いいよ。なら何から聞こうかな」

 

 

 敢えて話題から逸らそうとしたことをズバリと差し込んできた麻綾に、思わず早口で止めてしまった蒼真。出来ればもう少しだけ待ってください。いや本当に。

 

 

「……じゃあ、まずは『狼』について話しましょうか。『狼』というのは─────」

 

『それについては、私から説明するわね』

 

「あ、お母さん」

 

「……んん?」

 

 

 はて、と。蒼真の記憶違いでなければ、麻綾の親は何年も前から行方知らず。母と父の顔も名前も覚えていない、はずなのだが。

 というか今、麻綾のペンダントから声がしなかっただろうか? 蒼真は訝しんだ。

 

 

『はじめまして、蒼真くん。私はクラウディア。そこにいる麻綾の母親です』

 

「お、お母様でしたか」

 

 

 なんでペンダントの中に麻綾のお母さんが入っているのだろう……いや、本当になんで?

 

 

『貴方の疑問もわかるけど、まずは麻綾に『狼』について説明しないといけないから……私のことは、その後でいいかしら』

 

「いえ、全然構いません」

 

 

 ただ自分のことや『狼』のことを説明するだけでは終わりそうにない。長い一日になりそうだと、蒼真は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夕方。

 

 

『麻綾が『赤ずきん』になるんじゃないかって予想していたけど、まさか他の『神狼』と接触することで目覚めるなんて、想定外だったわ』

 

「それは……本当に申し訳ないです、はい」

 

『いいのよ。貴方は良い子そうだし、何よりスコルは引っ込んでるから。聞いてみれば妹もいるらしいけど……いざとなれば、奥の手もあることだしね』

 

『それがわたしに効くといいがな』

 

「ちょっと上姉は黙ってろ。あんたの話は後で聞くから」

 

『つれないな、ソーマ。昨日会ったばかりとはいえ、同じ母から生まれた姉弟だろう?』

 

「認めたくないけど、否定できないんだよなぁ本当に」

 

 

 話は、意外に盛り上がっていた。

 

 麻綾はクラウディアの説明と蒼真の補足を聞きながら『狼』という存在を教えられた。

 途中、心の中から話しかけてくるスコルの言葉を聞き流しながらも、スコル本人からは蒼真との関係を聞き出せた。

 

 蒼真が一体、どのような存在であるのかも。

 

 

『ソーマは、恐らくわれらが母フェンリルが死したあとに産み落とした子だろう。母の巨大な魂は、四散してなお生きながらえ、()()()()()()()()()()()()()()()()。痛みが永遠につづくことに、耐えかねたのだろうな』

 

 

 だから生み出された、とスコルは語った。

 

 破滅願望。あるいは自滅願望。そういった滅ぶことへの願いによってフェンリルから産み落とされたのが、蒼真だった。

 どうやって、どのようにして、蒼真は生み出されたのか。それは考えたところで仕方のないことだ。

 

 なぜなら、現に蒼真はここにいる。結果として存在する以上、理由や過程を考えたところで無駄でしかない。

 

 

「やっぱり蒼真にもスコルの声が聞こえるんだ」

 

「えぇ、まぁ。なぜか聞こえます」

 

『魂のつながりができたからだろう。わたしが目覚めたことでソーマの魂が反応し、接触したことでつながりができた』

 

「魂……ね」

 

 

 信じないわけではない。むしろ、一番魂というものを実感しているとまで思う。

 自身のこと然り、麻綾のこと然り、スコル、クラウディアのこと然り。

 

 これほど例があれば、信じないわけにもいかないだろう。

 

 

『それじゃあ、私達が知っていることはだいたい教えきったかしら』

 

「そうですね……俺も、これ以上のことは知り得ないので、それでいいかと」

 

『そうか。なら、わたしはすこし寝る。終わったら起こせ』

 

 

 あらかた話せることは話し終わったからなのか、スコルは麻綾の内側に引っ込み、そのまま沈黙した。本人の言うとおり、眠っているのだろうか。

 

 それに続いて。

 

 

『そろそろ私もお邪魔かしら? 話は聞かないでおくから、ちゃんと話してきなさいな、麻綾』

 

 

 クラウディアもそう言ったきり無言を保ち、残ったのは蒼真と麻綾の二人だけとなった。

 

