ポケモンレゾナンス 作:ポケモントレーナー
マサルは旅を初めて、いや今までの人生の中で最大のピンチに陥っていた。
だからこそ走る。
その脅威から逃げる為に。
「プテラ、ちょうおんぱだ!」
先日、仲間になったポケモンが咆哮と共にマサルの後ろへ音波を叩き込む。
ここは狭い洞窟内、プテラの巨体では素早さを生かし切る事はできないが、音を利用した技の通りは非常に良かった。
実際、今放ったちょうおんぱでこちらを追ってきたポケモン達が混乱したのだろう。
それに怒ったのか地団駄を踏む様子が聞こえてきた。
チャンスである。
「ユウリ!ホップ!」
「距離を稼ぎます!」
「急ぐんだぞ!」
小声で叫ぶという器用な真似をすると二人もまた足の速度を速める。
マサル、ユウリ、ホップは全力で第二鉱山を駆けていく。
三人は謎のトレーナー達に追われていたのであった。
事の発端は僅か数十分前に遡る。
バウタウンから出発したマサルとユウリはエンジンシティに戻るべくポケモンの特訓がてら第二鉱山を通って行く事に決め、その道を進んでいた。
その後、第二鉱山に入ってすぐのエリアで前に戦った事があるジムチャレンジャー、ビートとの一戦を終え進んでいくと同じく特訓を行っていたホップと出会ったのだ。
こちらもこちらで腕試しとばかりにマサルとホップでバトルを始める事になり、結果としてはお互い良い勝負をしたのだが……。
一息ついた時だった。
「あれ?」
マサルはふとある事に気付いた。
それは隣にいたユウリも一緒でキョロキョロ辺りを見回している。
「……ポケモン達の気配がしない?」
ユウリが呟く。
バトルをしている最中は興味津々にこちらを覗き込んでいたポケモン達の気配が完全に消え去っているのだ。
これは一体どういうことなのか?
「俺達がバトルしてる間に何かあったのか……?」
「ごめんなさい、ちょっと分からないです……」
ポップの言葉に項垂れるようにユウリが答える。
二人のバトルに夢中になりすぎて周囲への注意散漫だったようだ。
「いや、ユウリのせいじゃないよ」
「そうだぞ。俺達もバトルに夢中になりすぎてたんだぞ」
マサルもポップもユウリのせいではないと言う。
今はこの状況をどうにかする方が優先でもある。
いくらなんでもこんな状況は初めてであり、不安な気配しかしない。
しかしここで立ち止まっていても何も解決しない。
三人はゆっくりと出口へと向かって歩きだした。
だが道を進んでもポケモンの姿は見えず、人の姿すら見られない。
(……嫌な感じだ)
マサルは気が付けば額に汗が浮かび上がっている。
状況の異常は勿論だが、それ以外にも何か嫌な気配が充満し始めているような気がする。
気が付けば手は無意識に手元のボールに伸びておりいつでもポケモンを出せる状態だ。
「……マサル?」
ユウリが心配そうな声でマサルに声をかけるが、それに対する返事はない。
ホップもそんなマサルの様子に気づいて声をかけようとするが、それよりも先にマサルが足を止めてある方向を見た。
そこは道の途中にある横穴。
何の変哲もない場所ではあるが、マサルの目にはそこだけが異様な空間のように映っていた。
まるでそこにだけ濃密な霧が立ち込めているかのような錯覚に陥る。
誰かに見られている。
さっきまでの嫌な気配が強くなると同時にそんな、考えが浮かび上がってくる。
気のせいだと無視するにはあまりにも嫌な気ぐ強すぎる。
安全を考えるならば回れ右をしてバウタウンに戻るべきだ。
だがここを無視するのも危険な気がしてならない。
(引き際を見誤ったかな)
ポケモンの異常に気がついた時点で戻るべきだったか。
だがもう遅い。既に賽は投げられたのだから。
マサルが横穴を調べようと決心し、偵察が得意そうなポケモンを出そうとして、
「なんだ、気づいてるじゃねぇか」
ユウリでもホップの声とも違う音がマサルの耳に届いた瞬間、手に持ったボールを放っていた。
「ロゼリア!マジカルリーフ!」
迷いのない速攻の一撃だ。
ロゼリアから放たれた葉っぱの刃が放たれる。
だが。
「ロゼリア!?」
放った葉は正面から放たれた光線によって全て撃ち落とされ、逆にロゼリアが吹き飛ばされた。しかも一撃で戦闘不能状態に陥っている。
放たれた見えない攻撃、いや今の一撃は。
「サイケこうせん……?エスパー技か……!」
「毒タイプのロゼリアにはきつい一発ですね……!」
目を回してダウンしたロゼリアをボールに戻すマサル。
とっさに出したのはいいが、完全な出し負け状態になってしまったようだ。
だが後悔している場合ではない。
こちらを攻撃してきたポケモンがいるのだから。
「……ハッ、クソガキ三人と来た。小僧二人に小娘一人、なつかしく忌々しい並びじゃねぇか」
坑道の奥から現れたのは黒づくめの男だった。その横には見た事がない全身黄色の姿をした二足歩行のポケモンがいる。
間違いなく今の攻撃はこのポケモンから放たれたものだろう。
マサルはロゼリアを戻したボールから手を放し、新たなボールに手を伸ばす。
男にもそれは見えている筈だが、余裕なのかまるで気にしない。
(まっとうなポケモン勝負を仕掛けてくる……のか……?)
