ウマ娘を性的な目で見てそうなデブ汗かき不審者トレーナーさん 作:不審者さん
「はぁっ、はぁっ……も、もうっ、むりですぅ……っ」
「フヒヒっ。だめ♡」
「そ、そんな……! ひっ、んぅう……」
中央着任の二日目。
なんやかんやありつつアサルトヴァルチャーという名のウマ娘を早々に担当することになったわけなのだが、初日ということも考慮して今回は簡単な体力テストをしてもらうことに決めた。
「ひぃー、ひぃ゛ーっ……」
しかし、少し困ったことになっている。
二ヶ月半後のレースに出走しないと何も始まらないため、とりあえず目標の距離を無事に走りきれる程度には仕上げたいのだが、まさか体力テストでこんな状態になってしまうとは考えもしなかった。
場所は広めの体育館。
一通りの計測が終わり、最後に残っていた腹筋をやらせてみたところでついに彼女は撃沈した。
すっかりバテて仰向けに寝そべってしまったアサルトヴァルチャーの顔にタオルをかけ、手元のタブレットに情報を打ち込んでいく。
「わぷっ」
「少し休憩にしよう。無理をしてもしょうがない」
「す、すみません……うぐぐ。体力ないし脚も遅いし、マジもうほんとダメダメだ……」
タオルで顔を拭きながら悲観的なことを呟くアサルトヴァルチャー。
レースだけでなく体力テストでもバテバテになっている自分に嫌気が差したのか、彼女のため息が止まらない。
だがこういうメンタルがマイナス面に偏ってしまった場合のケアをするのが担当トレーナーの仕事だ。
そもそも彼女は重大な勘違いをしている。
「それは違うかな、ヴァルチャー」
「……?」
「きみは体力がないわけでも、極端にスピードが出ないわけでもない。むしろ基礎能力に関しては平均よりやや上だ。まぁ、単に自分なりのペース配分を見つけられてないから、すぐに息切れしてしまうって話」
「……ペース配分、ですか」
「うん。現にさっきの腹筋は勢いよく最初から飛ばしすぎていたからバテるのが早かった。息切れしちゃったから続かなくなってただけで、一定のペースを守れていればあと十回は増えたはずだよ」
「あたしにそんな隠された力が……!」
隠された力というか元から持っている身体能力なのだが……本人のやる気が上がってるならいいか。
そう、彼女は何かにつけて自分を卑下しがちなものの、その能力自体は決して劣っているものではない。
まずレースの途中で息切れしないために自分のペースを見つけ、そこから走りの技術を学んでいけばいいのだ。
時期的に少々焦らなければならないのは事実だが闇雲に走らせても意味はない。
多少ゆっくりでも、意味のあることを前日まで最大限続けることができれば、少なくとも一番後ろでヘロヘロになってしまう状態に関しては改善されるはずだ。
──なにより。
「きみが持つ広範囲の観察眼は、どのウマ娘にもないきみだけの強みだ」
「観察眼……?」
レースを見ていた中で発見したアサルトヴァルチャーの特性。
それは周囲のウマ娘たちの位置を正確に把握し、加速や減速のタイミングすらも先読みしてしまう驚異の観察眼だ。
後方についているウマ娘が加速する数瞬前に、まるでこれから自分を追い抜くために加速することを分かっていたかのように小さく振り返って警戒した表情になったことや、前方での首位争いが激しい中で四、五番目辺りを駆けているウマ娘へ視線を動かして驚いた顔になり、実際一秒後にそのウマ娘が凄まじい末脚で追い上げてきたりなど──彼女はあのレース場の状況をすべて正確に把握していた。
故に、なのかもしれない。
まるでレースを、その状況が映し出されたゲーム画面を見るかのように俯瞰し正確に把握してしまうからこそ、そちらに意識が向きすぎて自分のスタミナや位置取りにまでは気が回らないのだろう。
だが、そこだ。
僕はそこが気に入った。
もし彼女の観察眼を発動したまま、ポテンシャルが高いもともとの能力をレースでも発揮できれば、最強のウマ娘になるのも夢ではないのだ。
「えっ、え。あたし、本当に秘められた力が? 封印された右眼がうずいちゃったり?」
「目が痛くなったらレースに支障が出てしまう……って、そうじゃなくて」
ここだけは茶化さずに聞いてほしい。
間違いなくアサルトヴァルチャーの観察眼は他の誰にもない彼女だけの特殊能力だ。
自らの走りではなく、周囲に注視し続けた彼女だからこそ発現したその特別な瞳を、レースにおいて使わない手はない。
「れっきとした強みがあるって話さ。だからダメダメだなんて自分を卑下することはない」
「……! あたし、ヒーローになれますか!」