 

「じゃあ、本題に入ろっか」

 

「……はい」

 

 

 『あ、逃げられないなこれ』と、蒼真は考えるまでもなく理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第一印象は?」

 

「……何か、足りないものを探しているように見えま「敬語禁止」……見えた」

 

「好きになった理由は?」

 

「一目惚れ。でも敢えて言うなら、大しょ……んん、麻綾さんの目と性格が心に刻まれたから」

 

「『さん』はいらないけど……嫌いなところは?」

 

「ない」

 

「即答かー。じゃあどんな髪型が好き?」

 

「……長髪も良いけど、短くても似合うと思う」

 

「ふんふん。よし、これで最後にするけど……蒼真は私のことが好きなんだよね」

 

「……好きだ」

 

「良かった。今まで告白とかされたことないけど、しなかった理由とかある?」

 

「……麻綾さんは人間だ」

 

「うん、そうだね」

 

「俺は『狼』で……化け物だ。だから守れるだけで良かった。大切な人さえ守れれば、それで良かった。けど、俺にはやらなくちゃいけないことがある。それに麻綾さんを巻き込みたくなかった」

 

「私が自分の願いを探していることを知っていても?」

 

「……」

 

「ごめん、意地悪なこと言った。蒼真が私を守ろうとしてるのはわかってるよ。でも、もっと気楽にしたほうがいいよ」

 

「気楽に……?」

 

「重く捉えすぎってこと。蒼真が思ってるほど、私は弱くない。だから、蒼真が背負ってるものを一緒に背負わせてよ。一緒に背負えば負担も半減するでしょ?」

 

「……」

 

「私、蒼真のこと好きだよ」

 

「……え」

 

「好きだから、恋人になろう。恋人になって、一緒に生きよう。喧嘩したり、悲しいこともあったりするかもしれないけど、蒼真とならどこまでも歩いていけると思う」

 

「……俺、は」

 

「蒼真の答え、教えて」

 

「────俺は、色々と難しく考えすぎてたのかな。俺が思っていたよりも、ずっと簡単なことだったのかもしれない。

 もう、麻綾さんには言ったことではあるけど……麻綾さん、俺、麻綾さんが好きだ」

 

「私も、好きだよ」

 

「だから、その……」

 

「?」

 

「─────結婚を前提に、付き合ってください」

 

「───はい。末永く、よろしくおねがいします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、蒼真は麻綾との対話の末に、彼女を自身の伴侶とすることを認めてもらえた。

 

 あの返事は、そういうことだ。

 

 求めてやまなかった者を手に入れ、求めてやまなかった過去(もの)を取り戻した。

 

 これからは、互いの関係が変わった日常を過ごすことになるのだろう。

 

 

 

 

 

 しかし、これで終わりではない。

 

 物語はまだまだ序盤。プロローグでしかない。

 

 (彼女)の物語は、これから始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

「くっ、くそっ! なんでこんなことに……!」

 

 

 暗い夜道。路地裏で走る誰か。

 

 真っ暗で見えづらい中でも、迷うことなく進み続ける男。

 

 しかし、その者は人間にはない毛と牙と爪があった。

 

 それは、『狼』だった。

 

 その、人を食らう『狼』が、逃げ惑っている。

 

 さながら、肉食動物から逃げる草食動物のように。

 

 

 走る『狼』の頭上に現れる、一つの影。

 

 月に照らされ、その姿を現した。

 

 それは、少女であった。赤いずきんを被った、白い肌、金色の髪を揺らす幼い少女。

 

 その少女の両手には─────鋏に似た、一対の双剣。

 

 少女は迷うことなく、目下で走っている『狼』に向けて、その刃を振るった。

 

 斬撃が躱されることもなく、振るわれた刃が首を切り、胴体を切り裂いた。

 

 

「ぢ、くしょぉ……ようやく、ようやく《深紅狼(クリムゾン)》がいなくなったっていうのに……こんな、ところ、で……」

 

 

 しばらくは存命していた『狼』も、恨み言を残して死に絶えた。

 

 死体は塵となり、吹いた風に攫われ消えていく。何一つとして、残さないまま。

 

 

「……やっぱり、《深紅狼(クリムゾン)》はここにはもういないのですか」

 

 

 ぽつりと、誰に言うでもなく呟く。

 

