カラカラカラ──と、油が泡立ち跳ねる音のみが響く店内。その音の塩梅から絶妙なタイミングを見極め、俺はフライヤーを上げる。腕を組み眉を顰めた
「おまたせしましたァ!」
「おお、これは……!?」
動揺した様子を見せつつも、彼女は箸を割った。
「いただきます」
洗練された所作で手を合わせ、彼女は獲物に手を伸ばす。金色の油揚げが彼女の唇に触れ、ゆっくりと咀嚼される。そのうち目を見開いて、喉を鳴らして飲み込んだ。
「マスター、これは……!」
「これは…………!?」
「……微妙!!!」
「ええっ!?!?」
二人のすれ違う想いが、切なる叫びとなって店内に木霊した。
「相変わらずお揚げ自体は美味い。だが、トッピングが何とも言えない!」
「そんなぁ!?」
俺は思わず、お揚げにかけられたトッピングを指差す。
「味噌なら万物に合うじゃないですか、煮込みうどんだと一緒に入ってたりしますし。名古屋人もそう言ってました」
「いや、確かにそうだし悪くはないのだが……」
感想と同じく微妙な表情で、藍さんはうーんと唸った。
「煮込みうどんの場合だと、うどんのついでとしての油揚げじゃないか。それは麺が繋いだ
「うーん、まあ確かに……」
ひと口齧る。うん、相変わらず俺には理解できない味わい。それこそ味噌煮込みうどんで慣れてはいるので、油揚げが苦手なのを押して食べてみるが、確かに味噌の味わいが油揚げの風味を消し去ってしまっている気がする。いや、それがむしろ俺にとっての食べやすさに繋がってるのだと思うけど。
「たしかに、微妙ですね」
「だろう? コンセプト自体は悪くないのだが……」
うーん、と藍さんが首を傾げた。
「やはり何かと合わせようと思うのがそもそもの間違いじゃないか? 素のままでも十分美味しいのだから」
「……いえ、それじゃダメなんです」
彼女と視線が交差する。耳の形に伸ばされた帽子の先端が、ぴょこりと揺れた。
「先日仰ってたじゃないですか。うちの油揚げ、食べてきた中でも十本の指に入るって」
「ああ」
「つまり、ダントツの一位は取れないんですよね」
他のお店を下げないための、やんわりとした褒め方であった可能性もある。だがたぶん、
俺の指摘に、彼女は微かに眉をひそめてから「たしかに、その通りではある」と頷いた。
「だから、可能性を探らなきゃいけないんです。油揚げとマッチする組み合わせ……一位になるための一つを」
「言いたいことはわかる」
藍さんが残っていた油揚げを口に運び、嚥下する。
「しかし、そう無為に焦る必要はない。私だって、貴方の油揚げに可能性を感じたからこうしてアドバイザーになったんだ。貴方の作るお揚げには、それだけの魅力がある」
「そう言って頂けるのはありがたいですが、でも──」
「油揚げは一日にしてならず、だ」
「?」
「貴方が今の領域に辿り着くまでに、何百日もの時間を過ごしただろう。その努力がこの味に繋がっている。そして、今後それが塗り替えられない保証も、ない」
「!」
真っ直ぐな瞳から放たれた、信頼に裏付けされた言葉。「藍さん……!」と思わず瞳が潤む。
「だがこれは、貴方の試行錯誤を否定する訳ではない。これからも柔軟な発想で、新たな油揚げの道を開拓していってほしい」
「はい……!」
「ところで──」
藍さんが微笑とともにピースサインをした。
「油揚げ二十枚、テイクアウトで」
「へいただいまァ!」
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