ウマ娘を性的な目で見てそうなデブ汗かき不審者トレーナーさん 作:不審者さん
アヤベさんがいない。
軽いランニングを再開したチームのみんなに混ざって走っていたのだが、カレンさんのその一言で自分も気がついた。
アドマイヤベガさんがいつの間にかいなくなっている。
彼女は寮で隣の部屋かつ、模擬レースでポコポコにしてきた事もあって個人的には因縁の相手だ。
観察眼のトレーニングを提案したのも、あのとき一着を取った彼女の走りを間近で観察したかったから、という部分が大きい。
だというのにその張本人たるアドマイヤベガさんが不在ときた。これは呑気にランニングしている場合ではないだろう。
というか、さっきまでゴールドシップさんとスペシャルウィークさんのそばにいたはずなのだが、気がつけばトレーナーの姿も見えない。
知り合ったばかりであろう二人が一緒になって消えるとは何事だろうか。
「ヴァルはあっち見てきてくれ」
「は、はーい」
チーム総出で彼女らを探すことになり、あたしはゴールドシップさんの指示で器具庫のほうへ向かった。
トレーナーのことだから滅多なことにはならないだろうけど、アドマイヤベガさんのことは正直よくわからない。
部屋が隣とはいえ特別仲良しというわけではないし、積極的に話しかけてくれるカレンさんほどコミュニケーションも取っていないので、彼女がトレーナーに対してどんな態度を取るのか未知数だ。
最悪なのは噂を鵜呑みにするミーハータイプだった場合だが……そうは見えないんだよな。
クールというか、自分の意志をしっかり持ってるというか、まず周囲に流されるウマ娘ではないように思う。
その認識が間違いじゃなかった場合、果たしてアドマイヤベガさんは外見で判断せず噂の是非を問うてくれるのか、それとも疑わしきは罰せよの精神で彼を追い詰めるのか──とにかくアドマイヤベガさんは中途半端なことはしないという確信があるため、噂を知っている状態で彼がチームの臨時トレーナーになったとしたら、何もしないということはないだろう。
噂の解消に尽力してから臨時トレーナーの依頼をすればよかった、と思っても後悔先に立たず。
彼のフォローは担当ウマ娘であるあたしの役目だ。
アドマイヤベガさんに誤解を与えてしまう前になんとか──
「んっ」
見つけた。
二人がいたのは人目のつかない校舎裏だ。
とりあえず一旦声をかけようか。
「とっ、盗撮じゃないか? なんで自室の写真が……」
待った待った。
タイミングが悪いと思って思わず物陰に隠れてしまったぞ。
ていうか、なんだろう盗撮って。
校舎裏ではアドマイヤベガさんがスマホの画面を見せつけながら、トレーナーに詰め寄っている。
一触即発な雰囲気だ。これ割って入っても大丈夫なのかな。
「それは確かにそう。私もこんな写真を匿名で送ってくるような人を信用しようとは思わないから、一応あなたにも話そうと思ったの」
匿名、写真、盗撮。
えーと、これは。
……もしかしてマッサージの件の写真か?
