記憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第7話 アインズ様の最も長い一日・中編

(毎度のことながら変な絵面(えづら)になってるよなぁ……)

 

とアインズは他人事のように思った。

 

 骸骨姿の自身は魔法で作り出した即席の玉座に腰掛け、横にコキュートスが屹立しているところまでは良い……いや、これだけでも十分不気味だ……として、目前には正座させられたまま項垂れる五人の男女。

 

 超ご機嫌のアインズとしては、彼らをたちまちに殺すつもりはまったくない。

 

 世界級(ワールド)アイテム<聖者殺しの槍(ロンギヌス)>、同じく世界級アイテム<傾城傾国(けいせいけいこく)>を、頼んでもいないのに一時(いっとき)に彼の元へ届けてくれた連中を、感謝こそすれ殺す謂れはなかろう、と思われたからだ。

 

 それに。

 

 この連中にはいささか同情すべき点もある。

 

 そもそもこいつらは、けしからんことに世界級アイテムの何たるかをまったく理解していない。

 

 世界級アイテムは、その名が示す通りユグドラシルにおいて最上位に位置するアイテムであり、均衡破壊(バランスブレイカー)の異名が雄弁に語るように、ゲームバランスを崩壊させかねない強大な効果を有している。

 たとえば<聖者殺しの槍(ロンギヌス)>は、使用者の原則復活不能の死(ロスト)を代償に相手を道連れにする最大最強の自爆兵器であり、このとき使用者と被使用者の間のレベル差はまったく顧慮されないから、本当に文字通りのバランスブレイカーだ。

 一方で、強大な力があるがゆえに制約されるところも多々あり、その最たるものは、世界級アイテムで何かを仕掛けたときに相手も世界級アイテムを所持していた場合、その効力が無効化されると共に所有権が仕掛けられた側に移る、という仕様であり、老婆とアインズの間で起こった出来事がまさにこれに当たる。

 

 世界級アイテムに限らず、やたらめったら強力無比なアイテムの所有を望み誇示したがるプレイヤーの多かったユグドラシルにおいて、アインズは……厳密に言えばギルドの軍師と呼ばれたぷにっと萌えは、少し異なる考え方を有していた。

 

 極言すれば、世界級アイテムは使うもの、ではなく、匂わせるもの。

 

 世界級アイテム同士の衝突がかくなる結果を産む以上、世界級アイテムそのものよりも、相手が世界級アイテムを持っているか否かを前以て知っていること、の価値が高まるのは当然の帰結である。そしてそこからは、自身が世界級アイテムをさも保持しているように見せかける、あるいは逆に、まるで持っていないかのように思わせておいて実は持っている、さらにはその裏、また裏の裏をかく、という戦術が派生していく。

 

 つまるところ、世界級アイテムは情報戦のネタとするのが最適解であり、見せびらかしたり、ましてや実弾使用するなど愚の骨頂なのだ。

 

 このような哲学をギルメン全員で徹底して共有していたギルド、アインズ・ウール・ゴウンは、単純なギルド総戦力としては十傑に洩れるにも関わらず、世界級アイテムの所有数においては十一に及ぶというぶっちぎりの首座を誇っていたのであり、今この瞬間、祝福すべきことにその数は十三へと改まった。

 

 然るに、である。

 

 目前に正座する五人……元は六人だったか?まぁ哀れに思わないでもないが自業自得だ……は、数え上げるも馬々鹿々しいミスを積み上げた。

 

 まず、複数の世界級アイテムを装備した状態で移動するなど以ての外だ。ましてや、その状態で実力を把握していない未知の敵に対し魔法による覗き見を試みるなどまったく正気の沙汰ではない。加えて、その愚行の代償として世界級アイテムを失ったにも関わらず即時撤退を選択しなかった。

 

 結果、どうなったか?

