記憶のオーバーロード   作:wash I/O

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第8話 アインズ様の最も長い一日・後編

「きゃははは!

 楽しいですわー、アインズ様ァ!」

 

 真紅の全身鎧を身に纏った完全武装で、真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)シャルティア・ブラッドフォールンは、吸血槍(スポイトランス)を嵐のように容赦なく()()てまくった。

 

「あぁ、楽しいなシャルティア。

 だが、そろそろ終わりにしよう。

 

 超位魔法!」

 

「あらぁ、アインズ様?

 どうしてここで発動までに時間のかかる超位魔法を?」

 

(……そりゃ、おまえが効果範囲から離脱する時間が要るからに決まってんだろ?)

 

 

 

 守護者統括アルベドからシャルティア謀反の急報を受け、縋り付く漆黒聖典五名を振り払ってナザリック地下大墳墓に帰投したアインズを待っていたのは、つまりのところは労働争議(ストライキ)だった。

 

 シャルティア・ブラッドフォールンは、通常兵器の範疇で言えばナザリック最強の個体戦力、ということになる。

 

 実際のところ、ナザリックには現実世界の戦略熱核兵器に相当する……つまり、確実に相手を殲滅可能だが、それは同時に自分たちも含めた破滅にも繋がりかねないのでおいそれとは使用できないもっとヤバい連中がいくらか存在するが、転移直後、ナザリック全域を隈無く調べ上げたアインズは、それらや()()()にはいわゆる自我の存在を認めなかったので、孝行息子(パンドラ)の経費節約の進言もあってその大半を機能停止させ凍結状態に(とど)めている。

 

 結果、シャルティアは名実共にナザリック最強の個、ということになったのだが、使い(どころ)がない、という意味では、シャルティアとて突き詰めれば核兵器の(たぐい)であった。

 

 有り体に言えば阿呆(アホ)の子だ。

 危なっかしくて独り歩きさせるなど想像の埒外である。

 

 さりとて、それらや()()()とは異なり彼女には列記とした自我が認められ、なによりアインズにとっては親友ペロロンチーノの娘でもある。いや、だから危なっかしいのだが、危なっかしいからといって、まさか座敷牢に押し込めておくわけにもいくまい。

 なので、転移門(ゲート)が使える彼女をナザリックの門番に任じ、外征部隊の事実上の高速輸送路とすると共に鎖に繋いだ番犬として配したのは我ながら妙案だ、とアインズは思っていた。

 

 ところが、どうやら当の本人にとってはこれが痛く不満であったようだ。

 

 第一には、何やかやと外の動植物や鉱物を持ち帰る双子闇妖精(アウラとマーレ)や、さらに輪をかけて周辺国家勢力の情報や文物を愉快げに運び込むデミウルゴスの働きに、シャルティアは随分と引け目を感じていたらしい。

 いや、彼女の性格からして、実際に彼女にも似たようなことをやらせれば絶対に数日で飽きて、それはそれで火種になったような感がなきにしもあらずではあるが、本人が不満なのだから仕方がない。

 

 そして第二には……おそらく真因はこちらだろう、とアインズは踏んでいるのだが……彼女を御するのは存外面倒臭いのでアルベドに丸投げしていたのがマズかったらしく、アルベドの下風に置かれたと思い込んだ上に、どこか抜けている、というよりは抜けだらけであるにもかかわらず女としての勘だけは人並みに働く彼女が、しばしばアルベドがアインズとの情事に及んでいると確証こそ得てはいないものの嗅ぎつけたのが致命傷(トドメ)となったようだ。

 

 つまるところ、シャルティアが叛旗を翻したのはナザリックに対してではなく、アルベドにだ。

 

(ま、そうなるわな。)

 

 そんなことは確認するまでもなくアインズにはわかっていたことだし、わかっていながらただただ面倒臭かったからという理由だけで予防措置を怠っていたことを反省しないでもないのではあるが、一方で、自分こそがナザリック地下大墳墓の主人であるはずなのに、なんでオレがシャルティアの機嫌を損なわないように気を遣わねばならんのだ、という思いももちろんある。

 

 だがこれは、他の下僕(しもべ)たち同様にある意味宿()()()なものなのであり、アインズは自身のシャルティアに対する愛憎入り混じった思いを、その創造主である爆撃の翼王(バードマン)ペロロンチーノに対するそれに重ねていた。

 

 一言で言えば、ペロロンチーノは大きな子どもだった。

 

 現実(リアル)における火兵(かへい)遠戦(えんせん)指向が可能な限り危険とは距離をとって戦いたいという本能、平たく言えばできれば痛い目には遭いたくないという本音に支持されていたように、痛みを顧慮する必要のない仮想(バーチャル)世界であるユグドラシルにおいても、射手(シューター)は、近接戦闘の緊張感は勘弁願いたいがさりとて戦闘に参加している感はがっつり欲しい、という性向のプレイヤーに好まれたものだが、ペロロンチーノのそれはいささか様相を異にしていた。

 人をして射撃の白兵戦(クロースコンバットガンナー)、とも評されたペロロンチーノは、超遠距離からの正確無比な狙撃を得意としつつも、折に触れて的確なタイミングで乱戦の中に飛び込んでの超至近(ゼロ)距離射撃もこなすというマルチぶりを発揮し、()()()戦闘の相棒(バディ)とするのに彼を超える人物をアインズは知らない。

