迷い人よ、ようこそ。   作:みなたか

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第十四話

カズマは気付くと住宅街の道路に立っていた。

 

「…は?」

 

困惑。

カズマの記憶は赤髪の青年によく分からない食べ物?を無理やり食べさせられた所で途切れていた。

 

周囲を見渡す。ただの住宅街、だがカズマはその場所に見覚えがあった。

 

「小学生の時の通学路…」

 

自分がどこにいるか分かったと同時に更に困惑が支配する。

カズマは今まで別の世界にいたのに気が付いたら元の世界にいたのだ、戸惑わない方がおかしい。

 

「…どういうことだ」

 

すると前からランドセルを背負った男児が二人、騒ぎながら走ってきた。

前にいるカズマには気付いていない、いや、まるで見えてないように走りながら騒ぎ続ける。

周囲を見渡していたのと、男児たちが走ってきたのもあってカズマは避ける間もなくその男児とぶつかる。

 

はずだった。

 

「…な、に?」

 

その男児はカズマにぶつかったはずなのにまるで何も無かったかのようにすり抜けていった。

 

思わず茫然とする。が、男児たちが走ってきた方向から歩いてくるランドセルを背負った子を見て、すぐさまこの状況は夢、もしくはそれに近しい状態だということを瞬時に理解した。

 

そのランドセルを背負った少年は下を向いて俯き、先ほどの男児たちと違い一人寂しく歩いていた。

カズマはその少年をよく知っている。

『岩崎 カズマ』

少年の胸元に付いている名札にはそう書かれていた。

 

 

 

 

 

「夢、それもここは過去…」

 

カズマは状況を整理しつつ、小学生時代のカズマの後を追っていた。

変わらず小学生のカズマは俯きながら一人寂しく下校してる。

確かこのころはまだ背も周りよりも小さかったんだよな、とその小さい背中を見て思い返す。

 

友達と呼べるような人は誰一人いなかった。

親がヤクザだから。ただそれだけで周りから遠目で見られ、触れてはいけない存在のように扱われていた。

嫌だった。全て、同級生も先生も皆ヤクザの子だからというレッテルで見てきて、誰もカズマ自身を見てくれない。

そしてその鬱憤はヤクザである父親にも向いていた。ヤクザである父親が本当に嫌だった。いや、憎んですらいた。俺が1人なのはヤクザの父のせいだと。

 

ぴしり、と夢だというのに頭に頭痛が走った。

 

「…っ! ああ、そうだ、あの時の俺はヤクザである親父を心底嫌ってたんだ」

 

だったらなぜ、今はヤクザに成りたいって…

 

また頭痛が走る。

痛む頭を片手で押さえたその時、真っ黒な車が一台、前を歩く小学生のカズマの横に止まった。

次の瞬間、カズマはその車に連れ込まれた。

 

「なっ!?」

 

思わずカズマは声を上げる。と、同時にカズマの脳裏に記憶が蘇る。

 

「そう、だ。 昔、下校中にヤクザに攫われたことがあったんだ、親父の組が邪魔だからって…」

 

痛む頭を押さえながらも走り去る車を見る。だが、その後どうなったかは思い出せない。

 

すると景色が移り変わった。

 

時間帯は夜、どこかの倉庫だろうか、椅子に縛り付けられた小学生のカズマとそれを取り囲むように佇む数十人の人間がいた。全員ヤクザだ。それもカズマの父親である岩崎組組長に恨みを抱いていたり邪魔に思う連中。

カズマの父親の岩崎組組長は昨今珍しい義理人情を掲げる任侠道を重んじる組、出る杭は打たれるように敵も作ることが多かった。逆に慕ってくれる人たちも多かったが、まあ内情を知らない奴からみたら全員等しくヤクザだ。カズマの周囲にそのことを知ってくれる人は誰一人としておらず、孤独を極めていた。

 

カズマは痛む頭を押さえながら思い出してきた記憶を辿る。

 

「確か、この後組の全員が来てくれたんだ」

 

そこにはカズマの父親を中心とした岩崎組が全員、倉庫に現れる。

 

「だが、俺が人質に取られているから下手なことは何もできず、ただ相手の言うことに従うしかなかった」

 

恨みを抱くやつが多数いた場で何が起こったのか、それは。

 

「親父のリンチだ…」

 

カズマが呟くと次の瞬間に、カズマの父親は集団で殴る蹴るのリンチを受けていた。

誰も止めることはできない。動こうとする岩崎組の連中をカズマの父親は声を荒げて止める、カズマがいるから、と。

 

