暗いな。ここはとても暗い。どうしたんだろう。竜介は夢うつつにそう思った。長い嫌な夢を見ていた。ヤマトが負けて、先輩も死んでしまうなんて、縁起でもない。何時なんだろう。もう起きよう。竜介は眼を開けた。見慣れない天井が広がっている。竜介は長い一日のことをまざまざと思いだす。夢じゃないんだ。平田さん!!
ランニング姿のまま、外に出た。廊下に警備兵が2人立っている。黒のつなぎにヘルメットを目深にかぶって表情が殆ど見えない。
「おい、何をしている」
「あの、トイレは」半ば寝ぼけた声で竜介は尋ねた。
「トイレ?中にあるじゃないか。この野郎、寝ぼけやがって」警備兵は無防備に近づき、竜介を中に入れようとした。竜介は素早く2人に当て身を食らわした。
「悪いな。しばらく眠っててもらうぞ」竜介は、部屋のなかで、警備兵を縛り上げ、制服を引きはがした。
警備兵に変装し廊下に出る。ヘルメットをかぶっているので、しばらくは誤魔化せるだろう。銃を握り締めながら竜介はそう思った。平田さんの仇を討つ。その一念が竜介を突き動かした。この軽挙がヤマトの乗組員たちにどんな影響を及ぼすか、若い竜介には考える余裕が無かった。潜航艇の司令官が必ずこの要塞の中に居るはずだ。何としても見つけ出し、仇を討つ。
広い要塞の中を竜介は彷徨った。途中、青い肌の兵士達とすれ違ったが、誰も竜介に気を止める者はいなかった。制服とは便利なものだ。誰も、俺が地球人だということには気がつかないのだから、それにしても、腹が減ったなあ。その竜介の気持ちに応えるように腹も空腹だと主張した。いい匂いがしてくる。竜介はふらふらとその匂いのする方に歩いた。カフェテリア風の明るい空間が広がっている。兵士たちの笑い声が聞こえる。ガルマン人たちも飯を食うのか。竜介は驚いた。しかし、バース人や、ボラー連邦の将校も飯を食っていたから、人間型の異星人は、皆飯を食う者なのかもしれなかった。
「おい、早くしろよ。」後ろの兵士に声をかけられた。
「しょうがないな。新入りだな。これでいいね」厨房の中の兵士が、竜介に、ハンバーガーと飲み物を渡した。
隅のテーブルに座り、食事を頬張る。味付けはかなり濃く、飲み物もチョコレートのような味だった。多分兵士用なんだろう。塩分糖分とカロリーが随分高いな。でも先輩ならもっと美味しい味にするだろう。
「ここ、いいかい」急に声がかけられ、真正面にガルマン人とは違う肌の色の兵士が座った。「なんだちび。泣きっ面なんかして、もう、ホームシックか。」遺伝子パターンからバース人だと竜介は探知した。
「あなたは、バース人ですか?」
「察しがいいなちび。お前もガルマン人じゃないだろ?」竜介はびくっとした。「安心しろよ。ガルマンは出自で差別も最前線送りもしないからさ。俺もやっと補給部隊から、東部戦線に出られてほっとしてるんだからさ」男はぺらぺらとしゃべった。
兵士の一団が入ってきた。ガルマンの兵士や目の前のバースの兵士とも違う。何か荒々しい野生の匂いのする男たちだった。
「あいつら、ガイデル提督の傭兵だっていう話だ。」
「傭兵?何をやってるんですか?」
「誰も知らない。時々ふらっとやってくるんだそうだ。なんか、どえらい戦果をあげてるらしいんだが、傭兵だろ。知ってるのはガイデル提督だけだそうだ。提督の私兵だからな。」
あいつらがヤマトを、竜介は確信した。「傭兵隊長さんもここにくるんですか?」
「くるわけないだろ。なんだちび、お前、志願したいのか?よせよせ、お前じゃ、半日と持たず叩きだされるぞ」食事をかきこむとバース兵は立ちあがった。「早く食っちまえよ。」
