記憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第2話 孝行息子はかく語りき

 向こうからやってくる守護者統括アルベドの姿を認め、リュミエールは不意に一つ前の脇道に逸れてかわしたい衝動を覚えた。

 

 ナザリック地下大墳墓が見知らぬ新世界に転移して早幾日(はやいくにち)か。

 それまで互いに会話を交わすことなどあり得なかったNPC(メイド)たちであったが、今ではずっと以前からそうであったかのように、さも当たり前に日々よしなしごとを言い交わす間柄となっていた。そんな彼女たちの間で、守護者統括アルベドに対する評価は、面倒臭い女、で揺るぎない一致を見ている。

 

 本質的には、ナザリックのNPC(しもべ)たちの間には、与えられた役割やそれに応じた装備、パラメータの差こそあれ、序列は存在しない。

 その一方で、第一義的に彼らに期待されたのは外部からこの地下大墳墓の攻略を狙う侵入者(プレイヤー)の撃退であるがゆえに、その戦闘力の多寡が自然と人間関係に反映されるのは無理なからぬところと言えよう。そのような観点から、ナザリックの面々の中でも防御においては他の追随を許さぬ首座であり、攻撃においても五本の指から漏れることのないアルベドが、守護者統括という職責を抜きにしてもある種の敬意を以て遇されたのは至極当然のことである。

 

 一方で、創造主である設定魔、タブラ・スマラグディナによって容量いっぱいいっぱいに書き込まれた偏執的なフレーバーテキスト、さらにはそこにモモンガの出来心から()()()()()()傷を与えられたアルベドは、怜悧な知性と過激な情愛という極端な二面性を現じるに至り、そして、リュミエールを含む女性NPCたちは、こと同性の二面性に対しては、現実の女性がそうであるように、とかく評価が(から)かった。

 

「ごきげんよう、アルベド。」

「あら、ごきげんよう、リュミエール。」

 

 廊下ですれ違う相手を見て態度を変じる、などというメイドにあるまじき失態を晒すことなく自然に挨拶をかわすことが叶ったのは、リュミエールの超一流ハウスメイドとして生み出された矜持の為せる技、ではなく、偏に面倒臭い女アルベドが、同時に、わかりやすい女だったからだ。

 

(腰の翼のぴょこぴょこに気づかなかったら、危ないところだったわ。)

 

 こちらに何ら関心を寄せることなく後背へと立ち去っていくアルベドの気配を感じ取りながら、リュミエールはホッと息をついた。

 

 あの様子からすると、耽美なる白磁の顔、いと眩しき最も情け深き慈愛の君、モモンガ様に自室に呼ばれているのだろう。少し羨ましくも感じるが、それ以上に、あの面倒臭い女に付き纏われるモモンガ様が気の毒に感じられて仕方がない。

 

 否。

 

 聞き及ぶところによれば、モモンガ様は自らアルベドに、モモンガ様を愛することを命じられたのだとか。とすると、モモンガ様自身も満更でもないのだろうか。至高の方々のお考えになるところは一介のメイドに過ぎないリュミエールの思い及ぶところではない、と理解はしつつも、そこに一抹の不安を覚える彼女なのであった。

 

 

                    *

 

 

「モモンガ様ぁ〜、失礼いたしま……あら、デミウルゴス?」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層ロイヤルスイートのモモンガの自室に歩み軽やかに踏み込んだアルベドであったが、室内に面白くもない同僚の姿を認め、たちまちに怜悧な守護者統括の顔を取り戻す。

 かたや第七階層守護者にしてアルベドと共にナザリックの双璧を為す智謀の将、最上位悪魔(アーチデヴィル)のデミウルゴスは、室内に踏み入った瞬間のアルベドの蕩け切った表情から、彼女がどのような下僕にあるまじき不遜かつ不埒な妄想を(いだ)きつつこの場へ現れたかを十二分に看破していたが、敢えて必要もないのにそれに触れようとするほど彼は無粋ではない。

 

 そういったものは、然るべきときまで溜め置き、熟成させてこそ、得られる実りも大きいというものだ。

 

「やあ、アルベド。遅かったね。」

 

 モモンガに命じられるまま、カルネ村……小便(くさ)い村娘からその名を聞き出した……を襲った騎士、さらに後詰めに現れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一団の首を、得物三日月斧(バルディッシュ)で余すことなく刈り獲って持ち帰ったアルベドは、その勲功を以てモモンガに迎えられるものとばかり思っていたが、モモンガの言葉通り迎えに現れた鮮血の戦乙女(シャルティア)と共にナザリックに戻ってみれば当のモモンガは自室に引き籠もったまま出てくる様子もなく、しばし暗澹たる気分の日々を過ごしていた。

 これが今朝になってモモンガから直接<伝言(メッセージ)>で自室に来るようにお声がかかり、いよいよ来るべきときが来たのだ、と、腰の翼をぴょこぴょこさせつつ馳せ参じてみれば、待っていたのは愛する(あるじ)ではなく、嫌いではないが好みでもない、知性が拮抗する分いけ好かなさすら覚える同僚だったのだから、愚痴のひとつも溢したくなるところではあるし、実際彼女のそうした感情はデミウルゴスにはとうに見抜かれているのだが、さりとて守護者統括としての矜持がデミウルゴスの予測通りの反応を返すことを許さない。