小学生のカズマはその光景をまじまじと見せられた。

いくら嫌っている父親であっても、腐っても父親だ。それも父親がリンチを受けている原因は自分が捕まっているから。そんな光景を見せられて平気でいられる訳じゃなかった。

 

リンチを行っているリーダー各の人間が懐から黒光りするものを取り出す。

それは小学生のカズマでも知ってた。おもちゃではなく本物であることもその男の様子を見て分かった。

 

「「やめろおおおおおお!!!」」

 

小学生のカズマとカズマ自身も思わず叫んだ。たとえ記憶だったとしても我慢できる訳なかった。

 

椅子に縛られているカズマは左右に必死にもがき、拘束を解こうとする。

すると、小学生相手だからか、もしかしたら子供相手だったからかそこまできつくは縛っていなかったのだろうか、なんにせよカズマを縛り付けているロープの紐が少し緩んだのだ。

カズマは拘束を解き、周りが反応するより早く駆け出した。

狙いは銃を構える相手、その腰元にカズマは迷わずタックルをぶつける。

当たり所がよかったのか、相手は急な衝撃に後ろに倒れこむ。

しかし、たかが小学生のタックル。すぐさま相手は起き上がると今度はカズマに銃口を突きつける。カズマは動けない、唐突に浴びせられるその強烈な殺意に。

人質の小さい小学生に転ばされたという事実が相当頭にきていたのだろう、顔を真っ赤にして相手はそのまま銃の引き金を引いてしまった。

 

その弾丸はカズマを貫くと思われた。だが、そうはならなかった。

気づくとカズマの父親がカズマの目の前に立っていた。

 

「無事か、カズマ」

 

その光景はかつて体験したラプラスと同じ情景を思い出させた。

思わず呆然とするカズマ、カズマの父親はそのままカズマに向かって倒れこむ。

手に生暖かい感触が触れる、見ると真っ赤な血で濡れている。誰の血なんて見れば一目瞭然だった。

 

「あああ、あああああ!!!」

 

そこからは阿鼻叫喚だった。

岩崎組と奴らの全面戦争。少なくない血が流れたが結局その場を征したのは岩崎組だった。

 

 

場面が変わる。

小学生のカズマが目を覚ますとそこはとある病室の一室。

あの後気を失ったカズマは病院に運ばれた。幸い怪我は少なった、だがそれ以上に問題があった。

あの場であった出来事の記憶の全てを失っていた。

医者からは過度なストレスが加わった結果、脳がカズマ自身を守るためにその箇所の記憶に蓋をしたそうだ。

 

撃たれた父親である岩崎組組長に関してだが、幸い死ぬことは無かった。その代わりに体の半身に麻痺が残り、杖なしでは歩けない体になってしまったが、本人は命があっただけでも儲けもんだとあっけらかんとしていた。

 

カズマは父親が入院している病室を訪れる。普段なら絶対に会おうとすら思わなかった。だが、それ以上にカズマは「会わなければ」という何とも言えない思いが支配していた、記憶が無かったのにも関わらずだ。

 

「カズマ! 良かった、無事だった… いや、記憶が無いんだったか…」

 

医者から説明は受けていたのだろう、父親は言いかけた言葉を飲み込み、口をつぐんだ。

カズマは改めて父親の姿を見る。

包帯に巻かれ、見るからに傷だらけの父親を。ふと、ベットの端に松葉づえが置かれていることに気づいた。その視線に気づいた父親は言う、もうまともに歩けない、と。

 

「一番身近な家族のことをないがしろにしてきた罰だな」

 

乾いた声で言うと父親はカズマを見据え、頭を下げた。

 

「ごめんな」

 

一瞬、カズマは何を言われたのか理解できなかった。だが、頭を下げる父親の姿を見て先ほどなんて言われたのか理解できた。

 

「多分、何で今更こんなことを言ってるのか分からないとは思うんだが、それでも言わしてくれ、ごめん」

 

再度、父親は謝罪する。

 

「…なにが」

 

ここで初めて小学生のカズマが口を開いた。

 

「今回の、いや、それだけじゃない。俺がヤクザをやっていたせいでかけた迷惑のことだ」

 

「迷惑って…」

 

言いたいことは沢山あった。父親がヤクザのせいで周りから孤立していること、ずっと一人だということ、長年抱えていた孤独をたった一言の謝罪で済まされたことを、だがその当時の彼にとってその思いを言語化するには少し難しいことだった。だが、答える前に父親の姿をみた。

