記憶のオーバーロード   作:wash I/O

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最終話 記憶のオーバーロード

 シズ・デルタは三百あった最後の設問に取り掛かろうとしている。

 

 着手し始めたときは少しでも早く任務を完了すべく色々(いろいろ)処理手順(アルゴリズム)を試みてみたが、あまりにも文脈(コンテキスト)に依存することが多すぎて、結局すべての設問に総当たり(ブルートフォース)で挑まざるを得なくなり、十五日もの時を費やすことになってしまったことに彼女は忸怩たる思いを(いだ)いている。

 

 一方で、そういった試みを倦まず弛まず飽きず懲りず正確無比に繰り返すことができるのは、自動人形(オートマトン)である彼女の強味であり、また存在意義そのものでもあった。

 

「……第三百問、アインズ様、すなわちモモンガ様のご発言の検索。」

 

 最後の問いは一つ前の問い同様に<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>に記録された当時のモモンガの発言中に、ある事柄についての言及があるか否かを問うものであった。

 

 シズは、黙々と人物別の(しょう)、モモンガの節を時系列に丹念に読み解いていく。直接的な言及はもちろん、その事柄について暗示するようなものも含め、見落とすことは許されない。

 全量を一旦記憶することが出来れば処理時間が向上することはわかっていたが、日誌(ログブック)の情報量は膨大で空き容量不足(アウト・オブ・メモリ)を引き起こす恐れもあったし、場合によっては含意を読み解くために他節(たせつ)相互参照(クロス・リファレンス)することも求められ、そうなれば全暗記(オン・メモリ)での処理はなお不可能だ。

 

検索(サーチ)……完了(コンプリート)

 

 検証(ベリファイ)……完了(コンプリート)

 

 第三百問への解答……(フォルス)

 

 ……あれれ?」

 

 シズは、自身の眼帯(アイパッチ)をしていない方の瞳から、一筋の液体が流れていることに気づく。

 

「……オイル漏れ?

 自己診断(ダイアグ)実行……故障無し(オールノーマル)……

 

 私、泣いてる?」

 

 シズは解答をアインズへ報告するための羊皮紙に書き込み、ポツリと呟いた。

 

「アインズ様……お可哀想。」

 

 

                    *

 

 

「では、第四十一回目の三賢者会議(トリニティ)を開催いたします。」

 

とデミウルゴスが宣言する。

 

 アインズに、デミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターを加えたナザリック地下大墳墓の最高意思決定機関はいつしか三賢者会議(トリニティ)、と呼ばれるようになった。アインズを含むデミウルゴス以外の誰もがそれが何回目かを記憶しておらず、ただデミウルゴスだけが正確にそこに言及することから、いつからか開催の挨拶はデミウルゴスの専権となっている。

 

「おぅ、四十……一回目とは!

 ……縁起が(よろ)しゅう……御座いますなっ。」

 

 スッ、と立ち上がったパンドラズ・アクターが、いつものように片手を掛けた軍帽を斜めに傾けながらそう呟くと、デミウルゴスとアルベドの白けた視線が彼に突き刺さり、一方でアインズは緑色に光った。

 

(……あー、言わなくて良かったー。

 いや、いつか似たようなことを誰かに言ったような気もするが……ま、いっか。)

 

 今日は、ナザリック地下大墳墓の命運に関わる大事を語る日であるのに、初っ端から気勢を削がれたアインズは、一瞬今日はもうやめておこうか、という気分に包まれる。

 

 いや、いかん!

 シズが十五日もの(あいだ)最古図書館(アッシュールバニパル)に籠もって検証してくれた結果を無にするわけにはいかない。気づいてしまった以上、少なくともこの三人にこれについて話さずにおくことなどあってはならないことだ。

 

「本日は、アインズ様から何か大切なお話がある、と承っておりますれば、早速拝聴いたしたく。」

 

 開催宣言を起立しておこなったデミウルゴスが、手を折り深々と礼を執った後、着席する。

 

 三賢者会議は、アインズの発案で一旦は円卓を四人で囲む形を採ったが、どうにも落ち着かないので結局、初めてアインズの自室に集まったとき同様に、アインズが一人がけのソファーに掛け、デミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターの順に三人がけのソファーで対面する、という形で続いていた。

 

「うむ。

 単刀直入に結論からいこう。」

 

 三人の視線がアインズに集中する。

 

「オレは……おまえたちの(あるじ)ではない!」

 

「「「……はっ?」」」

 

 あまりにも唐突な(あるじ)の発言に、三人そろって呆気にとられる。

 

「それは……どのような意味でおっしゃっているのでしょう?」

 

と、不安げなアルベド。

 

 対するアインズは事も無げに返す。

 

「言葉通りの意味だ。

 オレはアインズ・ウール・ゴウンでも、モモンガでもない。

 

 そういうことになる。」

 

「お待ち下さい、アインズ様。不才の身にてアインズ様の仰ることに理解が及びません。願わくは今少し詳しくお話しいただけませんでしょうか。」

 

 さしものデミウルゴスもいささか困惑を浮かべつつそう(たず)ねる。

 

