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「………団長、起きてください団長」
誰かが呼ぶ声がする。微睡みの縁で男──ウィルバートはその声の主を探り、驚愕した。
「エイダ……?」
なぜ彼女がここにいるのか。邪神討伐の際に失われた命が、なぜここで輝いているのか。
「ここは……?」
あたりを見回せば、見たこともない部屋。いや、どこか見覚えがあるようだ。
「寝ぼけているんですか?ここはエクリエル聖騎士団団長の執務室ですよ。つまり貴方のね」
ああそうだ。見覚えがあるのは当然のこと。かつて一度だけ使い、それ以来ずっと戦場で戦っていたため使われなくなった執務室。そして今なお戦いが続くため、使うことなどないはずの部屋。どうして自分はここで居眠りなどしているのか。
「邪悪なる兵はどうなった」
「どうなった、って邪神と一緒に消えたじゃありませんか。まあ私は傷を負って倒れてしまったので、貴方が邪神を倒したところを見ていませんけど」
彼女が命を落としたのは邪神討伐中に傷を負い、討伐後も邪悪なる兵が消えず倒れる彼女の手当てが出来なかったからだ。邪悪なる兵がいなくなったのなら彼女が一命を取り留めることもあるだろう。
だがこれまで彼が見てきたものは?多くのものを失いながら為し得た邪神討伐、その結果得た絶望の中一切の希望を切り捨て戦い続けたあの日々は……
「夢、だとでも言うのか」
であればなんという悪夢だ。そんな夢を見るなんて、未だにあの戦場に囚われているのかもしれない。そんな空想が頭を過ぎる。
「お疲れですか?」
「かもしれない」
「でしたら、この先少し忙しいですが、そこを抜ければ私達の必要ない平和な世が訪れます。その時に存分にお休みください。ですが、まずは明後日の終戦記念式典をきっちりやってくださいね」
騎士団の必要ない平和な世。実感は湧かないが邪悪なる兵が消え去った今、確かに訪れるものなのかもしれないという考えは嫌にすんなりと浮かび上がる。
「そうか。では長い休みに何をするか考えないとな」
そういえば夢の中では平和の世にあって闘争を望む者もいたな。そういった者もどこかで力を震えるような場を設ける必要があるか。だがまあ、これだけの戦いがあったのだ。あと数十年は大丈夫だろう。彼らしくないそんな楽観がよぎるほど先の大戦は酷いものだった。
「私は海に行きたいですね。取り返したときに泳いでる余裕なかったので。団長は?」
「……武闘大会でも……ん?済まない、聞いてなかった」
「はぁぁぁぁ。いいですよ、もう。そろそろ城へ向かう時間ですし顔を洗って来てはいかがです?」
「そうさせてもらうよ」
*
「おい、おい起きろって」
倒れ伏す白衣の騎士を揺するが、目覚める気配は一切ない。頬を叩いても水をかけても反応はなかった。
「チッ、生きてはいるんだけどねぇ………リマーガ様!!ダメです起きません!!」
「ならそいつ守ってな!!」
どこからともなく湧き出た仮面の集団、“安息の教団”。信者相手に大立ち回りを続けるリマーガと、彼女に付いてきた密林の守人達。
守人同士の巧みな連携、そしてリマーガの持つあらゆる
「お前も眠れ!!!」
「勝手に寝ていなさい。「咎満ち返し」」
リマーガの持つ漆黒の大剣「咎満ち返し」の一太刀を浴びた者、あるいは一度でも切り結んだ者が誰一人逃れられない茨に包まれ土へと還ってゆく。神の奇跡の残滓などでもない限り決して逃れられぬ死の茨。しかし減らした数と同等、いやそれ以上の信者が涌き出る。
「百はやったはずですが……きりがないですね」
睨みつける先には胡座をかき宙に浮かぶ異形頭の太った男。こちらには興味ないとばかりに三本の槍を浮かべ、眠るウィルバートを注視する。
*
皆式典の準備で出払っているのだろう、誰もいない廊下を二人並んで歩く。窓から差し込む日差しは並ぶ二人を優しく照らし出した。
「なんだか懐かしいですね、こうして並んで歩くのは」
「そうだな。邪悪なる兵との戦いが始まる前はよくこうして歩いたか」
思い出されるは遠き日々。ただ何も知らず神に縋れた幼き日々。
失われた時間はあまりにも大きい。あの頃はもう帰って来ないだろう。これから訪れる平和の世まで、やるべきことは山積みだ。それでも取り零してしまったものを一つ一つ取り戻して行こうと、そう決意がみなぎる。
「あっ、ウィルバート団長!?凄い、本物だ……」