その姿は今まで見てきた父親の姿の中で一番小さく見えてしまった。いつもみんなの前を胸張って堂々と肩で風を切って歩いていた親父の姿とはかけ離れていた。その姿を見た途端に今まで抱えていた思いや怒りが収まろうとしていた。

 

「…んだよっ、今更!」

 

カズマは苦し紛れにその言葉をつぶやく。

 

「…ああ、そうだよな、今更だよな」

 

父親は顔を上げる。その顔は何かを噛みしめてるような、悲しそうな顔だ。

そんな顔を見て、カズマは胸の内にむかむかした形容しがたい気持ちを感じ取った。

 

「…だったら、ヤクザ、辞めるの?」

 

カズマのその問に父親は目を閉じ、落ち着かせるように息を吐き、目を開いた。もうその顔はカズマのよく知る父親の、ヤクザの顔に戻っていた。

 

「いや、辞めない。 あいつらだって俺にとってはお前と同じ家族だ、その家族を路頭に迷わせる真似は絶対にできない」

 

あいつら、とは組の連中のことだろう。

 

「…その足、前みたいに動かないって医者が言っていた」

 

「足ぐらい無くても何とかなる」

 

父親のその返答を聞き、先ほどの形容しがたい気持ちがさらに膨らむのが分かった。何かが渦巻く、カズマは口を開く。それは言葉にした途端にさらっと出た。

 

「俺が代わりに、強くなる」

 

ここで、記憶は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

『今日は数十年の一度、彗星が急接近する日。本日の夜、空を見上げればほとんどの地域では肉眼でその姿が見ることができるでしょう。』

 

テレビに映るニュースキャスターが言う。

 

『加えて今日はあの桐音テクノロジーズが主催する新ドーム完成ライブ。出演するのは「星街すいせい」さん。 彗星の接近と「星街すいせい」さんのライブ、何か運命的なものを感じますね。』

 

『では、本日のニュースはここまでになります、現地ライブに参加される方、配信で視聴する方、今日という祝福された日を目一杯楽しみましょう。』

 

 

 

 

夜、既に入場の開始しているドームの前に数人の人影が並ぶ。

 

「まず、改めて俺たちの勝利条件を確認する」

 

シエンはその場に集った仲間、HoloXの全員に加え、新たに手を貸してくれる人を見渡して言う。

 

「1、『カズマの救出』 2、『サクラ神社の結界を取り戻す』 3、『桐音テクノロジーズ、新生桐生会の打倒』細かな作成内容はさっき説明した通り、全員OKだな?」

 

全員うなずく。

 

「じゃ、私はさっさと配置に移動するわ」

 

肩に黒い布で覆いかぶさった長い何かを抱えている彼女はかつてカズマ、星街、シエンが一緒に食事をしたラーメン屋、「麺屋ぼたん」の店主、獅白ぼたん。

シエンが頼み込み、手助けを行ってくれることになった。

 

「来てくれてありがとう、ぼたんさん、今回は頼みます」

 

「良いって、照れくさい、それに桐生会関係なら手伝わない訳にはいかないしさ、私も世話になったんだし」

 

彼女はそう言うと軽く手を振り、自分の持ち場に移動していった。

 

「あの人、ダダものじゃないでござるな…」

 

「うん、全然隙が無かった、バケモンでしょ」

 

風真と沙花又がこしょこしょと呟く。

 

「言っとくけど、あいつ耳も良いからこの距離でも多分聞こえてるぞ、変なことを言わないようにな」

 

シエンがそう言うと二人は慌てて口に手を当てて黙った。その様子を見て思わず苦笑していまうがシエンは話を続ける。

 

「あいつらは既にドーム内で待機中、あとは…」

 

唐突にシエンの面前に映像が投影された。

 

「おわっ!? びっくりした…」

 

『悪い悪い、こっちの方が早いって思って』

 

映像に写るのは青髪に黄色のメッシュが入った少年。

 

「当たり前のようにとんでも技術を使いやがって… まあ、いいや。そっちはどんな感じっすか?」

 

『オールオッケー、いつでも突撃できる準備をしてお前らの真上で待機中』

 

シエンとそこにいる面々は真上を向くがそこには何もない、だがそこに居るらしい。

 

『ステルスで隠れてるからね、完全に見えないでしょ』

 

