銀河鉄道 " 令和999 "   作:tsunagi

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#2 タイタンの眠れる戦士

 ()の人の眠りは、(しづ)かに覚めていった。遠い()の日に浸った安らかな胎響の揺り籠。()の温もりに満ちた心拍の子守歌が、規則的で健脚な律動へと移ろい、焦塵を蹴立てるドラフトの鼓動へと転調して、蹴汰魂(けたたま)しい水蒸気の咆哮が皺眉(しゅうび)を衝く。

 

   鐵笛噎萬感  鐵笛(てつてき) 萬感に(むせ)

   火輪驅銀瀾  火輪(くわりん) 銀瀾(ぎんらん)()ける

 

 地球での最後の一日。沙汰(さた)の限りを超えた凶事に精も根も尽き果て呑み込まれた、昏睡の長いトンネルを抜けても(なほ)、鉄郎は無限軌道に君臨する銀河超特急の二等車輌、(はなだ)色のモケットが包み込むボックスシートの中に居た。半狂乱の地吹雪も、出口の無い飢えと渇きも、瓦礫と産廃の尾根も、重金属の泥濘(ぬかるみ)も、感染症の巣窟も、天変地異の叩き売りも無い、緩慢で淡然とした一時。人類が人類であった頃の遺失物に揺られて、辰宿列張(しんしゅくれっちょう)の窓外を(かぎ)る物と言えば、人間狩りの餌食となった血の海の記憶。寝覚めの悪い空夢だと打ち消そうにも、頬からズレ落ちた角質蘇生シートの乳液に癒着した凍傷の黒皮が白魔の惨劇を物語り、更には其の証左を掻き乱す様に、身を挺して我が子を護った母を剽窃(ひょうさつ)した女が、寝息を立てて向かいの背摺(せすり)(もた)れている。鉄郎に己の罪を数えろと迫る聖母の安息。夢に迄見た列車の乗り心地は如何(どう)?と問い掛ける(かす)かな寝息。

 余りにも総てが唐突で、何をどう整理し、理解すれば良いのか判らない。ゴミを拾って喰い繋ぎ、貧民窟の娼童達に蓑虫呼ばわりされていた自分が、下ろし立ての服を着ているだけでも信じられないと言うのに、何の資格が有って星の海を遊覧しているのか。魂と引き替えに手に入れた訳でも無い、降って湧いた乗車券。重力の糸が切れたスペースデブリに辿り着ける場所なんて在るのか。旅は始まったばかりだと言うのに、夏の終わりを告げる空蝉(うつせみ)の如く、鉄郎の心は星系を画す窓際に引っ掛かった儘、宙を揺れていた。

 「母に会ひたければ時間城に來い。」

 機械伯爵とか言う奴が何か喚いていた様な気がする。トレーダー分岐点、排他的帝層帯域、ファクトヘイブンに、電影要塞。そんな御託を真に受けてどうする。夢を追い続けていれば何時か巡り会える宝島、等と言うのは地球上での話だ。成層圏を脱した果てし無いボイドの空漠に奇遇の差し挟む余地はない。小さな鍵穴から外の世界を覗き見ていただけの少年が、狂おしく恋い焦がれていた血湧き肉躍る冒険譚は、分不相応な思春期の空想。たった一晩交わした銃撃で幼き野心は白墨に散った。疾風頸草(しっぷうけいそう)とは程遠い、非業の嵐に(くずお)れた草魂。今は唯、羊水の失楽に胎児は溺れ、対面に座る、汚染物質の蓄積による黄疸も縮毛も無い、瑞々しく生まれ変わった母の面影に眼を細める。

 融け出した白磁に薄紅を挿す淑やかな肌理。天孫が舞い()金色(こんじき)鳳髪(ほうはつ)。生き写しを超えた絶世の娟容(けんよう)に錯綜する、例え合法的にパスを手に入れたとしても乗車を拒んだであろう母の高潔。自責の念が囃し立てる老想化視か、亡霊列車を粉飾する流し雛か。妖しくも妙なる昏睡に、鉄郎は思わず身を乗り出して女の顔を覗き込もうとした。(まさ)に其の時、

 「何時までそんな処でまごついているつもりなの。どうせ火星が落ちたとか言う話でしょ。其れならそうと報告して、速やかに業務に戻りなさい。」

 柔和な顔面神経が決裂して、不機嫌な眼差しがデッキ扉の磨り硝子に映る愚直な影を撃ち抜いた。扉を開けて一礼し、歩度を正して進み出る紺碧のダブルブレザー。スコッチグレインのドッグテイルが老楽した床板の柾目(まさめ)に規律と戦慄を刻み、メーテルの前で再び一礼した車掌は、其の姿勢を崩さずに譲舌(じょうぜつ)(けん)じた。

 「御寛ぎの処、誠に申し訳御座いません。次に停車予定の火星が、御推察の通り、砂鉄の磁気嵐に滞留した電劾重合体によって、発着が困難な状態に陥っております。就きましては、火星を通過し、火星で予定しておりました天然資材の補給を兼ね、タイタンへ臨時停車を致したいと存じます。悪しからず御理解賜ります様、何卒、宜しく御願い申し上げます。」

 「火星の電劾重合体なんて何世代前の型なのよ。機密通信に擬装した自傷式プロトコルと交雑して誘爆する筈が、赤錆びの砂嵐に潜り込まれた挙げ句、星ごと取り囲まれて統制不能になりましたじゃあ、眼も当てられないわ。職責のアリバイ作りをしてる場合じゃないのよ。選りに選って地球に一番近い星が太陽系で最初に落とされるなんて、花嫁を仲人に寝取られる様な物じゃない。其れで火星の後始末はどうするの。真逆(まさか)とは思うけど、又、例の有事顧問とか言う連中にドブ浚いを委託するつもり?コンサルタントだ、アウトソーシングだとか言っても、海賊は海賊よ。そんな破落戸(ごろつき)に下の世話まで面倒を見てもらう何て、天河無双の銀河鉄道株式会社が聞いて呆れるわ。」

 凡そ乗客と乗務員の会話ではない。一方的に捲し立てる舌鋒を屈曲不動で耐え忍ぶ老僕。制帽の鍔で覆われた暗黒瓦斯の冥相は、(かん)を以て仁を尽くしている。メーテルは叩いても響かぬ礎石の如き車掌の愚直に痺れを切らし、見て見ぬ振りを決め込んでいる鉄郎に賽を投げた。

 「もう良いわ。あんな埃っぽい処、元々、私の趣味じゃないし。電劾重合体と海賊が共倒れしてくれれば、火星の一つや二つ御釈迦になっても御釣りが来るわ。鉄郎、初めて停車する星が、赤錆まみれの火星から、自由と平等を謳歌する太陽系の楽園に変更だなんて。貴方、ツイてるわね。」

 締結ボルトをシャーレンチで捻じ斬る様な言い草に、鉄郎は醒めた侮瞥(ぶべつ)を窓外に固定した儘、星を数えて心を沈めた。腐肉に喰らい付くのはハイエナの仕事で、俺の領分じゃない。鉄郎は機械伯爵の屋敷が消えた吹雪の中で其の名を問い質したのを最後に、999の乗車券を授けてくれた恩人に一言も口を聞かず、当のメーテルはそんなチンピラの吝嗇(ケチ)なプライドにほくそ笑み、食指を絡めて弄ぶ。

 「タイタンに停車したからって無理に下車する必要はないのよ。一旦改札を出てパスを無くしたり、発車時刻に乗り遅れたら、一生其の星で暮らす事になるんだから。保健所に放り込まれた野良犬の様に、ずっと車内に引き籠もっていれば良いのよ。其の内、親切な誰かさんが引き取りに来てくれるかもしれないわ。そうでしょ、車掌さん。」

 煌びやかな憎悪が瞬く歪な秋波。此の女から発せられるあらゆる物がドス黒く燃え盛り、其の荒魂(あらだま)を鎮める様に車掌は背筋を張って朗々と暗誦した。

 「銀河鉄道営業規則第二十九条、有効ノ乗車券ヲ紛失、並ビニ、所定ノ発車時刻ニ乗リ遅レシ場合、銀河鉄道全路線ノ利用資格ヲ永遠ニ失効スル。一切の例外も、斟酌(しんしゃく)も認められません。定められた条項に抵触の無き様、御留意頂ければと存じます。」

 鉄郎に対しても判で押すが如く深々と敬服する車掌の物腰。其の磨き込まれた礼節に向かって、顱頂(ろちょう)(つんざ)く金切り声が火を噴いた。

 「ハッキリと、乗り遅れたら死ぬ事になるって、教えて上げなさいよ。」

 結界を破られた御柱の様に打ち震えて聳える痩墨(そうぼく)の仙女。壊力濫神(かいりきらんしん)怒鎚(いかづち)に凍結する車内。一体何が此の馬鹿を此処まで追い詰めるのか。不安と屈辱と空腹に押し潰され、産廃の尾根を転げ落ちながら、独り喚き散らしていた己の姿が重なり、鉄郎の頭を()ぎる。不毛の大地を彷徨う棄民の分際で、列星(れつせい)を馳せる高望みに喘ぎ、貧民窟の亡者を見下し、見下され、出口の無い闇に向かって吼え立てる。そんな下賤のルサンチマンに、地位も財力も思いの儘であろう見目麗しき御姫様が取り憑かれ、情操の欠片も無い藪睨みに飛んだ視線が宙で混線し、犬畜生に()している。最優良種で汚染度ゼロの肉体を誇っていながら、脳に器質的な損傷でも有るのか。こうなるともう、下手(したて)に出ても上手(うわて)に出ても見境の無い相手に対し、車掌は臆する事無く、(つとむ)るを以て義と成し、其の本領を粛々と堅持した。

 「私の言葉が足りぬばかりに、誠に申し訳御座いません。メーテル様の御怒りは御尤(ごもっと)も。処分の方は又後程、如何様(いかよう)にも御仰せ付け頂きたく存じます。其れは其れとしてメーテル様、甚だ不躾で心苦しき次第に存じますが、御公務の御支度が整っております故。機関室に御越し頂きます様、何卒、宜しく御願い申し上げます。」

 慇懃(いんぎん)至極な業務連絡が繰り出す公務の一言に、狂気の仮面はいとも容易(たやす)く引き剥がされた。憑き物を落とされて放心した巫女の漂白。振り上げていた拳は玉と砕け、硬直していた顔面神経は暗幕を下ろし、見えない鎖に拘引されて席を発つメーテル。

 「公務の前にラウンジで気分を変えたいわ。茶菓(さか)は軽い物にして。石化してない旧世紀の餅茶(へいちゃ)は手に入ったの?室温と湿度のセッティングは?」

 「ハイ、滞りなく。」

 網棚のアタッシュケースを脇に抱えた車掌が、垂髪の令嬢に付き従ってデッキに姿を消すと、車内は再び堅調に息吐くドラフトの胎響に包み込まれていく。

 所詮、彼の女も此の護送列車に拘留された駕籠の鳥なのか。鉄郎はモケットの繊毛に身を沈めて、胸骨に固着した横隔膜の緊を解き、肺塵を吹した。踝から津々と迫り上がり、失楽へと誘う羊水の潮位。限りない宇宙の広がりを横目に、閉じていく鉄郎の心。其の僅かな隙間に、電劾重合体に呑まれた火星、太陽系の楽園タイタン、と言う二つの星が歪な痼りとなって蹲る。ささやかな夢路を挫く躓きの石にしては角の立つ思わせ振りな言葉に、鉄郎は黒革のパスケースを手に取り、999のホログラムを宙に翳した。

 オーロラの絵巻が(まろ)ぶエアタブレットの点描。ディスプレイに向かって意識を視射すると、火星とタイタンの状況を予知していたかの様に検索し始める。都市伝説化している乗車券なだけあって、様々な機能が凝縮されているのだろうが、ヘルプモードの開き方が判らず、彼の女が居る前で車掌に根掘り葉掘り聞く訳にもいかない鉄郎には、本の触り程度にしか使いこなせない。姿無き機械伯爵の屋敷を炙り出した冥界の呪符。賢しらな脳波には同期しても、少年の惑いや不安、悲しみや祈りには応えぬ冷徹なインターフェース。

 鉄郎は滝の様にレイヤーを縦走するサムネイルを眼で追いながら、手当たり次第に検索結果を開封していく。処が、山積みになった光子の装幀を幾ら紐解いても、風化したアーカイブが渋滞するばかりで、各天体の時事ニュース、総督府の統治状況、投稿サイトによる成層圏内や都市の中継動画にすら辿り着けない。

 地球に近接しているが故に、月面同様、領有権紛争が恒常化し、開拓とは名ばかりの破壊と衝突に明け暮れ、満を持して決行された磁気圏の再生事業も、各国と資本家達の足並みが揃わず、辛うじて散逸する大気を保持出来る様になりはした物の、制御不能な赤錆の砂嵐に没する事になった太陽系第四惑星と、其れを尻目に、テラフォーミングと農林産業の採算化に成功した初の天体に繰り上がった土星第六衛星。其の後、機族の台頭と共に惑星造成事業を最低限の緑化で打ち切る様になり、ターミナル惑星が飛躍的に増加すると、開拓事業の拠点は太陽系外に移行。優良なモデルケースで在った筈のタイタンは、激減した農産物需要と杜撰な観光事業、緑化の維持管理費の高騰で収支が逆転。土星の重力下に放置された不良債権と化し、定住者人口をユンボの稼働台数が凌駕する、土木資材の採石場に甘んじている火星は、開発資本の増強を訴えている等と言った、鮮度の無い、字引から転載しただけの画像とテキストの厖大な反復に、鉄郎は過載超過した電票の堅牢な城壁を仰ぎ見た。

 火星は電劾重合体に呑まれて音信不通なのだとしても、タイタンの大気管制情報すら閲覧出来無いなんて。アクセスが制限されているのか、抑も回線に繋がっていないのか。乗車券に記名した時点でアカウントは登録されている筈。銀河鉄道網を無制限に走破する夢のチケットだ。ログインするのに何等かの設定が必要だとか、そんなケチな代物じゃ無いだろう。

 星系マップ、小惑星のトレードレート、クラウドモール、幻想現実カプセルシアター、E戦役リーグdv.1、電脳モルヒネカジノ、業務転送ロジスティック。溢れ返るアイコンに動体視力が追い付かず、五指を絡めて虱潰しにタップしても、応信待機の砂時計が空転するばかりで何一つ展開しない。痺れを切らした鉄郎は手首を振ってリセットし、銀河鉄道株式会社の運行ナビを爪弾いた。塩基配列の立体系図を彷彿とさせる天体とコロニーが織りなす点と線。銀河星団を超えて網羅された、微に入り細を穿つ厖大な路線図と時刻表をリアルタイムで駆け巡る、各列車の運行状況。然し、掌の上に集積した貴石の小宇宙に、火星を通過しタイタンへと向かう機影は瞬き一つ見当たらない。想定外の臨時停車ならば(なほ)の事、周知に努めてこそナビの本文と言う物。其れがサイトマップの隅々まで見渡しても、今こうして鉄郎の運命を載せて疾走している最上位の特別急行なぞ存在し無いかの如く、完全に封殺されている。メガロポリス東京中央駅構内の案内図を逆さに振って探しても、昨夜出発した99番ホームは藪の中。終着駅までの各停車駅は何処なのか。時間城を構えるトレーダー分岐点とは如何なるターミナルなのか。抑も二百五十万光年先にある終着駅のアンドロメダにどうやって辿り着き、たった一年で往復するのか。

 鉄郎は星辰硝雲のマトリクスから眼路を切り、張り上げ天井に浮かぶ飴色の白熱灯を仰ぐと、パスケースを投げ捨てようとして一旦振り上げた其の手を、肘掛けの上に力無く打ち下ろした。こんなアイタッチパネルをチマチマ弄っている時点で勝負にならない。電脳化すれば、表示画面を肉眼で傍観するのではなく、集積と析算の暴風域で火花を散らす情報元素のバイナリーと直結して、電網恢々(かいかい)疎にして漏らさぬ、天文学的な神智の頂へと駆け上り、此の宇宙の果てまでも見渡す事が出来る筈なのに。こんな貰い下げのカード端末に体の良い門前払いを喰らって、ファームウエアを逆捻子(ねじ)()じ開ける事すら出来ない。

 飢えと渇きを訴えるばかりの、(もどか)しき生身の肉体と、形振り構わず揺れ惑い、安らぐ事を知らぬ(なまくら)な心。こんな物に何時まで羽交い締めにされているのか。機械の体を只で貰える星。其れはもう紙芝居の大団円等ではない。今手の中に有る乗車券は、寄せ集めのパーツで組んだ永遠の命より遙かに高価で稀少な、象外楽土(しょうがいらくど)への通行手形だ。何処に出しても言い値で換金出来るだろう。機械の体を調達出来れば、999の乗車資格なんて茶漬けの付け合わせ。乗り遅れて死ぬも糞も無い。本当に在るかどうかも判らない時間城に仁義を立てて、何時までもこんな古色蒼然を通り越した、得体の知れぬ会葬列車に転がり込んでいられるか。

 鉄郎は他人事の様に煌めく999のホログラムを様々な角度に翳して、記名欄を埋める己の名前に、(しっか)りしやがれと暗示を掛ける。母さんは生きていると信じ切る事も出来なければ、機賊共への復讐に燃え(たぎ)る訳でも無い不甲斐なさ。生身の体に対する苛立ちと、機械の体への漠然とした不安と嫌悪。此の神の悪巫山戯(わるふざけ)としか思えぬ運命の強制連行を、希望の星に巡り会う為の旅だと言い聞かせる欺瞞。自分が所有している筈なのに、まるで乗車券を列車にエスコートして運ばされている様な主従の逆転した感覚。鉄郎は思わずホログラムの瞬きを()ぎる俗情の火群(ほむら)から窓外に眼路を切った。

 無限軌道を天地無用に覆い尽くす莫大な星々の不気味な雲海。どんなに激走しても微動だにしない全景。進んでいる事を実感出来る物差しのない、人智を超えて迫り来る光と闇の無尽蔵な膨脹と相克を前に、一粒の傍点となって漂っている事の悪寒と吐き気が、宇宙酔いと絡んで込み上げてくる。此から先、どんなに旅を続けようと飼い慣らす事の出来ぬであろう、死出(しで)の予感。星空を馳せるドラフトの鼓動が鉄郎の吐胸(とむね)を空転し、羊水に満ちた車内の胎響が不吉な鈍痛へと瓦解していく。

 

 

  見れど飽かぬ(あま)戶河(とがは)常滑(とこなめ)

     絕つゆることなくまた還りみむ

 

 

 矢も盾もたまらず、(いにしえ)三十文字(みそもじ)余り二文字(ふたもじ)が鉄郎の口を衝いた。遠出の難所で母が奉った、天嶮湍龍(てんけんたんりゅう)を祝い(はや)巫呪(ふじゅ)の献詠。故郷を望み、見晴るかす魂振(たまふ)り。今は唯、母の生き様を(なぞら)え、歌い継いだ言の葉だけが、千早振(ちはやふ)る宇宙の神威を鎮め、此の旅を見守り、不可解な進路と鉄郎の心に光を灯した。

 

 

 

 「停車駅の変更により、御客様に多大な御迷惑を御掛けします事を、改めて深く御詫び申し上げます。此の件につきましては誠心誠意対応させて頂きますので、何卒、御容赦のほど御願い申し上げます。其れでは誠に御待たせ致しました。次の停車駅はタイタン。停車時間は通常、停車駅タイタンの自転周期382時間41分24.3744秒となる処ですが、遅延した運行スケジュールを調整する必要が御座います。誠に勝手ながらタイタンでの停車時間は停車予定であった火星の自転周期24時間39分34.92秒とさせて頂きます。御了承下さいます様、御願い申し上げます。次の停車駅はタイタン。停車時間は24時間39分34.92秒。呉々も御乗り遅れの無き様、御留意頂きたく存じます。」

 デッキ扉を背に踵を揃え、たった一組の乗客に向けて朗々と響き渡る車掌のアナウンス。たった一筋の航路が宣告する星屑の一里塚に、空席を連ねたボックスシートが襟を正す。進行方向を背に座っていた鉄郎は、一礼をして杓子定規に踵を返す車掌の後を追う様に、対面(といめん)北叟笑(ほくそえ)黒女(くろめ)の沈黙を袖にして、後続車輌と連結している仄暗(ほのぐら)いデッキの独居房に滑り込んだ。息が詰まる相席から逃れて生色を得る玉響(たまゆら)の人心地。全く堪ったもんじゃない。身動(みじろ)ぎ一つせず人に懺悔を強要する不敵な彼の眼差し。四六時中、被疑者として拘束され、尋問されているかの様な閉塞感。其の場の勢いで目の前に陣取ったのは良いが、何時までこんな意地を張り続けていられるのか。鉄郎は通路の壁に身を投げ出して(もた)れ掛かり、プレス製手動扉に嵌め込まれた硝子窓に映る己の姿に問い質す。すると其の鏡面に、公転面から25.33度に傾いだ氷の環帯を羽織って宙を舞う孤高の御玉(みたま)が、スライドフィルムの様に姿を現した。

 遙かなる太陽光を浴びて浮かび上がる肌色と灰白色の生温い階調。七曜の中堅を担う黄帝の姿に(なぞら)えた太陽系第六惑星。窓枠の額装に納まった其の威容な全体像に、鉄郎は新たなる吐き気を覚えた。見た事のある衛星画像と寸分違わぬ其の姿は、優美や荘厳と言う形容を拒絶して静謐な狂気に満ちている。絶界の宇宙を揺蕩(たゆた)う球体と楕円の異物。小首を傾げた泥人形の生首。其の霊妙な呪力に魅入られて、鉄郎は恐る恐る土星のグロテスクな実物に躙り寄り、窓硝子に額を押し付けた。水素やヘリウムの厚い揮発成分で覆われ、テラフォーミングの試案すら語られる事の無い莫大な死の星。そんな予備知識と全く違う次元に此の塊は陥没している。太陽系を脱してすらい無いのに、連続して直面する認知の容量を超えた未知の実存。其の片隅に、鉄郎は微かな希望の煌めきを見付けた。

 シリンダーピストンの蹴立てる進行方向の彼方で恥じらう玲瓏(れいろう)なる蒼一点(そういってん)。彼が次の停車駅。鉄郎は角度の無い視界をこじ開けようとして、額に押し当てた窓硝子が軋みを上げる。暗黙の世界に滴り落ちた紺碧の雫石(しずくいし)に轟然と突進する銀河超特急。浪漫と解釈を拒む数多の天体とは懸け離れた、聡明な光彩が迫り来る。太陽系の楽園。其の称号に違わぬ、澄み渡る水と緑と大気の結晶した天涯のオアシスに、能書きは無用だった。ジェット気流に棚引く雄渾な雲海、濃密な葉緑素で漲る大地、深淵なる母性を湛えた大海原。核融合パネルを並べた人工太陽が照らし出す生命の息吹に、時を逆走し、在りし日の地球に舞い戻った来たかの様な歓喜が込み上げ、喉笛に絡む虫酸を濯ぎ、胸の支えが解かれていく。例えどんな旅でも意味を成す出会いと発見が在り、総ての冒険には超えるべき価値が在る。そんな絵葉書の様な謳い文句に心が傾いだ次の瞬間。