 

 アインズが巻狩りに及んだのは、極々僅かな可能性ではあると知りつつも、彼らがもう一つ以上の世界級アイテムを所持しているかも知れない、と考えたからだ。

 

 手癖の悪い悪魔(ライト・フィンガー・デーモン)が<聖者殺しの槍(ロンギヌス)>の強奪に成功したことは、反撃(カウンター)が発動した際、その作用点付近に所持者が槍をおそらくは装備状態で立っていたことを意味する。

 ニグレドが算定したレベルから相手がユグドラシルからの転移者でないことは明らかだった。ユグドラシルからの転移者であれば、こんな低レベルで世界級アイテムを所持していることはあり得ないからだ。そして、槍の見るからに見窄(みすぼ)らしい形状からすれば、何らかの偶然でそれを入手したこちらの世界の原住民が、敢えてこれを自身の得物に選ぶとは考えにくいから、ほぼ確実に所持者は槍の効果を知っている。

 

 この物騒な……使用すれば確実に自身の命を奪う槍を持ち歩く理由は何だ?

 

 それは、自身の命を捧げてでも倒さねばならぬほどの難敵との決戦を控えているからだ。そして、彼らはその決定的な切り札を自らの愚行の結果失い、その過程を思えば強奪をおこなった相手、すなわちアインズ主従に位置特定されているのもほぼ確実であるのに、即時離脱を試みていない。

 

 何故か?

 

 それは、彼らがもう一つの切り札、問答無用に対象を隷属させる効果を持つ<傾城傾国(けいせいけいこく)>を所持し……無論、この推理をおこなった時点のアインズに、それが何であるかまで知る(すべ)はなかったのであるが……こちらについてもその効果を理解していたからだ。

 

 ゆえに、アインズはその僅かな可能性に賭け(ベットし)たのである。

 

 仮にそれが思惑通り世界級アイテムではなかったとしても、別に失うものはない。

 逆に図に当たれば、ユグドラシルにおいても一時に世界級アイテムを二つ鹵獲するなどということは、ナザリックに比肩する超大規模ギルド拠点を完全殲滅でもしない限り起こり得ず、そこに要する手間(コスト)危険(リスク)を思えば、正常な神経の持ち主であれば決して試みない(たぐい)の企てだ。

 

 こんなにお得な賭けに乗らない方がどうかしているぞ!

 

 さらにアインズは万全を期すべく、コキュートスに命じてわざわざよく敵方に見える形で<聖者殺しの槍(ロンギヌス)>を敢えて持たせた。これは一見して世界級アイテムは見せびらかすものに(あら)ず、という哲学に反しているが、もちろんここにも理由がある。

 

 敵方がユグドラシル勢力とは考えられない以上、おそらく彼らはアインズのことを詳しくは知らない。そのことは、彼らがアインズに対し何を勘違いしてか「スルシャーナ様」と呼びかけたことによっても証明されたが、ここで言う知らないは、名前ではなくアインズの骨の体の肋骨と骨盤の中ほどに浮かんで収まる紅玉のことである。

 

 これまた世界級アイテムで、彼が常にこれを曝け出して装備していることから、本来の名前がすっかり忘れ去られて<モモンガ玉>と呼ばれるに至ったものだ。

 

 これもギルド、アインズ・ウール・ゴウンの対外情報戦の一環であり、本来見せびらかせて持ち歩くべきものでない世界級アイテムを、ユグドラシルの非公式ラスボスとまで呼ばれる有名人が馬々鹿々しくも腹にぶら下げてそこかしこを彷徨(さまよ)う様は、ただそれだけで対立するすべてのギルドを困惑させた。

 モモンガのほぼ鉄壁と言える魔法防御を突破して探査可能であるならいざ知らず、モモンガ玉の真贋を判定する手段は世界級アイテムを以て仕掛けてみる他ない。それはすなわち、手持ちの世界級アイテムを(しち)に賭けるのと同じことだ。あれは本物なのか、あるいは偽物(フェイク)なのか。そもそもああして堂々と見せびらかしている意図は何だ。挑発、それとも単なる冗談(ジョーク)

 

 これだけで、モモンガを含むアインズ・ウール・ゴウン一行を捕捉した敵方の対応は、二手も三手も遅れる。

 

 閑話休題(それはさておき)

 ここで重要なのは、<聖者殺しの槍(ロンギヌス)>の元の所有者一行はモモンガ玉が同じく世界級アイテムであることを、間違いなく知らない、という点に尽きる。

 

