記憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第3話 ド・クロサマー王国建国神話・前編

「モモンガ様、かるねむらに武装した一団が近づきつつあります。」

 

 アルベドの設定上の姉である情報収集特化型の魔法詠唱者(マジックキャスター)ニグレドから<伝言(メッセージ)>でその一報を受けたとき、モモンガがまず思ったのは、

 

(……何それ?)

 

だった。

 

 

                    *

 

 

 後に、ナザリック地下大墳墓における最高意思決定の場として認識されるに至る三賢者会議(トリニティ)の記念すべき第一回目の場において、パンドラズ・アクターの大演説を経て採択された基本方針に基づき、ナザリックの面々はそれぞれに動き始めていた。

 

 もっとも、その基本方針というのは「モモンガ様の我儘のまま」などという、曖昧模糊としたものではあったのだが。

 

 当初アルベドたちは、モモンガが再びの単騎出陣を望むのではないか、と、その我儘を叶えることを至上命題とはしつつも内心冷や冷やしていたのだが、それは杞憂に終わった。

 

 そもそもギルド、アインズ・ウール・ゴウンのまとめ役を自認していたモモンガ、こと鈴木悟は、何でも自分でやらないと気が済まないタイプのリーダーではない。むしろ、ギルメン全員にそれぞれ華を持たせることを好んだし、そのためのメンバー間の利害調整の労はまったく惜しまなかった。

 そのような彼であるから、なかなかすべての下僕(しもべ)に、とまではいかないものの、おいそれとこの世界の未知の存在に遅れを取ることはなかろう、と思われるところの百レベルに達した階層守護者たちには、それぞれの特性に応じた仕事を与えることにした。

 

 ナザリックの内政管理の長がアルベドであるのは当然として、デミウルゴスには隠密能力に優れた影の悪魔(シャドーデーモン)の一群を率いて、周辺の知的種族の動向把握が命じられた。

 同様に、脅威となり得る、あるいは利用可能な非知的動植物相の調査に闇妖精(ダークエルフ)姉弟のアウラとマーレが任じられ、パンドラズ・アクターからのたっての進言もあって、特にマーレには鉱物資源の探索も課せられている。

 

 原則として、ナザリック外で行動する彼らには外部の存在との直接の接触は可能な限り避けることが厳命された。索敵能力の差から敵方に先手を取られることはないと予想されつつも、先制を受けた場合は情報収集しつつの撤退優先。

 どうしても戦闘が避けられない場合は、必ずモモンガに連絡し来援を請うことが義務付けられ、そのために<伝言(メッセージ)>が使える助手として、デミウルゴスには戦闘メイド(プレアデス)が一人ナーベラル・ガンマ、アウラ・マーレ組にはエントマ・ヴァシリッサ・ゼータが付く。

 後詰めとして、アルベドの指揮の(もと)にナザリックの個体最強戦力となる真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)シャルティア・ブラッドフォールンが控える。彼女はナザリック外苑の防衛を兼務し、また<転移門(ゲート)>を操る能力に長けることから、外征部隊の撤退・中継支援も担当する。

 

 これが当面の体制となったのだが、ここにシャルティア同様戦闘能力においては比肩する者の居ない蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスと執事(バトラー)にして竜人のセバス・チャンの名が現れないのには理由がある。

 

「モモンガ様に進言申し上げたき儀が御座います。」

 

 いつものように恭しく礼を執りつつ、狙ったかのようにモモンガが一人で居るところへ現れたデミウルゴスがそう切り出したのは、件の会議の数日後、かの体制が皆に公表される少し前のことだった。

 

「おまえが無用のことを助言するとは思っていないぞ。」

 

 モモンガは鷹揚に最も信頼する下僕の言葉に耳を傾けた。

 

「思いまするに、遠からずモモンガ様は()()御出(おで)になるものと存じ上げます。その際の供回りにつきまして、推挙をお許しいただきたく。」

 

「うむ、聞こう。」

 

「狩りのお供には、コキュートスかセバスをお連れ下さるようお願い申し上げます。」

 

「……ほぅ。」

 

 これはモモンガにとって予想しない組み合わせではなかったし、まだ彼自身具体的に考え始めていたわけではなかったが、自分で考えてもおそらく同じ結論に至ったであろう。

 とは思われたが、デミウルゴスが、特にセバスの名を推挙してきたことは意外ではあった。

 

「既にオレはおまえの進言をそのままに受け入れることを決めている。だが、敢えておまえの言葉で理由が知りたい。」

 

