ウマ娘を性的な目で見てそうなデブ汗かき不審者トレーナーさん   作:不審者さん

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不審者と十二着

 

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……っ」

 

 新生活の一日目。

 昼休みが終わってからすぐに始まる予定の、ウマ娘たちによる模擬レースを見学すべく練習用の芝生へ急いで向かっていたのだが、肺と心臓と足が悲鳴を上げたため足を止めてしまった。

 しかし困ったことに移動を止めても汗が止まらないため、早々に音を上げてしまった僕はベンチに腰を下ろして息を整えることにした。

 いい加減ダイエットするべきかとか、余裕を持って出たはずなのに何で間に合わないんだよとか、相も変わらず激太りしたままの自分の体形を非難する考えが脳を右往左往して思わず苦笑する。

 

「はぁ、はぁ、はひぃ……ふっ、ふぅ~……」

 

 愛用のハンカチで汗をぬぐいつつ、腕時計で時刻を確認する。

 模擬レースが始まるまであと五分だ。自分の足では確実にスタートには間に合わない。

 こんなはずではなかったんだが──と後悔しながら空を仰ぎ、涼しい風の中で瞼を閉じた。

 

 

 少し前まで、自分は地方でウマ娘のアドバイザーの仕事をしていた。

 アドバイザーというのは、要するにトレーナーよりも位の低い指導者のことだ。

 技能試験や筆記ではしっかりと結果を出せたと自負していたものの、与えられた役職はずいぶんと遠回りなものであり、地方のトレセンに配属されたとはいえ素直に喜べることではなかった。

 同期のほとんどはウマ娘と共に正規トレーナーとして活躍し、自分はチームに所属している子たちに一言二言アドバイスをする程度のことしかできない毎日。

 生徒たちや職員の方々から陰口を呟かれることに関しては、自分の容姿が醜いものなのでしょうがないと心に蓋をしてなんとか割り切ることもできたのだが、ウマ娘の育成に携われない現状はとても耐えがたいことで。

 意を決してチームのウマ娘たちに自分の考えたトレーニングメニューの一例を見せ、チームの担当トレーナーにもウマ娘たち一人一人の悪いクセや伸ばしたほうがいい長所をまとめた報告など、とにかく様々なアプローチをかけてみたのだが結果は惨敗。

 無視され、後回しにされ、僕の言葉は何もかもがどうでもいいものとして空気のように流れていった。

 もはや何のためにトレセン学園を志望したのか分からなくなってしまい、暴飲暴食を繰り返し──ていた、そんなある日のこと。

 

『勧誘ッ! 中央への異動を検討願いたい!』

 

 別の学園の上層部の方々が視察に来た、という報告を受けた日の夕方。

 耳を疑い、首を傾げた。

 いつも通り当たりが強かったり話の半分もまともに聞いてくれないウマ娘たちにどうにかアドバイスを聞いてもらおうと四苦八苦していたところで、なぜか突然背後に現れた頭の上にネコを乗せている変な少女から謎の勧誘を受けたからだ。

 

 曰く、彼女は中央トレセンの理事長先生とのことで。

 視察ついでにうちのチームの資料に目を通した結果、それを作った自分に声をかけたらしかった。

 一応あの資料はチームの担当トレーナーが作成したことになっていたのだが、理事長先生の軽い質問に対して答えを言い淀んでしまった担当トレーナーがついに白状して、僕が作った事実が明らかになったようだ。

 結局、理事長先生に自分や担当ウマ娘のアピールを必死にするトレーナーは山ほど見受けられたが、中央への異動が決まったのは自分だけだった。

 一生邂逅する機会など無いと思っていた中央トレセンの理事長に見初められることになるとは不思議な縁もあったものだ、と素直に感心して運の良さを喜んでしまったが、まぁバチが当たることはないだろう。

 秋川理事長万歳。

 やよいちゃん最高。

 

 そして。

 適正検査や筆記テストもなんとかパスをして中央トレセン学園へ赴任することになった初日こそが、今日この日なのである。

 ……なの、だが。

 

