記憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第10話 封じられたもの

「……で。

 この中にアウラが居るんだな?」

 

 岩盤を刳り貫いて掘り抜かれた見事な造作の回廊において、自身の身の丈の三倍ほどはあろうかという巨大な岩の扉を前にアインズは尋ねる。

 

「は、はい、そうです、アインズ様。」

 

と申し訳なさそうなマーレ。

 その隣では、やはりエントマが視線のやり場なさ()にもじもじしている。

 

 アウラ、マーレ、エントマからなる非知的動植物相調査組の探索は遂にトブの大森林を突破し、その北方に聳えるアゼルリシア山脈にまで達した。

 必ずしも原生林全域の詳細地図化(マッピング)を終えたわけではなかったが、益体もない動植物を追い続けるよりは鉱物資源の確保を優先した方がよいだろう、との判断を三賢者会議(トリニティ)が下したことを受けてのものである。既に有望な鉱脈がいくつか発見されており、無償(コストゼロ)自然湧き(ポップ)骸骨(スケルトン)がシャルティアによる支援の(もと)、鉱夫として送り出され試掘が開始されていた。

 その過程でわかったことだが、鉱脈の一部には随分と昔に何者かによって鉱山として採掘されていた形跡が見られた。遺棄されてからかなりの時間を経てはいるようだが、大自然の使者(ネイチャーズヘラルド)の能力を有するマーレの見積もりによればまだ十分に採算の合う埋蔵量が期待できるとのことなので、これらの鉱脈は枯渇したのではなく、元の所有者たちは何らかの外的な要因で放棄を強いられたのだろうと推測されている。

 

 そして今朝の話になるが、さらに山脈の奥へと探索を進めていた三人は、山肌に長く使われた形跡はないが明らかに意図的に隠蔽された、古い隠し通路の入り口を発見した。

 慎重論を説く弟マーレに対し、冒険好きの姉アウラは「誰にも会わなければ問題ない」と探索を主張。こうなると押しの弱いマーレにアウラを翻意させるのは不可能で、万全の<不可視化(インビジブル)>を施した上での潜入調査が開始された。

 通路は、始めのうちは小柄な三人でもやっと一人ずつ通れる程度の幅しかなかったが、いくつかの枝道が合流する都度に幅も高さも増していって、ついには(ドラゴン)であっても行き来できるほどの大きな回廊に突き当たった。その造作は、決して四角四面ではないが床面(ゆかめん)は躓いたりせぬよう自然岩の角張った部分は概ね丸みを帯びるように磨かれており、壁には必要もないはずなのに柱を模したと思われる彫刻がなされている。

 

 これは地下都市の類だ。

 三人は、互いに言葉を交わしたわけではないが、誰彼となくそのように理解した。

 

 この時点で、アウラもマーレも、この回廊の大きさに見合う竜の気配を複数感じ取ってはいたが、それらは百レベルNPCである二人からすればさしたる脅威を感じるほどのものでもなかったため、見咎められるまでは探索しても差し支えなかろうと突き進むうちに、開かれた巨大な岩の扉で区切られた部屋を発見した。

 驚いたことには、二十メートル四方はあろうかと見えるその部屋にはうず高く金銀財宝の類が積み上げられており、無防備なことこの上なかった。アウラは、やはりマーレが止めるのも聞かず、いくつかアインズに持ち帰るのだ、と中に入っていった。

 マーレとエントマは、やきもきしながら外で待っていたのだが、ややあって突然巨大な岩の扉が音も立てずに動き始め、あっと言う間に閉じてしまった。慌ててエントマが<伝言(メッセージ)>をアウラに向けて打ってみたが、どうしたことか繋がらない。よく見てみれば、今しがた閉じられた岩の扉の外側、最初にここを訪れた時点では隠れてみえなかった部分に見慣れぬ大量(たいりょう)の文字とも印章ともつかぬものが刻まれていて、何やら魔法的な遮蔽効果を発揮しているのはほぼ間違いなく思われた。

 

 ここに至ってマーレとエントマは、非常事態の手順(エマージェンシープロトコル)に従ってアインズに来援を求め、かくして冒頭の場面に話は戻る。

 

「まぁ、何だ。

 三人揃って閉じ込められなかっただけでも御の字じゃないか?」

 

 少なくとも三人の行動は、件のチェックリストの戒めを何一つ破っていない。中に居るアウラにしても力づくで出て来れないはずでもなかろうに、敢えて大人しくしているのは、

 

<万が一行動不能に陥った場合は、たちまちに生命の危険がある場合を除き、無理をせず救援を待つこと。>

 

と定めたものに従ってのことに違いない、とアインズは判断している。

 

「マーレとエントマが好奇心に釣られず、こうして外に踏み(とど)まったから大事に至らずに済んだんだ。そんなに申し訳無さそうにする必要はないさ。」

 

とフォローするも、二人はしょげたままである。

 

 もし、この扉が(トラップ)の類であったとすれば野伏(レンジャー)の能力の高いアウラがそれを見過ごすとは思えない。

 アインズは、この扉は侵入者の動きとは無関係に時限性で開閉を繰り返すものではないか、と推察している。似たような仕掛けが、アウラのように罠を見破る能力に長けたプレイヤーの裏を欠くべくユグドラシルの地下迷宮(ダンジョン)に仕掛けられていることが、かつてギルメンたちの間で話題になったのを思い出してのことだ。

 元はこの扉は開いていたというのだから、その時間さえ経過すれば再び開きはするのだろう。永続行動の指輪(リング・オブ・サスティナブル)を装備しているアウラはいくらでもそのときを待ち続けることが可能だが、いつになるやらわからぬそのときを待ち続けるのも馬鹿げた話だ。

 

(さて、どうしたものか?)