「デミウルゴスの言い様はもっともだ。

 詳しく説明するから、まずは聞いてくれ。」

 

 さあ、ここからが正念場だ、とアインズは腹を括った。

 

「司書長ティトゥスが最古図書館(アッシュールバニパル)にて<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>と題された書物を発見したことは皆聞いていると思う。諸々の証拠から、これがユグドラシルの隠し機能によって生成された、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの文字通りの記録である、とオレは結論した。」

 

 おぉ、と三人が息を呑む。

 

「これに少し目を通してみて、オレはある疑念を抱いた。そして、その疑念を検証すべく三百の設問をシズ・デルタに託した。彼女は実直に十五日をこの作業に費やし、さきほど結果をオレに報告してくれた。検証結果は、三百問すべてにおいてオレが予想した通りだった。」

 

「それはどういった?」

 

「これも結論から言えば、オレはおまえたちと同じNPCの(たぐい)だ、ということになる。」

 

「……ご、御冗談を!」

 

 アルベドの猫の目が見開かれる。

 

「厳密に言えば少し違うがな。

 おまえたちは、アインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人がかくあれと設定したフレーバーテキストと、ナザリック地下大墳墓から割り当てられたレベルに応じたキャラクタ、から生まれた存在だ。

 

 一方オレは、ユグドラシル時代に鈴木悟が用いたモモンガというキャラクタに……

 

 <アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>がフレーバテキストとして上書き(オーバーロード)された存在だ。」

 

 対面する三人は、三者三様に驚きを隠せず二の句も継げず固まっていた。

 

「おまえたちの本来の主人は、至高の四十一人とよばれたユグドラシルプレイヤー、そしてそのアバターだ。オレはそのいずれでもない。

 

 よって、オレはおまえたちの(あるじ)ではない。

 

 そういうことだ。」

 

「な、何を根拠にそのような!」

 

とアルベドが食い下がる。

 

「まぁ、聞け。

 もちろんこんな突拍子もないことをオレが無根拠に言い出すわけがないだろう?

 

 そのためにシズに検証をおこなってもらった。客観的に事実を確かめるためだ。」

 

と、アインズは目の前のテーブルに所持品(インベントリ)から取り出した羊皮紙の束を投げ出した。

 

「オレは自分の記憶を辿って三百の問いを立てた。シズは日誌(ログブック)を丹念に読み込んで、すべての問いについてオレの仮説が正しいことを確認してくれたよ。

 

 たとえば第一問はこうだ。

 

 タブラ・スマラグディナはアルベドの名の由来が錬金術用語の『白化(アルベド)』であることを語ったか?

 答えは(トゥルー)だ。

 

 そして第二問。その場にモモンガは居たか?

 答えは(フォルス)。タブラさんが円卓の間でこの話をしたとき、聞いていたのはホワイトブリムさんとチグリス・ユーフラテスさんだった。」

 

「し、しかし。その方々からモモンガ様が(わたくし)の名の由来を伺った可能性も……」

 

「もちろん確認したさ。

 第三問。モモンガが他の誰かからアルベドの名の由来を聞いたことがあるか。

 答えは(フォルス)だ。

 

 だが、オレはアルベドの名の由来を知っていたし、タブラさんから聞かされたと思い込んでいた。これが何を意味するか、説明するまでもないな?

 

 オレの記憶はモモンガのそれではない。<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>がオレという存在を規定するフレーバーテキストだからこそそれを知っていた、というわけさ。」

 

「タブラ・スマラグディナ様が個人的にモモンガ様に私の名の由来をお話しになられたのでは!」

 

 なおもアルベドは食い下がるが、アインズはさらに極端な例を示す。

 

「ある意味、タブラさんが居なければオレは真実に辿り着けなかったかも知れないんだがな。

 

 第二十五問。タブラ・スマラグディナがサ・ダルマ・プンダリーカ・スートラ(法華経)なる仏典について蘊蓄を語ったことがあるか。

 答えは(トゥルー)

 

 第二十六問。その場にモモンガは居たか。

 答えは(フォルス)。逃げ遅れて最後まで拝聴する羽目になったのはウルベルトさんの他六名。

 

 第二十七問。ウルベルト・アレイン・オードルは、タブラ・スマラグディナの蘊蓄に「ちっとも早くねーじゃねーか」と誰かに個人間通信(プライベートチャット)で毒づいたことをモモンガに話したことがあるか。

 答えは(トゥルー)。ウルベルトさんはこのときから三日後に玉座の間でモモンガと出会った際、またタブラさんから酷い目に遭わされた、としてこの話をしているが、タブラさんの蘊蓄の中身自体にはまったく触れてはいなかった……まぁ、ウルベルトさん本人はちゃんと聞いてはいなかったんだろうな。

 

 だが、オレはこのタブラさんの無闇矢鱈と長い蘊蓄を正確に思い出すことができる。

 