「はい、大丈夫そうですね。…改めて協力感謝します、アステルさん」

 

『ま、あのラプラス・ダークネスからのお願いだからねー。 いきなり訪ねてきた時はつっかえそうと思ったけどあそこまでお願いされたら致し方なしって所だよ』

 

アステル、映像に映る少年はそう呼ばれた。

 

「オメー、ちゃんと仕事はしろよ」

 

『分かってるっての、クソガキ。僕に協力を依頼をしてきた時はもうちょい大人しかったのに受けた途端これだよ』

 

「うちのラプがスミマセン…」

 

ルイが画面のアステルに頭を下げる。

 

「アステルさん、彼女は?」

 

シエンがアステルに尋ねる。

 

『彼女…、あの巫女さんね、後ろでぐっすり寝てるよ。バイタル的にも問題なし』

 

「なら良かった、彼女の力も絶対に必要になりますから」

 

『了解、安全運転で参りますよっと。 改めて確認するけど、僕が手伝うのは観客の安全確保のみ、それ以上の干渉は僕が怒られるからしないからね』

 

「なんだよー、ケチ臭いなぁ、もうちょっとやっても良いじゃねえか」

 

『うっさいぞクソガキ、僕はお前と違って好き勝手に力を使える訳じゃねえの』

 

「吾輩だってそうだわ。 だからこんな腕輪とか付けられてるんだし…」

 

ラプラスは腕と足に装着されている拘束具を恨めしそうに見る。

 

『それはお前が昔暴れすぎたからだろ、自業自得だ。 俺は自制してるからそんなものは付けてないし逆にそれ以上のことは出来ない。分かったか、クソガキ』

 

「ぶぅ…」

 

ラプラスは不服そうにぶー垂れるがアステルの言うことは最もなので何も言えない。

 

『ん? というかよく見たら首の拘束具はどうした。付けて無いじゃないか』

 

「ああ、今回は邪魔だったから外した」

 

『外した!? そんな簡単に外れるもんなのかよ!?』

 

「フハハハ、これが吾輩の力ってわけ」

 

「嘘言いなさい、今回は特別ってことで許可が下りただけでしょ」

 

ラプラスの物言いに呆れながらルイは突っ込みを入れる。

 

『…成程、そういうことか。 だから僕が干渉するのも特に問題ないって判断が下りた訳か』

 

腕を組み成程なと勝手に納得するアステルに皆は疑問符を浮かべる。

 

『ああ、別に皆は気にしなくていいよ、こっちの話。 それよりこっちの準備はOKって訳だから』

 

「うっす、今日はよろしくお願いします」

 

アステルは手を振り、映像が消えた。通信が切れたようだ。

 

「…さて、後は」

 

「そう言えば言っていた、知り合いのバーテンダーの協力者っていうのは?」

 

ルイがシエンに尋ねる。

 

「ああ、さっき連絡があって、どうも少し遅れるらしい。こっちに来るのに時間がかかってるそうだ。ただ作戦時間までには到着できるはずだから先に行っといてくれって」

 

「大丈夫なのか、それ?」

 

ラプラスが疑問を口にする。

 

「ああ、アイツが問題ないって言ってたからな。だから大丈夫」

 

「それはとても厚い信頼なこって」

 

「こら、そんな厭味ったらしく言ったらダメでしょ、ラプちゃん」

 

こよりがラプラスに注意する。

 

「カズマ君のことが心配なのは分かるけど、焦っちゃだめだよ」

 

「べべべべべべ別にあああああいつなんて心配してないし、焦ってもないけど!!」

 

「いや、その反応には無理があるでしょ」

 

思わず沙花又がラプラスに突っ込む。

 

「はいはい、そこまでにして、じゃあ配置については変わりなく?」

 

「ああ、問題なし、手筈通り頼む」

 

ルイの言葉にシエンはそう答える。

シエンは目を閉じ、深く息を吸い、吐く。

そして、目を開いてニヒルに笑い、宣言した。

 

「さあ、任務開始(ミッション・スタート)だ」

 

 

 

 

 

 

「思い出した?」

 

「ああ、全部、思い出した」

 

何もない、真っ白な空間で小学生のカズマに問われ、カズマはそう呟いた。

 

「確かにあの時、俺は記憶に蓋をした。でも、それでもあの時の思い、後悔や怒り、感情だけは残ってたんだ」

 

あの時に抱えていたのは激しい後悔と怒り。

 

