「<
ナザリック地下大墳墓玉座の間において、至宝の一つ、
「オレは名を改めることにした。
アインズ・ウール・ゴウン……これからはアインズ、と呼んで欲しい。
異議あるものは申し出るがいい。」
恭しく守護者統括アルベドが跪礼を執って復命する。
「……ご尊名承りました。
アインズ・ウール・ゴウン様万歳!
皆の者、忠誠の儀を!」
その場に居合わせるすべての有象無象が声高らかに復唱する。
「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!
そして散会となったのだが、
「アルベド、ちょっといいか?」
「はい、何でしょうか……アインズさ……
え!」
歩み寄ったアルベドは、不意にアインズに腕を掴まれ声を上げたが、次の瞬間、気づけば彼の自室にいた。どうやら、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で強引に連れ込まれたようだ。
「アルベド。」
名を呼ばれ、改めて跪礼を執る。
「オレは、異議ある者は申し出よ、と言ったはずだ。」
アルベドは俯いたまま顔を上げない。
「……誤解するな、責めているわけじゃない。
おまえに不満があるのであれば、それを知っておきたいと思ったからだ。」
とアインズはいつになく優しげに言う。
ようやくにして顔を
「……
あぁ、オレとしたことが抜かったな。
アインズは内心頭を掻く。
思えば、異世界転移の直前、ちょっとした出来心からアルベドのフレーバーテキストに『モモンガを愛している』などという戯言を書き加えたのは、他ならぬ自分自身ではないか。
「……そういうことか。」
「モモンガ様を愛すよう命じられた
激しく
「まぁ、聞け。
古来より『名は
今のオレは、モモンガであってモモンガではない。」
「な……何を仰せになって」
「いいから聞け!」
アインズは敢えて常ならぬ怒声を放ってアルベドを制した。
「……少し悟るところがあってな。
オレは、ユグドラシルのモモンガそのものではないし、当然のことながら最早鈴木悟でもなく、アインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人の化身であることに気づいたのだ。」
「しかし!」
「まぁ聞いてくれ、アルベド。」
もう一度同じことを、今度は優しげに、席を勧めながらアインズは言う。
自分の隣に掛けるように、と。
アルベドは一瞬戸惑う様子を見せたが、遠慮がちにアインズの隣に着座した。
「……パンドラズ・アクター、いるだろ?」
突然文脈を無視した同僚の名が出てきたので、気勢を制されたアルベドは涙を止めてきょとんとした表情を返す。
「皆には内緒だがな。
あいつには二人で居るときに限り、オレを……
その……なんだ……」
アインズが緑色に光る。
「……オレを……父上、と呼ぶことを許している。」
アルベドが金色の猫の目を大きく見開いて驚きを示した。
「何故だかわかるか?」
思考を要する場面を迎えると自然と怜悧な知性が回復する彼女は、しばし沈思黙考した後に自説を述べる。
「かの者が、モモンガ様が手づからに創造された者、だからでしょうか。
あるいは先の
対してウンウン、と骸骨頭を縦に振りつつアインズは答えた。
「それもある。
だがオレ自身の真に意図したところは……これはパンドラズ・アクター本人にも言っていないことだが、あいつがオレを父上と呼ぶことが、オレがかつて鈴木悟であったことを示す唯一のものだからだ。」
アルベドは当惑する。
さきほども
「恐れながら、スズキサトル、とは何でしょうか?」
「あぁ、言ってなかったか。
以前、オレは人間として最初の生を受けた話をしたな?
鈴木悟というのは、人間としてのオレの名だ。
なんと……とアルベドは絶句する。
「オレがかつて鈴木悟であった、ということ自体には深い意味はない。少なくとも今のオレはそう思っている。
だが、出発点は出発点として記憶に
最早不変のフレーバーテキストを自身の
が、どうやら、
ゆえのアインズ・ウール・ゴウンの名乗りか、と。
しかし。
では、この私の愛はどこへ捧げられればよいのだろう?
