ウマ娘を性的な目で見てそうなデブ汗かき不審者トレーナーさん 作:不審者さん
「ボーノ?」
「……ぼ、ボーノ」
「えへへ~、おかわりもあるけど──あ、はーい。そっちにも注ぐね~」
あの模擬レースから数日が経過したある日。
僕は保留にしていた『ゴルシちゃん』との約束を果たすべく、とあるチームの練習風景を観察しに訪れていた。
いまいる場所は学園からバスで十分ほどの距離で、一見するとアスレチックパークのように屋外にたくさんの練習器具が設置されている、最近できたばかりの施設だ。
ヒトが取り扱うと危険な器具が多いため、少し離れた距離から見学しているのだが、ベンチに座って休憩している最中にヒシアケボノというウマ娘に声をかけられた。
彼女が渡してくれた紙コップには温かい味噌汁が入っており、どうやらこの施設に見学へ訪れたウマ娘やトレーナーたちに配って回っているようだった。
そんなボーノなお味噌汁を片手に施設を散策している中で、ようやくあの荷車を引いてくれたウマ娘ことゴルシちゃんを発見。
名前をゴールドシップというらしい彼女は、慣れたようにチームのウマ娘たちとトレーニングに励んでいた。
『見て……あの太ってる人、噂になってた──』
アケボーノさんは味噌汁配りに夢中でスルーしてくれたのだが、どうやらその他一般の方々からすると、やはり僕は悪い意味での有名人として認識されてしまっているらしい。
ただでさえ外見でのマイナスポイントが多いというのに、尾ひれが連結合体しまくった噂のせいで、僕の評価は地に落ちるどころかそのまま地下を掘り進んで温泉でも発見してしまいそうな勢いだ。
「……ん? おー! あん時の遅刻トレーナーじゃねーか!」
しかしその噂を知ってか知らずか、遠目に僕を発見した銀髪のウマ娘──ゴールドシップは特に気にした様子もなく普通に声をかけてきた。
直前まで彼女とストレッチをしていたチームのウマ娘が、僕を目の当たりにして渋い顔をしているあたり、チーム内で噂が広がっていないということも無さそうだが。
「こんにちは、ゴールドシップ。えと、改めてあの日のお礼を言わせてくれるかい。本当にありがとうね」
「いいってことよ。それより今日は練習みにきてくれたんだよな?」
「約束だったから。とりあえず……ここから眺めるよ」
「は?」
飲み干した紙コップを付近のゴミ箱に投げ入れ、そのままベンチに座ったのだが、ゴールドシップに疑問符を浮かべられた。
「な、なに?」
「いやいや、そこじゃ遠すぎてよく分かんないだろ。せっかくだしもっと近くで見てけって、特等席も用意してっからさ〜」
「わっ、ちょっ、ゴールドシップ……!」
年下の少女に持ち上げられた僕は抵抗虚しく連行され、恐らくは担当トレーナーの席であろうアウトドアチェアに叩き下ろされてしまった。
言うなればチーム全体を観察できる中心の位置だ。
ただ練習を観察しにきたチーム外のトレーナーが座っていいポジションではないように思う。正直こわい。
「スペ、お茶をお持ちしなさい」
「わかりました、ゴールドシップさん!」
程なくして、快活な印象を受ける明るいウマ娘が、お茶を汲んだ紙コップを僕に手渡してくれた。
この不可解な待遇の良さはどういうことなのだろうか。
とりあえずお茶をひと口舐めつつ、助けを求めるようにゴールドシップへ視線を向けると、彼女はニカッと満面の笑みを浮かべる。
「ようこそウチのチームへ。ちなみに所属ウマ娘は五名だぜ」
「え、えーと……三人しか見当たらないけど」
「マックイーンさんとカレンさんは器具庫に向かわれてます!」
スペ、と呼ばれた少女が遠くを指差した。
そちらへ向かった"マックイーンさんとカレンさん"を除くと、見える範囲にいるウマ娘でチームは全員であるらしい。
僕を呼んだ張本人であるゴールドシップ。
恐らく略称であろうスペという名前で呼称された礼儀正しいウマ娘。
それから──
「……どうも」
明らかに厳しい視線と態度で挨拶をしてきたその少女。
彼女には特別見覚えがあった。