「少しでも強かったら、あの時、捕まらなければ。皆と父さんが傷つくこと無かったかもしれない」

 

「…言わば「強くなりたいと思った理由」という過程を全て吹っ飛ばして、「強くなる」という結果だけ得た状態だったわけだ。そりゃ土台もクソも無いグラグラな状態になるに決まってる」

 

思わず自分を笑いそうになる。

 

「普通ならここまで拗らせない。でも僕には「喧嘩の才能」があった」

 

「ああ、鍛えれば鍛えるほど周りの人たちよりもずっと強くなれた。それに没頭して「強くなる」ことが目的になってた俺にとって「強くなる理由」なんてものは尚更必要なくて全く考えなかったんだ。」

 

「でも、彼女に会った」

 

公園で星明りに照らされ、歌う彼女と。

 

「美しかった。カッコよかった。ああなりたいと憧れた。」

 

「だけど、それ以上に、自分自身を貫くその歌を見て思った。彼女は「歌いたいから歌っているんだ」って」

 

「本来の理由を忘れてただ「強くなる」だけを掲げていた俺にとってあまりにも眩しすぎた」

 

「でも、今は違う、でしょ?」

 

「ああ」

 

小学生のカズマに問われ、カズマは答える。この記憶の旅で思い出した回答を。

 

「ただ、傷ついてほしくなかったんだ。親父も、組の連中も。だから強くなろうと思ったんだ」

 

「守りたいと思えるものを守れるようになるために」

 

「俺の原点はそこだったんだ」

 

噛みしめるように、カズマは言う。

 

「もう、大丈夫?」

 

小学生のカズマはカズマにそう問いかける。

 

「ああ、ありがとう。『ラプラス』 俺はもう、忘れない」

 

小学生の姿をしたカズマ、いや、ラプラスは微笑み、頷くと、その姿は霧のように霧散した。

彼女はカズマの記憶の蓋を外した時に残ったラプラスの魔力の残滓。それが小学生のカズマを形作り、この記憶ツアーをサポートしてくれていた、とカズマは解釈していた。

 

ラプラスが消えた場所に青白い扉が現れる。

カズマはそのドアノブをつかんだ。

 

「行こう。話さないといけないやつがいる」

 

カズマは躊躇いなく、扉を開いた。

 

 

 

 

 

5万人は収容することの出来る超巨大ドーム。そして全席満席で埋め尽くされた観客席。観客が持つペンライトが席を照らす。その様子はまるで満点の星空のようだ。

 

「確か5万人以上がいるんだっけ? それに加えてネット配信も。はは、私ってこんなにも人気になっちゃったか」

 

いつものチェック柄の服ではなく、青と白を基調とした左右非対称のアイドル衣装に包まれた星街すいせいは舞台の袖からその様子を見ていた。

 

「今思えば、ノリと勢いで始めたんだっけ」

 

それに加えてみこちの言葉と、後は反抗心というか人とちょっと違うことをしたいっていうグレていたころのちょっとした反骨心。

 

「自分の思いを表現して、それをただ自分のための歌っていただけ、周りは勝手に付いてきた」

 

でも、今日は。

 

「今日は、人のために歌う」

 

観客の上の方を睨みつける。そこは関係者席、恐らく桐音テクノロジーズ社長であり新生桐生会の若頭が座って見ているはずだ。

 

「でも、断じて、てめえらの為じゃない」

 

このライブ中にことを起こすのだろう。その準備をしているのを横目で見ていた。だが、絶対に奴が描いた絵にはさせない。

 

「ただ純粋に私の歌を聞きに来てくれた人、私の歌を心待ちにしてくれる人の為に歌う」

 

ふと、初対面で私の歌を聞いて「良かった」と涙を流して聞いてくれた男を思い出した。

 

「…大丈夫だ、アイツは絶対に戻ってくる」

 

そう信じていた。シエンに言われたからじゃない。かつて落ちぶれた私が立ち上がったように、強面で、でも優しくて、ちょっと心が繊細な、どこか私と似ているアイツは必ず立ち上がるという自信があった。

 

胸に手を当て一歩踏み出す。

活動開始直後さくらみこと一緒に考え、それ以降ずっと使っている挨拶を呟く。

 

「彗星の如く現れたスターの原石!!」

 

それは私が来たのだと知らしめる挨拶なのと同時に私自身を奮い立たせる合図。

 

「すいちゃんは? 今日も可愛い!!」

 

さあ、最高のライブにしよう。

 

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