最早、このアインズ・ウール・ゴウンを名乗る
「で……だ。
おまえにもあいつと同じことを許す……というか、頼みたい。」
再び、アルベドの瞳が大きく見開かれる。
「今のオレが、かつて鈴木悟でありモモンガであった存在そのものではなく、アインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人の記憶によって突き動かされる存在であることは、オレがそのことに気づいてしまった以上、最早覆されざる
だからオレは、アインズ・ウール・ゴウンと名乗るし、そう呼ばれたいと思っている。」
隣に座りつつも真正面を見据えたまま語り続ける
「……またこれは、オレがパンドラズ・アクターの創造主としてのモモンガ、ではなく、すべてのナザリックのNPCの創造主としての至高の四十一人そのものだ、という意味でもある。
まぁ、誤解を招きたくはないので
「承りました。」
「そしてアルベド。
おまえにはオレと二人でいるときに限り、オレをモモンガと呼ぶことを許そう。
そうすることで、オレはいつまでも、自分がモモンガであったこと、おまえに自身を愛するように命じた自惚れ屋であったことを、忘れずにいられるだろう。」
嗚呼、モモンガ様!
たまらずアルベドはアインズ……もとい、モモンガに縋り付く。
一瞬、拒絶されるのではないか、と不安がよぎったが、アインズは何ら反応を返すことなくそれを受け入れた。
「……口づけしても、よろしゅう御座いますか?」
「皆の前ではオレをアインズ、と呼んでくれると約束してくれるのなら。」
「致します!もちろん、致しますとも!」
アルベドは力任せにアインズを押し倒し、その剥き出しの歯茎に唇を重ねた。
一方のアインズは、自身に
童貞のまま異世界転移の時を迎えたかつての自分、鈴木悟が、叶うならば誰か、出来るならばアルベドのように見目麗しい誰かとこのような時を過ごしてみたい、と、渇望、とまではいかないものの、漠然と望んでいたことは記憶している。
が、今の自分は、その鈴木悟の思いにまったく共感できない。
どうしてそんなことを望んでいたのだろう?
逆にアインズが感慨を覚えたのは、ここまでの一連のアルベドへの自身の態度もそうだが、オレはこんなに断言する自信家だったろうか、という点だ。
だが、考えて見れば、これは根を
今この瞬間もアルベドは、喘ぎ声を発しながらねっとりとアインズに絡みついて悶えているのだが、これに対しアインズに何の情動も起きないのは、偏にアインズの側にこれに応じるべき肉体の器官がないからだ。
異世界転移の直前、ちょっとした出来心からアルベドのフレーバーテキストに『モモンガを愛している』と上書きしたとき、もちろんアインズ……その
断言や自信の問題も実は同じことなのであって、鈴木悟はギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長として振る舞うに際し、今思えば驚くほど繊細に、他のギルメンの拒絶や嫌悪を招かぬよう気を
無論、そこで培われたノウハウは、今もなかなか融通の
が、それにしても、あそこまで過剰に気を
ギルド長として下した裁定がギルメンの誰かの怒りを買い、その人物が誰であれギルドから離れていくことは、鈴木悟にとっては絶対に避けねばならないことだった。
実際、最初の九人、ナインズ・オウン・ゴールは、たっち・みーの本人からすれば疑う余地のない
同様に、当時はそんなことは自覚的にはまったく考えてはいなかったはずだが恋愛についても同じことが言えて、運良く誰かと恋仲になれたとして、その瞬間から破局や死別に怯えて過ごすくらいならば、そういうことがあったらいいなと憧れているぐらいが丁度いい、というのが、鈴木悟の偽らざる本心ではなかったか。
対して、今のアインズがアルベドに対してかくも強気に振る舞えるのは、要するに、喪失に怯える理由がまったくないからだ。
まず第一に、アインズには寿命というものが、おそらくない。
人間であった自分がかくも喪失を恐れたのは、自身が有限の時間しか持たない
しかし、今の自分にはそういった制約がない。
ナザリック地下大墳墓の維持費問題は、有限の時間の
が、既にパンドラズ・アクターとマーレの協業により、現地産出の鉱物に対し<
難敵との遭遇や思わぬ事故によってNPCが失われる可能性は常にある。
だが、まだ試みていないし、流石にこればかりは
ペナルティ無しの復活がレベルに応じた莫大なユグドラシル金貨を必要とする以上、結局のところ問題は金貨の確保に帰着する。
金貨となる鉱物の枯渇?