 

 アインズにしても、力づくでこの扉を破壊するのは容易い。

 しかし、中に財宝があったというマーレたちの話を鑑みるに、これを打ち破ればやっていることは押し込み強盗の類だ。ユグドラシルの地下迷宮なればそれは至極当然の行為、ということにもなろうが、こちらの世界でそれを平然とおこなうのは流石に気が引けたし、そもそもはこちら側の軽率な行為から始まったものだ。

 

 空飛ぶよろい、変な竜、ツアー。

 

 所持品(インベントリ)から件のメモを取り出し、まだ記憶に新しい邂逅を振り返る。

 

 マーレたち同様に、アインズも<転移門(ゲート)>を潜って当地に至って以来、(ドラゴン)の気配は感じ取っていた。この回廊や宝物庫(ほうもつこ)を彼ら自身が造ったのか、その所有権が彼らに()すものであるかは定かでないが、筋からいえば、おそらくこの回廊のどこかに居るであろう竜に一言詫びを入れアウラを出してもらうのが穏当な解決策であるように思われる。

 

「ツアーは妙な奴だったが話は通じた。

 こちらのドラゴンがああいう感じなのであれば、まずは(はな)してみることだな。」

 

と意を決したアインズは、マーレ、エントマともども<不可視化(インビジブル)>を解き、この地下都市の(ぬし)を探して歩き始めたのである。

 

 

                    *

 

 

「お話、確かに承りました。準備は整えておきます。」

 

 ふぅ、と守護者統括アルベドは溜息をつく。

 

「あのお転婆娘にも困ったものね。」

 

 無論、彼女の言うお転婆娘とは、地下都市の宝物庫(ほうもつこ)に閉じ込められているアウラのことである。

 今しがた、エントマからの緊急報を受け急遽救援に向かったアインズから、経過と事後の対応の指示を<伝言(メッセージ)>で受けたところだ。

 

「もう一人のお転婆娘にも差配しておかないと。」

 

と、彼女はナザリック第一階層で待機するシャルティアへ使いを送る。

 

 ちなみに、アインズがシャルティアに直接<伝言(メッセージ)>しないのは、シャルティアを御するのが面倒だからではなく……いや、それも少しはあるかも知れないが……もう一つの外征部隊となるデミウルゴスもナザリック外で作戦中だからだ。

 この場合、銘々がシャルティアに支援要求(リクエスト)を出して万が一にもそれが衝突(コリジョン)すると、たちまちにそれぞれの優先度(プライオリティ)の判断がつかないシャルティアが混乱(コンフリクト)することになり兼ねない。そこでこのような場合、必ず支援要求はアルベドを通すことになっていて、彼女の怜悧な知性が適切な順序立て(トリアージュ)をおこなうよう事前に取り決められている。

 やはりこれもギルド、アインズ・ウール・ゴウン時代からのギルメンたちの緊急事態対処の習慣に由来するもので、たとえば、戦闘中の相棒(バディ)である場合を除き、ギルメンたちがペロロンチーノに何かやって欲しいことがある場合は、仲がよくかつ彼の扱いに慣れたアインズ、すなわちモモンガかウルベルトを通すのが一般的だった。

 

 え、それはトリアージュじゃないだろって?

 その通り、これは困ったちゃんの扱い方の話だ。

 

 閑話休題(それはさておき)

 少しして、息を切らしつつ……真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)の彼女が走って息を切らすとも思えず、これは創造主(ペロロンチーノ)仕込みの演技なのだが……最近肌身離さず着ているチャイナドレス(傾城傾国)姿のシャルティアが執務室に駆け込んで来た。

 アルベドは、強いてシャルティアの過剰演出(オーバーアクション)に触れることはせず、アインズから指示されたことを簡潔に伝えた。

 

「するとあちきは、アインズ様とドラゴンの交渉が不備に終わって状況が悪化した場合、突入してチビ助を回収すればよろしいのでありんすか?」

「その通りよ。」

 

「その場合は、その魔法が込められた扉は突き破ってしまって構わないのでありんしょうか?」

「アインズ様からは特にご指示はなかったけれども、そういうことになるわね。」

 

「しかし、チビ助にも困ったものでありんすね。このようなことでアインズ様のお手を煩わせるなんて、あり得ないことでありんしょう!」

「とは言え、(ほう)っておくわけにもいかないでしょう?