 

「あら、デミウルゴスも呼ばれていたのね。で、モモンガ様はどちらかしら?」

 

 その問いにデミウルゴスが答えるよりも早く、モモンガがリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンによる転移でその場に姿を現す。

 

「すまないな、おまえたち。呼び出しておいて待たせてしまった。」

 

 ほぼ同時に「何をおっしゃいます、モモンガ様!」と跪礼を執りつつ(あるじ)の詫びを打ち消す二人であったが、モモンガの背後に何者かの気配を感じ、ふと視線を上げた。

 

「これは……パンドラズ・アクター。今、宝物殿から連れ出して来たところだ。顔を合わせるのは……初めて、だったか?」

 

 ところどころ言葉を濁しつつそう紹介するモモンガを訝しく思いながらも、アルベドもデミウルゴスも初めて相見(あいまみ)える見知らぬ同輩に疑念を抱くことはまったくなかった。

 

 ユグドラシルのキャラクタには漏れなく固有のエクサビット長IDが割り当てられており、いずれかのギルド、クランに帰属するプレイヤー、NPCのそれには、当代の如何なる高速演算装置を以てしても有効時間内には逆算不可能な電子署名が施されている。

 ゲーム的には、(おも)同士討ち(フレンドリ・ファイア)無効の判定等に用いられていたものであるが、アルベドたちは無意識のうちに、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンにおいては紋章旗として表象されるところの公開鍵との検証を通して、目前の相手が同じ署名を受けた存在であるかを見分けることができた。これが見た目も性別も種族も、善悪の価値観すら互いに異なる彼らの間に生じる、強い連帯感の実存的な源泉でもある。

 そして、モモンガが所有するところのギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンこそがこの公開鍵と対になる秘密鍵そのものであり、アルベドのフレーバーテキストに対して、モモンガを愛している、との書き換えを可能とした力なのであるが、システム内部の住民であり、かつ、その構造的な知識を欠く彼らには、知る由もないことだ。

 

「お初にお目にかか……」

「あー、挨拶はいい。本題に入ろう!」

 

 アルベドとデミウルゴスに礼を執ろうとしたパンドラズ・アクターを何を思ってか押し(とど)め、跪いたままの二人にモモンガはソファーを勧めた。

 最初は固辞した二人だが、どうしてもと勧められれば断ることもできず、アルベドが守護者統括といNPC首座の地位からモモンガの真正面に座り、デミウルゴスとパンドラズ・アクターがその左右に着座する形を採る。

 

「数日自室に引き籠もった上に、今日は急に呼び出してすまない。」

 

と切り出すモモンガに、今度は三人がほぼ同時に「何をおっしゃいます、モモンガ様!」と席を立って騒ぎ出すので、このままでは話が進まないから、と、

 

「おまえたちにこんなことを言っても無駄だとは思うが。」

 

 そう前置きしながらモモンガは言う。

 

「ナザリック最高の知恵者であるおまえたちに、相談しなければならないことがある。とても重要なことだ。いちいち礼を執るのは時間の無駄だから、今日は無礼講で、忌憚のない意見を聞かせて欲しい。」

 

 元より下僕(しもべ)たちがモモンガの言に異を唱えることなどあり得ないことではあったが、三人はただ沈黙することによって(あるじ)に対し同意を示した。

 

「まずアルベド、おまえに詫びねばならない。本当にすまなかった。」

 

 再び腰を浮かそうとするアルベドを、モモンガは骨の片手を挙げて制した。

 

「おまえたちは大切な仲間たちが残してくれた子どものようなものであり、こちらに来て以来、何に代えてもおまえたちを守る、と公言していたにも関わらず、オレはおまえを置き去りにして逃げ出してしまった。情けないオレを(わら)ってくれて構わない。」

 

「モモンガ様、そんな……」

 

 そう言いながら自分に対して頭を下げる(あるじ)の姿にアルベドは困惑した。それ以上に、アルベドなればこそ、モモンガの口調が微妙に砕けた調子になっていることが彼女の注意を引く。

 

 そう、あの村からの急な撤退に際しても、モモンガはこうであったではないか、と。

 

「言い訳するつもりはない。が、あのときオレに何が起きたのか、をおまえたちに聞いて欲しいんだ。その上で、これからどうすべきか、相談に乗って欲しい。」

 

 アルベドのみならずデミウルゴスにも、(あるじ)の常ならぬ様子に普段は決して表情に浮かべることなく隠すところの内面の動揺が微かに現れる。ただ独り、二重の影(ドッペルゲンガー)であり生来表情を欠くパンドラズ・アクターだけが(もく)したまま(あるじ)の次なる言葉を待つ。

 

「一言で言えば……」

 

 若干の躊躇いを浮かべながらモモンガはこう続けた。

 

「……快感、だったんだ。」

 

(はぁ?)

