記憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第4話 ド・クロサマー王国建国神話・後編

「村を救って下さったのは髑髏(ドクロ)様です!」

 

 戦士長失踪事件調査団に接収された村長宅の様子をこっそり伺っていた少女、エンリ・エモットは、いささか短気に思われる貴族然とした男が村長を詰問、恫喝するのに耐えかねて、そう言いながら室内に踏み込んだ。

 

(きっと、本当のことをお話しすれば、貴族様もわかってくれるはず。)

 

 少なくともこの時点では、無邪気でやや天然のきらいのある無垢なこの少女は、そう信じていたからである。

 共にあった妹、ネム・エモットもそれに続く。

 

「……なんだおまえらは!」

 

 土臭(つちくさ)い農民風情が断わりもなく自身に話し掛けてきたことに、チエネイコ男爵は怒気を荒らげたが、エンリはそのような機微には気づかない。

 

「あぁ、さきほどお話ししたエモットの忘れ形見に御座います。」

 

と村長が執り成しにもならない執り成しを試みるが、その言葉は(いか)り心頭のチエネイコには既に届かない。

 対するエンリは、とにかく真相を説明せねばならない、という純粋な善意から身振り手振りを交えて、相手の反応も待たずに喋り始めた。

 

「すっごかったんです、髑髏様は!

 こう指差して、バリバリバリッって……」

 

とエンリは<龍雷(ドラゴンライトニング)>を放ったモモンガを真似るが、無論その真のところは男爵にはまったく伝わらない。

 

「待てまて!

 すると何か?

 そのドクロ様とやらがこの死体の山を築いたと言うのか?」

 

「いえ、違います。それはアルベド様です。」

 

(おいおい、またかよ……)

 

とチエネイコは息を吐く。

 立腹しつつもようやく何が起こったのか説明し得る人間が現れたことを歓迎しないでもない彼であったが、また話がループし始める気配を見せるので、イライラが振り切ってしまって、むしろ辺境のさらに辺境の田舎者なんてこんなもんだ、と妙な悟りの境地にすら至りつつあった。

 

「……で、なんだ、そのアルベド、というのは?」

 

「はい!

 髑髏様の配下の(かた)で、とっても綺麗な……と言ってもお顔は拝見していないのですが、お声からするときっとびっくりするくらいお美しい(かた)です!」

 

(グァー、誰か通訳を連れて来てくれ!)

 

 要を得ない点ではのらりくらりの村長のさらに斜め上を、しかもまったく悪気なく突っ走るエンリにチエネイコは髪を掻きむしるが、当のエンリにそれを気にする様子はない。

 ひょいとジャンプしながら、

 

「こーんな、柄の長い斧みたいなものを、こう……」

 

 アルベドの得物の長さを全身で表現したかと思いきや、その立ち回りを再現して見せるが、チエネイコからすれば意味不明な盆踊りの(たぐい)だ。

 

「……振り回してアッというまに無法な騎士たちの首を……」

 

とここに来て、エンリは直に目撃した、首無し騎士が鮮血を噴水のように噴き上げつつ倒れた凄惨な光景を不意に思い出し、

 

「うげぇ!」

 

とえずく。

 

(……こいつ、連れ帰って芝居小屋に売ればいい値がつくのではあるまいか?)

 

 一瞬、そんな益体もない考えがチエネイコの脳裏をよぎるが、この謎の事態の収拾如何(いかん)によっては自身の身分にも関わることを思い出し、なんとかこのじゃじゃ馬娘の手綱を握ろうと試みる。

 

「では、戦士長を殺したのも、そのアルベドとか申す者なのだな?」

「そんなわけないじゃないですか!」

 

とエンリが、怒気を込めて声を(あら)らげたので、チエネイコは思わずたじろぐ。

 

「戦士長は何もしてはくださいませんでした。」

 

 ガゼフがカルネ村を訪れたのは、アルベドが村を襲った騎士たちを鏖殺し終えてしばらくしてのことだった。

 

 草陰からネムと共に様子を伺っていたエンリは、村に入ろうとしたガゼフ一行の前にアルベドが立ち塞がったのを見ていた。このとき彼が名乗ったので、王国戦士長……というのが具体的に何であるか、王国と冠するくらいだから偉い人なんだろう、程度にしか彼女たちは解していないのだが……だと気づいた。

 

