記憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第5話 襲名アインズ・ウール・ゴウン

「<上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)>!」

 

 ナザリック地下大墳墓玉座の間において、至宝の一つ、世界級(ワールド)アイテム<諸王の玉座>に座した死の支配者(オーバーロード)は、一堂に介した下僕(しもべ)たちの前で、やおら一本の柱から掲げられた紋章旗を指差し、そして破壊した。

 

「オレは名を改めることにした。

 

 アインズ・ウール・ゴウン……これからはアインズ、と呼んで欲しい。

 

 異議あるものは申し出るがいい。」

 

 恭しく守護者統括アルベドが跪礼を執って復命する。

 

「……ご尊名承りました。

 アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

 

 皆の者、忠誠の儀を!」

 

 その場に居合わせるすべての有象無象が声高らかに復唱する。

 

「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

 死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」

 

 そして散会となったのだが、()()()()は、(みな)の音頭を取ったアルベドの瞳にほんの一瞬見えた形容し難い不穏な何かが気になって、彼女を呼び止めた。

 

「アルベド、ちょっといいか?」

「はい、何でしょうか……アインズさ……

 

 え!」

 

 歩み寄ったアルベドは、不意にアインズに腕を掴まれ声を上げたが、次の瞬間、気づけば彼の自室にいた。どうやら、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で強引に連れ込まれたようだ。

 

「アルベド。」

 

 名を呼ばれ、改めて跪礼を執る。

 

「オレは、異議ある者は申し出よ、と言ったはずだ。」

 

 アルベドは俯いたまま顔を上げない。

 

「……誤解するな、責めているわけじゃない。

 おまえに不満があるのであれば、それを知っておきたいと思ったからだ。」

 

とアインズはいつになく優しげに言う。

 

 ようやくにして顔を(あるじ)に向けたアルベドは、意外なことにその瞳に涙をいっぱいに浮かべていた。

 

「……何故(なにゆえ)で御座います?

 何故(なにゆえ)、モモンガ様はその(いと)おしきお名前をお捨てになるのですか!」

 

 あぁ、オレとしたことが抜かったな。

 

 アインズは内心頭を掻く。

 

 思えば、異世界転移の直前、ちょっとした出来心からアルベドのフレーバーテキストに『モモンガを愛している』などという戯言を書き加えたのは、他ならぬ自分自身ではないか。

 

「……そういうことか。」

 

「モモンガ様を愛すよう命じられた(わたくし)は、これから何を心の()()として参ればよろしいのでしょう!」

 

 激しく戦慄(わなな)きながら訴えるアルベドを見て、よくもまぁ玉座の間ではこの感情の発露を抑えきったものだな、とアインズは感心した。

 

「まぁ、聞け。

 古来より『名は(たい)(あらわ)す』と言う。

 

 今のオレは、モモンガであってモモンガではない。」

 

「な……何を仰せになって」

「いいから聞け!」

 

 アインズは敢えて常ならぬ怒声を放ってアルベドを制した。

 

「……少し悟るところがあってな。

 オレは、ユグドラシルのモモンガそのものではないし、当然のことながら最早鈴木悟でもなく、アインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人の化身であることに気づいたのだ。」

「しかし!」

「まぁ聞いてくれ、アルベド。」

 

 もう一度同じことを、今度は優しげに、席を勧めながらアインズは言う。

 

 自分の隣に掛けるように、と。

 

 アルベドは一瞬戸惑う様子を見せたが、遠慮がちにアインズの隣に着座した。

 

「……パンドラズ・アクター、いるだろ?」

 

 突然文脈を無視した同僚の名が出てきたので、気勢を制されたアルベドは涙を止めてきょとんとした表情を返す。

 

「皆には内緒だがな。

 あいつには二人で居るときに限り、オレを……

 その……なんだ……」

 

 アインズが緑色に光る。

 

「……オレを……父上、と呼ぶことを許している。」

 

 アルベドが金色の猫の目を大きく見開いて驚きを示した。

 

「何故だかわかるか?」

 

 思考を要する場面を迎えると自然と怜悧な知性が回復する彼女は、しばし沈思黙考した後に自説を述べる。

 

「かの者が、モモンガ様が手づからに創造された者、だからでしょうか。

 あるいは先の御前(ごぜん)会議において、今後の方針決定に際し大きな貢献があった褒美?」

 

 対してウンウン、と骸骨頭を縦に振りつつアインズは答えた。

 

「それもある。

 だがオレ自身の真に意図したところは……これはパンドラズ・アクター本人にも言っていないことだが、あいつがオレを父上と呼ぶことが、オレがかつて鈴木悟であったことを示す唯一のものだからだ。」

 

 アルベドは当惑する。

 さきほども(あるじ)の言葉の中に登場したスズキサトルとは、何だ?

 

「恐れながら、スズキサトル、とは何でしょうか?」

「あぁ、言ってなかったか。

 以前、オレは人間として最初の生を受けた話をしたな?

