『今で22時40分、あと1時間20分だね』
まつりがそう告げてきた。
「そっちは大丈夫?」
『うん、大丈夫、まだ気づかれてないよ』
『ま、いざとなれば俺の銃が火を吹くことになるから』
ピザ屋店主の発言とは思えない言葉が飛び出て来たけどまあ、気にしないでおこう。
「ここまで40分、順調ではあるけど」
「問題の三階だね」
「確かに人は誰もいない」
周囲を見渡しても二階までいた狐面のやつらは見当たらない。
『その正面の襖の向こう側がこの階の大広間だよ、階段はその奥だね』
「よし、行こう」
俺たちは襖を開けて鬼門と言われた三階の大広間に乗り込んだ。
そこには一人、大広間のど真ん中で胡坐をかいていた。
「あー、ようやく来たんですネー」
その人物は俺たちを見ると胡坐を解いて立ち上がる。
髪は明るいオレンジ色、そして頭の左右に生えた二本の角、それに加えて、その身には大きな尻尾が見えた。
「待ちくたびれましたヨ」
その一つ一つの所作に俺は目が離せなかった、修行中で感じていた命の危機が迫ると感じるあの感覚、あの感覚がずっと、ずっとあった。
これは、マズイ。そう思わされた。
「桐生、ココ」
桐生ココ、そうオウガさんが呼んだ。
「なんで、ココちゃんが、確か旅に出たって…」
驚愕に染まるあやめさん。
「いやー、白上一族の当主に呼ばれましてネー、借りもあるのでこうやって手伝っているわけですヨ」
「ま、待ってココちゃん、今白上の当主がしようとしていることは」
「知ってますヨ、フブキパイセンを神にするんでしょ? その記憶と人格を犠牲にして、フレアパイセン」
「じゃ、じゃあココ会長、アナタは全てを知ってる上で」
「はい、協力してますヨ、ノエルパイセン」
「どうしてだ!? 何で協力できる!?」
その言葉には我慢できず、思わず俺は口を開いていた。桐生ココの瞳が俺を捉え、それだけで体が震えた。
「アー、アナタは確か荒川 虎太郎」
俺の名前を知っていることに驚いた。
「ナンデって顔してますね、教えてもらったからですヨ、今日必ず来るって」
恐らく大神さんだろうか。
「何で協力するか、ですよネ、言ったでしょ、借りがあるって」
「借りの方が、白上さんより大事なんですか」
「エエ、スジは通さないとですからネ」
成程、この人は、
敵だ。
俺は木刀を構え直した。
「さア、先に進みたいのなら私を倒してスジを通してくださイ!!」
間違いなく、最強の相手との闘いが始まった。
まず仕掛けたのはノエルさんと天真さんの騎士コンビ、二人は桐生ココを左右から挟み込むような形で同時に攻撃をするが。
「アー、弱いですねぇ」
ノエルさんのメイスは左手で、天真さんの剣は尻尾で止められていた。そのまま二人はなす術なく投げ飛ばされた。
あまりにもあっけなく投げ飛ばされたという事実に恐怖を覚えたが急いでそれを振り払う。
今度はオウガさんが単身突っ込み、拳を振りぬく。
が、
「ちっ」
それは桐生ココに受け止められた。
その背後を付くようにあやめさんが二刀で切り込んだ
「そいやァ!!」
だがそれはそれは身を翻して躱される。
フレアさんが躱した所を狙って銃弾を放つ。
桐生ココはおもむろに大きく息を吸い込むと。
「ガアアアアア!!!」
口から炎のブレスを吐いて弾ごと焼き尽くし炎がフレアさんに迫る。
「ほんと、規則外!!」
フレアさんは手を翳すと、そこから魔法陣が展開、その炎から見を守る盾となったが。
「きつい!!」
フレアさんはブレスを受け止めるが僅かに押されている。
このままだと間違いなくフレアさんがやられる。
俺はブレスを吐いている桐生ココの後ろに回り木刀を振るう。
だが、その直前で桐生ココはこちらに振り向いた。
まずい!!