これもまだ実験するつもりはないが、夜空を見上げれば星々が見えるからには、この世界にも広大無辺な宇宙が広がっているのだろう。小惑星を片っ端から砕いて<
以前から自身が何事もまずは実験することを好むことには自覚があったが、かつてのそれが有限の時間を無駄にしないための後ろ向きな予防措置であったのに対し、今のそれは無限の時間を使っての、それ自体が贅沢な楽しみになりつつあることに気づいたのは、セバスを連れてカルネ村を訪れた際の彼の奇矯な行動の数々に、当惑しつつもまったく腹が立たず、むしろ愉快だったからだ。
そしてそのセバスがまさにそうだが、こちらに渡ってきた直後こそまかり間違えて百レベルNPC全員に立ち向かってこられたらどうしよう、と気を揉んだこともあったが、今となってはそんなことを心配したことが馬々鹿々しくなるほどに
つまるところ、アインズがモモンガの名を捨てようが、何をしようが、アルベドは愛の軛からは決して逃れられない……少なくともここまで観察した事実と種々の実験結果はそれを示している……のであって、考えてみれば自分は随分と卑怯なことをやっているのかも知れない、と思わないでもない。
だが、だからこそアインズは、すべての
これが、今の自分にとって精一杯の
「おまえは本当にいい匂いがするな、アルベド。」
しばし物思いにふけってしまっていたが、濃厚な雌の匂いに鼻腔を擽られ
「すまないな、アルベド。
オレにはおまえの愛に応えてやれるだけの肉欲も肉体もない。
許せよ。」
敢えて鷹揚に発せられたその言葉は、存外アインズにとっては心底から彼女に対して申し訳ないと感じて発せられたものであった。
「よろしいのです、モモンガ様。
モモンガ様がそこにモモンガ様としてあられるだけで、
ナニを挿入するだけがアレでなし、やりようによってはアインズにもアルベドに応えてやる
だが、アインズはそうしたい、とも、すべきとも思わない。
我儘にいくと決めたのだ。
好きなようにやらせてもらうさ。
一旦頂点を極めたのか、アルベドが少し体を止め深い息をつく。
「……あのぉ、モモンガ様ぁ……よろしいでしょうか?」
いやに可愛らしくアルベドが問う。
「何がだ?
オレの配慮不足で一時とは言えおまえを苦しめてしまった詫びに、多少の我儘なら聞いてやらんでもないぞ。」
「……そのぉ……
ふふ、とアインズは笑う。
嗚呼、アルベド。
おまえもまた、疑いなくタブラさんの娘なんだな、と。
アルベドの創造主、ナザリックの錬金術師ダブラ・スマラグディナは、個性豊かなギルメンの中でも際立って多面的な人物であった。
その一つが、彼が倒錯的な愛を好む点だ。
「もちろん構わないとも。」
アルベドが、一時は激昂さえしてみせたアインズ・ウール・ゴウンへの改名。
その名、自身の愛するモモンガの名に取って代わろうとした名を、敢えて口にすることで背徳感を覚えながら達したい、と彼女が願っていることが、アインズにはよくわかった。
だが、彼女には、デミウルゴスやセバスにしてみせたように、おまえはタブラさんによく似ているな、とは敢えて言わない。アインズが設定を書き換えた副作用かも知れないが、アルベドはNPCの中では例外的に、自身の創造主について言及されることを好まないように思われたからだ。
いや、そのうち、その好まないことに言及されながら達したい、と倒錯的に願うのだろうか?