「えっ? う、うん。君はヒーローになれる」
「うおおぉ、やったぁ~」
どう見ても明らかに空元気だ。
疲弊しすぎているのか、僕の話の半分もまともに頭に入っていないらしい。
まあこれだけ疲れていたら当然か。
じっくり話すのはまた今度にしよう。自分は弱いわけではない、という部分だけ認識してくれたら、今はそれでかまわない。
──とりあえず一通りの体力テストが終了し、今日はやることがなくなった。
情報をまとめてトレーニングメニューを思案するため、本格的な練習は明日以降からだ。
時間が少ないのでスケジュールは詰めていくが、メンタル的には気楽なほうが調子も出やすいはずなので、休みは多めに入れていこう。
「……ていうかトレーナー、なんかトレーニング中は普通ですね」
「えっ。……ど、どういうこと?」
「どうって、ほらトレーナーって結構な頻度で怪しい笑い方するじゃないですか。ブヒヒー、って」
「うぐっ……」
まさか担当初日からそこをツッコまれるとは思わなかった。
なるほど彼女、なかなかの強敵だ。
普通そうに見えるが実は意外と神経が図太いタイプなのかもしれない。
……思い返してみれば当然か。
汗だくで眼鏡が曇った肥満体型の男性に『担当にならないか』と声をかけられても、速攻で返事を繰り出せてしまうような少女だ。
違和感があったらすぐに聞いてくるだろうし、下手な隠し事なども見抜かれる可能性が高い。
彼女に対しては取り繕うような態度は控えるべきなのかもしれない。
「……その、僕って興奮してる時とか緊張してたりすると物凄い量の汗が出るんだ。癖になってるんだろうけど、そういう時に限って変な笑い方をしてしまうみたい。お恥ずかしい限りです……」
「あー、いや、別に責めてるわけじゃなくてですね。単純に疑問だったっていうのあるんですけど──」
ベンチに座り込んでいる僕の隣に腰を下ろすと、ヴァルチャーはこちらの顔を覗き込んできた。
ちょっと、ちょっと。
あの、顔が近いんですけども。
「トレーナー、体力テスト中なるべくあたしから離れて指導されてましたよね。腹筋のときなんて息止めて喋ってたし」
「それは……でも、ほら、汗すごいからさ。それに変な笑い方も近くでされたら嫌でしょ?」
「いえ。そこは別に気にするところではないかなと」
「……えっ」
アサルトヴァルチャーはあっけらかんとした表情だ。
それを見ると本当に僕の体質を気にしていないように思えてしまって良くない。
期待してはいけない。
これまでの人生の経験上、僕のコレを嫌がらなかった相手は存在しないのだ。
大きすぎる立場が理由で大人としての側面が磨き上げられている秋川理事長だけは嫌悪の表情を見せなかったものの、やはりそれは高度な気遣いから来るものであり、心の中では『蒸し暑いなこのデブ……』とか思われていらっしゃったに違いない。本当に申し訳ないです。
そういうことがあるからこそ、余計な気遣いをさせないために相手と一定間隔の距離を作ることにしているのだ。
ましてや担当ウマ娘なんて特に気を遣わせてはいけない、自然体でいてもらうべき大切な相手。
どうあっても学生の優しさに絆されて甘える大人になってはならないのだ。気をしっかり持たないと。
「だ、大丈夫だよヴァルチャー、そんなに気を遣わなくても。自分のことはちゃんと分かってるつもりだからさ」
「でも、担当ならあたしのことも理解するべきだと思うのです」
「……ちょっとよく分からないんだけど」
つまりですね、とヴァルチャーは新しいタオルを自分のバッグから取り出し、それを僕の首にかけた。
なんだか甘い香りがするタオルに動揺してしまう僕に構わず、彼女は続ける。
「あたしはトレーナーに自然体でいてもらったほうが伸び伸びとトレーニングできます。逆に気を遣って距離を取られるとパフォーマンスが落ちてしまいます」
「えーと……」
「要するに、あたしのことを考えるならあんな露骨に離れたりしないで、間近でしっかり指導してくださいって話ですよ」
「で、でも汗が」
「あー、もう。気にならないってさっき言いましたよ? あたし、お父さんが汗っかきだったのでそういうの慣れてるんです。そもそもこれから長い間一緒にいることになる担当トレーナーですし、あんまり距離を作るようなことしてほしくないんですけど」
いやいやいや、にしても顔が近いって。
逆にそっちはもう少しパーソナルスペースを広げるべきだ。
担当とはいえ僕に対して少々無防備が過ぎる。
これくらいの年頃の女の子ってみんな大人とは距離を作りたがるものなんじゃないのか?