「レースまであと二分……これは間に合わない……」

 

 休憩はしたものの未だに疲弊していることに加え、今座っているベンチから芝生までの距離を考えるとレース開始にはとても間に合いそうに無い。

 せっかく秋川理事長からチャンスを貰ったというのに、初日からこれでは先が思いやられる。

 

「はぁ……」

「おーい」

「……んっ?」

 

 ため息混じりに肩を落とすと、遠くから誰かが荷車を引きながらこちらへやってきた。

 僕の眼前に現れた少女は艶やかな銀髪を靡かせていて、ジャージ姿にもかかわらず美麗な雰囲気を保っている。

 明らかに学園の生徒だ。模擬レースの見学者だろうか。

 

「そのバッジ、あんたトレーナーだよな。模擬レースは観戦しないのか?」

「あ、いや……観たいのは山々なんだけど、疲れて動けなくなってしまってね……」

「おー、確かにすっげー汗。そんなに体力無いならもっと早く出りゃいいのに」

「あはは……早めに出たはずなんだけども」

 

 今後は電動キックボードでも使って移動しようかな。体重で潰れそうだけど。

 

「ったくしょーがねえな。ほれ」

「……?」

 

 ウマ娘の彼女は自分が引いていた荷車を指差した。

 どういうことだろうか。

 

「ゴルシちゃんタクシーだぜ。レース開始三十秒前までに届けてやるよ」

「い、いや生徒に運んでもらうわけには」

「レース、間に合わなくなんぞ?」

「…………お願いします」

 

 肥満体型で汗だくで、息を切らしながらベンチで休憩している姿を見られているのだから、いまさら恥を気にすることもないだろう、と割り切ることにして。

 結局ゴルシちゃんと名乗ったそのウマ娘の荷台に乗せてもらい、僕は無事にレース開始三十秒前に芝生へ到着することができたのであった。

 

「お代はいらねえから今度うちのチームの練習見にきてくれよなー!」

 

 そう言って風のように去っていくゴルシちゃんであった。

 中央のトレセンは個性的な子が多いと聞いたが、中でも彼女は特異ながらも温厚で優しい生徒だったように思う。

 初めて見たトレーナーを荷車で模擬レース場まで運んで、見返りを練習の見学程度に留めて颯爽と去っていくその姿はワイルドの一言だ。

 かっこいいウマ娘だったな。

 ……それにしても、今更だがどうして彼女は荷車を引いていたのだろうか。

 学園内だとゴルシちゃんタクシーは有名なのかな。

 

「ひっ……!」

 

 その後は盗撮を疑われて警備員さんに声をかけられたり理事長に助けてもらったりなどなんやかんやありつつ、模擬レースで光るものを見せてくれたウマ娘に担当の申し出を行ったのだが、嫌悪の表情と共に引かれてしまうのであった。つらい。

 

 

 

 

 

 この学園に訪れてから、レースで一着を取れたことがない。

 

 模擬レースはおろか、友人同士のお遊びでの徒競走ですら、ただの一度も勝利したことがない。

 調子が良くて五着。あとはだいたい最下位。

 これまでは奇跡が起こって中央のトレセン学園に入ることができたのだと考えていたが、どうやら事実として本当に奇跡が起こっただけだったらしい。 

 というかこれは奇跡というよりバグの類ではないだろうか。 

 実力に見合ってない戦場に足を運んでまでわざわざボコられるなんてもはやマゾに近い。

 地元でそれなりの実力を発揮していたせいで自らの力量を勘違いしてしまった哀れなウマ娘こそが、いまの自分の正体だったようだ。

 

「はっ、あ゛……ッ!」

 

 いやいや、ちょっと待ってほしい。

 速くない?