(はぃ?)

(……)

 

 

                    *

 

 

 これをNPCたちに打ち明けるべきか否か、サトルは随分と悩み、結果的に数日自室に引き籠もることになった。

 

 使える、と自身では確信している魔法が果たして本当に効果を発揮するものか実験するため、を口実に、非道な騎士に襲われる村人の救援にゲーム気分を引き摺ったまま出陣したサトルは、最初の犠牲者を手に掛けたその瞬間、自身に生じた情動に驚愕した。

 

 こちらに来て以来、腹が減ることも眠くなることも、はたまたムラムラすることもまったくなくなっていることに気づいてはいたサトルであったが、そのことをまったく問題視はしていなかった。

 元来、無欲な性格だと自認していたこともあるし、リソースマネージメントゲームとしての一面も有するユグドラシルにおいて、疲労無効や飲食不要はむしろボーナスであり、現状もまたその延長線上としか考えていなかった、というのが大きい。

 

 ところが、である。

 

 骨の手の平の上に儚い騎士の命の鼓動を感じた瞬間に覚えた高揚感、そしてその命をかくも容易に握りつぶした刹那に、モモンガの体を通して伝わって来た()も言われぬ快楽は、サトルを激しい混乱へと陥れた。

 

 それはまるで、長く無意識のうちに渇望していた幼い頃に死別した母の手料理の味、無能な上司の尻拭いのために強要された三日三晩(みっかみばん)の連勤の末の睡眠、明けて迎えた休日に溜まりに溜まった精を自ら慰めて解き放った性感……三大欲求を満たす快楽について親友ウルベルト・アレイン・オードル、ペロロンチーノと語り合った際、サトルが即答して失笑されたのがこれらだ……比較すべき原体験(げんたいけん)がかくも貧しいことにいささか忸怩たる思いがないでもなかったが、とにかくそれらをすべて合わせて更に数倍乗じたかのような本能的な喜びがそこにはあったのだった。

 

 そして、サトルの戸惑いとは裏腹に、モモンガの体は疑う余地もなくさらなるそれを貪欲に欲していた。

 

 サトルが即時撤退を決断したのは、騎士たちの死骸から目を(そら)して向けた視線が、二人の姉妹と思しき村娘を捉えた瞬間である。

 

 この花を刈り獲りたい。

 

 (せい)あるものを悉く殺し尽くしたい。

 

 そもそもサトルは、騎士たちの一方的な暴力に義憤を覚えてこの介入を決断したのではなかったか。

 

 だがしかし。

 

 かの騎士たちとは比べようもない強大な力を有するモモンガの体もまた、反撃のしようなどあろうはずもない無辜の少女たちの命を、ただただ己の快楽のために貪ることを求めていたのだ。

 

「あのとき即時撤退を決断しなければ、オレは、騎士たちはもちろんのこと、村人たちも、ひょっとすると周囲の生あるものすべてを、(ほしいまま)に殺し尽くしていたかもしれないんだ……」

 

 それを恐れて、サトルは無様にも逃げ出す他なかった。

 絶対防壁たるナザリック地下大墳墓の自室に引き籠もり、それでも逃げ切ることが決して叶わぬ自らの体の欲するところに、怯え(おのの)くしかなかったのである。

 

「よろしいのではないでしょうか?」

「……へ?」

 

 自身の内面に生じた口の()に上せるも憚られる葛藤を、ありったけの勇気を振り絞って信頼がおけると判断したナザリック最高の知恵者三人に打ち明けたサトルに対し、彼の心境とはまったくそぐわぬ優しげな微笑みを浮かべてそう応じるアルベドに、思わずサトルは変な声を出してしまった。

 

「申し訳御座いません、モモンガ様。不肖(わたくし)めも、モモンガ様が何故に撤退をご決断されたのか、理解できずにおります。願わくはご教授を賜れますと幸いで御座います。」

 

とデミウルゴス。

 

 ここに至ってサトルは気づく。

 

 そうか。こいつらにとって、死の支配者(オーバーロード)であるオレが、生ある者の生命(いのち)を奪うことは、あまりに当たり前過ぎてオレが何を問題視したのか理解できないんだ。

 むしろアルベドなんかは、

 

「モモンガ様に殺されることを感謝なさい。」

 

というノリなんだな、と。

 

「……そうか。」

 

と、サトルは一息つく。

 

 やはり、話さないわけにはいかないようだ。

 

「今から重大な秘密を打ち明けるので心して聞いて欲しい。」

 

 (あるじ)のさらなる真剣な眼差しに、改めて三人の下僕は息を呑んだ。

 

「……アルベド。アルベドは生まれたときから女淫魔(サキュバス)だ。そうだろ?」

 

 訊かれた本人は、きょとんとした可愛らしい顔で、何を当然のことを?と言いたげだ。

 

「デミウルゴス、おまえはウルベルトさんが創造したそのとき以来、変わらず最上位悪魔(アーチデヴィル)だな。」

「当然で御座います、モモンガ様。」

 