 この話は匂いに関わる話でな、アルベドの香りを感じる都度、オレはこのタブラさんの話を懐かしく思い出していたんだ。オレは皆に忌み嫌われたタブラさんの蘊蓄話が結構好きだったし、特にこの話はオチにペロロンチーノさんが登場するから余計に印象に残っているんだと思い込んでいた。

 

 だが、モモンガ自身はこの話をタブラさんからは聞いてはいなかった!」

 

「お、恐れながらアインズ様!」

 

 狼狽を隠せぬままにデミウルゴスが声を上げる。

 

「その日誌(ログブック)はギルド武器<スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン>の力によって封印されていたと仄聞いたしました。なれば、その正統な所有者であられるアインズ様は、自ずからその内容を知悉することが出来た、という説明もあり得るのではないでしょうか?」

 

「流石だデミウルゴス、一気に本質を突いたな。

 もちろん、その可能性はオレも考えた。」

 

「では!」

 

「いや、決定的な証拠がある。

 一足飛びに二百九十九問目に飛ぶとしようか。

 

 二百九十九問目は、モモンガは幼い頃に死別した母親に作ってもらったオムライスの思い出を語ったことがあるか?

 答えは(トゥルー)。モモンガは玉座の間でウルベルトさんとペロロンチーノさんにこの話をしている他、円卓の間でも他のギルメンを相手に何度か同様の発言をしていた。

 

 そしてオレももちろん、母のオムライスを懐かしく感じている。(せい)ある者を殺める(たび)、そこから得られる充足感にもっとも近いものの一つとして思い出すほどにな。」

 

 既にアインズは、モモンガという名を赤の他人であるかのように語っている。

 

「なぜ、それがアインズ様がNPCである証拠となるのでしょうか?」

 

「オレがギルド結成以前(ナインズ・オウン・ゴール)や、ナザリックの外(ユグドラシル)現実社会(リアル)での自身の記憶だ、と思っているものは、すべて例外なくモモンガが玉座の間か円卓の間で仲間たちに話したものに限られる。モモンガが話さなかったことは何一つ思い出せない。

 他にたとえば、オレは鈴木悟が住んでいた部屋の様子は憶えている。モモンガが自嘲気味に仲間に話したからだ。ところが、どこに住んでいたかが思い出せない。そういった情報は個人間通信でやり取りするのが普通だから日誌(ログブック)には遺らなかったんだな。」

 

「「「しかし!」」」

 

 なおも食い下がる三人に、アインズは泣けぬ我が身に泣いた究極の問いと解を語って聞かせた。

 

「極めつけに最後の設問はこうだ。

 

 第三百問。

 

 ……モモンガは母の名を誰かに語ったことがあるか?」

 

 アインズは、その意味するところを瞬時に察したアルベドの表情がみるみるうちに歪み、金色の瞳があっという間に一杯の涙で溢れるのに気づき、アインズもまたその涙の意味するところを瞬時に察したので、その思いに少し救われた気がした。報告書を届けてくれたシズも、その頬に涙の痕があったのはおそらくは同じことなのだろう。

 

「答えは(フォルス)

 

 そしてオレは母の名前が思い出せん。」

 

 重い沈黙が場を包んだ。

 

 実のところ、鈴木悟という名前がアインズに伝わったのも単なる偶然で、ギルドの紅三点、ぶくぶく茶釜、やまいこ、餡ころもっちもちが、他のギルメンが居ない時に限り親しみと若干のからかいを込めてモモンガを本名の「スズキサトルくん」で呼ぶ習慣を有していて、かつ、それに気づいたウルベルトとペロロンチーノがしばしば巫山戯て真似ていたからに過ぎないこともアインズは確認済みだ。これがなければ、アインズは鈴木悟の名すら忘れていただろう。

 

 取り繕おうとしてか、やや自嘲気味にアインズが言葉を継ぐ。

 

「もしオレが鈴木悟でありモモンガであるのなら、だ。

 

 鈴木悟もモモンガも……

 恐ろしく薄情なヤツだったのだろうよ。」

 

「ち、父上!

 そのような仰りようはお()めください!」

 

 堪らずパンドラズ・アクターが割り込む。

 アインズの心の平穏を誰よりも望んでやまない彼にとって、あまりに自虐的なその告白は自身の体を抉られるかの如く辛いものであったのだろう。

 

「あぁ、そうだな、パンドラズ・アクター。

 おまえが傷つくことはわかっていたのに少し自虐が過ぎた、許してくれ。」

 

「父上……」

 

 概念切替(パラダイムシフト)はもう十分だろう、と判断したアインズは話題を転じる。

 

「……視点を変えよう。

 

 デミウルゴス、おまえ、日記のようなものを欠かさずつけているだろ?」

 

「流石はアインズ様、お見通しであられましたか。」

 

 デミウルゴスはさも当然、といった様子で応じたが、アルベドとパンドラズ・アクターにとってはかの最上位悪魔(アーチデヴィル)がそのような豆なことに取り組んでいるのがかなり意外だったようで、目を丸くしている。

 