 世界級アイテム同士の衝突に際しての仕様を正しく理解していればよもやこんな運用をしようはずもないから、そのような可能性は低いとアインズは踏んではいたが、彼らが仮にそのことを理解していたならば、コキュートスの手にある槍を視認すれば、自身の手元にある第二の世界級アイテムは、それを持っていないように思われるアインズを狙うに違いない。

 逆に、彼らがかの仕様を理解していない場合であっても、そもそも世界級アイテムに護られているアインズに加え、コキュートスもまた<聖者殺しの槍>で護られることとなり、やはり失うものは何もない。

 

 そして、結果的にアインズの読みはすべて見事に的中し、二つの世界級アイテムはその手に落ちることとなった。

 

 さて、これは目前の五人の愚かさのみに起因することだろうか?

 

 アインズはそうは思わなかった。

 

 彼らの行動様式から、それが国家であるのか秘密結社の(たぐい)であるのかは定かでないが、何らかの組織的な訓練を経験しているであろうことは、ハンドサインの扱いや、隊長の「使え」の一言のみで誰に対して何をすべきかが速やかに伝わった(さま)から明らかだ。

 一方で、決戦自爆兵器を持ち歩かされていること、隊の編成、装備のアンバランスさからは、その組織が基本的には末端の実働者を使い捨てにする傾向を有していることが見て取れる。そして、そのような組織は例外なく、組織としての戦略・戦術の失敗の(せき)を、実際に手足を動かした人間に帰着させがちだ。

 

 彼らが即時撤退を選択できなかった真因も、おそらくはそのあたりにあるのだろう。

 

 装備品(アイテム)はあくまでもアイテムに過ぎず、真の資源(リソース)は人材であるはずなのに。

 

 つまるところ、彼らはかつてブラック企業の社員として底辺を這いつくばっていた鈴木悟や、共に自身の境遇について愚痴りあった同志ヘロヘロなどと同様の存在なのだろう、とついついアインズは考えてしまうのだった。

 

「……お尋ねしても、よろしいでしょうか?」

 

 既に心を折られ、少なくとも戦闘意欲はないと見えた五人組の、やはりリーダーと思しき男がしばし沈思黙考しているアインズに、恐る恐るながら声をかけた。

 

 アインズは沈黙を以て応じたが、彼はそれを無言の同意と解したようだ。

 

「あなた様はプレイヤーなのでしょうか?」

 

(……ほう。)

 

 どうやらこの邂逅は、世界級アイテム二点の鹵獲に(とど)まらぬ意義を持つようだ、とアインズの心は沸き立つが、それを相手に悟られるような素振りは見せない。

 

 情報を制すものが世界を制す。

 

 鉄則だ。

 

 ここまでの流れからすると、おそらくは彼らがスルシャーナ様と呼ぶ何者かはユグドラシルプレイヤーであり、彼らはそのことを知っていて、どこまで正確にかはともかくとして、その意味するところにもある程度は通じているのだろう。

 

 いろいろと聞き出したいことはあるが、そのためにはこちらもある程度の情報を出さないと対話が成立しない。さりとて、決戦自爆兵器を平気で持ち歩くような物騒な連中に、こちらの手の内をたとえ僅かでも晒すのは躊躇われた。

 

 拷問して聞き出す?

 

 否。

 

 さきほど推察した彼らが所属する組織の傾向から考えれば、当然拷問に対する何らかの訓練を受けていると考えて然りであるし、場合によっては、拷問で口を割った場合に発動する魔法的罠(トラップ)が前以て仕込まれている可能性もある。

 

(ここはウルベルトさんの流儀に倣うか。)

 

「そこの婆さん。」

 

 やおらアインズは、似合いもしない<傾城傾国(けいせいけいこく)>を装備していた老婆に声をかける。

 老婆の肩が、恐怖のあまりビクリと竦む。

 

(このやたらと自信たっぷりに話すリーダーは切れ者で、なかなかに御しにくい。攻めるなら搦手からだ。)

 

 アインズは続ける。

 