「……オレは生まれたその瞬間から死の支配者(オーバーロード)だったんじゃない。」

 

 パンドラズ・アクターが、自分には振りが来なかったことに少し寂しげな、構って欲しそうな様子を視界の片隅で見せていることに気づかないサトルではなかったが、敢えてそれは無視して続ける。

 

「オレは、人間の母から人間として生を受けたんだ。」

 

「……ということは、モモンガ様はそこから種族変更(クラスチェンジ)を経て死の支配者(オーバーロード)に至られた、ということなのでしょうか?」

「何を馬鹿なことを言っているの、デミウルゴス。人間種から死の支配者(オーバーロード)ではいくら何でもレベル差があり過ぎよ。」

「なるほどアルベド、私としたことが……貴女(あなた)の言う通りだ。きっとモモンガ様は、途中、骨の魔法詠唱者(スケルトンメイジ)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を経られたのだろうね。」

「モモンガ様は(エクリプス)のクラスも修められておいでよ。(わたくし)たち(ごと)きが容易に想像できるような道程(レベリング)であったはずがないわ。ねぇ、モモンガ様?」

 

(……そうか。おまえらの関心はそっちへいくんだな……)

 

 より深い迷宮へと迷い込んだ眩暈を覚え、サトルは呼吸器を備えぬ体で嘆息した。

 

 ひょっとすると、こいつらとわかり合うことは不可能であるのかも知れない。いっそのこと、彼らの期待する魔王ロールを演じ続け、モモンガの体の欲するところに任せて蹂躙を恣にするのが楽でよいのではないか。

 

「……よもや、とは思いますが」

 

と遠慮がちにデミウルゴスが言う。

 

「モモンガ様は人間種に対し同族意識(シンパシー)をお持ちなのでしょうか?」

「不敬よ、デミウルゴス。かつてはどうあれ、今のモモンガ様は紛うことなき死の支配者(オーバーロード)。下賤な下等種に肩入れなどお考えになるはずがないわ。ねぇ、モモンガ様。(わたくし)に件の村の防衛をお命じになったのも、(わたくし)どもには計り知れない大戦略の一環なのですよね?」

「これは!失言でした、モモンガ様。お忘れいただければ幸いです。」

 

 サトルがその問いに応じようとする前に、アルベドが言下にそれを否定し、さらなる勘違いを上乗せしてきたので眩暈が一層深まる。

 

 人間に同族意識を持っているか、と問われれば、悲しいかな答えはノーだ。

 かつてはいざ知らず……否、そもそもサトルがユグドラシルに没頭していたのは現実の人間社会に背を向けていたからであり、そもそも自分は人間性を欠いていた、と言うべきなのかも知れないが、少なくとも実験台として消費した騎士や、結果的に救うことになった村娘に対して、サトルは自室に迷い込んだ羽虫と同程度の認識しか持てず、その声色も表情もまったく思い出すことが出来ずにいた。

 

 その意味で、アルベドの言は正しい。

 

 一方で、彼女に村の防衛と村人の救済を命じたのは、想定外の撤退を余儀なくされたとは言え、一旦助けると決めた人々を自身の考慮漏れが原因で見捨てることがただただ悔しかったからに他ならず、サトル自身は、少なくともこの時点ではそこに深い意味を見出してはいなかった。

 

 だが、このときサトルは一筋の光明を覚えた。

 

(こいつらは、こいつらなりに何とかオレのことを理解しようとしてくれている?)

 

 会合を始めてしばらくこそ、いちいちに大袈裟な礼を執るがために議論が停滞しがちであったが、しばしば脱線が見られるのは変わらずではあるものの、アルベドもデミウルゴスも思った以上にサトルの内面に踏み込むような発言を、遠慮がちながらもしてくれている……サトルにはそう思われたのだ。

 

 諦めるのはまだ早いかも知れない。

 

「失言を重ねることになるやも知れませんが、今のモモンガ様は直言をお望みと判断し、敢えて申し上げたく存じます。」

 

 サトルは、デミウルゴスに見透かされたか、と鼻白む。

 

「……その通りだとも、デミウルゴス。間違っていようが構わない。思うところはすべて吐き出してくれ。」

「ではお言葉に甘えまして。」

 

と断わりを入れて彼は続ける。

 

(わたくし)(ごと)きが至高の方々が集い給うたギルド、アインズ・ウール・ゴウンの有り様について物申すのは不敬かとは存じますが、(わたくし)の理解が正しければ、アインズ・ウール・ゴウンは悪のギルドを標榜して恥じなかったもの。」

 

(おぉ、そう来るか!)