 「お気に召して?地球より蒼く、地球より緑豊かな、(にお)ふが如く今が盛りの青丹(あおに)よし第六衛星。此の星を地球人が初めて望遠鏡で見た時は、赤褐色の濃い雲に覆われた得体の知れない星に見えたのよ。アンモニア水溶液の液体メタンの島が浮いた様な、他の星での常識が全く通用しない自然を持ったタイタン。其れが太陽系のどの星よりも早く緑化に成功し、そして、忘れ去られた太陽系の身無子(みなしご)。」

 車窓の鏡面に映る金色(こんじき)の垂髪が罠に堕ちた獲物を愛でる。馥郁とした白檀の気配を消して背後を捕られた不覚に、鉄郎は振り返って窮鼠(きゅうそ)を演じる余裕もなく、此の女の悪食(あくじき)を無視する事に努めた。刻一刻と接近する停車駅。成層圏突入を告げる長緩汽笛。地球から移植された天然資源の営みが、オリジナルを超えて展開する破格の眺望。十一輌編成の車列は北回帰線に沿って優雅に其の身を翻し、層積雲のカーペットの上を空想に酔い痴れる子供達の様に周遊する。人の手で造成された物とは信じ難い、雲間から覗く先史の惰眠を貪る大湿原。眼に映る総ての物が有り余る養分と天然色素の濫雑で蠕動している。

 ブレーキ弁から解き放たれた圧縮空気が唸り、シリンダーと動輪の狭間で鋳鉄制輪子が悲鳴を上げた。ドレインと言うドレインが煙蒸(えんじょう)し、位相を鍔迫るメインロッドとサイドロッドに鞭を打つ。除煙板が湿度の高い上昇気流を孕み、巡航高度から舞い降りる無限軌道。剛腹なボイラーとランボードの上下を(つた)う配管の内圧が終息し、此の星の重力に(いざな)われて、山吹色に縁取られた「C62 48」のネームプレートが、原生林の彼方に裂けた綻びの様な区画にアプローチする。溝黒(どぶぐろ)のフタル酸塗装で脂ぎった、武骨な膜厚の鯨背が照り返す人工太陽の紫外線。銀河鉄道が誇る社外秘の旗艦列車は赤錆に伏した操車場を滑走し、誰も出迎える者の無いプラットホームを征圧した。

 停車位置に打ちっ放しのコンクリート家屋が横たわっている以外、野放図に敷き詰められた鉄路が密林に浸食されているだけの投げ遣りな造作。幾ら取って付けた臨時停車とは言え、到着のアナウンスもなければ稼動している気配もない。確かに天然資源は豊富だが、本当にこんな処で補給作業なんて出来るのか。都市機能諸共凍結していたメガロポリス東京中央駅の不可解な深閑とは毛色の違う、開拓事業から取り残された太陽系の不良物件の哀れな現状。そんな一天体のターミナル駅とは思えぬ、仮設にも等しい荒景(こうけい)を一顧だにせず、七億五千万kmを走破した黒鉄の魔神は猛々しく息を整える。

 初めて降り立つ地球以外の大地。其の第一歩を隔てる手動扉を前にして、鉄郎はドアノブに手を掛ける事すら出来ずに立ち尽くしていた。硝子窓から覗く廃駅紛いの構内に愕然としたからでは無い。車外から乗降デッキに浸透する芳潤な瑞気(ずいき)の祝福を、どう受け止め、応えたら良いのか判らず、其の厚い胸に飛び込む事が出来無い。人の優しさを介さぬ野良猫の懦弱(だじゃく)。其の(すく)めた背筋に新たなトラウマを刻む金切り声が暴発した。

 「降りる気がないのなら退()きなさい。」

 鉄郎を後ろから突き飛ばし扉を開け放つメーテル。打ち水の揮発した爽健な浄気が、噎せ返る湿った土埃の中から拡散するバクテリアの匂いが、新世界の産声となって弾けた。雨上がりの大気が殺到する車内。其の鮮烈な衝撃に鉄郎は思わず後退(あとずさ)った。塵煤の固着した鼻粘膜が充血して涙腺を突き上げ、有機溶剤との混合酸素に浸かり生きてきた肺の腑を一新し、厚い鎧戸に錆沈(しょうちん)していた皮膚呼吸が一斉に粟立つ。汚染された異物から己の身を守る為に張り詰めていた鎖が、意志を持った知恵の輪の様に(ほど)けていく。

 病葉(わくばら)の翳りもなく、雨露を湛え秘占(ひし)めく、万葉格枝(まんようこうし)網葛(あみかずら)百千鳥(ももちどり)(さえず)りが降り注ぎ、霊長目の遠吠えが飛び交い、鬱蒼とした無垢の原生林が押し迫る車外。巨人の頬髭の如き攀縁(へんえん)類に絡み捕られて鉄筋コンクリートの構内は窒息し、有りと有らゆる階調の緑黄色が密集する舎屋を、樹齢と星の開拓年数の帳尻が合わぬ程に育った大榕樹(だいようじゅ)が頭から呑み込んでいる。逆剥(ささく)れた幹の亀裂から漲る瑞々しい精気。葉脈を循環するミトコンドリアの色祭(しきさい)。フル稼動の遺伝子が号令する無尽蔵の新陳代謝。此の星は命に、生きる勇気に溢れている。仮死状態の石化した背の低い灌木しか知らない地球人の眼には余りにも眩しい、光化学オキシダントとは無縁の清々しい木漏れ日の斑点。其の揺蕩(たゆた)う光の水底(みなそこ)に一輪の白妙(しらたえ)が閃いた。

 鉄郎は其れが何かを知識として理解してはいるのだが、容易に其の事実を認める事が出来ない。木下闇(このしたやみ)に舞い降りた仙女と見紛(みまご)う、可憐に佇む白皙(はくせき)妍容(けんよう)。母が詠い続けた古の風姿相伝(ふうしそうでん)

 

   涼しやと風のたよりをたづぬれば

      繁みになびく野邊(のべ)のさゆり葉

 

 時の彼方の憧憬が今、其処に弾けた。鉄郎はデッキを飛び出し、腐葉土に半ば埋もれたプラットホームを蹴立てて、受胎告知の来報を夢見る純潔の象徴に跪く。花が咲いている。花を模した装飾品ではない。正真正銘の被子植物。鉄郎は生まれて初めて実物の花を見た。淑やかに(ほころ)ぶ聖母の俯いた面差し。物思いに耽る其の花弁を不躾に覗き込むと、羽音を立てて蜜蜂が雄蘂(おしべ)と戯れ、一度限りの生を全力で貪っている。一生眼にする事は無いと思っていた原色の花鳥風月を前にして、鉄郎はどう()でて良いのかすら判ら無い。陶然として木漏れ日の射す梢を仰ぎ見ると、夜が明けても(なほ)、甲虫目は樹液を囲み、極彩色の蜥蜴(とかげ)毒彩色(どくさいしき)の芋虫を付け狙い、(つがひ)蝴蝶(こちょう)が変拍子を舞い踊る。地球の失った至宝が星を超えて復活した(まさ)に太陽系の楽園。溢れ返る英気に、鉄郎の一身を成す総ての細胞が戦慄し、無防備に(ひら)かれていく。其処へ、

 「星野様、此方(こちら)を御服用下さい。」

 振り返ると、ビニール包装でパウチされた一粒の飴を車掌が差し出した。

 「抗寄生虫感染症薬、イベルメクトローチです。イベルメクチンの効能を更に改良して口腔内錠剤にした物で御座います。予定外の停車の為こう言った物しか御用意出来ません。抑も宇宙空間には無限のウイルスが潜在して居りますが、此の星のウイルスや細菌は地球内生物を起源とする物が殆どですので、此の一錠で感染症の予防には十分の筈で御座います。とは言え、此の星の河川に密棲している回虫や疥癬(かいせん)も強靱な繁殖力を誇ります。ワクチン摂取の必要は御座いませんが、侮ってはなりません。」

 「へえ、こんなに良い薬があるのなら、地球の感染症ベルトに住む人達にも配れば良いのに。」

 「余りに優れた発明や発見、先進事業は、時として巨大な利権に取って不都合な真実なので御座います。此の星もそう言った利に(さと)い亡者の踏み荒らした残滓なのかもしれません。陰謀論と言うレッテルで相手を論断し闇に葬る。そんな主客を擦り替える卑怯な詐術こそが「陰謀論」其の物の論法で、陰謀論の一言で議論を封殺しようとする者こそ、紛れも無い陰謀論者で在り、右翼、軍国主義、反ワクチン、フリーメイソン、猶太(ユダヤ)と言ったレッテルを押し付け、己が企んでいる不正に立ち向かってくる正義を悪者に捏ち上げる者こそが、真実の僭称者で在り、巨悪の根源なので御座います。平和と民主主義の防衛と称して武器を売り、緊急な医療行為と称して毒を盛り、言葉狩りで言論の自由を剥奪する。其の様な詭弁が自らを(そそのか)す行為とも気付かず、買収され、偽造された真実を持て囃す、家畜化された悲しき大衆に付ける万能役は、此の宇宙の何処に在るので御座いましょう。自分の眼で確かめ、自分の頭で考えもせず、資本家の言い成りでしか無いマスコミや政府機関に依って操作された、世間の風潮に押し流されるだけの飼い慣らされた子羊は、此の星の自然と無秩序に取って、豺狼(さいらう)の保存食でしか御座いません。」

 車掌が原始の暴威に屈したプラットホームを見渡すと、躯体の基礎を縦横に走る鉄筋を伝って、構外の彼方から地鳴りが押し寄せてきた。

 「どうやら此の星の者達が列車の到着を嗅ぎ付けてきた様です。此方も御持ち下さい。メーテル様の事、宜しく御願い申し上げます。何分、彼の様に気丈な御方なので。」

 ガンベルトに吊された銃を突き付けられた鉄郎は、イベルメクトローチの包装を裂いて口の中に放り込んだ。舌の上に広がっていく癖のある甘味と、密林を薙ぎ倒しながら接近する重機の轟音。百千鳥の囀りと霊長目の遠吠えが血反吐(ちへど)(まみ)れた断末魔へと裏返り、巻き上げられた腐葉土の酵臭(こうしゅう)が立ち籠める。

 「こう言う時に支給すんのは、三分間だけスーパーヒーローになって戦える変身ベルトとかじゃねえのかよ。」

 「重ね重ね申し訳御座いません。以後、善処致しますので、今回ばかりは此にて御了承下さい。業務上、列車に常駐していなければならない私に出来るのは此処までで御座います。一誠排萬艱。断じて行えば鬼神も(これ)()く、と申します。御武運を御祈り申し上げます。」

 車掌が最敬礼をした(まま)硬直し、総ての異議を断固として拒否すると、津波の様に進撃する未知の魔物を仕留めるには心許ない、単発の護身銃を腰に巻きながら、

 「御武運って何だよ。とんだ徴兵列車だな。」

 仕方なく鉄郎は鳥居の様に茨の生い茂った無人の改札に向かって歩き始めた。シャブコンを被せただけで放置された天井のジャンカを突き破り、幹とも根株とも知れぬ樹木が絞首刑囚のコレクションの様に垂れ下がるエントランスホール。アスファルトの亀裂を掻き分け雄日芝(おひしば)の生い茂ったロータリーを望む中央ゲートが、陸に打ち上げられた鯨の様に口を開けて、伸し掛かる密林に喘いでいる。此の星を検索した時、緑化の維持管理費の高騰で破綻しただのと書かれていたが、どう見たって枯れ木の賑わいじゃ無い。廃止路線同然の亡骸(なきがら)を堆肥に増長するにも程がある。構外の激甚に頭上から降り注ぐジャンカの砕塵と木片を浴びながら、豪放な星態系の主役に爽快な驚異を抱く鉄郎。本来なら停車時間の許す限り、大いなる生命の逸脱を逍遥(しょうよう)したい処だが、存在その物が火に油の御目付役を押し付けられて、最初のピクニックから行き成り此の騒ぎだ。

 逆光を羽織り眼と鼻の先の災禍に向かって悠々と歩を進める、アタッシュケースを提げた垂髪の隻影。言葉で(なだ)(すか)してどうにかなるタマじゃない。(そもそ)も彼の女にはロータリーを取り囲む樹海が波打ちながら迫り来るのが、白馬の御出迎えにでも見えるのか。怒り狂う土煙と八つ裂きの大樹、逃げ惑う野鳥を巻き上げて馳せ参じる森の巨人。魔女の予言が的中したマクベスの悲劇とは程遠い筋金入りの乱痴気騒ぎ。()して遂に、絶頂に達した大地の激昂がロータリーに面した熱帯雨林の城壁を薙ぎ倒し姿を現した。

 フルカッターのソーチェーンを並列に連ねた、傾斜角30度、幅8m長さ10mのガイドレールを半狂乱で輪転する、捲れ上がった鮫歯(こうし)と見紛う超硬バイト。泥を被った様なオイル漏れを吹き散らし、剥き身のW型32気筒エンジンが叩き出す八十万(やそよろづ)の金剛馬力が、進路を塞ぐ総ての障害物を轢断(れきだん)し、其の大地を穿(うが)つ推進力を利して直径4mのリアタイヤを従え、掘削機と重ダンプの嵌合体(キメラ)が爆走する。莫大に剛性変異した全長が15mを優に越す鋼殻類の暴君。直立の土管マフラーが狼煙を焚き、逆巻く土砂で目詰まりした拡声器が音素の粗い鬨の声を挙げた。

 「帯域開放。」

 怒濤の進撃に鉄郎は何を喚いているのか聞き取れない。更に、後続の嵌合体が立て続けに三機、悠久の年輪(よわい)を重ねた堅牢なセルロースの隊列を一瞬にして腰斬し、切り株を掘り起こしながら、死後硬直した遺体の山の様に折り重なる壮木を蹴散らして合流すると、中央ゲートを抜けてロータリーに面した階段を降りていくメーテルに向かって突進する。引き留める(いとま)も糞もない。ガイドレールを雪崩落ちる超硬バイトの大瀑布。強壮に根を張る力草(ちからぐさ)諸共、ロータリーのアスファルトを引き剥がし、破砕する風圧が構内を駆け抜け、鉄郎の頬を張る。彼の馬鹿を助ける処の話じゃない。思わずプラットホームに踵を返そうとした其の瞬間、正六角形のマトリクスを走破する紫電のバリケードが、駅舎とロータリーの地境(じざかい)を稲光り、嵌合体の特攻をプラズマの怒鎚(いかづち)が豪然と弾き返した。結界の禁忌に触れたガイドレールが海面を跳躍する鯨背の如く宙空に()ち上げられると、後輪で直立した超硬バイトの牙城は腹を見せて空転し、基礎の朽ちた重量鉄骨の様に旋回しながらコマ送りで倒壊していく。不届きな重機の空騒ぎを一蹴して虚空に揮発するスパークの残照。原生林に呑まれた無様な廃墟かと思いきや、此の駅舎とんだ狸寝入りだ。海洋投棄されたコンテナの様にアスファルトの飛沫を立てて仰向けにバウンドするガソリンタンクとギヤボックス。其処へ後続の嵌合体が追突してドリフトし、可動式のタラップを備えたリアバンパーを中央ゲートに向けて急停車した。

 「おのれ、平時の蜂の巣とは出力が違う。矢張り到着した車輌は只の荷車じゃない。総員心して掛かれ。」

 出鼻を挫かれた失態を取り繕う様に、ピックアップに迫り出した操縦デッキから男が姿を現し、有線マイクを目一杯に引き延ばして芝居がかった気勢を振り翳した。此の派手なピクニックの頭目にしては幸の薄い面をしているなと拍子抜けした鉄郎が、微かな安堵を頼りに歩を踏み出すと、マイクケーブルの下を潜って完全複製された容姿の男達が湧き出てくる。(にわか)弁士と肩を並べた無個性な相貌の羅列。無機質で均衡な静止姿勢。中位クラスの工業用スペアノイドだ。付属品の整備服にタクティカルベストを羽織り、指図をする者が居ると言う事は、序列をナンバリングされているのか。リモートされた機畜で市井化(しせいか)はしていないのだろうが、其れにしては矢鱈(やたら)饒舌だ。

 「銀河鉄道株式会社に告ぐ。星間通信に於ける全帯域の無条件解放。並びに、我々の保持する総てのアカウントを速やかに復旧し、我々のあらゆる権利と多様性と主張を認め、進歩と調和の偽名の許に強行し、独占する、総ての開拓事業から即時撤退せよ。我々の忍耐は既に限界に達している。直ちに我々の正当なる要求を受け入れ、私欲に塗れた其の過ちを悔い改めよ。」

 腹話術の人形の背後で蠢く黒子の影に眼を凝らす鉄郎。口パクで過呼吸になるのではないかと心配になる程、雇われ頭首は雄弁に酔ひ痴れている。他の構成員達は、そんな仮設のステージショーを袖にして銃を担ぎ、油圧シリンダを起動して二階建ての家屋を優に越す高さのピックアップにタラップを架け、地上に降り立つ準備を始めた。此だけデカい図体をした血気に逸る一番槍をへし折られたばかりだと言うのに、到着した列車を占拠するつもりでいるのか。取り敢えず駅の敷地内にいれば、連中が蜂の巣と呼ぶ門番が睨みを利かせているのだから安全だろう。そう高を括る鉄郎の想定の斜め上を、(くだん)の黒い自爆装置は出鱈目な角度で独走していく。

 本の束の間、眼を離した隙に、無線で呼んだハイヤーに乗り込む様に、チェッカープレートの(きざはし)笠木(かさぎ)に軽く指を添えて自ら昇っていく弱竹(なよたけ)蜂腰(ほうよう)。余りにも場違いな、舞踏会に招かれた貴婦人気取りの優雅な身のこなし。嵌合体のタラップを宮廷の雛壇か何かと勘違いしているメーテルの天衣無縫に、鉄郎は目眩を覚えた。ピックアップの上でレーザーアサルトを構えて待つスペアノイド達も、流石に勝手が違う此の招かざる客に半ば及び腰で見栄を切る。

 「貴様、今到着した列車の乗客だな。自ら投降するとは見上げた心掛けだ。我々は今、原始共産主義実現に向けて最大の障壁である銀河鉄道株式会社との超限戦、其の最前線に在る。我々の主張を理解、尊重し、完璧な勝利への石据(いしず)ゑと成るべく、総ての私財を放棄して協力しろ。()もなくば、星系金融資本の横暴を徹底糾弾する人柱として連行する。」

 不埒な闖入者(ちんにゅうしゃ)を水平に取り囲む、歴戦の打痕も擦り傷も無い、(なまくら)な銃口。そんな革命ごっこを、夢遊病に尾鰭の付いた条理の迷い子は意に介さず、眼下の鉄郎を一瞥して不機嫌な溜息を吐いた。其れを見て、

 「彼処にも乗客が居るぞ。電装互換してる様子がないな。生身の人間か?」

 スペアノイドの一人がポインターのレーザーを飛ばすと、鉄郎の額に留まった紅点が等高線を描き顱頂(ろちょう)から爪先へと走査していく。

 「オイ、見ろ、此奴、地球の原生人種の癖にパラサイトチップが埋め込まれて無いぞ。検出パルスがタイムアウトの(まま)フリーズしている。其れ処か、DNAに加工履歴のタグが無い。」

「何、完全な伝世品種だとでも言うのか?まさか。旧人類のオリジナルはアーカイブデータとして保管されている以外は根絶してる筈だぞ。」

 「じゃあ、此の女もそうなのか。スキャンしろ。」

 背後に回っていたスペアノイドが、銃口の先でメーテルの肩胛骨を軽く突き飛ばした。ぞんざいな衝撃に俯き、白亜の頬玉(ほおぎょく)から血の気が失せる。醒め醒めとした愁眉が睨み付けた闇を限る下獄の一閃。引き攣った凶気が音も無く弾けてスペアノイドの顎の下を擦過し、陰影の浅い相貌が吐息に触れた羽毛の様に骨格から解き放たれて宙を舞った瞬間、表情を見失った左眼を、アルマイトのコスメスティックに内蔵された光励起(こうれいき)結晶から迸る雷刃(らいじん)が貫いた。動体視力を掠りもし無い其の斬像(ざんぞう)。アタッシュケースを片手に、半身で肩口から(ひじ)、手首と水平に翳した虹周波(こうしゅうは)の刀身が、調律を失した琴の()の如く張り詰め、放電ノイズだけが(ささ)めく窒息した時の中で、一直線に串刺した既製品の生首を吊し上げる。

 死神ですら避ける事を許さぬ絶対零度のブリザード。余りの斬撃に状況解析の氷結したスペアノイドの足軽達はフローチャートの鎖縛に囚われ、雑魚に手を出して終った自戒と、更なる釣果を渇望する嗜虐の糖蜜で入り乱れた辻斬りの半眼邪視を傍観している。頸椎を断たれた胴体が崩れかけた腰と膝を立て直し、失った頭部を取り戻そうとして両手を伸ばすと、メーテルは獲物の突き刺さった切っ先を明後日の方向に振り抜いた。放り捨てられた片身を追って上体が泳ぎ、其の儘、剛筋義肢は脱力してデッキの上に倒れ込む首の無いスペアノイド。

 「総会の投票結果をバックドアから遠隔操作しただけでは飽き足らず、電劾重合体なる(はかりごと)を拡散、吹聴し、世情を惑わすに到っては言語道断。」

 縞鋼板を鉛の様に叩いた轟きを気にも留めず、活動弁士は相も変わらずピックアップの煽りに片足を掛けて喚いている。

 「革命の犬が陰謀論を吼えるなんて世も末ね。」

 藪睨みのメーテルがアルマイトのスティックに秘した鞘を納めず、選挙カー擬きの演壇に進み出ると、

 「口を慎め。貴様には再教育の必要がある。飛び級でラボに缶詰にしてやるから覚悟しろ。」

 銃を構え直したスペアノイドの一人が、ハングアップから漸く自力で復帰したかと思えば、仲間が目の前で殺処分されたと言うのに、再教育だのと悠長な事を(のたま)っている。メーテルはそんな廉価な濫造知能の欠損に見向きもせず、己の正義を主張し続ける雁首とマイクを握った手首を一閃した。

 「我々の勝利は天が定めた摂理で在り、歴史の必然で在る。一体何を恐れると言うのか。此の衛星の真の夜明けは諸君等の固く閉ざした瞼の先に在るのだ。人民よ目覚めよ。眦を決し、覚醒する事を躊躇うな。」

 ピックアップの演壇から弧を描き地辺田(じべた)に叩き付けられても猶、舌鋒を奮い続ける演算仕掛けの生首。メーテルは返す刀で向き直り、放心している残りのスペアノイドを怒鳴り散らした。

 「玩具なんて振り回してないで、早く持ち場に戻って車を出しなさい。私を人質に銀河鉄道株式会社を脅迫するんでしょ。其れとも此から駆け付けてくる鉄道公安警備を相手に力試しでもする積もり。」

