「オ
コノ
「ん?
あー、いいんじゃね?」
周辺知的生物の動向調査をおこなっていたデミウルゴスから、手頃な獲物を見つけたとの報を受け、アインズは今回は
自らは『塩撒く剣団』と名乗っている相撲取りのような一団……これは誤記ではなく、最初の報告を受けた際アインズにはそう聞こえたし、大して興味もないので問い
例によって、その塩撒きの根城となる洞窟から少し離れた地点から、コキュートスと共に
際しては、オリジナルのそれの創始にコキュートスの創造主であるところのギルドたっての武闘派であった
もっとも、堂々たる武力の対峙を旨とする武人建御雷自身はどちらかと言えばチェックリストのような彼からすれば小賢しくすら思われる
わかっていたことではあるが、狩り自体はあっけなかった。
事前にデミウルゴスから、塩撒きたちが自分たちの性欲処理のために数名の攫ってきた若い女性を囲っていることは聞いていて、面制圧で彼女らを巻き添えにすることは流石のアインズにも躊躇われた。
そこで、コキュートスには想定外の攻撃があった際……そんなものあるはずはない、と百も承知ではあるのだが……の初手の防御以外は手出し無用を命じて半歩後ろにつかせ、アインズ自身は獲物を<
まぁこの場合、戦術、などというものは特段の存在意義を持たなかったのだが。
三十余名を屠ってかなり満足した気分を味わっていたアインズが、洞窟奥から現れた無根拠に自信あり
その男……無論、名前はあるのだが、最後までアインズの記憶には残らなかったので、ここにも記す必要はあるまい……は、アインズとコキュートスの姿を見ただけで戦意喪失し狩られるがままになった他の野盗とは異なり、如何程の自負あってのことか、あるいは生物として有していて然りの本能的危険察知能力に根本的な欠陥があるのか……おそらくは後者だろう……はわからないが、堂々とアインズ主従の前に立つや、
どうにも、剣での一騎打ちを所望、ということらしい。
既にお腹がいっぱい……というのはあくまでも比喩であって、アインズは屠った者たちのたとえば魂魄などを喰らっているわけではなく、単に
(ま、別にいいんじゃない?)
と軽く思って、顎をぷいと振ってコキュートスに対峙を命じる。
命じられたコキュートスも黙って三歩前に出る。
抜刀はしない。
おそらくその必要性すらまったく感じなかったのだろう、とアインズは思う。
その後、
僅かにアインズの注意を惹きつけたのは、いざ
当然のことながら
しばし睨み合いが続いた。
(……何これ?
いつまで待てばいいの?)
所在なさげに軽く腕を組んで見物していたアインズであったが、少し経って、どうも
(いやいや、コキュートスの側から仕掛けたら肉の欠片も残らんだろー!)
と思いつつも、一方で、この男が大いに自信を持っているらしき
「……埒が
「ハッ、
コキュートスは即座に、彼本来の能力からすれば驚くほどゆっくりと前進を開始した。
(あぁ、やはりコキュートスもオレと同じ判断をしているな。)
とアインズは思う。
おそらく、それそのものではないが魔法陣であるかのように見えるあの結界が
コキュートスは、純粋に武人としての関心から、どういったことがどういった
(こいつは出来る子だ!)
アインズはそのことに大いに満足する。
アルベド、セバス、
せめて……せめてデミウルゴスの他にもう一人、そういう気苦労を感じさせない
アインズは、これも見たところさしたる共通点を持たないように思われるデミウルゴスとコキュートスが、しばしばナザリック地下大墳墓
ぺちっ。
(……あ、考え事してて見逃した!)
どうもこのパターンが多くていかんな。
で、アレは抜刀術、というのだろうか?