純粋な勝負ならいい。
だが先程の一撃。
あれは間違いなくトレーナーを狙った一撃だった。
(ロゼリアが庇ってくれなければ当たっていたのは僕か……近くにいたユウリか……。正直、
逃げ出したい所だ)
何せ目の前にいる男の目に浮かぶのは憎しみや怒りと言った暗い感情だろう。
マサルとしても関わりたくない相手だ。
故の撤退。
だが上手く行くのか、どこをどう逃げるのか、そんな事ばかりを考える。
「はっ!逃げの手か?あいつらはすぐに立ち向かってきやがったが……なっ!」
「っ!プテラ!」
黄色のポケモンが襲い掛かってくるのに対して、ボールを投げてポケモンを呼び出す。
かせきポケモン、プテラ。
ユウリがある知り合いから託されたというポケモンを今はマサルが仲間へ加えていた。
「かみつく!」
「スリーパー!サイケこうせん!」
相手のポケモン、スリーパーから放たれたエスパーのエネルギー波を潜り抜けながら、高い素早さを生かしてプテラがかみつく攻撃を放つ。
「チィッ!スリーパー、引きはがせ!」
「回避するタイミングはこっちで指示する!放すな!」
マサルの声にプテラが答えるようにスリーパーに対してなりふり構わず噛みついていく。
それに対して黄色のポケモンことスリーパーは必至に引きはがそうとするが、鋸のような牙を
持つプテラの牙が食い込み、なかなか離れない。
「ちぃ……!てめぇ……!」
「そのまま放り投げろ!」
マサルの指示にプテラが応えて、スリーパーを力任せに放り飛ばした。
スリーパーは何とか地面に着地したが、かなりダメージを負っているように見える。
(相手は間違いなくエスパータイプ!なら!)
一瞬で行動を選択する。
「二人とも!耳をふさいで!」
「!」
すぐにユウリもホップも耳に手をあてて塞ぐ。
何の迷いもない行動だ。
逆に聞こえていたものの、怪訝な表情を見せる黒の男とスリーパー。
しかしそれが二人の行動を阻害する一手となる。
「ゼンリョクでちょうおんぱだ!」
「ギャオオォォ!」
「なっ、あああああ!?」
叫び声と共に身体から放たれる音波。
本来なら相手ポケモンを混乱させる為に放たれる音波は鉱山という閉じられた空間全域に跳ね返るように響き渡る。
スリーパーだけではなく後ろに控えていた男にも混乱の音が届き耳を押さえたまま蹲る。
逆にマサル達三人は直前に耳を防ぐ事に成功していた為、多少のダメージはあれど動けない程ではない。
「今だ!」
「お、おう!」
「む、無茶しますね……」
マサルの行動にちょっと引き気味な二人ではあったが、迷う事なくマサルの後に続く。
今は何よりも距離を稼ぎたい。
「で、どうするマサル!?」
「ここから出る!」
「どうやってですか!?」
少なくとも地図は持ってないし、そこらに落ちてるとは思えない。
「ここは鉱山だ!掘り出した物を運ぶのにトロッコを使ったり、トロッゴンの力を借りてる筈だ!」
「そういえば第一鉱山ではレールがありましたね!」
「なるほど!レールを辿れば外に繋がってるんだな!でもあなぬけのヒモを使った方が早くないか!?」
ホップがそう叫ぶが、マサルが首を振る。
「もう使ってみたんだけど効果が発揮されないんだ」
「そんな!?」
ユウリとホップも慌ててバックからあなぬけのヒモを取り出すがまるで反応しない。
「原因は分からない以上、これでの脱出はできない。だから自力で出るしかない!」
すぐに理解する二人。
勿論、懸念点もある。
レールの行く先が鉱山の奥になる可能性もある。
事前に聞いた話では、誘導員や鉱山で働くスタッフがいる筈なのだが。
(今頃だけど、ポケモンだけじゃなくて人もいない!)