「それに……すんすんっ」
「──ッ!!?」
突然首元を嗅いでくるアサルトヴァルチャー。
彼女のその行為は、もはや強襲に近かった。
心臓が飛び跳ねて口から出ると思ったくらいだ。
もしこの体育館に他の生徒や職員がいたら、大変な誤解をされてしまうところだった。
「な、なっ、何して……!」
「ふむ。……やっぱりトレーナーの匂い、あたしは嫌いじゃないですよ」
「ッ……!?」
小さく微笑む彼女のその姿は、慈愛に満ちた──ともすれば妖艶にも見える、不思議な魅力に満ちた雰囲気を纏っていた。
「ほら、担当トレーナーとウマ娘は二人三脚ってよく言うじゃないですか。離れてたり顔を背けながら一緒に走るのは無理ですよ。……あっ、じゃあこうしましょう。トレーナーが無意識にあの笑い方をしてたら、あたしも一緒になってケラケラ笑います。ふっひっひ!って。 ……ね、だからお互いもっと壁を取っ払っていきません?」
きみはもう少し壁を作る努力をしてもいいと思うんだけど。
……まぁ、彼女が優しい人間性を持っていることは十分に理解できた。
知り合って一日しか経っておらず、人から蔑まれるような容姿をしている大人に対しても、ここまで対等に接することができるのはもはや一種の才能だ。
これは僕の負けだな。
不審者のような怪しい笑い方や、滝のように噴き出す汗のことすら受け入れる度量を見せつけられてしまったら、こちらも相応に腹を括らねば失礼というものだろう。
「どうしても汗が気になるっていうなら、まずは制汗剤を買いに行きましょ。あたしが選んであげますよ」
「いや、でも流石にそれは──うわっ。ちょ、ちょっと!」
そのまま勢いのいい彼女に流されるまま、というか若干引っ張られながら、僕は担当ウマ娘と初めて買い物へ向かうことになった。
◆
「……トレーナー? どうかしましたか」
自室。
トレーナー寮の、自室。
彼女を担当して一週間経ち、早くもすっかりこの部屋に入り浸ることになったヴァルチャーに声をかけられた僕は、頭を抱えていた。
「うぅっ、まずい、まずいまずい……ッ!」
「何がです?」
「いろいろとだよ! ううぅっ、まさかあの程度のストレッチでこうなるなんて……っ!」
三日前、僕の見ていないところでアサルトヴァルチャーがオーバーワークをした。
二日前、それが原因で筋肉痛になった彼女が、制服姿のまま僕の自室にやってきてソファに寝転がり、ケアを求めてきた。
ただでさえ日数に余裕がない状態で筋肉痛が長引くと大変だから、やむなく軽い血行促進のマッサージをおこなったのだ。
肩、二の腕、ふくらはぎの三つを。
しかもかなり手早く、だ。筋肉痛に対して強いマッサージは逆効果だから、軽いマッサージを五分程度。
いかがわしいことは何もしてない。
変なところは触ってないし、頼まれたことを頼まれた分だけやっただけだ。
──それなのに。
「なんでこんな噂が……!?」
【速報】あの太っちょ新人トレーナー、マッサージと称して担当にセクハラをした模様。
そんな字面がパソコンの画面の前に映し出されている。
これは秘密裏に運営されているトレセン学園の裏サイトだ。
学園所属の職員がやっているのか、それとも生徒が書き込んでいるのかは不明だが、とにかくそこでこんなタイトルのスレッドが上がっていた。
「ほえ~。……これ、画像は載ってないし大丈夫じゃないですか? そもそも事実じゃありませんし」
「そ、そういう問題じゃないよ! 噂が立った以上、これからの行動の全てをこの悪評と結び付けられてしまう恐れが──最悪の場合は懲戒処分も……ひぃぃっ」
「……ふむ。まぁ、安心してくださいな、トレーナー。とりあえずあたしがなんとかするんで」
「きみのメンタルはどうなってるんだ!? ムリだろこれ!」
「へーきへーき」
「お、終わった……」
──トレセン学園へ着任して一週間。
僕はさっそくトレーナー人生存亡の危機に見舞われてしまったのであった。