 流石のエンリも、自分が生まれ暮らす此処がリ・エスティーゼ王国であることくらいは承知している。そして、王国戦士長なる人物がやって来た理由は、この場面においてはカルネ村の救援以外にないであろうことも。

 

 しかし、彼女の期待に反して、ガゼフはアルベドと二言三言交わした後は、アルベドに深々と一礼してそそくさと配下の一団と共に立ち去ってしまった。

 

「戦士長はただやって来られただけで、私たちに声をかけてくださるでもなく、両親の……埋葬を手伝ってくださるでもなく、すぐにお帰りになりました。その後、どうされたかはわかりません。」

 

 悲しげにエンリはそう言う。

 

 実のところ、スレイン法国の後詰めに気づいたガゼフは、その場で敵を待ち受けることが村人に巻き添えを生じさせることを憂いて、自ら囮になるべく「(わたくし)はいと高き御方(おんかた)よりこの村を護ることを仰せつかった者だ」としか答えないアルベドに後事を託して迎撃に及んだのだが、そんなことはエンリにとっては知ったことではないし、結果的にガゼフはその一点においては何の役にも立たなかったのだから、冥府にある彼とてエンリに対しては抗弁すまい。

 

「しばらくして、戦士長たちが向かった方角から、変な格好をした人たちがやって来たんですが、村の入り口でアルベド様とやはり二言三言交わした直後に、一瞬で首を切り飛ばされてしまいました。

 本当に一瞬のことだったので、あの人たちが何だったのか、私にもさっぱりわかりません。」

 

 再び状況がわからなくなってきて、チエネイコは苛立ちを深める。

 

 てっきり、アルベドとかいう女が下手人か、と思いきや、娘の話を聞く限りではそうではないようだし、嘘か(まこと)かはともかく、ガゼフはアルベドとやらに礼まで執ったというではないか。

 それに、一瞬で葬られた変な格好の人、というのは、あの高価そうな魔法の法服の連中ということになるが、こんなものを纏った物騒な輩二十余名の、例外なく首を一瞬で討ち取るなどという話は、もはや伝説か御伽噺の(たぐい)だ。

 

「その後、雨でもないのに傘を差した可愛らしい貴族の女の子がどこからともなく現れて、気がついたらアルベド様もいなくなっていました……私が知っているのはここまでです。」

 

 またも、これまでにも増して意味不明の登場人物が加わって、チエネイコの苛立ちは頂点に達したのだが、同時に、彼自身のみが超一流と思い込んでやまない彼の狡知がすべてを丸く収める妙案を思いつくに至り、自画自賛の余り(くち)から漏れてしまう。

 

「……魔女だな。」

 

「そんな!

 アルベド様も(あと)からやって来た女の子も」

「黙れ、そんな連中は知らん。」

 

 チエネイコはそういうと、傍らにあった雇われ神官に一枚金貨を投げて寄越した。

 

「魔女……だよな?」

 

 突然のことに驚きつつも金貨をかろうじて手の平で受けた神官は、最初はその発言の意図するところを掴みかねていたのだが、チエネイコの視線がエンリと自身の間を幾度か往復するのに気づいてその意を察し、いや、それはいくらなんでも無理筋でしょう、と、チエネイコに向けて顔を顰めて見せた。

 

「魔女だろ?」

 

 チエネイコは再び金貨を投げて寄越す。

 どうにも同意しないことには自身もエ・ランテルへの帰投は叶わないようだ、と悟り、神官は、せめてもの抵抗に言葉は発しないが、黙って深く頷いた。

 

「……神官の裁定も下ったようなので略式裁判の判決を言い渡す。

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは当地にて魔女の奸計にかかり非業の死を遂げた。国王の権を以て、魔女とその妹は火刑に処す。以上だ。」

 

「……?

 いえ、アルベド様も可愛らしい女の子ももうここには……」

 

「頭の血の巡りの悪い娘だな。

 火炙りになる魔女は、()()()だ!」

 

「……はぁー?」

 

 かくして、哀れエンリと巻き添えとなったネムは捕縛され、古式に則り日没を待って火炙りにされることになってしまった。

 

 即席の火刑台として二本の丸太が村の広場に杭打たれ、二人はぎゃーぎゃーと喚き散らしてはみたものの、抗う(すべ)もなく三尺高いところへ括り付けられてしまう。

 

 その高いところから、夕暮れの薄明かりの(なか)彼女らを見上げる村人たちの、自身たちの無力さに打ちひしがれて呆然とする(さま)を見下ろしつつ、エンリは何か達観したような気分になっていた。

 

 馬々鹿々しい話じゃない?