「おまえはオレに恩義があるな!あるよなぁ?」

 

 わざとらしく語尾を釣り上げてアインズは恫喝した。

 

 ここで彼の言っている恩義とは、<傾城傾国>を失って全裸となった彼女に、アインズが所持品(インベントリ)に未練がましくも保持していた、自身がユグドラシルにおいて駆け出しであった時分に装備していたローブを与えたことを言っている。

 特筆すべき性能があるわけではないが並の鎧程度の防御力は備えているし、アインズにとってはたっち・みーに一命を救われた折にも装備していた思い出の品だ。

 

 まぁ、世界級アイテムと交換(トレード)したと思えば安いものか。

 

「だからオレに代わって、この若造どもに物の道理を説いてもらいたい。」

 

 老婆は俄にはアインズの意図が理解できず、不安げに顔を上げる。

 

「女性の年齢を尋ねるほどオレは野暮ではないからそれは控える。

 が、どう見てもおまえはこの五人の中では最高齢だろ?

 であれば、おまえにはこの礼儀知らずの若造どもにそれを教える義務があるはずだ、違うか?」

 

 目前の骸骨に、紳士的にも女性扱いを受けたことは老婆にとってはかなり衝撃であったらしい。

 目を見開いて、頬にはやや赤みが差したようにすら思われた。

 

 それに気づかないほど愚かではない隊長は、部下が籠絡されることを直感的に恐れたのか、

 

「礼儀知らずとはどのような……」

「黙れ、無礼者ッ!」

 

 咄嗟に口を挟もうと試みたが、アインズは素早く声を(あら)らげてその気勢を制した。

 

「オレは彼女と話している。

 

 わかるな?

 わかるなら黙って聞いていろ。」

 

 自分も含め全員の生殺与奪を握られている以上、こうなると隊長はもう口を挟めない。

 無論、アインズからすれば、彼は見るからに面倒臭そうなので相手にしたくないだけなのだが。

 

「頭の血の巡りの悪いおまえたちでも理解できるように、たとえ話をしてやろう。

 婆さん、おまえが自宅の二階で食事をしていたとするだろう?」

 

 滔々とアインズは続ける。

 漆黒聖典の面々は、目の前の、生者を憎み死を齎すとされる不死者(アンデッド)があまりに雄弁、かつ軽妙である(さま)に驚くばかりだ。

 

「それを、壁をよじ登ってきて覗き見する者がいる。

 しかも間抜けなそいつは、中にいるおまえと目が合ったのに驚いて落っこちる。

 

 滑稽だろ?滑稽だよなぁ!

 

 しかもだ。

 そいつは懲りもせず、今度は玄関に回って大声で叫ぶわけだ。

 

 ……うーむ……そうだな……。

 

 タナカさん?あなたはタナカさんですか!

 

 ……念のために聞くが。

 おまえ、タナカだったりするか?」

 

 突然口調が柔らかくなって妙なことを尋ねられたため、老婆は自身の名を問い糾されたものと思ったのか慌てて、

 

「いえ、(わたくし)の名は……」

「タナカでなければいい!興味ないし、聞いても忘れる。黙って聞け!」

 

 隊長は、いや今のはそうなるでしょう、と一瞬思うが、口に出せない。

 

「……いいか、続けるぞ。

 

 タナカでないおまえは、当然思うよな?

 なんだコイツって。

 

 思うだろ?

 誰だよ、タナカって?

 だってタナカじゃないもんな、おまえは!

 

 ところが叫んでた奴はおまえが返事をしないでいると、腹を立てたのか突然家に火を放つんだよ!

 

 そんなことあり得るか?あり得んだろ!」

 

 五人はただただぽかーんとしている。

 

「で、そいつを捕まえて正座させるわな、今おまえらがそこでそうしてるみたいに。

 

 そしたらそいつは反省するでもなく、今度はおまえはプレイヤーか?ときたもんだ。

 

 頭を冷やしてよくよく考えてみろ。

 

 そんなやつと会話が成立するか?しないだろ常識的に考えて!

 真面目に応えてやる義理あるか?ないだろ常識的に考えて!

