記憶のオーバーロード   作:wash I/O

6 / 13
第6話 アインズ様の最も長い一日・前編

「オ館様(やかたさま)。オ(ねが)イノ()御座(ござ)イマス。

 コノ(もの)……脆弱(ぜいじゃく)コノ上無(うえな)(もの)ナレド、ヨリ(たか)キヘ(のぼ)ルヤニ(おも)ワレル(ひかり)(おぼ)エマスレバ、コノ()一命(いちめい)(じょ)スコトヲオ(ゆる)(いただ)キタク。」

 

「ん?

 あー、いいんじゃね?」

 

 

 

 周辺知的生物の動向調査をおこなっていたデミウルゴスから、手頃な獲物を見つけたとの報を受け、アインズは今回は蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスを(とも)に連れて狩りに出ることを決めた。

 

 自らは『塩撒く剣団』と名乗っている相撲取りのような一団……これは誤記ではなく、最初の報告を受けた際アインズにはそう聞こえたし、大して興味もないので問い(ただ)さなかったゆえである……は、傭兵団を標榜してはいるが、実のところはただの野盗の類だった。

 

 例によって、その塩撒きの根城となる洞窟から少し離れた地点から、コキュートスと共に儀式(チェックリスト)をこなしつつアインズは歩む。

 際しては、オリジナルのそれの創始にコキュートスの創造主であるところのギルドたっての武闘派であった武人建御雷(ぶじんたけみかづち)が果たした寄与について語って聞かせ、コキュートスを歓喜せしむることをアインズは怠らない。

 

 もっとも、堂々たる武力の対峙を旨とする武人建御雷自身はどちらかと言えばチェックリストのような彼からすれば小賢しくすら思われる技術(テクニック)に対しては顔を顰めていたくちで、むしろ否定的に問題点を指摘する側でその陶冶に貢献したのだが、そんなことまでコキュートスに教えてやる必要もないだろう。

 

 わかっていたことではあるが、狩り自体はあっけなかった。

 

 事前にデミウルゴスから、塩撒きたちが自分たちの性欲処理のために数名の攫ってきた若い女性を囲っていることは聞いていて、面制圧で彼女らを巻き添えにすることは流石のアインズにも躊躇われた。

 そこで、コキュートスには想定外の攻撃があった際……そんなものあるはずはない、と百も承知ではあるのだが……の初手の防御以外は手出し無用を命じて半歩後ろにつかせ、アインズ自身は獲物を<魔法の矢(マジック・アロー)>で各個撃破していく、という戦術を選択した。

 

 まぁこの場合、戦術、などというものは特段の存在意義を持たなかったのだが。

 

 三十余名を屠ってかなり満足した気分を味わっていたアインズが、洞窟奥から現れた無根拠に自信あり()青髪(あおがみ)の男を瞬殺しなかったのは、ただただ彼が肩に背負っていた得物が、アインズが知るところのいわゆる日本刀に酷似していたことに微かな興味を惹かれたがゆえで、それ以上に深い意味はなかった。

 

 その男……無論、名前はあるのだが、最後までアインズの記憶には残らなかったので、ここにも記す必要はあるまい……は、アインズとコキュートスの姿を見ただけで戦意喪失し狩られるがままになった他の野盗とは異なり、如何程の自負あってのことか、あるいは生物として有していて然りの本能的危険察知能力に根本的な欠陥があるのか……おそらくは後者だろう……はわからないが、堂々とアインズ主従の前に立つや、納刀(のうとう)したままの剣先をコキュートスへ(きっ)と向けた。

 

 どうにも、剣での一騎打ちを所望、ということらしい。

 

 既にお腹がいっぱい……というのはあくまでも比喩であって、アインズは屠った者たちのたとえば魂魄などを喰らっているわけではなく、単に死の支配者(オーバーロード)の体が欲する殺戮衝動が十分に満たされていた、の意である……のアインズは、

 

(ま、別にいいんじゃない?)