 

 決して豊かとは言えない実りの中からささやかな税を納めていれば守ってもらえるものかと無邪気に信じていたのに、王国戦士長とかいう役立たずの木偶の坊に、魔女だと罵り火炙りにすると言いながら縛り上げるどさくさに私の尻を揉んだ糞貴族。

 

 所詮この世はそんなもの。

 神も天使もありゃしない。

 

 嗚呼、せめてアルベド様のお顔、一度拝見したかったなぁ。

 ネムには悪いことしたけど、この子だけ置いて逝くわけにもいかないし。

 

 その、超然としたエンリの表情を見て、チエネイコはいささか空寒(そらさむ)さを感じる。

 

 よもや、とは思うが。

 この娘が本当に魔女で、いざ火をかけたらドクロ様とやらが煙の中から現れる、なんてことは……

 

 まさか、な。

 とっとと片付けてしまうに限る。

 

「……あー、ぼちぼち日暮れだな。

 小娘、何か言い残すことはあるか?」

 

「けっ!

 それで自分が思いやりのある善人にでもなったつもりなんすか?」

 

 エンリは既に吹っ切れていた。

 

「……まぁ、可哀想だ、と思わないでもないが。

 私も我が身が可愛いのでな。

 魔女として死んでくれ。それですべて丸く収まる。

 おまえのことは長く辺境で語り継がれるよう、取り計らうことを約束しよう。」

 

 そう言い残して離れていく糞貴族を見送り、嗚呼、いよいよこの世ともお別れか、と悟ったエンリは、高く黄昏の空を見上げ、唯一の心残りをせめて大きな声で叫んでおこう、と思い立った。

 

 これだけは遺言(いいのこ)したい。

 

 そして深く息を吸い込み、ありったけの声で叫んだのだ。

 

髑髏(ドクロ)様、せめてもう一度お会いして直接お礼を申し上げとう御座いました!」

 

と。

 

 

 

 するとどうしたことか!

 

 一息置いてドカンッ、ドカンッ!と大質量の何かがエンリの前方に落下してきて、辺りはもうもうと土埃に包まれたではないか。

 

 最初エンリは、想像していたのと随分違うが火炙りによる死というものはこのように訪れるものなのだろうか、それにしても随分と賑やかなものね、と半ば他人事でその光景を呆然と眺めていたのだが、土埃がやや晴れてくるとそこに人影があるのに気づき、じっと目を凝らして、この世の見納めに何者かを見定めようとした。

 

 一人は何やら仕立てのよい紳士服を纏った老人。

 なんでお爺さんが空から降ってくるわけ?

 

 奇妙なことにお爺さんは、すっと膝をついて誰かに礼を執ったように見える。

 その先にはもう一人の人影。

 

 否、人に(あら)ず!

 

 あの!

 

 あの忘れもしない、金糸銀糸に縁々(ふちぶち)を彩られた漆黒の豪奢なローブは!

 

 そして、確かにエンリを訪れた<(オーバーロード)>は、緑色の光をその身から放ちつつ振り返って彼女に、いささか気の抜けた口調でこう尋ねたのだった。

 

「ひょっとして、ドクロサマーってオレのこと?」

「「髑髏(ドクロ)様ぁ!」」

 

 エンリとネムが、ほぼ同時に嬌声を上げる。

 

(……やっぱオレかよ。)

 

 何か急に可笑しくなってきて、ワハハハハッ、とモモンガは高笑いし、再び緑色に光った。

 

(たっち・みーさんみたいに正義のヒーロー(ぜん)と登場するつもりだったのに、なんかたっちさんから蘊蓄混じりに聞かされた大昔の紙芝居の主人公(黄金バット)みたいになっちゃったな……)

 

「ま、いっか。」

 

 軽口を叩きつつも、本能的にモモンガの索敵能力はフル稼働を開始しており、周囲に脅威とすべき相手が皆無であることを彼に知らしめる。わかってはいたことだが拍子抜けだ。

 

 一方のチエネイコ男爵一行は、混乱に陥りつつあった。

 