以前観戦したあの模擬レースで、アサルトヴァルチャーを抜き去って一着を取ったウマ娘だ。
名前は確かアドマイヤベガだったか。
「みんなー、器具庫から道具もってきたよ~」
「お、重いですわ……」
間もなくして残りの二人であろうウマ娘も遠くから──いや。
ちょっと待った。
二人ではない。
チームの元へ戻ってきたのは三人だ。
両端の少女がマックイーンさんとカレンさんであろうことは一目見て判断できたのだが、その真ん中に挟まれているウマ娘に見覚えがあり過ぎる。
なんでこんなところにいるんだ、あの子は。
「あれ? トレーナー、なんでいるんですか」
「……ヴァルチャーこそ。今日は一日休養に充てるよう言ったはずだけど」
そこに現れたのは紛れもなく自分の担当ウマ娘であるアサルトヴァルチャーだった。
サクラチヨノオーが一着を取ったあのレースがあった日から、彼女はトレーニングで少々頑張りすぎてしまっていたため、落ち着かせるために休みを入れたのだが……なんでこのチームと一緒にいるのだろうか。
「午前中はグデーって休んでたんですけどね。動かなさすぎると体が鈍っちゃう気がして、なにか軽くお手伝いしながらストレッチ程度に運動しようと思ったんです。カレンさんとアヤベさんの二人とは部屋が隣なんで、そのよしみでここに」
「そ、そう……オーバーワークになってないなら構わないけども」
「なんだなんだ? お前ら知り合いだったのかよ」
不思議そうな表情で割って入ってくるゴールドシップ。
別に隠すことではないし言ってしまおう。
「僕はヴァルチャーの担当なんだ」
「うぇっ! ……っかぁ~、マジか。誤算だったな……」
「な、なに?」
頭を抱えられてしまう覚えはないのだが。
「いやさぁ、このチームのトレーナー結構歳いってたんだけど、ついに少し前に体壊しちまったんだよ」
「それは災難だったね……」
「だろ? んで問題なのが、引き継ぎのトレーナーがなかなかいないってとこなんだよ。あのおじいちゃん『中途半端なヤツにこのチームは任せられん!』って無駄に意地張ってて……」
ベテランな頑固オヤジ、とゴールドシップはそのトレーナーを評する。
いままで面倒を見てくれていたという感謝の念があるからこそ、もう無理をしないで休んでほしいという思いが半分。
もう半分は、そろそろ引継ぎをしてくれないと自分たちは自主練だけを続ける毎日になってしまうので困る、というものだった。
そのトレーナー先生は復帰しようと意地を張っているものの、チームのウマ娘からすれば様々な事情を考慮してもう担当を交代してほしい、という複雑な状況だったようだ。
……ということは。
「さっきの反応、もしかして僕にトレーナーを?」
「まあな。とはいっても暇なときに来る程度の、いわゆる臨時トレーナーになってくれたらそれでよかったんだよ。引継ぎ先が確定するまで何週間も自主練だけってのはアレだし、軽く見てアドバイスとかくれりゃあ──グギャっ!?」
「あらま」
「だっ、だいじょうぶですかゴールドシップさん!? 顔面に鳥のフンが!」
「スぺ~! スペー!! タオルぅ~!!」
「い、いま持ってきます!!」
彼女の言いたいことは理解できる。
確かに自主トレーニングだけでは得られるものもそう多くない。
引継ぎまでの間だけでもトレーナーの指導を受けたいと考えるのは当然のことだ。
しかし自分はチームを指揮するトレーナーではなく、個人のウマ娘を担当している身だ。
制度上は兼任も不可能ではないが、僕はまずアサルトヴァルチャーをデビュー戦で十分に走れる状態になるようトレーニングを組まなければならない。
それに彼女を勝利の道へ導くと約束した以上、中途半端な行動は控えるべきだろう。
ゴールドシップには悪いが──
「あの、トレーナー。ちょっといいですか」
「ヴァルチャー……?」
担当に手招きされたので耳を貸した。
「ご相談があります」
「ハヒュッ」
「……今の声、なんですか? 気持ち悪かったんですけど」
「ご、ごめん……」
想像以上にしっとりとした吐息を耳にかけられたせいで妙な音が喉から飛び出てしまった。
