「ここは…」
俺は何もない、真っ白な空間に立っていた。
「…はぁ」
俺はそこに座り込む。
もう、何もやりたくなかった。
「もうマジ無理、しんどい」
引きこもりてぇな…
その瞬間、俺の頬に衝撃が走った。
吹き飛ばされる体。
「え、ちょ、何!?」
何が起きたのか、俺は急いで立ち上がる。
俺が座っていたところに拳を振り抜いた状態で人が立っていた。
「…親父」
「おう、こんな所で何やってるんだ馬鹿息子」
死んだ親父がいる。
ああ、ここは夢か、もしくはあの世か。
「夢ですよ」
もう一人現れた。
「母さん…」
俺の前には死んだはずの父親と母親がいた。
そうか、これは夢か、でも、それでも。
「…っ」
「泣くな!!」
涙が溢れそうになった俺を親父が叱った。
「全く、お前は一体いつからそんなに泣き虫になったんだ、男なら簡単に涙を見せるな」
「んなこと、言われたって、仕方ねえじゃんか!!」
死んで言えなかったことを、吐き出すように口から出た言葉は止まらなかった。
「俺だって、泣きたくて泣いてるわけじゃねえ!! というか、今泣いてるのも親父と母さんのせいじゃんか!! いきなり俺を置いて行って死ぬなんてさ!! ふざけんなよ、俺があの後どんだけ苦しんだか、悲しんだのか、分かってるのかよ!!」
「それは…」
「ごめんね、虎太郎」
母さんは俺を抱きしめた。
「本当に、ごめんね、一人にして」
「…母さん」
ここは本当に夢なのだろうか、母親に抱きしめられ俺はそこに、確かに暖かさを感じだ。
「…ごめん、言い過ぎた、親父も母さんも死にたくて死んだわけじゃないのに」
「いや、良い、お前がそう思うのも当然だ」
俺は母さんの抱擁を優しく解き、親父と向き合った。
「さて、改めて聞くが、虎太郎、お前は一体ここで何をやってる?」
「…」
正直、自分でも分からない、気が付いたらここにいたとしか言えない。
「…分からない」
「そうやって今回も逃げるか?」
「そ、れは…」
思い出す、あの世界の事を。
「虎太郎、本当にそれで良いのか?」
思い出す、出会えた人々のことを。
「悔しいとは思わないのか?」
思い出す、連れ去られた白上さんのことを。
「一度、折れただけで諦めるのか?」
思い出す、あの時の白上さんの顔を。
「…だ」
「大きな声で言え」
「嫌だ!!」
助けを求めてたあの顔を、諦めるなんて嫌だ!!
「そうだ、それで良い」
「だったらもう、こんな所にいたら駄目でしょ」
親父と母さんの姿に靄が掛かる。
「良いか、一番大事なことを、成し遂げたいことを胸の奥底に添えるんだ。それがきっと虎太郎、お前の力になる」
「ありがとう、親父、母さん。俺、自分を見失ってた」
「気にしないで、私たちはずっと虎太郎の味方だからね」
「…うん」
「また泣きそうになってるのか?」
「んな訳ない!!」
俺は目元を、出かけた涙を隠すように強く擦る。
「俺はもう、逃げないよ」
俺のその返答を聞き、親父と母さんの顔には笑顔が灯った。
「んじゃあ、行ってくる」
親父と母さんは霞に消え、その空間は淡い光に包まれた。
「あ、起きた」
目が覚めた、そこは変わらずバーのソファーの上。
俺はどうやら夏色さんに泣きついたまま、また寝てしまっていたようだ。
「…大事なことは胸の奥底に添えろ、か」
「虎太郎?」
「いや、大丈夫」
「本当に? またまつりの胸で泣く?」
「大丈夫です!!」
流石にもう恥ずかしい。
「お、虎太郎起きたか」
マスターもカウンターから出て俺の近くに座った。
「じゃあ、昨日何があったか教えてくれ」
「はい」
マスターと夏色さんに起きたことを話した。白上さんが為す術無く連れていかれ、一ヶ月後の昇華祭で神になることを。
「なるほどなぁ、そりゃえらいことになるな」
「昇華祭が一ヶ月後に開催するってことは確かに朝街全体に通知されてたけど、そんなこと…」
「ああ、そんなフブキさんが神になるなんて、それも」
「記憶も人格も失う…」
あまりにも大きすぎることで二人は言葉を失った。
「マスター」
「ん、どうしたんや?」
逃げるのはもう終わりだ。
俺はマスターにあるお願いをすることにした。
俺は夏色さんと二人で電車とバスを乗り継いで約3時間、山奥のとある神社の前に来ていた。
「ここが…」
「うん、友達が管理してる神社、『百鬼神社』だよ」
俺はここに修行に来た。
「修行する?」
「はい」
正気か? とマスターに言われたが俺は正気だった。