「モモンガ様にはお見通しのことと存じますが。」

 

「世辞はよせ、デミウルゴス。オレは、おまえとは常に本音をぶつけ合える間柄でありたいと願っている。」

 

 嗚呼、と感極まった笑みを浮かべデミウルゴスは襟を正した。

 

「ではご下問にお答えいたします。まず、モモンガ様は紛うことなき魔法詠唱者(マジックキャスター)、よもやこの世界の土着の者たちに遅れを取ることはないと承知しておりますが、直接戦闘に秀でた前衛を配するのは定石中の定石。この点、近接戦闘で並ぶ者の居ない両名は適任で御座います。」

 

「その通りだ。だが、戦闘能力で言えばシャルティアが上回るし、前衛は必ずしも攻撃能力のみが求められるわけではあるまい。守りの一点においてアルベドを越える者は、ナザリックはおろかこの世界(せかい)に他に居るとも思えぬほどだな。」

 

「まったくもって仰せの通りに御座います。」

 

「だが、敢えておまえはコキュートスとセバスを推挙すると言う。何故だ?」

 

「無論、カルマ値で御座います。」

 

 やはりそうか、とモモンガはない舌を巻く。

 

「敢えて問おう、その所以(ゆえん)は?」

 

「モモンガ様は、ご自身が御心の赴くままに無制限の殺戮装置(キリングマシーン)と化してしまうことを避けたい、とお望みです。シャルティア、アルベド、そして悲しいかな私もそうですが、カルマ値が悪に偏った我らでは、モモンガ様の前衛を務めることは出来たとしても、万が一モモンガ様が避けたいとお考えの状況に陥られた際、その状況をより悪化させることはあってもモモンガ様の安全装置(セイフティ)となることは能いますまい。

 翻って、コキュートス、セバスの両名なれば、その一命を懸けてもモモンガ様が望まぬ結末を防ぎ得るもの、と確信する次第で御座います。」

 

 ダン、とモモンガは膝を打つ。

 

「見事だデミウルゴス。おまえこそ我が懐刀にして智謀の将。そして我が思いを知る者である。……オレの思いを汲んでくれて、嬉しいぞ。」

 

「身に余るお言葉、光栄の極みで御座います。」

 

 再び恭しく礼を執るデミウルゴスに、モモンガはまだ何か付け加えたそうな雰囲気を感じ取る。

 

「……まだ何かあるようだな。遠慮は要らん、言ってくれ。オレは本当におまえを当てにしているんだ。」

 

「ではお言葉に甘えまして。コキュートスはともかく、セバスを(とも)とするに際しましては、モモンガ様御自(おんみずか)らより、モモンガ様のお言葉を以て、モモンガ様の期待なされるところを前以て明確に伝えておくべき、と進言申し上げます。」

 

「ふむ、その心は?」

 

「かの者はその心善良なれど、であるがゆえに、すべてのことを自明と思い込むきらいが御座(ござ)いますれば、至極当然のことかと愚考いたす次第です。」

 

 ここに至ってモモンガは深く感じ入り、敢えて問うまいと思っていたことを敢えて問うた。

 

「まったくもっておまえの言は正しい。……正直なところ、おまえがセバスの名を挙げるのは少々意外だったのだが。」

 

「私がかの者とは反りが合わない……モモンガ様はそのようにお考えで?」

 

「まぁ、有り体に言えばそうだが。」

 

「仰せの通りで御座います。正直に申せば、セバスは気に入りません。」

 

「その気に入らぬ者を、オレの供回りに推挙するか?」

 

「私の好き嫌いとかの者の有能無能は別儀で御座いましょう。決して私がセバスを好きになることはないと確信いたしますが、それ以上に、私は彼の能力とモモンガ様に対する忠義を信頼しておりますので。」

 

「……おまえ、本当にウルベルトさんに似ているな。」

 

 深く叩頭して回答していたデミウルゴスは、(あるじ)のその言葉にハッと背筋を伸ばして直立不動の姿勢を取った。

 

「なんと……なんと嬉しいことをおっしゃってくださる!」

 

「おまえの忠義の進言への礼に、少しウルベルトさんの話をしてやろう。」

 

 そしてモモンガは、先の会議で話題となったアインズ・ウール・ゴウンの<悪>の思想の多くがウルベルト・アレイン・オードルに由来すること、他、いくつかのウルベルトとの思い出のエピソードを開陳して楽しいひとときを過ごした。デミウルゴスは終始身を震わせて感激し続け、モモンガはそれをとても好ましく感じた。