庁舎の玄関をくぐった先、門を守る騎士から声をかけられた。まだ幼さの残る桃色の髪をした槍使い。初対面のはずだがどこか見覚えのある。
(ああ、そうだ。邪神討伐後に騎士団に入った少女だ)
名前はなんだったか……思い出そうとしてすぐ気付く。邪神討伐以降、すぐに死んでしまうのが辛くて無意識に目の前の人物の名前を聞くことをやめていたことに。終わらぬ戦いに明け暮れ、墓標に刻むべき英雄達の名を知らぬことに。団長として、団員に対する弔いという最後の責務まで放棄していたことに。
(夢の中ですら、逃げていたのか俺は)
「……君、名前は?」
「なまっ!?は、はい────です」
聞こえなかった。この期に及んでまだ自分は人から逃げるような冷たい奴なのかと、嫌悪感が彼の体を覆う。
「そうか。強い騎士に………いや、優しい騎士になれ」
「はい!!!」
まだ幼さの残る槍使いと、その隣に佇む青い髪の同じく幼き司祭に挨拶を交わし庁舎を離れ騎士団の皆が待つ城へ。次第に小さくなっていく二人の姿を尻目に、荒れ果てた街を見渡す。
「子供ですら騎士団に入れる程人手が足りないのか……」
「しょうがないですよ。あの戦いの中で大人はほとんど死んでしまったんですから。悪しき者も、善き者も等しく。知恵も技術も残さぬままに逝ってしまいました」
「………これから厳しい時を過ごすだろう」
「ええ。それでも我々は救われましたよ、貴方の手によって」
「それは……そうだといいな。取り零したものは大きいけれど、僕が救えたものが一つくらいあるのなら」
そこまで聞いてエイダは不思議そうな顔をし、そしてかつて悪戯を思いついたときによくしていたような笑みを浮かべる。
「ああ、そういえばまだ知らないのでしたね」
「何を?」
「城に着けばわかりますよ。それまでのお楽しみです」
城に続く坂道を駆け上がり、彼女はくるりと振り向いて微笑む。その光景は、記憶のどこを探しても見当たらないのにどこか懐かしく、目が眩む程眩しくて。
「ところで今日はその剣と盾はいらなかったのでは?」
「つい癖でな。持っていないと落ち着かない」
*
倒せども倒せども影から湧き出る仮面の信者達。底の見えない戦いに、密林の猛者達といえども疲れが浮かぶ。対する教団は安眠から目覚めた疲れ知らずの者ら。個々では劣る仮面の群も時間と数によって密林の強者をすり潰してゆく。
(このままでは押し切られますね……何か……)
目に付いたのは純白の剣。かつて散っていった同胞が英霊となりて主を守るという、去った神の残したただ二つの奇跡。それを手に取り先程の戦いを振り返る。
「確か……逆理剣「リシャール」!我が身を………いや、お前の
逆理の剣により呼び出されるは数十の騎兵。一騎当千の聖なる騎兵はその友の身を守る為に戦い始めた。
(貴方……こんなものを振るっているのですか)
のしかかる重圧に大きく蹌踉めく。友を守る剣は命を預かる
「リマーガ様危ない!!」
「リシャール」により大きく疲弊し、思わず膝をついたところに飛来するのは四槍「救世主」のうち一振り。動くことのできないリマーガの背を貫───くことはなかった。
「貴方……なんで」
いまだ眠り続ける男が、盾を掲げ立ち上がる。目の前の敵を切るために。
*
青く青く澄み渡る空を、ゴールデンイーグルが飛んでゆく。普段は盾を持ち騎士として民を守る彼らも、今は団旗を掲げ空から祝福をする。明後日、この世界で唯一生残った国であるエクリエルで終戦記念の式典が行われる予定だ。式典の主役でもあるエクリエル聖騎士団は練習と準備の手伝いでほぼ全員が城に出向いていた。
「久しぶりだな、この城も」
「そうですね。団長の叙任式以来でしょうか」
空を取り戻す前に襲撃を受け、その傷を修復出来ていないながらも今この世界で最も立派な建物であろうエクリエル城。終戦の象徴となるであろうこの場所にて、多く願われた平和が実現する。
「戦い抜いた騎士達が休めるようにと城より庁舎の修繕を急いでくれた王には感謝しかないですね」
「ああ。まあ些か広すぎるが」
「すぐに全ての部屋が埋まりますよ。それも女の人でね」
「女子供しか生き残ってないしな。もう少し男手が欲しい」
「…………はぁ、長く戦っているとこうなってしまうんですかね」
呆れたような口振りも、ウィルバートの耳には届かない。辿り着いた城の中を見つめ驚愕に目を見開くばかりでそんな余裕はなかったからだ。