本来ならいるべき人もポケモンもいない。
ここまで気づかないなんてなんて鈍間だと罵りたくなる。
だが後悔している暇はない。
相手は人を直接攻撃してくるような相手だ。まともな相手ではないだろう。
三人はレールを目指しひたすら走り続け冒頭を得てようやく気付く。
この第二鉱山にレールがまったくないのだ。
「ない……どこにもレールがない!」
「嘘だろ!第一鉱山にはあったのにどうして!?」
大きな広場のような場所に出て三人が息を整えつつも、どこにも見つからないレールを思って思わず叫び声をあげてしまう。
一応、エンジンシティの方向を目指して走ったものの、この閉ざされた場所では本当に正しい方向に向かって走れたかどうかも分からない。
「……ごめん、追いつかれた」
「っ!」
一足先に息を整えたマサルの視線が先程まで走ってきた方向へと固定される。
傍で滞空していたプテラもにらみつける視線を向けている。
「そんな……!」
「追いつかれたのか……!」
ユウリもホップもボールを取り出しつつも顔色は悪い。
危険なポケモン相手に命の危機がある可能性はあると考えていたが、まさか危険すぎる人間相手がいるとは思ってもいなかったのだ。
「チッ、手間をかけやがって」
「なんだただの子供じゃない」
「……甘く見るな。十一年前のガキどもを思い出せ」
響き渡る声にユウリとホップだけではなくマサルの顔色も悪くなる。
どうやらあちらにも仲間がいたらしい。同じ黒服を着た女と男が一人ずつ追加されている。
「ああ、クソ。小僧二人に小娘一人とかあいつらと一緒かよ」
「あら、逆に嬉しいわ。あいつらを嬲れるような気がするわ。八つ当たりにしかならないけどね」
「ふん。どうでもいいがさっさと始末するぞ」
最初の男のスリーパーに加え、ガラルでは珍しいこうもりポケモンであるゴルバット、そしてマサルがターフタウンで見たヘビを一回り大きくしたようなポケモンが傍にいる。
どのポケモンにも明確な殺意らしき視線がこちらに向けられている。
汗が出る。
すぐにでも逃げ出したいがこの状況で背を向けるのは愚策だろう。
ならばやるべき事はただ一つ。
「ああ、行くぞ!」
「もう!無茶しないでくださいね!」
ホップはウールーを。ユウリはバーチャルポケモン、ポリゴンを繰り出す。
一対一のバトルではなく三対三のバトル。
だがいつものトレーナー戦とは違い、こちらの命も危険な対決。
マサルは逃げ出したい気持ちを奥底に鎮め、この場を切り抜ける為の作戦を考え続けるのであった。
「行くよ……!」
「おう!」
「はい!」
ホップの指示でまずはウールーが前に飛び出す。
「ウメェー!」
「何!?」
いきなり飛び出してきたウールーにスリーパー達が戸惑った隙を突いて、ウールーはずつきを繰り出して一番前にいたスリーパーを弾き飛ばす。
「なめるな!ガキィ!サイキこうせん!」
「させない!かみつくだ!プテラ!」
勢いよく戻るウールーを攻撃しようと態勢を直したスリーパーが攻撃を仕掛けようとするが、それ以上に素早いプテラが妨害すべく噛みついていく。
「この!」
「袋叩きにする!」
ウールーを離脱させるべく突っ込んだプテラが孤立する状態。
それを見逃すはずもなく二人は自分のポケモンに指示を出す。
「ゴルバット!どくどくのきば!」
「アーボック。かみ砕け」
ゴルバット、そしてアーボックがスリーパーに噛みついたままのプテラに攻撃をしかけようとする。
が勿論、それは織り込み済み。
「ギャアァァァ!?」
「ゴルバット!?」
ゴルバットが離れた位置にいたポリゴンから放たれた電気によって動きを止めてしまう。
弱点であるでんきタイプの攻撃だ。威力はそこまで高くないが、それでもゴルバットへは有効な一撃に違いない。
「プテラ!」
「同じ行動は通じねぇ!ずつけ!」
「それならっ!?プテラ!?」
スリーパーから放たれたずつきがプテラへ放たれたものの、いわタイプであるプテラには有効な一撃ではない。
だがそれでも噛みついていた所を思わず離してしまう。
その上でプテラは背中に何もない所から攻撃を受けてしまったのだ。
思わずマサルは混乱するが、すぐに答えを導き出した。
「みらいよち!」
「当たりだぁ!サイケこうせん!」
「くっ!げんしのちからで迎撃!」
プテラとスリーパーの撃ちあいの横で、アーボックは遠距離攻撃を仕掛けてきたポリゴンへと視線を向けていた。
「いい一撃だったが、火力不足だな。アーボック!ポリゴンを睨め!」
「くっ!マヒして……!」
アーボックから放たれたのはただのにらみつけるなどではない。
その腹の模様をもって相手を威嚇し、その動きを止める技、へびにらみだ。
回避しようと動こうとするが、先程でんきショックを撃ったせいでしっかりと静止していた為、回避できずにマヒを貰ってしまう。
「ウールー!ポリゴンを守れ!」
「アーボック、迎撃!」
ポリゴンを守らんと前に出たウールーへアーボックの攻撃が迫る。
「ウールー!たいあたりだ!」
「ブモォ!」
ウールーのたいあたりがアーボックを正面から迎撃する。
だがアーボックはそれを嘲笑うような狡猾さを見せるのだった。
「アーボック、まきつけ」
「なっ!?ウールー!」
正面衝突の寸前、アーボックはその素早い動きでウールーの攻撃を回避した上で尻尾の部分を巻き付けそのまま締め上げる。
相手を逃がさずじわじわと絞め倒す技だ。
「ポリゴン!サイケこうせん!」
「ゴルバット!エアカッターだ!」
ホップとウールーが稼いだ時間を使ってポリゴンにマヒなおしを与え回復させたユウリがウールーを救うべく攻撃をしかける。
だが同時に痺れていたゴルバットも復帰した上でそれを迎撃してくる。
「くっ!」
救出に失敗したユウリが呻くが、ホップはウールーに声をかける。この程度で負ける筈がない
のだと!