 更なる獲物を求め放電する雷刃の切っ先が突き付ける倒錯した主従。党規党則、軍規軍律の縄目(なわめ)を両断する紅蓮の恫喝。

 「行くわよ。」

 有無を言わさぬ現場の暴君。松頂(しょうちょう)鶴鳴(かくめい)群鶏(ぐんけい)()べる。其の最中(さなか)に、

 「オイ、チョット、待て。鉄道公安警備の連中が来たら、俺達はどうなるんだ。座席に挟まって身動きが取れん。どうにかしろ。」

 蜂の巣の餌食となって仰臥している嵌合体の拡声器が割って入る。サンプリングされた声色からして同じ機種のスペアノイドだ。其れを、

 「総ての障壁は我々を惑わす一時的な幻覚に過ぎ無い。不動機に関するあらゆる事態を速やかに復旧し、各員所定の戦列に戻れ。諸君等の健闘を祈る。」

 首から下を割愛されてロータリーのアスファルトを舐める、瓜二つのサンプリングボイスが独り芝居の様に叱咤激励する。

 「(そもそ)もお前達が追突してこうなったんだろうが。蜂の巣の動力は分断してあるんじゃなかったのかよ。プリセットの設定で偶々(たまたま)番頭格に納まってるだけの癖しやがって、俺の方がお前よりロットナンバーは早いんだよ。」

 「そうだ。其の怒りを懲夷(ちょうい)()ぜる狼煙へと昇華しろ。帯域制限による星辰刑務管理は宇宙世紀のバスティーユで在る。獄窓を打ち破り、羽搏(はばた)け。自由と平等の空に。」

 噛み合わぬ儘に泥を浴びせ合う同族嫌悪の人形劇。どうやら其れ程、精訓錬磨された組織ではないらしい。良く見れば厖大な威容を誇る嵌合体も、外装の鋼板はベコベコで歩廊とタラップの縞板は錆び落ちて捲れ上がり、操縦デッキのフロントガラスはガムテープとコーキングで亀裂を塞ぎ、超硬バイトのソーチェーンも刃零れが酷く、汚物と見分けの付かぬグリスで塗り固められたスプロケットのベアリングは、軸が減り鋼球が脱落して遊んでいる。駆動部の破損を補修したアーク溶接のビードも蚯蚓(みみず)の悶絶で、スラグもスパッタも取り除かず、鬱金(うこん)と黒檀のボディにフタル酸の赤錆を刷毛で舐めただけの御座形(おざなり)なタッチアップだ。

 無謀な任務と酷使の挙げ句、仰向けに昇天した奇矯な重機を見上げて、耳には歩士(かち)と足軽の野次相撲。。雑然とブチ撒かれた事態に鉄郎が呆けていると、メーテルに牛耳られた嵌合体が蠕動してタラップを格納し、直立直管のマフラーが雄叫びを上げた。ガイドレールの不揃いな牙がアスファルトに齧り付いて躙転(りんてん)し、物憂げに匍匐(ほふく)し始める超弩級の鋼殻類。ピックアップには仁王立ちで戦況を睥睨(へいげい)する、囚われの身とは程遠い漆黒の貴婦人。其の鋭利に研ぎ澄まされた秀眉の稜端が、無為無策の鉄郎に痺れを切らせて逆立ち、怒りに任せて振り下ろしたスティックが撃ち放つ、鞭の様に(しな)って伸びる撻刃(たつじん)の光鎖が、鉄郎を(たすき)掛けに縛り上げた。

 「此の愚図でのろまな亀が。」

 ドスの利いた地鳴りと共にトルクを上げるソーチェーン。ギヤを食みサスペンションを傾いでケツを振るリアバンパー諸共、簀巻(すま)き同然に引き倒された鉄郎は、アスファルトの瓦礫を、腐葉土と切り株の波濤を飛び石の様に滑走し、砂塵を蹴立てて加速していく。酸鼻に色めく枯葉、非難の(つぶて)の如き木の実、倒木による鈍器の(あられ)、猛禽類からバクテリアに到るまで有りと有らゆる死骸と糞尿の墓穴を潜り、掻き分けて引き擦り廻される走錨(そうびょう)地獄。本のつい今し方まで讃美していた此の星を彩なす生命の奇蹟が、鬼哭啾啾(きこくしゅうしゅう)の凶器と化して猛然と襲い掛かってくる。瀧の様な土砂を頭から被り、鼻と言わず口と言わず、毛穴という毛穴に殺到し、()じ開ける原始の有機物。息を継ぐ処か、片眼を瞬く事すら適わず、ピックアップのメーテルが鞭を振るう度に光鎖(こうさ)を電撃が走り、鉄郎を打ちのめす。

 「私が連れ去られていると言うのに、何を余所見なんてしているのよ。そんな事だから大切なママも機械伯爵の餌食になるのよ。穀潰しになぞ用は無い。貴様の方こそ土に帰って、蚯蚓(みみず)の餌にでも成るが良い。」

 天井桟敷から浴びせ掛ける荒唐無稽な罵辞を、死に物狂いで転げ回る鉄郎が聞き分けられる訳も無く、怒号が高笑いへと混濁していくメーテルの躁絶な破戒衝動が、駆逐された原生林の徒野(あだしの)に散華する。砕け散った蟻塚を被爆し、帆布(はんぷ)のカバーオールを切り裂かれ、気力と体力も削ぎ落ちた鉄郎の、荒唐無稽な暴走から遠退いていく意識の底で、

 「メーテル様の事、宜しく御願い申し上げます。」

 車掌の硬質な最敬礼が屈曲し、有無を言わさぬ繁弁縟礼(はんべんじょくれい)が木霊する。鉄郎は降り注ぐストーンウォッシュに(なぶ)り廻されるだけの、愚にも付かぬ己の存在に笑みが零れた。降って湧いた999の無賃乗車。看板に偽り無き、星よりも銀河よりも高く飛べる乗車券で、右も左も判らずに逃げ出した地球。そして、最初の停車駅に降り立ち、未だ何も始まって無いと言うのに此の有様。俺が彼の馬鹿のボディーガード?何奴(どいつ)此奴(こいつ)巫山戯(ふざけ)やがって。

 「俺を摺身(すりみ)にする気か此の狐狸(こり)畜生。テメエの方こそ剥いだ皮を坊主の袈裟に(あつら)えて、精進落としの狐鍋にしてやる。往生しやがれ。」

 怒りに駆られて車掌から支給された護身銃に手を掛ける鉄郎。苦し紛れの野卑で無い純粋な殺意。例え此の土濤(どとう)の乱攪で頭上の標的は見えずとも、雁字搦めの光鎖の先を狙って盲滅法に撃ち捲ってやる。と決起した瞬間、銃身諸共、腰のホルダーが疾過する木の根に引き千切られて吹き飛び、泥流が渦巻く後塵に跡形も無く滅して、メーテルの振り乱す撻刃(たつじん)の電撃が止めを刺した。

 ()(あら)ず、()に匪ず、彼の曠野に(したが)い、拳一つ振り上げる事も儘ならずに、最後の炎が呆気無く燃え尽きると、虚勢の弾けた鉄郎の四肢末節は総ての感覚と抵抗を放棄し、何処までが己の肉体で、何処までが土砂の爆撃かの区別も付かぬ、黄泉の夢路へと泥濘(ぬかる)んでいく。完全に途切れて終った意識の空漠を解落(げらく)する底の砕けた砂時計。幾ら鞭を揮っても反応しなくなった鉄郎に、メーテルは舌打ちを飛ばして光鎖を断ち切り、遊び飽きた玩具に背を向けて操縦デッキへと姿を消した。

 奴隷契約を破棄されて、排撃された地下墳墓の如く暴かれた大地に頭から突き刺さり、腐葉土と同化して終った鉄郎を見捨てて、原生林を駆逐し続けるW型32気筒のドーピングエンジン。最短距離を貪る四分五裂の蹴汰魂(けたたま)しき突貫を()して、土煙の弾幕の彼方へ津波を押し戻す防波堤の様に、嵌合体のリアバンパーが退場していく。

 遠離(とほざか)る地鳴りと置き去りにされた斬骸の緘黙行(しじま)に、(えぐ)り取られた手付かずの空間が横たわっている。張り詰めた素硝子(すがらす)の向こうに押し込められた額縁の無い静止画。永遠と刹那の交錯した文字盤のインデックスに秒針は迷い込み、葉脈一筋(そよ)がぬ太古の忘却に朝露も瞬きを失い、野晒しの心停止に陶然と弔服(ちょうふく)している。誰も犯す事の出来無い白唖(はくあ)の鎮魂。其の直中に狙猴(そこう)一咆(いっぽう)が唐突に弾けた。

 (かたわら)に神無きが(ごと)き狼藉を合図に息を吹き返す森の先獣民(せんじゅうみん)。上空に逃れていた鳥類は群れを成して折り重なる梢の漣に舞い戻り、葉陰に身を隠していた虫達が顔を出すと、切り拓かれた日光と土壌に揺り起こされて、種子と胞子と菌糸が手を繋ぎ、ムッとした酵臭が立ち昇る。どれ程の暴虐に蹂躙されようと瞬く間に蘇生する、此の星の主役達の(したた)かな日常。形有る物の総てが白熱した精気で漲り、触角と繊毛を(そばだ)て歓喜の胎動に身を(よじ)る。頭上を飛び交う喧噪に埋もれ、大地の肥やしに堕した鉄郎、唯独りを除いて。

 「おやおや、随分と酷い落とし物だね。」

 嗄れた溜め息が遺失物と一体化した持ち主に影を落とす。穏やかな陽気を逍遥(しょうよう)する、有機発酵原動機付き騾馬(らば)、二頭立ての自律補行馬車。其の歩みを止めて、ユニックアームが腐葉土の中から覗くコーデュロイの襟を摘み上げ荷台の上に旋回すると、ズタ徒汰襤褸(ずたぼろ)のカバーオールは重力に負けて引き千切れ、鉄郎は麻袋の上に不時着した。

 息が有るのやら無いのやら、浜に打ち上げられた藻屑の様に裂き織りの麻布に潮垂れ、身動(みじろ)ぎ一つせぬ行き倒れ。そんな拾い物を馭者(ぎょしゃ)台から物憂げに振り返って一瞥した(おみな)が、頬の擦り傷から滲む赫い血潮に愁眉を解いた。銀髪を小振りの丸髷に結い、ビブラムのピラミッドソールにカスタムした茶芯のビーチサンダルを突っ掛けて、木綿の藍絣(あいがすり)に紅を散らした単衣に、献上柄の細帯を貝の口で締め上げ、肩口から軽く着砕して野良着に見立てる()()無い羞じらい。若い頃は妍容(けんよう)で鳴らしたであろう茶気を秘めた目鼻立ちは、深い皺に刻まれても猶、埋もれる事無く、端然とした矜持を湛えている。

 嫗は右の瞼を押し上げて虹彩を拡張し、鉄郎に向かってシャッターを切った。そして、暫しの黙考の後、其の結果に笑みが零れ落ちるのを噛み殺しながら、二房(ふたふさ)豊尾(ほうび)に向き直り(くびき)に鞭を入れた。倒木の青葉を食んでいた騾馬は垂らしていた耳を進行方向に(そばだ)てて、口答えの様に窒素酸化物を放屁し、荷馬車の遊導制御された車軸と連動して掘り散らされた起伏を、のらりくらりと転がし始める。枯江(ここう)に竿を手向ける太公望の如き泰然とした嫗の背中。揺れては返す荷台は海図を失した波路の如く新緑の瑞気を漂泊し、天地転倒の馬鹿騒ぎを無かった事へと押し流ていく。麻袋に付着した落ち穂に誘われて舞い降りる小鳥達。傍らの泥人形から湧き出る土壌生物にも小躍りして(ついば)む、蚤蝨(そうつし)の賑わい。其の宴も(たけなわ)、打ち上げられた泥の藻屑が不意に咳き込み、錆色の唾を吐き散らした。気管を攪乱し鼻粘膜を突く一次鉱物の粗い粒子。気道粘膜の繊毛を逆立て、異物の皮を被った死の任意同行を、断固として拒絶する飢餓的な生蝕(せいしょく)本能。首筋に喰らい付いた(ひる)を引き千切り、鼻を抓んで耳抜きをした鉄郎は、背中から突き飛ばされる様に統合されていく見当識に幻滅した。

 

 糞ッ、生身の癖しやがって、未だ死に切れねえのかよ。

 

 生きて尾を土中に曳く位ならと、冥利無用の奈落の底に身を投じても、出直してこいとばかりに黄泉の三和土(たたき)から蹴落とされ、在世を欲し強要する無駄に死太(しぶと)い生命力。心身不覚に陥っても叩き起こされて、敗者で在る事を認めてもらえず続行する消化試合に一体何の意味が有ると言うのか。仰向けになり大の字で喘ぐザラ付いた深呼吸。痛覚と拒絶反応が全身を駆け巡り、打撲と裂傷から回復しようと、あらゆる細胞が懸命に活性化している事が忌々しい。

 何者かに拾われて見上げる穢れを知らぬ天真爛漫な青空が、騾馬の足取りを辿って小刻みに揺れ、何処にも焦点が定まら無い。つい此の間、機賊に襲撃されて置き去りにされた(ばか)りで、頼みもしないのに助け出される処まで(なぞ)えた、下手な数奇の焼き直し。其の上塗りされた恥辱の片隅を、年季の入った濁声(だみごえ)が掠めた。

 「気が付いたやうだね。どうだい、少しは落ち着いたかい。」

 鉄郎を見向きもせず(なまくら)に鞭を揮う質素な背中。落ち着いた絣の藍染めが物語る、人に危害を加える類とは程遠い堅気の装いに向かって、()粉木(こぎ)同然の落とし者は捨て鉢に突き返した。

 「俺を何処へ連れて行く気だ。」

 「人聞きの悪い事を言ふ坊やだねえ。此の先に内の店が在るから、其処で少し休んでいきな。」

 「ったく、余計な事を。宇宙はデッケえワンルームだ。何処で昼寝しようと俺の勝手だろ。抑もこんな糞田舎の退屈な星、横になってゴロゴロする以外に遣る事なんて有るのかよ。こんな事なら地球で塵拾いをしてた方が増しだったぜ。」

 「其れだけ口が達者なら心配する事もなさそうだね。唯、そんな減らず口ばかり叩いて、自分を(おとし)めるもんぢや無いよ。言葉を磨けば心が輝く。婆の説教と冷や酒は後から効いてくるからね。処で、御前さん、地球から来たのかい。今の御時世、生身の体で良く生きて此処まで来れたね。太陽系外から態々(わざわざ)内地に戻つてくる人類も稀だつてのに。其れもこんな財政破綻して定期便の打ち切られた、白タクが素見(ひやか)しに寄る以外、密航船も素通りする星にどう遣つて来たんだい。」

 「どう遣ってって・・・・999に乗ってさ。」

 自分に不釣り合いな貰い物の乗車券に対する負い目なのか、其れ迄の威勢が空を切り鉄郎が言葉を濁すと、嫗は小躍りして振り返り鼻を鳴らした。

 「999つて言ふと、銀河鉄道の無限軌道を走る彼の999かい。煮ても焼いても食へない稚魚かと思つたら、此奴はとんだ大物だ。大言大海を飲み干す。此だけ言ふ事が大きいと、言葉を磨くのも大変だねえ。」

 「オイ、もう一遍言ってみろ。俺は鯨海酔侯(げいかいすいこう)闖頓屋(ちんどんや)じゃねえ。本当に999に乗って来たんだ。」

 「ぢやあ何故、歯に物の挟まつた様な言い方しか出来無いんだい。999と言へば天河無双の超特急さ。星も羨む幻の列車の上客なら、胸を張つてさう言へば良いぢやないか。御前さん、999に乗つて何処に行くつもりなんだい。まさか、太陽系を周遊しただけで地球に御帰りなさい、何て事は無いんだろ。」

 鉄郎の迷いを見透かした様に畳み掛ける嫗の詰問。機械伯爵から母を助け出す為、トレーダー分岐点の時間城を目指していると言う、半信半疑の大義が喉に支え、鉄郎は思わず、

 「俺は・・・・機械の体を只で呉れる星に行くのさ。」

 「機械の体を只で呉れる星?其奴あ傑作だ。本当に999のパスを持つてゐるのなら、此の星が買える程チャージされてる筈だよ。財務省の特別会計も真つ青の金額がね。何処にも行く必要は無いさ。連絡一つで好きな個体を業者が持つてきてくれるよ。其れも山積みでね。ハハハッ、嗚呼、ほら、見えてきたよ。彼の燐寸(マツチ)箱みたいなのが内の店さ。

 

   尋ね來て道分けわぶる人もあらじ

       幾重も積もれ庭の葉しぐれ

 

 久し振りの御客様だ。ゆつくりして行きな。」

 密林の中を細々と踏み分けた小径(こみち)の先に、竹藪を(まがき)に見立てた木造土壁の(とま)の屋が見えてきた。皮膚と呼気を圧する熱帯の湿潤な大気は(ほぐ)れ、両の掌で包み込んだ湧き水の様な聖涼が澄み渡っていく。区画制御されているのだろう。横溢な繁殖力を誇る周りの動植物とは明らかに異なる凛とした生態系。其の奥懐(おくふところ)に佇む朴訥とした草庵が、母独り子独りで暮らし、地球に残した荒屋(あばらや)と重なって胸に迫り、鉄郎は嫗の招きに逆らう事も忘れ、手入れの行き届いた露地に降り立っていた。

 「其方(そつち)の離れに風呂が在るから入ると良いよ。序でに服も洗つちまいな。脱衣所の洗濯機は自動分別洗浄だから靴ごと入れて構はないよ。風呂から上がつたら湯船の温度を常温以下に下げてといておくれ。此の星のレジオネラ菌は質が悪いからねえ。」

 ユニックで馬車の荷を下ろしながら嫗が顎でしゃくった先に、母屋と大して変わらぬ大きさの小屋が蹲っている。風呂、湯船?耳骨を拍つ望外の響きに弾かれて、嫗が説明し終わるのを待たずに、鉄郎は足を引き擦って離れに向かい、引き戸に体重を預けながらこじ開けると、楕円形の田舎風呂を飾る千種(ちぐさ)色のタイルが、明かり採りから射し込む木漏れ日に息を潜めて潤んでいた。靴を脱いで浴室に入り、湯気の立ってない湯船に手を浸す。汚染されて無い地下水の鮮烈。此だけの水が有れば何日暮らす事が出来るだろう。常温の真水に触れているだけで胸が一杯になって終う。其れ程、鉄郎にとって入浴とは贅沢で有り得ない習慣だった。操作パネルのスライドバーを弄ると、アンプのボリュームの様に水温が滑らかに上下動する。鉄郎は早速、ウォバッシュのベストからパスケースを抜き取って、脱衣所の洗濯機に服と靴を突っ込み、乳白色の立方体が自動で蓋を閉め仕事を始めるのを確認してからシャワーを浴び、泥を落として浴槽を跨ぐと、後はもう溺れる様に湯船に沈み込んだ。

 氾濫する沸き立った湯水に鼻まで浸かり、襲来する熱波の洗礼に痛め付けられた皮膚が震撼する。無数の甘美な針錐(しんすい)が関節と靱帯の隙間に滲透して骨の髄に達し、熱狂が閉塞していた毛細血管を押し広げて駆け巡り、甦った細胞が鬨の声を上げて犇めき、充満した歓喜が汗の礫となって毛穴から決壊する。こんな満杯の湯船に身を委ねる等、産湯に浸かって以来なのではと思える程、遠い昔の出来事で、水風呂ですら記憶が無い。慈愛を秘めた湯玉を掬って顔を洗うと、鼻っ柱から頬へと広がる傷口が疼き、豊潤な蒸気に噎せ返って残土が気道から遡る。浴槽の縁に(うなじ)を預け、目眩(めくるめ)く代謝に湯船との境界線を失い融け出しながら剥き出しの梁を仰ぐと、未だ未だ未熟な骨格と筋肉が完全に脱力し、つい(さっき)、放り出した筈の生の享楽に(のめ)り込み泡沫(うたかた)に紛れていく。其れは簀巻きにされて引き擦り廻される以上に抗う事の出来無い忘我の逸落。死の予感を耳打ちする何年来の憑き物が緩慢な満ち潮の(うね)りの中に没し、不安も期待も無い真っ新な何処かへと漂白する鉄郎。生き抜く為の猜疑や警告を何もかも放棄した至福の時間。其れを洗濯機のビープ音が掻き乱した。乳白色の立方体の上には既に折り畳まれた服と革靴が並べられている。

 あっという間の一時に不承々々湯船から立ち上がる鉄郎。肩と背中にズッシリとした疲労が伸し掛かり、顳顬から押し寄せてきた立ち眩みが晴れると、其処で初めて気が付いた。全身を覆っていた(おうち)色の内出血が薄れ、傷口を塞いでいた血漿が盛り上がって浮いている。掌で擦ると日焼けした肌の様に捲れ上がり、更新された血色の良い皮膜が現れた。操作パネルを見ると泉質が薬湯に設定されている。鉄郎は水温を元に戻し、服に着替えて表に出ると、其処はもう季節が変わっていた。

 露地に(しつら)えた池を縁取る杜若(かきつばた)花片(はなびら)が、五線譜を舞う連符の様に奏でる初夏の旋律。小屋の脇に組まれた無用の物干し竿に枝垂れる遅咲きの藤葛(ふじかずら)(くぐ)り、竹林を馳せる薫風の笹やきが、生まれ変わった鉄郎の素肌を(くすぐ)り、藪の狭間から聞こえる小瀬の(せせらぎ)へと紛れていく。飛び石を渡って向かう慎ましい母屋。隠徳を鼻に掛けぬ朴訥な横顔の、苫葺(とまぶ)きを目深に被った軒先から覗く廉潔な翳り。冠木(かぶき)に掲げられた扁額(へんがく)墨痕(ぼっこん)逞しき草書の屋号を、鉄郎が繁々と見上げながら玄関に手を掛けると、

 「其の(まま)飛び石を歩いて(にじ)り口から入つてきな。」

 言われる儘に歩を進めると、障子を開け放たれた寄付(よりつき)の床の間が眼に飛び込んでくる。横額の掛け軸に軽妙洒脱な独草体で禅語が揮毫(きもう)されているだけで人の姿は無い。先へと続く飛び石を辿ると、猫の額程しか無い引き戸の前に、武骨な石を一枚重ねて露地の小径(こみち)は途切れている。粗末な板戸を開いて沓脱ぎ石の上にかがみ、高さ二尺三寸、幅二尺二寸しか無い躙り口の挟み敷居に手を支え、挟み鴨居を跪拝する様に頭を垂れて(もぐ)り込みながら踵と踵で靴を脱いだ。湯滾きの音が訥々と焚き()める畳の枯れた匂い。膝を擦って(いざ)り顔を上げると、小皿に活けられた一輪の花橘を添えて、床の間の茶掛(ちゃがけ)が正面に聳えている。

 靡毫雲烟(ひごううんえん)が織りなす真名(まな)の一筆に鉄郎は虚を突かれた。非の打ち処の無い、墨を奮えば神在るが如き草聖大観の研蹟。然し、其の意趣は唐突で、主賓、主客を迎える文言にしても何処か的が外れている。禅宗の問答か何かかと訝り見上げている鉄郎に、さっさと茶を()てている嫗が声を掛けた。

