十二月四日午前十時頃、《トールバーナの街》の中央にある噴水広場には人集りが出来ていた。その人たちは個人差はあるものの全員が緊張を纏っている。これから生きるか死ぬかの大勝負が控えているので当然と言えば当然なのだが、
俺は十分ほど前に広場に到着したのだが、その時には既にかなりの人数が集まっていた。
「よう、調子はどうだ?」
俺が噴水を眺めながら、ボッーとしていると、後ろからキリトに話しかけられる。
「大丈夫だ。キリトは?」
「俺も問題ないよ。それより昨日は追い出すみたいなことになって悪かったな。」
キリトは俺にそう謝る。
「そんなの気にしなくて良い。でも、アルゴの方から来るなんて何かあったのか?」
ボス戦に関することだろうか?いや、それならアルゴがキリトだけに教えることはないだろう。
「いや、ちょっとな…」
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「キバオウがキリトの剣を買収?」
「ああ」
キリトから事情を聞くと何でも、昨日、βテスターを熱烈に批判したキバオウがキリトのアニールブレードを39800コルで買取の交渉をしてきたそうだ。
「前から交渉はされてたんだが、昨日サンキュッパに引き上げてきたんだ。」
「………でも、キリトのアニールブレードって言っちゃ悪いけどそんなに高かったか?」
俺がそう聞くと、
「いや、正直この交渉は相手からすると損のはずなんだよな。未強化のアニールブレードの相場は一万くらいだし、いくら強化してるとはいえそれだけの予算があるならわざわざ買い取り交渉なんてしなくても俺と全く同じ剣を作れるしな。」
そう、一から剣や強化素材を買って、剣を強化しても費用が39800コルに届くことは無いだろう。
充分以上の金を出してわざわざ他プレイヤーから剣を買い取る必要なんて普通ないはずなのだ。
「いったい今度は何を企んでいるんだ。」
俺がそう呟くとキリトは黙って考えていた。
すると、そこにキリトのペアのフードの人が現れる。
「そろそろ時間だな。俺、自分のメンバー探してくる。今日は頑張ろう。またな。」
「ああ」
キリトにそう言い、キリトは一瞬こっちを見て返事をする。それを見て俺はミトたちを探し始めた。
俺がミトたちと合流した後もずらずらと集まっていき、時間ぴったりに来た何人かを加えて全員が集った。
「みんな、いきなりだけどありがとう!たった今、全パーティー四十四人が、一人も欠けずに集まった!!」
ディアベルはそう声を響かせる。
途端、うおおっという歓声が広場を揺らす。ディアベルは笑顔で全員を見渡して、
「今だから言うけど、俺、実は一人でも欠けたら今日は作戦を中止しようって思ってた!でも……そんな心配、みんなへの侮辱だったな!俺、すげー嬉しいよ……こんな最高のレイドが組めて……。まあ、人数は上限にちょっと足りないけどさ!」
っと言った。その言葉に更なる歓声と拍手が響きわたった。
「ハルキ、大丈夫?」
「ああ、問題ない。」
ミトの質問に俺が即答すると、
「それは、頼もしいな」
「ええ」
後ろにいて、話を聞いていたゴルスタさんとシルマーさんが、俺にそう言う。
「二人こそ大丈夫か?」
俺が二人にそう聞くと、
「当然だ」「もちろん」
と自信持って二人は言った。
その後も軽い雑談を交わしながら俺たちは足を進めた。
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午後十二時半、俺たちは道中大きなアクシデントもなく、迷宮区を登りきり、獣頭人身のレリーフされた禍々しい巨大扉の前にいた。
その雰囲気に誰もが真剣な表情になる。俺たちもパーティーで顔を見合わせて黙って頷く。その時、ディアベルが振り返り、
「みんな、俺から言うことはただ一つだ。…………勝とうぜ!」
ディアベルはそう言うと扉を開けて突入し、俺たちはそれに続く。
すると、真っ暗だった部屋が明るくなり、
「グラアアアアアッ!!」
部屋の一番奥に座っていた巨大な怪物は大きく飛び上がり振動と共に着地し、頭の上にモンスターカーソルと《イルファング・ザ・コボルトロード》という名前、そして四本のHPゲージを浮かび上がらせ、俺たちの前に立ち塞がった。
その周りには《ルイン・コボルトセンチネル》が三体popする。
「攻撃開始!!」
ディアベルの声によって、俺たちとモンスターの武器がぶつかり合い火花が散った。
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「C隊、スイッチだ!」
「了解。ハルキ、スイッチ!」
ミトが鎌でコボルトの武器を弾き、コボルトをのけ反らせる。俺はミトの声に合わせて一気に間合いまで飛び込み、ソードスキル《バーストスラッシュ》をボス本体に打ち込む。
ボス戦はとても順調だった。タンク役の人でさえHPが危険ラインの赤になることはなかった。これは、ディアベルの的確な指示と全員のレベルがこのボスを倒すのに充分足りているからだろう。
C隊が下がった時に俺は一瞬横目でキリト達の方を見る。その時、俺は目を見開いて驚いてしまった。キリトに、ではなく、レイピアを持ったフードのプレイヤーの方だ。
(早い!)