 

と軽く思って、顎をぷいと振ってコキュートスに対峙を命じる。

 

 命じられたコキュートスも黙って三歩前に出る。

 抜刀はしない。

 

 おそらくその必要性すらまったく感じなかったのだろう、とアインズは思う。

 

 その後、青髪(あおがみ)の男は尋ねてもいないのに何かこれから自分が放つ剣技(けんぎ)が如何に凄いのか蘊蓄を語っていたように思うが、やはりそれはアインズ、コキュートスともにまったく記憶に残らなかった。

 

 僅かにアインズの注意を惹きつけたのは、いざ決闘(デュエル)となったとき、青髪(あおがみ)男の周囲に結界のようなものが視認され、それがアインズが知るいかなるユグドラシルの魔法・技能(スキル)とも一致しなかったからだが、そのことを彼はさほど深刻には考えなかった。

 当然のことながら青髪(あおがみ)男の値踏みはとうに終えていて、ここまでに屠った三十余名の誰よりも強いのは確かだが、アインズたちからしてみれば誤差の範疇であることを確認済みだったからである。

 

 しばし睨み合いが続いた。

 

(……何これ?

 いつまで待てばいいの?)

 

 所在なさげに軽く腕を組んで見物していたアインズであったが、少し経って、どうも青髪(あおがみ)男は逆撃(カウンター)狙いであり、そのためにはコキュートス側からの歩み寄りが必要なのだ、ということに気づく。

 

(いやいや、コキュートスの側から仕掛けたら肉の欠片も残らんだろー!)

 

と思いつつも、一方で、この男が大いに自信を持っているらしき剣技(けんぎ)に、ほんの、ほんの僅かではあるが期待するところがないでもなかったので、それを無為に受けるコキュートスに悪いな、とは思いつつも、コキュートスもまた同じことを考えているがゆえに抜刀せず、自ら仕掛けることも敢えてしていないのだろう、との状況判断から、無粋に思いつつも一騎打ちに口を挟むことにした。

 

「……埒が()かん。歩み寄ってやれ。」

「ハッ、(おお)セノママニ!」

 

 コキュートスは即座に、彼本来の能力からすれば驚くほどゆっくりと前進を開始した。

 

(あぁ、やはりコキュートスもオレと同じ判断をしているな。)

 

とアインズは思う。

 おそらく、それそのものではないが魔法陣であるかのように見えるあの結界が青髪(あおがみ)男の領域(テリトリ)であり、そこに相手が踏み込むと何かが起こるのだ。

 コキュートスは、純粋に武人としての関心から、どういったことがどういった過程(プロセス)で起こるのかに興味があって……アインズもまったく以て(おな)じくなのだが……敢えて一気に距離を詰めず、そんな必要などまったくないのに慎重に歩みを進めている。

 

(こいつは出来る子だ!)

 

 アインズはそのことに大いに満足する。

 

 アルベド、セバス、闇妖精の双子(アウラとマーレ)、そして自らの創造物であるパンドラズ・アクターの、決して無能ではないがあまりに癖の強い性向を、アインズは心底楽しみつつも、とはいえそれを(ぎょ)し続けることにいささかあるはずもない精神的疲労を覚えていたのは事実であり、その証拠に、正確に計上していたわけではないが、この面々の前で自分が緑色の光を放つことがやたらと多いことにも気づいていた。

 

 せめて……せめてデミウルゴスの他にもう一人、そういう気苦労を感じさせない下僕(しもべ)がいてもいいんじゃないか、と思っていたところへ、見た目上はもっとも柔軟性を欠くように思われる……(なに)せ彼の外皮は天然の鎧そのものだ……コキュートスが、意外や意外、実に情動のバランスもよく機転が効くではないか。

 アインズは、これも見たところさしたる共通点を持たないように思われるデミウルゴスとコキュートスが、しばしばナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のバー・ナザリックで、特にコキュートス側が口数少ないながらも酒を酌み交わして談笑していることに気づいていたが、存外、互いにナザリックにおける自身の立ち位置、特異性、存在価値を認め合っているのかも知れないな、と得心する。

 

 ぺちっ。

 

(……あ、考え事してて見逃した!)

 

 どうもこのパターンが多くていかんな。

 で、アレは抜刀術、というのだろうか?

