迷い人よ、ようこそ。   作:みなたか

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第十話

無慈悲にもその小さい体を貫いた腕は引き抜かれる。

 

血に濡れた少女はカズマにもたれ掛かるように倒れた。

 

「…おい、何やってんだラプラス!!」

 

カズマはそう問いかけるが彼女は苦しそうに息を吐くだけ。

その姿を見たカズマ。

 

「…あ、あああ!!!???」

 

ラプラスを抱き留めながらもその手で自らの頭を押さえ始めた。

 

瞬間、カズマの脳内を駆け巡る、封印された記憶。

 

暗がり、叫び声、怒号、痛み。

 

組、敵対組織、誘拐、組員、幹部。

 

そして、血に濡れた親父。

 

「ああああ!! あああああああ!!」

 

それは獣の声のような叫び、否、咆哮。

 

そのただ事ではない様子に敵も味方も全員一瞬止まった。

 

「っ! 35P!!」

 

その瞬間、一目散に我に返ったさくらみこはそう叫ぶ。

 

するとどこからともなく体長3mを超す、大きな狼が現れた。

 

「魔物!? いや、式神か!!」

 

奴はそう言うよりも早く、35Pと呼ばれた大きな狼はその場にいたカズマたちを背負い、この場を脱した。

 

「…逃げられたか、まあいい。この結界から出ることは不可能だ」

 

 

 

 

 

 

 

狼は4人を背に乗せ、かなりのスピードで石段を下る。

だが、それも止まった。

 

「結界に阻まれて先に行けない…」

 

さくらみこが絶望したかのように言う。

 

「他に出口は!?」

 

星街が焦ったように言うが答えは返ってこない。

星街は後ろに乗ったカズマとラプラスを見る。

 

心ここにあらずなカズマ。

体から血を流し、苦しそうな息をするラプラス。

こんな状況になってもカズマはラプラスを抱き留めたままだ。

いや、もしかしたらその状態を認識すらしているのか、先ほどのあれから一言も発していない。

星街は考える。

…今焦ってもこの状況はどうにもできない。

なら、今出来ることを一つずつやろう。

 

「…みこち、一旦下ろして。せめてラプラスに応急処置する」

 

さくらみこは頷き、狼を座らせた。

すると狼はポンと煙を立てて掻き消えた。

 

「急いで出したからちょっとしか持たなかったにぇ…」

 

肩を落とすさくらみこ、それを横目に星街はカズマに喋りかける。

 

「アンタ、ラプラスを横に倒して」

 

そう言うが、やはりカズマは何も返さない。

変わらず茫然としている。

 

「…おい!!」

 

星街はカズマの肩を揺さぶる。

するとようやくピントが合ったかのようにカズマと目があった。

 

「…ほし、まち、おれ」

 

カズマは何かを話したそうにしていたのは分かった。

だが、それ以上に早くラプラスの治療が先だ。

 

「今はそんな場合じゃないでしょ!!」

 

星街は埒のあかないカズマからラプラスを引きはがすと横たわらせる。

 

「とりあえず止血をして、それで… みこち! アンタって回復魔法使えたっけ!?」

 

「使えない! とりあえずこのハンカチ使って!!」

 

さくらみこから受け取ったハンカチで傷口を押さえ、止血を試みる。

 

「…おれ、おれ」

 

今だ茫然として何も動かないカズマ。

…いい加減腹が立ってきた。

何もしないカズマに星街がイライラを募らせる。

だが、先にさくらみこがキレた。

 

「お前ェ! 何ボケっとしてるの!」

 

カズマの頬を叩いた。

 

「今、すいちゃんが治療してるの分からない!?」

 

さくらみこは更に言葉をぶつけた。

 

「あの一瞬でお前に何があったか分からない、でも!! 今、お前を庇ったこの子が苦しんでるんだよ!!」

 

さくらみこのその言葉にカズマはハッとさせられた。

カズマは横たわるラプラスを見る。

 

星街は傷口を押さえているハンカチは既に血で真っ赤に染まり、今だ止まる気配が無い。

押さえているハンカチが血で滑る。

 

「……っ!」

 

傷口から手が離れ焦る星街だったがその傷口に黒い布、カズマが着ていた上着が被せられた。

カズマは星街と変わるようにしてラプラスの傷口を押さえる。

 

「…すまん、周りが見えてなかった」

 

カズマは横目で星街とさくらみこに謝罪する。

 

「星街、俺が押さえてるから前に俺にした回復の力出来ないか?」

 

思い出すのはこの世界に来た時、傷を負ったカズマに星街が施してくれた魔法の歌。

 

「…ここまで傷が大きいと多分無理、私の回復効果はオマケみたいなもんだから…、それにアイツらは私の魔力を察知できるんでしょ」

 