 

 鈴木悟というのは、人間としてのオレの名だ。

 (わら)ってしまうほど没個性だろ?」

 

 なんと……とアルベドは絶句する。

 

「オレがかつて鈴木悟であった、ということ自体には深い意味はない。少なくとも今のオレはそう思っている。

 だが、出発点は出発点として記憶に(とど)める価値があるし、何より、オレがオレであることを見失わないよう、繋ぎ止める錨の一つにもなるだろうさ。」

 

 最早不変のフレーバーテキストを自身の自己同一性(アイデンティティ)の源とする……無論、彼女自身にそんな自覚はないのであるが……アルベドには、アインズの言わんとするところが今ひとつ実感を以て理解できない。

 

 が、どうやら、(あるじ)が名前というものに対し、自身のあり方を規定する要素の一つとして強い思いを抱いている、ということは理解できた。

 

 ゆえのアインズ・ウール・ゴウンの名乗りか、と。

 

 しかし。

 

 では、この私の愛はどこへ捧げられればよいのだろう?

 最早、このアインズ・ウール・ゴウンを名乗る死の支配者(オーバーロード)は、自分を必要としないのであろうか。

 

「で……だ。

 おまえにもあいつと同じことを許す……というか、頼みたい。」

 

 再び、アルベドの瞳が大きく見開かれる。

 

「今のオレが、かつて鈴木悟でありモモンガであった存在そのものではなく、アインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人の記憶によって突き動かされる存在であることは、オレがそのことに気づいてしまった以上、最早覆されざる事実(じじつ)だ。

 だからオレは、アインズ・ウール・ゴウンと名乗るし、そう呼ばれたいと思っている。」

 

 隣に座りつつも真正面を見据えたまま語り続ける(あるじ)の横顔を、アルベドはジッと見つめ続ける。ついさきほどは、本来は忠誠の対象であったはずのギルド、アインズ・ウール・ゴウンの名が憎らしくすら感じられ、その本性に刻み込まれた絶対服従との狭間で切り裂かれんばかりに思われたが、不思議とその思いは何処かへ霧散していた。

 

「……またこれは、オレがパンドラズ・アクターの創造主としてのモモンガ、ではなく、すべてのナザリックのNPCの創造主としての至高の四十一人そのものだ、という意味でもある。

 まぁ、誤解を招きたくはないので()()の件を皆に話すつもりはないから、おまえもそう心得ておいてくれ。」

「承りました。」

 

「そしてアルベド。

 おまえにはオレと二人でいるときに限り、オレをモモンガと呼ぶことを許そう。

 そうすることで、オレはいつまでも、自分がモモンガであったこと、おまえに自身を愛するように命じた自惚れ屋であったことを、忘れずにいられるだろう。」

 

 嗚呼、モモンガ様!

 

 たまらずアルベドはアインズ……もとい、モモンガに縋り付く。

 一瞬、拒絶されるのではないか、と不安がよぎったが、アインズは何ら反応を返すことなくそれを受け入れた。

 

「……口づけしても、よろしゅう御座いますか?」

 

「皆の前ではオレをアインズ、と呼んでくれると約束してくれるのなら。」

「致します!もちろん、致しますとも!」

 

 アルベドは力任せにアインズを押し倒し、その剥き出しの歯茎に唇を重ねた。

 

 

 

 一方のアインズは、自身に清々(すがすが)しいまでに何の感慨も湧かないことに、驚きを通り越して呆れを感じていた。

 

 童貞のまま異世界転移の時を迎えたかつての自分、鈴木悟が、叶うならば誰か、出来るならばアルベドのように見目麗しい誰かとこのような時を過ごしてみたい、と、渇望、とまではいかないものの、漠然と望んでいたことは記憶している。

 が、今の自分は、その鈴木悟の思いにまったく共感できない。

 

 どうしてそんなことを望んでいたのだろう?

 

 逆にアインズが感慨を覚えたのは、ここまでの一連のアルベドへの自身の態度もそうだが、オレはこんなに断言する自信家だったろうか、という点だ。

 

 だが、考えて見れば、これは根を(おな)じくする事象であることに彼は気づき始めている。

 

 今この瞬間もアルベドは、喘ぎ声を発しながらねっとりとアインズに絡みついて悶えているのだが、これに対しアインズに何の情動も起きないのは、偏にアインズの側にこれに応じるべき肉体の器官がないからだ。

 

 異世界転移の直前、ちょっとした出来心からアルベドのフレーバーテキストに『モモンガを愛している』と上書きしたとき、もちろんアインズ……その時点(じてん)では人間・鈴木悟ということになる……は、叶うものならばアルベドのように美しく肉感豊かな女性に愛され、あんなことやこんなことに臨んでみたい、という思いがあったからこそあのような余計なことをやらかしたのだが、突き詰めれば、それを求めていたのは鈴木悟の生殖器官が脳に対してかくあれと要求していたのであって、それを欠く今のアインズとは関係がない。

 

 断言や自信の問題も実は同じことなのであって、鈴木悟はギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長として振る舞うに際し、今思えば驚くほど繊細に、他のギルメンの拒絶や嫌悪を招かぬよう気を(つか)っていた。

 無論、そこで培われたノウハウは、今もなかなか融通の()かないNPCに自身の意図するところを伝えるべく、手を替え(しな)を替えするに際し活かされているのであるから決して無駄であったとは思っていない。