「ウールー!」
「チッ!自力で脱出するか……!」
ホップの声に応えるようにウールーがしめつけからの脱出に成功する。
ダメージは大きく入ってしまったようだが、戦闘行動は続行可能だ。
「大丈夫!二人とも!」
「おう!」
「マサルこそ大丈夫ですか!?」
「僕もプテラも大丈夫!」
ユウリとホップの元にマサルとプテラが駆け寄る。
プテラもダメージは受けていたが、こちらも十分に続行可能だろう。
「これだから油断はできねぇ……!」
仕切り直しとばかりにあちらも集結していた。
(押されている……!)
連帯はこちらも自信ありだが、あちらはそれ以上にポケモンの力が強い印象だ。
個々で戦っても勝ち目は低いだろう。
それに加えて、ポケモンバトルを放棄して数を生かしてトレーナーを攻撃してくる戦術に切り替えられた場合、勝ち目はないだろう。
少なくとも今のマサルに二体以上のポケモンを出した上で戦闘行動を取らせる事はできない。ユウリとホップも同じだろう。
ならばどうするか?
幾つもの選択肢を思い浮かべては消していく。
現状を打破、もしくは目の前の相手を打倒する戦術を思い浮かべる為に。
「油断できないのならば数で押すか」
「美しくないけど、そうも言ってられないわね」
「ああ。かつてボスを倒したあの子供達のようになられても困る」
黒の男達がボールから更なるポケモンを繰り出す。
アーボックやゴルバットの進化前と思わしきポケモン達が複数展開されるのを見て、マサルとホップの顔は険しくなりユウリは顔を青ざめさせる。
こちらも負けじと複数展開を考えるが、指示を出しきれずに押し切られるだろう。
なんとか逃げ出す手段か、打開しようと考えるがどれも現実的ではないと切り捨てる。
そんなマサル達の様子を見て、自分達の勝利を確信したのだろう。
余裕を見せる顔でマサル達を嬲らんと、ゆっくりと迫ろうとする。
だがそれこそが油断にして命取り。
黒の男達を打倒する存在はそのすぐ後ろにやってきていたのだから。
「デンチュラ!」
「ウインディ!」
「なっ!」
男達が気がついた時にはもう遅い。
片方は高速で床や天井を駆けつけ、もう片方は神速な速度で駆けてきたきた二体のポケモン。
余裕ぶり油断しきった連中の間合いに駆け込むなど造作もない。
「10まんボルト!」
「かえんほうしゃ!」
周りに展開していたポケモン達に襲い掛かる雷と炎。
不意打ちを受けたポケモン達は悲鳴を上げながら倒れていく。
「なんだ!?何が起こったんだ!」
「おい!見ろ!後ろだ!」
マサル達は突如現れた存在に驚きながらもその正体に気づく。
二人とも知った顔であったからだ。
だがそれに驚いているばかりではない。
周りのポケモン達は倒されたのだから、正面にいるこの三体だけでも倒したい。
「ウールー!たいあたり!岩にだ!」
「ポリゴン!それをでんじゆふうで浮かせて!」
「プテラ!それを使っていわなだれだ!」
相手の意識がこちらから外れた瞬間、三人はすぐに行動に映った。
ウールーはたいあたりで崩れかけていた岩の塊を作り出す。
それをポリゴンが電磁の力で浮かせると、プテラがその大岩を砕き岩の雪崩を起こしたのであった。
「が、ああ!?」
「ちょっと嘘でしょ!?」
「チッ、一瞬でひっくり返されるとは……!」
スリーパー、ゴルバット、アーボックが岩の雪崩に飲み込まれる。
これが決定打。
男達のポケモンはほぼ全滅。
前後も挟み込まれて逃げ場もない状況だ。
「トウヤさんにカブさん!」
「すまない。遅くなったね」
「悪い。ここのスタッフの人達を助けてたら遅くなった」
「いや、助かりましたよ」
マサルはトウヤ達の登場に感謝する。
これでこの窮地を脱する事ができたのだと。
「お、お前ら……!」
「さぁ、後はあんただけだ」
「大人しく捕まって貰おうかな」