「本当におまえはいい匂いがする。」
再びアインズは言う。
決してアルベドを喜ばせたいわけではない。
偽らざる本音だ。
異世界転移で彼は多くのものを失ったが得たものもある。
その一つがこの嗅覚だ。
ゲームとしてのユグドラシルは、法律上の規制により嗅覚への刺激がなかった。
そして肉体の鈴木悟が暮らすリアルも、極めて香りに乏しい世界だったと記憶している。
そう言えば、嗅覚についてタブラさんが何か言っていたな、と思い出す。
あれは確か、そもそも嗅覚のゲーム上での再現に法規制があるのはナンセンスだ、というような話をしていたときだったか。多才なタブラが、彼の最も特筆すべき才であり同時に忌み嫌われた才を発揮したときだ。
「そもそも嗅覚というのは人類の文化の歴史上でも特別な意味を有しているのですよ。皆さんは仏教をご存知ですかな。そう、今のムンバイ・アーコロジー連合、かつてはインドといった国で後にブッダと呼ばれることになる人物が創始したとされる教えで、実際には彼に仮託して
タブラの博覧強記ぶりはつとに知られていて、何かで唐突にスイッチが入ると改めて何かでスイッチが切れるまで止まらなかった。
一方で、そのような人物の多くがそうであるように、彼は極めて根にもつタイプであり、しかもタチの悪いことにユグドラシルで十指に漏れない錬金術師であって、少なくないギルメンが彼から受けることのできる恩恵を大いに当てにしていたから、スイッチが入ってしまった彼の機嫌を損ねるのはタブーだった。
そのことを恐れない
「その経典の十八章目に
ちっとも早くねーじゃねーか、と裏でタブラのみを省いた
「で、この六根それぞれについてそれが伝道活動に参加することでどんなに素晴らしくなるか、つまり、皆さんに馴染みの言葉で言えば五感プラス気持ちに
このタブラの悪癖は、当の本人を除きギルメンすべてにうんざりされていたのだが、実は当時のモモンガは結構好きで存外真面目に聞き入っていたのだった。
「オゥ……ハァゥッ……モモンガ様ァ……アインズ様ァ!」
創造主ともども、凄い性癖だな……小学校しか出ていない鈴木悟は教養、というものに触れる機会がほとんどなく、そういったものに憧れがあって、タブラの話を聞いているだけで何か自分が知的で前向きな活動に参加している錯覚を覚えることができるのが楽しかったのかも知れない。
「ところが、このほとんど同型使い回しの
アァーーーゥ……ッ!
と嬌声を発して達したアルベドがぐたりと体を倒し、アインズは
自慰に
アインズは再びフフと己に
見ればアルベドはよほど満足したのか、アインズをしっかと抱き止めたまま、すやすやと安らかな寝息を立てていた。自分では到底処理しきれないナザリックの諸々の管理を丸投げしていることには自覚があるので、たまにはこの程度のご褒美を与えても
「やれやれ、困ったやつだな。」
毛布でも持って来て掛けてやろう、と思い立ったアインズは、
「……ん?」
眠ってはいても曲がりなりにも百レベルに達した肉弾戦専門家の腕力は、
(マジかよ……先のセバスといい、加減の利かん連中だな……)
深く嘆息しつつ、特に急いでやることもなし。
自分には無限の時間があるのだから
「ま、いっか。」
そう呟くと、自身眠ることがないアインズは、アルベドに抱きしめられたまま天井を仰いで転がり続けたのだった。
*
「もーーーしわけ御座いませんでした、アインズ様ぁ!」
およそ三時間ほど
「「アインズ様ぁー!」」
あらかじめ<
アルベドの極端な態度を例外として、この双子がそうであるように、アインズの改名にNPCたちは呆れるほど速やかに適応した。
何かと融通が利かない一面を見せる一方、こうした指示に対して驚くほど忠実である