 

 その一方で、彼がその能力を最大限発揮して活躍できるのがせいぜい自陣営が二人か三人の場合に限られていたのは、とにかくこの人物が度を逸した気分屋で協調性の欠片もなく、天性の孤独な狙撃手(ロンリーウルフスナイパー)であったことに起因していた、とアインズは考えている。

 

 そしてたちの悪いことに、同時にペロロンチーノは根っから陽気で人当たりのよい男であり、彼に潜在する問題点は、その薄布(ベール)に隠蔽されてとかく見逃される。

 

「あー、もちろんわかってますよ、モモンガさーん!」

 

 この脳天気な応答に幾度期待を裏切られて死地を彷徨ったか数え上げるのも馬々鹿々しくなるほどで、実のところ件のチェックリストは、そもそもの発端としては、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの結成初期、集団で他ギルドと対決することが多かった時分に、戦闘ログを分析したベルリバーが自陣営の窮地の大半がペロロンチーノの、個の戦闘としては傑出しつつも戦術・戦略的にまったく意味がないばかりか迷惑この上ないその場のノリのスタンドプレーに端を発していることに気づき、さりとてそれを直接指摘してもこのお天気野郎に理解されるはずもないので、

 

「知ってます、ペロロンチーノさん。

 航空機のパイロットって、チェックリストというのをやるんですよ。

 いいですよね、ああいうの。

 プロフェッショナル独特の格好良さ、感じません?」

 

と誘いをかけて、案の定ノリノリで食いついてきたペロロンチーノが、以降の作戦前打合せ(ブリーフィング)で読み上げられるチェックリストに対し、率先して、

 

「……チェック!……チェック!」

 

とパイロット張りの応答を飽きもせず繰り返す様が面白いから定着した、という経緯を経ていた。

 

 かくもペロロンチーノという男は過分に幼さを有した人物であり、であるがゆえに、

 

「あー、俺またやっちゃいましたね、てへぺろ。」

 

で何でも許されてしまう愛されキャラ、つまるところは大きな子どもとして、ギルドに受容されていたと言える。

 

(考えてみれば、シャルティアもまんまだよな。)

 

 事態を収拾すべくシャルティアの在処(ざいしょ)となる第ニ階層死蝋玄室へ向かう途上、アインズはそんなことを考えていた。

 

 アルベドもデミウルゴスも、セバスもコキュートスも、いささか変則的ではあるがアウラやマーレも、基本的にはその創造主の性向を強く受け継いでいるように見えるが、シャルティアほど酷くはないように思われる。

 フレーバーテキストによりシャルティアが同性愛者(レズビアン)幼児性愛者(ペドフィリア)として規定されていることは、本来私的(プライベート)な作業であることが一般的なNPC作成を互いに手伝うほどペロロンチーノとは仲が良かったこともあってユグドラシル時代から承知していたが、本人の性差こそあるがその嗜好はペロロンチーノ本人そのままであり、テキストで読む分にはさほど問題には感じていなかったが、それがこうして異世界転移によって血肉を得て眼前で実際に演じられるのを見続けて来た身としては、

 

(……おくびにも出さなかったけど、実はペロロンチーノさんにも両刀使い(バイセクシャル)死体愛好癖(ネクロフィリア)()があったのか?)

 

と今さらながら不安になってきた。

 

 いや待て。

 

 パンドラズ・アクター(息子)はオレに似ているのだろうか?

 

(あー、いかんいかん。目下の問題から視点が()れるのが癖になってきているな。)

 

 アインズは骸骨頭を小さくぷるぷると左右に振って頭を切り替える。

 

 もっとも、今回に限っていえば悩むことはさほどはない。

 

 シャルティアがペロロンチーノのまんまであることはわかっているので、対する策もまた、ペロロンチーノのまんまでよい。良いはずだ!

 

 曲がりなりにも女性(レディー)の私室であるにもかかわらず、アインズはノックもせずにバタン、とドアを乱暴に開け放ち、開口一番大声で言った。

 

「待たせたなシャルティア。

 ようやくおまえに似合いの獲物を見つけた。

 

 狩りにいこうぜッ!」

 

 これは機嫌を損ねて(へそ)を曲げたペロロンチーノを誘うときの常套手段に倣ったものだ。

 

「……アインズ様?……放っておいておくんなまし。あちきは所詮は要らん()でありんす。」

 

 鬱に入ったシャルティアはこう応じるが、これも予想通り。

 アインズはからりとした口調でそのまま続ける。

 

「まぁ、そういうな。

 それよりもな、これを見ろ。」

 

と、所持品(インベントリ)から鹵獲したばかりの品々を取り出す。

 

「……わかるか?」

 

 ベッドの上でうつむき加減だったシャルティアは、躊躇いがちながらゆっくりと視線をこちらに向ける。

 戦闘特化の彼女に、アイテムの価値を判定する能力(スキル)などないことは(はな)から承知だ。

 

「これは<傾城傾国(けいせいけいこく)>。こっちは<聖者殺しの槍(ロンギヌス)>。

 聞いて驚け、世界級(ワールド)アイテムだ!」

 

「……わ……わ……世界級(ワールド)アイテム?」

 

 途端に目をまん丸に見開いたシャルティアはベッドを飛び出して四つ足で駆け寄り、貴重なその品々を間近で見ようとする。あぁ、なんてわかりやすい可愛らしいヤツなんだろう。

 

「狩り場で遭遇した人間たちに……もらってな。

 代わりに連中が無理に決戦を挑もうとしていた化け物退治を請け負ってきた。」

 

「……アインズ様が人間なんぞに取り引きなどせんでもよろしいのではありんせんか?」

 

「おまえに似合いの獲物、と言ったろ?