 

 オレもコイツも……」

 

とアインズはコキュートスを振り返る。

 

 見ればコキュートスもぽかーんとしていて、アインズは思わず噴き出しそうになるが、そこはグッと(こら)えた。

 

「……おまえらと違って人間じゃないよ。

 そりゃ見ればわかるわな?

 見間違いようないもんな?

 

 骨だし。

 (むし)だし。

 

 でもな。

 それでもだな!

 

 こうして言葉が通じる以上は最低限の常識、というか、礼儀みたいなものはあっていいんじゃないか!そう思わないか、婆さんよ?

 

 え!

 どうなんだ?

 

 こいつらの人生の先輩として、教えてやらなきゃならんことがあると思わんか!」

 

 アインズが試みているのは、盟友ウルベルト・アレイン・オードルがしばしば好んで意図的に用いた、精神への飽和攻撃、とでもいうべきものだ。

 

 倫理観(モラル)に混乱を生じさせるような言葉を敢えて選び、それを矢継ぎ早に怒声で叩きつけることで、相手方に「ひょっとして自分は何か申し訳ないことをしているのではないか」と錯覚させることが目的だ。相手に借りがある、と一度認識した者が、無意識のうちに漏らさずともよい情報を漏らすことでその申し訳無さを相殺しようとする傾向を狙った、いかにもウルベルトらしい悪辣な会話術だ。

 

「……あなた様の仰せの通りで御座います!

 ご無礼の数々、心よりお詫び申し上げます!

 

 ほれ、おまえたちもお詫び申し上げよ!」

 

 老婆が深々と平伏し、残る四人もしばし戸惑った後にそれに続いた。

 

 アインズは、敢えて沈黙で応じる。

 (ほう)っておけばぺらぺらと余計なことを喋ってくれるだろう。

 

「あなた様をスルシャーナ様とお呼び申し上げましたるは、六百年前に降臨され法国の(もとい)をお築きになられた六大神が一柱、スルシャーナ様と伝えられる絵姿が、あなた様と瓜二つであるがゆえに御座いますれば、決して他意あってのことでは御座いませんので、どうかご容赦いただけますよう。」

 

(法国?

 なるほど、デミウルゴスの調査報告の中にあったなんちゃら法国か。)

 

と、正確な名前は憶えていないものの、アインズは雰囲気で得心する。

 

 隊長が「プレイヤーか?」と尋ねたからには、推察通りスルシャーナは、アインズ同様に異世界転移をして来たユグドラシルプレイヤーで、かつ、死の支配者(オーバーロード)を自身の種族に選択した者であるのはほぼ間違いない。これら二つの世界級アイテムを法国に遺したのも、そいつかそいつの仲間だ。

 

 それにしても、六百年前、というのはどういうことか。

 

 ユグドラシルはそれなりに歴史のあるゲームではあったが、流石に六百年前にはなかったはずだ。

 こいつらの歴史が時間の経過を大袈裟に表現するからか?

 あるいは本当に六百年前の出来事で、こちらの世界の時間軸のあちこちにユグドラシルとつながる()があるのか?

 

 絵姿で伝わる、ということは、おそらくスルシャーナは健在ではない。

 不死者(アンデッド)であれば寿命はないはずだから、何らかの事故か、あるいは戦闘によって敗死したのだろうか?

 しかも、六大神が一柱ということは、スルシャーナと共に転移してきたプレイヤーが少なくともあと五人はいたことになる……一部または全部がNPCである可能性もある……が、仮にスルシャーナが死んだとして、そいつらは死んだスルシャーナの<蘇生(リザレクション)>を試みなかったのか?あるいはそれが出来ない何か事情があったのか?