「オレは……オレたちは最早不変のフレーバーテキストで在り方を規定される存在であると同時に、ユグドラシル時代の作業用領域(ワーキングメモリ)に由来する短期記憶も有している。が、その記憶保持量には当然のことながら限界があり、具体的にどういった論理で働いているかは今以てオレ自身も把握していないが、概ね他の記憶との関連性が低いものから順に除去(パージ)されることで()き容量を確保しているのはほぼ間違いない。」

 

 当初、アインズはNPCの挙動を考える上で仮定したこの理論について、自分自身に当て嵌めて考えることをしていなかったが、あまりに近頃物忘れが酷く、しかも既に転移直後の数日についてほとんど何も思い出せなくなっていることに気づいてようやくこのことに思い至った。

 

「これは主観的には物忘れとして自覚されることになるが、自分が何かを忘れた、ということに気づくのは存外難しい。(なに)()()を忘れているのだからな。オレが鈴木悟の母の名を忘れていることに気づかなかったように……

 

 あーっ!すまん、すまん!

 アルベドもパンドラも泣くな!泣いてくれるな!

 

 今のはオレが悪かった!完全にオレが悪い!

 もう大丈夫だから!

 言葉の綾だから!

 

 おまえたちがいるからオレは大丈夫だから……そうそう、笑え。

 そっちの方がおまえたちにはお似合いだぞ。

 

 ……あー、続けていいか?

 

 ゴホンッ……どこまで話したかな?

 そうそう、我々の短期記憶だ!

 

 これはその性質上、物忘れが起こるかどうかはその酷使度合いにもよる。オレが気づくぐらいだから、デミウルゴスは確実に気づいているだろうとは思っていた。逆にアルベドやパンドラズ・アクターは、処理量こそ多いが変化の乏しい繰り返しの管理作業(ルーティンワーク)をやってくれているから、気づかなくとも意外ではない。下手をするとシャルティアは一生気づかんかもな。

 

 そしてこれだ!」

 

所持品(インベントリ)からメモを取り出す。

 

「空飛ぶよろい、変な竜、ツアー。

 

 先だって遭遇した化け物だな。こうして何か物理的な記録にしてしまえば、振り返りが可能だ。もっとも、このメモの存在自体を忘れてしまっては元も子もないがな。

 

 デミウルゴスだけが、この三賢者会議(トリニティ)の通算回数を過つことなく数え上げるものだから、最初はオレの作業用領域(ワーキングメモリ)仮説が間違っているのかとも思ったが、デミウルゴスが欠かさず日記をつけていて、かつ、自身の健忘症に自覚があってオレたちと何か議論する都度必要となる記録の遡りを前以てやってくれている、と考えれば説明がつく。

 

 どうだ、合っているか?」

 

「流石はアインズ様、ご明察で御座います。」

 

「ふふ、流石だろ……と言いたいところだが、種明かしをすれば、だ。

 

 第百八十五問を読んでみろ。」

 

とアインズが羊皮紙の一部をデミウルゴスに投げ渡す。

 

「……拝見します。

 

 第百八十五問。こ……これは!

 

 ウルベルト・アレイン・オードル……(さま)が日記の習慣について言及したことがあるか!」

 

「たっち・みーさんがな。ウルベルトさんの物言いにケチをつけるべく、日々の言動の矛盾を突いてきたことがあったようだ。ウルベルトさんは弁こそ立つが昨日と今日でまったく正反対のことを堂々と言っているのはざらにあったからな。たっちさんに余程痛いところを突かれたと見えて後日ペロロンチーノさんに円卓の間で漏らしている。読んでみろ。」

 

「……もし生まれ変わることがあるとしたら、来世では日記をつける習慣を身につけたいものだ、とウルベルト様はペロロンチーノ様に語られた、と。

 

 嗚呼、何と言うことでしょうか!」

 

「まさにおまえはウルベルトさんの生まれ変わりだ、ということだ。

 

 そしてこれは、オレのみならずナザリックの者は(みな)、少なからず日誌(ログブック)の記憶の影響下にある、という意味でもあるんだろうな。」

 

 デミウルゴスは、しばし羊皮紙の当該部分に目を釘付けにしたまま、陶酔の表情を浮かべていた。

 

 その様子を眺めつつ、アインズはもっとも極端な例として、たっち・みーが「自分は良識が邪魔をして正義の執行に躊躇うことがあるから、セバス・チャンはまず正義を執行してから後悔する男であって欲しい」と語ったことがあり、その場に居合わせたウルベルトに「おまえのどのあたりに良識があるんだ?」と返されて喧嘩になり、慌ててペロロンチーノが割って入ったことをネタバレしたい衝動に駆られたが、これはグッと(こら)えた。

 

「こうして一度意識すれば、オレにとってはこのことが、モモンガがその場に立ち会っていたかいないかに関わらず、自明(じめい)のことのように記憶として浮かぶ。一方で、おまえたちが自身を規定するフレーバーテキストを諳んじていないのと同様に、オレとて日誌(ログブック)の記述すべてを諳んじれるわけではない。何かのきっかけに不意に頭に浮かぶ。思い出す、と言った方がいいか。

 

 過日、ツアーと対峙したときもそうだった。

 

 憶えているか?