傭兵たちも、食べ終わろうとしている。竜介もハンバーガーとチョコレートを飲み込むと、傭兵たちの後を追った。まるで空間騎兵の猛者のようだ。竜介は息を呑んだ。付けているのに気づかれたら、志願したいとでも言えばいい。何としても、司令官を見つけるんだ。平田さんの仇を
竜介が逃げ出したころ、ようやく進の意識が戻った、捕虜用の病室で。
「古代、すまない。」島と真田はこういった。
「じゃあ、ユキ、佐渡先生。我々は捕虜に。他の隊員たちは。」
「みんな別々の部署に集められているわ。南部君と加藤君が戦闘班を生活班はアナライザーが、航海班と機関室は太田君と相原君が」
「技術班は藤本がそれぞれ取りまとめている。負傷兵たちには十分な看護が行われた。古代、この要塞の司令官が本当の東部方面軍総司令官らしい」
「何だって、あのダゴン将軍は」
「第7機甲師団、つまり、一軍団の司令官に過ぎなかったらしい。履歴詐称だな」島がため息をついた。
「本当の総司令ガイデル提督は、α星がボラーの同盟国で、ラジェンドラ号と共同戦線を張ったと思いこんでいる。おそらく、ダゴンがそう伝えたんだろう。」真田も憮然としている。
「ヤマト艦長。お目覚めですか。」警備兵が入ってきた。「ガイデル提督がモニターで構わないから、事情を聞きたいと言われています。でられますか?」
「起こしてくれ。ユキ。佐渡先生。」進は起き上がろうとした。
「ユキ、鎮痛剤を」佐渡がそう言った。
「君が、ヤマトの艦長か」椅子に座った進を見てガイデルは感心している。痛みも酷いだろうに、あの小僧もなかなか威勢が良かったが、この艦長もなかなかのものだ。
「ヤマト艦長古代進です。」
「君たちの母星とバース星のラジェンドラ号との関係を知りたい。なぜ、ラジェンドラ号に加勢し我が機甲師団を壊滅したのか。」
「ラム艦長の艦は漂着しただけです。我々の行ったのは人道支援のみでした。α星の領域にいるラジェンドラ号に先制攻撃をしたのは、ガルマン帝国の艦隊です。ラジェンドラ号はその攻撃で撃沈されました。その後、機甲師団の一方的な宣戦布告と攻撃が始まりました。我々はやむを得ず、領域侵犯をしてきたガルマン艦隊を撃破したのです。」
「その証拠は?」
「ラム艦長の最後の通信がヤマトに残っています。相原通信班長にデータを提出させます。」
「その時に、ヤマト内に我が方の技術将校を同行させるがよろしいか。」
「構いません。ただし真田副長をこちらも同行させることが条件です。」
「いいだろう。ボラーとは同盟関係にないのなら、なぜ、バース星に立ち寄った。」
そんな事も知っているのか、進は驚いた。
「バーナード星でガルマン艦隊に襲われたときに食料庫が破損しました。食糧調達のために立ち寄ったのがたまたまバース星だったのです。ボローズ提督、ゴルサコフ総司令から、同盟を要請されましたが、断りました。そのあと、ボローズ提督の艦隊に我々は襲われました。」
「物的証拠があるか?」
「通信データを見てもらえば一目かと」
「しかし、会談がヤマト内で行われたわけではあるまい」
「会談のデータも我々は保存しました」真田が付け加えた。「ボラー連邦に問い合わせていただければ解ることかと。」
「ボラー中央政府に問い合わせたところで」ガイデルは瞑目した。「君たちの母星が、同盟国になったとしか言わないだろう。」
その言葉に、進たちは顔を見あわせた。
「なぜ、バーナード星の基地を攻撃した。」
「あそこはもともと、我々の入植地だった星です。それに、バーナード星のガルマン基地からα星に超大型ミサイルが連射されました。それで、急行しました。ヤマトをおびき出す作戦だったと思います。」