 

 それともスルシャーナが最後に残った一人だったのか……

 

 次々と疑問が浮かぶが、この場で解決するようなそれではないし、これ以上深堀りすれば意図せずにこいつらに無用な情報を与えるのではないか、とアインズは懸念する。

 

 自分のミスを誤魔化すためにこいつらを殺すのは、流石に気が引ける。

 

「その上で、このようなことをお願いできるものでないことは承知の上でお願い申し上げたき儀が御座います。どうか、それらの法国の至宝(しほう)をお返しいただけますよう。」

(ことわ)る!」

 

 老婆の嘆願をアインズは言下に否定してみせた。

 

「おまえたちはこれらの品々の真価をまったく理解しておらず物騒この上ない。

 よって没収する!」

 

「そこを曲げてお願い申し上げます。

 スルシャーナ様は慈悲深い御方であったと伝え聞いておりますれば、よく似たお姿をされたあなた様もきっと同じく慈悲深き御方とお縋り申し上げます。ことは人類の存亡に関わることにて御座いますれば!」

 

(……おいおい、話がエラく大袈裟になってきたな。)

 

 やはりアインズは敢えて沈黙で応じる。

 この老婆は、最早アインズを警戒していないことがありありとわかるからだ。

 

「法国には未来予知を生業(なりわい)とする者がおり、その者がかの十三英雄が封じたと伝わる魔樹の復活を予言いたしました。アレが一度(ひとたび)目を覚ませば、法国はおろか周辺国家も悉く滅び去る恐れこれあり。私どもは法国の至宝(しほう)を以て再びこれを封じんと馳せ参じ、その途上にてあなた様とお会いした次第で御座います。」

 

(どの十三英雄だよ!)

 

とアインズは内心毒づきつつも、漸くこの対話の出口をみつけたことに気づいた。

 

「……何処だ?」

「はっ?」

 

「おまえたちはその魔樹とやらが復活する場所に大方当たりをつけているからこそ行動していたんだろ?

 それは何処か、と聞いている。」

 

「予言によりますればトブの大森林の何処かに……」

「だから何処だ、それは?」

 

「……北方に広がる森をご存知ありませんか?」

 

(あぁ、(ブッシュ)のことか。)

 

「ちょっと待て。

 

 <伝言(メッセージ)>……あぁ……そうそうオレオレ。

 あー、今、作戦中だからな……そうそう、そういうこと。」

 

 (ブッシュ)のことであれば双子が詳しかろう、とアインズはアウラに繋ぐ。

 

「……うんうん……ほう、心当たりがある?

 所在はわかるか?

 

 いや、魔樹っていうくらいだから何かこう……でっかい木だろ、多分。知らんけど。

 

 ……そうそう。

 

 最優先で特定して折り返してくれるか?

 

 ……すまんな、今度また何か……そうだな、チーズケーキなんかどうだ?

 

 あぁ……わかってると思うが単独で仕掛けるなよ。

 そう……うん……じゃぁ待ってるから、よろしく頼む。

 

 待たせたな。」

 

 漆黒聖典は呆気にとられた様子でアインズを仰ぎ見る。

 

「遠からず魔樹の所在は判明する。

 オレが片付けてやる。

 

 なら文句ないだろ?」

 

「「はぁ?」」

 

 これまで声を漏らさぬよう口をつぐんでいた他四名も含めて、思わず声が上がる。

 

「……不服か?」

「いえ、そういうわけでは御座いませんが……。

 法国の至宝(しほう)は、一命に代えても持ち帰る必要これあ……

 

「あのなぁ……」

 

 余計なお世話だとは思いつつも、思わずアインズは老婆に割って入る。

 

「おまえらな、ちょっと身の振り方を考えたほうがいいぞ。

 こんな物騒な……」

 

と、チラリとコキュートスに持たせた<聖者殺しの槍>を顧みて、再び五人に視線を戻す。

 

「……物騒なものを持ち歩かせる国に仕えるなんてどうかしてる!」

 

 まるで彼らの身を案じるかのようなその言いように五人は驚きを隠せない。

 とりわけ隊長は、あれだけ恫喝されつつもここだけは黙っておられなかったようで、

 

「あなた様は、我々が法国を捨ててあなた様にお仕えすることをお望みなのですか!」

 

と問うたが、アインズの応答は、

 

「……おまえなぁ……もう一度覗きのたとえ話に戻りたいのか?」

 

だった。

 

「ゴホンッ……ともかく、だ!

 

 人類の危機を救う、とか言ってるが、おまえら自分がどの程度のものかわかってるのか?