 オレがあの空飛ぶよろいと睨み合ったとき、デミウルゴスとアルベドはニグレドのところで見ていただろ?」

 

 アルベドは、朧気になりつつある記憶を遡り、雄弁にツアーを問い詰めたアインズが突然黙り込んだことがあったことを思い出しつつあったが、詳細までははっきりとしないので何も答えることができなかった。

 一方のデミウルゴスは、既に日記のことが露見したためか、遠慮なく自身の所持品(インベントリ)から日記と呼ぶにはあまりに分厚い帳面を取り出す。表紙に第八巻、と書かれていてアインズはちょっと引く。

 

「少々お待ちを……あぁ、御座いました。

 

 四十五秒ほど沈黙されたアインズ様は、突如ウルベルト様のお名前を口になさいつつ膝をつかれました。その後、恐れ多くもあのよろいがアインズ様に駆け寄って手を差し伸べ、アインズ様はその手を取って立ち上がられた……と記録して御座います。」

 

「第二百八問だ。」

 

 再び悪魔は羊皮紙を手繰る。

 

「……第二百八問。ウルベルト・アレイン・オードル(さま)が、誰かの触れるべきでない過去に言及しようとしたとき、他の誰かがそれを諌めたことがあるか。

 

 解答、ウルベルト様がたっち・みー様のお父上が犯罪被害で命を落とされたことを話題にしようとなされた際、餡ころもっちもち様が『あなただってそれを言われたらキレるでしょ』と窘めた……と御座います。」

 

「そういうことだ。

 日誌(ログブック)によれば、やはりモモンガはそこに居合わせなかったようだがな。

 

 あのときな……オレは心の中でウルベルトさんの声を聞いていた。

 ウルベルトさんはツアーにこう言おうとしたんだ。

 

 世界を(けが)す者、などと偉そうなことを言ってはいるが、(じつ)の所おまえはプレイヤーに親兄弟を殺されたから恨んでいるだけなんだろう、と。

 

 これはしばしばウルベルトさんが相手に冷静さを失わせるために好んで使った煽り文句だ。そう言うウルベルトさん自身、ご両親を悲惨な事故で失ったと聞いているんだが、だからこそ、それが相手に(こた)えるということを身を以て知っていたんだな。

 

 それが真実を突いていたか否かはともかく、あそこでオレがそれを言い放っていたら、あの化け物と無益な全面闘争に陥った可能性は高い。オレ自身はどうにかなったかも知れないが、黙って見て居られなくなったおまえたちは十中八九痛手を負うか……最悪の事態だってあり得ただろう。

 

 そうならなかったのは……

 

 餡ころもっちもちさんが止めてくれた、ということになるな。」

 

 我々を見放し去っていったと思い込んでいた至高の四十一人の記憶が、一つ間違えれば我々を破滅へと陥れていたかも知れない危機から救っていたとは……受け取り方は三者三様微妙に異なりつつも、その表情にはありありと驚嘆が浮かんでいた。

 冷静に考えてみれば、そもそもその危機自体が至高の四十一人の中で随一に口の悪かった人物に起因してるんだけどな、とはアインズは敢えては言わない。

 

「そして、こうしてオレがおまえたちにこの仮説と証明を示して渡り合えることこそが、最大の証拠だ。

 

 モモンガ……鈴木悟は、ギルドの仲間すべての思いをこの上なく大切にし、ユグドラシル最後の日までナザリック地下大墳墓を一人で守り抜いたという点において、敬意と称賛に値する男であった……とは思うが、彼自身は決して有能でも博識でも勇敢でもなく、どこにでもいる優しくて器用なだけのつまらない小心者(しょうしんもの)だった。

 

 オレが、鈴木悟のそうした個性を引き継ぎつつも今こうしてナザリックの三賢者たるおまえたちと丁々発止の議論が出来るのは、偏に今のオレが<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>を通じ、至高の四十一人の、必ずしも手放しに褒められたものでもないがさりとて決して馬鹿にはできない重厚な記憶……に支えられているからに他ならない。

 

 理解してもらえたか?」

 

 ナザリックの三賢者(トリニティ)は、最早反論の余地なしと悟ったと見えて、ただ黙ってアインズを見つめている。

 

「さて……で、どうするかだ。」

 

 やや体を前のめり気味に話し続けていたアインズは、改めて深くソファーに座り直して核心を問うた。

 

「これでわかったように、オレはおまえたちの(あるじ)であったモモンガそのものでも、至高の四十一人そのものでもなく、言わばそこから記憶を拝借している紛い物に過ぎないことが明らかになったわけだ。

 

 で、おまえたちはどうする?」

 

 アインズの中では既に答えは見えている。

 だが、彼が下僕(しもべ)たちへ注ぐ偏愛は、本人たちの言葉で以てそれを確認することを必要としていた。

 

 最初に口を開いたのはアルベドだ。

 ここまで、その表情に感情の乱高下を隠せなかった彼女であったが、今は驚くほどに冷静な、無感情と言ってもよいほどの涼やかな瞳でアインズを覗き込んでいる。

 