 話を聞く限り、相手はレイドボス級だ。

 そこいらのカスにおまえをぶつけるのはナザリックの(かなえ)軽重(けいちょう)を問われるから躊躇うが、このクラスならようやくおまえが本領発揮できるだろ?

 

 だ・か・ら、請け負った。

 わかるか?」

 

 一体何処の誰がそんな軽重(けいちょう)を問うんだ、と我ながら思わないでもないし、そもそも今話していることは大嘘で、魔樹退治を請け負った時点ではとにかく漆黒聖典の連中を殺すことなく話を切り上げることさえできれば何でもよかったのだが、ナザリックへ帰投する途上でこれは一石二鳥じゃないか!と思いついたのがコレだ、というのはもちろんシャルティアには内緒だ。

 

「ちなみにコレはおまえにやろう。」

 

と、アインズは<傾城傾国(けいせいけいこく)>を事も無げにシャルティアに手渡す。

 

「こ、こんな貴重なものを、あちきなんぞに頂いてよろしいのでありんしょうか?」

 

「流石に今日の相手は完全装備で挑む必要があるからお預けだがな。

 今度着て見せてくれ。」

 

 現地勢力に世界級アイテムを所有し、使用前提で持ち歩く者がいることがわかった以上、その対策が必要だとアインズは判断している。

 特に、外征部隊として活動する者のうち実際に単騎で敵と対峙する可能性が高いデミウルゴス、アウラ、マーレ、それを後方支援するシャルティアに世界級アイテムを常時装備させる方針は、着手こそ少し先になるだろうが既にアインズの中では決定事項だ。

 

 種族特性として<魅了の魔眼(まがん)>を有するシャルティアに、効果的に上位互換となる<傾城傾国>を持たせるのは一見無駄にも思われるが、シャルティアを吸血鬼(ヴァンパイア)だと看破する敵が魔眼対策をしてもさらにその裏をかける、という利点もあるし、突出した身体能力で戦闘するシャルティアにとって、<傾城傾国>がナザリックの現有世界級アイテム中最もそれを支障しないものだ、ということもある。

 

「流石にこのデザインだと、アルベドなんかだと無駄にデカい胸が邪魔で似合わんだろ?

 アウラはそれ以前の問題として男装派だしな。」

 

 あぁ、またオレは悪辣なNPC操作をやっているな、という自覚はあるが、これでシャルティアの機嫌が完全回復(リカバリ)することは確信しているし、実際そうなった。

 

 オレは地獄に墜ちるだろうか?

 いや、よくよく考えればここが地獄(ナザリック)か。

 

 

                    *

 

 

 魔樹ザイトルクワエ……伝承に通じる現地人のみが知るこの名をアインズたちは(つい)に知ることがなかった……の討伐は、時間こそかかったが結果的にはあっけなかった。

 

 あらかたMP(魔力)を使い切ったシャルティアは、先発して魔樹の位置特定及び捕捉をおこなっていたアウラ、マーレと共に既に帰投済みで、アインズは自身の前衛として同行したセバスと共に、魔樹の遺骸を検分している。

 

 アインズは、魔樹が現地生物としてはあまりに突出したHP(生命力)を有していたことから、彼自身の知識としては見知らぬ怪物(モンスター)ではあるものの、これもまたアインズたち同様にユグドラシル世界から迷い込んだレイドボスの(たぐい)だろう、と推察していた。

 先に聞いた漆黒聖典の話を言葉通りに信じるならば、魔樹は既に伝説化している十三英雄とやらが活躍した時分にはこの世界に存在したこととなり、その正確な時期を尋ね損ねたのは惜しまれるが、情報の詳細(ディテール)濃度から判断すれば、六百年前とされる六大神の時代までは遡らないのだろう。

 

 いよいよ転移以前の世界とこちらとでは時間の流れ方が異なり錯綜しているらしい、という仮説が真実味を帯びてきてアインズは若干の眩暈を感じていたが、その思索はナザリックの目ニグレドからのまたしてもの緊急報で断ち切られる。

 

最大警戒(フェイタルアラーム)

 亜音速飛翔体がほぼ一直線にアインズ様へ向かって移動中、会敵までおよそ180秒!」

 

全命令撤回(オールキャンセル)

 以降、すべての探知(サーベイ)反撃(カウンター)を停止。最望遠(アウトレンジ)からの視覚捕捉(リモートビューイング)のみとしおまえの部屋に観覧席(モニタールーム)を設けよ。追ってアルベド、デミウルゴスを向かわせる。」

 

「承知いたしました。」

 

 アインズは即断した。

 

 相手が何者であれ、現時点でアインズの対覗き見攻性(こうせい)防壁は発動していない。とすれば、相手は音速近くで三分以上かかる距離から光学目視のみでアインズを発見したか、魔法防御を侵襲(ペネトレート)する技量を有している恐れがある。ならば、反撃(カウンター)手段も備えている可能性が高く、ニグレドの撤収は最優先だった。