 みんな速すぎやしないだろうか。

 こっちはもう息切れ寸前なんだけども。

 先行する逃げの集団は一向にスタミナが落ちなくて追いつけないし、後続の彼女たちもどんどん追い上げてきてあたしの横を通過していくし、気がつけばあっという間に最下位になってしまった。

 自分が貧弱なのは百も承知だが、それ以上に半端ない強豪の集まりとレースをしていたことが判明してしまって、思わず脚の力が抜けそうになる。

 確かに思い返してみれば先頭集団のウマ娘たちのほとんどは名前をどこかで聞いたことがあるほどの、実力を周知させているエリートたちだった気がする。

 二番目か三番目あたりで熾烈な争いをしてるテイエムオペラオーさんとか、後ろから迫ってごぼう抜きしまくってるアドマイヤベガさんとか、なんかドチャクソ速いタマモクロスさんとか──もう蹂躙だ。

 

 なんであんな強い人たちがこの時期の模擬レースに出てるのだろうか。

 これは担当のトレーナーがいなかったりレースでの成績を可視化して自分のレベルに合ったチームを選定してもらったりする、いわゆる"出遅れ"のウマ娘がドングリの背比べをするための模擬レースだというのに。

 もしかしてあれか、担当トレーナーを選り好みする余裕があるくらい成績が凄まじいってことか。やっぱ中央のウマ娘ってすごいな……。

 担当がいなくてもチームに所属してれば公式戦に出場できるはずだが、担当トレーナーについてもらってマンツーマンで指導してもらったほうがトレーニング効率が良いとも聞くし、彼女たちはそれ狙いなのかもしれない。

 

『ゴールインっ! アドマイヤベガ、先頭を抜いて一着です!』

 

 先頭集団はほとんど僅差で誰が勝ってもおかしくない状況だった。

 ……しかし最後の最後まで激アツなバトルが繰り広げられることはなく、不思議なことに彼女たちはゴール手前で不意に失速してしまい、追い縋っていたアドマイヤベガさんが一着という結果になってしまったようだった。

 いったい何事だろうか。

 

「はぁ゛っ、はっ……ゲホッ! けほっ! うぅっ……な、なにあれ……」

 

 十二着でゴールし、咳き込みながら見学トレーナーたちの方向を確認した。

 先頭集団がゴール手前で肩をびくつかせて、あちらのトレーナー陣の方に視線を奪われてしまっていたからだ。

 レース中の余所見は怪我の原因にもなるため厳禁、という暗黙の了解はこの学園にいる誰もが理解しているはずなのだが──

 

 

「ふ、フヒッ、ぶひひ……っ。すっ、すごいのが撮れてしまった。まさか模擬レースでここまでハイレベルなレースが見れるなんて……ムフふっ」

 

 

 …………なんかいる。

 ビデオカメラを構えてブヒブヒ笑いながらレースを撮影している、肥満体型で汗だくの男性がいた。

 というか、レースの撮影というよりウマ娘の盗撮をしているんじゃないかと思えるほど、はたから見て"ヤバい"と確信できる笑みを浮かべている。

 なにあれこわい。

 

「おいそこのキミ! 今は関係者以外立ち入り禁止だぞ!」

「えっ」

「ウチの生徒を盗撮してただろう! カメラを貸しなさい!」

「えっ、え……? ぁ、あのっ、僕トレーナーです……先日赴任しまして……わっ、わー! いまSD抜かないでください!!」

 

 警備員に囲まれた肥満体型の男性は狼狽し、慌ててシャツの胸元を持ち上げた。

 

「こっこここコレ!」

「…………トレーナーバッジ?」

「えと、あのっ、本日からお世話になります、葛城です……」

「綺麗すぎるな。偽物では?」

「さ、昨晩頂いたものなので……!」

 

 変わらず警備員に詰問され続ける彼を眺めて気がついたことがある。

 なるほど、そうか。

 先頭を駆け抜けていたウマ娘たちが減速してしまった理由がわかった。

 どう考えても百パーセント彼が原因だ。

 通常通りの模擬レースであれば、芝生の外にいるのは応援してくれる学園のウマ娘やレースを見学するトレーナーしかいない。

 しかしそんな平和な環境に突如としてあのような不審者然とした人物が現れ、あまつさえ怪しく笑いながら自分達を撮影していたとなれば、さしものエリート様達といえども動揺してしまうのは当然の反応だろう。