 

 が、それにしても、あそこまで過剰に気を(つか)っていたのは……そして、ついに特定の女性と恋愛関係を結ぶことなく人間としての生を終えてしまったのは、これも突き詰めれば、鈴木悟が常に喪失の危険性に怯えていたからだ、と今のアインズには痛いほどによくわかった。

 

 ギルド長として下した裁定がギルメンの誰かの怒りを買い、その人物が誰であれギルドから離れていくことは、鈴木悟にとっては絶対に避けねばならないことだった。

 実際、最初の九人、ナインズ・オウン・ゴールは、たっち・みーの本人からすれば疑う余地のない()()によって一人のメンバーを失い、そのことはたっち・みーとウルベルト・アレイン・オードルとの間の以降の確執の一因となったのであり、鈴木悟のその後のあり方にも大きな影響を与えていた。

 

 同様に、当時はそんなことは自覚的にはまったく考えてはいなかったはずだが恋愛についても同じことが言えて、運良く誰かと恋仲になれたとして、その瞬間から破局や死別に怯えて過ごすくらいならば、そういうことがあったらいいなと憧れているぐらいが丁度いい、というのが、鈴木悟の偽らざる本心ではなかったか。

 

 対して、今のアインズがアルベドに対してかくも強気に振る舞えるのは、要するに、喪失に怯える理由がまったくないからだ。

 

 まず第一に、アインズには寿命というものが、おそらくない。

 

 人間であった自分がかくも喪失を恐れたのは、自身が有限の時間しか持たない泡沫(うたかた)の存在であり、一度失ったものをその時間内(タイムリミット)に取り戻すことはできないだろう、との考えに支配されていたからだ。

 

 しかし、今の自分にはそういった制約がない。

 

 ナザリック地下大墳墓の維持費問題は、有限の時間の(たぐい)であるのかも知れない。

 が、既にパンドラズ・アクターとマーレの協業により、現地産出の鉱物に対し<換金箱(エクスチェンジボックス)>が応答することは確認済みだ。現時点でナザリックの収支は赤字だが、これは遠からず黒字に転じる、とアインズは特に根拠もなく確信していた。

 

 難敵との遭遇や思わぬ事故によってNPCが失われる可能性は常にある。

 だが、まだ試みていないし、流石にこればかりは()()()()が来るまで強いて実験するつもりもないが、あらゆる魔法やアイテムがユグドラシル同様の効果を現す以上、<蘇生(リザレクション)>だけがその例外であるとは考えにくい。

 ペナルティ無しの復活がレベルに応じた莫大なユグドラシル金貨を必要とする以上、結局のところ問題は金貨の確保に帰着する。

 

 金貨となる鉱物の枯渇?

 これもまだ実験するつもりはないが、夜空を見上げれば星々が見えるからには、この世界にも広大無辺な宇宙が広がっているのだろう。小惑星を片っ端から砕いて<換金箱(エクスチェンジボックス)>に放り込む手法さえ確立すれば、あとは無限の時間が何とでもしてくれるだろう。

 

 以前から自身が何事もまずは実験することを好むことには自覚があったが、かつてのそれが有限の時間を無駄にしないための後ろ向きな予防措置であったのに対し、今のそれは無限の時間を使っての、それ自体が贅沢な楽しみになりつつあることに気づいたのは、セバスを連れてカルネ村を訪れた際の彼の奇矯な行動の数々に、当惑しつつもまったく腹が立たず、むしろ愉快だったからだ。

 

 そしてそのセバスがまさにそうだが、こちらに渡ってきた直後こそまかり間違えて百レベルNPC全員に立ち向かってこられたらどうしよう、と気を揉んだこともあったが、今となってはそんなことを心配したことが馬々鹿々しくなるほどに下僕(しもべ)たちの忠誠心は……アインズの期待通りに動いてくれるかどうかはともかくとして……疑うべくもない。

 

 つまるところ、アインズがモモンガの名を捨てようが、何をしようが、アルベドは愛の軛からは決して逃れられない……少なくともここまで観察した事実と種々の実験結果はそれを示している……のであって、考えてみれば自分は随分と卑怯なことをやっているのかも知れない、と思わないでもない。

 

 だが、だからこそアインズは、すべてのNPC(しもべ)たちがある一定の制約の中でしか言動できないからこそ、せめて本人の主観的には楽しく過ごせるように……実際に本人がどう感じているのかは知りようもないのだから、これもアインズの一人相撲に過ぎない、と言ってしまえばそれまでではあるが……したい。

 

 これが、今の自分にとって精一杯の()なのだ。

 

「おまえは本当にいい匂いがするな、アルベド。」

 

 しばし物思いにふけってしまっていたが、濃厚な雌の匂いに鼻腔を擽られ(われ)に返ってみれば、自分はソファーに押し倒されており、その上に跨ったアルベドは、モモンガ様、モモンガ様と愛する(あるじ)の自分だけに許された名を呼びながら、頬を燃えるように赤く紅潮させて自分自身を慰めていた。

 