が、そもそもが無理筋なのだ。
まかり間違えてアインズがコキュートスと対峙したとして、普通に戦う分には氷属性であるコキュートスの弱点となる炎属性かつ第八位階以上の魔法でないとダメージを与えることは出来ない。ましてや、いくらアインズ自身にも百レベル相当の肉体能力が備わっているとは言え、殴る蹴るでは勝負にならない。
超位魔法や、ユグドラシルの
ゆえの「ぺちっ」なのだ。
当のコキュートスもそれは承知の上だったようで、
これはナザリック帰投後しばらくしてからコキュートスの
それはアインズの理解の範疇をいささか逸脱するものではあったが、やれこの筋肉の鍛え方がなっていない、ここの角度をあと数度こうすれば数マイクロ秒稼げる、だがここだけは筋がいいと認めないでもない……と、楽しげにコキュートスは批評を加えた。
聞けば、アインズの供回りの役目が決まった時点でニグレドと語らって、どんなに弱い相手であっても剣術を以て自身に立ち向かってくる相手があればこの方法で技を記録して持ち帰ることを決めていたのだそうで、デミウルゴスを交えてそれが可能であるかの実験検証までやっていたと言うではないか。
かくして、冒頭の場面に話は立ち戻る。
「オ
コノ
「ん?
あー、いいんじゃね?」
当の
塩撒きに囚われていた女性の救護に当てるためで、ルプスレギナは回復役、ユリはいささか底意地悪く茶目っ気の過ぎるルプスレギナに対する目附役だ。
かくして
このとき、中途半端に鍛え上げた五感が災いしてアインズを視界の片隅に認めたブレインは「あのときの骸骨野郎!」と思わず漏らしたことが
無論、そのときの供回りはセバス・チャンだ。
アインズ自身は、コキュートスが人間の助命を嘆願したことは彼の好ましい性向を示すエピソードとしてしばらく記憶に
同様に、良かれと思って救護した女性たちの行く末であるが、ユリもルプスレギナも何ら疑問を抱くことなくアインズに命じられるまま彼女らに適切な治療を施し、手近な人間の街へ送り届けた後はシャルティアによって回収されて無事その任務を終えたのであるが、送り届けた先がこれから数日の後に謎の
そのような次第で、この日の狩りはさして特筆すべき事柄もなく終了したのであるが、この後起こるまったく想定外かつ度重なる遭遇戦により、ナザリックの歴史に記録されることになったのだ。
パリン!
と、硝子が割れるような音がするや、やたらと頭だけ大きな幾人かの筋肉質の悪魔が現れアインズの周囲を踊り狂って見せたのは、ユリたちを見送りこの場に自分たちの存在を匂わせる痕跡が屠った遺体以外にないか、最終確認をしている最中だった。
「<
アインズは迷うことなく、事前に取り決めた
「起点はアインズ様より南へ約15キロ、戦力規模歩兵6、内訳不明瞭。うち覗き見をおこなっていた1は
「
しばし待て。」
「恐れ入ります、では。」
と魔法による通話が切れる。
(……あー、オレたち超
下らない相手ではあったが思う存分に命を屠ってご機嫌のアインズは、
「……もう少し楽しませてくれてもよさそうなものを。」
溜息をつきつつ、彼の周囲を踊り狂う
これは先程発動したところの
多くは手ぶらで、敵勢力がこれまでに遭遇した現地勢力と比べれば決して舐めてかかってよい相手ではないことを示しているが、これらが踊り狂っているのは戦利品があったからに違いないので、それを検分すべく視線を彷徨わせる。
それは一振りの見るからに
(……魔法で覗き見して来た連中、のわりにはショボいな。)
と思いつつも、念の為と<
「マジか!」
刹那、未だに物理的にどこに存在するのか、そもそも存在しているのか定かでないアインズの頭脳は、この天恵に如何に処すべきか思考をフル回転させ、気分上々であったことも手伝って、常の何事も慎重を極める彼の性分からすればいささか大胆で投機的な戦略を組み上げた。
そしてまず打った手はこれだ。
「<
今話せる?
そうそう、ニグレドからもう聞いたか。
……あぁ、やっぱりおまえはわかってるよなー。
え、そう?
もう準備までしてるの?