 

 ゆえに彼は、機会があれば他の下僕たちにも折に触れその創造主の思い出を語って聞かせてやろう、そう誓ったのである。

 

 

                    *

 

 

 いくら待っても(あるじ)が応答を返さないので、痺れを切らしたニグレドは報告を続けた。

 

可愛い方の妹(アルベド)から頼まれていた、モモンガ様が御自(おんみずか)ら救済された人間の村の監視の件です。」

 

「……あぁ、あの村か。監視……していたのか?」

 

「はい、可愛い方の妹に頼まれましたので。

 一団の規模は馬車1、馬車に御者1、内部に非戦闘員2。随伴する軽騎馬兵4、歩兵20、歩兵には信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)1を含みます。推定レベル総計100未満、脅威度極小、当方の監視に対する検知(ディテクト)防御(プロテクト)反撃(カウンター)、共に皆無…・・・ご承知ではありませんでしたか?」

 

 モモンガはいささか驚きを禁じ得なかった。

 あのアルベドが、取るに足りない人間種の村落の防衛目的の監視を姉ニグレドに依頼していたとは。

 しかも、ニグレドの言い様からすれば、それは仮にカルネ村が他の何者かに襲われ壊滅することがあれば、モモンガが心を痛めるに違いない、と慮ってのことのようだ。

 

 実際のところ、モモンガ自身に特にあの村に対してそのような強い思い入れがあったわけではないのだが、考えて見ればアルベドがそのように誤解しても無理のない状況ではあったし、先の会議の席上でも、話の脱線を避けるために彼女の誤解を解く努力も特にはしなかった。

 ゆえに彼女が、彼女自身がかの村をどう思っているかはさておき、偏にモモンガの……この場合はサトルの、と言った方が正しいかもしれないが、その心を決して傷つけまいと配慮してこの措置を取ったのは明白だった。

 

 そこに、先にデミウルゴスから受けた進言と通底するものを感じ取り、モモンガはそれを嬉しく思った。

 その思いは決して無駄にはすまい。

 結果的にカルネ村がまたも危急を脱するのであれば、彼らはよほど幸運に恵まれているのだろう。

 

「……ニグレド、ありがとう。重要な知らせだった。」

 

「そんな、モモンガ様、もったいないお言葉です。」

 

 むしろ真に重要なことは……

 

「いや、ニグレド。おまえの妹ともども、オレはおまえたちを本当に当てにしているのだ。カル()村を引き続き監視し、急変があったら知らせてくれ。合わせてのナザリック周辺の警戒もよろしく頼む。すまないな。」

 

「いえ、喜んで承ります。それと……」

 

 そろそろモモンガの心と体は、新たな獲物を欲していた点だ。

 

「それと……何だ?」

 

「……カル()村です、モモンガ様。」

 

 そうさ、狩りの時間だ!

 

「あぁ、そうだったな、ありがとうニグレド。じゃぁ、またな。」

 

「はい、どうぞお気をつけて。」

 

 決断するや、モモンガは傍らに控えていたメイドに命じる。

 

「シクスス、セバスを呼んで来い。出陣だ、とな。」

 

「はい、モモンガ様!」

 

 足早に退出していくメイドを見送りつつ、モモンガの物理的にどこに存在するのかいまひとつ不明な頭脳は、戦術構想とリスク計算にフル回転を始めていた。

 

 

                    *

 

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ()()事件調査団々長、チエネイコ男爵は苛立っていた。

 カルネ村々長(そんちょう)の説明が要を得ず、事の真相がさっぱり掴めないからだ。

 

 リ・エスティーゼ王国辺境の村々を重装騎兵の一団が荒らして回っている、との一報が王都リ・エスティーゼにもたらされたのがおよそ三週間前。貴族派閥の反対を押し切って、王命を受けたガゼフ・ストロノーフが軽装騎兵百を率いて哨戒に出たのが二週間前。

 以降連絡が途絶え、辺境前線となる城塞都市エ・ランテルに、焼け出され難民となった幾ばくかの村人を連れたガセフ麾下の分隊が帰投したのが一週間前。早馬がその事実を王都に伝え、ガゼフを寵愛して止まぬ国王ランポッサⅢ世は即座に戦士長が遭難したものと判断し、異例の早さの英断で捜索隊の派遣を決定した。

 