「すまないな、アルベド。

 オレにはおまえの愛に応えてやれるだけの肉欲も肉体もない。

 許せよ。」

 

 敢えて鷹揚に発せられたその言葉は、存外アインズにとっては心底から彼女に対して申し訳ないと感じて発せられたものであった。

 

「よろしいのです、モモンガ様。

 モモンガ様がそこにモモンガ様としてあられるだけで、(わたくし)は十分に満たされます!」

 

 ナニを挿入するだけがアレでなし、やりようによってはアインズにもアルベドに応えてやる(すべ)はあるのかも知れない。

 

 だが、アインズはそうしたい、とも、すべきとも思わない。

 

 我儘にいくと決めたのだ。

 好きなようにやらせてもらうさ。

 

 一旦頂点を極めたのか、アルベドが少し体を止め深い息をつく。

 

「……あのぉ、モモンガ様ぁ……よろしいでしょうか?」

 

 いやに可愛らしくアルベドが問う。

 

「何がだ?

 オレの配慮不足で一時とは言えおまえを苦しめてしまった詫びに、多少の我儘なら聞いてやらんでもないぞ。」

 

「……そのぉ……()()()()様、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 

 ふふ、とアインズは笑う。

 

 嗚呼、アルベド。

 おまえもまた、疑いなくタブラさんの娘なんだな、と。

 

 アルベドの創造主、ナザリックの錬金術師ダブラ・スマラグディナは、個性豊かなギルメンの中でも際立って多面的な人物であった。

 その一つが、彼が倒錯的な愛を好む点だ。

 

「もちろん構わないとも。」

 

 アルベドが、一時は激昂さえしてみせたアインズ・ウール・ゴウンへの改名。

 その名、自身の愛するモモンガの名に取って代わろうとした名を、敢えて口にすることで背徳感を覚えながら達したい、と彼女が願っていることが、アインズにはよくわかった。

 

 だが、彼女には、デミウルゴスやセバスにしてみせたように、おまえはタブラさんによく似ているな、とは敢えて言わない。アインズが設定を書き換えた副作用かも知れないが、アルベドはNPCの中では例外的に、自身の創造主について言及されることを好まないように思われたからだ。

 

 いや、そのうち、その好まないことに言及されながら達したい、と倒錯的に願うのだろうか?

 

「本当におまえはいい匂いがする。」

 

 再びアインズは言う。

 決してアルベドを喜ばせたいわけではない。

 

 偽らざる本音だ。

 

 異世界転移で彼は多くのものを失ったが得たものもある。

 その一つがこの嗅覚だ。

 

 ゲームとしてのユグドラシルは、法律上の規制により嗅覚への刺激がなかった。

 そして肉体の鈴木悟が暮らすリアルも、極めて香りに乏しい世界だったと記憶している。

 

 そう言えば、嗅覚についてタブラさんが何か言っていたな、と思い出す。

 

 あれは確か、そもそも嗅覚のゲーム上での再現に法規制があるのはナンセンスだ、というような話をしていたときだったか。多才なタブラが、彼の最も特筆すべき才であり同時に忌み嫌われた才を発揮したときだ。

 

「そもそも嗅覚というのは人類の文化の歴史上でも特別な意味を有しているのですよ。皆さんは仏教をご存知ですかな。そう、今のムンバイ・アーコロジー連合、かつてはインドといった国で後にブッダと呼ばれることになる人物が創始したとされる教えで、実際には彼に仮託して後々(のちのち)に創作された文献が大部分なんですが、その中に東アジア全域で広く崇敬を受けたサ・ダルマ・プンダリーカ・スートラという経典がありましてね……」

 

 タブラの博覧強記ぶりはつとに知られていて、何かで唐突にスイッチが入ると改めて何かでスイッチが切れるまで止まらなかった。

 一方で、そのような人物の多くがそうであるように、彼は極めて根にもつタイプであり、しかもタチの悪いことにユグドラシルで十指に漏れない錬金術師であって、少なくないギルメンが彼から受けることのできる恩恵を大いに当てにしていたから、スイッチが入ってしまった彼の機嫌を損ねるのはタブーだった。

 そのことを恐れない(たぐい)のギルメンは、もうこの時点で「また始まったな」とそそくさと退出する。

 

「その経典の十八章目に六根清浄(ろっこんしょうじょう)といって、これは地口の()()()()()()の語源だなんてまことしやかに囁かれる言葉なんですけども、要するにこれは五感に心を加えて六つに数えていると思えばよろしいのですがね、とにかく、この経典の伝播に参加すれば六根が清らかになるので六根清浄(ろっこんしょうじょう)というわけですが、早い話、伝道者(エヴァンジェリスト)になればこのようなご利益があると謳っているんですね……」

 

 ちっとも早くねーじゃねーか、と裏でタブラのみを省いた個人間通信(プライベートチャット)でツッコミながら離脱のタイミングを逃したウルベルトなどは最後まで傾聴する覚悟を決めていたりしたものだが、アインズは、リアルではプログラマーをやっていたヘロヘロがこれに備えて、まったく別の作業を並行してやっていてもタブラの目前にあるアバターが適度に気の効いた相槌を打つモッドを有志にこっそり配布していたのを知っている。