こういう時にキモい声を上げてしまうのが不審がられる要因なんだよな……。
「こほん。……トレーナー、このチームの臨時講師、受けてくれませんか」
「えっ? そ、それはどうして」
前の学園ではアドバイザーをしながら、チームの大体の雑用を押し付けられていたので、経験上チームを兼任することは難しくない。
ただ、それだとヴァルチャーのトレーニングが中途半端になってしまう恐れがある。
彼女もそれは理解しているはずだが。
「あたしの強みは観察眼だって、トレーナーは言ってましたよね」
「それは……もちろんだ。君にしかない特性だよ」
「なら、走りだけじゃなくてその観察眼を鍛える場も必要だと思うんです。幸い今は快く受け入れてくれてますし、使わない手はないでしょう」
チームと合同で練習する利点もあるにはある。
このチームに蓄えられたノウハウを吸収することができるし、なにより併走の機会が多い。
マンツーマンの短期集中トレーニングをすることばかりに意識が向いていたが、改めて考え直してみれば確かにありだ。
こんな初歩的なことにも気づけなかったなんて、やはり自分もまだまだ新人トレーナーということか。
担当が気づかせてくれることもある──冷たい空気に支配されていた以前の学園では知ることができなかった事実だ。
やはりアサルトヴァルチャーの担当になってよかったと感じるし、この子がいる学園へと導いてくれた秋川理事長とレース見学に間に合わせてくれたゴールドシップにはもっと感謝しなければ。
「……他ならぬ君の提案だ。それに悪くない。試しにやってみよう」
「ほんとですか」
「あぁ。……ゴールドシップ」
僕の呼びかけに気づいた彼女は、なにやらワチャワチャしていた輪の中から抜け出してこっちへ来てくれた。
「臨時トレーナー、僕で良ければやらせてくれるかい」
「……えっ、マジ?」
「マジ」
「よっしゃー! タクシーした甲斐があったぜ! おーいお前ら~!」
歓喜したゴールドシップがチームメンバーのほうへ向かい、ヴァルチャーも何食わぬ顔で彼女らの中へ混ざっていった。
ああいった姿を眺めていると、強かなウマ娘の担当になってしまったな、と改めて実感する。
そして見ることになったのもベテラントレーナーが担当していたという興味深いチームだ。きっと得るものも多いはず。
「観察眼の修業はもちろんだけど、ヴァルチャーも仲間がいたほうが楽しく走れるはず……ぶひひっ」
僕が臨時トレーナーをして、対価としてトレーニング中の仲間の存在とチームのノウハウを提供してもらう。
実にウィンウィンの関係だ。是非とも彼女の成長の糧となってもらおうじゃないか。
「……、……あの」
背中に声をかけられた。
振り向いた先にいたのは、いつのまにかチーム内の輪から離脱していたウマ娘こと、アドマイヤベガ。
噂を知らなそうなゴールドシップや、スぺという明るいウマ娘とは対照的に、彼女は周囲が僕へ向ける視線と同じような──いや。
それ以上の嫌悪と警戒の色を露にしながら、冷たい表情の少女はスマホの画面を見せてきた。
「ヴァルチャーさんにしているコレ、本当にただのマッサージ?」
液晶に映っていたのは、自室にいる僕と訪問してきたアサルトヴァルチャー。
の、写真。
──マッサージしている、写真。
たとえそれ自体に他意がなく、事実として担当の疲れを癒すというトレーナーのれっきとした仕事であったとしても、もはやそっちが本体なんじゃないかというレベルの大きさの尾ひれが付いた噂がある以上冤罪を冤罪ではないものに変えてしまうほどの力を持つ、決定的な一枚の写真。
「匿名のメッセージに添付されて送られてきたの。まだ誰にも見せてない。……臨時トレーナーになってくれるのは大いに結構だけど、それはそれとして少し話をしてもいいかしら。トレーナーさん」
脳内に浮かんだ言葉は『やばい』の一言のみ。
驚愕の汗を滝のように流して何も言えなくなってしまっている僕には、ついてきて、と告げたアドマイヤベガの後ろに続く他に、選択肢など存在しなかった。