 あなただって……アウラを心配したからこそ、こうして大急ぎで駆けつけたのでしょうし。」

 

 ズバリを言い当てられてシャルティアの瞳がまん丸に開き、頬が赤く染まる。

 

「……そんなわけ、ありんせん!」

 

 とまれ、こうなった以上は事態が解決するまでシャルティアはここに待機してもらった方がよさそうだ、と判断したアルベドは彼女に席を勧め、今日の執務室当番だったインクリメントに、シャルティアを欠く第一階層の警戒レベル強化の伝令と二人分の紅茶の用意を頼んだ。

 

「……おんしも気苦労が耐えやせんのぉ。」

 

 ぽそりとシャルティア。

 シャルティア叛逆……その実は自室への立て籠り事件に際しては一触即発の雰囲気も醸した二人だが、不思議とその後の関係は良好だ。アルベドは、アインズが<傾城傾国(けいせいけいこく)>をシャルティアに与えた際、おそらくは自分をダシにうまく彼女を言いくるめたに違いない、と踏んでいたが敢えてそれを口にすることはない。

 

「そんなことはないわ、シャルティア。

 これこそ大事なお役目ですもの。」

 

と微笑んで返す。

 

 対するシャルティアは、表立ってはアルベドに対して不満はないが、不安はある。

 

 シャルティアは、自身のポンコツ具合に自覚がないほどポンコツではない。が、アルベドも、自分ほどではないが大概ポンコツだ……だったはずだ、と思っていた。が、ここ最近のアルベドは、こうして思わず自分が気遣いの言葉をかけたくなるほどに、何というか、見違えるほど腰が落ち着いているように見える。

 

 それが何を意味するのか?

 

「……おんし……おんしはひょっとして」

 

と言いかけたところで扉がノックされたので、シャルティアは思わず口を噤む。

 

「インクリメント……にしては早過ぎるわね。」

 

「シクススです。司書長ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスがお目通りを願っておりますが。」

 

と執務室の扉の外から、インクリメントから秘書業務を一時引き継いだシクススが告げる。

 

「構わないわ、お通しして差し上げて。」

 

 すぐに扉が開き、ナザリックの知識の保管庫、最古図書館(アッシュールバニパル)司書長のティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスが姿を現した。

 

「お久しぶり、アルベド。おや、シャルティアもご一緒とは珍しい。」

 

 二本(つの)を生やした骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)は、その禍々しい外見とは裏腹に人好きのする笑顔で挨拶する。

 

「ご機嫌よう、ティトゥス。あなたが図書館を出て来るなんて珍しいこともあるものね。」

 

 アルベドも満面の笑顔で応える。

 シャルティアは何が気に食わないのか礼を返さず、ただソファーに座ったまま片手を挙げて応じたのみだ。

 

「あぁ、たまにはいいものだね。お陰でこうしてナザリックの()銘花(めいか)にお目通りがかなったよ……ひょっとしてお取り込み中だったかな?」

 

「アインズ様が作戦中で、私たちは支援待機で連絡待ちよ。」

 

 ティトゥスは軽く腕を組んで首を傾げる。

 

「そうか……できれば最古図書館にご同道願いたかったのだよ。出直した方が良さそうだね。」

 

 アルベドは、彼の口調から火急の用件ではなかろうと判断するが、自分を最古図書館に誘う動機がたちまちに思い浮かばず、好奇心からその理由を尋ねた。

 

「本当はアインズ様にお伝えしたかったのだが、今日のアインズ様当番に聞けば急にお出かけになったとか。それで取り急ぎ守護者統括殿(アルベド)だけにでも見せておこうかと思ってね。」

 

「……何を、かしら?」

 

 司書長であるティトゥスは、最古図書館の所蔵物に対して完璧な知識を有しており、求められれば即座に資料の所在を特定し提供することが出来るが、それはユグドラシル時代に最古図書館が作られた時点で設計段階から組み込まれていたものに限られている。その後、ギルメン、彼らNPCが呼ぶところの至高の方々が銘々好き勝手に持ち込んで置いていったものはその範疇ではない。

 アインズが最古図書館にギルメンの作戦チェックリスト原本を探しに訪れたことがきっかけとなり、ティトゥスは自身の知識の範囲を越えて図書館に存在している文物の完全な目録を整備したい、と考えるようになった。そして、他にやることもないので、その作業は現在も配下の司書骸骨(スケルトン)たちとともに、黙々と人知れず進行中である。

 

「妙なものを見つけたのだよ。やたらと大きくてね。運べなくはないが、来てもらった方が早いんだ。」

 

「大きい……ということは、それは書物ではないの?」

 

 不思議そうにアルベドはそう尋ねる。

 

「いや、それが書物ではあるのだよ。巨大な、鍵のかかった書物だ。」

 

「鍵のかかった巨大な書物?」

 

 見た目(ビジュアル)が思い浮かばずただ女淫魔(サキュバス)は復唱するが、司書長(ティトゥス)の続く言葉にはっと息を呑むことになった。

 

「あぁ、しかも『アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)』と題されておる。」

 

 

                    *

 

 

「……といった次第で、オレの仲間におまえたちに対して失礼があったことは詫びたい。

 その上でだ。」

 

とアインズは言う。

 