 

「で、この六根それぞれについてそれが伝道活動に参加することでどんなに素晴らしくなるか、つまり、皆さんに馴染みの言葉で言えば五感プラス気持ちに()()がかかる、というとわかりやすいかと思いますが、もちろんそんなわけはなくて、これはこの経典を創作した人の自画自讃、人材勧誘の甘言の類なんですけれども、この部分がすごく面白くてですね、六根それぞれについて同型の、根の部分だけを変えた文が、ほぼ相同のままに六回繰り返されるんですよ、私は漢訳と和訳と英訳でしか読んでないので断言はできないんですけどね、おそらくサンスクリット原典では韻も踏んでいたはずですね……」

 

 このタブラの悪癖は、当の本人を除きギルメンすべてにうんざりされていたのだが、実は当時のモモンガは結構好きで存外真面目に聞き入っていたのだった。

 

「オゥ……ハァゥッ……モモンガ様ァ……アインズ様ァ!」

 

 創造主ともども、凄い性癖だな……小学校しか出ていない鈴木悟は教養、というものに触れる機会がほとんどなく、そういったものに憧れがあって、タブラの話を聞いているだけで何か自分が知的で前向きな活動に参加している錯覚を覚えることができるのが楽しかったのかも知れない。

 

「ところが、このほとんど同型使い回しの六根清浄(ろっこんしょうじょう)への言及が、何故だか鼻根(びこん)に関する部分だけ他の五根のそれよりもきっかり倍の長さなんですね、特にそうすべき必要性ないのに。これが嗅覚というものが文化的に特別な位置を持っていた例としてこれを引いた所以なんですけども、しかもその中身が傑作で、鼻根が優れることで妊婦が次に産む男女を嗅ぎ分けることができるようになるとか、神々の妻や娘たちの匂いを嗅ぐことができるとか言われていて、ちょっと倒錯的なんですよ、私が言うのもなんですけども。これって要するにお坊さんが創作したワケじゃないですか。そのお坊さんが匂いフェチなわけですよ。で、言うに事欠いて、神々の童女の匂いも嗅げるとか真顔で言ってて、ペロロンチーノくんかい!とか思うじゃないですか。あ、そういえばペロロンチーノくんに頼まれてた錬金(れんきん)素材を届けなきゃいけないので、今日はこのへんで。皆さん、ごきげんよう。」

 

 アァーーーゥ……ッ!

 

と嬌声を発して達したアルベドがぐたりと体を倒し、アインズは(われ)に返る。

 

 自慰に(ふけ)る絶世の美女に絡みつかれながらブッダの教えに思いを馳せていた自分はもはや解脱しているのではないか。

 

 アインズは再びフフと己に(わら)う。

 

 見ればアルベドはよほど満足したのか、アインズをしっかと抱き止めたまま、すやすやと安らかな寝息を立てていた。自分では到底処理しきれないナザリックの諸々の管理を丸投げしていることには自覚があるので、たまにはこの程度のご褒美を与えても(ばち)は当たるまい。

 

「やれやれ、困ったやつだな。」

 

 毛布でも持って来て掛けてやろう、と思い立ったアインズは、

 

「……ん?」

 

 神鉄(しんてつ)縛鎖(ばくさ)にでもかかったかの如く、自分の体が動かないことに気づく。

 

 眠ってはいても曲がりなりにも百レベルに達した肉弾戦専門家の腕力は、魔法詠唱者(マジックキャスター)であるところのアインズでは遠く及ばない。

 

(マジかよ……先のセバスといい、加減の利かん連中だな……)

 

 深く嘆息しつつ、特に急いでやることもなし。

 自分には無限の時間があるのだから(あせ)る理由は何もない。

 

「ま、いっか。」

 

 そう呟くと、自身眠ることがないアインズは、アルベドに抱きしめられたまま天井を仰いで転がり続けたのだった。

 

 

                    *

 

 

「もーーーしわけ御座いませんでした、アインズ様ぁ!」

 

 およそ三時間ほど()き枕の任を務めたアインズは、すっかりしおらしくなったアルベドを残し、非知的動植物相調査組、すなわち闇妖精(ダークエルフ)姉弟のアウラとマーレの陣中見舞いに出掛けることにした。

 

「「アインズ様ぁー!」」

 

 あらかじめ<伝言(メッセージ)>で取り交わした合流地点へ<転移門(ゲート)>を(くぐ)りたどり着いてみれば、たちまちに双子の闇妖精(ダークエルフ)(あるじ)の名を呼びながら駆け寄って来た。

 

 アルベドの極端な態度を例外として、この双子がそうであるように、アインズの改名にNPCたちは呆れるほど速やかに適応した。

 

 何かと融通が利かない一面を見せる一方、こうした指示に対して驚くほど忠実であるNPC(しもべ)たちの有り様に何か法則性が見出だせるものだろうか、とアインズは頭を捻っていた。

 

 今漠然と弄んでいる仮説は、フレーバーテキストとワーキングメモリの関係についてである。

 