 

 青髪(あおがみ)男は一気に抜き放った長刀の(きっさき)を、コキュートスの大顎と胴の(あいだ)の微かな隙間に過つことなく命中させている。

 

 が、そもそもが無理筋なのだ。

 

 まかり間違えてアインズがコキュートスと対峙したとして、普通に戦う分には氷属性であるコキュートスの弱点となる炎属性かつ第八位階以上の魔法でないとダメージを与えることは出来ない。ましてや、いくらアインズ自身にも百レベル相当の肉体能力が備わっているとは言え、殴る蹴るでは勝負にならない。

 超位魔法や、ユグドラシルの全プレイヤーを(The goal)震え上がらせた(of all)奥の手の必殺コンボ(life is death)なら瞬殺できなくもないとは思うが、いずれもそれらが満願成就するまでの間、コキュートス側から放たれるであろう猛攻を代わって受け止めてくれる少なくとも二名の前衛の()()()()を前提としないことには万全とは言えない。

 

 ゆえの「ぺちっ」なのだ。

 

 当のコキュートスもそれは承知の上だったようで、青髪(あおがみ)男の抜刀に対し、何の反応も返さずにただされるがままに斬撃を急所で受け止めていた。

 

 これはナザリック帰投後しばらくしてからコキュートスの在処(ざいしょ)である第五階層氷結地獄に招かれて知ったことになるが、このときコキュートスは青髪(あおがみ)男の一挙手一投足をその複眼で完全(フル)詳細(モーション)記録(センシング)しており、同階層の住人ニグレドの協力を得て、その様を魔法再生したものを見せてくれた。

 それはアインズの理解の範疇をいささか逸脱するものではあったが、やれこの筋肉の鍛え方がなっていない、ここの角度をあと数度こうすれば数マイクロ秒稼げる、だがここだけは筋がいいと認めないでもない……と、楽しげにコキュートスは批評を加えた。

 聞けば、アインズの供回りの役目が決まった時点でニグレドと語らって、どんなに弱い相手であっても剣術を以て自身に立ち向かってくる相手があればこの方法で技を記録して持ち帰ることを決めていたのだそうで、デミウルゴスを交えてそれが可能であるかの実験検証までやっていたと言うではないか。

 

 かくして、冒頭の場面に話は立ち戻る。

 

「オ館様(やかたさま)。オ(ねが)イノ()御座(ござ)イマス。

 コノ(もの)……脆弱(ぜいじゃく)コノ上無(うえな)(もの)ナレド、ヨリ(たか)キヘ(のぼ)ルヤニ(おも)ワレル(ひかり)(おぼ)エマスレバ、コノ()一命(いちめい)(じょ)スコトヲオ(ゆる)(いただ)キタク。」

 

「ん?

 あー、いいんじゃね?」

 

 当の青髪(あおがみ)男は茫然自失で膝をついたまま動かず、どうしたことかへらりへらりと締まらない笑い声まで立てているのだが、既にアインズたちは彼から興味を失っており、事前に取り決めていた通り<転移門(ゲート)>を開いて戦闘メイド(プレアデス)のユリ・アルファ、ルプスレギナ・ベータを呼び寄せた。

 塩撒きに囚われていた女性の救護に当てるためで、ルプスレギナは回復役、ユリはいささか底意地悪く茶目っ気の過ぎるルプスレギナに対する目附役だ。

 

 かくして青髪(あおがみ)男こと、ブレイン・アングラウスは九死に一生を得たのであるが、これは後の話となるが、這々(ほうほう)(てい)で逃げ帰り紆余曲折あってリ・エスティーゼ王国の某貴族の(もと)で食客の地位を得た彼は、その貴族が領地の村にて王国第一王子を饗応すべく開催した人間狩りの場において、突如乱入したアインズと再会することになる。

 このとき、中途半端に鍛え上げた五感が災いしてアインズを視界の片隅に認めたブレインは「あのときの骸骨野郎!」と思わず漏らしたことが(あだ)となり、即時の頭部爆散で不帰路(ふきじ)に就くこととなった。

 

 無論、そのときの供回りはセバス・チャンだ。

 

 アインズ自身は、コキュートスが人間の助命を嘆願したことは彼の好ましい性向を示すエピソードとしてしばらく記憶に(とど)めたが、その際助命された人間のことなど憶えていられようはずもなく……ある日気まぐれで助けた蝿と一ヶ月後に別の場所で見かけた蝿が同一個体ではないか、などと考える方がどうかしている……(つい)ぞアインズはブレイン・アングラウスの存在を認知することはなかった。

 

 同様に、良かれと思って救護した女性たちの行く末であるが、ユリもルプスレギナも何ら疑問を抱くことなくアインズに命じられるまま彼女らに適切な治療を施し、手近な人間の街へ送り届けた後はシャルティアによって回収されて無事その任務を終えたのであるが、送り届けた先がこれから数日の後に謎の不死者(アンデッド)大量発生事件により後日()()エ・ランテルと呼ばれることになる場所であったことが災いして儚くも落命することとなるのだが、それもアインズの知ったことではない。

 

 そのような次第で、この日の狩りはさして特筆すべき事柄もなく終了したのであるが、この後起こるまったく想定外かつ度重なる遭遇戦により、ナザリックの歴史に記録されることになったのだ。

 

 

 

 パリン!