 取るに足りぬ人材、という理由から、貴族派閥のこれまた異例の早さの推挙……この過程で、本任務の呼称が王国戦士長()()()から()()()()調()()()へと転じているのは、最早この国では日常茶飯事(にちじょうさはんじ)である……を受けてこの任を受けたチエネイコは、早馬を継いでエ・ランテルへ到達、ここで一連隊の兵と冒険者組合から神官を調達し、自身は馬車に乗って辺境へと出立することになった。

 

 これが三日前のことになる。

 

 戦士長失踪事件、自体は呆気なく解決した。

 

 エ・ランテルから、ガゼフ分隊の証言を元に焼き討ちされた村を経て北上すること二日、最北となるトブの大森林手前、カルネ村に至る未整備ながら常用される小道からそう離れていない緩やかな丘で、ガゼフ・ストロノーフその人と部下たちの惨殺死体が漏れなく発見されたからである。

 

 それらは例外なく鋭利な幅広の剣によると思しき刀傷を負っており、特にガゼフのそれはいったいどうやったものか四方八方から突き貫かれていて、何らかの戦闘行為の末の戦死であることは明らかだ。

 もしこれが、三重魔法詠唱者(トライアッド)として名高いフールーダ・パラダイン率いる帝国魔法省によって調査されていれば、通常の剣戟ではなく魔法召喚された怪物(モンスター)による傷であることは一目瞭然で、されば犯人はスレイン法国の特殊部隊か、などといったあたりは明白であったかと思われるが、己の知性を強きに諂い弱きを侮ることにしか使ったことのないチエネイコは、ただただ煙たかった平民上がり戦士長の死を、無益にも喜ばしく思うのみであった。

 

 これで調査終了、としても差し支えはなかったのだが、流石に犯人が何者であれ、これが殺人であることがわからないほど彼は阿呆ではない。

 

 また、被害者の微妙な政治的立場から考えれば王都が騒然となることは必定で、ただ遺骸を持ち帰るのみとなると、そもそもほぼ徒手空拳の状態で戦士長を送り出すよう画策した貴族派閥の責任逃れの生贄の羊(スケープゴート)として、調査不十分のまま帰投した自身の(せき)が問われる可能性がある、くらいのことは彼にもわかる。

 

 そこで、遺体をとりあえずひとまとめにした上で、駄目元でカルネ村まで足を伸ばしてみたのだが、ここまでの村々同様に焼き討ちされていると思っていた村は意外にも健在であった。ひょっとすると何か事情を知っている者がいるかも知れない、と配下に命じて聴取を試みさせたが、これがまったくうまくいかない。

 

 村人の多くは、兵士が近づくと(おび)(おのの)くばかりで会話が一向に成立しないのである。

 

 チエネイコ本人は、村長宅を調査団本部として接収し、自ら村長からの事情聴取に当たったが、やはりこれも遅々として進まない。

 

「何をお話ししてもご理解いただけないと思います。」

 

「おそらく男爵様は私の話をお信じにならないでしょう。」

 

「私自身、自分が憶えておりますことが俄に信じられないのです。」

 

と、説明にならない弁明を繰り返すばかりで埒が明かないのである。

 

 詳細の吟味はこちらでおこなうから、じっくり考えて書面で提出せよ、と命じてみれば、文字は読めるが書けない、と言う。

 唯一読み書きに通じたエモットなる男は、(くだん)の重装騎兵団の手にかかって既にこの世にないのだとか。

 とすれば、この村もまた賊の襲撃を受けたことになるが、それにしては随分な村人が生き残っているが、これはどうしたことかと問えば、会話は元のところへ戻ってしまう。

 

 そうこうするうちに、配下の一人が村の入り口あたりに新しい不自然な盛土を見つけ、掘り返してみれば四十余体の死体が出てきたと報告してきた。

 

 死体は大きく二つのグループに分かれており、ひとつはおそらく村々を襲って回っていた重装騎兵で、埋葬遺体が着用したままの全身鎧(フルプレート)は、一見したところ隣国バハルス帝国で制式採用されているものだ。

 もう一群は仕立てのよい法服の(たぐい)になるが、エ・ランテルで雇って連れてきた神官が言うには、彼の能力では精緻な鑑定は叶わないものの間違いなくかなり高価な魔法の品(マジックアイテム)に違いない、という。

 

 そして、最もチエネイコを困惑させたのは、これらすべての死体が綺麗に頭部を欠いている、という事実だ。

 

「これは村を襲った者か?」

 

 運ばせた一体の鎧の遺骸を指差し村長に問うと是と答える。

 

「では、これらは何者か?」

 