今漠然と弄んでいる仮説は、フレーバーテキストとワーキングメモリの関係についてである。
元来、ユグドラシルにおけるフレーバーテキストはただただNPCの所有者の思い入れのぶつけ先であっただけでゲームキャラクタとしてのNPCの挙動に対しては何ら影響しておらず、その行動は能力値の一種と言えるAIパラメータと逐次的にプレイヤーの命令を受け付けてその完遂まで保持するワーキングメモリに規定されていた……はずだ、とアインズは認識している。
逆に異世界転移後のNPCの言動は、アルベドなどがその最もよい例になるが、フレーバーテキストの記述がその思考様式に大きな影響を与えているように見える。
また、どういった作用機序によるものかは不明だが、フレーバーテキストそのもの、というよりは、その行間に込められた創造者の思い、というものも何らかの影響を与えているかに思われる。でないと、ほとんどそこには何も書き込まれていないに近いセバスの傾向に説明がつかない。
とまれ、NPCたちの融通の利かなさは、どうやら異世界転移後はこのフレーバーテキストが修正できなくなっていることと関係しているらしい。
対して、彼らがかくも命令に対して忠実なのは、ユグドラシル時代のワーキングメモリに当たる何かが、ほぼそのまま機能している現れ、のように見える。もっとも、セバスが先のカルネ村の一件で見せた奇矯な行動を思えば必ずしも万全とは言えないようにも思われるが、これも、最終的な行動決定に際しては、ワーキングメモリの内容もまたフレーバーテキストその他で規定されたNPC個性を通して具体化されている、と考えると説明がつく。
仮にこの解釈が正しいとすれば、不安になってくるのはワーキングメモリの性能だ。
実のところ、自身の内心を吐露して見せたアルベドに対してもこれは秘していることになるが、アインズ・ウール・ゴウンへの改名の隠された目的として、このワーキングメモリの容量、保持可能期間を計る、というものがある。
必ずしも鈴木悟はコンピューティングに通じてはいなかったが、アインズはメモリが容量、保持期間ともに無限であろうと無邪気に信じることはできない。
NPC全員を一堂に会させて宣言した改名を同時に皆が失念するとすれば、単純にメモリには固定の保持期間があることになる。彼らの存在がユグドラシル時代の仕様に依拠している以上、無作為な個体差が生じるとは考えにくいからだ。
逆に、銘々がバラバラと改名を失念し始め、失念と失念したNPCの酷使度に相関が見られれば、メモリには容量制限があることが判明する。もしそのようなことが起こるようであれば、アインズは単に能力に応じた仕事を配分するのみならず、その
「考えなきゃならないことはまだまだ山積みだなぁ……」
「……何かおっしゃいましたか、アインズ様ァ?」
左右について歩く双子のうち、姉のアウラの方から声をかけられ、アインズは内心の声を漏らしていたことに気づく。
「いや、アウラ。ちょっと考え事をしていてな。」
今彼らは、在地の人間たちがトブの大森林と呼ぶ……もっともこの時点の彼らはそのことを知らない……カルネ村北方に広がる広大な手つかずの原生林の中の、少し
一見無防備だが、周囲からの肉眼視に対してはアインズの<
そのような厳戒態勢の
(野原にバスケットをぶらさげて二人の愛らしい子どもを連れた、骸骨……不気味な絵面だ。)
と、我ながら面白可笑しく思っていたりもする。
「アインズ様はお仕事し過ぎですよォ。何でも私たちにお任せくださって構わないのにィ。」
「で、でもお姉ちゃん。そ、それは、せっかく来てくださったアインズ様に失礼だよぉ。」
つい先程までアルベドにしがみつかれたまま三時間無為に天井を眺めていた身としては、働き過ぎなどと気を揉まれる