 

 と、硝子が割れるような音がするや、やたらと頭だけ大きな幾人かの筋肉質の悪魔が現れアインズの周囲を踊り狂って見せたのは、ユリたちを見送りこの場に自分たちの存在を匂わせる痕跡が屠った遺体以外にないか、最終確認をしている最中だった。

 

「<伝言(メッセージ)>……あぁ、お疲れニグレド。オレだ。」

 

 アインズは迷うことなく、事前に取り決めた対処手順(プロシージャ)を適用する。この辺は、ニグレドと口頭会話が成立することを除けばユグドラシル時代と何ら変わるところがない。

 

「起点はアインズ様より南へ約15キロ、戦力規模歩兵6、内訳不明瞭。うち覗き見をおこなっていた1は反撃(カウンター)での即死を確認、それを除いた推定レベル総計120から160、脅威度小。当方探査に対する反応(リアクション)無し。当初位置をほぼ維持したまま狭い範囲を揺動中。」

 

完璧(パーフェクト)だ、ニグレド。

 しばし待て。」

 

「恐れ入ります、では。」

 

と魔法による通話が切れる。

 

(……あー、オレたち超格好良(かっけー)!)

 

 下らない相手ではあったが思う存分に命を屠ってご機嫌のアインズは、緊急事態(覗き見)への対処がバッチリ決まったことで悦に入ったが、すぐに緑色の光に包まれて我を取り戻した。

 

「……もう少し楽しませてくれてもよさそうなものを。」

 

 溜息をつきつつ、彼の周囲を踊り狂う手癖の悪い悪魔(ライト・フィンガー・デーモン)に目を向ける。

 

 これは先程発動したところの攻性(こうせい)防壁、魔法による自身への覗き見への反撃(カウンター)の中に組み込まれていたものの一つで、覗き見犯を含む集団から無作為に装備品を奪って戻ることに特化した魔物(モンスター)だ。

 

 多くは手ぶらで、敵勢力がこれまでに遭遇した現地勢力と比べれば決して舐めてかかってよい相手ではないことを示しているが、これらが踊り狂っているのは戦利品があったからに違いないので、それを検分すべく視線を彷徨わせる。

 

 それは一振りの見るからに見窄(みずぼ)らしい槍だった。

 

(……魔法で覗き見して来た連中、のわりにはショボいな。)

 

と思いつつも、念の為と<道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>を発動させるや否や、アインズは驚きの余り叫ぶことになった。

 

「マジか!」

 

 刹那、未だに物理的にどこに存在するのか、そもそも存在しているのか定かでないアインズの頭脳は、この天恵に如何に処すべきか思考をフル回転させ、気分上々であったことも手伝って、常の何事も慎重を極める彼の性分からすればいささか大胆で投機的な戦略を組み上げた。

 

 そしてまず打った手はこれだ。

 

「<伝言(メッセージ)>……あ、デミウルゴス?

 今話せる?

 

 そうそう、ニグレドからもう聞いたか。

 

 ……あぁ、やっぱりおまえはわかってるよなー。

 

 え、そう?

 もう準備までしてるの?

 いや最高だよ、おまえー!

 

 うん、オレはこのままここでコキュートスと待ち受けるから。

 ……よろしく。じゃーな。」

 

 そしてやおらコキュートスを振り返って宣じた。

 

「コキュートス、巻狩りだ!」

 

 

                    *

 

 

 スレイン法国特殊部隊漆黒聖典の選抜隊六名……すでに一人が爆散して跡形もないため現在は五名だが……は大混乱に陥っている。

 

 本国首脳部の密命を受け、完全装備でトブの大森林目指して移動中であった彼らであるが、隊の目となる探知探索に優れた異能(タレント)持ち……その能力ゆえに既に死亡……が、本来の標的(ターゲット)ではないがあまりに強大な謎の気配を察知し、現行任務優先ではあるがさりとて捨て置くわけにもいかない、との隊長判断を経て魔法による詳細な把握を試みた瞬間、それは起こった。