そう思ったその瞬間には俺は大きく打ち上げられていた。
「なぁ!?」
お腹に痛みが走る。
痛みに耐え、空に浮いている状態で桐生ココの様子を見ると足を振り上げている、どうやら蹴り上げられたようだ。
「今度ワ、こっちから行きますよ」
そう言うと桐生ココは地面を蹴る。
するとその姿が掻き消えた。その瞬間、今だ空中にいる俺の背後から物凄い悪寒を感じた。
場所は空中、避けれない!!
「やらせるか!!」
天真さんが俺と桐生ココの間に入りその剣で桐生ココの攻撃を受け止めてくれた。
だが衝撃は吸収できるものではない、俺と天真さんは大きく吹き飛ばされ、地面を転がった。
「受け止められたとはいエ、結構良いのが入ったと思ったんですけどネ」
「…生憎と、騎士なんでね。守るのには慣れてるんだよ」
吹き飛ばされた俺は先に起き上がった天真さんの手を借り、起き上がる。
「すんません、天真さん」
「どんまいどんまい、ほら、まだ終わってないよ」
天真さんに促され俺は木刀を構える。
桐生ココは翼をはためかせ俺たちを見下ろす。
…生物としてのレベルが違い過ぎる、素直にそう思った。
「どうしたんですカ、まだ始まったばかりですヨー、」
全員の攻撃がまともに入らない事実に軽く絶望を覚える。
こうなったら「アレ」使うか?
「コタロー、まだ使ったら駄目だよ」
あやめさんが桐生ココから視線を逸らさず俺に声を掛ける。
「で、でも使わないと…」
「…多分、使ったところで勝てない」
「え?」
「ああ、俺もあやめさんに賛成だ。アレを虎太郎が使ったところで勝てるビジョンが浮かばねぇ、それなら機を待った方が良い」
オウガさんがそう言う、機を待つ…
「…了解です」
「よし、それじゃあ、久しぶりに本気だしちゃうかー」
あやめさんの体から魔力が溢れ出す。
「俺も久しぶりに魔人らしいことをするか」
今度はオウガさんの魔力が高まるのを感じる。
「ほう」
桐生ココは感心したように声を漏らす。
妨害をする様子もない。
あやめさんから溢れた魔力は彼女の背後で大きな人型を形作る、それはあやめさんの奥の手である式神。手は4本、それぞれに刀を構え、背後霊のようにあやめさんの後ろに顕現した。
オウガさんの高まった魔力は一つの武器を彼の手に顕現した。
それは大きな鎌、デスサイズと呼ばれるものだ。
この状態の二人は修行中でも数回した見たことが無い。
だが言えるのは、この状態の二人はべらぼうに強い。
手も足も出なくなる程に、それでもあやめさんとオウガさんの表情は晴れない。
「さテと、準備は整ったようですネ」
桐生ココはゆっくりと地面に降り立つ。
そして彼女は指を立て、俺たちを挑発した。
「かかってこい」
本格的な戦いが始まった。
『ココちんと戦闘を開始してから30分、今は23時10分、あと50分だよ!!』
まつりの声が無線から聞こえるがその報告は俺たちを焦らせる。
「よいしょー!!」
「ほらよ!!」
あやめさんが式神と一緒に合計6本の刀で、オウガさんは大きなデスサイズを振るうが。
それでも桐生ココには届かない、全て避けられるか弾かれた。
今度はお返しだと言わんばかりに桐生ココは拳を放つ。
「守る!!」
天真さんが拳を放つ桐生ココの前に出て、地面に剣を突き刺す。
それはこの戦闘中に何回も見た天真さんの守護魔法、剣が突き刺さった所から魔法陣が展開されその身を護る。
「更に、強化!!」
そこにフレアさんが天真さんに防御魔法を重ね掛ける。
桐生ココの拳が天真さんの防御魔法とぶつかり合う。
凄まじい衝撃がこの3階の空間を突き抜けた。
その影から俺とノエルさんがサイドから挟み込むように攻撃を放つ。
「シィ!!」
「とりゃああ!!」
が、それは桐生ココが振るった尻尾に弾かれる。
メインで攻撃するのはあやめさんとオウガさん、攻撃を受け止めるタンクが天真さんとフレアさん、俺とノエルさんがその隙を埋める為の遊撃として動く。
この体勢で戦い続けて30分、事態は均衡を保っているが今だ活路は見いだせない。
「はぁ、飽きてきましたネ」
すると桐生ココは動きを変えた。
「なっ!?」
気が付くと俺の目の前に桐生ココが立っていた。
今までにない動き、リズムを崩された。
「まずは、荒川虎太郎、キミが一番弱いですからネ」
俺の腹に拳がめり込む。
「ぐほぉ!!??」
体がくの字に曲がる。
桐生ココはそのまま回し蹴りを放った。
俺は蹴り飛ばされ、地面を転がる。
「虎太郎!?」
「コタロー!!」
オウガさんとあやめさんが驚愕の声を上げる。
だが、俺は痛みのあまり立ち上がることも声を上げる事すらできない。
マジかよ、修行中でも受けたこと無いぞ、こんな痛み!!