「一つ、お伺いしたき儀が御座います。」

 

 哀願するでもなく詰問するでもなく、淡々と発せられたそれに場に緊張感が漲る。

 

「何でも聞いてくれ。答えられることであれば答えよう。」

 

 アインズは敢えて鷹揚に、それでもすべてを抱擁するかの(ごと)き優しい口調で応じた。

 

「『アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)』に、モモンガ様が(わたくし)に『モモンガ様を愛せよ』とお命じになったことは記されていたのでしょうか?」

 

 それはまさに、日誌(ログブック)発見時に最初に確認した事柄だ。

 

「もちろんだ。

 日誌はまさにその記述で終わっている。その直後に、ユグドラシル自体が終了……

 

 ん?……いや、ちょっと待てアルベド、なんだその顔は!」

 

 アインズは、アルベドの顔がみるみる(とろ)け今にも飛びかかって来ようとする獣にも似た様相を呈するのに気づき、慌てて腰を引きながら両手を前に突き出し我が身を庇った。

 

 対するアルベドは、

 

「……よろしいのではないでしょうか?」

 

「何が……よろしい、のかな?」

 

と恐る恐るアインズ。

 

(わたくし)がフレーバーテキストによってモモンガ様を愛すことを命じられた存在であるならば、アインズ様は日誌(ログブック)によって、私にモモンガ様……すなわちアインズ様を愛せよと命じた存在、と定められた御方(おかた)。」

 

 ま、そういうことになるわな。

 

「そして、最早日誌もフレーバーテキストも不変のものである以上、(わたくし)どもの愛もまた不変、ということで……よろしいのですよね!よろしいのではないでしょうか!」

 

 ひー、そうギラギラするな!怖ぇ(こぇー)よ!

 

「あー、待て待てアルベド!他の皆の意見も聞かんとな!

 

 パンドラズ・アクター、おまえはどうだ?

 これでもオレを父と呼ぶか?」

 

とアインズは矛先を逸らす。

 答えるパンドラズ・アクターは常とは異なりやや落ち着いた調子で語り出す。

 

「……そうで御座いますね。

 

 鈴木悟……様には、私がこの世に生を受け、皆様と共にこうして今ここに在るきっかけを与えていただいた、という意味で深く感謝しております……

 

 ぐゎ!」

 

 逆接の助詞を大声で叫びながらやおらパンドラズ・アクターは立ち上がった。

 

「私が父上とお呼びしお慕い申し上げるは、ユグドラシルとこの世界において共に過ごし、慈しんでいただき、お支えすると心に誓ったあなた様、アインズ・ウール・ゴウン様以外に居ようはずもぉぅ……。」

 

 暑苦しい……。

 

御座(ござ)いま……すぇん!」

 

 最上段から空間を切り裂くかのような勢いで振り下ろされた指先で差されたアインズは、いつものように緑色に光る。本当、この抑制機能がなかったらオレはとうに崩壊してるよな、とアインズは苦笑する。

 

「……デミウルゴスはどうか?」

 

「ご下問いただくまでも御座いますまい。

 

 むしろ私などは、アインズ様がアインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人の化身であらせられることを喜びこそすれ、そこに異議など申すはずも御座いません。

 

 ましてや、この私が恐れ多くもアインズ様、かつてのモモンガ様である鈴木悟様の無二の親友であらせられました我が創造主、ウルベルト・アレイン・オードル様の生まれ変わりであることが明らかになった今!」

 

 いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだが……ま、いっか。

 

「私がアインズ様をお支えせずして、何者にそれが成し得ましょうや!」

 

 何故か、デミウルゴスがまるで鏡に写したかのように左右対称に先程のパンドラズ・アクターと同じアクションでそう宣言するのを見て、再びモモンガは緑色に光る。

 

 目前に今にも襲いかかってきそうなアルベドと、その左右に、アインズに対して求婚するかの如く手を差し出す鏡像反転状態のデミウルゴスとパンドラズ・アクター。

 

(毎度のことながら凄い絵面だが……ここはノるべきだよな。)

 

 やおらアインズは、膝をドン、と打って立ち上がり両手を左右に大きく広げた。

 

「よくぞ言った、おまえたち!」

 

 そのまま三人をがっしりと抱擁したい気分だったが、一際強い緑色の光を放ってそれは思いとどまる。この雰囲気(テンション)でアルベドに抱き締め返されたら鯖折り(クレマンティーヌ)にされかねない。いや、この物語では違ったか?

 

 アインズは淡々と言った。

 

「……いや、おまえたちがそう答えてくれるのは、わかっていたさ。

 オレも、とうに腹は決まっている。」

 

 そして両手を天へ向かって掲げ、高らかに宣言する。

 

「我々はこれからも、至高の四十一人の記憶のオーバーロードとして、(あるじ)下僕(しもべ)ごっこ遊び(ロールプレイ)を続けるのだ!」

 

 おぉ、と三人が目を見開き唸る。

 

「そう!