 

「<転移門(ゲート)>。

 セバス。ナザリックに戻り、アルベドに完全装備で待機を命じ、デミウルゴスともどもニグレドの部屋で事の推移を見守らせろ。オレが呼ぶまで出撃は許さん。」

 

「アインズ様はいかがなさるのでしょう?」

 

「時間がない、行け。オレは()()()の使用を考えている。有り体に言えばおまえは邪魔だ。アルベドにも伝えろ。(ゆえ)の待機命令だとな。」

 

「……承知いたしました。ご武運をお祈りいたします。」

 

 次に、アインズはセバスを撤収させる。

 

 彼の言う切り札は、スキル<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>から始まる必殺コンボ。

 効果範囲のあらゆるものを消滅させることが可能なこの技に、ナザリックのNPCで曲がりなりにも耐えられる者はシャルティアしかおらず、そのシャルティアが魔樹戦で消耗し切った今、切り札の使用を前提としたアインズの前衛を務めることが可能な下僕(しもべ)はいない。

 

「くれぐれもお気をつけください、アインズ様。

 ……(ドラゴン)の気配がいたします。」

 

「あぁ、わかった。また後でな。」

 

 深々と一礼して<転移門(ゲート)>に消えるセバスを見送り、アインズはそれを閉じた。

 

 いったい今日は何という日なんだ、とアインズは嘆息する。

 

 一時(いっとき)に二つもの世界級(ワールド)アイテムを手に入れ、この世界と異世界転移の秘密に迫る手がかりを得たかと思えば、今度は超音速飛翔体だそうだ。

 

「漫画かよ。」

 

 軽口を叩いた後、何処で盗み聞きされているかもわからないので、我ながら慎重の()が過ぎるかと思いつつも<無詠唱化(サイレント)>で各種の強化(バフ)を自らに施し会敵に備えた。

 

 魔樹との戦いのほとんどはシャルティアに任せていたし、アインズ自身はMPを消費しない超位魔法<失墜する天空(フォールンダウン)>を放ったのみなので、消耗はないに等しい。もしそうでなかったら、レイドボス級との二連戦、しかも前衛なし、は全力で回避しただろう、と思う。

 

 が、今のアインズは、何らかの霊感を得ていた。

 

 僥倖に続いて襲い来る災厄。

 

 おそらくこれは(つい)を為すもので、既に僥倖を受け取ってしまった以上、災厄に背を向けて逃げることは何かが間違っている。

 

 何故かアインズはそのように確信し、それが現れるのを待った。

 

 そして現れたそれは、白金色(プラチナ)に輝く鎧だった。

 

 およそ慣性を無視した軌道を描いて飛来したそれは、静かにアインズの前方十メートルほどの位置に音も立てずに着地した。

 周囲はさきほど放った<失墜する天空(フォールンダウン)>で焼き払われ岩肌が露出しており、いかにもアインズ自身が決戦場を整えて待ち受けたかのような体を成している。

 

(……妙だな?)

 

 アインズは隙きを見せぬよう直立不動を保ったまま、内心のみで首を傾げた。

 

 現地のあらゆる生き物に対し、死の支配者(オーバーロード)の肉体は常に(だい)なり小なりの殺意を抱いており、それは先に二つの世界級アイテムをもたらした漆黒聖典の連中に対しても同様だった。

 それを執行しなかったのは、偏に既にアインズがそれを(ぎょ)(すべ)をある程度身につけていたからに他ならない。無論、先にセバスに吐露してみせたように、完全に御し切れるか、については未だ自信はないのだが。

 

 然るに、である。

 

 アインズは目前の、おそらくこちらへ渡って以来最大の脅威と感じる白金(プラチナ)の鎧武者に対し、自身がまったく殺意を抱いていないことに気づいた。

 

 なぜだ?

 

 そして、死の支配者(オーバーロード)である彼は、自身の知覚範囲内に存在する不死者(アンデッド)を見逃すことは決してないが、鎧は不死者としても認識はされていなかった。

 

 生きてもいないし死んでもいないものが飛んで来る?

 

(……なるほど、そういうことか。)

 

 この時点でアインズはあらかた鎧の正体に見切りをつけたが、同時に不味いな、とも思う。

 

(これでは切り札が切れんが……どうする?)

 

 必殺コンボを放って鎧を無に帰すことが出来たとしても、()()が無傷であれば単になけなしの切り札を明かすだけのことで、一文(いちもん)の得にもならない。

 

 とまれ、アインズは相手の初手を待つことにする。

 こちらから仕掛けるなんて愚の骨頂だ。

 

 意外にも初手は言葉であり、しかも聞き憶えのある言葉だった。

 

「……スルシャーナ……なのかい?」

 

(おいおい、またスルシャーナかよ!)

 

 本当にまったく今日はいったいぜんたいどういう日なんだ。

 まったく同じ人違いを立て続けに二回も受けるなんて!