彼女の剣先はとても鋭くセンチネルの首元を的確に高速で突く。
俺が驚いて視線を取られていると、
「ハルキ!何処見てるの?」
ミトに尋ねられながら注意される。
「ん、ああ、悪い」
俺は意識をボスモンスターに戻したが、あのフードのプレイヤーが頭から離れなかった。
「グガアアアアアアアア!!」
その時、コボルトのHPゲージが四本目に入った所だった。
コボルトは武器を投げ捨てる。情報ではここでタルワールに持ち変えるはずだ。
「皆んな下がれ俺が出る」
その時、ディアベルが前に出る。
(なんだ?)
ここで、俺は違和感を感じた。
さっきまでのディアベルは事前に決めた作戦を実行することに徹していた。そのため、彼は全体に指示を出し、自分からは攻撃しにはいかなかった。指令役なのでそれが正しいと思うのだが、今の全体を下がらせて一人で突っ込むのは作戦にもないし、リスキーだ。
という事は、そのリスクを背負うだけの見返りがあるという事だろうか?
(ッ!!、まさか…)
キリトというβ時代からのアインクラッド最強クラスの剣士、
キリトの剣の頑なな買取希望、
ボスモンスターに最後に攻撃した人にドロップする超レア品、
ディアベルのボス戦後半での不審な動き、
俺の頭の中であらゆる考えが飛び回っていたが、一つの仮説を思いつく。
(……ディアベルが?)
現時点では確証こそないが、彼なら辻褄が合うのだ。
(ディアベルの目的。それは……)
ボスのLAボーナスをとってこの世界で一番強いプレイヤーになるっといったところだろうか。
そのために、他のプレイヤーを下がらせて自分は突っ込んで行った。LAボーナスを取るために。
俺はボスに目掛けてソードスキルを発動させながら走るディアベルの後ろ姿を見ながら考える。
『…………確かに、桁違いに強いプレイヤーが一人いた……でも彼は別格だからね。』
あの時の言葉はおそらくキリトを指していたのだろう。ディアベルはキリトの強さを知っていた。だから、ディアベルはキリトにLAボーナスを取られることを恐れた。プレイヤースキルだけでも他のプレイヤーと差のあるキリトにLAボーナスなんて取られたら勝てる所がないと思ったのかもしれない。
キリトの剣の買収目的は剣そのものというより、キリトのパワーダウンを狙ってのことだろう。メイン武器が直前になくなれば、少なくとも今回のボス戦ではドロップ品を取りに行く余裕は流石にない。さらにそれを自分だと悟らせないためにキバオウを仲介役として挟んだ。キバオウはその面倒な役目を引き受ける代わりに攻略会議でβテスターへの批判をする機会を貰ったといったところか。
攻略会議で、パーティーの人数を理由にキリトを雑魚処理隊に違和感なく置けたのはディアベルにとって相当都合が良かったはずだ。
それなのに、剣の交渉を辞めなかったと考えると相当徹底している。まあ、結局キリトは剣を売らなかったのだが…
「ダメだ…下がれ!!全力で後ろに跳べーーッ!!」
その時、キリトの大声がボス部屋に響く。
すると、コボルトは腰の剣を引き抜く。
(あの形状!タルワールって言うより……野太刀!情報と違う!)