いや最高だよ、おまえー!
うん、オレはこのままここでコキュートスと待ち受けるから。
……よろしく。じゃーな。」
そしてやおらコキュートスを振り返って宣じた。
「コキュートス、巻狩りだ!」
*
スレイン法国特殊部隊漆黒聖典の選抜隊六名……すでに一人が爆散して跡形もないため現在は五名だが……は大混乱に陥っている。
本国首脳部の密命を受け、完全装備でトブの大森林目指して移動中であった彼らであるが、隊の目となる探知探索に優れた
彼ら自身が知覚したのは、探知魔法が発動すると同時に
さらに彼らの混乱に追い討ちをかけたのは、隊長がわざわざ縄まで打って自身の利き手にしっかと縛り付けていた槍が、どうしたことか失われたことに気づいたからだ。
これは疑う余地なき法国の至宝の一つ。
今回の任務の重要度に鑑み、万が一の際は所持者、すなわち隊長の命と引き換えの使用も
よもや先の事態に驚いたあまり取り落とした、などということはあるまいが、探さぬわけにも行かないので微かな月明かりの下捜索が始まったのだが、直後、周囲に不穏な気配が漂い始めたことに誰彼となく気づく。
決して魔法的な隠蔽に対して打つ手なしではない彼らを以てしても、まったく視認できない何者かに包囲されつつあるのは明らかで、こうなってくると、そもそも今回の作戦自体がこうして漆黒聖典を罠に
とにかく、接近する気配はいくら楽観的に見積もっても現有戦力を以て迎撃できるように思えないので、気配の方向から距離をとるべく移動する以外に策はなかった。
この時点で隊長は、自分たちが意図的にある方角へと追い込まれていることに気づいていたが、それに気づきつつもその企図を阻む術がない。唯一できることは、彼のこの判断が正しければ、真の脅威は今自分たちが向かっている……向かわされている方角から現れるはずで、何が出来たものかわかったものではないが、ともかく自身の五感を研ぎ澄ましてその何者かを見過ごすことがないよう努めることだ。
そして、低木の森を抜けて少し
真っ先に目が向かったのは、一見
そして彼の視線を釘付けにして止まないのは、その左の下腕にしっかと握られているところの、先刻彼が失った法国至宝の槍。
これだけでも十二分に卒倒しそうなものであったが、それにも増して彼を驚かせたのは、かの怪物を傍らに侍らせる金糸銀糸に
無論、それが明らかに
彼を驚かせたのは、彼がその不死者を
「会敵まで20、19、18……」
<
さきほど鹵獲した
「……5、4、3、2……
ニグレドが告げた通り、見下ろす崖下の低木の森が途切れたところから、人間の一団が躍り出たので早速アインズは品定めにかかった。戦士風の男三人、
銘々の装備品は、こちらの世界では決して粗略に扱われる物ではなかろうがアインズからすれば人前に着けて出るのは恥ずかしい
そして、見るからに場違いな、足の付け根までスリットが切り込まれた
(当たりだな。)
覚知されるレベルから、彼らがアインズたち同様にユグドラシルから渡って来た者とは考えられず、であれば、以降の展開はアインズが思い描く通りに推移するはずで、こちらから何かを仕掛ける必要はまったくない。
今日は、なんていい
思わずアインズは、ワハハハハハッ、と両の手をハの字に開いて高笑いし、そして緑色の光に包まれて抑制される。斜め後ろで突然のアインズの哄笑に驚いたコキュートスが、ほんの、ほんの僅かではあるがビクリと肩を震わせたのに気づいて、今度は小さくフフと笑った。
だがここで、アインズがまったく予想していなかったことが起こった。
眼下の連中のうち、おそらく立ち位置やハンドサインで後続を制止した様子からリーダーであろうと想定される……にしては最も小柄で若く見える男が、何か自分に対して大声で呼ばわっている。
それが聞き慣れない音韻であることから、最初のうちアインズは、彼が何を言っているのかたちまちには理解できなかった。
「……
……シャーナ
あなた様はスルシャーナ
ん?