 まだ火をかけてもいないのに轟音と共に煙が立ち上り、何事かと兵たちが男爵の回りを固めたが、待つことしばし、ようやく晴れて来た煙が内部から緑色の光を放っており、しかもそこからこの世のものとは思えぬ高笑いが鳴り響く。

 兵たちが、火刑台の薪に当てるべく手にしていた松明を恐る恐る向ければ、中には人影。

 

 次第に、彼らの王ランポッサⅢ世であっても所有すること能わぬであろう、見たこともない豪勢な装束が見え隠れする。謎の緑色の光の源も、どうやらその人物のようだ。

 

 そして、杭上の少女を見上げていたその人物がやおらこちらを振り返る。

 

「な!」

 

 緑色に輝く骸骨!

 

 あれが!

 

 あれが噂のドクロ様?

 

「ア、ア、不死者(アンデッド)ぉぅ!」

 

 誰かが腰を抜かしつつそう叫ぶや、次々と呼応して同様の怒声が飛んだ。

 

 不幸にして、その声に素早く反応した人物がいた。

 エ・ランテルでチエネイコに雇われ、心ならずも買収されてエンリに対し魔女裁定をおこなった……ことになってしまっている神官である。

 

 職業柄「不死者(アンデッド)!」と耳に入れば、反射的に対処してしまうのが彼の運の尽きであった。

 素早く手にした杖を振り上げるとその先端が淡い光を放つ。

 

「<悪霊退(ターン・アンデッ)……

 

 ぐしゃ!

 

 ……ばたり。

 

「……は?」

 

 チエネイコは間抜けな声を漏らす。

 

 恐怖を感じる()すらなかった。

 

 何故か目前には、神官服を着た首無し死体が、まるで自身の頭がなくなったことに気づいていないかのように杖を振り上げた姿勢のまま転がっている。

 

「な……な……」

 

 最早、言葉すら出ない。

 

 一方、この場で唯一何が起こったのか理解しているモモンガもまた、まったく別の意味ではあるが驚愕していた。

 

(……マジか、おい?)

 

 目前に見えるのはセバスの背だ。

 

 神官が<悪霊退散(ターン・アンデット)>の詠唱に入るやそれが完了するよりも前にモモンガの前に立ち塞がり、正拳突きでその頭を吹き飛ばしたものらしい。

 

(引くわー、マジで引くわー……んなモン(悪霊退散)、オレに効くわけねーだろ……っつーか、がっつりオレの射線(しゃせん)上に割って入って……何やってんのよ、おまえ?)

 

 再びペカーと緑色の光を全身に纏い、モモンガは思う。

 

(これは、帰ったらお説教タイムだな。)

 

「小娘どもを降ろしてやれ。」

「はっ。」

 

 当のセバスは自身の行動に何ら疑問を抱いていない様子で、即座に命じられた行動に移った。

 ここへ至る道すがらの会話はいったい何だったのか、モモンガは嘆息しつつ再び緑色の光を放つ。

 

「ま、いっか。()ること()ってさっさと帰ろ。」

 

 そう。

 

 最早自分が何をしにここにやって来たのかわからなくなりつつあるモモンガであったが、本来の目的は屠って悔いない相手を狩って、死に餓えつつあったモモンガの体を慰めるためだ。

 

 そう、彼は死を齎す者!

 

 ゆっくりと歩みを進め、へたばったまま後退りする男に近づいていく。

 衣装の具合からみて、こいつが今回の一件の首魁であることは間違いあるまい。

 

 魔法……なんか要らんよな。

 

「よぅ。」

「ひぃ!」

 

 骸骨から気軽な声をかけられて、チエネイコは悲鳴を上げた。

 

「これからおまえは狩られるわけだが、何故そうなるか言ってみろ。」

 

とモモンガは問いかける。

 

「……え?」

 

 不死者は問答無用に生者を憎み屠る者。

 直接相見(あいまみ)えるのは初めて……そしてこれが最後になる可能性が高い……だが、少なくとも彼の知識の範囲においてはそれが厳然たる事実だ。

 

 一方で目前の、明らかに並であろうはずもない不死者は、どうしたことか自分に謎掛け地味た言葉をかけてきているではないか。不死者が人語を操るのも驚きだが、そんなことは今はどうでもいい。

 

 ひょっとすると、何か正解を返せば自分は助命されるのだろうか?