我ながら察しが良すぎる気もするが、トレーナーが指摘される件なんて、あの噂に関してのことしかないと思う。
挙動不審な笑い方のせいで初日から警備員さんに囲まれていた彼だけど、あたしの知る限りあのトレーナーは糾弾されるような悪行はおこなってない。
少なくともあぁして詰問されるようなことは、なにも。
……身だしなみは少しだらしないけど、それだけで責められるようなことではないはずだ。
「でも、トレーナーさんが信用できるヒトかどうかは別の話。……悪い噂、流石に広まりすぎでしょう」
「……火のない所に煙は立たぬ、ということかい」
「弁明できるならしてほしいわ。わざわざ理事長が引き抜いてきた新人トレーナーってあなたのことでしょ? この時期に異動してきたのはトレーナーさんだけだし……そんな人が臨時とはいえチームを見てくれるなら心強いと思うから、頼りたい気持ちもあるの」
やはり噂が根源か。
そんな場合ではないことは分かっているが、外見が理由でガンつけられたわけではなさそうで安心した。
それにしてもトレーナーに対して”頼りたい”とまで言うとは意外だ。
楽しそうに見えるチームだが、わりと切羽詰まっているのだろうか。
というか、アドマイヤベガさんが思慮深いのかもしれない。
あくまで噂とはいえ、無視できないレベルで悪評が広がっている人物に対して、頼りたいとまで言ってしまえるのはある意味凄い。
「──すまないが言わせてくれ。この状況で僕が何を言っても信用は得られないだろう?」
「っ……、それは、あなた次第だと思うけれど」
彼女に気圧されているように見えたトレーナーだったが、意外にも落ち着いた声音で返答している。
もっと焦ってしまうと思っていたけど……いや、そういう人ではないんだった。
以前聞いた話だと、前の学園で煙たがられていたときも、思い切ってトレーニングの提案やウマ娘たちとのコミュニケーションを図ったらしいし、追い詰められても決して思考停止をするような人ではないのだろう。
「もし僕を脅威に感じているのなら、その写真をばら撒いて変態だ何だと言いふらしてくれていい。それで僕はこの学園を去ることになるだろう。学園そのものから拒絶されているのなら、秋川理事長には申し訳ないが僕がここにいる資格はない」
「……そんな早計なことはしないわ。ただ、証明してほしいだけよ」
アドマイヤベガさんは一歩引いて、トレーナーから目をそらした。
あぁしてしまう気持ちはわかる。あたしも感じたことのある、あのトレーナーが醸し出す緊張感のある空気は、正直少し苦手だから。
「ならば時間をくれ。アサルトヴァルチャーの担当としての僕と、チームの臨時トレーナーとしての僕の、両方を観察して君自身が見極めてくれ」
「時間といっても、期間は」
「君が決めていい。信用できないと感じたその瞬間にでも、きみが持っているその写真を拡散してくれて構わない。そうなったときは間違いなく僕自身に落ち度があるだろうから」
「……はぁ。ずいぶん極端なのね、理事長が引き抜いてきたっていう新人トレーナーさんは」
ため息をついたアドマイヤベガさんは、スマホをジャージのポケットへしまい込む。
あの写真に写っていたマッサージの件については、あたしから自然にフォローを入れておこう。
疑われている身であるトレーナーでは弁明できない類のものだ。
「わかった、この写真は一旦預かっておくわ。そこまで言うなら観察させてもらうから。あなたのこと」
「うん。……臨時にはなるが、改めてよろしく。アドマイヤベガ」
「……えぇ、よろしく。トレーナーさん。……臨時だけど」
根負けし、踵を返したアドマイヤベガさんを見送るトレーナー。
一件落着とまではいかないが、どうやらこの場は切り抜けてくれたようだ。
よし、そろそろトレーナーと合流しよう。
チームのほうへ戻る前に話すなら、このタイミングしかない。
「だ、大丈夫ですか、トレーナー」
「ヴァルチャー。……ぃ、いや、正直めちゃくちゃ緊張した……」
よく見たらどっと汗が噴き出している。
平静に見えた彼だったが、どうやらポーカーフェイスで誤魔化していたらしい。
不思議なところのあるトレーナーだけど、やっぱりこういうところが新人さんって感じだ。
決して遠い存在ではないと感じることができて安心しますな。
「アドマイヤベガ……うん、やっぱりすごいウマ娘だよ」
「やっぱり?」
へなへなと座り込んでしまったトレーナーの隣に腰を下ろし、ハンカチで汗をぬぐってあげながら続きを促す。