 

 彼ら自身が知覚したのは、探知魔法が発動すると同時に術者(じゅつしゃ)が爆散したこと、その飛び散る四肢と臓物の合間から幾人かの悪魔が飛び出して来て彼らの間を駆け回ったかと思いきや、たちまち煙のように掻き消えたことのみ。これが魔法による逆撃(カウンター)であることは理解できるが、ここまでに苛烈なものは見たことはもちろん、噂に聞いたことすらなかった。

 

 さらに彼らの混乱に追い討ちをかけたのは、隊長がわざわざ縄まで打って自身の利き手にしっかと縛り付けていた槍が、どうしたことか失われたことに気づいたからだ。

 

 これは疑う余地なき法国の至宝の一つ。

 今回の任務の重要度に鑑み、万が一の際は所持者、すなわち隊長の命と引き換えの使用も()()し、と例外的に持ち出されたものだが、それが失われたとあっては、事は生き残った五人が命を以て償っても余りある。

 

 よもや先の事態に驚いたあまり取り落とした、などということはあるまいが、探さぬわけにも行かないので微かな月明かりの下捜索が始まったのだが、直後、周囲に不穏な気配が漂い始めたことに誰彼となく気づく。

 決して魔法的な隠蔽に対して打つ手なしではない彼らを以てしても、まったく視認できない何者かに包囲されつつあるのは明らかで、こうなってくると、そもそも今回の作戦自体がこうして漆黒聖典を罠に(おとしい)れ、至宝を奪わんと企図されたものではないか、という気すらしてくるが、今はそれを議論するときでもなし。

 

 とにかく、接近する気配はいくら楽観的に見積もっても現有戦力を以て迎撃できるように思えないので、気配の方向から距離をとるべく移動する以外に策はなかった。

 この時点で隊長は、自分たちが意図的にある方角へと追い込まれていることに気づいていたが、それに気づきつつもその企図を阻む術がない。唯一できることは、彼のこの判断が正しければ、真の脅威は今自分たちが向かっている……向かわされている方角から現れるはずで、何が出来たものかわかったものではないが、ともかく自身の五感を研ぎ澄ましてその何者かを見過ごすことがないよう努めることだ。

 

 そして、低木の森を抜けて少し(ひら)けたところに出た瞬間、目前の一段高くなった崖の上に、俄に信じられない者たちがあることに隊長は気づき、咄嗟に左手でハンドサインを送って仲間たちを押し(とど)めた。

 

 真っ先に目が向かったのは、一見全身鎧(フルプレート)の武者かと思いきや、胴から生える四本の腕が異形の者であることを(あかし)する怪物(モンスター)。周辺国家のいずれの強者にも決して遅れを取らぬと確信してやまない四名の部下共々に仕掛けたとしても、まったく勝ち筋が見出(みい)だせない恐るべき強者の気配(オーラ)を濃厚に放っている。

 そして彼の視線を釘付けにして止まないのは、その左の下腕にしっかと握られているところの、先刻彼が失った法国至宝の槍。

 

 これだけでも十二分に卒倒しそうなものであったが、それにも増して彼を驚かせたのは、かの怪物を傍らに侍らせる金糸銀糸に縁取(ふちど)られた漆黒のローブを纏ったところの魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。

 無論、それが明らかに不死者(アンデッド)であることもさりながら、死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)と差しで渡り合って辛勝を拾ったことすらある彼にとっては、それはさほど驚くべきことではない。

 

 彼を驚かせたのは、彼がその不死者を()()()()()()からだ。

 

 

 

「会敵まで20、19、18……」

 

 <伝言(メッセージ)>越しにニグレドの秒読み(カウントダウン)を聴きながら、アインズは果たして自身の読みが的を射たものか、期待半分、緊張半分で構えていた。読みが当たれば、今日という日は転移以来、ナザリックにとって最高の一日となることだろう。

 

 さきほど鹵獲した見窄(みすぼ)らしい槍は、コキュートスに「何があろうとも決して使おうとしてはならぬ」と厳命して預けている。こいつはこれで十分だ。

 

「……5、4、3、2……()ます!」

 

