大神さんが来てから更に2週間後、俺はいつもどおりバーで働いていた。
来店のベルが鳴る。
「いらっしゃいませー」
「ど、どうも」
「ああ、お久しぶりです。白上さん」
来店してきたのは白髪ケモミミ美少女の白上さん。
「お一人ですか?」
「あ、はい」
「こちらへどうぞー」
俺はカウンターに白上さんを案内し、お冷とメニュー表を渡した。
「…どれにしようかな」
「今日のオススメはグラタンですね」
「あ、じゃあそれでお願いします」
「かしこまりました、お飲み物などはどうですか?」
「お茶で」
「分かりました、少々お待ちください」
マスターに注文を通して俺はドリンクを先に白上さんに持っていた。
「お飲み物です」
「…ありがとうございます」
さて… 俺は白上さんの様子を改めて見る。
いつも以上に覇気がなく、見るからに元気が無さそうに見えた。
夏色さんが言っていたのはこれか
「何かありましたか?」
「え…?」
「見るからに元気が無さそうだったので」
「…そう、ですか」
その言葉だけ話すと再び白上さんは黙ってしまった。
この前の大神さんの出来事が思い出される。
これ以上踏み込まない方が良いだろうか…。
あ、そう言えば大神さんが持ってきてくれた漫画のお礼を言っていなかったのを思い出した。
「そう言えばこの間、大神さんが漫画持ってきてくれました。貸してくれてありがとうございます」
「あ、いえ。全然」
「ただ、ちょっと量がかなりあるので読み終わるのにちょっと時間がかかりそうです」
「…大丈夫ですよ、ていうかその漫画あげちゃいます」
「え?」
「もう多分読むことも無いと思いますし」
もう、読むことはない…? 何度も読んで内容を全て覚えてしまったとかそう言うことか?
すると思考を断ち切るように、丁度マスターが俺を呼んだ。
「虎太郎君、話してるところ申し訳ないんやけど料理持って行ってくれないかな、今ちょっと手が離せなくて…」
俺は思わず白上さんの顔を見ると白上さんは行ってきてくださいと微笑みかけてきた。
後ろ髪を引かれる思いで俺は仕事に戻った。
他の客から注文を受け、料理を運びながら考える。
白上さんのあの時の言葉、表情の意味を。
夏色さんから聞いていた通り何かに悩んでいるのは間違いない、だが…。
「あんまり踏み込み過ぎるのもな…」
その理由を聞くのは少し躊躇していた、いや、聞く勇気が無かった。
この前の大神さんに踏み込み過ぎて拒否られたのが何気に響いているのは自分でも自覚している。
「…はぁ」
「どうしたんよ、そんな溜息ついて」
「マスター…」
料理を作っていたマスターは俺に声を掛けてきた。
丁度良いからちょっと話を聞いてもらおう。
「…悩んでいる人に何かあったのか聞くのに躊躇してて」
「何でまた」
「その、踏み込み過ぎて嫌われないかなぁって思っちゃって…」
「はぁ?」
マスターは何言ってんだコイツと言わんばかりの顔をしてきた。
「…なんちゅー顔してるんですか」
「いや、だって虎太郎はそういうこと気にしないタイプだと思ってたから、マイペースと言うか良い意味で空気を読まないみたいな感じ」
「…」
「それに、虎太郎は後のことをやる前から考えるより、やってから考えるタイプじゃない?」
マスターに言われ俺はハッとした。
そうだよ、思い出せ、俺はいつも後のことはやってから考えるタイプだ、夏色さんの時だってそうだったろ。
俺は頬を両手で軽く叩いた。
「よっし、ありがとうございます、マスター」
「お、もう大丈夫か、それじゃあこれ」
マスターはオーブンからグラタンを取り出す。
「フブキさんに、よろしくやで」
「了解です」
「お待たせしました」
「あ、ありがとうございます」
白上さんの前にグラタンを置く。
立ち去る前に一声かけていこう。
「お節介だったら申し訳ないんですけど」
「?」
「俺、白上さんには結構感謝してるんですよ」
「え、どうしたんですか、急に」
「まあまあ聞いてくださいよ。俺こっちに来て、まだ右も左も分からなかったのに親切にしてくれて、住む場所も見つかって働く場所も見つかって。これ全部白上さんのおかげなんですよ」
「そこはミオも手伝ってましたよ?」
「それはそうですけど、取りあえず何が言いたいかと言うと。 今、俺がここにいて生活できているのは貴女のおかげなんです。本当に感謝してるんですよ」