 先程の『狼』が恐れ、少女が探している『狼』─────またの名を、《狼喰い(ヴォルフ・エッサー)》。

 

 人を喰わず、『狼』のみを狙って喰い殺すと言われる異端の『狼』。何処からともなく現れては、一帯の『狼』が激減するまで殺戮を繰り返す。

 

 ただし、半狼を除いて。

 

ピリリリ─────携帯電話の着信音が鳴り響く。

 

 懐から携帯電話を取り出し、そのまま耳にあてる。

 

 

「……もしもし」

 

『はぁい、アカネ。仕事は終わったかしら?』

 

「『狼』なら殺したのです。けど、《深紅狼(クリムゾン)》はいなかったのです」

 

『でしょうね。探してすぐに見つかるなら、何年も掛かりはしないわ。早く帰ってらっしゃい、次の仕事が待ってるから』

 

 

 ぷつりと電話を切られる。あまりに短すぎる会話内容。しかし少女は長々とした話など求めていない。

 

 彼女の行動理念は、一つだけだ。

 

 

「『狼』は、殺すのです」

 

 

 『狼』を殺す。復讐のために、殺された両親の仇を討つ。そのためには─────

 

 

「あと一年……次代の『赤ずきん』を見つけないと」

 

 

 『赤ずきん』は、狼の力を引き上げてくれる。その力があれば、あの『狼』を殺すことができる。

 

 《天狼星姫》─────親の仇。

 

 

「必ず、殺してやる……!」

 

 

 少女は、その顔に憎悪の感情を露わにしながら呟いた。

 

 

 

 

 




《紅桜蒼真》
《狼喰い》。別名《深紅狼》。他の狼からは恐れられている。
『狼狩り』に罪悪感はなく、慈悲もない。恋に一直線の男。最近恋が愛になった。
麻綾のことは自身のボスであり、愛おしい人と思っている。麻綾への好感度は天元突破中。
『狼』を殺し、フェンリルの魂を回収、吸収することを目的としている。魂を回収すればするほど、フェンリルに近付き強くなる。
フェンリルが生み出した自滅因子である息子。しかし本人に自覚はなく、どのようにして生まれたのかも興味がない。


《蘇芳麻綾》
《陽喰い》スコルの器。詳しいことは原作で語られていないが、一つの肉体に魂が二つある状態と認識している。
属性としてオカン。そしてスタイルが良い。胸も大きければ身長も高い。原作でのロリとの百合は大変よろしい。
必要とあらば自傷も厭わない人であり、そのためか過去に多くの傷跡を負っている。今作では率先して蒼真が未然に防いでいるので傷跡は少ない。
この度、恋人ができたようである。


《スコル・フェンリスドッティル》
フェンリルの娘の一人。妹に《月喰い》ハティがいるが、出会うのは先のことになりそう。
蒼真が弟であると直感的に理解し、争いを避けるため麻綾の中に引っ込んだ。出ようと思えば出れるが、その時は蒼真が黙ってないので出ようとは思っていない。
数少ない家族であるためか、蒼真のことを好いているようだ。
なぜ転生したのかは原作では語られていない。本来ならハティの干渉で目覚めるはずだったが、今作では蒼真との接触で目覚めた。
なお蒼真と麻綾の会話を全部聞いていた。狸寝入りならぬ、狼寝入りである。


《クラウディア・ヴェルミリオン》
ペンダントの人。《心魂権限》という自身と他者の魂・心に干渉する力を使い、自身諸共スコルを封印していた。麻綾の実の母親。
片割れである麻綾の父親も、似たような姿で封印されている。
現時点での時系列では先々代の『赤ずきん』。『猟団』という組織に所属し『狼』を数多く狩っていた実力者。
目覚めて一日で麻綾に恋人が出来た瞬間を見ることが出来て嬉しく思っている。
スコルの問題が解決するまでは消えるつもりはないそうな。
なお蒼真と麻綾の会話はばっちり聞いていた。


《アカネ》
最後に出てきた少女。どうやらどこの組織にも所属していない『赤ずきん』を探しているようだ。
『赤ずきん』は、一代に一人まで。
次の『赤ずきん』が現れるまで、少女は『狼』への憎悪で鋏を振るうのだろう。
なお原作ではメインヒロイン枠。百合なので、そういうことである。

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