 ニグレドが告げた通り、見下ろす崖下の低木の森が途切れたところから、人間の一団が躍り出たので早速アインズは品定めにかかった。戦士風の男三人、魔法詠唱者(マジックキャスター)とも野伏(レンジャー)ともつかぬ男が一人。

 銘々の装備品は、こちらの世界では決して粗略に扱われる物ではなかろうがアインズからすれば人前に着けて出るのは恥ずかしい(たぐい)。しかも四人のそれを総合的に判断するとバランスも相互補完もあったものではなく、個々の戦力を合わせて力押しすれば何でもできる、と彼ら自身が過信していることは一目瞭然だ。

 

 そして、見るからに場違いな、足の付け根までスリットが切り込まれた中華服(チャイナドレス)を纏った老婆が一人。

 

(当たりだな。)

 

 覚知されるレベルから、彼らがアインズたち同様にユグドラシルから渡って来た者とは考えられず、であれば、以降の展開はアインズが思い描く通りに推移するはずで、こちらから何かを仕掛ける必要はまったくない。

 

 今日は、なんていい一日(いちにち)だろう!

 

 思わずアインズは、ワハハハハハッ、と両の手をハの字に開いて高笑いし、そして緑色の光に包まれて抑制される。斜め後ろで突然のアインズの哄笑に驚いたコキュートスが、ほんの、ほんの僅かではあるがビクリと肩を震わせたのに気づいて、今度は小さくフフと笑った。

 

 だがここで、アインズがまったく予想していなかったことが起こった。

 

 眼下の連中のうち、おそらく立ち位置やハンドサインで後続を制止した様子からリーダーであろうと想定される……にしては最も小柄で若く見える男が、何か自分に対して大声で呼ばわっている。

 それが聞き慣れない音韻であることから、最初のうちアインズは、彼が何を言っているのかたちまちには理解できなかった。

 

「……(さま)

 

 ……シャーナ(さま)ですか!

 

 あなた様はスルシャーナ(さま)なのですか!」

 

 ん?

 

 これは件のチェックリストでも出撃時に毎回確認していることではあるが、大原則として敵対勢力にこちら側のあらゆる情報をくれてやる理由はまったくない。

 だから、確実に相手を殺すと決めているのでなければ会話を持ちかけることはないし、ちょっとした立ち振る舞い一つであっても、相手方に何かを気取られるようなことは努めて避けるようにしている……つもりだ。

 

 アインズはコキュートスの方を振り返る。

 

 コキュートスは、持たされた槍を含め「別命あるまで静観せよ」と命じられており、クソ真面目にその命令を順守していたので最初はアインズの視線にまったく気づかなかった。

 

 ややあってようやく彼と目が合った……相手は複眼の持ち主だから、そんな気がした、といった方が正しいのかも知れないが……アインズは、視線を「スルシャーナ様!」と繰り返し叫ぶ男とコキュートスの間を幾度か往復させた後、顎をしゃくった。

 コキュートスは一瞬ぽかんとした様子を見せたが、すぐにその意図を悟ったと見えて、()いた右下腕で自分自身を一旦指差して顔を少しこちらに突き出した後、手の平をぷいぷいと左右に振った。

 

(……よもや、とは思ったが、コキュートスにも心当たりはない、か。)

 

 魔法による覗き見にて先制し、それに反撃(カウンター)を喰らったことを自覚しつつも即時撤退を選択しなかった彼らを、アインズは戦略レベルにおいて自身と対等に()するに値する存在とは(はな)から見做していなかった。

 ゆえに、影の悪魔(シャドーデーモン)を操って彼らをここまで追い込んだデミウルゴスと落ち合う必要を感じずに流れ解散させてしまったが、コキュートスが戦闘の相棒(バディ)として申し分ないことは既に評価済みであるものの、思考や推理を要する場面における相談役(コンサルタント)とするには不安がある。

 

 (なに)せあの戦闘狂の息子なのだ。

 

 さりとて、敵を目前に今さら<伝言(メッセージ)>で最も頼りとする知恵袋(デミウルゴス)を呼び戻すのも憚れるので、アインズは何とかこの場を自分の機転のみで乗り切ろう、と(はら)を決めた。

 

 ここまでの経験で、この世界においては、これもどうやって実現されているものかは定かでないが、何らかの魔法的な力によって言語を操るすべての存在の間である種の自動翻訳が働いていることに、もちろんアインズは気づいている。会話相手の口の動きと、聴覚を通して理解したと認識している言葉の間に、あからさまな乖離がしばしばあったからだ。