 オレからしたら、言っちゃ悪いが屁みたいなもんだぞ!

 

 その屁が、たった五人ばかしで人類の危機って、おかしいだろ?

 

 え?

 元は六人だった?

 

 あのなぁ……覗きが窓から落ちて死んだら、覗かれたオレのせいなのか?

 

 違うだろ?

 違うよな!

 

 ……ともかく、だ。

 

 おまえら、ただの生贄じゃないか!

 おまえらの親分は目前の危機に時間稼ぎしただけだぞ……たぶん。

 

 おまえらが討伐に失敗して死んでもな。

 ……あー、あの五人……六人だったか?……がヘマしましたね……

 とか言うだけで、それこそ屁とも思わんぞ!

 

 だってそうだろ?

 本気で人類救おうと思ってるなら、他にやりようがあるだろ?

 

 そうせずにおまえらに押しつけてるってことは……そういうことだろが!」

 

 どうもアインズの訴えるところは五人の心に今ひとつ響かないようで、(みな)、いったいこの骸骨は何に立腹しているのか?我々にどうせよと言うのか?と顔に書いてあるのに気づき、アインズは(われ)に返る。

 

(どうにもブラック企業勤めしていた鈴木悟を思い出して感情移入してしまうなぁ……)

 

「それよりも、だ。

 ……他にもあるのか?」

 

 落ち着いて考えれば、こいつらの行く末を案じてやる謂れがどこにある、と思い直して、アインズは再び自身の利益に叶う話題を振った。

 

「何が……で御座いましょうか?」

 

 あまりにその転換が唐突なので、五人はついて来れない。

 

「とぼけるな!

 至宝だ至宝!」

 

 スルシャーナを含む六大神がユグドラシルプレイヤーであり、彼らがこれらの世界級アイテムを法国に遺したのだとすれば、他にも同様の品が伝わっている可能性がある、とアインズは睨んだ。

 もっとも、アインズの知る限りにおいてギルド、アインズ・ウール・ゴウンの十一に次ぐギルドとしての世界級アイテム保持数は確か僅か三であったはずだから、スルシャーナが複数のプレイヤーと共にアインズ同様ギルド拠点ごと転移してきたのだとしても、これ以上の世界級アイテムが伝わっている望みは薄い。

 

「……いえ、それは……」

「オレは何でもお見通しだ。隠し立てしても無駄だぞ。」

 

 我ながら堂々と矛盾したことを言っているのはわかっているが、五人はそのあまりの堂々さに気押されたものか、そこに気づくことはないようだ。互いに顔を見合わせて困った様子を見せる。

 

「……誓って他には御座いません。」

 

 老婆が再び深く平伏して復命するが、

 

「ちょっと待て。」

 

 アインズは片手の平を開いて前に差し出し、彼女を制した。

 

 <伝言(メッセージ)>を受信したからだ。

 

 思ったよりも随分と早いな。

 

「……オレだ。

 

 ……ん?

 なんだ、おまえか。

 

 いや、すまん。そういう意味じゃ……あぁ、作戦中だ。

 

 いや、死んでお詫びとか、そういうのはいいから……」

 

 <伝言(メッセージ)>は、アウラの下にいるエントマではなく、デミウルゴスと共に行動しているナーベラル・ガンマから発せられたものだった。

 

「……ふむ……あぁ、わかった。

 オレからかけるから……あぁ、そうだな、それでいい。

 

 今しばらく待て。」

 

 再びアインズは五人に待てを発する。

 ナーベラルが、至急アルベドに連絡して欲しいと告げたためだ。

 

 デミウルゴス組からの定時連絡に対し、アルベドが中継を依頼したものらしい。

 

「<伝言(メッセージ)>……あぁ、オレだ。何かあったか?」

 

 

 

(シャルティア・ブラッドフォールンが叛旗を翻しました。)

 

 

 

「……はぁ?」

 

 口をパカリと開いて激しく緑色の光を放つアインズ。

 漆黒聖典の五人はこの奇瑞に痛く感じ入り、改めて緑色に輝く骸骨に深く拝礼を捧げた。

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