 

「事実、一部例外となる者もおりますがそれらの多くは内宮勤め(ロイヤルスィート)の者たちで、恐れ多くもモモンガ様を含め、(わたくし)ども大半のカルマ値は皆(あく)側に偏っております。」

 

 モモンガ自身について言えば、(あく)寄りのカルマ値はクラス強化の必要性から決まったものでサトル自身の性向とは無関係だが、ゲームの設定が悉く異世界で現実化した今となっては、そもそもこのカルマ値がモモンガの体が覚えている衝動の源泉の一つであり、サトルを悩ます主因となっているのは明らかだった。

 

「モモンガ様が、そうでありながら慈悲深く聡明な御方であることは無論承知しておりますが、さればこそ、モモンガ様がご自身の衝動のままに生ある者を殺し尽くすことにお心を痛める必要はないのではないか、生ある者に与える死もまたモモンガ様の慈悲ではないか、と、かように愚考いたす次第です。」

「その通りです、モモンガ様。さぁ、再びご一緒して返り血の雨を存分に浴び、共に絶頂へ至りましょう!」

 

 何だか最後に台無しな何かが加わったような気がするが、デミウルゴスの言は筋は通っている、とサトルは素直に感じ入っていた。

 一方で、それは、彼が求めている答えとは違う、とも。

 

「デミウルゴス、よくぞ言った。おまえの言は正しい。だが、同時に間違ってもいる。」

 

とサトル。デミウルゴスがハッとした表情を見せるのを確認してサトルは続ける。

 

「オレの期待に応えて直言してくれた礼に、おまえたちの知らない真実を語って聞かせよう。ギルド、アインズ・ウール・ゴウン結成以前、すなわち、おまえたちが生まれる以前の話になる。」

 

 おぉ!と三者三様のどよめき。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの前身であったクラン、ナインズ・オウン・ゴールは、その名が示す通りオレを含めて九人から成るクランだった。そしてその行動理念は、当時ユグドラシルで横行していた人間種による異形種狩りから異形種を保護することだったんだ。」

「……なんと!」

 

 デミウルゴスが驚きに宝石の目を見開く。

 

「……驚いたな、デミウルゴス。何故おまえが驚いたか当ててみせよう。悪のギルドたるアインズ・ウール・ゴウンのギルメンが救済事業をやっていた、なんて俄には信じられない、そうだろう?」

 

「……憚りながら、左様で御座います。」

 

「おまえは本当に聡明だ。誇らしくすら思うよ。その通り、アレは救済事業などでは決してなかったんだ。その意味で、おまえの驚きは正しいんだ。」

 

「申し訳ありませんが、おっしゃることの意味がよくわかりません。」

 

 アルベドが心底不思議そうな顔をして首を傾げる。

 それを制してサトルは続けた。

 

「別にオレたちは人助けがしたくてアレをやっていたわけじゃないんだ。ただ、少しばかりの強さを鼻に掛け、初心者(ビギナー)の異形種プレイヤーを狩って悦に入っている連中が虫好かなかった、ただそれだけだったんだ。」

 

 それを意図して狙っていたわけでは決してなかったが、ナインズ・オウン・ゴールのこの立ち位置(スタンス)は、マニアックなロールプレイを好む腕の立つ異形種プレイヤーの共感を呼び、後に至高の四十一人と称されることになる強者たちが集うことになる。

 

 サトルにとっての、輝かしき黄金の日々だ。

 

「デミウルゴス、おまえはアインズ・ウール・ゴウンは悪のギルドだ、と言ったな。まったくもってそれは正しい。だが、おまえの理解は間違ってもいる。それは<悪>という言葉の意味、だな。」

 

「……<悪>の意味、で御座いますか?」

 

「そうだ、オレたちにとっての<悪>とは、少しばかりの強さを鼻に掛け、自分よりも弱い者を狩ってその強さを誇る虫好かない連中を、それをさらに凌駕する圧倒的な力で以て問答無用に踏み潰すこと、そしてそれを『正義の味方気取りか?』と問われれば『虫好かない連中を踏み潰してやっただけだ』と事も無げに嘯く、これこそが、オレたちアインズ・ウール・ゴウンの悪の精華だったのだ。」

 

 その精神的な支柱としては、デミウルゴスの創造主となるウルベルト・アレイン・オードルの果たした役割が大きかったし、今語って聞かせたのもウルベルトからの受け売りであることにサトルは自覚的であったが、そのことをデミウルゴスに告げて喜ばせてやりたい、という思いを今はグッと呑み込む。

 

 また脱線して議論が進まなくなるのは必定だからだ。

 

「おまえたちとこうして話してみて、ようやくオレ自身にもオレが何に困惑していたかがわかってきたように思う。

 オレは、このモモンガの、死の支配者(オーバーロード)の体が求めるところに従うことで、かつてアインズ・ウール・ゴウンが忌み嫌った『虫好かない連中』に、自分自身が成り下がってしまうことを恐れたんだ。」

 

「しかし、アインズ・ウール・ゴウンの他の至高の方々は、既にナザリックを去られました。」

 

と、解を見出したと早呑込みして浮かれかけたサトルに、アルベドが冷水(ひやみず)を差す。

 

「かつてはいざしらず、今はモモンガ様だけが(わたくし)どもの至高の主です。ナザリックを捨てて去っていった者たちが『虫好かない』と言ったから、それが何だとおっしゃるのでしょうか。」

 