と法服の遺骸を指させば答えに詰まる。

 

「埋葬したのはおまえたちか?」

 

 ()

 

「おまえたちがこやつらを撃退したのか?」

 

 否。

 

「では、王国戦士長が撃退したのか?」

 

 否。

 

「では、誰がやったのか?」

 

 ……でまた会話が振り出しに戻るのだ。

 

「……あのなぁ、私はこんな何の取り柄もない村でおまえ(ごと)きと押し問答を続けていられるほど暇ではないのだ。どうしても答えないというのであれば、おまえら全員を戦士長謀殺犯として引っ立ててやってもよいのだぞ。」

 

 苛立ち紛れにチエネイコが村長にそう嘯いたとき、不意に村長宅の扉が開かれ、歳の頃は十五六の小娘が妹と思しき子どもを連れて入って来てさらに意味不明なことを告げたものだから、彼の苛立ちはいよいよ募ったのである。

 

「村を救って下さったのは髑髏(ドクロ)様です!」

 

と。

 

 

                    *

 

 

「セバス、チェックリストを。」

 

「はっ、モモンガ様。

 ひとつ。作戦中は互いに真名(まな)を呼び合わず、互いの発言は、特に対象が明言されない限り常に互いに向けて発せられた前提で判断すべきこと。」

 

「うむ、次。」

 

「ふたつ。外征部隊から緊急伝があった場合、モモンガ様は即時撤収、戦略目標は供回りが引き継ぐが戦闘開始は追って到着する後詰めを待ち……」

 

 カルネ村から普通の人間の徒歩で一時間弱ほどの地点に<転移門(ゲート)>を通って出現したモモンガとセバスは、カルネ村へ向かって歩きながら事前に定めた作戦前の儀式を開始していた。

 

 この儀式は、直接的にはギルド、アインズ・ウール・ゴウンにおいて計画的な集団戦(PvP)の直前におこなわれていた習慣に由来する。

 一旦乱戦が始まってしまうと、いくら気脈の通じた仲間とは言え、ちょっとした意図の取り違えや作戦の解釈の相違から、思いも寄らない事態に陥ることはままある。そのリスクを最小化するため、概ねすべての作戦行動に共通するお約束事から始まって当該作戦に特化した細かい確認事項までをチェックリスト化し、作戦開始の直前に参加者全員で読み合わせる、ということがおこなわれるようになった。

 いつの間にか習慣化していたので厳密には定かではないが、モモンガの記憶によれば、ギルドの知恵袋であったベルリバーによって原型が考案され、弐式炎雷(にしきえんらい)とフラットフットがブラッシュアップしたものを、ギルドの軍師ぷにっと萌えによって作戦類型毎に整理されるとともに精緻化されたもの……だったはずである。

 

 デミウルゴス、アウラ、マーレからなる外征部隊、モモンガとペアで行動する近衛部隊、を運用開始するに当たり、モモンガは最古図書館(アッシュールバニパル)に保存されていたチェックリストを叩き台に、それぞれに応じた四十箇条からなるチェックリストを作成し、銘々の階層守護者に持たせることにした。

 そこには、火急の場合を除き仲間の射線(しゃせん)上に立たない……これは同士討ち(フレンドリファイア)が無効なユグドラシルでは無用な取り決めだった……といったような戦術原則(ドクトリン)から始まって、魔法による監視を逆探知した場合の初動や、緊急時の撤収手順などが含まれている。

 

 そして、それぞれの作戦開始時に、共に行動する全員でチェックリストを読み合わせることを命じたのだが、その対象は、当の本人モモンガとて例外ではない。

 

「……以上で御座います、モ……」

「あ、いや、セバス。作戦開始を宣言してからで構わないぞ。」

 

 モモンガの名を口にしそうになった瞬間、チェックリストの最初の項目を思い出して口つぐんだセバスに、モモンガがフォローを入れる。なんて生真面目な男だろうか。

 

「……何か質問は?」

 

「恐れながら……」

「あ、わかっていると思うが、戦闘中は無駄な礼法にはこだわらんようにな。」

 

「……はっ!失礼いたしました。」

 

「よい。で、何だ?」

 

「<絶望のオーラ>がだだ漏れで御座いますが、よろしいので?」

 

「……ん?」

 

「竜人の(わたくし)ですらいささか眩暈を感じる気が出ておりますれば、このまま村に入りますと村人は全滅いたします。」

 

 <絶望のオーラ>は、モモンガにとっては種族(オーバーロード)が所有するコスト無しに発動可能なスキルの一つで、耐性のない生物の行動を抑制したり設定強度によっては即死させることが可能だ。