詰みだ。
男達のポケモンがまだ残っていたとしても、ジムリーダーのカブとイッシュ地方でバッチを八個集めたトウヤを同時に相手取る事は不可能である。
マサル達もプテラ達を戻して、体力が残っているラビフット達を出して逃げ場を完全に失わせる。
男達も逃げ場がないと悟ったのだろう。
震えるように俯いていく。
それを見たカブが彼等を拘束しようと足を踏み出そうとした瞬間。
「下がれ!」
「っ!?」
その足に念の光が放たれていた。
「フーディン!まさかこいつが!」
「あばよ!」
「テレポートか!」
トウヤとカブが動くその前に男達のボールから現れたねんりきポケモン、フーディンが男達を転移させてしまう。
残されたものは激闘の爪痕のみ。
残念ながら犯人には逃げられてしまった。
「……仕方ない。とりあえずみんなが無事で良かったよ」
「あ、ありがとうございます。カブさん!でもどうしてここに?」
危険がなくなったと判断したマサル達がポケモンの治療をしている所にカブが声をかける。
そのまま質問にも答えてくれた。
「僕は普段、ここで鍛えているんだよ。そうしたら今日は中の様子がおかしくてね。中を探索していたらトウヤ君と出会ってね」
「俺も第二鉱山の入り口付近で怪しい奴等を見て、それを追ってたらカブさんと会ってね」
「で、そのまま怪しい連中に倒したら職員の人達が捕まっている事を知ってね。二人で助けてきたんだ」
なるほど、とマサルが頷く。
「しかし、あの様子だと途中で捕まえた連中も逃げられたかな」
「多分、あのフーディンがあなぬけのヒモを使えなくしたんでしょうね。エスパー技でこの鉱山を封じてたんだと思います」
「それが解かれた以上、いつでも逃げ放題、か」
そんな二人の会話になるほど、と頷く。
途中であなぬけのヒモを使ったが効果がなかったのにはちゃんと理由があったようだ。
「とりあえずみんな、出口まで送っていくよ。エンジンシティ側でいいかな」
「はい!」
治療を終えたマサル達は緊張を解いた様子でカブとトウヤの後ろをついてくる。
やはり緊張しきっていたのだろう。その顔からは大きな疲労が見てとれる。
一方のトウヤはカブと先程の相手についての話をしていた。
「じゃああいつらの正体は分からないんですね」
「うん。少なくともここ最近、いや数年じゃ見た事がないけどトウヤ君、見覚えは?」
「……あくまで服装だけで判断するならカントー地方で活動していたロケット団だと思います」
「ロケット団か」
トウヤの答えになるほど、とカブが頷く。
だが分からない事もある。
「僕が知る限りロケット団は十一、二年前に崩壊。その三年後に一時復活したけどやっぱり崩壊したって聞いてるけど」
「俺もですよ。ここ数年、色んな所を旅してましたがロケット団が復活したなんて聞いた事はありません」
どこの地方でも既にロケット団を終わった組織だ。
話の一つだって聞きはしなかった。
「……だけど実際、それらしき相手がいた」
「残党が何かの理由でガラルで再起を図っている……?」
トウヤもカブを口を閉じる。
正直な話、信じられないと言った表情だ。
特に長年、ガラルの地で暮らしていたカブは特にそうだろう。
「これは少し調べてみる必要があるね」
「俺も伝手を使ってみます。とは言えガラル地方に縁はないので、他地方限定ですけどね」
「何も分からないよりはいいよ」
そんな話をしていると光が強くなっていく。
どうやら無事に鉱山から出る事が出来たようだ。
「外ですね!」
「疲れたんだぞ」
「本当にね」
ユウリもホップもマサルも嬉しそうに空を見上げる。
既に夕暮れ時になっていたが、暗く閉じられた鉱山の中から出れた解放感は素晴らしい。
そんな喜びあっているマサル達にカブが声をかける。
「さて、僕はここで失礼するよ。逃げた連中の捜索の指示とか色々あるからね」