 元来、ユグドラシルにおけるフレーバーテキストはただただNPCの所有者の思い入れのぶつけ先であっただけでゲームキャラクタとしてのNPCの挙動に対しては何ら影響しておらず、その行動は能力値の一種と言えるAIパラメータと逐次的にプレイヤーの命令を受け付けてその完遂まで保持するワーキングメモリに規定されていた……はずだ、とアインズは認識している。

 逆に異世界転移後のNPCの言動は、アルベドなどがその最もよい例になるが、フレーバーテキストの記述がその思考様式に大きな影響を与えているように見える。

 また、どういった作用機序によるものかは不明だが、フレーバーテキストそのもの、というよりは、その行間に込められた創造者の思い、というものも何らかの影響を与えているかに思われる。でないと、ほとんどそこには何も書き込まれていないに近いセバスの傾向に説明がつかない。

 

 とまれ、NPCたちの融通の利かなさは、どうやら異世界転移後はこのフレーバーテキストが修正できなくなっていることと関係しているらしい。

 

 対して、彼らがかくも命令に対して忠実なのは、ユグドラシル時代のワーキングメモリに当たる何かが、ほぼそのまま機能している現れ、のように見える。もっとも、セバスが先のカルネ村の一件で見せた奇矯な行動を思えば必ずしも万全とは言えないようにも思われるが、これも、最終的な行動決定に際しては、ワーキングメモリの内容もまたフレーバーテキストその他で規定されたNPC個性を通して具体化されている、と考えると説明がつく。

 

 仮にこの解釈が正しいとすれば、不安になってくるのはワーキングメモリの性能だ。

 

 実のところ、自身の内心を吐露して見せたアルベドに対してもこれは秘していることになるが、アインズ・ウール・ゴウンへの改名の隠された目的として、このワーキングメモリの容量、保持可能期間を計る、というものがある。

 

 必ずしも鈴木悟はコンピューティングに通じてはいなかったが、アインズはメモリが容量、保持期間ともに無限であろうと無邪気に信じることはできない。

 NPC全員を一堂に会させて宣言した改名を同時に皆が失念するとすれば、単純にメモリには固定の保持期間があることになる。彼らの存在がユグドラシル時代の仕様に依拠している以上、無作為な個体差が生じるとは考えにくいからだ。

 逆に、銘々がバラバラと改名を失念し始め、失念と失念したNPCの酷使度に相関が見られれば、メモリには容量制限があることが判明する。もしそのようなことが起こるようであれば、アインズは単に能力に応じた仕事を配分するのみならず、その負荷分散(ロードバランス)も意識しなければならないことになるだろう。

 

「考えなきゃならないことはまだまだ山積みだなぁ……」

 

「……何かおっしゃいましたか、アインズ様ァ?」

 

 左右について歩く双子のうち、姉のアウラの方から声をかけられ、アインズは内心の声を漏らしていたことに気づく。

 

「いや、アウラ。ちょっと考え事をしていてな。」

 

 今彼らは、在地の人間たちがトブの大森林と呼ぶ……もっともこの時点の彼らはそのことを知らない……カルネ村北方に広がる広大な手つかずの原生林の中の、少し(ひら)けて野原になっているところをピクニック気分で歩いている。

 一見無防備だが、周囲からの肉眼視に対してはアインズの<幻術(イリュージョン)>が展開されており、また周囲数キロの動く何か、魔法による覗き見についてはナザリックの目、ニグレドの後方支援(バックアップ)があって完全防備だ。

 

 そのような厳戒態勢の(もと)であるにもかかわらず、アインズの骨の左手にはナザリックのコック長が用意してくれた双子への差し入れのクッキーでいっぱいのバスケットがかかっていて、

 

(野原にバスケットをぶらさげて二人の愛らしい子どもを連れた、骸骨……不気味な絵面だ。)

 

と、我ながら面白可笑しく思っていたりもする。

 

「アインズ様はお仕事し過ぎですよォ。何でも私たちにお任せくださって構わないのにィ。」

「で、でもお姉ちゃん。そ、それは、せっかく来てくださったアインズ様に失礼だよぉ。」

 

 つい先程までアルベドにしがみつかれたまま三時間無為に天井を眺めていた身としては、働き過ぎなどと気を揉まれる(いわ)れはないような気もするが、まさかそれを幼気(いたいけ)なこの子たちに説明するわけにもいかず、さりとて、おまえたちの頭の中身を考察していたと正直に打ち明けるわけにもいかず、アインズは二の句が継げずにいた。

 

 双子の任務は概ね順調だ。

 

 基本的には冒険好きで大雑把な性格の姉アウラが大胆に探索した結果を、慎重で生真面目な性格の弟マーレが几帳面に記録する形で進められ、既に彼ら自身は侮蔑的に(ブッシュ)と呼ぶところの大森林の南四分の一ほどの大まかな詳細地図化(マッピング)が完了しつつあった。

 中でも、断層が露出した崖で発見された希少金属の堆積層は、総埋蔵量こそ大したものではないものの<換金箱(エクスチェンジボックス)>に放り込むことでユグドラシル金貨獲得が可能であることが明らかとなり、その結果にアインズは大いに満足している。