 

「ごっ、誤解ッ! 彼は本日付けで正式に着任となった我が学園の新人トレーナーであるッ!」

「理事長先生! ですがこの男は盗撮を──」

「トレーナーによる模擬レースの録画撮影は資料作成の一環! そも、模擬レース中の撮影に関しては我が学園のトレーナー全員に許可しているため問題なし!」

 

 その後は理事長が出てきたりいろいろあったが、まぁ結局あたしには関係のないことだな、と割り切ってさっさとレース場を去っていった。

 ここに残る意味もない。

 最下位を取ったウマ娘ごときに声をかけるほど暇なトレーナーはこの学園には存在しないのだ。

 担当を成長させていくことがトレーナーの仕事と言われてはいるものの、成長の芽がそもそも無いようなウマ娘を相手にする理由などないだろうし、弱いところしか見せられなかった自分には担当トレーナーなど夢のまた夢の話である。

 とりあえずはメンバー募集中の誰でも入れる小さいチームにでも参加しようかな。

 

 

「…………え、あたし?」

 

 

 ややあって、人影のなくなった夕方の芝生の上。

 膝を抱えて座りながら何となくボーっと過ごしていると、突然後ろから声をかけられた。

 現れたのは数時間前に騒動を起こしていた、あの太っちょトレーナーさん。

 相も変わらず汗だくだくで眼鏡も曇ってる。こわい。

 

「そ、そう、アサルトヴァルチャーくん! ぼ、ぼっ、僕をきみの担当トレーナーにしてもらえないかなッ!?」

「ひっ……!」

「あ、ご、ごめん……」

 

 相手があまりにもすごい迫力で迫ってきたせいか思わず怯えてしまったが、この場合あたしは悪くないような気がする。

 ──あっ。

 ていうか冷静に考えると初めてのスカウトか、これ。

 良くも悪くも目立つトレーナーさんだけど、どうして今回十二着だった自分に声をかけてくれたのだろう。

 なんだ。

 アレか。

 もしかして十二着になるような貧弱ウマ娘ならチョロいと思われたのかな。

 理事長の話を聞いた限りでは新人トレーナーさんらしいし、才能あふれるウマ娘を担当する前にあたしでウマ娘育成お試し体験をしようって魂胆なのかも。

 まぁ、考えてみれば妥当だな。本当に担当したいウマ娘を相手にするときに失敗なんてしたくないだろうし。

 

 うん、いいや。

 別にそれでも構わない。

 あたしがトレーナーに声をかけてもらうなんて、どうせコレが最初で最後なんだから、やれる範囲で頑張ろうじゃないか。

 模擬レースを見学していた他の大人たち曰く『ウマ娘を性的な目で見てそうなデブ汗かき不審者トレーナー』だそうだが、それでもお試し体験に他の六着や七着の子たちではなく最下位のあたしを選んでくれたトレーナーさんだ。

 チョロいので全力で乗っかります。

 どれぐらい本気で面倒を見てくれるかはわからないけど、見限られない程度には努力していきたい所存です。

 ──ウマ娘を性的な目で見てそうなデブ汗かき不審者トレーナーさんってことらしいけど、あたしのこともそういう目で見れるのかな?

 もしくは従兄弟のお兄さんの部屋に置いてあったあの薄い本みたいに『レースに出たかったら言うことを聞け』とかそんな感じで、レース出場を盾にあんなことやこんなことを要求されちゃったりして。

 わぁ。

 きゃあ。

 ……うん、ほどほどにがんばろう。

 

「じゃあ、はい。あたしでよければお願いします、トレーナーさん」

「ホントかい! よかった……じ、じゃあ、これから宜しくね、ヴァルチャーくん」

「宜しくです。……あの、すこし触るくらいなら構わないんですけど、最初から過激なのはちょっと」

「……????」

 

 





デブ:デブ。擁護できない笑い方しがち。
貧弱:自尊心皆無ウマ娘。むっつり。
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