 

 チエネイコは、文字通り必死になって、ない知恵を絞ろうとした。

 

 そして出した結論がこうだ。

 

「あの小娘があなた様のお気に入りとは存じ上げませんでした、はい!

 ご案じめさるな、(わたくし)めは手なんぞ出してはおりませんぞ……あ、いや、すいません、ちょっと尻を触ったかも知れません、いや、本当に少し触れた程度で、まぁ、ちょっとしたスキンシップというか、その程度のことでして、あなた様の情婦に手を出した、とか、そういうことでは御座いませんのです、はい。」

 

 目前の骸骨は、さらにペカー、ペカー、と激しく緑色の光を放つばかりで何も答えない。

 

「……あー、ひょっとして妹の方でしたか?

 いやぁ、なかなか高尚な趣味をお持ちで御座いますなぁ、いえ、私、こう見えても交友が広い方で御座いまして、そういう方面を嗜む筋にもどうして顔が効くので御座います。

 何でしたら、追ってあなた様のお眼鏡に叶いそうな娘たちを束でお届けすることも……いや、私の領地のような田舎の泥臭い小娘ではなく、王都(おうと)の商家の綺麗どころをご用意することなんかも可能なわけでして、はい。」

 

 ペロロンチーノか、オレは?

 

 モモンガは黙ったまま片手でチエネイコの首を掴み、高々と持ち上げた。

 

 そして言う。

 

「おまえがこの世で耳にする最後の言葉だ、心して聞け。

 

 オレはな。

 

 おまえみたいな奴が……」

 

 骨の指に力が籠もる。

 

「……嫌いなんだ。」

 

 ぐしゃり。

 

 モモンガはチエネイコの首を握り潰した。

 

 無論抗う(すべ)なき即死。

 

 生暖かい血液が骨の二の腕を伝って流れるが、モモンガの漆黒の魔法のローブは、どうした作用かそれを(はじ)いて汚れない。

 

(嗚呼……やっぱたまらんなーこの感じ、癖になるわー……)

 

 絵面の凄惨さとは対照的に、モモンガの心は爽やかに澄み切っていた。

 ここまでの流れが余りに馬々鹿々しかったせいか不思議と、もっと屠りたい、といった情動は感じない。

 

 逃散する配下らしき者たちの気配にはもちろん気づいているが、敢えて追い討ちをかけるつもりもない。

 この場合、目撃者が多少いた方が、よもやさらに犠牲者を増やす危険(リスク)を負ってまでこの村に再度攻勢をかける者もなかろう、と思ったからだ。自身の我儘の成就に計らずも利用したのだから、その程度の配慮(アフターケア)はあってもいいはずだ。

 

「はー、すっきりした。さて、帰るか!」

 

とセバスに声をかける。

 

 すると、大きな声で呼び止める者がある。

 

髑髏(ドクロ)様、お待ち下さい!」

「<時間停止(タイムストップ)>!」

 

 ……よもや、と思い、大慌てで時間を止めてみれば、案の定セバスが「不敬な!」と憤怒の表情で少女たちに向かって拳を振り上げたまま止まっている。

 

「……洒落(しゃれ)にならんな、おまえ。」

 

 これは帰ったらお説教タイムどころか折檻タイムものだよな、と思いつつ、状況への対処を開始する。

 

「っつーか、オレがおまえを止める役になってどーすんだよ?

……ぶっつけ本番だけどうまくいくかな?

 

 ま、滑ったところで小娘が死ぬだけだし、いっか。

 

 <魔法遅延化(ディレイマジック)><魔法位階上昇化(ブーステッドマジック)><魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)>……っと。

 

 ……ったく、手間かけさせやがって。

 

 そろそろ頃合いかな。

 <衝撃波(ショックウェーブ)>!

 

 はい、仕込み完了。」

 

 そして、時は動き出す。

 

 どかん!

 

 エンリは、自分と妹を杭の上から救い出してくれた身なりのよい老人が、くるくる回りながら空の彼方へと吹き飛ばされていく(さま)を見たような気がするが、あまりに常識外れな光景のため、何か幻でも見たのだろう、と見なかったことにすることにした。

 

「「髑髏(ドクロ)様!」」

 

 再び姉妹が声を揃えて呼ぶ。

 

「ん?」

 

 背を向けたままモモンガは気のない反応を返した。

 

 だってそうだろう。

 背後で虫が鳴いたからといって、いちいち振り返る奴がいるか?

