01 アリッサ・エバンズ
朝日の訪れと共にアリッサはぱちりと目を開けると、すぐに飛び起き窓に駆け寄りカーテンを勢いよく開けた。
強い太陽の光りが差し込み、部屋の中を照らす。まだベッドの中に居るリリーはくぐもった呻き声を上げ、顔を照らす太陽の光を嫌がるように布団の中に頭まですっぽりと被った。
「リリー!朝よ?起きて!」
「ぅ…んんー……も、もう少し…寝かせてぇ…アリッサ…」
「もう!リリーったら!」
もごもごと不満を漏らすリリーに、アリッサは頬を膨らませたが不機嫌にはならず──いつもの事だとすぐに気持ちを切り替えると、箪笥に近付き引き出しを開け色とりどりの衣服を眺める。
彼女の名前はアリッサ・エバンズ。9歳になったばかりの少女だった。
夢の世界にもう一度旅立ったリリー・エバンズの双子の姉であるアリッサはとてもよくリリーに似ていた──いや、リリーがアリッサに似ている、とも言えるだろう。
真っ赤な長髪に、美しいエメラルド色の瞳。顔は白いが頬は少女特有の丸みと柔らかそうに赤く染まっている。
目を引く美しい少女であるアリッサは、他の人とは違う特別な力を持っていた。
「んー!白のワンピースにしよう!」
アリッサがそういうと、待ってましたとばかりに引き出しから勝手に白のワンピースが飛び出した。
アリッサはそれを難なく掴むと寝巻きを脱ぎ捨て──それは、勝手にふわりと浮かびベッドの上に無造作に落ちた──白のワンピースに身を包む。
ドレッサーの前に座ったアリッサは鼻歌を歌いながらブラシで艶やかな髪を梳かす。銀色のヘアピンを右耳の上あたりに止め前髪が流れ落ちないようにすると、アリッサは少し顔を左右に振り髪型を確認した後、にっこりと笑う。
「リリー!まだ寝てるの?私、先に行くわよ!」
「んんー…」
「…お寝坊さんね、まったく!」
アリッサは立ち上がると扉に向かいながら、四肢を赤子のように曲げ寝ているリリーの身体をぽんと叩き「早く起きてね!」と伝えそのまま部屋を後にした。
「アリッサ、おはよう」
「おはようチュニー!」
「リリーは?…あの子ったら、まだ寝てるの?」
扉を開け廊下に出ると、ちょうど隣の部屋からアリッサとリリーの姉である
アリッサはすぐにペチュニアの元に駆け寄り、自分より高い場所にあるその肩に手を乗せ軽く背伸びをして頬にキスをする。
ペチュニアは少し眉を寄せ、窘めるような、それでいて照れているような──そんな目でアリッサを見た。
「アリッサ!もう子どもじゃないのにいつまでもそんな──」
「いいじゃない!家族でしょ?」
「そうだけど──でも」
「はいはいお姉様!私お腹ぺこぺこなの!ほらいい匂いがするわ、行きましょう!」
「もう!」
アリッサはペチュニアの手を取ると強く引き、母が奏でる料理の音のする方へ走っていった。
ぶつぶつ文句を言っていたペチュニアだったが、あまり悪い気はしないのか本気で怒っているわけでも、気分を害しているわけでもなさそうだ。
アリッサは居間に入るとすぐにソファに座り紅茶を飲む父親におはようの挨拶をしながら頬にキスを落とし。そのまま料理を運んできた母親にも同じように頬にキスをする。
両親は幼い頃からの彼女の挨拶をペチュニアのように咎めるつもりは毛頭もなく、寧ろ嬉しそうににっこりと笑った。
アリッサは席に着き、母親が用意した朝食を急いで食べ終えるとと食器を洗い場へと運び、ぱたぱたと玄関へ向かう。
「アリッサ、どこに行くのー?」
「公園!」
母親の疑問に答えながらアリッサは玄関前にある帽子掛けから真っ白のチューリップハットを掴み頭にかぶる。
履いていた靴を脱ぎ捨て茶色いロングブーツに履き替えると、一度トン、と軽く爪先で地面を蹴った。
「アリッサ、待って!……わ、私も行くわ!」
ペチュニアは食べかけのトーストを咥えたまま居間を飛び出し──「チュニー!」と母親が厳しく注意した──なんとか口の中の物を飲み込むと、今まさに扉に手をかけようとしていたアリッサに駆け寄った。
アリッサはくるりと振り返り、困ったように肩をすくめて笑う。
「チュニーはリリーと来て?あの子、置いてかれたって知ったら泣いちゃうわ!」
「えー?…まぁ、そうね。わかったわ」
たしかに。どちらかといえば泣き虫のリリーは自分だけ置いて行かれたと知れば、泣いて怒って手がつけられなくなってしまうだろう。
アリッサとリリーは外見こそよく似た双子だったが、性格は少々異なっていた。
3人姉妹の末っ子であるリリーは、少し歳の離れたペチュニアと、生まれた時刻はほぼ同じにも関わらず、その歳にしては冷静で大人びているアリッサに目一杯甘やかされ、愛され──その結果、少々泣き虫で、わがままで、甘え上手な愛らしい女の子となっていた。
「先に公園で待ってるわ!行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
アリッサは手を振り、外の清々しい空気を胸いっぱいに吸い込み──こんないい天気なのに、まだリリーは寝ているなんて、勿体ないわ!──そう思いながら公園へ向かった。
朝早い公園にはまだ誰も居なかった。
そもそも、この公園にはあまり子どもは来ない。…と、いうよりも、この地域に同じ年頃の子どもは少ないのだ。