「ヴァルチャーが出走したあの模擬レース、覚えてるかい」
「そりゃもちろん」
あのあとトレーナーが声をかけてくれなかったらいじけて学園を辞めていたくらいの一大イベントだ。忘れるわけがない。
「あのレースで彼女が一着になった理由、わかる?」
「理由……末脚がめっちゃヤバかったですね」
「そ、それもそうだけど……勝敗を決めたのはそこじゃない」
一拍置いて彼は続ける。
ていうか汗出すぎです。
「常に冷静だったからだよ。他のウマ娘たちがゴール直前で急減速していたなかで、彼女の速度は上がりこそすれ落ちなかった。落ち着いてまっすぐゴールを見据えていた証拠だね」
「ゴールを見ていた、ってところは他のウマ娘たちにも言えることじゃないですか? みんな強豪揃いでしたし」
「その強い出走者たちの中で一番彼女が冷静だった、という話さ。ヴァルチャー以外であのレース中に僕を見ても意に介さなかったのは彼女だけだったんだ」
「……思うんですけど、意に介しちゃうようなことしちゃダメでしょ」
「そ、それはごめん……。撮影してただけなんだけど、威圧感があったみたい……」
とりあえずトレーナーの言い分は理解できた。
つまりこういうことだろう。
「アドマイヤベガさんの冷静さを学べ、ってことですよね」
太っちょさんは一瞬驚き、小さく頷いた。
「あぁ、ヴァルチャーの観察眼を活かすためには、彼女ほどの冷静沈着さが必要だ。隣のウマ娘の独り言にびっくりして減速してるようでは戦法以前の問題だし」
うぐっ。
「君が目指すべきウマ娘像に最も近い存在こそがあのアドマイヤベガかもしれない。そんな子と同じチームで練習できるなんてまたとない好機だと思うよ」
「……そう、ですね。いよいよ運が回ってきたって感じです」
一等星、アドマイヤベガさん。
一着と、最下位。
天と地ほどの差がある彼女とあたしだが、目指すべき場所がそこであるなら上等。
自分の実力を言い訳にして身を守るのは、もうやめにしたのだ。
彼女を学んで彼女を倒す。
それが勝利への道なのであれば喜んで吶喊してやる。
勝つために強くなる。弱い自分をやっつけるために、今日からのあたしの目標は勝手に宿敵認定したあのスーパーつよつよウマ娘であるアヤベさんに決めた。がんばるぞ、むんっ。
……あぁ、それはそうと。
「トレーナー」
「なんだい?」
「あのレースの時にみんなを威圧してたって自覚があるなら、改善する努力をしませんか?」
「う゛っ……!」
さっきは痛いところをブスッとしてきたので、ここぞとばかりに反撃してみた。
「とりあえず汗拭きシートとタオルと制汗スプレーを詰めた、トレーナー専用セットをあたしが見繕いますから、しばらくはそれを常時携帯してください」
「そ、それはありがたいけど──」
「あと数日以内に髪も切ってください。短いほうが清潔感ありますよ」
「ちょっ、ちょっと待って……!」
待ちません。これを機に身だしなみくらいは整える習慣をつけてもらいますからね。
「変な笑い方はともかく、その他のことは改善できる余地あるでしょ。無理に痩せろとは言いませんから、せめてレース場で撮影してても警備員さんを呼ばれない程度には整えましょうよ、不審者さん」
「こ、言葉の棘がすごいのにほとんど事実だから反論できない……うぅっ」
「特にこのヨレヨレのシャツとかホントだらしないですからね。別に太ってるだけなら文句言われないんですから、まずはウマ娘を性的な目で見てそうとか思われちゃう立ち振る舞いと恰好をどうにかすべきなんです。無害アピールをしていけば悪い噂の払拭にも繋がりますから、一緒に頑張りましょう」
「あわわわわ」
この際だからチームのみんなにも協力してもらおうか。
外見の意識が改善されるついでにダイエットもできたらラッキーだ。ランニングには自転車で同伴してもらおう。
彼があたしの担当トレーナーであるように、あたしもまた彼の担当ウマ娘なのだ。
良くないところはお互いに叩いて直す──それが二人三脚で走る”バディ”の在り方だ。
万年最下位の貧弱ウマ娘と、未熟な新人トレーナーだが、あたしたちにはあたしたちなりの歩幅というものがある。
ゆっくり、そしてちょっと焦りつつ、二人で一緒に強くなっていこう。
「ゴールドシップさん! 自転車に乗ってるトレーナーさんが過呼吸になってます!」
「んだぁ? だらしねーぞ臨時トレーナー! アタシらについてくるつもりなら気合入れろー!」
「ひぃっ、ひぃ゛~ッ、ゲホッ! ごほっ! ぐっ、うううぅぅ゛ぅっ、ひん……っ!!」