まずった、本当に。
遠目に桐生ココがこちらに歩いてくるのが見える。
完全に止めを刺すつもりか。
「やらせるかよ!!」
その進行を止めようとオウガさんがデスサイズで斬りかかる。
「…は?」
だがそれは片手で受け止められた。
驚きのあまり固まるオウガさん。
デスサイズを掴んだ桐生ココはそのままオウガさんごと投げ飛ばす、その先にはあやめさんがいた。
「え、ちょ!?」
そのままあやめさんは投げ飛ばされたオウガさんに巻き込まれて一緒に地面を転がる。
「ちっ、くそ」
「お、重い!!」
二人は今まで受けたダメージが多かったのか立ち上がれない。
桐生ココは歩みを止めることなく倒れている俺に近づく。
「合わせて、二人とも!!」
「うん!!」
「はい!!」
ノエルさんの声に合わせてフレアさんと天真さんが飛び出す。
ノエルさんがメイスを叩きつけようと近づき、振りかぶる。
だがそれも受け止められる。
するとノエルさんはメイスを手放し、そのまま体でタックルを繰り出す。
一瞬のけ反る桐生ココ。
「そこだ!!」
出来た一瞬の隙、そこに天真さんは剣を上段に構える。
「これも追加!!」
フレアさんの銃から弾が飛ぶ、それは桐生ココを狙ったのではなく天真さんの剣。
その弾はただの弾ではない、接触した物に炎のエンチャントを施す弾。
天真さんの剣は赤く燃え上がる。
「セア!!」
天真さんはその剣をのけ反る桐生ココに振り下ろす。
確実に取った。そう思った。
「……はぁ」
桐生ココは溜息を付いたように見えた。
その瞬間、桐生ココの姿は掻き消え、次の瞬間には天真さんの横に立ち、天真さんを蹴り飛ばしていた。
「ぐほっ……!?!?」
目では追いきれない速度。
そのまま桐生ココはノエルさんの腕を掴み、先ほどのオウガさんと同じように今度はフレアさんに向かって投げ飛ばした。
「ごめ、ん。フレア…」
「だ、大丈夫、だけどちょっとこれは…」
ノエルさんとフレアさんは重なり合うように地面に転がった。
一瞬にして全員が倒された。
俺が最初に倒れてしまったことによりギリギリで保っていた戦線が一気に崩れた。
「…チクショウ!!」
俺のせいだ。
桐生ココも言っていただろ、俺が一番弱いって。
桐生ココは俺に近づくと俺の胸倉を掴み上げた。
「…うぐっ」
桐生ココの方が身長は高い、必然的に首が吊るされ、締め付けられる形になる。
万事休す。
ここで終わるのか? ここで…
「…聞いてた話とはチガッタようですネ」
聞いていた話? 何のことだ。
「こんなにも呆気なク、諦めるとは。こんなものでフブキパイセンを助けるとか」
―己惚れたヒーロー気取りもココまでですネ
「……るせぇ」
「何か言いましたか?」
「…うるせぇ、って」
俺は桐生ココの胸倉を逆に掴み、そして引き寄せ。デコに目一杯魔力を集中さて。
「言ったんだよ!!」
頭突きを放った。
反撃が来るとは思っていなかったのだろうか、桐生ココは胸倉を掴んでいた手を手放し、俺と距離を開けた。
胸倉を解放された俺は咳込みながら息を整える。
「げほげほ、うっわ、血出てる」
頭突きをした部分を触ると手に血が付いた。
どうやらぱっくりと傷がついたようだ。
まあ、そんなことはどうでも良い、俺は奴に言いたいことがある。
俺は桐生ココに指を指した。
「俺はヒーローなんか成ったつもりも成る予定もねえ」
「ならどうしてフブキパイセンを助けようとするのですカ?」
「んなもん知らねえよ」
「…は?」