「俺は白上さんを連れ戻します、でも今のままじゃ何もできない、だから」
「昇華祭までの一ヶ月、修行してフブキさんを連れ戻す、ちゅう訳か」
「はい」
「でも、どうやって修行なんてするんや、当てとかあるんか?」
「いえ、取りあえず山籠もりでもしようかと思って」
「アホとちゃうか?」
マスターにそう言われるのも無理ない、だが、正直もうなりふり構ってられない。
「ねえ」
黙ってた夏色さんが口を開いた。
「どうして、そこまでフブキを助けたいの? こんなに、気絶してしまうぐらいにボロボロになってさ、 他の人に任せても良いんじゃないの? まつりの知り合いに言ったら手伝ってくれると思うし…」
夏色さんはまだ言いたそうだったが、俺は言葉を被せた。
「最後に白上さんはさ、泣いてたんだよ。苦しそうな、悲しそうな見たことない、助けを求めてる顔、してたんだと思う」
「……」
「俺、白上さんに、あんな表情して欲しくなかった、だから」
俺は一言溜めて、夏色さんの目を見て言った。
「だから助けたいんです」
「…「助けを求めている顔」ってそれはズルじゃん、まつりが止めれないじゃん」
ふと思い出す、確か夏色さんを助けたあの時も同じ理由だったのを。
「…しょうがない、分かった、ちょっと待ってて」
夏色さんは携帯電話を取り出し、店の外に出て行った。
そして数分後、戻ってきた。
「おけ、めっちゃ良い修行場所見つけたよ」
そうして連れてきてもらった百鬼神社。
マスターも快く了承してもらい、一ヶ月の休みをもらった。ついでに俺も何か出来る事探してみるとも言ってくれた。俺は本当に人に恵まれている。
「お、きたきた、やっほー」
神社の鳥居をくぐるとそこにいたのは和服を着た白髪の女の人だ、そしてその頭には二本の角が生えていた。
ここまでくる間、夏色さんからは聞いていた。鬼族最強の天才児、ただでさえ強い鬼族のさらにその上の人。
どんな人かと身構えたけど、見た感じ優しそうな人だ。
「やっほー、久しぶりー」
「久しぶりー、まつりちゃん、そしてこっちの人間様が言ってた」
「うん、そう、なきりに修行付けて欲しい」
「荒川 虎太郎って言います」
「余は百鬼あやめだぞー」
「よろしくお願いします、えっとその…」
事情は知ってくれているのか、気になったが。
「あー、おけおけ、事情はまつりちゃんから聞いてるよ、一ヶ月後の昇華祭に白上一族にカチコミかけるんでしょ?」
「う、うん? 合ってる…のか?」
「で、その為に鍛えて欲しいと」
ほーん、と言いながら百鬼さんは俺のじろじろと見てきた。
「成程、ちょっと待っててー」
百鬼さんは神社の中に戻っていた。
今は夏色さんと二人だった。
「夏色さん、ありがとうございます、連れてきてくれて」
「うーん、本当に感謝してるのならそろそろ名前で呼んでほしいなぁ」
と夏色さんはそう言ってきた、まあ、確かに色々とお世話になったしこれで少しでもお返しになるのなら。
「ありがとうございますね、まつりさん」
「んん!??」
「どうしたんですか、まつりさん」
「いや、普通にびっくりした、また流されるんじゃないかなって思って」
「まあ、色々とお世話になりましたし、ちょっとでもお返しでも、と」
「まつりの胸で泣いたしね、このあふれ出る母性に虎太郎君もやられたか、はっはー、私って罪な女」
「…ふっ」
思わずその無い乳を見て鼻で笑ってしまった。
「おいコラ、何処見て鼻で笑った」
「いや、別に?」
「胸か!? 胸だろ!?」
まあ
「…母性が無いって訳でも無いか」
いかんせん母親と雰囲気が似てるせいなのと、まつりさんの胸で泣いてしまったことで少し母性を感じてしまっている自分がいる。
「え、マジで!?」
「いや、そこは聞かなかったことにするところですよ」
「聞こえる声で言う方が悪いんですー、と言うか敬語も抜いてよ」
「あー、分かった。これで良い? まつりさん」
「まあ、良しとしましょう」
まつりさんは嬉しそうに笑っているのでこれで良いのだろう。
「お待たせ―、ってどしたの二人とも、ニヤニヤして」
「いやいや、してませんから」
「そうそう、してないしてない」
「ま、いいや、はい、えっとコタローはこれ持って」
「あ、はい」
戻ってきた百鬼さんはその手に持った木刀を俺に渡してきた。なんと言うか俺の名前の呼び方が犬を呼ぶときのイントネーションに似てたのは俺の気のせいか?
