ウマ娘を性的な目で見てそうなデブ汗かき不審者トレーナーさん   作:不審者さん

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負けて、負けて、負けて

 

 

 勘違いをしていた。

 自分に担当トレーナーがついて、強くなるための一歩が踏み出せたと思い込んでいた。

 よく練られた意味のあるトレーニングも、彼によるサポートも、何もかもが自分を成長させてくれていると──見当違いな考えを抱いていた。

 レースがあった。

 といっても必死に順位を競うのではなく、実際にコースを走って調子を確かめたいウマ娘が集まっておこなう練習試合みたいなものだが。

 力試しということでそこに出走してみたのが今日。

 現実を知って哀れな自分の思い込みを自覚したのがその夕方。

 

「……また最下位、か」

 

 少し離れたほうに、笑顔でトレーナーと語り合うウマ娘がいる。

 確かサクラチヨノオーさんだったか。

 数週間前のシンボリルドルフさんとマルゼンスキーさんが異次元の対決を見せたレースの日に、思いつめたような表情で観客席から去っていった姿を見かけたが──

 

『トレーナーさん、やりました! えへへっ……あ、今回の踏み込みのタイミング、チヨノートにも書いとかないと』

 

 ……彼女は今回一着だった。

 思い悩み、塞ぎ込んでいたと思っていたが、なにやら殻を破りベストマッチなトレーナーも見つけていたらしい。

 彼女の走りは速く眩しく、自分が太刀打ちできるものではなかった。

 それだけではない。

 

『た、タイム縮んだよぉ、トレーナ~!』

 

 途中であたしを追い抜いたウマ娘。

 イヤだ、負けたくない──レース中にそう小さく呟いていた。

 それを聞いて思わず減速してしまったあたしを抜いて、追い上げた彼女は二着だった。

 あたしは、九着。

 減速してもしなくてもきっと負けていた。

 へらへらと軽く身構えていた自分が勝てるウマ娘などこの場には一人もいなかったのだ。

 

『チヨちゃん凄い! 圧倒的だったじゃん!』

『と、トレーナーさんのおかげだよ~……あはは』

 

 友人に褒められながら照れくさそうにしているサクラチヨノオーさんを見ていると、だんだん自分がみじめに思えてきた。

 ヒーローとか、主人公とか、そういう言葉が似合う強者と一緒に走って、気づいたことがある。

 自分は主人公ではない。

 自分はヒーローではない。

 秘められた力があるわけでも、普通を自称する努力の天才でもなく、ただ役に立たない思い込みだけが人一倍強いだけの、よくわからないどこかの誰か。

 それが自分なのだと現実が告げてくる。

 悔しさからくる涙も、それをバネにする反骨精神も自分の中にないのが分かる。

 涙ではない。

 乾いた笑いが出てきた。

 敗北の経験を次に活かす強さではなく、諦観のため息を止められない弱さしか自分にはなかったらしい。

 

『はい、頑張ります! マルゼンさんに追い付けるように……!』

 

 自分になくて、彼女にあったもの。

 それは夢や目標なのだろう。

 何かあればよかったのだが、残念ながら憧れの存在はいないし、果たしたい約束もこれといってない。

 どうしよう。

 困った、どうすればいいんだろう。

 なんというか、壁がある。

 あっちに眩しい青春の光があって、自分はどうもそちらへ向かえそうにない。

 キラキラと輝く黄金の意志が、強いウマ娘に必要なその心構えが、今の自分には存在していない。

 脚が止まりそうになる。

 首筋を伝う汗が、これがどうして冷たく感じる。

 走ったあとの身体は火照っているはずなのに、頭の中がひどく冷静だ。

 下を向いた。

 諦めの笑みを浮かべながら。

 次第に、どうして自分がこんな場所にいるのかが疑問に思えてきた。

 わからない。

 あたし、なんで走ってたんだっけ──

 

 

「ふぅ、ふぅっ……ヴァルチャー」

 

 

 ふと、顔を上げた。

 後ろから声が聞こえたからだ。

 振り返るとそこには見慣れた、というか太った姿があった。

 トレーナー。

 自分の担当トレーナー。

 少し前にヤバめな噂を立てられて、絶賛学園内での立場が危ういことになってるあたしのトレーナーが、周囲の視線を気にすることなく汗だくの状態であたしに近づいてきた。

 あたしは担当トレーナーができたことに浮かれて、自分が噂を何とかするだとか、楽観的な発言をしておいて何もしていない無責任なウマ娘だというのに。

 