 「早く其処に座りな。足は崩した儘で構はないよ。そんな堅苦しい店ぢやないんだから。」

 (やわ)な笹竹を蔓で編み留めただけの下地窓から射し込む陽気に、しっとりと満たされた四畳半の庵室。丸太柱に土壁、天井を張らず梁が剥き出しの簡素な意匠で画す均整の取れた緊張感が、嫗を取り囲む茶道具の一隅に無言で端座している。鉄郎は客畳(きゃくだたみ)の上に胡座を掻き、(なつめ)茶杓(ちゃじゃく)帛紗(ふくさ)で浄められ、脇差(わきざし)の様に柄杓(ひしゃく)が閃くのを眼で追った。作法に(のっと)ってはいるのだろうが、家事を捌く様に手際良い嫗の所作に気取りは無く、其れが却って不貞不貞しい年季を優雅に誇示している。絣の袖から伸びる節榑(ふしくれ)立った()(ごころ)が添えられた途端、嫗の神経が伝搬し修道へ導く何物かへと姿を変える、風炉釜(ふうろがま)の蓋や(さらし)茶巾(ちゃきん)達。湯を通して茶筅(ちゃせん)を浄め、温めた茶碗を茶巾で拭い膝前に置くと、茶杓を取り上げた嫗は半身になって茶菓(さか)を勧めた。

 「御口汚しにどうぞ。」

 鉄郎が主客を隔てる通畳(かよいだたみ)に眼路を落とすと、黒文字楊枝と小瓶を添えて、唐紅のグラデーションに万葉仮名を散らし書きした茶巾包みの和紙が、小皿の上で(かしこ)まっている。両手でそっと和紙の結び目を解くと、包み込まれていた山吹色の顆粉(かふん)が綻び、三つに分けられた切り餅が、御簾(みす)の奥で恥じらう皇女(みこ)の様に其の柔肌を伏せている。

 「此、若しかして信玄餅って奴かい。」

 「失礼だね。此は内の店の看板で“筑紫もち”つてんだよ。好みで黒砂糖の蜜をかけて召し上がれ。」

 「えっ、何?ツクシモチ?」

 「つくし、ぢや無いよ。“ちくし”だよ。ち・く・し・も・ち。竹斯(ちくし)つてのは隋書にも書かれた由緒有る王國だよ。つくし、何て言ふ、関西訛りと一緒にされちや困るよ。」

 そう言って嫗は向き直り、茶杓を握り込んだ儘、棗の蓋を開け茶碗に抹茶を入れると、棗と茶杓を戻して水指の蓋を開けて水指に立て掛け、柄杓を取って風炉釜から御湯を汲んで茶碗に注ぎ、切り柄杓をしてから茶筅を取り御茶を点てに取り掛かった。隙の無い所作で二の句を遮られた一見の過客は、何処か試されている様な心持ちで楊枝を抓み、切り餅に刺して取り上げると、薄絹の様に黄な粉を絡めた白妙(しろたえ)の生娘が、福与(ふくよ)かな頬を背けて微かに震えている。恐る恐る左手を添えて口に運ぶと、黄な粉の慎み深い甘味が舌の上に舞い降りて溶け出し、煉り上げられた豊満なコシの餅米を頬張る度に、丁寧に煎られたタマホマレの香ばしさが弾け、広がっていく。大らかな天地の慈愛に騒然とする味蕾。ヒヨク米のウットリとした喉越しに導かれて胃壁は瞬く間に充血し、湯船で拡張した毛細血管の(ひだ)が、此から殺到する糖質の予感に戦慄する。小瓶の蓋を開けると(ほの)かに酸味のある黒蜜の薫糖(くんとう)がツンと鼻を突いた。糸を引く黒蜜を迷い無く切り餅に注いで(かぶ)り付くと、練りと(まぶ)しと垂れの偶成和音は、鉄郎の味覚の経験値と許容量を超えて散華し、後はもう総ての神経が(うぶ)な風味と口溶けに集中して微動だにしない。一本の感嘆符と化して最後の一切れに挑む鉄郎。大挙して押し寄せる血糖に首筋から二の腕が痺れ、目頭が熱くなる。時代と星を超えて呼び起こす、茶菓の大らかな郷愁に、意識の底で凝り固まっていた物が、為す術もなく切り崩されていく。

 何時しか鉄郎は、和紙の上に残った黄粉と黒蜜を(みつ)めて、大きな溜息を吐いていた。夢見心地の中で嫗が右手で持った茶碗を左の掌に載せ、自分に正面を向けて通い畳みの上に差し出している。放心した(まま)上から覗き込むと、細かく泡立った抹茶の円やかな静謐に吸い寄せられて、瞠めているのか瞠められているのかも判らない。茶碗を手に取り口を付けると、濃厚な茶菓の後味を清々しい新緑の香りが、苦みと渋みを秘めた淑やかな旨味が洗い流し、其処で(ようやく)く眼が覚めた。

 「御前さん此からどうするんだい。」

 折り畳み直した帛紗を帯に挟み、茶道具を片付けながら嫗が背中で尋ねた。

 「葡萄谷の連中に攫はれた御嬢さんは坊やの連れなんだろ。999に乗つてきたつて言ふのが本当なら、其りやあ、大した身代金が取れるだらうからねえ。連中も随分と鼻が利くやうになつたもんだよ。」

 「葡萄谷の連中?」

 「葡萄谷の革命自警団とか名乗つてるけどねえ。内等は雑魚蛮(ジヤコバン)つて呼んでる、親方赤旗のリベラル崩れさ。除塵機(じよじんき)を乗り廻してるのは、内省回避のバイアスが組み込まれてゐる使ひつ走りの工業用スペアノイドで、本丸の独り親方は()うの昔に此の星を捨てて出て行つたつてのに、其の残骸が今も律儀に星間革命の大義を護り続けてゐるんだよ。雑魚蛮の頭目が健在だつた頃は良く里に下りてきて、女がスカート履いてるのを見付ける度に、そんな事だから女は男と肩を並べる事が出来ないんだとか言ひ掛かりを付けてきてね。男と女の間には心も体も無限のグラデーションが在るつて言ふのに。私の様な色気で勝負の手弱女(たおやめ)には良い迷惑だよ。(そもそ)も男と女つてのは、無性生殖で種を維持してゐた地球上の生物が、環境の多様化に対応する中で編み出した自然の摂理だつてのにね。其の内、男は子供を産みたくても産めないんだから、女も子供を産むな、何て云ふ奴も出て来るわで、天に唾を吐くとは此の事だよ。偽り無く移らうだけで、自然は余計な言挙(ことあ)げ何てしやし無い。其れが天の道つて物さ。宇宙を支配してゐるのは物理法則で在つて、政治思想なんかでも無ければ、元々そんな物は存在し無い。アンドロメダ星雲やブラックホールの中にも、男女平等や人権や民主主義や啓蒙主義は在るつてのなら、拾つて持つてきて欲しいもんだね。重力の特異点に落ちてゐる人権宣言や近代合理主義や社会契約論もフランス語で書かれてゐるのかねえ。ビッグバンの起こつた何秒後に男女平等は生まれたんだい?其れとも、ビッグバンの起こる前から女の子だからつてスカートを履いちやいけ無いつて決まってゐたのかい?男女平等や民主主義なんて物が巣くつてゐるのは、人間の浅はかな妄想の中さ。居酒屋で踏ん反り返つてゐる質の悪い常連客ぢや有るまいし、何時迄、管を巻いているつもりなのかね。男女性差を無くすも何も、機械と生身の躰にしたつて、何処までが機族で、何処からが生身の人間か何て言い出したら切りが無いんだよ。其れぞれが全部違ふつてのが判らない癖に、無理矢理、一切合切をたつた一つの分母で通分した挙げ句、多様性を認めろとか騒いでるんだよ。そんな物は、蛸焼きや鯛焼きに向かつて「御前達は魚介類なんだから海に帰れ。」なんぞと説教する様な物さ。ライオンと縞馬を同じ動物だからつて、同じ一つの檻に入れたら何うなるか。考へただけでもゾッとするよ。実際、雑魚蛮を仕切つてゐた独り親方も頭を刈り上げた男みたいな女でね。女を捨てやうとした事以外、判つてゐるのは在家左翼ぢや無くて職業左翼つて事だけ。まあ、活動家つて言ふ尼寺に逃げ込む時点で、女は女さ。此の星は真面目にコツコツ働くのが辛くて怖くてブラブラしてる連中の吹き溜まりで、自由と平等を喚いて自分自身と向き合ふ事を誤魔化してる負け犬がゴロゴロ居るよ。そんな人権主義者に限つて、組織の中ぢや上の者が下の物を塵みたいに扱つてるのさ。自由だつたら平等ぢや無いし、平等だつたら自由ぢや無い。そんな熱熱のアイスコーヒーを出せ何て言ひ出す客は、内の店ぢや御断りだよ。平等とファシズムを履き違へて、心も躰も違ふ物を無理矢理一緒に為やうとして、結婚制度が崩壊し、家族が崩壊し、国家が崩壊し、気が付くと地球はエリートつて云ふハイエナの草刈り場に為つてゐた。帯域解放なんて騒いでゐるのも、資本家の捨て駒にされてゐた頃の名残だよ。此の星に入植したての頃はパトロンから日給が貰へて羽振りが良かつたみたいだけどね。開拓事業が打ち切りに為つてからは、身を持ち崩す以外、芸の無い落ち武者暮らしさ。暇が有るんなら少しは頭を使へば良い物を、未だに自由と平等なんて云ふ旧世紀の擬物(まがひもの)に縋り付いてゐるんだから御里が知れるよ。抑も本当の自由は自由と自由の奪ひ合ひ、殺し合ひなのに、そんな事も判らずに、何時まで経つても口当たりと耳障りの良い屁理屈に酔ひ痴れてゐるんだからねえ。そんな自分の気に入らない物に怪事(けち)を付けてゐるだけの連中が、年がら年中、同族嫌悪の内ゲバ天国でドンパチ遣つてんだから、賑やかな事に関しちや此の星は御墨付きさ。」

 「ジョジンキってのは掘削機とダンプを掛け合わせた嵌合体(キメラ)の事かい。」

 「()うさ、連中は開拓複合機とかつて呼んでるけどね。元々農業用水路の水草を巡回除去する耕耘機(かううんき)のオプションだったのをあんな風に弄つて、整備不良で動かなくなつたら其の場にポイ。全く好い気なもんだよ。」

 「雑魚蛮ってのが喚いてた帯域解放って何なんだい。」

 「何だい坊や知らないのかい。電劾重合体の拡散と侵入を抑へ込む為に総ての星間通信は銀河鉄道株式会社によつて帯域制限が掛けられてゐるんだよ。御陰で隣の星で何が起こつてるのかも銀河鉄道株式会社が開示する情報でしか判ら無いし、情報を配信したくても、銀河鉄道株式会社を間に通さないと文字一つ送れ無い。あらゆる通信活動が銀河鉄道株式会社の実質統制下で、ブー垂れてるのは雑魚蛮に限つた事ぢや無いんだよ。まあ、原始共産主義を掲げてる雑魚蛮に無線通信なんて必要無いと思ふけどね。」

 「一企業がそんな事出来るのかい。」

 「銀河鉄道株式会社はビッグテックと投資家達との、宇宙開拓を巡る共食ひを制して生き残つた蠱毒(こどく)の極み。ライバルを蹴落とす為には海賊だつて顎で遣ふ。電劾重合体も銀河鉄道株式会社がバラ撒いたんだらうつて言はれてる位さ。さうでなけりやあ、電劾重合体なんて銀河鉄道株式会社のでつち上げだとかね。」

 「電劾重合体・・・・・火星を呑み込んだ・・・。」

 「ん、火星がどうかしたのかい。」

 「火星が電劾重合体に呑まれた所為で999はタイタンに臨時停車する事になったんだ。」

 「火星が電劾重合体の手に落ちたのかい。其奴は初耳だ。()うなつて来ると此処もうかうかしてられないねえ。」

 「電劾重合体って一体何なんだい。」

 「其れが判れば誰も苦労はし無いよ。スパイウエアとバグと、(あら)ゆる反社会的案件も出力処理するブラックAIの交雑によつて生まれた、二進数の生物兵器だとか言われてるけどね。初めは機族達が次々と電脳梅毒に倒れて、其れから復旧チームが派遣される度にミイラ獲りがミイラになつて。今ぢやあ、プロテクトの掛かつた帯域制限の外は電劾重合体の暴風雨で、鍵穴から覗き込む事すら出来ない状態さ。彼こそは預言されてゐた帯域核醒自我、ZONEだ、とか言ふ奴が居るけどね。そんな呼び方よりも、さつさと何とかしてもらひたいよ。坊やは生身の躰だから未だ良いけどね。機械を埋め込んでる内等はイチコロだよ。」

 「婆さんは機械の躰なのかい。」

 「()うだよ。肝臓と腎臓と副腎。脊椎と膝関節は機械の御厄介さ。それと、白内障で両目をスペクトルカメラにしたは良いけどね、見たくない物まで見えちまうから、感度を落として使つてるよ。」

 「どうせなら肌を再生したり、人工皮膜にして見た目も若くすれば良いんじゃないのかい。」

 「坊やの御連れさんみたいに綺麗だと災難の元だよ。綺麗な花は摘まれて終ふ、果実も熟せば捥がれて終ふ。天寿を全ふしたけりや無用の用に越した事は無いさ。こんな老い耄れだからこそ葡萄谷の連中だつて見向きもし無い。連れ去つた処で売り飛ばしやうもないからね。今頃、彼の御嬢さんどうなつてる事だらうね。」

 「どうなるも何も、獲って喰われる様なタマじゃ無いよ。あんな出鱈目な女。」

 「()うは言つても助けに行くんだろ。まさか、手ぶらの儘、(わだち)(なぞ)つて帰るのかい。除塵機の上から助けを求めて叫んでたぢやないか。」

 「オイオイ、婆さん、俺が簀巻きされて嬲り廻されてるのを見て無かったのか。大事な処は眼の感度を上げとけよ。序でに耳の方も機械を埋め込んだ方が良いぜ。あんな貧乏籤みたいな女、助けるも糞も無い。今度会ったら塩漬けにしてやらあ。」

 「ぢやあ、どうしてそんな出鱈目な女と一緒に999に乗つてゐるんだい。」

 「其れは・・・・。」

 「幾ら出鱈目でも骨を拾つてやる位の義理は有るんぢやないのかい。」

 「・・・・・・・。」

 「機械の躰を只で呉れる星に行くとか言つてたねえ。機械の体を手に入れてどうするんだい。」

 「其れは・・・機械の体を手に入れてから考えるよ。」

 「下手な嘘は御良し。滅多な事を口にするもんじゃ無いよ。口を吐いた言葉には(ちから)が宿つてゐるからね。例へ望んでゐない事でも、形となつて現れる事になるもんだよ。」

 「・・・・・・・。」

 「未だ地球で暮らしてゐた頃、若い連中は皆、流行(はやり)の服を着替へたり、体に墨を入れる様に機械の体に乗り換へていつてね。e-sportsやら何やらでサイバードーピングも横行して、機族が台頭する以前に人の心は機械仕掛けになつていつたんだよ。」

 「で、其れがどうしんだい。婆さんだって死ぬのが怖くて機械を体に埋め込んでんだろ。」

 「・・・・・・・。」

 「誰だって金を持ってりゃ機械の躰になるさ。何が悪い。此のパス一つで業者が機械の躰を山積みで持ってくるって言うんなら、今直ぐ此処に呼んでくれよ。」

 999の乗車券をウォバッシュのバストから抜き出し、片膝を立てて捲し立てる鉄郎。そんな小兵の能書きに、嫗は頬を過ぎる一抹の侘しさを噛み締め、鼻先に突き付けられたコードバンの定期入れから、茶道具に眼を落とした。

 「・・・・・()う大きな声を出しなさんな。こんな婆さんにも一人息子が居てね。坊やと同じ位の歳で此の星を飛び出していつたんだよ。

 

  拾有參(じふいうさん)春秋

  逝者已如水 ()く者は(すで)に水の如し

  天地無始終 天地に始終無く

  人生有生死 人生に生死有り

  安得類古人 (いづく)んぞ古人(こじん)に類して

  仟載列靑史 仟載(せんざい) 靑史(せいし)に列するを得ん

 

 とか言つてね。今頃何処で何をしてゐるんだか。生きてるのやら死んでるのやら知れぬ息子が帰つてくる事を信じて、躰に機械を組み込んで待つてゐたけどね、若し生きてゐたとしても息子だつて生身の躰ぢやない筈さ。自分の体を痛めて産んだ子が機械になつた姿なんて見たくも無いしね。此方(こつち)にしたつて完全に機械化した姿なんて見せたくも無いから、少しでも生身の部分を残せる様に養生してきたんだ。デカい口を叩いた分、飾る錦が無い事を恥じて帰つて来れ無いつて事くらゐは察しが付くよ。武士は食はねど高楊枝。男の痩せ我慢は嫌いぢや無いよ。唯ね、同じ見栄を張るなら、筋の通つた見栄を張らなきや男ぢや無い。息子が長い旅から戻つて来ないのも、己を律するもう一人の気高い自分が居るからさ。私はそう信じてる。」

 嫗が茶道具から眼路を上げて言葉を切ると、鉄郎は床の間の茶掛に振り向いた。雄渾闊達な連綿体で綴られた真名の三文字が、其処で初めて鉄郎の吐胸(とむね)を衝いた。

 「坊やまさか、其の掛け軸が読めるのかい。」

 「うん・・・・まあね、最初見た時は何の事だかサッパリ判らなかったけど、そうか、“主人公”ってそう言う事か。」

 鉄郎は自分が見失っていた物を大書した渾身の一筆に奮えていた。己の人生の真の主人公と成る可く、純粋で高潔な有るべき己の姿と共に歩む旅。其の有るべき己の姿と清廉な母の姿が重なり、鉄郎は自分独りで路頭に迷っていると思い込んでいた事を恥じた。

 「寄付(よりつき)の床の間に飾ってある掛け軸は“癸亥(きっがい)創元”だろ。玄関に掛かっている此の店の屋号は何で“如水庵(じょすいあん)”って言うんだい。息子さんの口にした、逝く者は已に水の如し、から取ったのかい。」

 「否、其れは逆でね。息子が内の屋号を揶揄(からか)つて捨て台詞にしたのさ。屋号は亡くなつた旦那が付けたんだよ。

 

   九重(ここのへ)の花の宮こをおきながら

 

 つて奴さ。」

 「其れって確か・・・・

 

   唯有無生參昧觀  ()無生參昧(むしやうざんまい)(くわん)有り

   榮枯一照兩成空  榮枯は一照(いつせう)にして(ふた)つながら空と成る

 

 だったっけ?でも其れじゃあ、草の庵じゃないのかい?」

「内の旦那は捻くれてたからね。(しめ)を成空ぢやなく、流水と結んで詠んでゐたのさ。其れで如水庵さ。フフフッ、其れにしても此の御時世に此だけ崩した真名を読める子が居るとはねえ。草書をAIで解析したり、古典の文言を端末で検索したりする事は出来ても、素養が骨身に染み付いてゐなければ何も感じ取る事は出来ないよ。坊やは誰に読み書きを(をは)はつたんだい。」

 「母さんさ。ずっと二人切りで暮らしていたから外に教えてくれる人なんて居なかった。物心付いた時には指で母さんの書いた文字を(なぞ)っていたよ。其れが当たり前だと思ってた。母さんは砂に哥を書いて、其れが風に掻き消されていくのを見るのが好きだった。其れを一生懸命、眼と指で追ったんだ。」

 「其奴あ風雅だね。」

 「でも、母さんの(うた)に耳を傾けるのは俺以外居なかった。そんな古い言葉や文字、誰一人、見向きもしなかった。正直、俺も良く判らないんだ。母さんは時間が有ると、古典の書かれた本の切れ端を取り出して、住んでいた小屋の地辺田(じべた)に清書していた。小さい頃は其れが呪文めいて怖いと思う事もあった。誰も読めない文字で、誰も意味の判らない言葉を読み書きする事に何の意味があるのか。古い暦を使って、スモッグ見えない新月を数え、二十四節気を祝う事に何の御利益があるのか。唯、母さんの草書を目で追うのに精一杯で、言われる儘に哥と暦と万葉仮名を覚えていった。そして、幾ら見様見真似で書いてみても母さんの様に上手く書け無い、自分の下手糞な字を見るのが厭で、少しずつ書く事から遠離るようになって。」

 「字が下手だから書くのが厭なのかい。ハハハハハッ、其奴は傑作だ。字が下手なのを恥ずかしいと想ふのは、決して恥ずかしい事ぢや無いよ。世の中には字が汚くても何とも想はない奴等ばかりだからね。音声入力や脳波をスキャンすれば良いとか。蚯蚓(みみず)みたいな字を書いてケロリとしてる連中なんて、御玉杓子(おたまじやくし)から遣り直しだよ。例へ機械に筆を執らせて正確に出力した処で、そんな物CADの図面と変はら無い。大切なのは本当に美しい物を愛でる心さ。本物を求める心があるからこそ恥ずかしいと思ふのさ。其れに思つた通りに字を書けない。書き損じたなんて思う必要はないんだよ。頭で描く文字よりも、躰が走らせた文字の方が本当の自分の文字なんだよ。同じ命を宿した草花に、雑草も秀花も無い様に、人が心を籠めた言葉と文字に悪筆や悪文なんて在る物かい。人の姿形の様に、文字や言葉にだつて其れ其れの個性が有つて当たり前。親や先生に怒られた位で潰される個性なんて個性ぢや無いよ。大切なのは相手に伝へたいと思ふ心。其の伝へたい思ひを磨けば言葉も輝く。然うだらう。」

 嫗は通畳(とおりだたみ)の上に身を乗り出して、鉄郎の(たゆ)まぬ酷使に摩滅した手を取った。

「此の手を見れば判るよ。爪を見れば。上辺だけの知識や躾ぢやない、親から子へ代々受け継がれていく家学の教へは、誰にも奪ふ事は出来ない。その心あまりて、ことばたらず。何と言つて伝へたら良いのか判らなくとも、其の気持が満ち溢れてゐれば、しぼめる花の色なくて匂ひ残れるがごとし。書は人なり。文花の咲かぬ処に心無し。()してや、哥は心の極みにして、哥の心は書物をも凌ぐ。坊や、御前さんを育てた御母さんは大した人だよ。」

 嫗は鉄郎の瞳に溢れる憂いに、母親はどうしてるのかと尋ねようとした言葉を呑み、鉄郎の母が言葉にしなかった言葉を語り始めた。

 「自分のルーツを大切にしない奴は誰も認めてはくれ無いよ。自分が産まれ育つた国や星を蔑ろにして、余所の国や余所の星の栄華を自分の手柄の様に言ふ奴に未来は無い。己の出自の根源を忘れた者は必ず、癌細胞の様に自己増殖して自滅する。幾つもの国や星や人々が自分の産まれ育つた言葉や文化を捨てて、自分自身を見失ひ、人類は帝政投資家(アナーキスト)の共食ひで朽ち果てていつた。真名と仮名を交へた無限の表音文字と遊通無碍(いうづうむげ)で精緻な構文を持つ、坊やの御母さんが愛した言葉は、人類が生み出した最高の叡智なんだよ。言葉の豊かさは、其の国の文化の伝達や伝承の総てなんだよ。其の豊かさを功利主義に眼の眩んだ連中は、穴の空いた古着の様に捨てて終つた。人は言葉を操つて考える。思考は言葉を手掛かりにしなければ前に進め無い。言葉が貧しければ思考も人間も貧しい。言葉が限られると言ふ事は、其の思考も限られる。だからと言つて、無味乾燥な論理言語で語彙や思考力や読解力が身に付きさえすれば其れで良いんぢや無い。本当に必要な物は教養を超えた心の読み書きなんだよ。

 

 