「あの時、あの夜に助けを求める顔見ちまった、俺の心が助けたいって思った。だからここにいる。そこに理由なんてねえんだよ!! ただ俺がここに居るのはそうあることが当たり前だからだ、分かったか!!」
俺の言葉に桐生ココは思わずポカンと間抜けな顔を晒した。
「…その為に命を賭けれるト?」
「ああ、例え「助けて」って言葉にしてなくても俺が助けたいって思ったらそれだけで俺は命を賭けれる」
「…ははっ」
よし、言いたいことは言い切ったのだが桐生ココが琴線に触れたのか大きな声で笑い始めた。
「ハハハハっ!! マジかよ!! 狂ってるヨ、オマエ!!」
「…あんまり笑わないで貰えます?ちょっと恥ずかしくなってきたんですけど」
「はははっ、ソーリーソーリー、あ、さっき言った「ヒーロー気取り」って言葉取り消しますネ。誰からも指図されることなく自分の沸き上がる感情に従イ、真っ直ぐに進もうとする。荒川虎太郎、オマエは紛れもなくヒーローだヨ、組があったら真っ先に欲しかった人材ですヨ」
「はは、そいつは光栄ですね」
改めて俺と桐生ココは向かい合い、無言でにらみ合う。
だが状況は変わらない、俺だけでは間違いなく敵わない。
だから。
「忘れて貰っちゃあ困るなぁ!!」
オウガさんがその間に割って入り、桐生ココに斬りかかる。
「オラオラオラオラ!!」
その動きは先程よりも早く、研ぎ澄まされている。
よく見るとフレアさんのバフが掛かっている。
桐生ココは先程とは違うスピードに少し追いつけないのか防御に徹していた。
その時オウガさんが一瞬俺の方を向いて目を合わせた。
何となくその意味が分かった。
俺は他の皆の様子を見る。
皆は既に立っていて、全員俺を見ると頷いた。
―先に行け、そう言っていた。
「…ありがとうございます!!」
俺は全速力で次の階に続く階段に向かって走る。
「成程、先に一人だケ行かせるつもりですカ、そんなこと許すとでモ?」
無論、桐生ココがそれを止めようと、オウガさんの攻撃を掻い潜り俺を狙ってきた。
「コタロー、今!!」
あやめさんがそう言った。
「アレ」を使う許可が下りた。
木刀に魔力を込める。
本来なら青白い魔力の色、それが赤色に染まり、俺の全身を覆いつくした。
大きく足を踏み込む。
一瞬の加速、その速度は桐生ココの持つ荒川虎太郎の認識を超えていた。
桐生ココを躱し、俺は階段を駆け上がる。
「待ってますからね!!」
俺は階段を駆け上がりながら皆の方を一瞬振り向き、声を掛けた。
…桐生ココが笑っていたのは俺の気のせいだったのだろうか。
階段を駆け上がるコタローを見送る。
「『待ってます』だって、絶対に行かないとね」
「全く、虎太郎君むちゃ言うねぇ」
ノエルちゃんとフレアちゃんが武器を構え直す。
「でも案外と簡単に行けたね」
「行かしてくれたって言うのが正しいかもな」
オウガさんはココちゃんへの攻撃の手を止め、天真さんの横に並び立つ。
「オウガさん、魔力あとどれぐらい残ってるー?」
「大体半分ぐらいっすね、あやめさんは?」
「余も大体それぐらい」
「なら、大丈夫そうですね」
「簡単に言ってくれるなぁ」
「それじゃあ可愛い弟子に追いつくのは諦める?」
「まさかー、絶対に追いつくよ」
余の周りに皆が集まる。
「ったく、私も焼きが回ったようですネ」
ココちゃんがそう言う、やはりコタローを先に行かしたのは…
「ま、こっからは誰も通さねえかラな」
そう言うのと同時にココちゃんの雰囲気が変わった。
背中の羽を広げ、魔力を滾らせた。
どうやらここから第二ラウンドのようだ。