 ユグドラシルにおいては、モモンガと敵対するレベルのプレイヤーや怪物(モンスター)であれば、基本的にはこれに対する何らかの耐性を有しているので付随する禍々しいオーラの見た目(エフェクト)以外に特に深い意味はないが、如何にも魔王然(まおうぜん)とした雰囲気を醸すことが出来るので、ほぼ全稼働させているのが常であった。

 

 先にカルネ村へ出陣した際は、村人救助を兼ねた魔法の威力の実験、に明確な目的意識を持っていたのでちゃんとスキルを切ってから<転移門(ゲート)>を(くぐ)ったが、今回はとにかく殺す気満々で出撃に及んだので失念していたらしい。

 

「……あー、今切った。わかるか?」

 

「はい、もう大丈夫です。無粋な進言、どうかお許しいただけますよう。」

 

「いや、今のは完全にオレが悪かった。……アレだ、帰ったらコレもチェックリストに追加しておくべきだな。オレも憶えておくが、おまえも忘れないようにしておいてくれ。」

 

「承知いたしました。」

 

「しかし……アレだな。これでチェックリストが四十一項目になって縁起がいいな。」

 

「……そうで御座いますか?」

 

「いや、だってアレだろ?ほら、至高の四十一人じゃないか!」

 

「……なるほど、そういう考え方も御座いますね。勉強になります。」

 

(どうもこいつは生真面目が過ぎてこういう冗談が通じんようだな。)

 

「……まだ目的の村まで距離が御座いますが、駈けますか?」

 

 セバスは、<転移門(ゲート)>を利用しつつも目的地に直接乗り込まなかった意図に疑問を抱いているようであった。実際、二人は夕暮れの中をカルネ村へ向かって歩きながら(くだん)儀式(チェックリスト)を終えたのであるが、まだ道程は半ばを少し過ぎた辺りである。

 

「急ぐものでなし、それに道すがらおまえと話したいこともあってな。」

 

「承ります。」

 

「……うむ。何故、オレがおまえを供回りに選んだか、わかるか?」

 

 モモンガは本題に入る。

 

「いえ、まったく。」

 

「おまえは真正直(ましょうじき)だと思っていたが……いや、嘘が下手だ、という意味では真正直(ましょうじき)なのは確かだな。」

 

「……」

 

「今のおまえは執事(バトラー)ではなく、オレにとっては相棒(バディ)だ。その相棒が、相手が主人だからと本音を隠し遠慮していて、作戦がうまく運ぶと思うか?」

 

「失礼いたしました。考え違いをしておりましたことをお詫び申し上げます。」

 

 やはり、NPCたちを仲間として行動するには、こういった手続きを経る必要があるな、とモモンガは得心する。

 しかし、アルベドやデミウルゴスを相手に苦戦したお陰で、今ではこの過程を楽しむ余裕すら感じていた。

 

「改めて問おう。オレがおまえを供回りに選んだ理由は何だ?」

 

「不肖(わたくし)が、魔法詠唱者(マジックキャスター)であるところのあなた様の前衛として適任であるから、と承知いたしております。」

 

 セバスは生真面目にモモンガの真名を口にすることを避けつつ答えた。

 

「おまえの言は正しい。だが、であれば、他にも適任者はいるだろ?

 では、その中からおまえが選ばれた理由は何だ?」

 

「……恐れながら……アルベドから聞き及んだところによりますと、あなた様はご自身のあまりに強大な力が勢い(あま)って(せい)ある者を殺し尽くしてしまうことをご懸念なさっておられるとか。」

 

「うむ、それで?」

 

「万が一……万が一そのようなことに至ったとき、あなた様をお()め申し上げるには、私のような(せい)ある者に対し慈愛を以て当たることを旨とする者が適任かと存じます。」

 

「その通りだ、わかっているじゃないか。」

 

 ここまでは概ね予想通りだ、と北叟笑みつつ、モモンガはもう一歩踏み込む。

 

「では、たとえば、だ。

 ここに一組の男女がいて、今まさにオレがその女を殺めようとしているとする。

 おまえはどうする?」

 

「お諌めいたします。」

 

「発動し始めた魔法は諫言では止まらんぞ。どうする?」

 

「女の前に立ちはだかって魔法を受け止めます。」

「何故?」

 

「何故?……モモンガ様はそれをお望みなのではないのですか?」

 