「お世話になりました!」
三人が頭を下げて礼を言うと気にしなくていいよ、と返すカブ。
「多分、明日はジムは開けないと思う。早くても明後日からだと思うから挑戦するなら予定を確認しておいてね」
「分かりました!」
「それでは失礼します!」
「気をつけて向かうんだよ」
カブに見送られる形でマサル達三人は歩き出す。
トウヤもまた一緒についてきてくれるようだ。
「とりあえず疲れたぞ」
「本当にね」
「エンジンシティはもう目と鼻の先だ」
疲労困憊ながらもしっかりとした足取りで進む三人の後ろでトウヤは携帯端末を取り出していた。
カブと話した通り、ガラル地方に伝手はない以上、この地方を調べる術はトウヤにはないだろう。
そう、トウヤにはだ。
「……番号、変わってなければいいけど」
ある連絡先を見ながらトウヤは誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
それからエンジンシティのジムチャレンジが再開されたのは二日後であった。
その間、トウヤもマサル達も自身やポケモン達の回復に努め万全な状態に整えていた。
そして再開後、迷わずジムチャレンジに挑んだマサルとホップは敗北する事なく一発でカブに勝利。無事にバッチを手に入れる事が出てきていた。
最後はトウヤだがこちらもまたジムミッションを軽々クリアするしてカブとの対決へと進んでいた。
スタジアムへの入場口。
他のジムリーダー達とは違い同じ場所から出入りするカブは隣に立つトウヤに語り掛けるように口を開いた。
「……やはり君は似ているね」
「え?」
「僕の故郷はホウエン地方でね。オフシーズンの時は里帰りしているんだけどそこで物凄く強いトレーナーと戦った事があるんだ」
「……」
入場時間になり、二人はスタジアムの中心部へと歩いていく。
沢山の歓声と共に歩みを勧めた二人が改めて向き合うと、カブは続きを話し始めた。
「あの時、僕は一体のポケモンに敗北してしまった。だから彼の変わり、という訳ではないけどあの時の雪辱を晴らすつもりで君と戦おう」
「……望むところですよ」
カブから放たれる強烈な戦意を前に臆する事なく、逆に全てを飲み込んでやるとばかりに笑みを返すトウヤ。
二人とも定位置につくと、ボールから最初のポケモンを繰り出す。
「行くぞガマゲロゲ!」
「勝ちに行くよ!マルヤクデ!」
しんどうポケモン、ガマゲロゲとはつねつポケモン 、マルヤクデ。
トウヤは炎ポケモンに強いみず・じめんのポケモンを手堅く出してきたのに対して、カブが出したポケモンを見て観客がざわめき出す。
カブのマルヤクデはエースポケモン。それを一番手に出すとは誰も考えていなかったからだ。
だがトウヤは知る事もなく、また気にする事なくガマゲロゲに指示を出す。
「一気に攻める!ハイドロポンプだ!」
何の迷う事なくみずタイプの大技を指示する。直撃できればマルヤクデを一撃で倒せると確信してだ。
だがこの時のカブはトウヤの上を行っていた。
みずタイプで攻めてくるのは予想内。その中でガマゲロゲは最大級の相手だ。
何せカブにとっての仮想敵と同じタイプだったからだ。
「……な、に!?」
ガマゲロゲが技を繰り出そうと動く、その直前。
カブは迷う事なくマルヤクデをボールに戻したからだ。
これにはトウヤの動きも止まる。
交代なのか?だが交代直後は細かい回避行動はとれない故に技の直撃を受けやすい。
だからこそ安易な交換は悪手。相手の攻撃を受けても平気なタイプに交代ならまだしもカブはほのおタイプのジムリーダーだ。
みずタイプの技を受けきれるポケモンがいるとはあまり考えられない。
(それともちょすいみたいな特性?それともほのおタイプ以外にもいる?いや、待て、もしかしたら!?)