 

「スルシャーナではないのかい?」

 

 鎧は微動だにしないまま、再びそのように問いかけてくる。

 

 あの五人組の連中は、スルシャーナのことを六百年前の故人として語ることを隠さなかった。

 対してこの鎧は、まるでつい最近別れた知人に対するかのように振る舞っている。

 五人組から得た情報が虚偽でないならば、鎧はスルシャーナが存命であった六百年前に共に存在してスルシャーナと何らかの関係を結んでおり、その上で今なお在る、六百年をつい最近と感じる時間感覚(タイムスケール)の持ち主、ということになる。

 

 アインズは自身の警戒レベルを更に一段上げた。

 しかし、対話が可能である以上、こちらから仕掛ける理由はない。

 

 今のところは。

 

「ボクは白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオン。アーグランド評議国で永久評議員をやっている。」

 

(……(なっが)ッ。

 とてもじゃないが憶えられん!)

 

 内心毒づくも、どうやら相手がかなり理知的な存在であることに安堵する。

 

「……名乗ってはくれないのかい?」

 

 その声には何の感情も感じられない。

 理知的どころか、こいつはどうしてなかなかの切れ者かもしれない、とアインズはさらに警戒レベルを上げる。

 

「……よもやとは思うけれども、ひょっとして言葉がわからなかったりするのかな?」

 

 鎧は、そんなことをする必要があるとも思えないのに、片手を兜の顎の部分にあてて首を傾げる仕草をみせた。

 こいつ、ユーモアもあるのか?

 

 ここに至ってアインズは、何らかの意思表示をしないと物言わぬ(むくろ)として問答無用に殲滅される危険(リスク)を覚え、とりあえず片手を顔のまえに出してぺらぺら、と振ってみた。

 

「え、聞こえてるの?」

 

と鎧がそれに反応するので、うんうん、と頷いてみせる。

 

「でも、名乗ってはくれないのだね。」

 

(その必要はないからな。)

 

 改めてアインズは直立不動を保つ。

 死の支配者(オーバーロード)の体は、本来であればバラバラに散って然りの人骨が魔法的な力で結合しているもので、姿勢の保持に物理的な疲労などがいっさい関係しないため、アインズが動かないと意を決すれば文字通りまったくの不動を保つことができる。

 

「……信用してもらえないのかな。まぁ、いいや。」

 

 控え目に言って化け物のくせに随分とお気軽(フランク)なやつだな、と自分を棚上げして思いつつ、放っておけば向こうが用件を切り出すだろう、とアインズは開き直った。

 

「キミはプレイヤーだよね?」

 

(……やはりそうくるか。

 しかも、あの五人組とは違い、こいつはオレがプレイヤーであると確信しているな。)

 

 己の戦術原則(ドクトリン)に従いアインズは無言を保つ。

 こちらの手の内を明かす理由は今のところはまったくない。

 

「……キミは今までにないタイプだね。」

 

 この言い様からすると、こいつはスルシャーナと知り合いであったばかりではなく、プレイヤーの類型(るいけい)を推察可能な程度には知見があるようだ。

 とすれば、六大神どころか、過去に相当数のユグドラシルプレイヤーがこちらへ渡ってきていたことになる。

 

 こいつは驚きだな。

 

「キミがそうしたいのならそれでいいんだ、聞きたいことは一つだけだから。」

 

 と鎧。

 

(ようやく本題か。)

 

「キミは世界を(けが)す者なのかい?」

 

 後になって考えて。

 

 この言葉がきっかけになったことに自覚的ではあったものの、どうしてこう言われた後自分があのような言動を採り始めたのか、いろいろと考えてはみたがアインズにはよくわからなかった。

 

 緑色に光って抑制された憶えはないから、感情が昂って暴走したわけではないと思う。

 五人組を相手に圧迫面接(ウルベルトごっこ)をやった余韻だろうか?

 

 とまれアインズは、

 

 スイッチが入ったタブラ・スマラグディナのように、

 考える前に行動に移すたっち・みーのように、

 思いついたが最後我慢ができないペロロンチーノのように、

 

 口撃(攻撃)を開始する。

 

「……黙って聞いてりゃ、何だそれ、おまえ?」

 

「え?」

 

 目前の骸骨からの返答がかなり想像していたものから逸脱していたためか、鎧から妙な声が漏れた。

 

「オレはな。

 

 初対面の相手に傀儡(くぐつ)を送り込んだり、知人だと思い込んで話しかけたり、糞長い称号を自慢げに名乗ったりするほど礼儀知らずじゃないから、とりあえず用件がわかるまでは黙って話を聞くつもりだった。

 

 が、言うに事欠いて、世界を(けが)す者か、って何なんだそりゃ?」

 

「違うのかい?」

 

「……あのなぁ、おまえ。

 

 まぁいい。質問に対して質問で返すのは頭が悪そうで本来はそうしたくないが、そうしないとおまえとは会話が成立しそうにないので、ちょっと長くなるが聞いてくれ。」

 

 鎧は応答しない。

 聞く気はあるのだろう、と判断してアインズは続ける。

 

「こっちに来てすぐだったかな。

 村人を殺戮する連中を見かけてな、虫唾が走ったから鏖殺してやったんだ、こんな感じにな。」

 

とアインズは、突如大きく体を動かして三日月斧(バルディッシュ)を振るうアルベドを真似た。

 

「これは世界を(けが)したことになるのか?」

「いや、それは……」

 

「待て!」

 

とアインズは骨の手の平を差し出して鎧を制す。

 

「オレの話はまだ終わっていない。最後まで黙って聞け。」

 

 身を乗り出しそうになった鎧は、再び直立の姿勢を採る。

 それを確認してアインズは続けた。

 

「今度はな、男が女を杭の高いところにこう……縛り付けてな。

 

 おまえ信じられるか?