双子の任務は概ね順調だ。
基本的には冒険好きで大雑把な性格の姉アウラが大胆に探索した結果を、慎重で生真面目な性格の弟マーレが几帳面に記録する形で進められ、既に彼ら自身は侮蔑的に
中でも、断層が露出した崖で発見された希少金属の堆積層は、総埋蔵量こそ大したものではないものの<
この他、金属資源に比してしまえば誤差程度の額面にしかならないが、やはり換金可能な果実がいくらか発見されていて、その評価はこれからとなるが繁殖力によってはナザリック第六階層に移植して栽培を試みてみる価値があるのではないか、とアインズは考えていた。
「で、ですねアインズ様ァ。そのォ……やっぱり駄目ですかァ?」
上目使いにアウラが尋ねる。
彼女は
ここしばらくの隠密状態での探索を経て、彼女は原始的な
原則現地勢力との接触は禁じられており、そのことは出撃毎に助手の
「あんな連中、ドカンと殴れば一発ですよォ!」
「お、お
二人の創造主は、鈴木悟にとっては数少ないリアルでの職業を裏付け込みで把握していた……つまり、鈴木悟が彼女が声優として参加したエロゲーをいくらかプレイしてみたことがある、ということだが……人物となるギルドの粘液盾と呼ばれた
今アウラが見せているノリは、むしろ同じくギルメンの中では少数派の女性プレイヤーで「取り敢えず殴ってみよう」を座右の銘に据えていた女教師怒りの鉄拳、やまいこのそれに近い。
二人はとても仲が良く、アウラとマーレの双子を創造するに際しても何やかやと一緒になってやっていたことを知っているので、そういう影響伝播のパターンもあるものなのか、とアインズは思いを馳せるが、フレーバーテキストがNPCの思考様式を決定しているのではないかとした仮説と微妙に整合しないような気もする。テキストの行間に、書き手の人間関係までもが反映されるものか。
いや、デミウルゴスとセバスの関係を考えればもしや……
「……やっぱり駄目ですかぁ、アインズ様ァ?」
「お、お姉ちゃん!
ア、アインズ様はまた何か大切な考え事をしておいでだから邪魔しちゃ駄目だよぉ。」
「……あ、スマンな。
聞いていなかったわけじゃないんだが、つい、な。
まぁ、腰を降ろしてクッキーでも食べながら相談しようじゃないか。」
剥き出しになった適当な岩を見つけて腰を降ろし、アインズはバスケットからクッキーを双子たちに配る。
自身は手の平にそれを一枚取って、香ばしい薫りだけを楽しんだ。
(アルベドの匂いもいいが、こうした薫りもまた悪くないな。やはり嗅覚というのはこう……いかんいかん、今はアウラの相談を聞くんだった!)
どうにも自身の内へ向かいがちな思考に気づいて、アインズは首を小さくぷるぷると横に振り、目前の双子との対話に集中しようとする。
「で、
「ハイ!そうです、アインズ様ァ。」
「……理由を聞かせてくれるか?」
「すっごく強くてお優しいアインズ様に
アウラはまったく自身の正当性に迷いも疑いもないようだが、対するアインズは軽い眩暈を覚えていた。
(これは下手をするとセバスよりも酷いかも知れないな……)
「まぁ、それは間違ってはいないな。
だがそれは、そいつらが
NPCたちそれぞれの性向が一朝一夕どころか本質的には変更不可能なのではないか、と考えつつも、アインズは彼らを頭ごなしの命令で縛り付ける真似だけはしたくない、と思っている。
だから、無駄かも知れないし、可能であっても迂遠な道のりであることは承知の上で、一旦は話を受け止めてやってNPCの認識は肯定しつつもその視点の転換を図ることが出来ないか、と試行錯誤していた。
思考様式自体が変化せずとも、そこから導き出される結論が変化するのであれば、それは思考様式が変化したのと