     開けなほ文の道こそいにしへに

          返らん跡は今も殘さめ

 

 

 坊や、御前さんの血統は其れを美しい言葉と文字で書に哥に(したた)めた。人が最後に帰るべき場所は血の通つた国語なんだよ。此の星の連中の様に人の命や金、住んでゐる土地を暴力で奪ふ事は出来る。でもね、文字の無い神話の世界から始まる故事を敬ひ、気の遠くなる様な風雪に耐へてきた知恵に感謝し、そして何より命と命が繋ぎ止めてきた風俗や伝統を誇りに想ふ心は、其れを語り継ぐ言葉は、決して奪ふ事は出来無いんだよ。本物の言葉は心の奥底に宿り。決して忘れる事も、忘れ去られる事も無いんだよ。伝承された言葉と文化を捨て去つた者達は、自分の財産を奪はれたら直ぐ取り戻そうとするのに、心を見失つても、言葉を奪はれても、探し求める処か、何を見失つたのか、何を奪はれたのか気付きもし無い。民族の歴史を捨て去る者は、何時か自分も見捨てられる事が判ら無い。人の心に最期に残るのは、誰かを想ひ遣る痛みと言葉なんだよ。誰かを見捨て、見殺しにした苦しみで人は一生苦しみ続ける。誰かを傷付けた言葉で人は一生己を傷付ける。良いかい坊や、若し旅の途中で進むべき道が判らなくなつたら、自分が見失ひ奪はれた、心と言葉を探すんだ。さうすれば自づと道は拓ける。人は流水に(かんが)みる事無くして、止水(しすい)に鑑みる。唯、()のみ()衆止(しゅうし)(とど)むる。怒りや悲しみを鎮めて、己の姿を目の前の物事を鏡として映し出せば、其処に求めてゐる心と言葉がきつと現れる。若し、誰かに噛み付きたくなつた時も、自分の心と口を汚して終つた言葉に噛み付けば良い。答へは総て自分の内にある。さうすれば誰も血を流す事は無いからね。」

 言い終わると嫗はそっと手を離し膝の上に揃えた。改めて通畳を間に挟んで向き合った鉄郎は、思わず居住まいを正そうとしたのを堪えて立て膝に手を掛けると、

 「婆さん、中々良い御点前(おてまえ)だったぜ。」

 剥き身の梁天井に向かって勢い良く立ち上がり、

 「処で、葡萄谷ってのは何処に在るんだい。折角だから、彼の馬鹿がどんな風にくたばってるのか拝みに行ってやるぜ。」

 鼓腹(こばら)を拍って床の間の禅語を睨み豪語した。

 「全く、口の減らない餓鬼だね。初めつから素直に助けに行くなら行くつて言へば良い物を。そんな回り諄い言ひ方をしてたら太陽系を一周しちまうよ。葡萄谷は此の小屋の脇を流れる川の上流さ。雑魚蛮の連中はガタの来た合板工場を勝手に占拠して、勤労の天道楽土とか何とか火裂(ほざ)いてね。其処等中の木を切り倒しては、野積にした原料の木粉やチップが自然発火して、しよつちゆう騒いでるよ。ちよつと其処で待つてな。」

 嫗は右手に柄杓と蓋置(ふたおき)、左手に建水(けんすい)を持って一旦水屋(みずや)に下がると、渋い利休色のジャケットを持って現れ、鉄郎に差し出した。

 「此は内の旦那が庭仕事で着てた野良着だよ。襤褸襤褸(ボロボロ)になつたカバーオールの代はりに此を着ていきな。」

 「良いのかい。

 

   筑波嶺(つくばね)新桑繭(にひぐわまよ)(きぬ)はあれど 君が御衣(みけし)しあやに()()しも

 

 大切な形見じゃねえのかよ。」

 「()うだよ。衣は人の魂を包み象作(かたちづく)るの物なのさ。だからこそ、捨てられずに受け継がれる衣には、袖を通してきた者達の歴史と叡智と、身を護る力が宿つてる筈だよ。」

 「変な祟りとか無きゃ良いけどなあ。其れに襤褸々々のカバーオールよりは増しだけど、此奴も結構草臥(くたび)れてやがるぜ。」

 嫗からジャケットを受け取ると、褪色し掠れた生地の見た目とは裏腹な、しっとりと染み込んだワックスの手触りに鉄郎は驚いた。此の星の濃密な原生林を想わせる軍勝色(ぐんかっしょく)の乗馬服。切れ上がったサイドベンツ。幅広の艶やかなコーデュロイの襟と其の剣先から覗く風防フラップ。ダブルのフロントジップを挟んで配した、ハンドウォーマーポケットと(まち)付きの大振りなフラップポケット。何より眼を引くのが、BURTLEと銘打たれたフィルム状の空調ファンが背面の脇の下と腰に二つ、左右対称に並んでいる。タータンチェックの裏地のタグに並んだ三つのクラウンを一瞥して袖を通すと、空調ファンが瞬動してサイドベンツの裾が閃いた。

 「此から未だ背も伸びるんだらうから、少し丈が長い位で丁度良いよ。」

 嫗は在りし日の記憶を羽織った鉄郎の姿に眼を細め、高ぶる胸の内を抑えながら肌蹴(はだけ)た襟を直してやると、違い棚の上で埃を被る金襴(きんらん)袋を手に取った。

 「此も持つていきな。内の旦那が息子の為に造つた銃さ。此が有れば草刈り機の出来損ないなんて眼ぢやないよ。」

 袋口を割いて現れた黒檀の彫像かと見紛う銃身。千早振(ちはやぶ)(かささぎ)が其の意を決し、星の(やじり)となって解き放たれる瞬間を彫り起こした鬼蹟(きせき)の超絶技巧が、鉄郎の瞠目を音も無く撃ち抜いた。死線を超えて磨き上げられてきた事を物語る、黄泉の淵を覗き込む様な漆黒の光沢。此は武器なのか神器(しんき)なのか。太歳(もくせい)の在る処を知り、天の川を埋め尽くして織り姫と彦星の橋渡しをする瑞鳥を(かたど)った、今にも飛び発ちそうな流線型のフォルムが、照星の遥か先を目指して鋭利に張り詰めている。

 「どうやつて造つたんだらうねえ。こんな言霊の(たす)くる戦士の銃(コスモドラグーン)を。言葉が神と共にあり、神、其の物で在つた時代。言葉の呪能を高度に発揮する事で人は神と交信した。其の畏力(いりよく)を知りて言挙(ことあ)げぬ者が言挙げし時、瑞鳥は目覚め共鳴する。言霊の(さき)はふ星の許に生まれた坊やに、此の銃は御誂(おあつら)へ向きだよ。此を持つて出て行つた息子の代はりに、此の銃だけが戻つてきた。何処かで(くたば)つちまつたのか、生身の躰を捨てて此の銃が感応しなくなつたのか。其れでも人伝に此の星まで辿り着くんだから、此の銃も自分が仕える新しい主人を探し求めてゐるんだよ。」

 嫗から銃を受け取ると、鉄郎を品定めするかの様に怜悧(れいり)で硬骨な手触りが緘黙(かんもく)を貫いている。マガジンもシリンダーもセイフティーレバーも無ければ、各パーツの継ぎ目もビスも無く、銃身から遊底と撃鉄、グリップから銃爪(ひきがね)に到るまで総てが一体化した削り出しの傑物は、どの様にして組み上げたのかすら想像出来無い。そして何より其の全身を覆う、単一鋼材か異種の金属か、積層鍛造されたダマスカス鋼、独特の木目状の文様。旧世紀に失われた技術の渦文(かもん)が、鋼目(こうもく)が光の加減なのだろうか無言で蠢いている。鉄郎は中の構造を垣間見ようとして銃口を覗き込んだ。其の瞬間、吹雪の中で馬上から突き付けられた機賊の銃口が眉間を貫いて頸椎を弾き、血の池に浮かぶ母の外套が、母の後を追って助けに行く事も出来ずに挙措を失った繊弱が、白魔に呑まれ自ら天寿身命を放棄した絶望が、機族への憎悪と嫉妬が、貧民窟への侮蔑と陳腐な敵愾心が、母の高潔な生き様と息苦しい存在感が、怖気(おぞけ)を立てて全身を濤破(とうは)した。研ぎ澄まされた漆黒の銃身に投影された鉄郎の心の闇。ふと脳裏を過ぎった何て言う生易しい物じゃ無い。真昼に墓を暴くに等しい非情なる一閃。此の銃を使いこなす資格が有るのかを問い質す辛辣な鋼顔鏡面(こうがんきょうめん)に、鉄郎の握力は己の毒が廻った蛇の様に痺れた。此の旋毛(つむじ)曲がりは例え正面に構えたとしても、何方(どっち)に銃口が向いている事やら、(とて)も小兵の手に負える代物(しろもの)じゃ無い。厄介な忘れ形見を押し付けられて戸惑いながら、鉄郎は嫗の装着してくれたホルスターに銃を納め、躙り口から表に出た。

 嫗の後に付いて竹藪の(まがき)を一歩踏み越えると、遠くに聞こえていた小瀬の(せせらぎ)は一気に解き放たれ、熱帯の密林を分け入る中流河川が暗幕を掻き上げる様に姿を現した。人工太陽の欠片を(ちりば)める(かなえ)の沸くが如き浪間(なみま)。樹皮と川藻の生臭い分泌物が絡み合う潤風(じゅんぷう)。視界を限る総ての物が、此の星の放埒な養分を貪る生類有情の熱狂で(ひし)めき、右肩上がりの湿度に反応してジャケットの空調ファンが作動する。岸に降り、桟橋に係留してある一人乗りのジェットホバーの鍵を鉄郎に渡すと、嫗は莞爾(かんじ)一笑、上流を指差し発破を掛けた。

 「此の河を遡つていくと老朽化して貯水して無い廃ダムが解体されずに残つてゐて、雑魚蛮が(たむろ)している合板工場は其の先にあるよ。ダムの水門は完全に開放されてあるから其の船で潜る事が出来るからね。迷ひやうの無い一本道さ。坊やみたいな素敵な王子様に助けてもらへるんだから、彼の御嬢さんも果報者だねえ。

 

 

   木綿(ゆう)かけて(いは)ふこの(もり)越えぬべく

        思ほゆるかも恋の(しげ)きに

 

 ほらほら、早くしないとシンデレラの魔法が解けて私みたいな婆さんになつちまうよ。ジェットホバーのファンに巻き込まれない様にね。川の中は肉食魚と回虫の巣窟だから落つこちるんぢや無いよ。」

 「おいおい、婆さん、何度も言わせんなよ。俺は彼の馬鹿に簀巻きにされて引き擦り廻されたんだ。幾ら義理が有るとは言っても、ギリの義理だぜ。」

 「ハイハイ、判つたよ。()うムキになりなさんな。

 

    五月山(さつきやま) 木下闇(このしたやみ)の暗ければ

        己れ惑ひて鳴くほととぎす

 

 若いつてのは良いねえ。虐げられる程に燃え上がる紅恋(ぐれん)の焦炎。」

 「巫山戯(ふざけ)んな。あんな74のAカップ。金蚉(カナブン)みてえなケツしやがって。此方から願い下げだぜ。余計な口叩いてないで、シャンパンでも冷やして待ってろ。」

 「坊や、内は純喫茶なんだ。甘酒で良ければ振る舞つてやるよ。何時までもこんな処で油売つてないで、()い男になつて還つてきな。」

 「其れから好い加減、其の坊や坊やって言うのも止めてくれ。」

 「ふふ・・・坊やぢや無い一人前の男だと言ふの?ふふふふふふ、私から見れば皆坊やさ。葡萄谷から生きて帰つて来たら、坊やと言はずに名前を呼んで上げるよ。」

 「星野鉄郎だ。覚えといてくれ。」

 操縦席に乗り込んで係留ロープを解き、セルを回し浮揚ファンのスイッチを入れて出力を上げると、スカートが帆を孕み、川面が奇声を上げて総毛立ち、重力を蹴散らしながら艇体が宙を横滑りして岸から離れていく。鉄郎が跨っているラダーを倒してスロットルを全開にすると、船尾のダクトプロペラが激昂し、水煙を巻き上げ回頭した船首にカウンターを当て、ジェットホバーは上流に向かって解き放たれた。

 川面を滑走するゴーストホワイトの弾丸。野に(くだ)った千夜一夜を駆ける魔法の絨毯が原始の水脈を逆上し、太古の鳴動を縦断する。前傾姿勢の頬を切る疾風がダクトプロペラに吸集され、発咆(はっぽう)する2ストローク2気筒の軽快な瞬発力。腰の落ち着かぬ浮遊感を翻弄する予測不能な慣性は騎虎(きこ)の背に爪を立てて捻じ伏せろ。磁針の北限を指すが如き逸る心。レッドゾーンの快哉(かいさい)が植棲群落のアーケードを突貫し、退屈な世界を置き去りにしていく。

 

   拷領巾(たくひれ)の白浜波の寄りもあへず

      荒ぶる妹に 恋ひつつそ()

 

 倒錯した魔性の引力に向かって鉄郎は面罵した。嫗の言う通り、彼の馬鹿の毒が頭に昇って、爆竹を詰めた万華鏡の様にドーパミンが乱反射している。逃げ惑う水鳥の飛沫と弾けた梢の朝露が木漏れ日と交錯して棚引く虹旗(こうき)。視界の彼方で山羊が灌木の若葉を食んでいる。鉄郎は直観の閃く儘に速度を落とさず岸に乗り上げると、木立の中へ姿を消した山羊と入れ違いに灌木の下枝(しずえ)を横殴りで()し折り、串焼きの様に若葉を喰い千切った。灰汁(あく)の無い瑞々しい滋味が歯茎に弾け、爽やかな渋味が鼻に抜ける。鉄郎は小枝を放り投げて胸元のパスを取り出し、フィルターを絞って擦過する密林をスキャンした。エアディスプレイを埋め尽くすロックオンされた食用可能な果実と菌類。汚染されて無い木の根を掘り起こして囓り付く事が日常だった鉄郎は、腹の底から込み上げる愉悦に操縦を取られ、危うく岸の岩壁を掠めてスピンした。

 例え999に乗り遅れても此の星なら寝返りを打つだけで生きていける。地球から御然(おさら)ばしたのも此の星に辿り着く為だったのではないのか。唯、其処に浸っているだけで体内に蓄積された汚染物質を浄化していく此の星の大気。命懸けで自分を護ってくれた母も、此の星で天寿を全うする事を望んでいるのではないのか。そんな波間に煌めく御淑(おしと)やかな甘言を、鉄郎は船首を立て直して振り切ると、嫗の怜悧(れいり)な眼差しを背負い直管のラダーに獅噛憑(しがみつ)いた。“主人公”の茶掛に焚き付けられて嫗の息子も旅立ったのだ。山青くして花は燃えんと欲する今、此の時、豚舎の蕩睡に浴してどうする。

 

   (をのこ)やも(むな)しくあるべき萬代(よろずよ)

       語り繼ぐべき名は立てずして

 

 有り余る若さが肥沃な大地に翻る新緑の錦と競い合い、タコメーターの警告灯が一瞬たりとも疎かに出来ぬ天命の刻限を扇情する。肺の腑を逆巻く柄にも無い武者震い。水面を撥ねる根拠の無い自惚れ。羽根を付ければ其の儘、星空に飛び発つ船艇を怒乎躾(どやしつけ)、渓谷に沿って蛇行し始めた針路に舵を揮う。

 八千萬(やちよろず)の生類が謳夏(おうか)する澄みやかな瀞流(せいりゅう)(とこ)しえに連なる其の光鱗(こうりん)を、一筋の白烈が横切った。ジェットホバーの爆音にも怯まず、鉄郎の間接視野を波状飛行で併走する白鶺鴒(はくせきれい)。水先案内のつもりか俊烈な小兵の微翼(びよく)が瞬き、珀銀(はくぎん)の軌影が乱高下する。鬼退治の仲間にしては幼気(いたいけ)な其の姿に、ドンキホーテ気取りの己を重ねて、鉄郎の口角は綻び、全開に握り込んだスロットルを僅かに緩めた。

 

   名にし()はばいざ言問(ことと)はむ教鳥(おしへどり)

      わが思ふ人はありやなしやと

 

 母の行方かメーテルの行方か、懸命に羽撃(はばた)きながら鉄郎に哥を返す意地らしい白妙(しろたえ)(さえず)り。其の耳を擽る甘いハミングに口笛を合わせてジェットホバーを操舵していると、玉髄(オニキス)(つぶて)の様な小兵の瞳に警々(けいけい)と殺気立つ赤光(しゃっこう)が走った。

 

   常よりも睦まじき(かな) 時鳥(ほととぎす)

        死出(しで)の山路の友と思へば

 

まさかと思う間も無く鉄郎が銃に手を掛けると、パラサイトチップの埋め込まれた鳥戒機(ちょうかいき)は、小賢(こざか)しいBeep音を吐捨(としゃ)して偽りのランデブーを離脱し、後景に滅した。

 火中の栗を拾いに行くのだ、後の祭りも何も、遅かれ早かれこうなる事は織り込み済み。チンコロ野郎の事は後回しにして、鉄郎は緩んだネジを締め直した。案の定、土足で上がり込んできた子鼠を大目に見てくれる筈も無く、聞き覚えのある破砕音が岸辺の木立を薙ぎ倒し、逃げ惑う鳥獣を従えて川面に転がり込んでくる。ガイドレールの超硬バイトが巻き込む有象無象の断末魔。鎖を解かれ、天を衝く躯体を陽の本に晒した鋼僕(こうぼく)の番犬。歪に継ぎ合わされた嵌合体(キメラ)の鼻先を、ジェットホバーのスカートが間一髪の差で擦り抜けると、水底(みなそこ)を掘削する轟音を背に上流へと駆け昇る。退路は断たれた。本の一瞬の操作ミスで蹴汰魂(けたたま)しい鉤爪に呑み込まれる戦慄が、鉄郎の珍化(ちんけ)で不器用なヒロイズムに火を点ける。漸く、誰の物でも無い己の旅が始まった。

 「オイオイ、もう足に利たのかよ草刈り当番。俺の尻尾が見えるなら捕まえて()り身にしてみやがれ。蒲魚(かまとと)振ってんじゃねえぞ、此の野郎。バラし屋が獲物を前にして遠慮なんかしてんじゃねえよ。遣れるもんなら遣ってみろ。撲ちCrash(ぶちくらせ)エェェェェェ、撲ちCrashエェェェェェ。」

 補修と改修と応急処置を繰り返し、限度を超えたパッチワークで原形を留めぬモザイクの御老体が振り乱す、刃零れして地金の剥き出しになった超硬バイトに檄を飛ばし、鉄郎は帆を孕んだ風神の如く渓流を撃走する。こんな(せこ)い仕掛けをしている位だ。雑魚蛮とか言う革命原理主義者は間違い無く此の先に居る。自由と平等と言う水と油を永遠に攪拌し続ける現実逃避の解放区。構って貰えない憂さ晴らしのテロルで世間に甘える、夢精病者の御花畑。絶好の行楽日和だ。存分に踏み散らしてやる。

 灼けたアスファルトの上に迷い込んだ蚯蚓(みみず)の様に身悶える瀬瀬(せぜ)と、出し抜けに顔を出す岩座(いわくら)スレスレにカウンターを合わせる度、火花を飛ばし反転する恐怖と官能。其の表裏(ひょうり)を見失う程の転回に三半規管は酩酊し、鉄郎は宝の地図をなぞっている様な陶然とした頂悦に(のめ)り込んでいく。貧民窟の故買屋で盗み見た旧世紀のアーカイブ。物陰に齧り付き手に汗を握った追走劇のスラロームが、今、記憶の銀幕を()ち破って眼の前を爛舞(らんぶ)する。研ぎ澄まされた集中力に削ぎ落とされていくラダーとスロットルの操舵感覚。鉄郎の中枢神経と垂直尾翼が融合し、解脱した重心移動がFRP製の揺り駕籠の中で滑らかに寝返りを打つと、千鳥足だった慣性が鞭の様に(しな)り、目眩く峡谷の等高線が合流する点と点の連続を、銀河鉄道の無限軌道を走破する999の如く、古色蒼然の一言で切り捨てられていたジェットホバーが寸分違わぬ航路で翔破する。

 革命の犬に猛追されている事すら忘れて終う程、想うが儘に健脚を奮う魔法の絨毯。何故、産まれ育った地球で過ごした日々の本の一瞬でも、こうして立ち(はだ)かる障害の総てに全身全霊で奮い起つ事が出来なかったのか。例え無謀な勝負に其の身を投じたとしても、自前の命を落とす以外、何も失う物は無かった筈なのに。名誉栄達、不滅の命への憧れに眼が眩み、汚染された荒野に必死で縋り付く蟻地獄を見付けては踏み潰し、憂さを晴らしていた己に吐き気がする。

 折り重なる山襞(やまひだ)の向こうに嫗が口にした治水ダムの躯体が見えてきた。染み出した鉄分と雨水による黒錆で国防色に変質した、河床から堤頂まで50mに達する逆三角形の厖大な城壁。打ち捨てられて尚、其の威容を誇示する鉄筋コンクリートの荘厳なる気概が、過酷な試練を暗示する。いよいよ本丸に近付いてきた。ジェットホバーのスカートが摩滅した床止(ゆかど)めを蹴立てて、銀瀾(ぎんらん)を裂く。両岸に敷き詰められた導流壁の先に傲然と構える流水型二基の水門は全開で、常用洪水吐(こうずいばき)から上流の景色と流木を捕捉する杭が覗いている。嫗の言った通りだ。ジェットホバーなら余裕で(くぐ)り抜ける事が出来る。問題なのは、本来、縦横5×3m程の方形で在る洪水吐の一方が、三倍以上の間口に掘削されていて、其の理由がたった一つしか思い当たら無い事だ。

 「老朽化も糞もねえ、シャブコンの手抜き工事じゃねえかよ。」

 鉄郎が躯体を駆け巡るクラックを罵りながら、馬鹿穴にされて無い正規の洪路(こうろ)に飛び込むと、一拍置いて隣の孔窟(こうくつ)を更に一回り大きく掘削しながら追ってくる激情が伝わってきた。ジェットホバーの後を追って崩落する腐蝕した天井。酸化膨脹した剥き身の鉄筋を吹き抜ける猛烈な山颪(やまおろし)に抗いながら、一点の光明を目指して闇を斬り拓く。

 躯体の抜け穴を脱し、枯れ果てたダムの底に躍り出ると、滑落を防ぐ為、格子状の法枠(のりわく)に無数のグラウンドアンカーで楔を入れた幽谷が、皮も身も無い(むくろ)(あばら)を、左右両岸、広大な空漠を孕んで、向かい合わせに横たえていた。息の根の絶えた墓標なき死の谷。とてもじゃないが葡萄狩りに繰り出す様な場所じゃ無い。似非左翼の巣窟は未だ此の先か。フルスロットルの儘、上流に向けて集束していく鉄筋コンクリートの岸壁の彼方に眼を凝らす鉄郎。其の微かな懸念は潰滅的な杞憂と成って打ち砕かれた。