「…」
「だからもし、何か悩みとかあるんだったら力になります」
「荒川君…」
「話すだけでも楽になったりしますし」
「…」
「取りあえず、俺が言いたいのはこれだけです」
よし、言いたいことは言い切った。
俺は一礼し、カウンターに戻ろうとした。
「ま、待ってください」
白上さんは俺の服の裾を掴んで呼び止めた。
「はい、何でしょう」
「えっと… その…」
俺は白上さんが言うのを待つ。
「…荒川さん。今日のお仕事ってどれぐらいで終わりますか?」
「時間ですか、えーっと、後2時間ぐらいですね」
俺は時計を確認し答えた。
「その後のお時間を少し頂いても良いですか、聞いてほしい話があって」
白上さんが俺を見る顔、それは助けて欲しそうな顔をしているように見えた。
「はい、大丈夫ですよ」
だから、俺はそう返した。
白上さんとは俺の仕事が終わったタイミングでバーの前で集合することを約束し、その後は普通に仕事をしてた。白上さんはずっと店に居座るのも悪いと言って食事が終わると店を出た。その代わり入れ替わりで夏色さんが夜食を食べたいとバーに突撃してきたりした。
「それじゃあ、お疲れ様でしたー、お先失礼しますねー」
「ほーい、お疲れー、今日もありがとうなー、明日もよろしくー」
「はーい」
あれから2時間後、俺は勤務を終わらせて店を出ようとする。
夏色さんはまだデザートを食べているようだ、こっちを見て手を振った。
「虎太郎君じゃあねー」
「はい、夏色さんもまた」
俺は店の外に出た。
「お仕事お疲れ様です荒川君」
そこには白上さんが既に立っていた。
「さっきぶりです、白上さん」
「はい…」
話があるということだったが、バーの前でいきなり話すのも憚られるだろう。
「場所、移動しましょうか」
「分かりました」
俺と白上さんは街灯に照らされた夜道を並んで歩く。
無言なのもあれなので俺は気になっていたことを聞いてみた。
「そう言えば、白上さんはどうして今日はバーに来たんですか?」
「え?」
「その、気に障ったら申し訳ないんですけど、元気ないのにわざわざバーに来たのはどうしてなんだろうなぁって」
「…その、色々考えてたらつい、バーに行きたいなぁって思って、気が付いたら足が勝手に動いてました」
「そうでしたか」
特に意味は無く、なんとなくで来た感じか。
「…もしかしたら心のどこかでこうなることを期待してたのかな」
「こう、とは?」
「荒川君に話を聞いてもらうことを、です」
俺に話を聞いてもらう…、何というか頼ってくれたのは嬉しいが。
「大神さんや、夏色さんには聞いてもらおうとは思わなかったんですか?」
「…心配かけてしまうと悪いし、特にミオにはこれ以上負担を掛けたくなくて」
「それで溜め込んでしまったら元も子もないでしょうに」
「…はい」
「夏色さんも心配してましたよ、「フブキが元気無いー」って」
「まつりちゃんが…、ええ、そうですね、反省します」
「…さて、ここら辺で良いか」
着いたのは公園、バーからはそれほど距離は離れていないが、夜も遅く、公園には誰も居ない。
「白上さん」
「はい」
誰も居ない公園、俺の前に白上さんが立ち、俺の方を振り返った。
「…今から丁度一ヶ月後、白上一族主催のとある祭が開催することが決まりました」
「祭?」
「はい、この祭りが前回開催されたのは300年前らしいです」
「300年前!? なんでそんな祭が…」
「祭の名前は「昇華祭」、適正のある白上の一族の女性を巫女として、その巫女を人から神に昇華させる催しです」
白上さんの苦しそうな表情、俺はそれを見て、何か嫌な予感がした。
「一ヶ月後に開催される昇華祭、その巫女は私です」
昇華祭
それは数百年に一度、適正を持って生れて来た白上一族の娘を人から神へと、位を上げる、昇華させる祭事。
白上一族とそれに連なる大神一族はその神になった人から受けた神託でもって繁栄を続けて来たらしい。
「…神になった人って言うのはどうなるんですか?」
「「神に成る」というのは別に死ぬわけでは無いんです。人という次元から一つ上の段階に行く、それだけ、なんです」
死ぬわけじゃない、だったら何故、白上さんはここまで苦しんでいる?