 地下都市の(ぬし)に出会うのはさしたる手間を要しなかった。

 濃厚な(ドラゴン)の気配は隠しようもなく……アインズの常識からすれば「対策しろよ!」が本音ではあるのだが……それを辿っていくだけでよかったからだ。

 

 回廊は幾度となく分岐した後、俄に地下とは思えない巨大な空間へ辿り着いた。

 そこはおそらくはかつて評議場か何かであったと見え千人規模の集会が開催可能な広さがあったが、そこに据えられた石造りの座席は人間向けのサイズにしては少し小さく、その施設を建造した何者かが少なくとも今目前にいる白い竜たちではないであろうことは、容易に想像できた。

 

宝物庫(ほうもつこ)に閉じ込められた仲間を出してやって欲しい。

 もちろん、おまえたちの宝物に手は出さないし、必要だと言うのなら詫びに何かくれてやっても構わない。」

 

 不意に背後から不満の気配(オーラ)を感じる。

 後ろに控えたマーレはあからさまに「こ、こんな連中、潰せばいいと思います」という顔をしているし、エントマに至っては仮面蟲(かめんちゅう)の顎から涎を垂らしていて、

 

(……喰うのか、(ドラゴン)を?)

 

とアインズは眩暈を覚える。

 そういえば、ナザリックの食堂にドラゴンステーキとかいう何やら物騒な名前のメニューがあったような気がするが、美味いのだろうか。食事の摂れないアインズには関係ない話ではあるが……いや、香りだけなら楽しめなくも……

 

 いかんいかん!

 今は目前の竜に集中すべきときだ。

 そして、穏便に済むならそれに越したことはない。

 

 アインズがそんなことを考えているとは(つゆ)とも思わぬ対するところの霜の竜の王(フロストドラゴンロード)オラサーダルク・ヘイリリアルは、彼にとっての哄笑なのであろうか、ふしゅー、と氷の鼻息を噴いた。

 それが合図であったか、彼を取り巻く計十数匹の霜竜(フロストドラゴン)たちも同様に氷の鼻息をふしゅー、ふしゅーと放つので、一気に室温が下がる。

 

「ではまず、その装束を脱げ。」

 

「はぁ?」

 

 オレの裸……になるよな?……そんなもん見たいか、フツー?

 

「ひ弱な骸骨(スケルトン)のくせに大層なものを着ているじゃないか。

 

 対価は払うのだろ?

 まずはそれを置いていけ。」

 

 アインズとしては、彼らがマーレに撲殺されるのを防ぐべく気を(つか)ってやっているのに、何を言い出すんだこの馬鹿、空気読めよ、としか思えない。

 

「……オレなりに気を(つか)ってやっているつもりなんだがな。

 取り返しのつかないことになる前に、手打ちにした方がいいと思うぞ。」

 

 だが、アインズの気遣いはオラサーダルクにはまったく通じなかった。

 

 ガッハッハ、と大笑いするや全力で辛うじて彼の生命を支えていた底板(そこいた)を踏み抜く。

 

「強い者が弱い者から奪うのは自然の(ことわり)

 そんなこともわからんのか、脳味噌を欠く骸骨(スケルトン)は!」

 

 脳味噌が探しても見つからないのは事実なので、そのことに対して今さら立腹したりはしないアインズではあったが、ここまで裏付けのない自信を披露されるといささか苛立ちを感じないでもない。

 

「……あー、こちらとしては穏便に済ませてやりたいんだが。

 これが最後の機会(チャンス)だが、どうする?」

 

 やはりオラサーダルクはよほどアインズの言葉がおかしいらしく再び、ガッハッハ、と笑う。周囲の霜竜(フロストドラゴン)も同じく。文字通りのお追唱(ついしょう)、否、お追笑(ついしょう)というやつだ。

 

骸骨(スケルトン)(ごと)きが何の自信があってそうまでこの霜の竜の王(フロストドラゴンロード)に楯突くのかは知らんが、そろそろ儂の我慢も限界だぞ!」

 

「……そうかい、気が合うな。」

 

 オラサーダルクの胸が大きく膨らみ始める。

 

 竜の吐息(ドラゴンブレス)の予兆だ。

 

「おまえたち、手出しは無用だ。」

 

とアインズは背後の二人に告げる。

 

淑女(レディー)を護るのは騎士(ナイト)の勤めだ、頼むぞ!」

「は、はい!」

 

 いつものように、この場においても彼らは真名を部外者の前では漏らさぬようにしている。マーレはすぐに(あるじ)の意図を察し、エントマを自身の背後に庇いつつ三歩ほど下がった。

 

 刹那!