 見捨てられたダムの底を伝う震撼。背後の水門を突破してジェットホバーを追撃する嵌合体の雄叫び。否、此の轟きは鉄郎の進路の先から滑落してくる。山が鳴っている。尾根を舞う吹き颪とは異なる、鼻を突く湿った風圧を押し出して、遠く戦いていた震源は、次第に確たる波動を従えた地鳴りへと増長しながら迫ってきた。。一斉に飛び発ち逃げ惑う鳥獣の阿鼻叫喚、噴煙と見紛う土埃が訴える、緑のベールに包まれた急難凶事。確かめる手立ても考える猶予も無い。背筋を這い昇る虫酸が第六感を押し退けてジェットホバーの舵を切り、土留(どど)めの法枠を駆け上がると同時に、上流へと続く渓谷の裂け目から狂瀾怒涛の土石流が雪崩落ちてきた。ダムの底が抜ける程の天地を覆す大瀑布。殺到する瓦礫の暴威に水門は塞き止められ、瞬く間に積み上がっていく土砂の潮位。隊を成して木立を薙ぎ倒しながら駅前に繰り出してきた嵌合体のセレモニーとは物が違う。流域の形有る総ての物を強奪、粉砕し、地獄の釜に突き落とす神の怒鎚(いかづち)。愚かな世界を作り直す為、方舟諸共、土に還すつもりなのか。出口を失い、張りぼてのダムに撃突し続ける爆流に堤躰と岩盤が軋みを上げ、土器(かわらけ)色に荒れ狂う湖面が莫大な質量を抱えて迫り上がっていく。俄雨が()ぎる処か、人工太陽を限る一片の雲すら無い空の下、何故、此程の土砂が雪崩れ込んでくるのか。一体此の谷の上流で何が決壊したと言うのか。

 勢いが衰えぬ泥流に進路を絶たれ、鉄郎は固唾を呑んで斜面に張り付いている事しか出来無い。すると、朽ち果てた森の残骸が身悶え浮沈する波間が突然隆起し、身を乗り出して眼を凝らした鉄郎の焦眉を撃ち抜いた。海面に垂直上昇した鯨背の如く躍り上がり、水飛沫を上げて甦った土木重機の亡者。番犬としての職務に執念を燃やす嵌合体が、土石流に押し流されながらも法枠に超硬バイトの爪を立てて這い上がってくる。グラウンドアンカーが飛び散り、引き裂かれた土留めごと瓦解していく地盤。反り上がる勾配に推進力を奪われて頭打ちのジェットホバーが、宙を舞うモビルスーツに可変する秘密のスイッチなんて装備してる訳も無い。愈愈(いよいよ)、此奴の出番だ。鉄郎は嫗から授かった戦士の銃に総てを託し、諦めの悪い番犬に銃口向けた。人差し指の第二関節に食い込む汗ばんだ手応え。鵲の嘴から迸る正義の光弾。の筈が、

 スカスカな銃爪(ひきがね)の感触の先からはスカした空砲の吐息すら零れず、黒妙(くろたへ)渦文(かもん)垈打(のたう)つ銃身は皇然とギラ付いているだけで、ドッシリと構え硬直している。安全装置、初期設定、脳波認証、そんな事を調べている位なら、賽の目に命を委ねた方が手っ取り早い。試し撃ちをし無かった落ち度もそうだが、何より如何にも威力が有りそうな勿体振った御託を真に受けた己に腹が立つ。

 「彼の糞婆。」

 鉄郎は黙秘を決め込む鉄屑を濁流の中に放り投げた。こうなったら、ジェットホバーを乗り捨て、法枠を自力で攀じ登るしか無い。そう腹を括った其の時、眼下の土留めを抉り込みながら巨大な岩盤が横殴りで嵌合体の顳顬(こめかみ)に直撃し、活断層の狭間に巻き込む様に土砂の奈落へ引き擦り込んでいった。神の御業(みわざ)か閻魔の所業か、目眩[(めくるめ)く激甚に次ぐ激甚。然し、機族の管理区域外で天変地異が半日常だった鉄郎は、絶界の荒野で津波から逃れ、群発地震の隙を縫って産廃の峰を駆け抜けた記憶が血肉となり、此の禍事(まがごと)を前にして寧ろ胆力が漲り、腰が据わって視界が啓けていく。足許を轟然と駆逐して横切る超弩級の団塊も、一呼吸置いて見渡せば、スレートの吹き飛ばされた重量鉄骨の建屋が、基礎ごと打ち砕かれて難破した躯体の成れの果て。上部の建材に縋り付いている群像が倒木の様に浪に攫われ、或る者は岸に這い上がり、或る者は泥の藻屑と消えていく、其の寸分の狂いも無く同じ造形で助けを求め、苦悶に歪む、幸の薄い瓜実(うりざね)の顔、顔、顔までもが、歴々(まざまざ)睥睨(へいげい)出来る。

 判で押したスペアノイド達の終末に、此の力尽きた方舟こそが雑魚蛮の合板工場だと悟った鉄郎は、上流から更に大挙して押し寄せる修羅の相克に眉を(ひそ)めた。アトラスサイロ、リサイクルボイラー、ドライヤードラム、分電盤、熱交換機、送風機、ポンプ室、圧力容器、イーグル破砕機、磁選機、ダブルのスクリューコンベアにベルトコンベア、製品倉庫にチップヤード、其の総てが大容量のプラント設備を抱える鉄筋コンクリートの断塊が、フランジから千切れたダクトを八岐大蛇(やまたのおろち)の如く振り乱しながら、順不同で(ひし)めき、半死半生で攻め込んでくる。土石流に担ぎ煽られて根刮(ねこそ)ぎ暴徒化した工業団地の特攻デモ。然し、幾ら自然の猛威が桁違いとは言っても、山岳地帯の鉄砲水に此程大規模な建屋を基礎諸共押し流す程の馬力が有る筈が無い。若しかして彼の馬鹿の仕業?否、そんな真逆(まさか)

 山肌を削り、老害と無抵抗を楯にするしか術の無いダムの提躰に突撃しては轟沈し、堆積していくメガプラントの葬列。滑落寸前の土留めに巻き込まれぬ様、恐る恐るジェットホバーを岸辺に降ろしていくと、波飛沫(なみしぶき)を被った鉄郎は、舌の上に広がる天然の樹脂の風味に色めき、黄濁した波間を片手で掬い取った。指の間を滴り落ちる、木理を失い岩清水の様に液状化した木粉の不自然な感触。此の唸りを上げて襲い掛かる兇瀾の正体が、上流で決壊した土砂では無く製品化する筈だった合板の原料?だとしても、此の驚天動地の暴走は過失操業による工業災害のレベルじゃ無い。そして何より、ダムの常時満水位に達しようかと言う、鴻大(こうだい)無辺の木粉が帯びた蠱惑(くわく)的な猟奇。其の仮借無き業渦(ごうか)の中心を覗き込むと、不合理の闇と眼があった様な底知れぬ悪寒が込み上げてくる。

 鉄郎は出口の無い狐疑を振り払い、手の着け様の無い現状に険望鋭察を巡らした。取り敢えず、瓦解した法枠のグラウンドアンカーに掴まって難を逃れたは良い物の、助けを求める事も出来ず途方に暮れているスペアノイドに当たるしか無い。鉄郎はスペアノイドがジェットホバーに飛び乗れぬ距離まで慎重に詰め寄り問い質した。

 「オイ、お前達が駅前で連れ去った女はどうした。金髪に黒服の女だ。答えろ。」

 「豁、蜃ヲ縺ッ隱ー?溽ァ√?菴募??」

 「オイ、(しっか)りしやがれ。金髪に黒服の糞みてえに高麗(こま)っしゃくれた女だ。知らねえのか。」

 「螂ウ?溷スシ縺ョ驥鷹ォェ縺ョ縺具シ溷スシ螂エ縺ョ繧「繧ソ繝?す繝・繧ア繝シ繧ケ繧帝幕縺代h縺?→縺励◆騾皮ォッ縲√≧縺√=縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠」

 幾ら怒也(どや)しつけても言語中枢のエンコードが逝かれていて話になら無い。其処へ、

 「ウェルダーを廻すな。バッテリーだ、N2はバッテリーに接続して木粉に撒け。木粉を外気から遮断しろ。」

 「然し、此の木粉は、生きてます。余計な刺激を与えたら何が起こるか判りません。」

 「狼狽(うろた)えるな。液状化した木粉に何者かが複合調和音を流して共鳴操作しているだけだ。」

 「木粉が氾濫したチップヤードで自爆していた担当者達の症状は明らかに電脳梅毒です。と言う事は・・・・。」

 「憶測に惑わされている場合じゃ無い。防火措置を優先しろ。」

 先行して沈没したプラントに後続のプラントが座礁し、其の建屋の周りでスペアノイド達の怒号が飛び交っている。鉄郎が舵を切り、取り残された職業左翼の許へジェットホバーを飛ばして、粉々に打ち砕かれ、引き千切れた鉄筋が剥き出しの躯体に横付けにすると、スペアノイドの上官は2ストロークの勝ち気な排気音を扱き下ろした。

 「貴様、此の非常時にボート遊びをしてる場合か。粉塵爆発の導火線になりたく無かったらエンジンを切れ。」

 「へええ、其奴は御誂(おあつら)えだぜ。エンジンを切って欲しいんなら、お前等の仲間が連れ去ったメーテルって名前の女が何処に居るのか吐きやがれ。何方が前か後ろか判らねえ74のAカップで、狐の葬式みてえな格好の女だ。早く答えねえと、包んでもいねえ香典返しを喰らう事になるぜ。」

 「物流管理の俺達が特捜のパトロールごっこ何ぞ知った事か。」

 鉄郎の鼻っ面に特捜の二文字を苦々しく吐き捨て、スペアノイドはハンドパレットで運ばれてきた窒素瓦斯(ガス)発生装置の制御盤に齧り付いた。異音を我鳴(がな)り立てるコンプレッサーの震動で、アングルで組まれた架台を這い回る、気密の甘い銅配管の其処彼処から、分離瓦斯が駄裸(だら)し無く漏れている。こんな草臥(くたび)れた不燃瓦斯でダムの全面を覆えるのかと呆れている処に、使い走りのスペアノイドが端末を掲げて飛び込んできた。

 「所長、各部署の識別アドレスが復旧してます。」

 「貴様は何処に耳を付けて人の話を聞いてるんだ。何者かがインデックスに擬態化して嗅ぎ廻っていると言っただろ。無線は総て切れ。割り符が適合したからと言って信用するな。」

 一兵卒が上官に食い下がろうとした途端、其の真摯な眼差しが藪睨みに吹き飛んだ。脊椎を貫く雷撃に四肢が痙攣し、茫我の形相で昏倒した粗製濫造の形代(かたしろ)が、岸に打ち上げられた害来魚の様にコンクリートを撥ね廻る。

 「オイ、どうした確りしろ。」

 駆け寄りながらも其の荒ぶる死に馬に一切触れようとしない上官の脇で、補佐していた褌担(ふんどしかつ)ぎが端末を拾い、震える指で接続を解除しようとするのだが、時既に遅し。

 「だから言ったんだ、電劾重合体が矢蠑オ繧頑ュ、縺ョ譏溘↓繧ゅ≧縺?≠縲√?縺ァ縺カ縺?≦縺?≧縺?≧縺?≧」

 二匹目の泥鰌(どじょう)俎上(そじょう)に上がり賑やかになった献立を前にして、取り残された所長は矢も盾も堪らず端末をダムの底へと蹴散らした。木粉の波間を()ぜ、瞬く間に呑まれるぞんざいな水柱。其の一石が投じた同心円の文波(あやなみ)が、地に堕ちた金環日食の如く妖しく煌めくと、心電図の鼓脈の様に律動する矩形(くけい)波と三角波の反復に確変し、不協和な合成周波音を冥奏しながら拡散していく。整然と意志を持った波紋の禍々(まがまが)しい輪舞輪誦。其の奇矯な幾何学模様を慄然と凝視していた職長の足首を、不意に胡乱(うろん)()な子で海老反りに(のた)打ちながら、人事不省の部下が掴まえた。

 「糞ッ、離せ、離せ、触るんじ繧?┌縺??ゅ≧縺」縲√≦縺ゅ=縺√=縺ゅ≠縺ゅ≠」

 己が蹴落とした端末の後を追う様にダムに没するスペアノイドの御一行。マグネットリレーが開放されて急停止したコンプレッサーと入れ違いに、電劾重合体を名指した絶叫が鉄郎の脳裏をリフレインする。端末を呑み込んだ波紋は其の属性を完全に超越し、複合調和音の一言では片付けられぬ異形のパルスが、濁流を征して躍動している。邪教を崇める祭祀の礼冠(らいかん)か、鬼界の(ともがら)を召電する乱れ神楽か。自在に豹変する木粉の面容を前にして、鉄郎は其の片鱗すら掴む事の出来ぬ惨事の全貌と己の器との落差に、呆れ果てるのを通り越して、何処か清々しさを覚えていた。重量鉄骨の基礎を鋼管の杭諸共、撲った斬って此処まで引き擦り降ろす木粉の怪力乱神と、其れを影で操る蠱術(こじゅつ)を生き残った電脳蠕虫(ぜんちゅう)のレジスタンス。最早、職業左翼の鬼退治なんて二の次、三の次だ。

 「全くどうなってやがんだよ。此じゃあ、俺のポケットが幾つ有っても足りねえぜ。」

 メーテルの手掛かりを求めて、再び舵を切るジェットホバー。兎に角、岸の上に難を逃れているスペアノイドを虱潰しに当たるしか無い。若し、プラントの建屋と抱き合わせで、ダムの底に水没しているのだとしたら。そんな余計な穿鑿を此の未曾有の狂乱は鼻を鳴らして吹き飛ばし、息吐く(いとま)を与え無い。豪塊な建築廃棄物の屠列が途切れたと思う間もなく、取りを務める殿(しんがり)(まさ)に鳴り物入りで怒鳴り込んできた。

 何であんな浮力を超えた屑鉄の権化が、尻の穴にダイナマイトを突っ込んだ河馬みたいに濁流を組み伏せ、力尽くで泳いできやがるのか。我先にと大挙して押し寄せる嵌合体の軍勢。波間に漂うスペアノイドを轢殺(れきさつ)して一瞥も呉れぬ血眼の突進が、鉄郎の存在をも素通りし、限界速度で絶頂した儘、継ぎ接ぎの老骨諸共、ダムの提躰に玉砕した。鉄郎は思わず眼を背け、其の余りの衝撃にジェットホバーの操縦席で頭を抱え(うずくま)る。潜伏していた施工不良がコールドジョイントを駆け巡り、軋みを上げて歪に(しな)るダムの堤頂。コンクリートの被膜が剥落し、赤茶けて瘡蓋(かさぶた)の様に膨れ上がった無防備の鉄筋を、半潰したガイドレールに辛うじて引っ掛かっている超硬バイトのソーチェーンが強引に掻き毟りると、其の火花が舞い上がった木粉を誘爆した。

 天を衝き耳を(ろう)する轟音が峡谷の岩盤を震撼し、熱波と瓦礫を吹き(すさ)ぶ爆風が総てを薙ぎ倒す、一瞬の燦然(さんぜん)。漠裂した煙塵が碧落(へきらく)(そび)えて棚引き、地を裂き躍り出た煉獄の如き紅蓮の火柱に向かって、ブレーキの逝かれた後続が殺到する。飛散した木粉の炎舞が驟雨(しゅうう)となって降り注ぐ絶世の爆心地。一匹の雌に群がる雄蛙の様に、朽ち果てた先陣の上に馬乗りで突撃し、掘削する嵌合体(キメラ)の貪婪至極な死の暴走。灼熱の断腸にダムの躯体が悶絶し、稲妻の様な形相で殺気立つ亀裂が、節くれた食指で数える破滅への秒読み。此の儘、鉄筋の横軸を断絶し尽くされたら決壊する。プラントを丸ごとカッ攫って御釣りが来る土石流だ。下流に居を構える嫗の苫屋(とまや)なぞ一溜まりも無い。鬼火を背負ってシャブコンを(ほふ)り、燃料タンクに引火しては自爆していく嵌合体の末路。魔が射した叡智に取り憑かれた其の熱狂。話せば判る相手じゃ無い。然し・・・・

 終末を絵に描いた火群(ほむら)の蛮勇を前にして、徒手空拳の鉄郎は不意に背後を振り返った。誰も居ない。だが、ローファイの餓刹(がさつ)なサンプリングボイスが頭骨の(うろ)木霊(こだま)する。

 

 「如何(どう)した鉄郎、其処までか。其の若さで何を失ふ物が有る。死を賭して己の魂を満たさずに、何の立つ瀬が在ると言ふのか。」

 

 機械伯爵のカドミウムレッドに(ただ)れた隻眼の記憶が、有りっ丈の憎悪と共に甦る。其処に打算があるのなら、そんな人生なぞ捨ててしまえ。抜け道に目配せしながら断つ退路に活路は無いと、鉄郎の二の足を踏み躙る。

 

 「鉄郎、母に会ひたければ時間城に來い。氏と名を賜る漢に大人も子供も無い。貴様の旅は此処からだ。」

 

 聴覚野にパラサイトチップを仕込んだ訳でも有るまいに。老想化声の分際で猛々しいにも程が有る。ディレイの利いた豪胆な高笑いを振り払い、鉄郎はジェットホバーのスロットルに噛み付いた。

 「一言も二言も多い野郎だぜ。及びじゃねえんだよ。目玉の糞オヤジ。」

 意を決して、神罰としか思えぬ業火の渦中へ特攻する鉄郎。積乱雲の如き煤煙とコンクリートの粉塵に、火の粉が燃え尽きて降り注ぐ墨の雨を切り裂き、火鱗に煌めく泥流を跳梁する。迷子の子狐に止めを刺すのは御預けだ。出鱈目な濁世を焼き尽くす、衰える事を知らぬ烈火の盲爆。錯乱した嵌合体にジェットホバーを横付けしただけで、殺人的な熱波を浴びた顔面の表皮が、本能に引き返せと怒鳴り付け、立ち昇る陽炎に揺らめく視界を確りと見開く事すら出来無い。此処から先は死の領域。今更、泣き言を考えた処で爆発の連鎖に巻き込まれるだけだ。

 ピックアップに溶接された此の焦熱でチンチンに灼けているタラップを、鉄郎が素手で一気に昇り切ると、若しやとは思っていたが操縦デッキは無人の儘、独断で稼動し、然も、インパネの旧式のキーシリンダーには爪楊枝すら刺さって無い。衝撃と炎熱に遣られて後付けのモニターは画面が飛び、計器類も好き勝手な方向を指して痙攣している。何がどうなってるのかも判らなければ、何をどうしたら良いのかも判ら無い。其れでも、何とかして此の一台だけでもどうにかしなければ。顎から滴る駄々漏れの汗が縞鋼板(しまこうはん)のデッキの上で蒸発し、チェルシーランチャーのカスタムされたシャークソールが溶けて足許が泥濘(ぬかる)んでいく。鼻と喉を突く不完全燃焼瓦斯に咳き込みながら、インパネに焦げた踵を振り下ろし、備え付けの工具箱を叩き付け、虚しく散乱するスパナ、ラチェット、ドライバーの中からハンマーを掴み上げて再びインパネに襲い掛かる。ガムテープで留めていたサイド硝子が爆風で吹き飛び、黒煙が雪崩れ込む操縦デッキ。眼球が飛び出る程の激しい頭痛と、胃壁が捲れ上がりそうな悪寒と吐き気。垂れ込める一酸化炭素に付け込まれて混濁した意識。其の片隅をふと、見捨てられていた哀矜(あいきょう)の念が肩身を(すぼ)めて通り過ぎた。

 何故、此の複合重機は狂悖暴戻(きょうはいぼうれい)に我を忘れて終わなければならなかったのか。こんな馬鹿騒ぎが本望な筈が無い。自然の摂理に逆らって産み落とされた工作機械。唯只管(ひたすら)、酷使されるだけで、其の出自から土に還る事の許されぬ文明の雛形。テクノロジーと人類の共存と言う欺瞞と傲慢。延命措置で御茶を濁しているだけの怪造車輌が、死に場所と救いを求めて振り乱す加持祈祷。心神喪失の荒魂(あらだま)が鉄郎の吐胸(とむね)に迫る。天地万物、此皆(これみな)、大虚の一気より生じ、仁者は草木の一枝一葉すらをも、其の時、其の(ことわり)なくしては()む事(あた)わず。其れこそが万物一体、天人合一。

 火急の極地に在りながら慎々(しんしん)と息を秘そめる明鏡止水。其の姿見に、ダムの躯体を掻き毟る嵌合体と、インパネをハンマーで撲ちのめしている己の姿が重なり瓦解する鉄郎。手足の感覚が痺れて息が途切れ、半狂乱で振り下ろしていたハンマーの柄が汗で滑り、フロント硝子を叩き割ると、墨色の死の灰が降り注ぎ、後はもう自分の躰が何処に向いているのかすら判ら無い。母を襲撃された白魔の惨劇とは真逆の灼熱地獄と言うだけで、相も変わらぬ己の非力。彼の時とは異質な睡魔が、此の(うつ)し世から解かれる安らぎと肩を並べて、背後から忍び寄ってくる。(くずお)れた膝がデッキを叩き、薄れゆく意識の彼方で燃料タンクが爆裂し、操縦デッキの中を紅蓮の炎が怒鳴り込む。今、眼の前に在る死を畏れる感覚すらなく、暗転していく心の底に最期に残った三十一(みそひと)文字を、鉄郎は夢見心地で唱えた。

 

 

    天地(あまつち)のいづれの神を祈らばか

       (うつく)し母にまた(こと)とはむ

 

 

 

 始まりを知らぬ先史草昧(そうまい)の遙かなる常闇(とこやみ)壙大(こうだい)無辺の貫黙に()した悠久の(しとね)。其の微睡みを、今、神さびた辰韻(しんいん)が揺り起こす。虚世身(うつせみ)の頬に射した一筋の明滅。(かす)かな戦きは輝きを取り戻して紅漲(こうちょう)し、解き放たれた閃光が、BURTLEのロゴを滑らかに縁取り、幽顕(ゆうげん)の狭間を駆け抜ける。

 繊維の織り目で固着していたワックスが艶めき、息を吹き返す軍勝色(ぐんかっしょく)に枯れたエジプトコットン。コーデュロイの襟が鋭角に逆立ち、背中の空調ファンが起動すると、旋風を孕んだジャケットが()ためき、劫火天焦(ごうかてんしょう)()(はら)う。鉄郎を取り巻き、満身に巡った毒素を(そそ)ぎ落とす清涼な神風。窒素瓦斯?否、呼吸が出来る。と言う事は。頬を張られた様に目覚めた意識を錯綜する疑問符と感嘆符。神仏の()な心に護られているかの如き爽烈な結界。受け継がれた衣に宿る、袖を通してきた者達の歴史と叡智、身を護る力。此の乗馬服が、真逆(まさか)。変な祟り処の話じゃ無い。望外の潜在性能に戸惑う鉄郎。其の驚愕を光励起(こうれいき)結晶の臨界した銃咆が鬨の声を挙げ、背後から撃ち抜いた。振り返ると、ダムの底から撃ち放たれた鈷藍(コバルト)に煌めく一条の光弾が、木粉の波濤を貫き、蒼穹(そうきゅう)の頂きに忽然と突き刺さっている。網膜に焼き付く程の、其の(あま)御柱(みはしら)

 

    (かささぎ)が吼えた。

 