 アインズ・ウール・ゴウンは……」

 

 アインズは<現断(リアリティスラッシュ)>の動作(モーション)を取りつつ叫ぶ。

 

「……(ほしいまま)(ほふ)り!」

 

 ぎゅっと自身を抱きしめ、

 

「……恣に奪い!」

 

 高らかに右手を掲げながら、

 

「……恣に護り!」

 

 それを振り下ろす。

 

「……恣に(ほどこ)す!」

 

(くぅー、決まったぁ!オレ超格好良(かっけー)!)

 

 すると、急に()に戻ったかのようなデミウルゴスが、片手で眼鏡を鼻に当てながらこう言う。

 

「パンドラズ・アクターがそこに居る、ということは……

 

 これはアインズ様ご本人なのだよね?」

 

 その口元がニヤリと歪み、くふっ!とアルベドが(こら)えきれずに笑いを零す!

 

「ハハハッ……無論だとも!

 

 我こそが、かつてユグドラシルを遍く震え上がらせた非公式ラスボス!

 

 理非の通らぬ三千大千世界に咲き誇る悪の華!

 

 死の支配者(オーバーロード)にして至高の四十一人の記憶の上書き(オーバーロード)

 

 アインズ・ウール・ゴウンである!」

 

 三人はアインズの放つ鮮やかにも光輝な緑色の光に照らされながら高らかに笑った。

 

 お株を奪われたパンドラズ・アクターが独り所在なさ()だったが、軽く無視された。

 

 

                    *

 

 

 その後のナザリック地下大墳墓は平常運転だ。

 

 相変わらずデミウルゴスはオレの狩りの獲物候補(ムカつくやつら)を記した帳面を太らせ続けているし、アウラとマーレは何やかやと持ち帰ってはパンドラズ・アクターを喜ばせている。ときどきシャルティアが(へそ)を曲げるのにも慣れた。

 

 変わったこと、と言えば、シズ・デルタがナザリックにおけるデミウルゴスとパンドラズ・アクターの助手になったぐらいか。

 日誌(ログブック)の検証を通してその情報処理能力の高さを証明してみせた彼女は、(くだん)の帳面とナザリックの収支帳簿に日夜悪戦苦闘する二人にとって、打って付けの助っ人だった。

 もっとも、そのせいで二人は「我らがアイドル、シズちゃんを独占する不届き者」とメイドたちから総スカンを喰らっているが、そんなことはオレの知ったことじゃない。

 

 そうそう。

 セバスが王国で助けた人間の女をこっそり飼ってて子どもまで産ませたことが露見したときは流石にナザリック全体が騒然となって、たっちさんコイツ本当に何なのよー!とか思ったものだ。その後、女も子どもも病気だか寿命だかで死んじゃって、一時セバスは見るも無惨に落ち込んでいたんだけれども、気晴らしにと思って狩りに連れ出して頭爆砕祭をやらせてる間にすっかり記憶が押し流されて、今ではケロッとしている。怖い怖い。

 

 当初、アルベドが「他の皆にも日記を義務づけては」というアイデアに(こだわ)ったが、オレ自身が続ける自信がないものを皆に強要する気になれずに、まぁ、これまで通りでいいんじゃね、のまま進んでいる。

 だからオレたちのこの世界に関する知見は、セバスがまさにそうであったように、得ては忘れ、得ては忘れ、を延々と繰り返しているのだが、コキュートスなんかは「未知(みち)()ワリガナイコトハ、ムシロ(よろこ)バシイコトカト」なんて如何にも武人らしいことを言っていて、オレもそうだと思う。

 逆に、デミウルゴスはそれが自分の存在意義だとでも言わんばかりに日記を継続していて、これについても本人が好きでやっているのだから、敢えて止めさせることはしていない。

 一度、何だったか忘れたが調べたいことがあって第三巻と四巻を借り受けたら、ナザリック内にあるのは確か……<物体発見(ロケート・オブジェクト)>に掛からないので宝物殿か誰かの個室にはあるはず……だがオレが何処かへうっかり置き忘れて行方不明になった。

 ということも第四十五巻にそう書いてあるからそうなんだろう、と思っているだけなんだが、オレは申し訳なくてデミウルゴスにペコペコバッタと化して詫びを入れたのだが、デミウルゴスは「なるほど、そういうことで御座いますね!」と嬉しそうに勝手に納得していてちょっと怖かった、というか、オレがそれを怖そうに聞いていた、と第四十五巻に書いてある。今度は忘れずにちゃんと返却しよう。自信ねーな。

 

 <アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>は、封印して宝物殿奥の霊廟、至高の四十一人の化身(アヴァターラ)に並べて安置している。そこが一番相応しい場所だと思ったから。

 ときおり読みたい、という衝動にかられることがある。だって面白いから。でもそれは当然のことで、日誌は言わばオレ自身……厳密に言えばモモンガであり至高の四十一人になるが……の作品のようなものであり、ユグドラシルの日々を面白かったと感じているオレが、自分で書いたに等しいものを読み返してそれを面白く感じるのは至極当たり前であり、一方でちょっと虚しく感じなくもない。