 

 オラサーダルクの凍てつく竜の吐息(ドラゴンブレス)が勢いよくアインズたち一行を包み込む。

 

 だが、しかし。

 

 アインズは凍りつくどころか、最初の立ち位置から微動だにしない。

 

 それを認めたオラサーダルクは残る力を振り絞って更に吐息に力を込める。

 

「……ガハァ!」

 

 遂に息が切れ、ひゅるるるる、と再び息を吸い込み始めるが、これが彼のこの世での最後の吸気となった。

 

「<心臓掌握(グラスプハート)>!」

 

 突如霜の竜(フロストドラゴン)の王は言切(ことき)れ、ズドンと大きな音を立てて前のめりに倒れた。

 ややあって、さきほど吸い込みかけた息が鼻の穴からぴゅるるる、と間抜けな音を立てて抜け始めたので、巨大な心臓を握りつぶした満足感も手伝って思わずアインズはフフと(わら)ってしまった。

 

 見回せば、さきほどまでお追笑(ついしょう)を送っていた手下の霜竜たちが、元から以上に凍りついている。

 

「さて、宝物庫(ほうもつこ)を開けてくれるのは誰かな?」

 

 誰からも返事がない。

 

「オレは、誰かが開けてくれるまで一匹ずつ屠っていくような野蛮な真似は嫌いなんだが、そうせねばならんのなら、遠慮する理由はないぞ。」

 

「お、お待ち下さい!」

 

 居並ぶ霜竜(フロストドラゴン)の、おそらくはもっとも下座になるのであろう端に控えていた、竜にしてはいささか小太りな個体が歩み出る。

 

宝物庫(ほうもつこ)の扉は、我々では開けることが出来ません。この都市を造った山小人(ドワーフ)が仕込んだ魔法で動作するもので、一定時間ごとに開閉を繰り返すのです。」

 

(やはりそうか。)

 

とアインズは得心する。

 

「この間抜けは言ったな。

 強い者が弱い者から奪うのは自然の(ことわり)、と。」

 

 アインズは既に物言わぬ骸と化した霜の竜の王を指差す。

 

「それがおまえたちのルールならば、オレもそれに従うまでだ。

 扉が開くのを待ってなどいられないので、勝手にブチ破らせてもらうぞ。

 

 中身は貰っていくが、構わないな。」

 

「ご、ご随意にどうぞ。どうかお納めください。」

 

 小太りの竜……見れば何の(まじな)いか眼鏡まで掛けている……が率先して平服し、遅れて他の霜竜(フロストドラゴン)たちもそれに続いた。

 

(……結局押し込み強盗になっちゃったじゃないか!)

 

とアインズは内心毒づく。

 

 そして、今一度「空飛ぶよろい、変な竜、ツアー」と書いた件のメモを取り出し、

 

「やはりおまえは変わり者だったんだな、ツアー。」

 

と独り呟いた。

 

 

                    *

 

 

「さぁ、みなさぁん。気を付けて運んでくださいまし。」

 

 地下都市宝物庫(ほうもつこ)の前で、戦闘メイド(プレイアデス)が一人、ソリュシャン・イプシロンが荷役(ポーター)として駆り出された骸骨(スケルトン)たちの交通整理をやっている。

 

 戦闘能力的にはいずれも遜色ないながらも性格にそれぞれかなり癖のある彼女たちの中にあって、存外器用で何でもこなしよく気の回るソリュシャンは、最近ではこんな具合にシャルティアの<転移門(ゲート)>によって送り込まれる中継部隊の指揮を任されることが多い。

 本人にはいろいろ思うところがなくもないようではあるが、被酷使(ブラック)会社員ヘロヘロを創造主に持つ彼女もまた他のNPCたちの御多分に漏れず造り手の性向を色濃く引き継いでおり、いささか仕事中毒(ワーカーホリック)気味なところがあってこうした作業に従事している分には充実感に満たされている様子である。

 

 結局、件の魔法の岩の扉はシャルティアが力任せにブチ抜いた。中華服(チャイナドレス)姿の可憐な美少女が一息でそれを打ち砕くあまりに現実離れした光景を目撃してしまい、同行していた小太り眼鏡の霜竜(フロストドラゴン)ヘジンマールは卒倒してしまったほどだ。

 

 扉の破壊具合から誰が救出に来てくれたかを即座に悟ったアウラは、土下座状態で待ち受けていた。

 

「……心配させるもんじゃありんせん!」

 

 思いのままに罵倒してやろうと思っていたのに、そのあまりにしおらしい様子に気勢を削がれ、シャルティアはただ頬を薄く赤く染めつつ言い捨てるのみだったという。

 

「申し訳ありませんでした、アインズ様。」

 

「まぁ、そう(かしこ)まるな。誰にでも失敗はある。

 ともかく無事でよかった。

 

 こうして救助されたのは、マーレとエントマの冷静な判断、そしておまえのことを誰よりも心配して駆けつけたシャルティアのお陰だ。後でそれぞれに礼を言っておけよ。」

 

 アインズは上機嫌だったので、アウラにはそう告げたのみだ。

 

 と言うのも、宝物庫(ほうもつこ)から接収された金銀財宝はかなりの量で、あの間抜けな(ドラゴン)が収拾したものであるから多少の紛い物が混ざり込んでいると仮定しても、換金箱(エクスチェンジボックス)へ放り込めば転移以来のナザリックの赤字収支を補ってなお余りあると予想されたからだ。

 さりとて、これはあくまでも臨時収入。このような収益手段を常態としてはアインズ・ウール・ゴウンの名が(すた)る、とアインズは考えている。

 

(いや、たまにはいいかも。)

 

「アインズ様!」

「うぉ!」

 