「……確かに。アインズ・ウール・ゴウンの理念は理念として、至高の主たるモモンガ様がそれに拘束される、というのはいかがなものか、と愚考いたします。」

 

 再び立ち込める暗雲に、サトルは既視感を覚え始めていた。

 

 思えば、ギルド随一の博学で知られたアルベドの創造主タブラ・スマラグディナ、同じく、デミウルゴスの創造主にして煽動家かつ詭弁家として名を馳せたウルベルト・アレイン・オードル。

 いつだったか彼らと何かで議論になって、それが何であったか今となっては思い出すことができないが、サトルがどうしても譲れないと感じる一線を守ろうとして、タブラとウルベルト相手に舌戦を繰り広げたことがあったような気がする。

 

 あのとき、オレはどうしたんだったか。

 

 ギルドの調和を守るのが第一、と自身の思いを呑み込んだんだっけ?

 

「モモンガ様、どうか(わたくし)めにお命じください。モモンガ様にその生命(いのち)を含めすべてを捧げる国を献じとう御座います。」

「いや、アルベド。国なんてものは下賤な人間の発想だよ。モモンガ様、(わたくし)にお命じくだされば、モモンガ様が欲するときに恣に殺戮に興じる家畜を安定供給可能な人間牧場を献じてご覧にいれましょう!」

 

(やはりこいつらはオレに魔王ロールを期待してるのか……)

 

 仲間たちの遺産であるナザリック、子どもたちであるNPCたちの思いを第一に考えるのであれば、やはりここはオレが折れて、こいつらの期待に応えてやるべきなのかも知れないが……

 

 ……本当にそうだろうか?

 

 パン、パンッ!

 

 そのとき、重苦しい沈黙を破る音がした。

 

 何事かと音の源へ視線を向けると、これまでただ一人黙って話を聞いていたパンドラズ・アクターが、柏手を打ったものだった。

 

 やおら彼は言う。

 

「統括殿(どの)も参謀殿(どの)も、何かお考え違いをなさっておられるご様子。」

 

 その肩が微妙に震える。本当は派手にポーズを取りたいのだが、着座命令が解除されていないためにそれが叶わない、などという彼の内面の葛藤については、他の三人は知る由もない。

 

 と言うか、統括はともかく、誰を指して言っているかは自明だが、参謀なんて役職、ナザリックにあったか?

 

「……考え違い、とはどういう意味かしら、パンドラズ・アクター?」

「私もそこは聞き流せませんね、詳しく説明していただきましょう。」

 

 アルベドもデミウルゴスも即座に異議を申し立てたが、パンドラズ・アクターに動じる様子はない。

 

「……あぁ、おまえも居たんだったな。」

 

 自身の黒歴史ともいうべき自ら生み出したNPC、パンドラズ・アクターをこの場に招くかについて、サトルは最後の最後まで悩み続けたが、ギルメンの誰かから聞き齧った『三人寄れば文殊の知恵』という古い言葉を不意に思い出して、何かの足しになればと土壇場になって宝物殿から連れ出したに過ぎないものだったのは公然の秘密だ。

 

「……ずっと黙って聞いていたじゃないか。……そう、アレだ。あー、おまえも思うところを語ってくれ。アルベドもデミウルゴスも、思うところがあるだろうが聞いてやってくれ。」

 

 いささか投げやりに、槍ならぬボールを渡す。

 心做しか、本来表情のないはずのその口元に笑みが浮かんだように見えた。

 

「私は、この異世界転移以来ずっと宝物殿に籠もっておりましたので、状況をわかっていない、と言われてしまえば言い返す言葉もありません。」

 

「その通りじゃないの!」

「まぁまぁ、アルベド。モモンガ様もああおっしゃったことだし、少し彼の言うことにも耳を傾けてみようじゃないか。」

 

 愛する(あるじ)に対し、考え違いを犯していると真っ向から指摘されていきり立つアルベドをデミウルゴスが宥める。

 が宥めたデミウルゴスもまた、口元に薄い笑みを浮かべており、それはまるで獲物に狙いを定めた猛獣の如く、パンドラズ・アクターの論理に綻びがあれば即座に反撃に転じる構えであることは明らかだった。

 

 が、当のパンドラズ・アクターは、それを気にするでもなく続ける。

 

「ですが、宝物殿に籠もっていた私だからこそ存じ上げていることもありますので、統括殿(どの)と参謀殿(どの)にはそれについてお話しいたしましょう。そうすれば私の申し上げたいこともご理解いただけるかと。」

 

「……伺いましょう。」

 

 やや感情の赴くままに傾きかけたアルベドの思考の天秤が、自身に欠落した情報があることを知るや怜悧な方へ振り戻すのは、厄介ではあるが流石ではあった。

 

「ユグドラシルでの最後の日々をモモンガ様が如何にお過ごしであったか、ご両所はご存知ですかな?」

 

 異世界転移以前、NPCたちは今のように自由に言動することが出来なかったし、そもそもそんな可能性すら考えたことがなく、与えられた持ち場で設定された待機動作を繰り返すのみの存在であったことは、アルベドもデミウルゴスも薄々気づき始めてはいた。

 しかし、それについてはパンドラズ・アクターも同じではないのか?