いや、神に「成る」? 今、一瞬俺の脳裏に嫌な予感が走った。
「…白上さん、神に成った「人」って言うのは神に成る前の「人」と同じなんですか?」
俺のその問に白上さんは
首を横に振った。
「神に成った人は元の人の人格、記憶、全てが無くなり、新たに神としての人格に成る。そう聞いています」
…俺は数分前の俺を殴り飛ばしたくなった。
何が夏色さん達に話さないんですか、だよ。ふざけんな、こんな事誰にも話せないだろ、普通。
自分が死ぬことなんて。
人格と記憶の消失、それはもうその人が死んだのと同然だろ。
でも白上さんは俺に教えてくれた、それは何故か、俺が聞いたからだ。
だから話してくれた。
ふと、白上さんと最初に会った時のことを思い出した。
確か白上さんは滝に打たれていた。
もしかしてあれも何か関係あるモノだったのか。
「最初に会った時に滝に打たれてたのって」
「神に成る器を鍛える為の鍛錬です」
「その鍛錬っていつ頃から」
「いつ頃でしょう、でも物心ついた時からやっていましたよ、神の器に成る為だって」
「…白上さんはそれを受け入れたんですか?」
自分で思った以上に低い声が出た。
「受け入れてた… はずだったんだけどね」
あはは、と苦笑いする白上さんはとても、とても苦しそうな顔をしていた。
「怖くなっちゃいました」
俺は思わず口を開いた。
「逃げましょう」
「え?」
「逃げましょう、そんなのまともに受け入れるのもおかしな話です」
「で、でも」
「…少しだけ俺の話を聞いて貰っても良いですか?」
これはこっちの世界に飛ばされるより前の話だ。
高校三年になり、誕生日を迎え18才になった春、学校では進学や就職の話が本格化してきたころ。
両親が死んだ。
「そんな…」
「死因は交通事故でした。 両親が死んだ直後はそりゃひたすらに悲しかったんですけど、問題はその後だったんです」
両親の葬式が終わった後だった。
「俺の家、と言うか家系って結構大きい会社を営業してまして、今の社長は俺の祖父、そしてその跡取りは俺の父親だったんです」
だがその父親が死んだ。そしたらどうなったか、そう。
「爺ちゃんは俺を次の社長に指名してきたんですよ、伯父とか居たのに「家は長男が継ぐべきだ」って言って」
もちろん、直ぐに社長にするわけではなかった、だが、爺ちゃんはそれなりに年を取っていたから早めに後継者を作りたかった、だから俺にこう言った。
「高校卒業後はうちの会社に入れ、進学する必要もない」
「あの人は俺から未来の選択肢を奪っていったんだ」
反抗することもできなかった、まるで当たり前のようにあの人は言った。
だから何もかもが嫌になって俺は、逃げた。
そして手紙をくれたオッサンに出会った。
「だからさ、逃げて良いんだよ。俺がそうだったように、嫌だったり、受け入れることの出来ないことがあったら逃げて良いんだ」
確かに強いやつは受け入れて乗り越えたりするんだろうけどさ、俺はそういう人間じゃなかったし、全人類そういう人間ばかりじゃない、逃げても良いんだよ。
「私は…」
悩んでいる白上さんに俺は手を差し出した。
「白上さんはどうしたい、このまま受け入れるか、逃げるか。逃げるのなら俺は全力で君を助けるよ」
俺の言葉を聞いた白上さんは、俺が差し出した手に自身の手を恐る恐る伸ばした。