 嗚呼、デミウルゴスの言った通りかも知れないな、とモモンガは思う。

 

「では、逆にオレが殺そうとしているのが男の方だったらどうする?」

 

「……」

「何故即答しなかった?」

 

「……男は殺すに値する悪人であるかも知れませんので。」

「何故女なら殺すに値する悪人でないと言える?」

 

「それは……」

 

 さて、あまりセバスをいじめるのも可哀想だ。

 

「いいか、今から大切なことを伝えるからよく聞いてくれ。理解できなければ生呑み込みせずに質問してくれ。」

 

「はい、承ります。」

 

「さきほどの問いだが、オレが魔法を発動した、ということは既にオレが決断を終えているということだ。わかるか?決断を経ずしてオレの魔法が発動されることはない、わかるな?」

 

「わかります。」

 

「であればだ……魔法が発動された時点で、少なくともオレにとっては、相手が殺すべき存在であるか否かは既に判断済みだ、そうだろ?」

 

「……おっしゃる通りで御座います。」

 

「おまえはオレの判断に()を唱えるか?」

 

「……敢えて質問することをお許しください。」

 

 期待通りだ、セバスよ。

 おまえはオレの期待に正しく応えてくれているぞ。

 

「最初にそうせよと言ったはずだ。」

 

「……はい、ではお尋ね申し上げます。であれば、私などは不要では御座いませんか?」

 

「同じことを何度も言わせるな、執事(バトラー)としての資質を問われるぞ?

 おまえは決して自分が不要ではないか、などとは思ってはいないはずだ。」

 

「……はい、おっしゃる通りで御座います。」

 

「それは何故だ?残り時間も少ない、即答せよ。」

 

「……それは……万が一、モモンガ様のご判断に誤りがあり、殺められるべきでない者に対し殺意が向けられる場合が御座(ござ)いますれば……」

「そこだ、セバス!」

 

 意を得たモモンガは立ち止まって振り返り、セバスを力強く指差した。

 

「いいか、ここからが核心だから深く心に刻めよ。

 まず、オレは決して判断を誤らない。」

 

「!」

「あー、最後まで聞け。これはおまえにとっては、という意味だ。」

 

「……とおっしゃいますと?」

 

「おまえは、オレが判断することは絶対に正しい、と如何なる場合においても考えてよい、ということだ。」

 

「……」

 

「言い方を変えれば、おまえ自身はそこに責任を感じる必要はない。

 すべての責任はオレが負う。

 何故なら、オレはおまえの(あるじ)だからだ。」

 

「……おぉ!

 ですが……」

「落ち着いて最後まで聞け。

 おまえが問いたいのはこうだ。

 オレの判断が常に正しいのならば、おまえは何を()めねばならないのか?

 違うか?」

 

「……仰せの通りで御座います。」

 

「ではその答えを示そう。

 もしおまえから見て、少しでもオレが判断せずに行動しているように感じられたならば、如何なる手段を以てしてもオレを()めろ……いや、()めてくれ。」

「なんと!」

 

 ここに至ってセバスはようやく(あるじ)の言わんとすることを理解した。

 

「オレは、おまえなら出来ると信じている。」

 

「ありがとうございます……しかし……」

 

「しかし、何だ?」

 

「そのようなことがあなた様に……あなた様に限ってそのようなことが起きることがあり得るのでしょうか?」

 

「……ないようにしたい、とは思っているが、オレの判断は『ないとは言えない』だ。

 そして先にも告げたように、オレの判断は絶対だ。

 後はわかるな?」

 

「……はい。」

 

「困難なことを頼んでいるのは理解しているつもりだ。

 だが、オレはおまえにならばできる、と信じている。

 何故なら、おまえはとてもたっち・みーさんに似ているからだ。」

 

 再び目的地への歩みを再開しつつモモンガはそう言った。

 たっち・みーは、セバスの創造主にあたるギルメンだ。

 

「たっち・みー様と(わたくし)がですか?」

 

 それまでモモンガと歩調をピタリと合わせていたセバスが不意に立ち止まる。

 モモンガもそれに気づいて立ち止まり、肩越しに視線だけをセバスに送って続けた。

 

「そうだ。

 たっち・みーさんはひたすらに真っ直ぐな人だった。オレは彼のことを心から尊敬していたよ。だが、一方で彼には敵も多かった。」

 

「敵……で御座いますか?」

 

「たとえばウルベルトさんだな。」

 

「……かの(もの)の創造主である御方で御座いますな。」

 

 無論、ここで言われるかの(もの)は、最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスである。

 

「誤解するなよ、基本的にアインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人は(みな)仲が良かった。たっち・みーさんとウルベルトさんは、いわゆる犬猿の仲、というやつだな。わかるか?」

 

「……よくわかりません。」

 

「そうだな、さっきオレが一組の男女を殺そうとするたとえ話をしたろ?