 この他、金属資源に比してしまえば誤差程度の額面にしかならないが、やはり換金可能な果実がいくらか発見されていて、その評価はこれからとなるが繁殖力によってはナザリック第六階層に移植して栽培を試みてみる価値があるのではないか、とアインズは考えていた。

 

「で、ですねアインズ様ァ。そのォ……やっぱり駄目ですかァ?」

 

 上目使いにアウラが尋ねる。

 

 彼女は魔獣使い(ビーストテイマー)であり、その資質ゆえに格下の相手……この世界にそうでない存在がどれほどいるというのだろう……を組み従えることを好む。

 

 ここしばらくの隠密状態での探索を経て、彼女は原始的な蜥蜴人(リサードマン)の集落、妖巨人(トロール)部族(クラン)、魔法を操ると思われる半蛇人(ナーガ)に率いられた混成の亜人集団(ハイブリッド)などを捕捉し、相手に気取られないままにその動向を把握していた。

 原則現地勢力との接触は禁じられており、そのことは出撃毎に助手の戦闘メイド(プレアデス)、エントマも交えて読み合わせる件のチェックリストにも明記されているので決してそれを破ろうとしたことはないが、出来るものであれば許しを得てかの者たちを制圧し、願わくは己が(あるじ)平伏(ひれふ)させたい、とアウラは考えている。

 

「あんな連中、ドカンと殴れば一発ですよォ!」

「お、お(ねえ)ちゃーん……」

 

 二人の創造主は、鈴木悟にとっては数少ないリアルでの職業を裏付け込みで把握していた……つまり、鈴木悟が彼女が声優として参加したエロゲーをいくらかプレイしてみたことがある、ということだが……人物となるギルドの粘液盾と呼ばれた防御専門家(タンク)、ぶくぶく茶釜だが、彼女はこんなに粗暴な人では……実弟ペロロンチーノに対してはともかくとして……なかった、とアインズは記憶している。

 

 今アウラが見せているノリは、むしろ同じくギルメンの中では少数派の女性プレイヤーで「取り敢えず殴ってみよう」を座右の銘に据えていた女教師怒りの鉄拳、やまいこのそれに近い。

 二人はとても仲が良く、アウラとマーレの双子を創造するに際しても何やかやと一緒になってやっていたことを知っているので、そういう影響伝播のパターンもあるものなのか、とアインズは思いを馳せるが、フレーバーテキストがNPCの思考様式を決定しているのではないかとした仮説と微妙に整合しないような気もする。テキストの行間に、書き手の人間関係までもが反映されるものか。

 

 いや、デミウルゴスとセバスの関係を考えればもしや……

 

「……やっぱり駄目ですかぁ、アインズ様ァ?」

「お、お姉ちゃん!

 ア、アインズ様はまた何か大切な考え事をしておいでだから邪魔しちゃ駄目だよぉ。」

 

「……あ、スマンな。

 聞いていなかったわけじゃないんだが、つい、な。

 

 まぁ、腰を降ろしてクッキーでも食べながら相談しようじゃないか。」

 

 剥き出しになった適当な岩を見つけて腰を降ろし、アインズはバスケットからクッキーを双子たちに配る。

 自身は手の平にそれを一枚取って、香ばしい薫りだけを楽しんだ。

 

(アルベドの匂いもいいが、こうした薫りもまた悪くないな。やはり嗅覚というのはこう……いかんいかん、今はアウラの相談を聞くんだった!)

 

 どうにも自身の内へ向かいがちな思考に気づいて、アインズは首を小さくぷるぷると横に振り、目前の双子との対話に集中しようとする。

 

「で、(ブッシュ)の亜人種と接触し支配下におきたい、という話……でよかったか?」

「ハイ!そうです、アインズ様ァ。」

 

「……理由を聞かせてくれるか?」

「すっごく強くてお優しいアインズ様に平伏(ひれふ)すのは当然だからです!」

 

 アウラはまったく自身の正当性に迷いも疑いもないようだが、対するアインズは軽い眩暈を覚えていた。

 

(これは下手をするとセバスよりも酷いかも知れないな……)

 

「まぁ、それは間違ってはいないな。

 だがそれは、そいつらがオレたち(ナザリック)の存在に自力で気づき、まともな判断能力を有しているならば勝手にそうするだろうよ。」

 

 NPCたちそれぞれの性向が一朝一夕どころか本質的には変更不可能なのではないか、と考えつつも、アインズは彼らを頭ごなしの命令で縛り付ける真似だけはしたくない、と思っている。

 だから、無駄かも知れないし、可能であっても迂遠な道のりであることは承知の上で、一旦は話を受け止めてやってNPCの認識は肯定しつつもその視点の転換を図ることが出来ないか、と試行錯誤していた。

 

 思考様式自体が変化せずとも、そこから導き出される結論が変化するのであれば、それは思考様式が変化したのと(おな)じことだ。

 

「自力で我々の存在に気づくことすら出来ない連中に、どうしてわざわざこちらが手間をかけて我々の存在や力量を教えてやる必要がある?」

 

「……言われてみれば仰る通りですねェ。」

 