 俺を()んでいる。言葉が言葉と()る前の言葉が、獣詛(じゅうそ)が、息吹きが、此の俺を。認められた瑞喜に迸る鳥肌の和毛(にこげ)。胸郭を打ち鳴らして張り裂ける心拍。対して、天地転倒した霹靂(へきれき)に不意を衝かれ、(いさ)められたかの様に息を潜めて終った、嵌合体の狂乱と土砂の流入。どう言う風の吹き回しか、何を今更、片腹痛い。鉄郎はピックアップの上からジェットホバーに飛び乗り、天に召した光弾の残像目掛けて舵を切った。すると何を思ったか、牙を納めて(しば)し放心していた嵌合体は(おもむろ)(かぶり)を返し、直立の土管マフラーが追撃の狼煙を挙げて仲間達を(けしか)ける。障子破りの次は鬼ごっこかよ。好い加減、少しは御淑(おしと)やかにしてやがれ。鉄郎は凪いだ湖面を()ぜるジェットホバーを乗り捨てると、

 

  浪の下にも御空(みそら)(さぶら)ふぞ

 

 微塵の迷いも無く光弾の蹴立てた波紋に頭から飛び込んだ。どんなに空が広くとも、どんなに宇宙が無限でも、心に翼が生えていなければ人は飛べ無い。例えこんな、液体だか粉末だか判らぬ、()ぜっ返しの掃き溜めに呑まれても、人は雄々しく羽撃(はばた)ける。理屈なんてどうでも良い。有るが儘に感応すれば、開け放たれた心の扉が鵲の翼に()え変わる。息を継ぐ処か、眼を開ける事すら叶わぬ木粉の水底(みなそこ)。其の闇に、利を追わず、害を避けずに身を投じ、今、初めて(ひら)かれていく至界。逸る気持ちが追い付かぬ程、水と魚が惹かれ合う様に相通じる磁力。来る。真っ逆さまに垂没していく鉄郎を目掛けて、黒耀(こくえう)(やじり)が駆け昇って来る。緊緊(ひしひし)と迫る羽動が絶頂に達し、差し伸べた手に甦る会心の握り応え。舞い戻った戦士の銃。其の第一砲が鉄郎を戒める。

 

   是非射之射  ()(しや)の射に(あら)

   不射之射也  不射(ふしや)の射なり。

 

 身構える事すら許さず、両手をグリップに添えた鉄郎の人差し指を銃爪(ひきがね)に誘い、水底(みなそこ)に向かって光弾を穿(うが)つ鵲。其の反動で鉄郎の躰は爆発的に上昇し、湖面を突き破って宙に撃ち放たれた。限る物の無い真っ新な蒼天。木粉に閉ざされていた大気を肺の腑に満たし、時の流れが途切れ、重力の(かせ)を解かれた跳躍の頂に放心する。鉄郎は悠久の時の釣瓶(つるべ)を緩慢に舞い降りながら、何の気負いも無く銃を構えた。何もかも静止した虚空から鳥瞰(ちょうかん)する下界を、五月蠅(さばへ)なす嵌合体の群れだけが鉄郎目掛けて爆走している。無秩序な鋼鉄の争乱に啼哭(ていこく)を押し殺し、ダマスカスの渦文(かもん)が打ち震える戦士の銃。

 

   ()れを(やぶ)らんと將欲(ほつ)せば

       必ず固く之れを(たす)けよ。

         眞の武勇に私怒(しど)は無い。

 

 真言を唱える様に喉を突く言霊(ことだま)。随感随筆、不射の射に身を委ね、鉄郎が銃爪を弾き絞ると、手首、肱、肩と伝導した鼓脈が、心筋の古層に眠っていた雷管を撃針し、整錬された強靱な慈力が発莢(はっきょう)する。施条を(えぐ)り、千早振(ちはやぶ)る光量子のスパイラル。痺れを切らした血痰が口火を切り、嘴裂(しれつ)を究めるアークの咆哮が、誘起発光する大気イオンの(いか)()霏霺(たなび)かせ、鳴箭(めいせん)高らかな嚆矢(こうし)絶鋒(ぜっぽう)が、火達磨の嵌合体を物の一撃で轟沈した。蒼烈に伐ち降ろされし星辰(せいしん)一到の閃条痕。命中した光弾は継いで接いだ老体を姦通せず、憑き物を狙撃して灼き祓い、放生(ほうじょう)のスパークに抱擁されて我に返った嵌合体は、安らかな相鋼(そうごう)で綻びダムの底へと寂滅(じゃくめつ)していく。

 コマ送りで瞬く漂白した時の流れの中で、照星に眼路を重ねる事すら忘れ、鵲の面向(おもむ)く儘に銃身を揮い、石火光中を遊泳する鉄郎。標敵を求めず、餓龍に天睛(てんせい)を点す一斎(いっさい)掃射。撃ち浄められて渦中の泡と消える重機の(むくろ)達。其の後を追い、再び水没した鉄郎に後続の嵌合体が肉薄する。木粉に閉ざされた暗黙に埋もれながら、鵲の炯眼(けいがん)に導かれ、銃爪を弾く感覚も無い程に融け合い晶鳴していく鉄郎の空背身(うつせみ)と銃身。放たれた光弾が命中しているのかすら夢の途中で、迫り来る追撃が一つ、又一つと、鵲の呪力によって其の緊を解かれていくのを、鉄郎は唯、ダムの底に剛壮な質量が不時着した衝撃で朧気に数えていく。除籍された(つはもの)達の爽哭。輝ける闇を()き鳴動する弔鐘(ちょうしょう)の連鎖。其の地響きが又、元の木粉で仕切られた暗幕の向こうへ退いていき、気が付くと鉄郎はダムの湖面に大の字で漂っていた。

 降り注ぐ人工太陽の栄華。渓谷を吹き抜ける軽やかな薫風。太陽系の楽園が其の素顔を取り戻し微笑んでいる。と感慨に耽りたい処だが、未だ何も終わって無い。風向きが変わった途端、小鼻を(くすぐ)る肥沃な大気に、鋼材と化石燃料の焼ける刺激臭が割り込んでくる。取り敢えず小康状態を保っているが、何処の馬鹿が寝た子を起こすか知れた物じゃ無い。ズブズブと類焼しながらダムの提躰に沿って燻る嵌合体の鉄板焼き。ダムの底に沈んだ火達磨の嵌合体も其の火種は脈々と底流している事だろう。そして何より、鉄郎の強張った人差し指を銃爪が其の任から解こうとし無い。一体、何を探知し、何が待ち構えていると言うのか。臨戦態勢の儘、最後の仕上げに勇む戦士の銃。眼路を返すと、主を出迎える忠犬の様にジェットホバーが直ぐ脇で漂っている。其の躾の良さを自画自賛しながら、木粉を滴らせて乗り込んだ鉄郎は、鉛の様に鈍重な己の躰に驚いた。有りの儘に身を心を任せていただけの鵲とのランデブーが、真逆(まさか)、此程の消耗度とは。然も其の上、銃爪だけでなく、握り込んだグリップまでもが右の掌から引き剥がす事が出来無い。此では一蓮托生処か、完全に主従が転倒している。

 「全く、彼の馬鹿と言い、人使いの荒い御雛様だぜ。」

 鉄郎はパンパンに張った腿と(ふく)(はぎ)を庇って膝に手を当てながら、不安定なジェットホバーの操縦席に立ち上がると、戦士の銃から揮発する玲気(れいき)に促され、天に翳した両手を頭上で組み、肺の腑で(くすぶ)雑駁(ざっぱく)と呼気を整え、黒耀の煌めきに潤む銃口を(しず)かに振り下ろした。此奴は眼で狙い、指で鉄爪を引く玩具では無い。研ぎ澄まされた異能の嗅覚が次に狙う獲物は何なのか。此の鶏澄(とりす)ました化鳥(けちょう)の旦那が、盆に立て膝で振る賽の目だ。一度でも(すか)かしを喰らっていたら、今、此処にこうして居ないだろう。数多(あまた)の死線を潜り抜けた不死鳥が眦を決する湖面の一画。鉄郎は鉄火場の快哉が煽る不届きな微熱に火照りながら、貧乏籤を引いた事の無い銃爪に力を込めた。将に其の時、

 鵲の機先を制して、山が再び動き始めた。液状化した木粉の粒子が俄に色めき、宿意を帯びた悪寒がその厖大な堆積を駆け巡る。渓颪(たにおろし)と戯れていた浪の花の鈴生(すずな)りが針の筵の様に(そばだ)ち、取り乱した鶏冠(とさか)が打電する異形のパルス。其の卦体(けたい)文波(あやなみ)が瞬く間にダムの全域を埋め尽くし、奇色ばんだ情念の顔面神経痛が不協和な合成周波音を(ども)り立てる。何を口籠もっていやがるのか。厭わしき此の世への呪詛か、呪われた己の存在を嘆く哀訴か。右肩上がりに高調していくブツ切りのアルペジオ。其の無限ループの同心円が見覚えの有る、地に堕ちた金環日食の輪舞輪誦へと転調し、(さか)しらな矩形波と三角波の乱脈が湖面を覆い尽くして捻転する。趣味の悪いフィナーレを演出する、勿体振った闇のベールに波打つジェットホバー。水面下で(ひし)めく豪荘な地鳴りと共に、スペアノイドの手足と瓦礫が泡沫に乗って湧き上がり、折り重なって沈没したプラントの躯体を押し退けながら、湖底に力尽くで封じられていた何物かが迫り上がってくる。

 モーゼの海割りと方舟伝説を闇鍋にした劇動に身構える鉄郎。然し、海底噴火の様に隆起した文波を突き破って現れたのは、幻の大陸でも無ければ、樵の斧を拾った神様でも無かった。叩き割られた窓と平行四辺形に傾いだシャッターの隙間から液状化した木粉を吐瀉しながら浮上したスレートの半壊建屋。其の難破した建築廃棄物の草臥れ果てた姿は、鉄郎の華麗な戦歴と、ラスボスとのバトルを飾るには矢張り見劣りがして終う。

 「何だよ又、此奴かよ。普通、最後の見せ場ってのは一番金を掛ける処なんじゃねえのかよ。此じゃあハリウッドの資材置き場の方が増しだぜ。後になって撮り直し何て言われても知らねえぞ。」

 鉄郎がジェットホバーで建屋に乗り込むと、其処はRCの型枠を始めとする廃材と、此の星の自生林から伐り出した原木を積み上げた破砕ヤードで、グラップルの爪をアタッチメントした油圧ショベル、ホイールローダーが肩を並べ、要所に磁選機を吊す、入り組んだベルトコンベアの端末にイーグル破砕機が据えられ、何を動力にしているのだか強引に稼動し、破砕したチップを二次破砕機へと送り続けている。

 工業用ホチキスで襤褸を接いだコンベアベルト。ベアリングが飛んで用を為さ無いコンベアロール。ブリキとコーキングで応急処置をしたスクリューコンベアの胴体や、破裂したダクトシュートにホッパー、有りと有らゆる綻びから駄々漏れの破砕チップ。酸化して朽ちた軽量鉄骨架台を、黒煙を上げて激震する大容量モーター。ダルダルに伸び切ったローラーチェーンに、殆ど歯の摩滅したチェーンホイール。旧世紀の遺物で在りながら、何もかもが唯、可動部にグリスを塗りたくっているだけで、まともなメンテも補修もされず、建屋の躯体も設備の筐体も歪に傾いでいる。屋根の母屋とB梁(びーばり)から滴り、屋内を舞う木粉の驟雨(しゅうう)を浴びながら、限界を超えた金属疲労を異音を我鳴り立てて訴えるプラント機器の慟哭に、同じ継ぎ接ぎの満身創痍でも表を自由に駆け巡る事の出来る嵌合体の方が、鉄郎には数段幸せに見えた。

 打ちっ放しのコンクリートを浸す液状化した木粉を蹴立てて、床に散乱した廃材を掬い、無人のホイールローダーが崩れ落ちた廃材の山を積み直しては、随時、イーグル破砕機に投入していく。完全にプラントが分断されてしまっていると言うのに、廃材を塵から山へ、山から塵へと移し替える反復作業。律儀に愚直を貫くのは結構な事だが、そんな小芝居、ISOの査察じゃ有るまいし、鵲の千里眼には通じない。醒め醒めと綺羅めく黒耀の警戒色。光励起結晶の幽かな揺らめきが鉄郎の心拍を衝いて(さざ)なみ、機に臨んで待つ事を知る撃鉄は凛然と寡黙を貫いている。平静を装う獲物を見据えて鉄郎は躰の力を抜く様に息を整えた。そして、戦士の銃を構えようと(おもむろ)に腰を据えた途端、廃材の頂きが頽れ、滑落した木片の奔流が鎌首を擡げて蜷局を巻き、積み荷を降ろしに来たホイールローダーを猛然と薙ぎ倒した。蛇淫に呑まれ濁龍する廃材。桜吹雪の様に鱗舞する木片のマトリクス。化けの皮を剥がされた大虬(みづち)が、有機的に変態する無機質な威嚇蠕動で繰り出す、引き際の悪い依怙地(いこじ)な反抗。積み上げられていた廃材が飛瀑を裂いて天翔る様に構内を縦横無尽に龍巻き、其の瓦礫の山に埋もれていた御本尊を曝け出した。

 「繧ェ繧、縲∵掠縺城幕縺代m縲」

 「蛻、縺」縺ヲ繧九?よ?帝ウエ繧九↑縲」

 「譌ゥ縺上@縺ェ縺?→菫コ縺セ縺ァ遐エ遐輔&繧後■縺セ縺?□繧阪?」

 「縺?縺」縺溘i縺雁燕縺後d縺」縺ヲ縺ソ繧阪?」

 「繧ゅ≧濶ッ縺?????縺代?∽ソコ縺後≧縺?∞縺√≠縺ゅ≠縺ゅ=縺√≠」

 廃材の暴風雨の直中で、電脳蠕虫(ワーム)傀儡(かいらい)と化したスペアノイド達が円陣を組み、逆関節に四肢を捻って痙攣している。リベラルアーツの専売特許、モラトリアムのヒステリーとは又、一味違う毛色の神経発作で狂奔する、木偶(でく)の坊達の空騒ぎ。何時もの様に、皆で御手々と御手々を繋いでイマジンやボブ・ディランを合唱しているのでは無いらしい。そんな文化祭の余興で世界の平和を守れると夢想している連中は、機族達の餌食になるだけだ。此のスペアノイドの酔宴は胸糞の悪い類感呪術に(まみ)れている。然も其の座の中心に彼の馬鹿のアタッシュケースが鎮座しているのだから、何をか言わんや。鉄郎は漸く辿り着いた腐れ縁に痛快な吐き気を覚えた。奴に止めを刺すのは此の俺だ。彼の金蚉(カナブン)みてえな(けつ)に此の鵲を撲ち込んでやる。

 鉄郎は玉せせりに群がるスペアノイドに照準を合わせた。然し、人差し指を添えた銃爪は冴え冴えと白けている。余所見でもしていやがるのか、将又(はたまた)、電池でも切れたのかと思っていると、アタッシュケースを奪い合い、何事か罵り合うスペアノイドの一人を無人の油圧ショベルが鷲掴み、イーグル破砕機に放り込んだ。超硬肉盛りされた死の爪に噛み砕かれて構内に響き渡る文字化けした断末魔。コンベアベルトに乗った其の斬骸が磁選機で合板の原料になるチップと振り分けられてシュートを潜り、バケットから溢れ床に山積みとなった鉄屑と合流して、スクラップの稜線を転げ落ちる。筈が、シュートから吐き出されてくるスペアノイドの斬骸は先を争って鉄屑の山に突撃し、其の中枢に潜り込んでいく。

 何処でそんな細かい芸を覚えたのか。スクラップの山に擬態化した巫術(ふじゅつ)の生け贄に鉄郎は舌を巻き、物憂げに浮揚する合板事業から逸脱した悪趣味なリサイクルに照準をスライドした。粉々に砕かれた四肢を回収する鬼界の引力。恐らく十数体分は在るだろう。スペアノイドの斬骸が磁場の底に落ちたスペースデブリの様に中空で一塊りに凝結している。吹き荒ぶ大虬(みづち)の御乱心なぞ足元にも及ばぬ畏妖(いよう)瘴気(しょうき)。どうやら調伏(ちょうぶく)するのは此奴の方だ。流石に今度ばかりは鵲も喉を鳴らし、鉄郎を(けしか)ける。こんな瓦落多(がらくた)形代(かたしろ)の供物に(かくま)われて、どんな御神体が(まつ)られていやがるのか。出し惜しみする程の物なのかどうか。厨子(ずし)の奥から引き擦り降ろして確かめてやる。鉄郎は今にも飛び発とうと身を乗り出す流線型の霊銃に、一向(ひたぶる)に敏な神気を重ね、臨界に達した星の(やじり)に、機械仕掛けでは無い其の命を吹き込んだ。

 腰を落とし躰の芯で諸手に構えたハイグリップの反動が、肱から肩へ、胸郭から心の臓へと突き抜ける。蹴汰魂(けたたま)しい光励起結晶の兇振。銃口から迸る鈷藍(コバルト)の条痕が唸りを上げ、スペアノイドの擂り身で練り固めた蜂の巣の土手っ腹を直撃し、其の風穴から燦爛する翡翠(ひすい)の稲光が視界を覆い尽くして目眩(めくるめ)く。構内を席巻していた大虬(みづち)野分(のわき)が吹き飛ばされ、陥没した頭部、二の腕か(ふく)(はぎ)かも判らぬ斬骸が乱反射する凄絶な珀劇。戦士の銃が撃ち抜いた爆心を破邪顕正(はじゃけんしょう)の光背の如く輪転する降魔(ごうま)(いか)()。其の放電の坩堝を翳した指の隙間から覗き見た鉄郎は、減衰し始めた光源の正体に絶句した。鵲の光弾を返り討ち極太のアークを全方位に放射する翡翠の宝玉。構内の騒乱を征する圧倒的な覇濤。そして、其の呪力すら霞む魔性の妍容(けんよう)。此奴はとんだ御開帳だ。鉄郎は探し求めていた物に出合えたと言うのに、込み上げる辟易を誤魔化す事が出来なかった。

 薄く紅を挿した陰りを知らぬ白磁の諸肌。羽を休めた鳳凰かと見紛う金色(こんじき)垂髪(すいはつ)。書聖の真筆の如き睫毛を霏霺(たなび)かせ、此の宇宙のどの天体よりも(まばゆ)く儚い星眸(せいぼう)。蛾眉を(くだ)尖鼻(せんび)へ抜ける(たお)やかな梁線。唇紅(しんく)を零れる幽かな皓歯。そして何より、胸元で僅かに放電し続ける勾玉(まがたま)のネックレス以外、一糸纏わぬ絶世の旺裸(おうら)

 

    霍公鳥(ほととぎす)來鳴(きな)五月(さつき)短夜(みじかよ)

      ひとりし()れば明かしかねつも

 

 遅かったわね。」

 不敵な囁きを苦遊(くゆ)らせてメーテルが散り散りの機塊を踏み分けて降りてくる。着ても婆娑羅(ばさら)、脱いでも婆娑羅。(あや)しうこそ物狂ほしけれ、とは此の事か。桜の(はなびら)の様な乳首が天を衝く、瑞々しい小振りの乳房。(あで)やかな(しな)を絡める両の(かひな)。小脇を伝い蜂腰を愛でる雅な旋律。有らゆる理性を跪かせ、崇拝の域に達した蠱惑(こわく)痩脚(そうきゃく)。垂髪から覗く牝尻(めじり)の、仙骨に浮かんだ左右の(えくぼ)。切れ上がった小股に秘した独片(ひとひら)の花園。神話を彩る女神の様に、皇然と非現実のヌードを惜しみ無く曝け出す謎の女。美しいとは此の馬鹿にのみ許された固有形容詞なのか。狂乱の渦中に自ら飛び込み、掠り傷処か顔色一つ変えず、純粋培養された妖肢を欲しい儘にする不滅の幽女。鉄郎は改めて、こんな出鱈目な女の為に身を粉にしている己の境遇に悄然とした。そして、此の騒ぎの総てが、裸賊のマネキンが仕組んだ自作自演ではないのかと、狐疑に傾いでいると、

 「何処で拾ったのか知らないけど、洒落た物を持ってるじゃないの。丁度良いわ。其れを使ってもう一仕事してもらおうかしら。」

 「もう一仕事?」

 「折角だから、此処の後片付けをしてから列車に戻りましょう。」

 「そうかい、なら精々、テメエの背中に気を付けるんだな。」

 恥じらう素振りの全く無いメーテルに気圧されて、鉄郎は戦士の銃を突き付けた儘、怒鳴り返した。誰の所為でこんな目に遭っているのか。片付けるのならお前が先だ。照星の先に獲物を睨み付け、無理を承知で鵲に訴える有りっ丈の殺意。然し、メーテルはそんな小兵の啖呵を純金にアップグレードした銀河の如き垂髪を(ひるがえ)して斬り捨て、其の豊かな錦糸で覆われた盆の窪に手を差し入れてコスメスティックを取り出すと、逆関節でスペアノイドが絡み付いているアタッシュケースに向かって光励起の撻刃(たつじん)を振り下ろし、返す刀で釣り込み引き寄せた。そして、宙を舞うコルドバの伯楽に肩口から真一文字に差し伸べたスティックの切っ先を突き付けると、メーテルが眼差す虚空に時の流れは窒息し、(はりつけ)にされた放物線の直中で其の禁を解かれた鍵穴が、絡み付いたスペアノイドを引き千切って、堅牢不抜の封印を開け放った。木粉に取り憑く物の怪の(おそ)れていた、玉手箱の様に溢れ返る絢爛たる瑞光。天衣無縫に舞い上がる鮮風。金色の垂髪が帆を孕んで煌めき、仙山桃質の頬が紅潮して吊り上がると、メーテルは建屋の外を一瞥し、再び火勢を増した湖面に柳眉を逆立て、アタッシュケースの白烈に滔々(とうとう)と天意を問い質した。

 

   戊辰(ぼしん)(ぼく)して、雪()う。

       (だく)なるか。

     (ここ)に雨ふらざるは、

        帝はこれ()(いふ)(たたり)するか。

           不若(ふだく)なるか

 

 畏迫漲る声調律動。風雲星辰に言問ひ、雨の有情に訴える宇気比(うけひ)の陶然とした呪誦(じゅしょう)吐胸(とむね)に轟く神代の調べに鉄郎は慄然とした。神薙(かみな)ぐ者にのみ許された失禁寸前の半壊した美貌。あられも無い裸身を(たぎ)る、巫祝(ふしゅく)の血統に粟立つ鳥肌。毎朝、(あば)ら屋の壁の隙間から覗いた恍惚の隻影が、今、其処に居る。倒木に一輪の花を咲かせ、沙漠に潮騒を呼び寄せる奇蹟の所業。天変地異をミリ単位、秒単位で予知する異能の羅針。母の面影を、生き写しを超えた、燃え盛る霊験。不毛の大地に、荒ら屋の土間に、灌木の小枝で書き付けた不穏な甲骨文字の羅列が在り在りと甦る。

 「お前は誰だ。」

 力無く銃の構えを解き、鉄郎は彼の時と同じ声に()ら無い言葉が喉に支えて、唯、母から受け継ぐ血が騒いだ。滅ぼされた祖霊も恩讐(おんしゅう)を超えて駆け付け奉仕する(いにしへ)祭祀(さいし)。其の吉凶成否を言祝(ことほ)ぎ、俄に掻き曇る祥雲。の筈が、