しかし、それもいつもの事。
寧ろ誰も居ない方が、アリッサには有り難かった。
アリッサは注意深くあたりを見渡し、誰もいない事を再度確かめると沢山の花が柔らかく咲いている所にしゃがみ込み、ふっくらと膨らみ今にも花弁を開きそうな蕾を指先で突いた。
その途端花はふわりと解けるように花弁を開き、真っ白な花を咲かせる。
「わぁ!綺麗な花…」
アリッサは他の蕾も開かせてみたくなり、夢中になって足元にある花の蕾を指で突いた。色鮮やかな花を咲かせているアリッサは、背後の大きな灌木の茂みから彼女をじっと見つめている視線には全く気がつかなかった。
沢山の花を咲かせたアリッサは満足げに「ふう」と息を漏らすと数本の花をそっと茎から手折り、空へ放つ。
普通ならすぐに重力に従い落ちて来る筈の花達は、風もないのにくるくると楽しげに揺れながらアリッサの頭上で舞い踊った。
──がさっ。
突如、後ろから響いた音にアリッサはぱっと振り返る。花は力を無くしたかのようにアリッサの頭の上を跳ね、地面ににぼとりと落ちた。
「……誰?」
アリッサの囁きに、返事は無かった。
この力のことは、知られてはいけない──そう、両親に強く約束をさせられていたアリッサはこわばった表情で音がした灌木の方をじっと見つめる。
「……」
アリッサはそろそろとなるべく足音を立てずその灌木に近付き、後ろを覗き見た。
灌木の後ろで膝を抱え身を隠している見窄らしい格好の少年を見たアリッサは、目を瞬かせる。
「…あなた、誰?」
「ぁ……」
アリッサの声は緊張していたが、間違いなくその少年の方が緊張していただろう。
声をかけられるとは思わず、少年は目を見張り、青白い頬を赤く染め、その美しい瞳を見つめた。
「僕は…セブルス…スネイプ」
少年──セブルスは立ち上がると、真っ白で上等そうな服を着るアリッサを眩しそうに見つめ、自分の服を見て恥ずかしそうに灌木に半分身体を隠した。セブルスのズボンは短く、細い脚が頼りなく見えている。一方で上着は大人のジャケットを着ているためサイズが合っていない。袖があまり肩からずり落ちそうな上着を、セブルスは手で抑えた。
こんな服で、笑われるだろうか。馬鹿にされるだろうか。──そうセブルスは思ったが、特にアリッサは気にする事なく首を傾げる。
「ふーん?私はアリッサ・エバンズよ。…ねぇスネイプ。あなた、……何か見た?」
「…見た」
「あー…」
はっきりと言うセブルスの言葉はどこか興奮が滲み出ていて、アリッサは気まずそうに視線を空に向ける。
必死に言い訳を考えるが、アリッサがそれを思いつく前にセブルスはさっとしゃがみ込み、まだ蕾の花を手に持つと、真っ直ぐアリッサへ向けた。
「…僕も、同じことが出来る」
セブルスが持つ花はゆっくりと花弁を開き、大輪の花を咲かせた。
アリッサは驚きセブルスと花を見ていたが、その花に負けないほどの笑顔を顔中に咲かせると、セブルスの汚れた手をぎゅっと握った。
セブルスは慌てふためき、さらに頬を赤く染めたが、アリッサは気にする事なく興奮したようにその場で跳び上がる。
「──っ!」
「凄い!私、妹以外で初めて同じ人と会ったわ!」
「…僕──僕、暫く前から…君達を見ていたんだ。…僕と同じなんだと気付いていた」
「そうなの?もっと早く声をかけてくれたら良かったのに!あ、妹のリリーも同じ力があるの!」
「うん、…知ってる」
「この力って、何なの?スネイプは、知ってる?」
アリッサはセブルスの手を離すと近くにある潅木の枝を手折り、手で覆った。
途端に葉っぱはさらに青々とし巨大化する。セブルスは近距離で見たアリッサの力──魔法に、深く頷き、囁いた。
「これは、魔法だ。…エバンズは、魔女で。僕は魔法使いだ」
「魔女?」
魔女といえば、お伽噺で出てくる年老いた悪女であり、大きな鍋をぐるぐるとかき混ぜ怪しげな薬をつくったり、毒林檎を渡したりするイメージが浮かぶ。あまり良い印象の無い言葉に、アリッサは少し怪訝な顔をしたが。すぐにいつものような表情に戻る。
「…たしかに、魔法かもしれないわね。超能力か何かかと思ってたわ」
「僕の母さんも、魔女なんだ」
「へえー!そうなの?意外とたくさんいるのかしら…?」
「うん。……僕が、教えてあげようか?」
その言葉はアリッサの気持ちを伺っているように見えたが、隠しきれない確かな優越感がじわりと溢れていた。
この人が知らない事を、教える事が出来る。まだ、話していられる。きっと興味を持つ筈だ。──まだ幼いセブルスは、そんな小さな事で満足する程、他者との関わりと、褒められる事に飢えていた。
アリッサは、すぐに頷き、公園の奥にある川の方を指差した。
「聞きたいわ!でも、こんな所じゃなくて、川の側に行きましょう?」
「…うん」
「あ、ねえ。あなたのことセブルスって呼んでもいい?私の事はアリッサでいいわよ!」
「…アリッサ…」
セブルスのその声は、震えていたが確かな熱っぽさが込められていた。
初めて同じ年頃の同族と出会い、それも拒絶する事なく受け入れられた。
セブルスは湧き上がる興奮を必死に抑え、それでも溢れ出た喜びからか嬉しそうに微かに笑った。