「よぉ、団長。どした?そんな死人でも見たような顔して」
そこにいたのは片腕を無くし、杖を突きながらも快活に笑う男。かつて地を取り戻す前に傷を負い亡くなったはずの戦友。
「ヴェルナー……生きていたのか」
「いや死にかけたし実際一回死んだらしいけどな?なんか奇跡的に生き返ったとか……その剣と盾みたいに神様の残滓とやらが残ってたのかねぇ」
「……では」
「ああ、いつものメンツは怪我しているが全員無事だ。ただ、他の奴らは………」
そっと目を伏せ、俯く。その先の言葉はその場にいた全員が思い浮かべただろう。
「失ったものが多すぎる、か。ただ助かった命は多いに越したことはない。本当に、助かったのならな」
「なんか含みのある言い方だね。僕らは幽霊か何かだとでも?」
「えー!?ウィル君ってばひどーい!!!」
現れたのは二人の少女。片方は抉れているのか顔の左半分に巻きつけられた包帯が窪み眼窩の形を浮かび上がらせ、もう片方は左腕がなく団服の左袖が潰れている。
「ヴァージニアにテクラか。カールとモーリスは?」
「カールは奥で他に生き残った団員の指揮を取ってる。モーリスは足をやられてね。車椅子だからすぐには動けないよ」
実に彼ららしいだろう、と付け足すヴァージニア。実際、ウィルバートのよく知るカールであれば仕事を真面目にこなすであろうし、モーリスであれば足がなくなったこれ幸いと仕事をサボり惰眠を貪るだろう。
「では至急呼んで来てくれ」
「いーよ!!」
雷の如く駆け出すテクラ。あっという間にその姿は見えなくなり、そしてすぐさま戻ってくる。
「連れて来たよー!!!」
「引き摺って来たの間違いじゃねえかな」
「引き摺って来た、でしょうね」
方や襟首を掴まれ、方や眠っていたソファーごと運ばれてくる二人の青年。そのどちらも怪我こそあれど、かつてウィルバートが見たような死体ではない。
「ぐるじい……」
「離してやれテクラ。そのままだと眠ってる奴が増えちまう。そしてモーリスはとっとと起きろ!!」
「いたっ……あぁ、おはようヴェルナー。それから……おやぁ、久し振りだねぇウィルバート」
両足を失いながらも痛々しさなど一切見せず片手を上げて挨拶をしてくるクセ毛の青年。
「ああ、久し振りだな。開戦以来か。生きていたのなら知らせてくれても良かっただろう」
「俺だって最近目覚めたばかりなんだぁ。ずっと死の淵を彷徨ってたからね」
少しだけ、ほんの少しだけ申し訳無さそうな顔をしてどこか遠くを見つめるモーリス。
「そうか。それは良かった。………ああ、本当に良かった。最後に皆の顔が見れて」
ゴトリ、と首が落ちる。まずは一つ。隻眼となってしまった、かつて迅雷の如く駆けた怪力の少女騎士の首が。
「なっ!?」
二つ、常に戦場を見渡し、正しい判断を下して来た青年術師の首が。
「ウィルバート!お前……」
「だよねぇ。やっぱこうなるかぁ」
利き腕を失い杖をついた無双の騎士も、両足を失った疾風の如き斥候も純白を掲げる背理の盾の敵ではない。
「……どうして気付いたんだい?」
「簡単な話だ。人間は一日中戦えないが、聖騎兵であれば戦える。人間は呼吸なくして生きられないが、聖騎兵であれば海の中でも戦える。人間は空を飛べないが、聖騎兵であれば空を駆けることができる。この再会は、君たちの犠牲なしには為し得ない。いずれの戦場においても君たちの英霊が勝利の鍵だった」
「そっか。それじゃ、仕方ないね。ただ一つ言っておくよ。僕たちは本物だ。少なくとも僕はそう認識している」
見かけからは想像出来ない程に情に厚く、戦場では常に友を助け続けた隻腕の弓兵少女の体が崩れ落ちる。
「どうして……ですか。また一緒に皆で笑いあえたらって、そう言ってたじゃないですか。夢であってもこうして笑って…救われて……」
「先にも述べた通り、神なき世界において誰かの犠牲なくして先へは進めない。そして、俺はここまで進んで来るのに数多の犠牲を払った。その犠牲に報いる為にもその救済は受け入れられないし、俺には救われる資格はない」
数多の犠牲を払って得たものが他人から与えられた救済など、彼には決して許せない。そして己の罪を許す日は来ず、許せる人は皆己の罪のうちに死す。だから彼が救われることは決してない。
「ならば、私が貴方を救います!貴方を倒してでも!!」
抜刀。細く頼りない白銀の細剣が光を返し、ウィルバートの顔を映し出す。鏡に映る己の顔は、酷く冷酷なものだった。