 

「おそらくご両所は、至高の方々のお姿をお見かけすることがほとんどなくなり、それでもモモンガ様だけが時折銘々の持ち場を、物憂げに通り過ぎて行かれたのをご記憶なのではないか、と推察いたす次第。」

 

 少しサトルは驚く。

 転移以前の、ゲームのキャラクタでしかなかった時分の記憶もあるのか、と。

 

 だが、考えてみれば、それは鈴木悟の肉体を失った自身もまた同じではある。

 本来その器であったはずの、血の通った脳を失った記憶は、いったいどこに刻まれているのやら。

 

「私はずっと宝物殿におりましたので、足繁く出入りされるモモンガ様をずっと見ておりました……ところでご両所はナザリック地下大墳墓を維持するのに、一日如何程のユグドラシル金貨が要り用かご存知ですかな?」

 

 ギルド拠点はその維持費として幾ばくかのユグドラシル金貨を要し、稼働させている仕掛け(ギミック)の多寡にもよるが、それは毎日決まった時間に、それこそ魔法のように宝物殿の金庫から掻き消え、金貨の消尽はすなわちギルド拠点の崩壊を意味する。そして金貨の消費は、異世界転移後も如何なる作用によるものかはわからないが、変わらず継続されていた。

 といったことは、もちろん知識としてアルベドもデミウルゴスも承知はしているが、その内訳までは詳しくない。が、ナザリックの荘厳華麗な威容を思えば、それが並大抵の額面でないことは容易に想像がつく。

 

「不肖私はナザリックの財政面の責任者を仰せつかっておる都合上、皆様よりも少しばかりこの方面に通じております。」

 

と謙遜してみせる二重の影(ドッペルゲンガー)

 これは本当に謙遜であり、彼は宝物殿に所蔵されるすべてのマジックアイテムを始めとする価値ある宝物から金貨一枚に至るまでを悉く把握しているが、敢えてここではそのことは誇らない。

 

「ご両所に知っておいていただきたいのは、至高の方々が()えあるナザリックを去り、ただモモンガ様だけが残られて以降、宝物殿所蔵の金貨は、驚くべきことに、異世界転移を迎えるまでほとんど目減りしていない……という事実なので御座います。」

 

 ここに至ってパンドラズ・アクターは、躊躇いがちながらも恭しく礼を採って立ち上がった。

 軍帽に片手を掛け、それを斜に構えて意味ありげに問う。

 

「それが何を意味するか……おわかりですかな?」

 

 そこからの彼は、まさに怒涛のようであった。

 

「計らずも異世界転移を迎え、たちまちにユグドラシル金貨獲得の手段を持たない我々が、当面の金貨蕩尽を恐れることなくのほほんとしていられるのは、ひとえにユグドラシル最後の日々を、ナザリックを、我々を守るために孤独に戦い続けてくださったモモンガ様のお陰なのです。まず、それを統括殿(どの)と参謀殿(どの)にはご理解いただきたい。

 聞いておれば、ご両所は銘々に死の支配者(オーバーロード)としてのモモンガ様の有り様に何がしかの思い入れをお持ちのご様子。そのこと自体をとやかくは申しますまい。

 しかし、モモンガ様ご自身の思いをないがしろにして、己の理想とする支配者の姿をモモンガ様に投影し、あまつさえその実現を声高に迫るに至っては、手づからに生み出された私としては最早看過いたしかねます。」

 

 なっ!

 

と虚を衝かれてアルベドとデミウルゴスが腰を浮かす。

 

 やおらパンドラズ・アクターは、演技であるならば迫真の、()であるならば感極まった声色で叫んだ。

 

「父上!」

 

「ち……ち……ち・ち・う・えぇ?」

 

 モモンガが激しい緑色の光に包まれるが、最早誰もそれには気づかない。ただただパンドラズ・アクターの言に魅了される。

 

「父上、私は辛かったのです。

 父上が私たちのため、至高の方々がお遺しになられたナザリックを守るため、ご自身の思いをひたすらに殺して戦い続けるお姿を見続けて!

 

 できることならば共にお手伝いしたかった。

 否、そんなことをなさらなくともよいのです、どうか心お健やかにお過ごしください、と声をお掛けできればそれでよかった。

 

 ユグドラシルではそれが叶いませんでした。

 それが、被造物として如何に心苦しく(つら)い日々であったか、おわかりいただけますでしょうか!」

 

 骸骨の口をパカリと開いたまま、なおモモンガの姿は緑色の発光の中にある。

 

「父上は、もっと我儘であってよいのです!」

 

 パンドラズ・アクターは、振り上げた手を胸の前に握りしめながら振り下ろしそう断言する。

 

「こちらへやって来て自由に言動出来るようになったと気づいたとき、何はさておき、私は父上にそのことをお伝えし、父上の思いをお支えする働きをしたい、と願いました。

 