 業火を諫める恵みの慈雨が駆け付ける処か、行き成り、架台の柱に掴まっていないと立っていられぬ直下型の激震が建屋を襲い、荒れ狂う湖面の彼方で、鉄筋コンクリートの団塊同士が激突する地響きが轟いた。捨て身の巨人が殴り込むが如き、粉骨砕身の衝撃。岩盤が軋みを上げ渓谷が傾ぐ其の驚天動地に、鉄郎は直感した。追い詰められた木粉の狐憑きが、瀕死のダムの堤体に分断されたプラントの躯体を死に物狂いで叩き込んでいる。此の儘では拙い。と焦る間も無く、崖崩れと津波の抱き合わせが運命の扉を抉じ開けた。此の世の終わりを告げる未曾有の大怨鐘(だいおんじょう)。ダムの底が抜けたかの如き水位の急転直下に躰が宙を舞い、上流に突き飛ばされた窓外の景色が、問答無用で押し流されていく。

 「余計な事してんじゃねえよ。此の疫病神。」

 宙に浮いたアタッシュケースに片手を突いて平然としているメーテルに向かって、鉄郎はH鋼の柱に獅噛憑いてバウンドしながら喚き散らした。決壊したダムの堤体を突破して、木粉の土石流に呑まれ下流へと雪崩落ちる怒濤の強制連行。嵌合体(キメラ)御戯群(おたわむ)れなぞ比では無い。川伝いに密集する総ての事物を瞬殺で泥濘(ぬかるみ)の闇に葬る天魔の暴虐。此の勢いでは(おみな)四阿(あづまや)なぞ一足飛びで轢き潰して終う。こんな鶏ガラみたいなストリップと破れかぶれの逃避行なんてしてる場合じゃ無い。然し、立ち上がる事すら儘ならぬ此の激流の直中で一体、何をどうすれば良いのか。為す術の無い鉄郎は手の皺と一体化した鵲のグリップを額に押し当て、一心に拝み倒した。すると、

 「あらあら、困ったわねえ。山と海しか無い星だから、今日は早仕舞いにしようと思っていたのに、此なら始めから下請けの星掃業者に任せれば良かったわ。」

 此の一大事に、風呂上がりのバスタオルが見付からぬとでも言った(てい)(へそ)を曲げる、パンツの穴から産み落とされた様なやさぐれヴィーナス。つい先までの真に迫った(うけ)ひの祷命(とうみょう)は何だったのか。余りの言い草に耳を疑っていると、慎みの欠片も無い溜め息を小鼻に引っ掛けてアタッシュケースに向き直り、今一度、巫祝(ふしゅく)の血統を焚き付けた。

 

     戊辰(ぼしん)(ぼく)して、雪()う。

        帝はそれ()(いふ)()へしめんか

 

  氏族と地霊を断絶し、都邑(とゆう)の滅亡を言挙げる最後通牒。其の前に上奏した小火(ぼや)の後始末とは(こと)()の強度が違う。人身供犠の戦慄に逆立つ金色の垂髪。蜘蛛の巣の様なプラズマに羽交い締めにされ宙空で絶頂するメーテル。アタッシュケースの放射する光束が屈曲して、甲骨文字の彫哭(ちょうこく)(かたど)り、飴色に燻る其の烙印が、堰を切って荒ぶる激流を全身写経の如くに覆い尽くして、灼き尽くす。打ちっ放しの躯体に撲ち込まれていたベースのメカニカルアンカーが吹っ飛び、H鋼を抱き枕に転げ回っていた鉄郎は、高台に逃れたは良い物の最早此までと追い込まれた其の刹那、母が人柱を名乗り出、波間に没した途端、立ち所に潮の退いた津波の猛追が甦った。

 粉塵爆発を振り翳す事さえ許さぬ甲骨の呪縛に身悶え、見る間に混濁する氾濫の勢い。張り巡らされた卜辞(ぼくじ)に蝕まれ、螻蟻潰堤(ろうぎかいてい)竹篦返(しっぺがえ)しを喰らった土石流は、矢も盾も堪らず建屋の躯体を放棄して逆走し始め、担ぎ手の逃げた御輿は失速し川縁の木立に突っ込んで座礁した。

 「遣れば出来んじゃねえかよ、馬鹿野郎。始めっから気合い入れて念じやがれ。」

 古儀の奇蹟を罵りながら鉄郎が建屋から飛び出すと、置き去りにした残骸と入れ違いに、岩漿(マグマ)が覗く亀裂の様な刻辞を引き擦って、木粉の(さざなみ)が上流へと退避していく。こんな木屑の騒霊に帰る場所なんて在るのか。此処で止めを刺さないと、又後で何を仕返すか判ら無い。然し、深追いをした藪の中で、虎の尾を踏みでもしたら。等と、下種(げす)の浅知恵を弄していると、木粉の引き潮が突如、旋毛(つむじ)(そばだ)てて例の鎌首を絞り出し、虫の息で喘ぐ大虬(みづち)の化身が、群がる甲骨の烙印を振り解く様に其の逆鱗を振り乱した。最後の足掻(あが)きに色めく(よこしま)な大気。唐突な気圧の急降下に鼓膜が痺れ、形振り構わぬ上昇気流に、原生林の梢が浮き足立つ。陣風を(まと)(よろめ)きながら身を伸ばす蜷局(とぐろ)の尖端が、地獄に垂らした蜘蛛の糸を伝う様に虚空を()じ登り始めた。積乱雲も漏斗(ろうと)雲もない蒼穹(そうきゅう)に巻き上がる木粉の磁吹雪。蛇腹に鞭打つ螺旋の悶絶が、猛烈な膂力で吊り上げられていく。虹蜺(こうげい)の霊獣が天空の住処(すみか)へ還るとか、そんな御上品な代物じゃ無い。真逆、此の星から高飛びする気なのか。猖獗(しょうけつ)を究めた騒乱の末路を茫然と見上げ立ち尽くす鉄郎。其の手の中で息を潜める鵲が、背後から歩み寄る跫音(あしおと)に脊髄反射し、振り返ると其処に奴が居た。

 「人工太陽を足掛かりにして圏外にエスケープする気よ。苦し紛れにしても芸が無いわね。

 

   むささびは木末(こぬれ)求むとあしひきの

       山の猟夫(さつお)にあひにけるかも

 

 介錯(かいしゃく)を執って上げるのがせめてもの情けよ。」

 アタッシュケースを提げて現れたメーテルは、憔悴した面差しで足許がふらつき、其の労わしい様が又一際、高慢な裸体を(あで)やかに彩っている。余程の消耗なのだろう。何時もの憎まれ口に歯切れも無ければ、毒も足り無い。血の気の失せた頬に見開かれた星眸だけが炯々(けいけい)と瞬き、(おおとり)の巣の様な乱れ髪を掻き上げて、メーテルは物憂げに呟いた。

 「遣って御終い。」

 其の一言で鵲の目方とグリップの握りが一回り増し、猛禽の鉤爪が鉄郎の心の臓を鷲掴む。見上げれば、他人事の様に照り付ける人工太陽の白けた睥睨(へいげい)。死に物狂いで蜘蛛の糸を手繰る大虬(みづち)の醜末。鉄郎は戦士の銃を最上段に掲げ、血気に逸る銃爪諸共、呵責無き天の仕打ちに指を弾いた。銃口から踵を突き抜け、コンクリートの躯体を穿(うが)つ鉄槌の如き反動。擦過した黒耀の矢羽に人工太陽が掻き曇り、脳圧と眼圧で弾けそうな瞳が闇に呑まれると、日蝕の(とばり)に伏した天津地(あまつち)を不滅の皇輝が晶破する。銃口から(そび)え立つ鳳雷の金輪で束ねた心御柱(しんのみばしら)。其れ迄の銃撃を遠い日の花火へと追い遣る武力を超えた光弾が、天幕を降ろされ、行き場を失った蛇淫の乱気龍を撃ち砕く。光と熱と音の境界が煮え滾る水銀の様に融解し、新しい天体が産み落ちたかと見紛う程の波動が錯爛する。

 天の頂き目掛けて突き上げた銃身を蠢くダマスカスの渦文が激しく共振し、其の質量を増しながら鉄郎の肩、腰、膝に()し掛かり、心の臓を鷲掴む鵲の鉤爪が喰い込んで、鉄郎は息を継ぐ事すら儘なら無い。此の威力は生身で支え切れる限界を超えていくのではないのか。此の一撃に全身全霊を捧げろとでも言うのか。俺を人柱にする気か。確変した戦士の銃が叩き出す渾身の負荷に、鉄郎は押し潰され、精気を奪われ、身の危険を超えた恐怖から逃れる事すら出来ずにいると、鎌首を討ち獲られ暗天に燃え盛る大虬(みづち)の化身の後を追って、其の紅蓮地獄に、垈打(のたう)ち回っていた木粉の瀧昇りが地上から引き擦り込まれ始めた。対流する煤煙が雷雲を喚び、ドス黒い雲底から稲光と灰の雨が降り注ぎ、鉄郎の頬に弾ける一粒の墨の(つぶて)。芋蔓式に終息していく竜頭蛇尾を見届けて、銃口から昇天する量子の御柱(みばしら)が厳かに減衰していく。(たけ)り立つ銃身が不図(ふと)、宙に浮き上がって弛緩し、銃爪に巻き込まれていた指が(ほど)けると、振り翳していた両腕が膝元まで瓦解し、握力を失った掌を擦り抜けた戦士の銃が、足許のコンクリートを叩いて撥ねた。

 其れ迄の迫撃と脅迫が無かったかの如く(ひそ)やかに横たわる黒耀の彗翼。操る者の命にも拘わる此の銃の本性を鉄郎は垣間見て終った。嫗の息子も此の銃の魔力に呑まれて終ったのかも知れない。然し、男が一度旅に出て手振らで帰る事なぞ出来ようか。糊付けされた未洗いのデニムの様に硬直した背筋を屈めて戦士の銃を拾い上げ、鉄郎は今一度、降り注ぐ煤雨に顔を(しか)めながら天地の逆転した劫火の煉獄を仰ぎ見た。星を超えて猛威を揮う未知の災禍と、其れを一撃で調伏する鵲の怪力乱神。此が宇宙と言う物なのか。駆け出しの主人公には荷が重い、余りに劇的な冒険譚の一(ページ)を夢遊病の様に漂う鉄郎。すると、

 「何を(ぼんやり)してるの。駅に戻るわよ。もう、此の星に用は無いわ。」

 傘代わりにアタッシュケースを頭に載せたメーテルが、白檀のヴェールを(ひるがへ)して鉄郎の脇を通り過ぎ、建屋の隅に追い遣られているジェットホバーの元に歩いていく。

 「俺のNSRに触るんじゃねえ。オイ、聞こえてんのか、オマエだよオマエ、其処の76のAカップ。金蚉(カナブン)みたいなケツしやがって。フルチンでウロウロしてんじゃねえよ。」

 景気の良い啖呵(たんか)とは裏腹に、鉄郎は脚が震えて直ぐには動けなかった。腰に手を当て膝の皿に何かが挟まっている様な歩き方でメーテルの後を追うと、垂髪から見え隠れする仙骨に浮かんだ(えくぼ)が、ジェットホバーの運転席を跨ぎながら淑やかに微笑んだ。

 「神輿はね自分で歩いちゃ駄目なのよ。」

 

 

 

 

 西日を背にした上流のドス黒い雷雲に眼を細め、嫗が桟橋のボラードに腰を下ろしている。逢魔(おうま)が時を迎えて暮れ(なず)(せせらぎ)。原生林の放埒な住民も鳴りを潜め、葉陰に潜んでいた蛍の(ともがら)が、一つ又一つと其の身を点し始めた。清流と戯れる科戸(しなと)微風(そよかぜ)が、熱帯の鬱蒼とした大気を澄み渡る夜気に塗り替え、初夏の白昼夢が真夏の夜の夢へと(うつ)ろい、張り詰めていた総ての物が(なだ)らかに解晶していく。苫の屋から岸辺に降りていく飛び石の脇で、不躾(ぶしつけ)咀嚼(そしゃく)と放屁を繰り返している有機発酵原動機付き騾馬(らば)。其の二頭が同時に藪の中に突っ込んでいた首を引き抜いて耳を(そばだ)てた。

 「おやおや、最近の若いのは凄い格好でデートするんだね。」

 夕闇の葦簀(よしず)を潜り滑走するジェットホバーに、全裸で箱乗りのメーテルを見付けて快哉(かいさい)を挙げる嫗。誇らしげにドリフトを決めて桟橋に横付けした鉄郎は、帰りを待っていてくれる存在と、其の期待に応えた充足感で顔が綻びそうになるのを必死で堪えた。

 「随分と派手に遣つた様だね。此の星は農業が盛んだつた頃の地球みたいに、慢性的に二酸化炭素が足り無いからね。化石燃料も無尽蔵に湧き出てこ無いし、燃える物なら借用書でも卒塔婆でも、何でも灰にしてくれた方が良いんだよ。其れにしても、随分と良い眺めだね。」

 鉄郎の投げた係留ロープをボラードに縛りながら、嫗がメーテルの露わな乳房に眼を遣ると、鉄郎は膝を庇いながら桟橋に降り、ガンベルトを外しながら顎を(しゃく)った。

 「嗚呼、洗濯板の押し売りになった気分だぜ。こんな売れ残りで良かったら、婆さんの処で使ってやってくれよ。」

 「未だそんな口を叩く元気があるんだねえ。女の心と体つてのは男に揉まれて大きくなつていくんだよ。今、着る物を持つてくるからね。一寸待つてな。」

 「婆さん、此のノーブラ馬鹿の事なら気を遣う事ねえぜ。こんな扁平足みたいな胸、誉めて伸びるタイプかよ。恥ずかしくて隠すような代物じゃねえんだから、手拭いでも巻いてりゃ良いのさ。そんな事より、有り難う、婆さん。流石に其処等の豆鉄砲とは物が違ったぜ。」

 鉄郎がそう言って戦士の銃を返そうとすると、嫗は神妙な面持ちで首を横に振った。

 「鉄郎、其れはもう、御前さんの物だよ。」

 嫗に自分の名を呼ばれ、鉄郎は生まれて初めて小さな何かを成し遂げた様な気がした。佳い男に成って還ってこい。茶掛けに踊る雄渾の三文字と己の名前が、今、寸分違わず重なり合う。

 「ジャケットも其の儘、着て行きな。此の旅を終へる頃には丈が短くなつてるだらうから、折り返して戻つて来るやうなら内に寄りな。袖と着丈を直して上げるよ。」

 新しい息子を眩しそうに(みつ)める其の眼差しに、鉄郎は胸が支え、唯、黙って頷いた。

 「息子が帰つてくるのは略略(ほぼほぼ)諦めてるけどね。鉄郎が又、此処に戻つてくるつて言ふのなら、もう少し此の躰の儘、頑張つてゐやうかね。鉄郎、其処の騾馬に乗つて行きな。此の子達は自分で戻つてこれるから、駅に乗り捨てた儘で構は無いよ。」

 嫗の厚意に甘えてメーテルは浴衣を羽織り、二人で騾馬の荷車に乗り込むと、鉄郎は戦士の銃を取り出して、黒耀に蠢く流線型の渦文(かもん)を繁々と瞠めた。

 「婆さん、此の銃は中々大したタマだぜ。人や物事を引き付ける力が有る。此奴を持って旅をすれば、其の内、婆さんの息子の消息にも突き当たる様な気がするぜ。どうせ場末のコロニーか何処かでゴロゴロしてるんだろう。見付けたら首に縄を掛けて連れてきてやるよ。」

 「さうかい。其れは有り難うよ。でも、無理をするんぢや無いよ。」

 「へっ、人の事を心配する前に、精々養生してやがれ。」

 湿っぽいのが苦手な鉄郎は、込み上げてくる熱い物を払い除けようと、派手に鞭を振り降ろした。然し、驢馬二頭は(なまくら)に放屁を返すだけで一歩も動か無い。まるで、下手に旅を続けるより、此の星に留まった方が良いのではないのかと、無法の宇宙で天寿を全うするのは並大抵の事では無いだろうと、もう一人の鉄郎の声を代弁するかの様に、悠然と尻尾を振って(とぼ)けている。確かに、地球と較べたら此の星は天国だ。上手く遣っていける処か左団扇で御釣りが来る。だが、鉄郎は気付いて終った。安らぎよりも素晴らしい物に。機畜の分際で少し気の利いた事をする厚い尻の皮を、最後の未練を断ち切る様に蹴り飛ばし、必ず又此処に還ってくる事を、鉄郎は今一度、高らかに誓った。

 「達者でな。」

 血相を変えて駆け出した騾馬の(いなな)きに、岸辺の叢に(とど)まっていた明滅が一斉に飛び立つと、夜空の星々と交わる蛍火を仰ぎ、嫗は()()みと独りごちた。

 

 

    行く螢雲の上まで()ぬべくは 

       秋風吹くと雁に()げこせ

 

 

 星の原野を鉄路で(かけ)郎子(いらつこ)。良く付けたもんだよ。其の名を授かつた其の時から、宇宙を旅する運命だつたのかも知れないね。運命なんて絵空事、口にするのも(やわ)な話しだけど、生身の躰で命を運ぶ総ての所業は、旅に通じて、彷徨(さまよ)ひ続ける物なのかも知れ無いね。」

 

 

 「御苦労さん。」

 駅前に到着し、荷馬車から降りた鉄郎が騾馬の尻を平手で叩くと、放屁に身構える鉄郎に長い睫毛の垂れ下がる潤んだ瞳で何事か訴えながら、騾馬は気怠(けだるく)(ひづめ)を返し木立の中に消えていった。先に降りた浴衣を着流しのメーテルは、改札の中で待っていた車掌に浴室の(あつら)えを言い付けてアタッシュケースを渡し、独りホームを歩いている。鉄郎はウォバッシュスのベストからパスを取り出して木粉を払うと、其処に記名されている自分の名前が何時もより少し大きく見えた。地球のメガロポリスステーションでは恐る恐る差し出した乗車券を、今、胸を張って車掌に手渡す星野鉄郎が其処に居る。

 「御帰りなさいませ、鉄郎様。」

 拝借した乗車券を確認した後の車掌の愚直な最敬礼が、何時もと違い、業務上の堅苦しい作法を越えて迫る物が有り、其の照れ臭さを誤魔化す様に鉄郎は話を切り出した。

 「実はさあ、車掌さんに借りた銃、色々と在ってさあ、無くしちまったんだ。」

 「何を仰有います、鉄郎様。気で気を病む事は御座いません。メーテル様と鉄郎様がこうして無事戻って来られたのですから、其れが何より。抑も初めから、彼の銃に弾は籠められておりません。」

 「何だって。其れじゃあ何の意味も無いじゃないか。いざって言う時の為に渡したんじゃ無いのかよ。」

 「では鉄郎様、銃に弾が込められてい無いからと言って、総てを銃の所為にするのですか。そんな事では先が思い遣られます。弾が入っていようといまいと、為すべき事を為す。唯、其れだけの事。物事が上手く行かないのを道具の所為にしたければ、棺桶の中ですれば良いのです。誰の迷惑にも為りません。鉄郎様は現に今、素晴らしい銃を御持ちでいらっしゃる。其れが総てを物語っております。此も(ひとえ)に鉄郎様の智徳の為せる業で御座いましょう。天が人に大任を与えようとする時、先ず其の心を苦しめ、其の筋骨を(さいな)み、飢えを知らせ、歩むべき道を迷わせる。斯くして、天は人の心を刺激し、性質を鍛え、其の非力を補うので御座います。御帰りなさいませ、鉄郎様。良くぞ御無事で。」

 まるで事の一部始終を見届けていたかの様に、目深に被った制帽の(つば)から覗く、暗黒瓦斯(ガス)の相貌に点った円らな瞳が、嘘偽りの無い敬意で瞬き、車掌は改めて腰を屈曲した。何処の御客様でも無く、999の乗客で在る事の矜持が鉄郎の中で小さく綻び、一時の休息を求めて歩き始める。夏虫の一足早い閑吟(かんぎん)に包まれたホーム。列を成すスハ43系の客車の先には、主動力を断ち、黄濁した照明の水底(みなそこ)に不貞不貞しい恰幅のボイラーを横たえて黒鉄の魔神が沈潜している。鉄郎は三号車から乗り込むと、迷う事無く元居た席に腰を下ろした。対面の空席は(はなだ)色のモケットが擦り切れ、弱竹(なよたけ)(しな)を記憶して落ち窪んでいる。見れば見る程、知れば知る程、理解から遠退く喪装の麗人。傍若無人な振る舞いも()事乍(ことなが)ら、占卜(せんぼく)の古儀を操り巫戦(ふせん)を征した鬼籍の所業。母の面影を越え、其の天性までをも生き写す此の稀人(まれびと)は一体何者なのか。謎の答えに思索の菌糸を伸ばし辿ろうとするのだが、鉄郎の瞼は虚ろに揺蕩(たゆた)ひ、重厚な背摺(せすり)に身を沈め車窓の木枠に小首を(もた)れた。

 鉛の様な節々を包み込むモケットの滑らかな起毛に(にじ)み出す、今日一日の激動の記憶と琥珀色の疲労。打ち寄せる(さざなみ)(まにま)に浸睡し、999が定刻通りに発車した事すら気付けず、鉄郎は再び星の人と為る。

 

 

   夕息抱影寐   夕べに(いこ)ひては  影を(いだ)いて()

   朝徂銜思往   (あした)()きては  思ひを(ふく)んで()

 

 

 傾いだ心に爪を立てていた脱進機が弾け、(とこ)しへの緑青(ろくしやう)に固着していた輪列が息を吹き返す。神の司る天文時計が徐に其の右筆(クロノグラフ)を揮い始めた。在りし日の地球をも凌ぐ紺碧の成層圏を離脱し、系外を目指す無限軌道。高圧水蒸気で膨発寸前に怒張したボイラー。猪首(いくび)突管(とっかん)が逆立てる雷雲の如き爆煙。弐百萬コスモ馬力を誇る大動輪の剛脚がシリンダードレインの放咳(ほうがい)(むせ)び、前照灯の(ちりば)めるカクテル光線が星々と競い合う。疾黒の鯨背に率いられ光矢を過ぎる幻の十一輌編成。縹色のモケットと堅調なドラフトが織りなす時の揺り駕籠に(いだ)かれて、鉄郎は熱帯の峡谷に再び分け入り、嫗の元を目指す夢を見る。一刻千金を(ちりば)めた、玉響(たまゆら)の出会いと別れの閃きを、駆けるは鋼顔の超特急。萬感の想ひを乘せて汽笛は鳴る。

 

 

   星遠煙埋行客跡  星遠くして  煙 行客の跡を(うづ)

   閒寒風破旅人夢  (はざま)寒うして 風 旅人(りよじん)の夢を破る

 

 

 未智(みち)晦冥(かいめい)に待ち受けし、畸想天葢(きさうてんがい)豈圖(あにはか)らんや。銀爛無窮(ぎんらんむきゆう)巡禮譚(じゆんれいたん)(いま)だ麓の壱里塚。漂蕩流落(へうたうりうらく)次次(じじ)活劇の末に辿り()鉄郞(てつらう)の運命、果たして相成るや如何(いか)に。其れは()次囘(じくわい)講釋(かうしやく)で。

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