 

「二度に渡って命を救っていただき、ありがとうございました!」

「……ましたー!」

 

 妹の方が復唱できずに語尾だけ真似る(さま)が少し可笑しかったので、フフ、とモモンガは笑う。

 

「……救ったわけじゃない。オレは殺すのが好きなんだ。」

 

とだけ告げてモモンガは立ち去ろうとする。

 

「……そ、それでも、救っていただき、ありがとうございました!」

「……ましたー!」

 

 スッと片手を挙げてそれに応じ歩み去ろうとするが、なおもエンリは食い下がった。

 

「不躾かとは存じますが、お願いしたい儀が御座います!」

「……ます!」

 

(なんか面倒臭いことになってきたなぁ。)

 

 モモンガは思わず再び立ち止まってしまったが、敢えて何も答えなかった。

 

「勝手な(もう)しようなことは百も承知でお願い申し上げます。

 何か……何かお形見を頂戴できないでしょうか!」

「……しょうかぁっ!」

 

 その言葉がまったくモモンガが想像していなかったものだったので、少しだけモモンガは興味を惹かれた。

 

「形見?」

 

 なおも振り返らずに尋ねる。

 答えはこうだ。

 

「本当は、最初にお助けいただいたときに賜った薬瓶を、髑髏(ドクロ)様のご恩を忘れぬ記念の品にいただければ、と思っていたのですが、アルベド様がすべてお持ち帰りになられました。ですので、何か代わりのお形見をいただきたく思うのです。」

「……です!」

 

「……オレは生きとし生ける者にとっては悪夢の(たぐい)。敢えて憶えておく必要はあるまい。」

 

 しかし、なおもエンリは食い下がる。

 

「はい、髑髏(ドクロ)様が忘れよ、とおっしゃるならば……決して忘れられないとは思いますが、忘れるようには努めます。忘れたくないと願うのは、今の私自身の決意なんです!」

「……です!」

 

「庇護を求めてのことではないのだな?」

 

「まさにそれなんです、髑髏(ドクロ)様!

 私たちは、つい先日まで、僅かではありますが王国に納めるものは納め、それで守っていただけるものと信じて暮らして参りました。ですが、それは私たちの勝手な思い込みで、実際に私たちを守ってくださったのは、私たちが勝手に当てにしていた王国ではなく、縁も所縁(ゆかり)もない、髑髏(ドクロ)様とアルベド様でした。

 あなた様が、私たちとはまったく違う世界の御方(おかた)であることは、流石の私にもわかります。お頼りすることが筋違いであることも。

 だからこそ!

 この世に頼るべきものはなく、ただ、自分の力で生き抜いていかなきゃならないんだって、誰かを勝手に頼みにして生きていくなんて馬鹿げてるって、そう決意したことを(あかし)する、お形見をいただきたいのです!」

 

 少女の言葉は、どこかモモンガの心の琴線に触れるものがあった。

 

 不意に思い出したのは、ギルメンの中では異色の自然愛好家、環境活動家として知られていたナザリック地下大墳墓第六階層の設計者、ブルー・プラネットと交わした会話である。

 

「モモンガさん、自然保護っていうけどさ、護るものじゃないんだよね。」

 

 そもそもの会話の経緯は、彼が参加していた地球上のどこかに僅かながら残っているという手つかずの自然……それが本当に存在したのか、モモンガこと鈴木悟には確かめる(すべ)もなかったのであるが……を保護する基金(ファンド)への僅かばかりの出資をしないか、という胡散臭い勧誘話だったのだが、何事もまずは傾聴することを旨としていたモモンガは、素直にブルー・プラネットの言に耳を澄ましたのである。

 

「自然はね、護らなくても勝手に道を見出す、と言うか、自ら道を見出すのが自然であって、護られちゃってるのはもう自然じゃないんだよね。」

 

「……でも、だったらブルプラさんの参加されてる活動、意味なくないですか?」

 

「うん、意味ないかも。でもね、ほらボクらってさ、生きてるだけでもう自然破壊なわけじゃない?でも、自然破壊するの嫌だから死ぬか、ともならないでしょ。だからね、護らないと消えちゃう自然はそれが自然だから仕方ないとしてさ、自ら道を見出す自然、はやっぱり護らないとな、とか思うじゃない?」