 

 火炙りにしようとしたんだよ!

 わけわからんだろう?

 

 ムカついたからな、(くび)り殺してやったよ。」

 

と、アインズは高々と手を天に掲げ、グッと握り拳を作ってその様子を再現して見せた。

 

「これは世界を(けが)したことになるのか?

 

 いや待て、まだあるんだ、最後まで聞け。

 

 気づいてるとは思うがな。

 オレはご覧の通りの体だから生ある者を屠らずにはいられないんだよ。

 

 わかるか?

 わかるよな!

 

 でな。

 オレはいい仲間に恵まれていてな。」

 

と、常ならば決して()明かさないNPCの存在を、それが自身の下僕(しもべ)とはわからない形で匂わせる。

 無論、ユグドラシルプレイヤーは六大神同様アインズ一人ではないぞ、とミスリードするための牽制だ。

 

「オレがこうだからそいつは屠ってもよさ気な適当なやつを見繕って探してくれるんだよ、気の利く優しいやつだよ、そう思うだろ?

 

 で、今度は野盗だよ。

 数は忘れた、なんかいっぱいいたけど。

 

 でな、そいつら女飼ってんだよ。

 信じられるか?

 糞まみれで洞穴の奥に押し込まれててな。

 しかも全員、歯が抜かれてんだよ、全部。

 ムカつくだろ?

 

 カチンときてな。

 皆殺しにしてやったよ、こんな具合にな。

 

 <魔法位階上昇(ブーステッドマジック)><魔法の矢(マジックアロー)>!」

 

 アインズを中心に、数十の魔弾が辺りにロケット花火のように飛び散り、岩肌に当たって火花を散らす。

 自身への攻撃ではない、と見切っていたのか鎧は微動だにしない。

 

「これは世界を(けが)したことになるのか?」

 

 鎧、の背後にいる白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンは困惑する。

 

 これは……。

 

 これは今までにないタイプどころか、トンデモないやつだ!と。

 

「んで、ついさっきの話だけどな。

 

 変な五人組に出会ったんだよ、元は六人だったんだけどな。

 

 笑うぞ!

 五人で人類救うとか真顔で言うんだよ、信じられるか?

 国に命じられたんだと。

 

 阿呆かと。

 馬鹿かと。

 

 オレは別件で機嫌がよかったからな。

 普段ならそんなこと絶対しないけどな。

 そいつらの言う人類の危機とやらを焼いてやった。

 

 見てたろ、おまえ?

 それでオレに気づいて飛んで来たよな?

 今都合つかなく(リキャストタイム待ち)て再演してやれんけど。

 あ、していらんか?

 だよな。」

 

 四度(よたび)アインズはまったく同じ逆質問をする。

 

「これは世界を(けが)したことになるのか?」

 

 鎧はどう返したものか困っている様子に見えた。

 アインズは更に追い撃ちをかける。

 

「まさかそんなことないとは思うけどな。

 ひょっとしておまえがわかってないといけないから敢えて言うぞ。

 

 オレが知りたいのは、オレが世界を(けが)したか、じゃないんだよ。」

 

「え?」

 

と鎧から返ってきたので、なんだ結局わかってねーんじゃねーか、とアインズは毒づく。

 

「オレが聞きたいのはな、オレに世界を(けが)す者かと問うおまえは何様だ、ってことだよ!

 

 だってそうだろ。

 

 おまえ六百年は生きてるよな、そうだよな?

 だってスルシャーナと知り合いだったんだもんな。

 

 おまえかなり強いよな。

 オレとガチでやりあったら多分エラいことになるよな?

 

 オレはついこの前来たばっかりだけどさ。

 おまえ、六百年ここにいたんだろ?

 

 その間、おまえ何やってたんだよ?」

 

 どうやらこの問いは何か響くものがあったようで、鎧は一歩後退(あとずさ)った。

 

「さっき話したオレの優しい仲間な。

 

 またオレ好みの話を聞きつけてきてな。

 なんとか王国ってあるだろ、あーこれじゃわからんか、まぁいいや。

 とにかくその国の貴族様がな、近々巻狩りをやるそうなんだよ。

 

 でな。

 これも呆れた話なんだけどさ。

 獲物はテメーの食い扶持稼いでくれる領民だってんだよ。

 

 笑うだろ?

 気が狂ってんのか、って思うだろ?

 

 でもな。

 そいつ正気も正気なんだよ。

 王子様の接待でやるんだとさ。

 ご丁寧に書面でご大層な計画書まであってな。

 まぁ、お陰で日付も場所もわかってるからオレに皆殺しにされるんだけどな。

 

 おまえ知ってた、これ?

 知らんよな、普通興味ないわな、おまえみたいなやつは、こんな話。

 

 オレだって別に興味ないもん、こんな話。

 テメーの手足喰って満足なら勝手にやってろ、って思うわな。

 

 でも、この馬鹿、ブチ殺しにいくのは確定事項なんだよ。

 なぜなら、オレはこういう手合が大嫌いなんだよ。

 大嫌いだからブチ殺してやんだよ!