 

 具体的に何であったか既に思い出せないのだが、自分に対し手前勝手な名前で呼びかけてきた現地人が以前にもいたことをアインズは憶えている。が、そのときのその名前は、死の支配者(オーバーロード)としての外見上の特徴を捉えたもので、アインズ自身にはその意味に翻訳されて聞こえていた。

 

 ちなみに、リ・エスティーゼ王国南方の言語で、接頭辞Do()は王族を除く最上位の敬称で、qurroxama(クロサマー)は頭蓋骨もしくはそれに表象される何か、という音韻的奇跡があったことにでもしておこう。

 

 閑話休題(それはさておき)

 対して、今眼下の男が自分に対して呼ばわるところの、スルシャーナ、なる音は、翻訳されないところをみるに単純に考えれば固有名詞であるか、アインズが母語とするところの日本語に対応する概念がない語彙、ということになる。

 前者であれば男には外見上アインズに似た、おそらくは死の支配者(オーバーロード)ないしは近縁種族の上位者……敬称付きなのだからそうなのだろう……がいてそいつの名前がスルシャーナなのか、あるいは後者であれば、いささか飛躍した推察ではあるが、そのものズバリではないにせよ、たとえば神であるとか……ズバリだったら神様、と聴こえるはずだ……そういった彼ら独自の超常の存在を表す概念がスルシャーナ、であるのかも知れない。

 

 恐るべきことに、このアインズの推理は結果的にはすべて大正解なのであるが、この時点でアインズがそれを知る術はない。

 

 対する漆黒聖典隊長は、彼のよく知る……と言っても彼はそれを絵姿で知るのみなのだが……法国にて信仰されるところのこの世界を去って久しいとされる死の神スルシャーナ、見た目上はそっくりそのままの相手に繰り返し呼びかけては見たものの、何の反応も返って来ないことに強い不安を覚え始めていた。

 

 そうするうちに、何も言葉を返さないことから(じつ)の所はまったく言語を解さない相手ではないかと疑い始めていた存在が、小芝居(こしばい)かとも思われる軽妙な身振り手振り(ジェスチャー)を交わしたことに気づく。

 

 よもやそんなことはあるまいと思うが、それはまるで、

 

骨「スルシャーナ、とか呼んでるけど、ひょっとしておまえ?」

(むし)「ワタシ?……イヤイヤ、ソンナ訳ナイジャナイデスカ。」

 

と言い交わしたかのようだ。

 

 だが、この一瞬のやり取りから、隊長は骨の方が(むし)の上位者であることを看破した。

 

 で、あれば、骨さえ制圧すれば勝機はある。

 

 万が一……万が一にも骨が彼がそうだと思っているようにスルシャーナであれば、神に対して不敬この上ないことを試みようとしていることになるが、今は火急のとき。一旦制圧したとしても、追って心を尽くして弁明すれば慈悲深いと伝えられるスルシャーナ様であればきっと我が意を汲んで下さるに違いあるまい。

 

 だから彼は決断した。

 

「使え!」

 

 その言葉は中華服(チャイナドレス)の老婆に対して発せられた(めい)であり、老婆も即座にその意を察したが、命令者自身と同様の葛藤から流石にその履行を一瞬躊躇う。しかし、隊長の声に崖上の怪物二体が反応しこちらを伺う様子を見せたので、恐怖の余り思考を停止させ、その命令に唯々諾々と従うことになった。

 

 老婆の中華服(チャイナドレス)が白い閃光を放ち、一筋の龍の姿に見紛う光がアインズを襲う!

 

 だが次の瞬間、コキュートスを含むアインズ以外のその場の誰もが呆然とすることになった。

 

 まず、老婆が突然全裸になった。

 

 かの光を放った中華服(チャイナドレス)は何処へ?

 

 途端、ワハハハハッと再びアインズの高笑いが響き渡る。

 

 見れば右手を高々と掲げ、その先には直前まで老婆が纏っていたはずの中華服(チャイナドレス)

 

 そして漆黒聖典の五人は、ようやくにして緑色に光り輝く神からの最初の言葉を拝聴するに至ったのである。

 

「覗き見したり、勝手な名前で呼んだり、突然仕掛けてきたり。

 随分と(せわ)しないな、おまえらは!」

 

と。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。