 不届きなことを考えたまさにそのタイミングで声をかけられたため、誰かに己の(よこしま)さを咎められたような気分になったアインズは思わず声を上げた。

 

「……なんだ、シャルティアか。」

 

「お声がけすると、不味かったでありんすえ?」

 

「……いや、構わん。

 で、何だ?」

 

「アルベドから言伝(ことづ)てを預かっておりんした。

 

 司書長ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスより火急に言上申し上げたき段ありにつき、こちらの収拾がついたらなるべく早くお戻りください、とのことでありんす。」

 

 

 

 後始末をシャルティアたち……ソリュシャンもついていることだし大丈夫だろう……に任せたアインズは一足早くナザリックへ帰還し、そのまま第十階層の最古図書館(アッシュールバニパル)へ向かった。

 

 出迎えた司書長は、足早にアインズを最奥の閲覧用個室へと案内する。

 

「こちらが問題の()()になります。」

 

 閲覧机の上に、アインズが両手を真横に広げて丁度横幅ほどになる巨大な革張りの本が置かれている。

 表紙表題には『アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)』とあるが、ギルド発足以来のギルド長であるアインズ、すなわちモモンガもこのようなものが存在することを聞いたことがなかった。

 

「これはどこで見つけたんだ、ティトゥス?」

 

「とある書架の直下の床下に隠し扉が御座いまして、その中からで御座います。」

 

「発見や取り出しに際し、何か(トラップ)の発動はなかったのか?」

 

 そう問うアインズの念頭にあるのは、ギルド随一の問題児と誰からも(もく)されていたるし★ふぁーである。

 彼がナザリックの随所に他のギルメンに秘密のまま設置した仕掛け(ギミック)は、過去様々な騒動を引き起こした。(なか)には異世界転移以降になって初めて発動したものもあり、NPCの一部には今もその名を聞くと震え上がる者すらいるほどだ。

 

「いえ、特段そのようなことは御座いません。

 ただ隠されていただけで御座います。」

 

とティトゥス。

 

 であれば、ひとまずるし★ふぁーは無関係だろう、とアインズは思う。

 あいつがコレに関わっていたのなら、現時点で何も被害がない、などというはずはない。

 

 日誌の革張りの表紙には、丁度胴巻きのように金細工のベルトが施されており、鍵穴が施された装具が添えられている。(トラップ)反撃魔法(カウンターマジック)の類が検出されないことは、既にティトゥスが確認済みだが、鍵自体は発見されていないと言う。

 

 しかしアインズには、既にこの鍵を穏便に解錠する方法の目星がついていた。

 表題の背景に、表紙全体を埋め尽くすようにギルド、アインズ・ウール・ゴウンの紋章が浮き彫りされていたからだ。ギルドの紋章と対を為すのはギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンであると相場が決まっている。

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは、転移後は厳重保管のため第八階層桜花聖域にて戦闘メイドの一人、オーレオール・オメガに護らせているが、これをナザリック内とは言え持ち出すとなれば細心の注意を要する。

 そこでアインズは、撤収中のアウラたちを含め、外に出ている全階層守護者に即時撤収と最大級の警戒態勢で待機する旨を命じる。いささか大袈裟な気がしないでもないが、万が一の破損がナザリック地下大墳墓の崩壊に繋がりかねない至宝を扱うに際し、この程度の手間を惜しむ理由はない。

 

 準備が整って、改めてアインズはギルド武器を携えて閲覧室を再訪した。

 念には念をいれて、戦闘メイド(プレアデス)たちに部屋の周囲を固めさせた上で解錠に望む。

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを恭しく日誌(ログブック)に翳すと、思った通りすんなりと鍵は解錠された。意味するところ、この日誌の閲覧を管理する権は、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを唯一扱い得るアインズにあることになるが、()せないのは、そのアインズがこの日誌の存在を今このときまでまったく知らなかったことだ。

 

 輪をかけて()せないのは、アインズを含むナザリックの面々にはたちまちに問題にはならないが、日誌は暗号化された状態で記録されていた。読むのに困らないのは、その暗号化の鍵もまたスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン……厳密に言えばそれと実質的に同じものとなるギルドの秘密鍵、だったからだ。

 この場合、ギルドの紋章旗を知るものであれば暗号化を解いて中身を読むことができる。そんな暗号化に何の意味があるかと言えば、この情報は間違いなくギルド、アインズ・ウール・ゴウンから発せられたものだ、ということを証明するためで、ゲーム時代はギルド間の虚実入り交じる情報戦に用いられた仕様になるが、この仕様を理解できるプレイヤーがあまりにも少なかったため機能としてはほとんど忘れ去られていた、とアインズは記憶している。

 そして、そのような性格のものであるがゆえに、ギルド武器には自身の利用履歴が記録されており、その正統所有者であるアインズは漏れなくそれを辿ることが出来るが、アルベドのフレーバーテキスト改竄をその末尾に記す利用履歴の中にも、やはりこの日誌(ログブック)は登場しないのである。

 

 そんなことが出来るのは……

 