一瞬でトウヤは答えに辿り着く。
カブは交代したのではない。
それが正解だとばかりにカブのボールは光を放ちながら巨大化しているのだから。
「初手ダイマックス……!?」
「君相手に温存も見栄も気にする事はできない!マルヤクデ!キョダイマックスだ!」
キョダイな光を放ちながら、独特の姿に変わったマルヤクデがフィールドに再臨する。
キョダイマックスエネルギーを得て、特殊な姿に変わったキョダイマックス形態だ。
力強く表れたマルヤクデは攻撃形態を素早く取る。例えこの姿になっても目の前の相手は油断ならないと知っているから。
だがトウヤもまた速攻で意識を回復させると攻撃指示を出す。それでも負けやしないと。
「ガマゲロゲ!」
「マルヤクデ!」
「ハイドロポンプ!」
「ダイソウゲンだ!」
ガマゲロゲから放たれる大水の放出。
それに対するはキョダイマックスエネルギーを纏ったくさの一撃。
ほぼ同時に放たれた一撃はフィールド中心で直撃する。
「ガマゲロゲ!」
「ゲコォ!」
拮抗は一瞬。
ガマゲロゲが放ったハイドロポンプを貫くようにダイソウゲンがガマゲロゲに襲い掛かる。
これはもはや回避も防御も不可能。
トウヤもガマゲロゲを一瞬で理解する。だからこそ次の行動にも迷いはなかった。
「ハイドロポンプ!」
「!」
ダイソウゲンの直撃を受けながらガマゲロゲは最後の一撃とばかりにマルヤクデに対して地を這うように攻撃を繰り出したのだ。
みずとじめんというくさタイプに非常に弱いガマゲロゲはどれだけ力の差があろうとも大ダメージを受け戦闘不能に陥ってしまう。
「……やはり凄いね。最高の状態で放った一撃だと思ったんだけどね」
戦闘不能になったガマゲロゲに対してマルヤクデもまた無視できない程の大ダメージを負っていた。
キョダイマックス状態になって、体力が倍近く上昇していたのにも関わらずこのダメージ量。
トウヤ、そしてカブの見立て通りダイマックスなしでの撃ちあいだった場合、勝利していたのは間違いなくガマゲロゲだった筈だ。
「そちらも凄いですよ。初手ダイマックスは予想外でした」
ガマゲロゲをボールに戻しながらトウヤは称賛の声をあげる。
商業的な意味が強い以上、ダイマックスは最後のポケモンで使うと勝手に思っていた為、初手ダイマックスは完全に意識の外だった。
だからこそこの奇襲に成功したと言っていい。
「マルヤクデ戻れ」
「いいんですか?」
カブがマルヤクデをボールに戻すのを見てトウヤが怪訝そうな顔を見せる。
いくら初手でダイマックスを使うとは思わなかったとはいえ、ここであっさり戻すとは思わなかったからだ。
「残念だけどあの一撃を受けてしまった以上、マルヤクデでのこれ以上の戦闘は無理だろう」
無理はさせるものではないと答える。
だがそれ以上の戦意を乗せてカブはトウヤに向けてボールを突き出してきた。
「やはり君の実力は彼と同じ、いやそれ以上だと言っていい。故に僕もゼンリョクで戦おう」
「…………」
トウヤはそれを見て、まだ何かあるのだと直感で悟る。
今まであのマルヤクデがエースクラスだと思っていたようだが、そうではなかったようだ。
「行くよ……!バシャーモ!」
「っ!」
カブのボールから飛び出したのはもうかポケモン、バシャーモ。
ガラルのポケモンではない。そう、カブの故郷であるホウエン地方に生息するポケモンだ。
「ん……!」
バシャーモが飛び出すと同時にトウヤのボールの一つが揺れ動く。
自分が出るとそうアピールするように。
「……ならやるか相棒!」
「……来るか」
「行くぞ……!エンブオー!」
おおひぶたポケモン、エンブオー。
トウヤが初めて仲間になったポケモン、ポカブが進化した始まりの相棒。
それがバシャーモの前に立ちはだかったのだ。
「ふふ、これは負けられないなバシャーモ!」
「シャアッ!!」
カブの言葉に呼応するかのようにバシャーモは雄叫びをあげながら拳を構える。
だがそれだけではない。
カブの胸元からネックレスが姿を見せる。そしてそこに取り付けられたアイテムを見てトウヤは笑みを浮かべる。
「行くよバシャーモ、メガシンカだ!」
「やっぱり!」
光の柱が立ち、その中から現れたのはメガバシャーモ。
進化を超えたシンカを果たした強力なポケモンだ。
「勝つぞエンブオー」
「ブオォォ!」
「バシャーモ、勝つよ!」
「シャアァァァ!」
エンブオーとバシャーモ、二体のポケモンは駆けるように突撃するとフィールドの中心部で拳をぶつけあう。
これが二体の挨拶だとばかりに。
拳を撃ちあった二体は笑みを浮かべると本格的な戦闘に突入した。
バシャーモのブレイズキックがエンブオーに襲い掛かる。
それをエンブオーは腕でガードすると、ローキックを叩き込む。
しかしバシャーモはそれを軽く回避する。
バシャーモが攻めて、エンブオーが守る。
それが当然の帰結である。
元よりバシャーモの方が素早く、加えて特性であるかそくが発動し時間の経過と共にどんどん速くなっていく。
だがそれでもエンブオーは油断できる相手ではないとカブもバシャーモも思考が一致していた。