 我ながら禅問答のような返しで、返された(ほう)は不満に感じるのではないかと気を揉むが、言われたアウラは存外カラリとした様子で、そういう考え方もあるのか、と感心した様子を見せる。

 

「それにな、アウラ。

 例えば、おまえの言う連中のような中途半端に知恵のあるヤツではなく、何か獣を飼うとするだろ?」

「はい!」

 

「飼うとすれば、おまえは面倒を見るだろう?」

「当然です、アインズ様ァ。」

 

「でも、その飼われる側に中途半端に知恵があると、おまえに対して、やれアレは不満だ、コレはそうして欲しい、と訴えてくるかも知れない。わかるか?」

「……あー、それはそうなりますよねェ。」

 

「ア、アインズ様?」

 

 横で黙っていた弟マーレが口を挟む。

 

「……なんだ、マーレ?」

「ゆ、言うことを聞かなかったら潰してしまえばいいと思います!」

 

と、ヘラリとした笑みを浮かべ拳を振り下ろす仕草を見せる。

 

(嗚呼、こっちの方がより一層闇が深いな……)

 

「……そうだな、マーレ。おまえたちの力をもってすれば容易なことだ。」

 

 言われたマーレは、どうやら褒められたと解釈したようで、常の自信なさげな雰囲気はどこへやら姉に対して誇らしげに胸を張る。

 

(……いや、ぶくぶく茶釜さん、何考えてこいつ創ったんですか。このヤバさはちょっと半端ないですよ!)

 

「だがな、マーレ。」

「はい、アインズ様ぁ!」

 

 呼ばれた本人は名前を呼ばれるだけで嬉しいらしく、喜色満面だ。

 

「そもそもそいつらを飼おうとしなければ、そんな無駄な手間をかける必要はなかったんだよな。だとしたら、そもそも飼おうとする必要もないだろ?」

 

 途端にマーレの顔が曇る。

 どうやらこちらは姉とは異なり、一旦自分がこうだと決めた方向性と異なる向きへ話が進むことに対する耐性が低いようだ。

 

 要注意だな。

 

「飼って面倒を見てやることで、その連中がおまえたちが掛けた手間以上の何かをおまえたちに返してくれるのであれば、まぁ、それはそれでいいかも知れないよな。」

 

 再びマーレの顔がパァと明るくなったので、アインズの顔もペカーと緑色に光る。

 

「……で、アウラよ、どうだ?

 この(ブッシュ)の連中は何かの役に立ちそうか?」

 

「……何の役にも立ちそうにないですねェ。」

 

 双子は揃って目に見えて落胆した様子を見せた。

 

 おそらく……と、アインズは考える。

 

 今この瞬間、二人のワーキングメモリには、見返りのない制圧を試みる必要はない、といったような命令が記録されたことになるのだろう。

 落胆した様子を見せるのは、二人に限らずナザリックのすべての下僕(しもべ)、ひいてはユグドラシルに生を受けたあらゆるNPCにとって、自身が所属するギルド、クラン、従属する主人(プレイヤー)の敵を屈服殲滅せしめることこそが第一優先(プライマリ)存在意義(レゾンデートル)であり、この命令がそれと矛盾しているからだ。

 

(あざとい感もあるがいつもの手でいくか。)

 

「まぁ、おまえたち、そう落胆するな。

 先々支配したり殲滅したりすることで見返りのある者たちと出会うこともあるだろう。

 

 それに、だ。」

 

 これまたいつものように、二人の注意を引くために敢えてアインズは言葉を切る。

 

「アウラとマーレはユグドラシル金貨に換金可能な果実や鉱物を発見してくれた。

 オレの知る限り、ナザリックはもちろん、ユグドラシルの歴史上、敵から奪う以外の金貨獲得手段を開拓したNPCは居ない。

 おまえたちは図らずも歴史的な仕事を成し遂げたのだ!」

 

 ジッと(あるじ)の顔をみつめていた計四つの瞳がみるみるキラキラと輝くのを感じて、

 

(さて、トドメといくか。)

 

「おまえたちの創造主であるぶくぶく茶釜さんは、ナザリックの盾と呼ばれていた。

 ユグドラシル金貨はすべての(もとい)であり、それを戦うことすらなくナザリックにもたらすおまえたちこそナザリックを護る者であり、今日(こんにち)におけるナザリックの盾と呼ぶに相応しい!」

 

と捲し立てる。

 

「そんなおまえたちをオレに遺してくれたぶくぶく茶釜さんにオレは感謝しているし、それ以上におまえたちの働きに感謝しているぞ。

 ありがとう、アウラ、マーレ。」

 

「「ア、アインズ様ァ!」」

 

 感極まった二人(ふたり)がワーッと泣き始めるのを確認して、よしよし、とアインズは北叟笑んだ。

 

 こんな子ども相手に悪辣にも程がある、と思わないでもないが、そんな子ども共々無邪気な無差別殺戮装置(キリングマシーン)になるよりは幾分かはマシだろうさ。

 

 二人の双子の頭を骨の手の平で優しく撫でながら、

 

(さて、そろそろ狩りがしたいな。)

 

とアインズは天を仰いだ。

 

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