 重厚な表紙を開くと、まず目次が目に入る。

 目次は、時系列(じけいれつ)、場所別、人物別の各章からなり、場所別の章は玉座の間とかつてのギルメンの集会場であった円卓の間の二節に分かたれ、人物別の章はギルメン四十一人の節から成っている。

 どうもこれは、同一の記録を視点を変えて参照可能なものと見え、時系列(じけいれつ)の章はその名の通り出来事が起きた順に全てが収まっており、場所別、人物別の章が、その全記録の中から特定の場所、特定の人物に関わる部分のみを読むことが出来るもののようである。

 

 とりあえずは、と時系列(じけいれつ)の最初の頁を開いてみると、書き出しはアインズ……その時点(じてん)ではモモンガだった……自身の言葉から始まっていた。

 

「ここに、ギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを定め、地下墳墓ナザリックは、本日只今よりギルド、アインズ・ウール・ゴウンの拠点、ナザリック地下大墳墓と呼称することを宣言する。」

 

 これは、まさに自身がおこなった公式のギルド設立宣言だ。

 つまり、この日誌はギルド設立から記録が始まっていることになる。

 

 魔法的な力が作用していると見え、アインズが最終頁を読みたいと願うと、パラパラパラと紙面が走り望みの頁が開く。時系列(じけいれつ)の最後の部分もやはり登場するのはアインズ自身。

 そこには、アインズがアルベドのフレーバーテキストに対して適切な権限を行使して()()を加えたこと、ご丁寧なことにその差分(恥ずかしー!)、最後に<諸王の玉座>に座ったアインズが「楽しかったんだ、本当に楽しかったんだ」と呟いたことまでが記されており、後は白紙だ。

 

「……なんてことだ!」

 

 ゲームとしてのユグドラシルには、公式には布告(アナウンス)されていない隠し機能が多くあり、一部は有志の手で発見されて広く知られるようになったものもあるが、中には実装されたものの公開の時期を逸してそのまま()もれているものがあるだろう、ということは、アインズを含むヘビーユーザーの中では半ば常識になっていた。

 

 アインズは、おそらくはこの日誌(ログブック)もその(たぐい)であろう、と考えている。

 その根拠は、この日誌の解錠と暗号化にスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを要したことだ。

 

 もし、これが誰でも閲覧可能なものであれば、他のギルドの者が盗み出すことで対立ギルドの秘密を悉く詳らかにすることが可能となり、決して評判の芳しくなかったユグドラシル運営とは言え、そこまで全ユーザーを敵に回すような密偵的仕掛け(スパイウェア)をギルドに仕込むことはない、と思われる。

 一方で、ギルド武器を所有する者のみが閲覧を許可できるのであれば、これはまさに文字通りの日誌(ログブック)であり、ギルドの仲間たちが自分たちの歴史を振り返る最上のツールとなる。しかも、所有者を除けばユグドラシル運営にのみアクセスすることが出来たギルドの秘密鍵で暗号化されたそれは、仮に捏造や改竄を受けてもその真性を容易に検証することが可能だ。

 

 アインズは、これが最古図書館(アッシュールバニパル)の床下から発見されたのは単なる偶然で、本来は何らかの条件を満たせば出現するはずだったものが、その条件があまりに複雑すぎて遂にユグドラシル終了の日まで満たされなかったか、あるいは、あの間抜けな運営どもが機能を実装はしたがその条件を設定しないままにサービス終了を迎えたのではないか、と推察した。

 

 もっとも、最早真相を知る手立てはない。

 

「読み出すと……止まらなくなるよな、きっと。」

 

 自分には疲労も眠気もなく、寿命すらない。

 これを読み始めてしまったら、際限なく読み続けることは容易に想像がつく。

 

 過去に捕われて、今共にある仲間を放置するのは……

 

 しかし、やはりその欲には、三大欲求のないこの体とて抗することは叶わなかった。

 

「少しだけ……ならいいよな?」

 

と自分に言い聞かせ、時系列(じけいれつ)の章をパラパラと手でめくってみる。特に目的の箇所を意識していなくても、こうして無作為(ランダム)に抽出することにも対応はしているようだ。

 

 最初に止まった頁は、ナザリック()物、タブラ・スマラグディナの蘊蓄開陳だった。

 記録は、基本的には発言そのままの台詞と無味乾燥なト書きの体裁を採っている。場所別の章の目次立てからすると、玉座の間と円卓の間で交わされた会話、誰がそこに居たか、何が為されたか、がその対象のようだ。ギルドの各種設定作業は玉座の間でおこなわれるので、その全記録がここにあることになる。逆に、ナザリックの外や個人領域(プライベート)は記録されていないように見える。

 

「……というか、コレ、かなりの部分をタブラさんの蘊蓄(悪癖)が占めてるんじゃないのか?」

 

 そう考えると不意に可笑しくなってきて、フフとアインズは笑いながら、つつつと目線を走らせる。

 

 嗚呼、憶えているぞこの話!

 タブラさんは、こういう神話の話が大好きで、皆はうんざりしていたけれどオレは結構好きだったんだよな……ん?

 

 まさか、そんな!

 

 いや、何かの偶然かも知れん。

 

 アインズは人物別章のタブラの節を開き、やはりパラパラと適当な頁を開いてザッと目を通す。

 

 ……そんなことがあり得るのか?

