宝石師の日常   作:櫻碧紅銀

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始まりの汽笛はいろんな部分の痛みと共に

ガタンガタンと、尻が痛くなるような揺れが車内に響く。

ひたすらに山を下り続ける鉄道路線とはいえ、この振動だけは何とかならなかったのかと・・・問い詰めたくなる気力すら失せた。

木の椅子に薄くクッションを張っただけの座面で、私はもうかれこれ2時間ほどこの揺れに耐え続けている。

仕方ないことではあるのだ、と分かっていてもどうしようもなく尻が痛い。

クシーからフェロンまでの3時間ちょっとの下山行の途中で、すでに心が折れそうである。

 

「でも・・・せっかくお母さんに紹介もらって弟子入りしに行くんだから、このくらいは我慢しないと・・・」

 

突如、またも車内がガタンガタンと大きく揺れて、さっきと同じように尻が座面に打ち付けられた。

 

「うう・・・フェロン駅に着いたら意見箱に書いとかなきゃ・・・」

 

だんだんと背中も痛くなってきた。でも、フェロンまではまだ遠い

 

 

 

ラストの30分ちょっとだけは振動もほとんどなく、列車はフェロン中央駅に滑り込んだ。

とりあえず駅に設置された意見箱に振動の文句を書いといて、改札を出る。

ああ、久々の地面だ。

 

「空が・・・遠い・・・」

 

まあクシーの標高が高いだけなのだろうが。

あと駅舎の方向にしか山が見えない。反対側・・・つまり出口正面は遠くに海を臨む方向なので当然と言えば当然なのだが、今まで山に囲まれたクシーで暮らしてきた自分からすれば、なんとも落ち着かない風景だった。

 

「次は・・・えーと、ポトンクーチャ沿岸鉄道でフィーサーまで・・・」

 

また鉄道か。

やだなー、とか言っていても事態が改善するわけもなく、しょうがないとまた駅へと踵を返した。

駅員さんに聞いたところフィーサーまでは40分ほどらしい。なんだかすごい「えっ・・・こんな子がフィーサー行くの・・・?」という顔をされていたが、まあ説明はちゃんとしてくれたので良し。フィーサーはエリナヘルに名を轟かす高級住宅街だから、そのような視線にも納得できる。

 

しょうがないじゃんか、これからお邪魔になる師匠の店がフィーサーのはずれにあるんだもん。

 

そして私は、また列車に揺られることとなった。

 

 

平坦な路線のおかげか観光地や高級住宅地を回る路線だからか、今度はほとんど振動もなくやわらかな椅子に座って目的地に向かうことができた。

いかにもな大荷物を抱えた私の姿は車内で浮いていたけれど、それなんかは今更が過ぎる。

 

 

フェロンとグラポスタの境界線として知られる観光地ポトンクーチャ(クーチャ湖群)は、最も標高の高いポトラルカ(ラルカ湖)ポトフィー(フィー湖)の2湖を起点に、計7個の湖と3本の大河川がスタートする水の街である。背景に高山がそびえる湖畔はエリナヘルで最も美しい景色の一つとされ、それ故に高級住宅地や別荘地がポトンクーチャ湖畔の至る所にある。

師匠の店はそんな高級住宅地の一つ、特に格式高いとされる一等宅地のフィーサーにて宝飾品を売る店だという。なんでクシーで生まれ育った両親がそんな店とコネを持っているのかと聞いてみたところ、お母さんの兄がこっちに婿入りしたとかなんとか。つまり師匠から見て私は旦那の妹の娘。どおりで話が通るわけである。

 

 

さて、山を下りてくる時とは比べ物にならないほどの快適さで、私はフィーサーの駅に着いた。なんかもうホームからしてほかの駅とは違う空気が漂っていて、自分の場違い感がすさまじく強調されている。無性に帰りたくなったが、ここまで来て帰ることは不可能だ。

私は諦めて改札へと向かった。

 

駅舎を出ると、ロータリーには黒服と黒くてデカい車が並んでいるのが目についた。とても心臓に悪い。

ちょっとそこから視線をずらせば、端っこの方にかなり小さな車が見える。アレクトシーパー(暦商人)のクリーム色の車体に、自分でもびっくりするぐらいの安心感があった。

 

近づいてみれば、フロントガラス越しにこれから師匠となる人の顔が見えた。

これでようやっと長かった家からの旅路は終わり、ここでの新たな生活が始まるのだ。

 




単語解説

鉄道:最近国内に鉄道網が作られたが、列車も何もかも新技術な為に行き届いていない部分が多い

クシー:高山に囲まれた小さな行政区。音楽の都

フェロン:芸術の街として栄えた行政区。現在ではグラポスタのベッドタウンにもなっている

グラポスタ:工業地区を多く抱える行政区。特に精密機械に強い

ポト:湖や池を指す言葉。「名詞+ン」で複数形になるので、ポトンは湖群を意味することになる

アレクトシーパー:直訳すると暦商人。アレクトはこの世界で暦の制定に使われている変光星の名前で、転じて暦そのものを表す。シーパーは商人の意。ここでは慣用表現として「日々の買い物」的な意味を持っている。一般庶民に親しまれている自動車の名前
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