「全ては、ダゴンの独断という訳か」ガイデルは腕を組んだ。「無意味な戦いで、多くの将兵が亡くなったわけだ。我々ガルマンも、君たち、α星かその奥にある青く美しい星が母星なのかは知らぬが、その兵士たちも」ガイデルは瞑目した。
「君たちの処遇は、通信データの解析が終わり次第、捕虜ではなくなる。ぜひ中立国の船員としてこの要塞に逗留してもらいたい。」
「なんですって?」進は仰天した。
「事が事だ。本国にも問い合わる。改めて、全権大使が来るだろう。君たちの母星と同盟と友好を結ぶために。ボラー側がゴルサコフを全権大使にしたのなら、我々も」
「待って下さい。それでは提督ご自身にも、罪が及ぶのでは」
「優しいことを言ってくれるな。しかし、我らの指導者は、誤魔化しを最も嫌う。我らの偉大なるガミラスのデスラー総統は」
「デスラー!」「デスラーですって」「ガルマン帝国はやはりデスラーの国だったのか」
進たちの反応にガイデルも同席した警備隊長も仰天した。
「君たちは、総統を知っているのか。君たちの星はガミラスの友好国だったのか。そうだったのか。それで、ヤマトにデスラー砲と空間磁力メッキがあるのだな。」
友好国などという生易しいものではないのだが、進たちの心に苦い思い出が甦る。
「デスラー総統に報告するときには、私たちも同席させていただけないでしょうか?」真田が尋ねた。
「勿論だとも。友好国の戦艦とは知らず、何と言ってお詫びしたらよいか。」ガイデルは恐縮した。
「大変です。警備隊長。」警備兵が飛び込んできた。
「馬鹿者。ガイデル提督とヤマト艦長との会談中に何事か。」
「ヤマトの捕虜が一名脱走しました。銃を持っています。」
「誰が逃げたんですか?」島が尋ねた。
「識別番号から生活班・土門竜介。警備兵に変装して要塞内に潜伏していると思われます。」
「何で脱走なんか・・・」真田の問に
「多分、かたき討ちよ。今回の戦いで、平田隊員が戦死しているわ。土門隊員は平田隊員を慕っていました。実の兄のように。その平田隊員は土門隊員の目の前で亡くなったらしいの」
「かたき討ちか。ありうるな。あの無鉄砲さでは。」ガイデルが呟いた。「とにかく捕縛しろ。これ以上つまらん犠牲は出したくない。」
「ユキ、説得に行ってくれるかい。アナライザーといっしょに。」
「解ったわ、古代君。」
「ガイデル提督、よろしいでしょうか。」進は尋ねた。
「こちらからもお願いする。」ガイデルは言った。
ガルマン警備隊と一緒の車に乗りながらアナライザーは尋ねた。
「土門隊員ハ、ドコニ行ッタノデショウ?」「動力炉じゃないわね。多分人を狙ってるんだわ。」
「誰ヲ?」「ヤマトを倒した潜航艇の司令官よ。」
「識別信号は、食堂に立ち寄った後は、消えています。」「自分で気づいて破壊したんだろう。」
その頃、竜介は傭兵たちの後をまだつけていた。休暇なのだろう。くつろいだ様子が伝わってくる。いっそ、話しかけて志願を持ちかけてみようか、そう思った時だった。一人の将校がやってくる。傭兵たちはすぐさまその将校に敬礼した。あいつだ。あいつに違いない。
敬礼を受けた将校は、緑のガルマン将校の軍服の前をはだけ、その上からクリーム色のスカーフを無造作に巻き付けていた。明らかに正規軍の将校とは異なるくだけた服装だ。短髪のガルマン将校の中にあって一人、肩まである髪を垂らしている。副官らしい小柄な男も、傭兵たちと同じように無精ひげを蓄えている。この男だ、先輩の仇は。