「明らかにペースが乱れていたね。なにかあったのかい」

 

 とてもやさしい、穏やかな声音で。

 あたしの中の、決壊しそうになっていた何かをそれで堰き止めて、不調の理由を問うてくる。

 彼は本気でこちらを心配するかのような、自分の親でもそれほど見たことがない真剣な眼差しをしていた。

 

「……トレーナーに面倒見てもらってるから、うまく事が運んで勝てると思ってました」

 

 自分の中で滞留していた思いが、驚くほどすんなりと口から出ていく。

 

「認識が甘かったのもそうですけど、やっとわかりました。あたし、みんなみたいなキラキラが無いんです」

 

 彼を前にすると、不思議と自分の心に蓋ができなくなってしまう。

 

「熱い思いがない。主人公になれない。トレーナーには基礎能力を褒めてもらったけど、それを活かす賢さもない。どうしようもなく……弱い」

 

 最後のほうは声が小さくなってしまった。

 聞こえていてもいなくても、こっちの心情は伝わっているはずだ。

 そして気づいたはずだ。

 こんなウマ娘を担当する価値など無いと。

 時間と労力だけがひたすら無駄になっていくだけだと。

 まぁ、それが分かってくれたならいい。

 トレーナーがあたしを捨てて希望ある新しい一歩を踏み出してくれたら、むしろ喜んで調子が戻るかもしれない。

 そう思えるくらい、そう思えてしまうくらい──もう自分に期待などできなかった。

 

「……ひとつだけ聞かせてくれないか、ヴァルチャー」

 

 なんなりと。

 答えられることなら、何でも。

 

「君は、勝ちたいか?」

 

 すぐに返事をするつもりだった喉が、なぜか待ったをかけた。

 

「……え?」

「レースに負けて落ち込んだ君を奮い立たせるためだとか、そういう高尚な考えで質問してるんじゃない。ただ純粋に教えてほしいんだよ。

 勝ちたいのか、勝たなくてもいいのかを」

 

 ついさっき背中に声をかけてくれたときの、優しい音がそこにはなかった。

 けど、カウンセリングするみたいに、真剣に何かを聞いているわけでもなくて。

 ただ、普通の声音で。

 純粋に疑問を、眼前のあたしにぶつけている。

 それはもはや恐怖を覚えてしまうほどの、非情なまでの平静さだった。

 ふざけるなとか諦めるなだとか、そんな風に強く怒ってくれたほうが何倍マシだったか。

 見たことのない雰囲気を纏うトレーナーを前にして、どうやら自分は脚が竦んでいた。

 

「ぁ、あたしは」

 

 少し変わったところがあるけれど、結局いつも温厚なトレーナーだった。

 これ以上ないほどの期待を寄せてくれていると思っていた。

 拗ねれば構ってくれると、熱い言葉をくれると思っていた。

 違った。

 それこそ酷い勘違いだった。

 もう走るのなんて辞めると、そう言ったら止めない冷静さが彼にはあった。

 どんな答えを出したとしても、あたしが想像できる範疇にない行動を取ってしまうのだと、実際に肌で感じ取れた。

 

「あたし、は……」

 

 それならどうするべきか。

 相手のことが分からないなら、把握できるのは自分のことだけだ。

 取り繕うような言葉を絞り出したとて、トレーナーは見破り冷静に対処するだろう。

 じゃあ、あたしは。

 自分は質問に答えるしかない。

 それ以外のことができないから、それだけを考えなければならない。

 勝ちたいのか。

 負けてもいいのか。

 その答えを、心からの結論を、いまここで出さなきゃいけない。

 最初で最後の、この世界で唯一自分を見初めてくれたトレーナーに対して、嘘偽りのない意志を。

 

 

「──勝ちたい、です」

 

 

 ずっと昔から知っていた。

 初めて誰かと走ったときから分かっていた。

 あたしは勝ちたいから走っている。

 敗北すると腹が立つから、勝利をすれば気持ちがいいから、ただただ勝ちたくて走っていた。

 徹頭徹尾、自分のためだ。

 夢も希望も憧れも、キラキラと輝く志などもハナから自分は持っちゃいない。

 