コボルトは太刀にライトエフェクトを発生させ、地面を揺らして飛び上がる。
(来る!)
「え、きゃあ!」
俺は隣にいるミトを片腕で抱き上げて全力で後ろに跳び、ミトは驚いたのかちょっとした悲鳴が上がる。
コボルトは空中で体を捻り、C隊やD隊が集まっていた場所に太刀を振り下ろす。その衝撃に俺たち以外の人達は吹き飛ばされた。
「ミト!大丈夫か?」
俺が急いで聞くと、
「ええ、ありがとう。でも、皆んなが…」
全員、モロにくらったわけではないので、大ダメージこそ免れたが、一気にHPゲージの色がイエロー、つまり残り五割程になる。
さらに、
「なんで皆んな動かないんだ?」
攻撃をくらった人たちはそこに倒れたままで動かない。
「一時的行動不能状態………つまり、スタンしてるんだわ。」
俺の疑問にミトが答える。
つまり、彼らは動きたくても動けないっという事だ。だとしたら相当まずい。
「ッ!ハルキ、ダメ!」
俺はミトの声を聞かずにボスに向かった。短時間でも注意を引いて彼らが回復する時間稼ぎをっと思ったからだ。エギルさんたちもそう思ったのか、ボスに向かっていく。しかし、ボスがターゲットにしたのは俺でもエギルさん達でもなく、
「ディアベルはん!!」
ディアベルだった。コボルトはソードスキルを使って床すれすれの軌道から高く斬り上げ、ディアベルを空中に飛ばし、コボルト自身も空中に飛び上がる。ディアベルも反撃のソードスキルを打とうと、剣を振り上げるがシステムにはソードスキルのモーションとして認識されなかったのか発動しない。
再度コボルトの太刀が光を放ち、空中でディアベルに三連撃を浴びせた。クリティカルが入ったのか、アバターは二十メートル近く吹き飛ばされ、壁にぶつかり端でセンチネルの相手をしていたキリトの近くに落下した。
ディアベルのHPゲージは全体が赤く染まり、減り続けていた。そしてキリトが駆け寄りキリトに何か囁いて、青いガラス片となり散っていった。
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うわああああ、という叫び声がボス部屋に響いた。
《ボスの武器、攻撃パターンが情報と違う》、《リーダーの喪失》という大きすぎる二つのアクシデントで全員が武器を握りしめ、目を見開くことしかできなかった。そもそも、死人が出ることすら前半の様子から誰が予測出来ただろうか。
しかし、敵はそんな様子などお構いなしに命を奪いにくる。コボルトは再び集団の方に素早く詰め寄る。しかし、
ガキィィン
激しい金属音が響き渡る。それはコボルトの太刀と俺の両手剣のぶつかる音だった。
「はああああ!!」
俺はコボルトの太刀を打ち返し、ボスに攻撃を叩き込む。
状況的には撤退すべきなのかもしれない。しかし確信に近いものがあった。ボス戦で、それも初めてのボス戦失敗という事実はプレイヤー全員の心を大きく壊す。だからここでこのボスを倒せなければ一生このゲームをクリアする事は出来ないと、
グラアアアアア!!!
「はあっ!」
ガンッ! キン!