 ですが、父上にそうせよ、と命じられてもいないのに勝手に動き出すのも憚られましたし、幸い宝物殿の金貨、至高の方々が遺された個人資産、さらには換金可能な宝物の総価値含めて向こう百年は尽きぬほど御座いますれば、父上がそれをお望みになり、私の支えをお求めになるまで宝物殿にてひたすら自身の職務に邁進して時を待とう、と考えておりましたところへ、突如父上が参じられこの場へと私をお招きになりました。

 

 当然私は、ナザリックの下僕(しもべ)たる(もの)、父上の思い、ただそれだけを慮ってひたすら一致団結しておるものと思っておりましたが、然るに、統括殿(どの)と参謀殿(どの)は、自ら理想とする支配者であれかし、と父上にお求めのご様子……」

 

 一息置いて彼は言う。

 

「ですから、お考え違いをなさっている、と申し上げたのです。

 何か、ご反論がおありですかな?」

 

 驚くべきことに、アルベドとデミウルゴス、二人の紛うことなき悪魔は、その瞳に涙を浮かべていた。

 

「殺し尽くしたい、虫好かない奴らを踏み潰したい、大いに結構。

 父上は恣に生を貪って構わないのです。

 

 弱い物いじめは嫌だ、仰せの通りで御座います。

 悪の華、アインズ・ウール・ゴウンの何たるかをこの世界に見せつけてやりましょうぞ。

 

 全力を以てお支えいたしましょう、これぞ下僕(しもべ)の生きる道。

 

 これらの命題は互いに矛盾する?

 それこそ何ものぞ!

 

 我らナザリックの者にとって父上の思いこそがすべて!

 父上の我儘を叶えずして我らに寄る辺なし!

 何処(いづく)に何を求めんとせんや!」

 

 先に動いたのはデミウルゴスで、力強くパンドラズ・アクターの手を取った。

 

「私はキミに心から感謝するよ、パンドラズ・アクター!

 流石はモモンガ様が手づからに創造された僕。キミの忠言がなければ、私は自身の何たるかを危うく見失うところだった!」

 

 そう叫ぶや、彼はパンドラズ・アクターを抱きしめすらしたのである。

 ポッ、とその頬が朱に染まる。

 

 対してアルベドは、滂沱の涙を溢しながら目前の(あるじ)を見つめていた。

 

(わたくし)は、今ようやくにして、モモンガ様が愛するようにとお命じになった意味を理解いたしました。」

 

と。

 

「モモンガ様は、(わたくし)どものためにかくも孤独な戦いをなさっておられた……モモンガ様は真の理解者をお求めだったのですね。(わたくし)は喜んでその役目を仰せつかります。モモンガ様の思いこそ我が思い、他の誰がモモンガ様の思いを計り損ねることがあろうとも、世界の全てがモモンガ様に敵対しようとも、(わたくし)だけは、この身が滅びるまでお供させていただきとう存じます!」

 

「早速の独り占めはいけませんな、統括殿(どの)。その思いはナザリックの皆が同じはず。モモンガ様もそれをお望みです。」

「彼の言う通りだともアルベド。無論、女としての愛を捧げる役目は貴女(あなた)にお任せすることに吝かではないがね。」 

「えぇ、そうね。(わたくし)としたことが、早速やらかしてしまったわ。」

 

 優しげに両肩に手を添えられて、アルベドは二人の信頼すべき同僚にそれぞれ微笑み返す。

 嗚呼、ナザリックの下僕(しもべ)たちの、モモンガ様に捧げる愛と忠義の何と素晴らしいことか!

 

「どうか(わたくし)どもの不明をお許しください、モモンガ様……モモンガ様?」

 

 再び(あるじ)の方に向き直ったアルベドは、モモンガが口をパカリと開いたまま謎の緑色の光に包まれて固まっているのにようやく気づく。

 慌てて立ち上がり最愛の(あるじ)を抱きしめんと近寄ったそのとき、アルベドから漂う()も言われぬ甘い体臭に鼻腔を擽られてサトルは我を取り戻した。

 

「……あー、パンドラズ・アクター。」

「はい、父上!」

 

「その……何だ……おまえに……父上……と呼ばれてからな……何かとても大切なことを言ってくれているのはわかったのだが、どうにも意識が飛んでしまって思い出せん。すまんが、もう一度最初から話してくれるか?」

 

「……はぁ?」

 

 そのとき、

 

「くふっ」

 

と微かな笑い声が起こったのをサトルは聞き逃さなかった。

 

 声のした方に目を向けると、アルベドが変わらず愛らしい笑みを浮かべている。

 もしや、と思い今度はデミウルゴスに視線を向けると、やはり優しげながらも几帳面な微笑みをたたえた彼の表情を捉えるが、その口元が、ほんの微かにではあるが不自然に歪んでいた。

 

(……嘲笑(わら)われた?)

 

 そしてこのとき初めてサトルは、主従の関係は一朝一夕には変わるまいとは思いつつも、こいつらと仲間になれるかも知れない、と思ったのだった。

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