 

 モモンガには、背後で跪く少女、おそらく確実に明日になれば声も顔も思い出せなくなるであろう少女が、ブルー・プラネットの言うところの自ら道を見出す自然、と重なるように何故か感じられた。

 

(……あのとき参加できなかった基金(ファンド)に、投資するとしますか、ブルプラさん。)

 

 モモンガはやおら身を翻すと、所持品(インベントリ)から小さな角笛を二つ取り出し、少女に投げ渡した。

 

「くれてやろう。吹けば小鬼(ゴブリン)の軍勢が現れ助力してくれる。」

 

 モモンガにしてみれば、課金ガチャのハズレアイテムに過ぎないものであったが、エンリは恭しくそれを拾うと深々と叩頭礼を執った。

 

「ありがとうございます。

 髑髏(ドクロ)様の思い出を心の支えに、強く生きていくことを誓います!」

「……誓います!」

 

 嗚呼!

 

 モモンガの心に何か閃くものがあった。

 

 どうして自分は、何をするにもかつての仲間たち、アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちとの思い出を想起せずにはおれないのだろうか、これは度の過ぎた感傷なのだろうか、と心の片隅でもやもやしたものを感じていたのだが、少女の言葉が、そこに視座の転換をもたらしたのだ。

 

 今のオレは何だ?

 

 死の支配者(オーバーロード)モモンガの体に宿る何者か、だ。

 

 オレはそれをずっと、サトルの魂のようなものだと思い込んでいた。

 

 だが違う。

 

 鈴木悟の肉体は既に失われ、魂などというものはおそらく実在しない。

 

 モモンガを駆動しているのは、オレを含めたアインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人の思い出、記憶であり、オレが何をするにも彼らを思い出すのは、オレが思い出しているのではなく、思い出こそがオレを動かしているのだ。

 

 と。

 

「……アインズ・ウール・ゴウンだ。」

 

「……はい?」

 

「真の形見として我が名を知るがいい。

 アインズ・ウール・ゴウンだ。」

 

「……御名(ぎょめい)承りました。

 アインズ・ウール・ゴウン様万歳!」

 

 エンリが最拝礼の姿勢を執る。

 

「我が名を濫りに口にすることは許さん。

 アルベドの()ともども、直系の子孫に語り継ぐことのみを許す。そう心得よ。」

 

「はい、お言葉に従います。」

 

「もう会うこともないだろう。

 だが憶えておくがいい。

 オレはおまえたちを見ている。

 気まぐれでまた護ることがあるかも知れないし、

 気まぐれでおまえたちを殺すことだってあるだろう。

 

 だが見ている。

 それを忘れるな(メメント・モリ)。」

 

「「はい、決して忘れません!」」

 

 よし決まった、オレ格好良(かっけー)

 さて帰るか。

 

 ……まず、すっ飛んでったセバスを探して回収しないとな。

 

 

                    *

 

 

「……と、以上が、ド・クロサマー王国初代女王の姉にして、伝説の小鬼王(ゴブリンロード)と習合して語られる勇者ジュゲムと共に、英雄として語られるところの血塗(ちぬ)れのエンリ、覇王エンリの建国神話で御座います、()()()()様。」

 

 百年ほど後、何も変わらぬナザリック地下大墳墓の玉座の間にて、デミウルゴスは己が主にそう復命した。

 

 あいも変わらず飽きも倦みもせず知的種族の動向把握を続けていた彼は、とある新興の王国において、ごくごく限られた王族の間でのみ()()()()・ウール・()()()なる死の神と、アル()()()なる(いくさ)女神に対する信仰と祭儀を有していることに気づき、これは単なる偶然ではないだろう、と内偵調査をおこなった。

 

 ことはナザリックの機密管理に関わるもの、と調査結果の復命は玉座の間に主だった守護者すべてを集めておこなわれたのだが、ほとんど講談か落語に近いそれが最上位悪魔(アーチデヴィル)の流暢かつ饒舌な語りで披瀝される間、彼らの至高の主アインズ・ウール・ゴウンは終始その体を謎の緑色の光に包まれ続け、そして最後にこう言ったという。

 

「ひょっとして、ド・クロサマーってオレのこと?」

 

 何故このようなことになるのか、はまた別のお話。

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