「あっ…」

 

言われてカズマは思い出した。

そうだ、奴らは星街の魔力を感知できる装置を持っていた。

今、奴らから逃れられている状態だがもし星街が魔法を使えばこの場所はすぐさまバレる…

それは、マズい。

 

「せめてこの結界を抜けれれば…」

 

さくらみこが奴らが貼ったであろう結界の壁に触れる。

 

「この結界、中から外に出れないように貼られてるにぇ…」

 

「外との連絡も付かない、か」

 

星街はスマホを取り出し確認するが電波が遮断されている。

 

打つ手が無い。

だが、このままここに居てもいずれ見つかる、それにラプラスも…。

 

「…ぇ、かぃ」

 

「ラプラス!?」

 

か細い声が聞こえたと思うとそれは倒れ伏したラプラスだった。

 

「けっかい、はれ」

 

薄目を開けたラプラスは小さな声でそう言った。

 

「結界…?」

 

「はや、く…ッ! 小さくて良いからッ!!」

 

「は、はい!!」

 

息も絶え絶えでもその必死さにさくらみこは思わず了承し、手に札を構えるとぶつぶつと何かを唱え始めた。

 

「…はぁ、はぁ」

 

少し話せたがそれでもやはりまだ苦しそうだ。

それでもカズマは傷口を押さえながらもラプラスに問う。

 

「…なぁ、ラプラス、何で助けたんだ…?」

 

それを聞いたラプラスは苦しそうな顔をしながらも少し笑った。

 

「…借り、あるしな」

 

それは石段でのことだろうか。

だが、その次に続けたラプラスの言葉はカズマに衝撃を与えた。

 

「それに、ダチ助けるのに、理由なんて要らねえよ」

 

『自分の子供助けるのに理由なんて要らねえよ』

 

記憶の親父の言葉とダブった。

 

「そう、か」

 

カズマの言葉を聞くとラプラスは満足したのか目を閉じた。

どうやら気を失ったようだ。

 

「できた!!」

 

さくらみこが大きな声でそう言った。

その瞬間、4人は何かに包まれる。

どうやらさくらみこが結界を貼ったようだ。

 

「あっ!! 分かった!!」

 

そうしたら何かに気付いたのかさくらみこは奴らが貼っていた結界の壁に触れる。

 

「結界の内側で境界を跨ぐようにして結界を貼るとどうなると思う?」

 

さくらみこが問いかける。

 

「「…?」」

 

「ふふん、正解はその結界の境界面が跨ぐようにして貼った結界に中和される!!」

 

自信満々に彼女は説明する。

結界というのは魔力を用いて場所に作られる設置型の魔法。

その結界内に入ることで様々な能力や効果を受けることが出来る。

奴が貼った結界の効果で現在分かっているのは中から外への脱出を禁ずるのと、電波の遮断。

だが、今結界を跨ぐようにして貼られた結界はその部分だけ後出しの効果が適応される。

 

つまり今、奴らの結界はさくらみこが結界を跨ぐようにして展開したことでその場所が出入口になっている、という訳だ。

 

「結界を貼るときの常識だにぇ!!」

 

「でもみこち最初どうしたら良いか分からなかったじゃん」

 

「うるさい!!」

 

自信満々なさくらみこに突っ込む星街。

 

「それより早く!! これ相手には結界内に結界が展開したってすぐ分かっちゃうから!!」

 

「っ!! それを先に言え!!」

 

思わず叫ぶカズマ。

カズマは急いでラプラスを背負い、4人は結界の出入口まで急ぐ。

 

バンッ!! と何か重い物を踏み潰した音がした。

 

「…ッ!! 星街!!」

 

何かが空から降ってきた。

カズマは抱えたラプラスを悪いと思いつつも星街に投げ渡す。

 

カズマはそのまま両手をクロスして踵落としをしながら降ってきた新生桐生会若頭を受け止める。

 

凄まじい衝撃がカズマの体を駆け巡る。

 

「ぐぎぎっ!!」

 

カズマが踏みしめている地面がひび割れ抉れる。

それぐらいの衝撃だった。

 

「らぁああ!!」

 

カズマの唸り声と同時にボンボン、と響く爆発音

カズマはその受け止めた腕で爆発を起こし無理やり奴を弾き返した。

弾かれた奴は空中で体制を立て直すと対面に降り立つ。

その後ろから続々と桐生会の連中が追い付いてきた。

 

「もう、追い付いてきた…!」

 

さくらみこが絶望を隠しきれず声を漏らす。

 

結界の出口まであと数メートル。

だが。

 

「逃がさないよ」

 

奴は全くもって逃がすつもりは無いだろう。

万事休す。

だからこそ、カズマはここで思考を止める訳にはいかなかった。

 

…出口は背後、残り数メートル。

だが、奴を放置して逃げることは不可能、間違いなくこの距離を一瞬に詰めてくる。

いや、もし奴が俺たちを捕まえるより先に結界を出たとしても奴らは結界を解除するだけで逃げた俺たちを捕らえることは容易いのでは無いか?