 たっち・みーさんはおまえ同様に、まず女を守ろうとする人だったな。これは一般的に考えれば、女の方が弱者であり虐げられることが多く、男が加害者である場合が多いからだ、と説明することもできるが、その(じつ)は、要するに……何となく、だ。」

 

「何となく、で御座いますか?」

 

「正義に理屈など必要なし、が彼の信念……のようなものだったからな。そして、多くの場合、それで正しい。

 だが、ウルベルトさんは違う。そうであるからこそ、それを逆用してこちらを騙そうとする者の存在を仮定する。如何にも弱者(ぜん)とした女を助けて男を排除したら、背中からその女に刺されました、なんて笑えないだろ?

 だからウルベルトさんはたっち・みーさんに『あなたは間違っている』と迫るわけだが……。

 対してたっち・みーさんがどう答えたか、わかるか?」

 

「……いえ、私如(わたくしごと)きではたっち・みー様のお考えに思い及ぼうはずも……」

「まただぞ、セバス!おまえの悪い癖だな。

 簡単なことだ、おまえ自身の胸に訊いてみるがいい。」

 

「……女を助けて背中から刺されるなら本望だ……で御座いますか?」

 

 モモンガは、ハハハハハッと高笑いを上げる。

 

「その通りだ!」

 

 が、その喜色の声と同時にモモンガの体は神々しい緑色の光に包まれた。

 

「……チッ、またコレか!」

 

「何か不都合が?」

 

「いや、気にするな。

 それよりもな、セバス。この話で最も重要なのは、だ……」

 

とモモンガは一旦言葉を切ってセバスの注意を引く。

 

「これはあくまでたとえ話であって、実際にそのような場面に出くわしたら、たっち・みーさんは百発百中直感で正解を引き当てる人だった、という点だ。

 そういう意味で、オレはおまえを信じている、と言っている。」

 

「……もったいなくも有難きお言葉、死力を尽くしてご期待に添えるよう務めさせていただきます。」

 

「うむ、頼んだぞ。」

 

 ちなみに、たっち・みーに敢えて必要もないのにそうした場面に好んで飛び込んでいくきらいがあったこと、対するウルベルト・アレイン・オードルはそもそもそのような場面が起こらないよう死力を尽くすことに美学を見出しており、ゆえにたっち・みーのお節介焼きにしばしば腹を立てていたのだ、ということは、セバスには伝えるだけ無駄だろう、とモモンガは黙っておいた。

 

 それで理解ができるものならば、デミウルゴスともっと歩み寄れるはずだから。

 

「あぁ、見えて来たな。」

 

とモモンガ。

 既に宵闇に入りつつあることもあり、普通の人間の視力ではまだどうにもならない距離ではあるが、モモンガの物理的には存在しない目には、手に取るように村の内部の様子が見え始めた。

 

「ん?何だか妙なことになっているな。」

 

 広場であろうか、比較的(ひら)けた場所の中央に小高い棒が二本垂直に打ち立てられており、それぞれのてっぺんに一人ずつ少女が括り付けられている。

 杭の足下に薪が積み上げられているところをみると、どうやら少女たちを火炙りにせんとしているようだ。

 

(……おいおい、マジかよ。流石に今のオレでも引くわー。)

 

 括り付けられた少女の一方が、取り囲む数人の男たちと何か会話を交わしているようだが、細かい部分がよくわからない。

 もう少し近づいて様子を見るか、と思ったそのとき、若い女の声ではっきりと次のように叫ぶのが聞こえたのが、モモンガにとっては引き金(トリガ)となった。

 

髑髏(ドクロ)様、せめてもう一度お会いして直接お礼を申し上げとう御座いました!」

 

と。

 

「セバス、作戦開始だ。ついて来い!」

 

 不意に告げたモモンガは、驚くべき跳躍力で空高くジャンプした。

 間髪入れずセバスもそれに続く。

 

 目指す着地点は女が括り付けられた二本の杭。

 

 ズンッ、と、その足下へと着地したモモンガは、緑色の光を放ちながら杭上の女を見上げるや開口一番こう尋ねたのだった。

 

「ひょっとして、ドクロサマーってオレのこと?」

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