 

 何か……何かこの疑問を検証する手立てはあるか?

 

 いっとき考えたアインズは、もっとも空恐ろしい方法を思いつき、それを自身に試み、そしてその結果に、泣けない体に心で泣いた。

 

 いや、結論するには早い。

 

 思いに囚われすぎて客観的に状況を把握出来ていない可能性もある。

 

 死獣天朱雀(しじゅうてんすざく)がいつもそう教えてくれたではないか。

 たっち・みーは、しばしばそれで災厄(ウルベルト)を引き起こしていたではないか。

 

 検証する方法は……

 

 アインズはやおら日誌(ログブック)を閉じて再び施錠し、ティトゥスを呼んで筆記具と、本来は魔法の巻物(スクロール)の素材となる羊皮紙を大量に用意させた。

 そしてしばらく、そこに何やらたくさん書き綴り続けたのである。

 

 

                    *

 

 

「最近、シズちゃん見ないよね?」

 

とデクリメント。

 

「そうね、寂しいわね。」

 

とフォス。

 

 ここはナザリックの大食堂。第九階層(ロイヤルスイート)勤めの使用人NPC(メイド)たちが束の間の休息を取りながら無駄話に花を咲かせる。

 

「あら、知らないの?

 アインズ様よ!」

 

とシクスス。

 

「え?

 でもアインズ様はアルベドと!」

 

とフォアイル。

 

「……あなたね、アインズ様を何だと思っているの!」

 

とリュミエール。

 

「そうよ、フォアイル。

 シズちゃんはね、アインズ様から特別任務を仰せつかって最古図書館(アッシュールバニパル)に篭もりきりなのよ。それをあなたは言うに事欠いて!」

 

と再びシクスス。

 

 

 

「シズ・デルタ。

 思えばおまえには可哀想なことをしている。

 ナザリックのすべての仕掛け(ギミック)を知悉するおまえを、外へ()ることはあまりに危険だ。他の仲間たちのような活躍の場を与えられなかったオレを、どうか許して欲しい。」

 

 戦闘メイド(プレアデス)が一人、シズ・デルタを最古図書館(アッシュールバニパル)最奥の特別閲覧室に招いたアインズは、まずそのようにシズに詫びた。

 

「……アインズ様が詫びる必要、ない。

 それこそが私のお役目であり、私の幸せ。」

 

「あぁ、おまえがそう言ってくれることは知っている。知っているからこそ詫びさせてくれ。」

 

「……アインズ様……うれしい、ありがと。」

 

 シズはナザリック全NPCの中では異色の自動人形(オートマトン)であり、本来コンピュータプログラムの産物であったNPCの特性を、最も色濃くそのまま体現している存在でもある。

 

 今、アインズが検証したい、と考えている仮説の立証に、シズはまさにうってつけだった。

 

「そしてオレは、さらなる秘密をおまえに押し付けようとしている。しかし、これを確実にこなせるのはナザリックの下僕(しもべ)多しとは言え、おまえしかいない。」

 

「……アインズ様。」

 

「やって欲しいことはさきほど説明した通りだ。わかるか?」

 

「……承知。」

 

 アインズは、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを振り翳し、再び『アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)』の封印を解く。

 

「おまえに閲覧の許可を与える。

 ただし、その内容については当然のことながら他言無用だ。

 ここに書かれていることを漏らせば、それはナザリック崩壊の危機に繋がるものと心せよ。」

 

「……はい、心する。」

 

「この任務が完了するまで、おまえはここから出ることが出来ない。

 ペストーニャをおまえの専属として付けるから、必要なものは彼女に頼むといい。

 が、ペストーニャにも、おまえが何に取り組んでいるかは決して語ってはならない。」

 

「……はい、語らない。」

 

「そして、こちらが突合(とつごう)すべきオレの記憶だ。」

 

とアインズは紙束をシズに手渡す。

 日誌(ログブック)と初めて対面した折、今回の検証のために半日を費やして一気呵成に書き上げたものだ。

 

「これもまた秘密中の秘密だ。

 ナザリック最奥のここにいる限り危険はないものとは思うが、万が一の際は確実に破棄するように。」

 

「……はい、破棄する。」

 

「もう一度おまえに詫びよう。

 おまえは封じられたものとなるだろう。」

 

「……シズは封じられたもの。」

 

「そうだ。

 誰も知らない秘密は存在しないのと(おな)じことだ。

 秘密は誰かが知っているからこそ秘密であり、知っているものはその秘密ゆえに封じられる。」

 

「……シズはナザリックの秘密を封じるもの。

 そして、封じることこそ私がナザリックの皆に捧げる愛、そして私の幸せ。」

 

「シズ……」

 

「……だから、アインズ様はそんな悲しい顔をしないで。」

 

「あぁ、そうだなシズ……おまえの言う通りだ。」

 

 アインズはシズを強く抱擁し、後ろ髪を引かれぬよう素早く退出した。

 

 打てる手は打った。

 シズの愛の献身に応えるためにも、オレはオレの好きなようにやらせてもらうとしよう。

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