何度も武器と武器がぶつかり合う。
その度に俺のHPが少しずつ減っていく。
(っく、なんとか弾かないと、)
俺の剣と太刀が押し合いになっているその時、もう一本の剣が太刀を弾く。
「スイッチ!!」
キリトだ。そしてそう叫んだ瞬間にフードのプレイヤーの鋭い突き系ソードスキルがコボルトに炸裂する。
「キリト…」
「ボスを倒すぞ。協力してくれ」
「ふっ、当然」
そうキリトに返し俺たちはボスに向かって行く。
「俺は剣の軌道からどんな攻撃か来るかわかる。俺が剣を弾くから、二人はボスに攻撃を叩き込んでくれ。」
「「了解」」
キリトの提案を俺とフードのプレイヤーは了承し、キリトに先に行かせる。その時、キリトの剣と太刀がぶつかるが、キリトは上手く弾き返し、
「スイッチ!」
キリトの叫びに応じて、コボルトの懐に入ってソードスキル《バーストスラッシュ》を打ち込む。そしてフードのプレイヤーが突っ込むがコボルトは太刀を振り下ろす。
「アスナっ!」
キリトはそう叫んだ。フードのプレイヤーはアスナっというらしい。
アスナはそれを紙一重で交わし、単発突き攻撃《リニアー》を使い、ボスにダメージを与える。しかし、さっきの攻撃で体には当たらなかったもののフードには当たったようでフードが青い粉になり消える。
俺は一瞬あろうことか固まってしまった。キリトもフードの下の素顔を見るのは初めてだったのか、唖然としている。
理由はとても美しい顔立ちだったからだ。ミトも相当美人で一緒に歩いていると視線を感じることがあったのだが、アスナも一切負けていない。
パン
俺は自分の頬を軽く叩いて意識を戻し、ボスに向かっていく。キリトも目が覚めたのか俺の後に続いた。
《saidミト》
ボス部屋の中の視線が一点に集中された。彼女の美しさに。しかし、これだけは断言できる。最も固まってしまったのは私だと、
(アスナ……生きて……)
私は自然と足がそっちに向かっていた。本当ならもう近づく資格すらないのに。
すると、アスナは私に気づき振り返る。
「……アスナ……」
私はそれ以上の言葉が出てこない。謝らなければいけない、それは理解している。許されたいとかそういうのじゃなくて、最低なことをした責任を取らなければならないのだ。そのためにまず謝らなければないそこで初めて贖罪が始まるのだから。
「……ご、ごめん……なさい。私、私」
「もういいのよ、ミト」
私の言葉はそこで遮られる。
「話は後でね。今はあのモンスターを倒さなきゃ!今も彼らに任せて無理させてるんだから。このゲームをクリアするんでしょ?」
そう私に言うとアスナは、ハルキとアスナのパーティーメンバーの人の方に走り出した。
アスナはボスのディレイ中に剣先が見えないほどのスピードで突きを放つ。私といた頃とは比べものにならないくらい成長している。
しかし、その時、アスナのアイアンレイピアが折れてしまった。そこにハルキ達がフォローに入る。
私は何をやっているんだろうか。私のせいで、あれほど酷い思いをしたアスナが前を向いてこの世界と戦おうとしているのに、私はここでただ見ているだけで良いのだろうか。
(良いわけないでしょ!)
私は右手の人差し指をスライドしてウィンドウを出し、あるアイテムを具現化する。
「アスナ!これを使って!」
私もアスナを追いかけながら具現化したレイピアを投げる。あの日アスナに渡せなかったものだ。
アスナはそれを受け取り、ソードスキルを放ったまるで閃光のように。
そして、私も走り出す、このゲームをクリアするために、今度こそアスナを守るために、贖罪を果たすために。
《sideハルキ》
キリトが弾き、俺とアスナが攻撃する。何度も何度も繰り返したそしてようやくコボルトのHPが残り三割程になった。
「しまっ!!」
その時、キリトの声が聞こえる。キリトが弾くのに失敗したのだ。キリトは軽く吹き飛び俺とアスナは飛んできたキリトとぶつかり倒れてしまう。
コボルトはその機会を見逃すまいと俺たちに太刀を振り下ろす。
(くそっ!)
しかし、俺たちに太刀が届く事はなかった。何故なら、攻撃は鎌によって遮られ、そして大きく弾かれたからだ。
「ミト!」
「ええ、スイッチ!!」
ミトの叫びに応えるように、俺は地面を蹴り、ソードスキルを準備する。
「キリト!ラスト任せたぞ!」
俺は《ブレイバー》を発動させ、ダメージを負わせながらさらに深いディレイ状態にする。そこにアスナの渾身の《リニアー》とミトの三連撃が入る。そして…
「行け!キリト!」
「うおおおおおおおおお!!」
キリトの気合いの入った二連撃がコボルトを両断し、大量の青い結晶へと変えた。