「自力で我々の存在に気づくことすら出来ない連中に、どうしてわざわざこちらが手間をかけて我々の存在や力量を教えてやる必要がある?」
「……言われてみれば仰る通りですねェ。」
我ながら禅問答のような返しで、返された
「それにな、アウラ。
例えば、おまえの言う連中のような中途半端に知恵のあるヤツではなく、何か獣を飼うとするだろ?」
「はい!」
「飼うとすれば、おまえは面倒を見るだろう?」
「当然です、アインズ様ァ。」
「でも、その飼われる側に中途半端に知恵があると、おまえに対して、やれアレは不満だ、コレはそうして欲しい、と訴えてくるかも知れない。わかるか?」
「……あー、それはそうなりますよねェ。」
「ア、アインズ様?」
横で黙っていた弟マーレが口を挟む。
「……なんだ、マーレ?」
「ゆ、言うことを聞かなかったら潰してしまえばいいと思います!」
と、ヘラリとした笑みを浮かべ拳を振り下ろす仕草を見せる。
(嗚呼、こっちの方がより一層闇が深いな……)
「……そうだな、マーレ。おまえたちの力をもってすれば容易なことだ。」
言われたマーレは、どうやら褒められたと解釈したようで、常の自信なさげな雰囲気はどこへやら姉に対して誇らしげに胸を張る。
(……いや、ぶくぶく茶釜さん、何考えてこいつ創ったんですか。このヤバさはちょっと半端ないですよ!)
「だがな、マーレ。」
「はい、アインズ様ぁ!」
呼ばれた本人は名前を呼ばれるだけで嬉しいらしく、喜色満面だ。
「そもそもそいつらを飼おうとしなければ、そんな無駄な手間をかける必要はなかったんだよな。だとしたら、そもそも飼おうとする必要もないだろ?」
途端にマーレの顔が曇る。
どうやらこちらは姉とは異なり、一旦自分がこうだと決めた方向性と異なる向きへ話が進むことに対する耐性が低いようだ。
要注意だな。
「飼って面倒を見てやることで、その連中がおまえたちが掛けた手間以上の何かをおまえたちに返してくれるのであれば、まぁ、それはそれでいいかも知れないよな。」
再びマーレの顔がパァと明るくなったので、アインズの顔もペカーと緑色に光る。
「……で、アウラよ、どうだ?
この
「……何の役にも立ちそうにないですねェ。」
双子は揃って目に見えて落胆した様子を見せた。
おそらく……と、アインズは考える。
今この瞬間、二人のワーキングメモリには、見返りのない制圧を試みる必要はない、といったような命令が記録されたことになるのだろう。
落胆した様子を見せるのは、二人に限らずナザリックのすべての
(あざとい感もあるがいつもの手でいくか。)
「まぁ、おまえたち、そう落胆するな。
先々支配したり殲滅したりすることで見返りのある者たちと出会うこともあるだろう。
それに、だ。」
これまたいつものように、二人の注意を引くために敢えてアインズは言葉を切る。
「アウラとマーレはユグドラシル金貨に換金可能な果実や鉱物を発見してくれた。
オレの知る限り、ナザリックはもちろん、ユグドラシルの歴史上、敵から奪う以外の金貨獲得手段を開拓したNPCは居ない。
おまえたちは図らずも歴史的な仕事を成し遂げたのだ!」
ジッと
(さて、トドメといくか。)
「おまえたちの創造主であるぶくぶく茶釜さんは、ナザリックの盾と呼ばれていた。
ユグドラシル金貨はすべての
と捲し立てる。
「そんなおまえたちをオレに遺してくれたぶくぶく茶釜さんにオレは感謝しているし、それ以上におまえたちの働きに感謝しているぞ。
ありがとう、アウラ、マーレ。」
「「ア、アインズ様ァ!」」
感極まった
こんな子ども相手に悪辣にも程がある、と思わないでもないが、そんな子ども共々無邪気な
二人の双子の頭を骨の手の平で優しく撫でながら、
(さて、そろそろ狩りがしたいな。)
とアインズは天を仰いだ。