「ただの司祭の刃が俺に届くとでも?」
「私は司祭である前に騎士!!届かせて見せます!エクリエル聖騎士団副団長エイダ、推して参る!!!」
剣閃が交錯する。けれど純白の光と白銀の光の交わりは、三度は続かない。一度目は必然。彼女が打ち込んだのだから。二度目は偶然。彼女の返す剣が盾の軌道をそらしただけ。そして三度目に奇跡はなかった。
決して彼女が弱いわけではない。ただ相手が悪かっただけ。ただ今だ戦い続ける英雄が、道半ばで倒れた彼女達すべてを背負って戦い続けていたというだけ。純白と白銀の違いは、死した数万と生ける数千を救いたいか、たった一人を救いたいかの違いでしかなかった。
「ああ、貴方はもう救われないのですね」
「もう喋るな」
深々と剣が刺さる。大きく血が溢れ、呼吸が荒くなり、次第に目から光が失われるが、それでも彼女は話すことをやめない。最期に言えなかったことを伝える為に。
「貴方の望む救済に貴方は入っていない……きっと貴方が救いを掴めたのなら、自分の死を持って完全な救済とするでしょう。でも、でもねウィルバート。私は、私達は貴方が生きていれば救われる。私達を救いたいなら、犠牲に報いたいなら生きて。最後の…騎士として……」
城が霞み、ぼやけ、崩れ、消えてゆく。耳鳴りは遠く、視界は白く。覚醒の時来たれり。果たせよ、約束を。
*
純白の胸元から四本目の「救世主」が抜け落ちる。英雄の目覚めは今ここに。
「済まない。遅くなった」
「いえ、私も庇って貰いましたから」
「……?なんの話だ」
「覚えていない……今はそれどころではないです。敵は“安息の教団”。首魁はあの異形の男」
指差す先は四槍を浮かべ不気味に笑う異形頭の男。手招きするかの如くウィルバートの前を塞いでいた信徒達が道を開ける。
「……ではあの男は俺が受け持とう。それで、残りは聖騎兵と共に任せていいか?」
「ええ。貴方を招いているようですし」
ゆっくりと、確かな足取りで純白の騎士はゆく。その背を眺め密林の長もまた、仮面の怪人へと向かっていく。
「……なぜ目覚めた」
「あまりにも幸福な夢だったから」
「殺したのか。親しき者を」
「……この身はとうに穢れている。今更被った血の色が濃くなったところで罪の数が増えるだけ。罪の重さはこれ以上変わりようがない」
「憐れな奴だ」
「なんとでも言え」
怪人と、騎士は対峙する。盾を掲げ剣を構え、四槍が回る。
「安息の絶傑マーウィン」
「エクリエル聖騎士団団長ウィルバート」
実況者がいないので私が代わろう。とはいえ、こちらの声は届かないがね。
では、両雄並びていざ尋常に勝負だ。
『proooooon!!!!』
丁度、開始の合図となる巨象の嘶きも響いたことだしね。
*
槍が不規則な軌道を描き襲い来る。まるで人が意思を持って振るうかの如く連携し、不意を付き、一対の剣と盾をすり抜ける。貫く槍は溶け、微睡み、目覚め、抜け落ち騎士の歩みを止められない。何度
対峙なら悪夢の中で何度でも。英雄は決して罪から逃げず、罪を手放さない。
「もうこれ以上、この世にありもしないものを見せるな」
「ならばこそ眠れ。瞳を閉じよ。汝の安らぎは夢の中にしかない」
「安らぎなど、この身に不要。我が心は眠りを望まず。眠るならお前一人で眠ればいい」
故に、騎士は眠らない。彼の安息はそこにはない。騎士は救済を受け取らず、安息の試練に刃を突き立てる。
「なぜ……理想を拒む」
「この身に幸福など許されない。俺が許さない」
「そうか……ではこのマーウィン、お前を憐れもう。苛烈の中でしか生きられぬ者よ。いずれ耐えれぬ絶望に枯れゆくだろう」
至上の安らぎを知った。根本が欲する望みに触れた。
されど英雄は、夢を振り解く。己に安らぐ資格はないと。
─――安息の試練を越え、ここに福音は齎された。
*
世界に声が響く。また一つ、希望が消え去ったことを伝える声が。
「試練は進む」
安息の前に、絶やせよ望みを。
せっかくオリキャラ出すからもっと掘り下げたかったけど長くなるので断念した。すでにいつもより二千字多いし。
絶望の時にもう一回出ます。
ウィルバートスキンお前……そういう……
まあ書き直しはなしです
ハンドレス!?死んだはずじゃ…!?いやドアマンが消えただけでルムサ跳躍パセリノータッチだから当たり前といえば当たり前だけど
ルーキーマジシャンサミーの映り込みカード助かる
エレノアスキンもきちゃ