どうすれば。

 

 

…待て、俺たちの勝利条件はなんだ、奴らから全員逃げきることか?

 

 

否だ。

 

 

……そうだ、それしかないし、それが良い。

奴の攻撃を受け止めた両手は既に使い物にならないが、何とかなる。

 

 

カズマは奴から目を逸らさず、そして星街とさくらみこにのみ聞こえる声量で話し始めた。

 

「…合図したら結界の出口まで一気に走れ」

 

「…この状況でそれが出来ると思う?」

 

ラプラスを背負う星街はそう言う。

 

「大丈夫だ、一つ案がある」

 

カズマは星街とさくらみこの顔を一瞥もしない。

 

「…ねえ、それって本当に大丈夫なの? 誰一人欠けること無く絶対に助かるやつ?」

 

星街は念には念をと確認を取る。

 

…ああ、そうだよな、おまえはそう言うよな。

口は悪いが意外と優しいやつだもんな。

 

だが、カズマは。

 

「ああ、信じてくれ」

 

そう返す。

 

「…分かった」

 

星街とさくらみこは頷いた。

 

「よし、今だ!!」

 

カズマは大声で合図を出す。

と、同時にカズマは片足を大きく踏み込んだ。

 

瞬間、大きな衝撃と爆発。

大量の砂ぼこりが舞う。

 

星街とさくらみこは一目散に出口に。

そして、結界を難なく脱出した。

 

「後は!!」

 

星街が結界を振り返る。

後はカズマが出てくるだけだ。

 

だが、カズマは来ない。

それどころか無事結界を出た星街とさくらみこを見て安堵しているように見えた。

 

星街の、案の定と言うべきか、嫌な予感が当たってしまった。

 

「アイツッ!!!!!!!!」

 

声を張り上げようとした、がその瞬間に再度爆発。

するとさくらみこが貼った結界が消失した。

 

それが何を意味するか。

嫌でも目の前で答え合わせが出来た。

 

「ふざけるなッ!!!!!!!!!!!!」

 

星街は怒号と共にさっきまであった出入口を思わず拳を叩きつけた。

 

「何が「信じてくれ」だ!! 一人勝手に背負うんじゃねえ!!」

 

結界に更に拳を叩きつける。

だが、返ってくるのは殴った時の衝撃だけ。

 

「クソがッ!!!」

 

「すいちゃんッ!!」

 

だが、その怒りに待ったをかけるさくらみこ。

 

「みこち、でも!!」

 

「気持ちはみこも分かる!! けど、今は」

 

さくらみこはそう言うと星街が背負っているラプラスに目をやる。

まだ息も荒い状態。

そうだ、まだ彼女は安全じゃないんだ。

その事実が星街を嫌でも冷静にさせる。

 

「多分、あの人はここで立ち往生しているのを望んでない、と思う… 嫌だけど」

 

「……ああああッ!!!! クソったれ!! 行くよ、みこち!!」

 

二人は結界を後にし、走り出した。

 

 

 

 

 

爆発で飛び、さくらみこの貼った結界の天井部分を蹴り壊す。

予想通り、さくらみこの貼った結界は消え去った。

地面に降り立ち、背後を見るとそこにあった出入口はもうない。

 

「自ら囮になるということか」

 

奴はそう言う。

 

「ちげえよ、倒すつもりだ」

 

カズマはいつでも攻撃できるようにと足を構えた。

 

「既にその両手は使い物にならず満身創痍、たったその足二本で私たちで倒す、と」

 

奴はここで初めて構えのようなものを取った。

 

「舐めるのも大概にしろよ、クソガキ」

 

口調も圧も変わった。

 

「…はっ、それが本性かよ」

 

「…この状況で笑えるのはよっぽど馬鹿か気が触れたか、どっちだろうな」

 

は? と奴にそう言われカズマは笑っていることに気付いた。

さっきと同じだ、何故か笑っている。

ここまで来たらもうカズマ自身も分かった。

無視できないこの感情。

 

 

この状態、状況がたまらなく嬉しいのだ。

 

 

「…ハハハっ!! ああ、そうだ、嬉しいんだ」

 

カズマは声を上げて笑う。

コイツらを足止めする限り、星街たちは安全だ。

誰かを守れている、この感覚があまりにも心地よい。

あの星街を、この俺が守れている。

その感覚があまりにも嬉しい。

 

「さあ」

 

両者睨み合う。

 

「やろうぜ」

 

二人は衝突した。

 

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