これは件のチェックリストでも出撃時に毎回確認していることではあるが、大原則として敵対勢力にこちら側のあらゆる情報をくれてやる理由はまったくない。
だから、確実に相手を殺すと決めているのでなければ会話を持ちかけることはないし、ちょっとした立ち振る舞い一つであっても、相手方に何かを気取られるようなことは努めて避けるようにしている……つもりだ。
アインズはコキュートスの方を振り返る。
コキュートスは、持たされた槍を含め「別命あるまで静観せよ」と命じられており、クソ真面目にその命令を順守していたので最初はアインズの視線にまったく気づかなかった。
ややあってようやく彼と目が合った……相手は複眼の持ち主だから、そんな気がした、といった方が正しいのかも知れないが……アインズは、視線を「スルシャーナ様!」と繰り返し叫ぶ男とコキュートスの間を幾度か往復させた後、顎をしゃくった。
コキュートスは一瞬ぽかんとした様子を見せたが、すぐにその意図を悟ったと見えて、
(……よもや、とは思ったが、コキュートスにも心当たりはない、か。)
魔法による覗き見にて先制し、それに
ゆえに、
さりとて、敵を目前に今さら<
ここまでの経験で、この世界においては、これもどうやって実現されているものかは定かでないが、何らかの魔法的な力によって言語を操るすべての存在の間である種の自動翻訳が働いていることに、もちろんアインズは気づいている。会話相手の口の動きと、聴覚を通して理解したと認識している言葉の間に、あからさまな乖離がしばしばあったからだ。
具体的に何であったか既に思い出せないのだが、自分に対し手前勝手な名前で呼びかけてきた現地人が以前にもいたことをアインズは憶えている。が、そのときのその名前は、
ちなみに、リ・エスティーゼ王国南方の言語で、接頭辞
対して、今眼下の男が自分に対して呼ばわるところの、スルシャーナ、なる音は、翻訳されないところをみるに単純に考えれば固有名詞であるか、アインズが母語とするところの日本語に対応する概念がない語彙、ということになる。
前者であれば男には外見上アインズに似た、おそらくは
恐るべきことに、このアインズの推理は結果的にはすべて大正解なのであるが、この時点でアインズがそれを知る術はない。
対する漆黒聖典隊長は、彼のよく知る……と言っても彼はそれを絵姿で知るのみなのだが……法国にて信仰されるところのこの世界を去って久しいとされる死の神スルシャーナ、見た目上はそっくりそのままの相手に繰り返し呼びかけては見たものの、何の反応も返って来ないことに強い不安を覚え始めていた。
そうするうちに、何も言葉を返さないことから
よもやそんなことはあるまいと思うが、それはまるで、
骨「スルシャーナ、とか呼んでるけど、ひょっとしておまえ?」
と言い交わしたかのようだ。
だが、この一瞬のやり取りから、隊長は骨の方が
で、あれば、骨さえ制圧すれば勝機はある。
万が一……万が一にも骨が彼がそうだと思っているようにスルシャーナであれば、神に対して不敬この上ないことを試みようとしていることになるが、今は火急のとき。一旦制圧したとしても、追って心を尽くして弁明すれば慈悲深いと伝えられるスルシャーナ様であればきっと我が意を汲んで下さるに違いあるまい。
だから彼は決断した。
「使え!」
その言葉は
老婆の
だが次の瞬間、コキュートスを含むアインズ以外のその場の誰もが呆然とすることになった。
まず、老婆が突然全裸になった。
かの光を放った
途端、ワハハハハッと再びアインズの高笑いが響き渡る。
見れば右手を高々と掲げ、その先には直前まで老婆が纏っていたはずの
そして漆黒聖典の五人は、ようやくにして緑色に光り輝く神からの最初の言葉を拝聴するに至ったのである。
「覗き見したり、勝手な名前で呼んだり、突然仕掛けてきたり。
随分と
と。