 永続する時間の中で、既知の面白さを振り返り続けるのと、未知の面白さを忘却しつつも追い求めるのとでは、虚しさではどちらもいい勝負だが、健全さでは後者がやや勝るように思うので、これはこれでいいんだ、と思っている。

 ま、やっぱりたまに読みたくなるし、実際必要に駆られて独り調べることも多々あるんだけど。

 

 その後、空飛ぶよろいとは十何年か毎くらいにばったり会ったり、時に約して落ち合ったりして話をしている……んだと思う。

 オレがいちいちデミウルゴスにそれを報告しないので、あいつの日記に残らないことはナザリックの歴史には残らない。白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)だというツアー本体と対面したかについても、なくはないだろうとは思うのだが、ちょっと自信がない。仮に会っていたとしてもナザリックの(みな)には言ってないはずだ。と言うのもあいつの在処をうっかり明かしでもしようものなら、茶目っ気出して攻め込まないとも限らないから。特にセバスとか、セバスとか、セバスとか。

 どうもツアーはユグドラシルからやって来た連中がまともに記憶を保持できないようだ、ということに随分前から気づいていたらしい。あいつがオレに驚いたのは、そういう存在であるはずなのにやたらと雄弁で首尾一貫して見えるから、なのだそうだ。逆に言えば、六大神や(のち)に知った……そして忘れつつある八欲王とやらは、(はた)から見る分にはとてつもなく支離滅裂だったんだろう。

 

 これを呼んで、世界を(けが)す者、とは、ツアーも獣のくせになかなか詩的(ポエティック)じゃないか。

 

 そう言えば、オレがツアーのこの言葉にああも過剰に反応した答えも、当然のことながら日誌(ログブック)から見つかった。

 源次郎さんと獣王(じゅうおう)メコン川さんが円卓の間で交わした会話の中に、現実社会(リアル)におけるユグドラシルに対する評価についての議論があり、アーコロジーの支配階級の人たちが「無駄な資源を浪費して益体もない仮想現実に入り浸る連中は()()()()()()だ」と言っているらしい、みたいな下りがあって、例によってモモンガはそこに居なかったが、ウルベルトさんとたっち・みーさんが珍しく意気投合してブチ切れていた。ま、危うくそのせいでツアーとしなくていい対決をするところだった、と言えなくもないけど、本当、餡ころもっちもちさんには足を向けては眠れない。

 

 確認のしようもないので多分そうなんだろう、と思っているだけの話になるが、六大神のギルドにも八欲王のギルドにも<日誌(ログブック)>はあって、オレのようなプレイヤー由来の存在の背景(バックグラウンド)になっていたんだと思うが、おそらくこれらのギルドではユグドラシル時代、いつもゲームの話ばかりしていて、アインズ・ウール・ゴウンのように、他の趣味や性癖の話や現実社会(リアル)悲喜交交(ひきこもごも)を言い交わしていなかったんじゃないか、と想像している。

 ツアーが記憶しているスルシャーナさんは、やたらと人間種に対して保護欲を(あら)わにするわりには人間そのものに対する理解が薄っぺらで、暇さえあれば手持ちのアイテム残数を数えてばかりいる女性だったらしい。もしオレがそんな存在になっていたら、と考えるとゾッとするが、多分彼女自身には自らにゾッとする感性すら残されていなかったんじゃないだろうか。

 

 そういう意味で、改めてかつての仲間たち……でいいよな……至高の四十一人に対する感謝の思いは尽きない。彼らが遺してくれた記憶の豊かさが今のオレを、オレたちを支えているから。

 特に鈴木悟……オレは今でも自分を鈴木悟だと思う感覚を持っていて、多分それは、一番最初にこちらで意識を持ったときにまず目にしたのがモモンガの骨の手の平で、それを合理的に解釈する最適解は日誌(ログブック)の人物別の(しょう)、モモンガの節に自分の視点を据えることだったはずだから、それに由来しているんだと思う……には、本当に感謝している。

 オレがオレ自身に感謝する、というのも妙な話だが、オレが彼を含め四十一人もの記憶の上書き(オーバーロード)を背景に持ちながら空中分解しなかったのは、鈴木悟が常に仲間たちの思いを守ろうとする強い意思を持っていて、日誌(ログブック)のモモンガの節に明に暗に刻み込まれたそれが、そのままオレに引き継がれたからに違いない。絶対にそうだ。

 

 もし、こっちに来てたのがペロロンチーノだったらどうなってたことだろう。

 あいつはあいつでうまくやるか。

 見てみたいような、見てみたくないような……。

 

 

 

 さて、そろそろ行かなきゃならない。

 

 玉座の間に皆を集めてデミウルゴスが何か話すそうだ。

 なんでもナザリックの機密漏洩が疑われる重大事についての報告らしい。

 

 その舞台だという触れ込みの、ド・クロサマーとかいう王国の名に既に嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか。いや、気のせいじゃないよな、多分きっと。

 

 

                    完

 

 






 本作から百年後の世界を描いた続編『追憶のオーバーロード』 https://syosetu.org/novel/286407/ を上梓しました。お楽しみいただければ幸いです。
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