そして触れるか触れないかの時、公園に新たな気配がした。
「お迎えに上がりました」
振り向くとそこには人影があった。1人や2人ではない10人から20人ぐらいはいる、そして全員、狐の面を被っていた。
白上さんは伸ばしていた手を引っ込めてしまった。
「白上さん!!」
俺は思わず白上さんの手を取り、逃げ出そうとするが、その手は白上さんを掴むことはなく、代わりに視界が逆転した。
体に強い衝撃が走り、呻くと同時に俺は投げ飛ばされたということに気が付いた。
顔を上げると、白上さんの前に狐の面をした人が立っていた。顔は面で隠れているが女性ではある、髪色は黒、そしてよくみた獣耳。
「…ッてめえ!!」
思わず俺はなんであなたがそこにいるのかとか、何でそっち側なんだとか色々と頭がよぎったがそれ以上に手を動かした、白上さんを連れて逃げないと、その一心だった。
だが。
今度はお腹に衝撃が来た、そして顔に一発。
「―――――ッッッ!!!!」
痛みが体を駆け巡る、早すぎてまるで見えなかった。だが相手は片足を振り上げていることから蹴りを喰らったんだということが分かる。
「ああああああああああ!!!!!!!」
もう、なりふり構っていられなかった。
俺は痛みに耐え、足元も覚束ないまま立ち上がり、再度立ち向かう、が。
今度は相手が回し蹴りを放つのが見えた、アドレナリンが出まくっているのか全てのものがスローモーションに見える。
ああ、やっぱり、と思うより先に、今度は先ほどより強く蹴り飛ばされた。
吹き飛ばされる体、うっすらと白上さんの姿が見えた。こっちを見ていたが、その表情は見たことのないぐらい苦しそうな、悲しそうな、顔をして涙を流していた。
吹き飛ばされて転がる体。
うっすらと見える視界からはもう白上さんと狐面の集団はいなくなっていた。
んだよ、これ、何なんだよ…ッ!!
意識が無くなりそうな視界の中、最後に見たのはこちらに走って駆け寄ってくる夏色さんだった。
目が覚めたらバーのソファーに寝かされていた。
体を起こす、お腹に痛みが走る。
「…っ」
「あ、良かった、目が覚めた!!」
そばに夏色さんがいた、カウンターを見るとマスターもいる。
「ビックリしたよ、帰り道の公園で倒れててさ、急いでロベルさんを呼んでここまで運んできたんだよ」
「そうそう、ほんまにビックリしたで、何があったんや」
夏色さんとマスターが事情を聞こうとしてきた。
「…おれ」
気を失う前のことをだんだん思い出してきた、思い、だして…
「…すみ、ません、俺、おれ」
何故、助けれなかった。
助けるって言ったのに。
何も、何も出来なかった。
あれが逃げ続けた結果ってやつか。
ふざけんな、ふざけんなよ…
夏色さんが手を頭に置いて撫でてきた。
普通なら何をするんだと手をどかすのだが、そんな気は全く起きなかった。
「ゆっくりでいいよ」
その言葉を聞いた俺は片目から涙がこぼれた。
すると、両目からどんどん、どんどん、涙が止まらなくなってきた。
「…ああ、ああ」
助けるって言ったのに。
なにもできなくて。
ただ、ぼろ雑巾のように飛ばされて。
情けなくて。
弱くて。
悔しくて。
涙が止まらない。
「うああああああああああ」
そして何より、最後の白上さんの表情を思い出す。
俺は彼女にあんな表情をして欲しくなかった。