「勝って、勝って、勝って。誰も彼もを引き摺り下ろして、あたし一人が勝利したいから」

 

 根底で眠っていたドス黒い何かが蠢いている。

 負けて、負けて、負けて──ようやく気がついた。

 自分の心を守るための言い訳も、平静を保つための蓋も今はいらない。

 もう、負けたくない。

 ただ、ただ純粋に勝利したい。

 

「そんなんじゃ、ダメですか?」

 

 紛れもない本心を打ち明けた。

 取り繕う必要はないといったから、外面を取っ払った。

 醜く勝利に飢えたウマ娘なのだと真正面からぶつけてやった。

 そんなあたしを前にして、彼は。

 

「──いや、()()()()()

 

 相も変わらず汗かきで、タオルは手放せないし眼鏡も曇ってしまっているけど。

 あたしが選んだ制汗剤の香りを漂わせながら、トレーナーは不敵に笑って見せた。

 

「どんな手段でも取ろう。レースにおいて許される限界の境界線まで視野に入れて、あらゆる方法で勝利しよう」

「……まるで悪役のセリフですね」

「フヒヒッ」

 

 彼が怪しく笑った。

 だから約束通り、あたしも似たような笑い声をあげる。

 

「ヒーローになれるって言ったくせに」

「レースに勝ってくれたら、君は僕にとっての最高のヒーローだよ」

「あぁ言えばこう言う。まったく、口の回るトレーナーさんですね。……ふふっ」

 

 ようやく見つけることができたのだ。

 自分を。

 この学園で、ターフの上で、在るべき姿というものを。

 

「わかりました。あなたのヒーローになるために、あたしは悪役になってみせます」

「ぶひひ……みんなに辛辣なこと言われるかもしれないよ?」

「別に嫌われたって構いませんよ。そもそも担当が不審者なんですから」

「手厳しいね……やっぱり君は強いウマ娘だ」

 

 多分、今日になって初めて、まっすぐ彼の瞳を見つめた。

 こんな顔をしていたんだ。

 怪しく笑ってるところからして、やっぱり不審者にしか見えないな。

 けど、これがどうしてしっくりくる。

 性根が腐りきっている自分には、手段を択ばないトレーナーがよく似合っている。

 

「僕が君を戦えるようにする。だから勝つんだ。その飢えた精神を忘れずに、ただひたすらに勝利を渇望してくれ。その強い意思に追いつける肉体になるよう、僕が君を磨き上げる」

「……はい。改めてよろしくお願いしますね、トレーナー」

 

 周囲の目が厳しいことは既に察している。

 あらぬ誤解をかけられて、トレーナーを見るみんなの目は懐疑と嫌悪に染まり切っている。

 そんな自分が危うい状況だろうとあたしを全力でサポートすると断言してくれたのだから、こちらも相応に答えねばなるまい。

 

「……ッ!」

 

 気味の悪い笑みを浮かべ続ける彼を見て我慢できなくなったのか、あたしを助けようと真剣な表情でこちらに近づいてくる一人の男性トレーナーがいた。

 

「────」

 

 あたしはそれを睨め付けた。

 

「っ!?」

 

 そんな予想外の行動をくらって、男性トレーナーは肩をビクつかせ、悄然として立ち竦んだ。

 庇ってくれようとしたあのトレーナーには悪いが、そのことに関しては誤解なのだ。

 

 彼との出会いは間違いじゃない。

 心を奮い立たせる熱い言葉も、夢を見させる清廉な目標でもなく、必要なのは非情さと貪欲なまでの勝利への渇望だった。

 例えその道の途中で死肉に群がることになろうとも、ただその先にある勝利のために邁進する底無しの欲望が必要なんだと、トレーナーは自覚させてくれたのだ。

 

 だから感謝しよう。

 大地を駆け抜けて応えよう。

 キラキラと眩い青春を駆け抜ける、夢と希望に溢れた少女たちを強襲(アサルト)して。

 あたしたちだけの、光輝く道というものを、必ずこのレースの先で見つけてみせる。

 彼と共に。

 

「フー、ふぅーっ……ふひっ」

「……あー。でも、やっぱりその笑い方は気持ち悪いかもしれないです」

「えぇっ!?」

 

 

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