確実に後ろを、横を取って攻撃しているのにも関わらず攻撃が当たる寸前にエンブオーは反応してこちらの攻撃を防御ないし回避してくるのだ。
それはつまり見えているのだ。
エンブオーはもとよりトレーナーであるトウヤもバシャーモの動きを追えている証拠だろう。
これ程、厄介な相手はいない。
「やはり強いね」
「強いですね」
カブとトウヤ、二人の声が重なる。
バシャーモの蹴りがエンブオーに直撃し、そのお返しとばかりにエンブオーの拳がバシャーモに直撃する。
嵐の如く激しい攻撃を繰り出すバシャーモと、山の如く不動の防御を行うエンブオー。
お互いに傷つき、体力が削られていく。
トウヤもカブも観客達もバトルが終盤に差し掛かっているのを感じ取っていく。
同時にエンブオーを蹴り飛ばしバシャーモが距離を取る。
距離を取ったのは間違いなく最大にして最強の一撃を放つ為だろう。
直接攻撃するならば加速した方が間違いなく威力は上がる。
エンブオーは自然体の構えを取る。どの方向でも迎撃できるようにだ。
「……」
「……」
無言の時間が続く。
お互いの呼吸を読みあい、次の一撃が最後になると理解していた。
バシャーモは両の脚を屈め、力を溜める。
そしてエンブオーは両腕を広げ、いつでも来いと言わんばかりの姿勢を見せた。
そして次の瞬間、バシャーモは爆発したように加速した。
「シャッ!!」
「ブレイブバードだ!」
ゼンリョクで放たれるはブレイブバード。
エンブオーに弱点をつけるひこう技である。
だがトウヤもエンブオーも怯みも恐れもない。
こちらもゼンリョクで迎撃するのみ。
そして既に手は思いついている。
「ねっとうだ!」
「っ!?」
トウヤから放たれた指示に一瞬、驚きの表情を見せるカブ。
みずタイプの技であるねっとうをほのおタイプのエンブオーが使えるとは思ってもいなかったのだ。
だがそれでも、と。
「その程度なら怯みはしない!」
「承知の上だ!」
ねっとうが突撃してくるバシャーモに直撃する。
それをバシャーモ両手でガードを行いきっちり防ぐ。
しかしそれでも強烈な水しぶきは確実にバシャーモの目を潰していた。
そう、この一瞬の隙が欲しかったのだ。
「なっ!?」
エンブオーは一歩踏み込んだ。
この一歩によりバシャーモの距離感が狂う事になる。
視界が回復した時、想定よりも前に出てきたエンブオーに驚くが、もう止まる事などできない。
バシャーモはそのままの勢いでエンブオーに突撃する。
だが体力が減った事による発動したエンブオーの特性もうか。
灼熱の炎を纏ったエンブオーの拳がバシャーモの攻撃が届く寸前に顔面に叩き込まれた。
強烈なカウンターが決まったのだ。
自分が使おうとした力全てが己に帰ったとばかりに勢いよく吹き飛ばされたバシャーモが逆の壁へと叩きつけられる。
それと同時にメガシンカの輝きが消滅し、元の姿へと戻っていくのであった。
「……ふぅ、お疲れ様バシャーモ」
戦闘不能になったバシャーモにカブは労いの言葉をかけるとボールへ戻していく。
悔しい気持ちはある。だが同時に己の力を試しきれたというある種の満足感があった。
「ありがとうございました」
「ああ。トウヤ君、こちらこそありがとう。僕もまだまだだね。だけどあの時よりは強くなれたと思うよ」
トウヤにほのおバッジを渡しながら何処か遠くへと視線を飛ばすカブ。
その視線の先にあるのはきっとこのガラルの地ではなく故郷のホウエン地方に向けられているのだろう。
「一ついいですか?」
「ん、なんだい?」
「カブさんが負けた相手ってもしかしてラグラージをパートナーにしてました?」
何処か確信したようなトウヤの問いにカブは逆に聞き返す。
「どうしてそう思ったんだい?」
「なんとなくですけど、俺のガマゲロゲに対する行動に迷いがなかったと思うんですよね」
あの初手ダイマックスからのくさ技のダイソウゲンの流れに何ら迷いがなかった。
つまりあれはみずとじめんの複合タイプであるポケモンに対してくさ技を放てばある程度の力差があっても一撃で倒せるという確信があったのではないかと思ったのだ。
「そして俺をかつて負けた相手に重ねていた。だからなんとなくですけど、ガマゲロゲと同じタイプのみず、じめんタイプ使いだったんじゃないかなって」
「だからラグラージ?」
「ええ。そして俺が知ってるホウエン地方最強のトレーナーのパートナーもラグラージでしたから」
それを聞いてカブが笑顔を見せる。
「ああ、なんだつまり君も知っていたのか」
「多分、同じ人だと思いますよ」
「そうか。うん、そうだ。かつてホウエン地方に君臨していたチャンピオン・ダイゴを倒したラグラージ使いの少年。僕は今でも彼の影を追っているんだよ」
カブとの話を終えたトウヤはエンジンスタジアムから抜け出してホテルへと戻ってきていた。
そこで携帯端末を取り出すと表情を引き締める。
どうやら目的の相手との縁は途切れていないようだ。
届いていたメールを一読すると、電話を掛ける。
彼ならば力になってくれる筈だと思って。
だからこそこの番号にかけよう。
そう、836という番号に。
次回、4月11日予定