 

 オレはそういう存在だからな。

 

 で、おまえは何なのよ?

 

 おまえの言う、世界を(けが)す、って何なのよ?

 

 おまえ、今オレが話した件、知らなかったろ?

 興味もねーだろ?

 こんなこと、考えたくもねーけど、六百年もあったら日常茶飯事だぞ、多分。

 でも、おまえ、興味ねーだろ?

 

 そんなおまえがさ。

 

 テメー自身はどこに隠れてんのか知ったこっちゃないけど安穏とした場所にいてさ。

 そんな大層なおもちゃを飛ばして来てさ。

 初対面のオレに向かって(さか)しげに問う、

 

 世界を(けが)す、って何なのよ?」

 

 古来、神話がなんやかんやと善悪を語るのは、まぁ、言ってしまえば語り部が自分の感情の欲するところを理屈をつけて正当化してただけの話なんですよね、身も蓋もないんですけれども。

 

 思いを後付けの理屈で合理化することは、大抵の場合はそうあるべきなんですけども、それも程度によりますね。その辺りの折り合いがつく、というのが大人になる、ということなんじゃないですかね。

 

 自然の方から護ってくれって言われたことは一度も無いんだけど、それが聞こえたら手遅れじゃない?

 

 楽々PK術が楽だと思ったとき、既にキミは覗かれている。

 

 背後から忍び寄って首を掻っ切るのは余裕。

 

 ご存知でしたか?社員は死ぬけど会社は死なないんですよ。

 

 メイド服、すなわち愛。愛、すなわちメイド服。

 

 一刀入魂!

 

 私が世界を汚す者だと言うのであれば、正々堂々お相手しよう!

 

 とりあえず殴ってみればいいんじゃない?

 

 やっちゃいなよー、モモンガさーん!

 

 弟よ、煽るな!

 

 

 

 どうやらあなたはご自身が世界を護る者だとの強い自負を(いだ)いておいでのようで、それはそれで結構な御志(おこころざし)かとお見受けしますが、私の見るところそれは真実ではありませんな。

 あなたの真の動機を、心を見透かす悪魔である私が、見事当ててご覧に入れましょう。

 

 なーに、(たね)も仕掛けも御座いませんよ。

 お代はあなたの魂、ということで。

 

 あなた、親兄弟をプレイヤーに……

 

 

 

「駄目だ、ウルベルトさん!」

 

とアインズは叫ぶ。

 

「それは駄目だ、ウルベルトさん。

 あんただって……

 

 ()()を言われたら流石にキレるだろ……」

 

 ガクリ、とアインズは膝をつく。

 

「……キミ、大丈夫かい?」

 

 てくてくと鎧が(そば)まで歩いて来て、アインズを覗き込んだ。

 

「……あぁ、スマン。

 

 オレ……何かおまえに(むご)いこと言わなかったか?」

 

「いや。

 

 やけに雄弁に語るなぁ、と思って聞き惚れていたら急に黙り込むものだから。

 

 キミは、うるべるとさん……なのかい?」

 

 鎧が極自然に右手を差し出したので、特にそんな必要はなかったのだが、アインズも極自然にその手を取ってゆっくりと立ち上がる。

 

「……今日はこれでお(ひら)きで構わないか?

 流石にちょっといろいろあり過ぎて疲れた。」

 

とアインズ。

 

「ボクは構わないけれど。急ぐ話でもなし。」

 

「ひとつだけ聞いていいか?」

 

「答えられることであれば。」

 

「スルシャーナ……さんも、こんなだったか?」

 

 鎧はしばらく腕を組んで考えていたが、ややあってこう答えた。

 

「見た目は本当に瓜二つなんだ。

 でも随分と違うよ。もっと無口でね。こう……抱え込んで自分の中だけでぐるぐる回っていたように思う。本人ではないからわからないけどね。キミのように雄弁ではなかった。」

 

「そうか……ありがとう。」

 

「彼女も……」

 

「彼女?……彼女も、何だ?」

 

「彼女もキミくらい雄弁だったら、自滅せずに済んだのかも。」

 

「……そう……だったのか。

 悪いことを聞いたな。」

 

「構わない。ボクは感傷を(いだ)いているわけではないからね。」

 

 そこで会話が途切れた。

 

 昨夜からいろいろなことが一気にたくさん起こりすぎて、疲れを知らぬアインズではあったが、流石にいささか思考の乱れを覚えずにはいられない。気を抜くと、目前に今なお在る脅威を忘れ(うち)なる声に捕われてしまいそうだ。

 

 こいつと別れる前に、最低限の安全保障だけはしておかないとな。

 

「……もし、だ。

 おまえがオレを気に食わない、というのなら仕掛けてくるのは構わない。受けて立つさ。」

 

とアインズ。

 鎧が改めてきゅっと引き締まったように見える。

 

「オレもおまえが気に入らないと思えばそうする。

 今のところ、妙なやつだな、とは思うが、そうしたい、とは思わないけどな。

 

 ただ……」

 

「ただ……何だい?」

 

「オレが……世界を(けが)す者だからどうこう、ってのは勘弁してくれ。

 