「はい、持ったね、それじゃあこっちにに来て」
百鬼さんに手招きされたのでそちらによる。
「じゃあ、まつりちゃん、コタローは余が預かるね」
「うん、よろしくぅ!! たまに様子は見に来るし、1ヵ月後には迎えに来るからね」
すると、百鬼さんは両手を合わせて叩いた。
「え?」
景色が一瞬で変わった、周囲を見渡すと木、木、森の中にいて、まつりさんはおらず、百鬼さんだけがいた。
「ここは余の結界内だよ」
そう言われた、正直何が起こったのか理解が出来ない、まあ理解するとか無理だろ。
「この結界内は外と時間の流れが違うの、外では1日が結界内では3日、つまり」
「ここだと3か月間修行が出来る」
「そういうこと」
精神と時の部屋かよ。
「さて、まあ普通なら余弟子とか取らないんだけどまつりちゃんからのお願いだし、事情が事情だからね。君を期間限定で弟子にしてあげる余」
「は、はぁ」
「ほら、もっと喜んでー」
「わ、わーい」
「でしょでしょ、嬉しいでしょ」
百鬼さんは腰に手を当て自慢気だ。
「じゃあ、まずは」
百鬼さんは腰から二振りの刀を取り出し、俺に向かって構えた。
「え」
「ほら、構えて」
「は、はい!」
俺は木刀を急いで構える。
「いい? その木刀はこれから三ヶ月何があっても離したら駄目だよ?」
「何があっても?」
「そう、例えご飯を食べる時も寝る時でも」
「え、えぇ…」
「ちなみに木刀から手を離したらその時点で修行は終了するから」
「嘘でしょ!?」
「嘘じゃないよ」
百鬼さんは先程ののほほんとした雰囲気とは全く違い、真剣な目で俺を見つめる。
「3ヶ月ただ普通に修行してもまず白上家にカチコミなんてまず無理だよ。 だから余のこの修行を行う、別に嫌だったら良いんだよ?」
「…百鬼さんのいう通りの修行をすれば勝てるようになりますか?」
「うん、少なくとも一方的にやられるなんてことは無くなるよ」
「だったらやります」
俺には時間が無い、どんな手でも使ってやる、どんなに厳しい茨の道でも。
白上さんを助けるためなら。
「うん、良い顔になった」
「よろしくお願いします!!」
「よし、それじゃあ」
すると百鬼さんの姿が消えた。
「まずは一段階目、余の攻撃を避けて、その上で反撃できるようになろう」
その声は俺のすぐ横で聞こえた。
振り向くよりも早く俺は蹴り飛ばされた。
「…がぁ!?」
凄まじい痛み、地面を転がる。
思わず手に持った木刀を手放しそうになるが。
「放さない!!」
百鬼さんのその声で俺は木刀だけは強く握りしめる。
「ほらほら、早く立って、どんどん行くよ」
本当、鬼かよこの人いや、鬼だったわ。
でも。
「あの時とっ、比べたら!! 痛くない!!」
蹴り飛ばされた夜を思い出す。
あれよりはまだ痛くない!!
木刀を支えに立ち上がる。
「次、お願いします!!」
もう、逃げない!!
百鬼さんとの修行が始まった。