 おまえに言われるまでもなく、オレが……オレたちがこの世界にとってヤバい、なんてことはオレが一番よく知っている。

 正直あまり深く考えたことはなかったんだが、オレは結構ここが気に入っているんだ。

 だからオレなりに、本当にヤバいことにはならないように手は打っているつもりだ。」

 

 鎧は黙ったまま聞いている。

 

「それをおまえに、世界を(けが)す者だ、なんて言われてしまうと、まるでオレがこの世界すべてを敵に回したみたいじゃないか。オレとおまえが喧嘩する……というのも大概周りに大迷惑だとは思うが……それと……それとオレが世界と喧嘩する、というのは、同じ……じゃないだろ?」

 

 ここに至ってようやく白金の竜王は、この初めて見るタイプのプレイヤーが雄弁に何を語りたかったか、少しだけわかったような気がした。だから、

 

「……わかった、とは言わないけれども、キミの言いたいことはわかったような気がする。」

 

と正直に答えた。

 

「それに、ボクも少し考えさせられた。会いに来てよかったよ。」

 

とも。

 

「……アインズ・ウール・ゴウンだ。」

 

「?」

 

「名乗ってくれたのに名乗ってなかったからな。

 今はアインズ・ウール・ゴウンと名乗ってる。

 本当は違ったんだけど、今はこれが一番しっくりくる。

 

 アインズ、と呼んでくれ。」

 

「……そうか、アインズ。」

 

「……で、すまないんだが、おまえの名前、長過ぎて憶えられん。」

 

「あぁ……ツアーでいいよ。」

 

「ちょっと待ってくれるか。」

 

と、アインズは所持品(インベントリ)からメモ帳の(たぐい)を取り出し、空飛ぶよろい、変な竜、ツアー、と書き込む。

 

「最近物忘れが酷くてな……これでいい。

 

 再会……を約す必要は、ないよな?

 お互い寿命なんてあってないようなもんだろうし、またどこかでばったり会ったときに、気が向けば語らうこともあるだろうさ。」

 

「……そうだね。いいと思うよ。

 

 じゃぁ、ボクは行くよ。

 国に仕事を残してきているのでね。」

 

「……そうか、手間をかけたな。」

 

「いや、こちらこそ突然押しかけて悪かったね。」

 

「じゃぁな、ツアー。」

「またどこかで、アインズ。」

 

 またも凡そ物理法則を無視した軌道を描いてまたたく間に飛び去った白金(プラチナ)の鎧を、アインズはしばらく微動だにしないままに見送った。

 

 そして、それが自身の知覚範囲外に出た後、我ながら慎重にもほどがあるな、と思いつつも、計十箇所の無作為な地点へ転移を繰り返した後、ナザリックへ戻った。

 

 大墳墓入り口付近にアルベドとデミウルゴスが出迎えに来ていて、明らかにお(かんむり)の様子だった。

 

 アルベドは純粋に愛するアインズの身を案じてのことだったが、デミウルゴスは、

 

「元より、アインズ様の我儘を叶えて差し上げることこそが我らの使命です。

 が、あまりに……あまりにご自由に振る舞われますと、私などはともかくといたしましても、他の下僕(しもべ)などが、たとえばチェックリストの何たるかを忘れ有名無実化させる恐れも御座(ござ)いますれば、ご賢察を賜れますと幸いです。」

 

と苦言を呈してきて、耳が痛かった。

 

 これに対しアインズは、敢えて詫びずにデミウルゴスの指摘に礼を以て応じたので、感極まったデミウルゴスは、それ以上の小言を発しなかった。

 

 ともかく、反省会は後日に、ということにして一旦解散した後、アインズはアルベドだけをこっそり自室に招き、その豊満な胸を枕に一休み……眠りを知らぬ彼は終始考え続けるしかないのであるが……した。

 

 噎せ返るような甘いアルベドの体臭に包まれ、飽きもせず自分を慰める嬌声を背景音(BGM)に、流石に今日はヤバかったな、とアインズは回想する。本当にいろいろなことがあり過ぎて既に大部分の詳細(ディテール)が思い出せない。はっきりしているのは<聖者殺しの槍(ロンギヌス)>と<傾城傾国(けいせいけいこく)>の二つの世界級(ワールド)アイテムを手中に収めたこと、そして……

 

 アインズはアルベドを邪魔しないよう気遣いながら所持品(インベントリ)からメモを取り出し、

 

「空飛ぶよろい、変な竜、ツアー。」

 

と反芻して「どれが名前だっけか、フフ」と自分でボケて自分で笑う。

 

 と言うのも、()()とてアインズにとってはさほど重要な出来事ではない。少なくとも、自室で自身の右腕(みぎうで)と頼る知将の、それを忘れてしまいそうになるあられもない痴態を()でる今となっては、存外どうでもいいことに思えてくるから不思議だ。

 

 今、アインズの意識を専有する問いはただ一つ。

 

 そのツアーと対峙していたときの、()()は一体何だったのか?

 

 確かに聞いたかつてのギルドの仲間たちの声。

 そして、生々しくも慌ててウルベルト・アレイン・オードルの放言を制した自身の叫び。

 

 いろいろ考えてはみたがこれといってうまく説明のつく仮説が浮かばず、またそれ以上に仮説を検証する実験方法にまったく思い至らないので、アルベドの達した声を合図にアインズは考えるのを止めた。

 

 嗚呼、長い一日だった……。

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