竜介はそのガルマン将校の後を追った。追いながら竜介はその将校をつぶさに観察した。鋭い眼光、精悍な顔立ち、敏捷な身のこなし、まるで野生のオオカミのようだ。竜介は息を呑む。このような男相手に、まともに戦って勝てる見込みはゼロだろう。しかし、自分はどうなっても構わない。一矢でも報いたい、先輩の仇を。平田先輩、見ていてください。
「キャプテン、どこへいくんすか?」押し黙っているフラーケンに思わず尋ねた。格納庫付近のため人通りも少ない。
「ここでいいだろう。」フラーケンはさらに続けた。「またせたな、暗殺者。」
「なっ」振り向いたハイニの眼に銃を構えた竜介が写った。「野郎。シャルバートだな。」
「違う。」竜介は思わず叫んだ。その隙をついて、フラーケンの銃がビームをはく。竜介は銃を弾き飛ばされた。
「では何者だ?」
「宇宙戦艦ヤマト、生活班、土門竜介。先輩の仇だ。」サバイバルナイフを抜きフラーケンに突きかかる。
「ヤマトだと。ふざけんな!」ハイニが飛びけりをくらわし、竜介は吹っ飛んだ。ハイニはすかさずナイフを側溝に蹴り込んだ。「来いよ。ボラーの腰巾着。武器が無きゃなにもできねえのか。」
「先輩の仇だ。」竜介の拳がハイニの右頬に当たった。ハイニがよろめく。
竜介はすかさず腹に頭突きを食らわせた。
「何が仇だ。俺の仲間を殺しやがって。」その言葉に竜介は固まった。ハイニは足払いをかけ、倒れた竜介に馬乗りになり、何発も平手を食らわせた。「お前らのせいで、あいつらは死んだんだ。いつも一緒だったんだ、俺の友を、返せ!返しやがれ!!」
ハイニは慟哭した。目から大粒の涙があふれ、その涙は竜介の頬に当たった。
「先輩を返せ。平田先輩を」竜介も泣きながら、ハイニを殴った。
2人は泣きながら、取っ組み合いを続けた。
「バケツに水を汲んで来い。」フラーケンは乱闘を見つめているガルマン兵士に命令した。
冷水が二人に浴びせられる、何杯も。竜介とハイニはへたり込んだ。
「気が済んだか?」フラーケンが見下ろしている。「二人とも掃除をしろ。」
モップが手渡された。思わず身構える二人に
「まだ足りないか?やりたければやればいい、ただ、掃除場所はますます広くなるぞ。」二人にさらに言葉が続いた。「3分で済ませ。」
ハイニはモップで吹き始めた。
「ヤマトの乗組員、お前もだ。」フラーケンは竜介にも命令した。
ユキと警備隊長が駆けつけたころには、掃除はあらかた終わっていた。
「フラーケン艇長。この男は」言いかけた警備隊長を制してフラーケンは言った。
「警備兵と俺の部下がけんかをしただけだ。よくあることだ。」向き直るとさらに続けた。「二人とも、すぐに風呂にいって来い。風邪をひかれても困る。」
「来いよ。」ハイニが竜介を呼んだ。ユキと警備隊長もついていく。
大浴場に竜介は息を呑んだ。まるでローマ風呂だ。水をどうやって得てるんだろう?
「早くしろよ。」ハイニが促した。「お前が風邪をひけば、キャプテンに怒られるのは俺なんだぞ」
浴室も豪華なものだ。湯煙の向こうに人影と談笑する声が聞こえる。のんびりしたいい感じだ。とても最前線とは思えない。でも、俺は露天風呂のほうが良かったな。訓練学校の合宿で揚羽たちと行った露天風呂は楽しかったっけ。竜介は湯につかりながら思い出をたどった。
「おい、先に出るぞ」ハイニが声をかけた。
外に出ると、ユキと警備隊長が待っていた。
「警備隊長殿。入らなかったんすか?」「今、勤務中です。」
ハイニの問に苦虫を噛み潰したような顔で警備隊長は答えた。
「土門君。」ユキの声に竜介の気持ちがぷっつりと切れたようだった。
「お、俺、すみません。」
「そうね。大変なことになるところだったわ。でも、ヤマトとボラーが同盟してないって解ってもらえたの。明日からみんな、ある程度自由に出歩けるわ。」
「お、俺は」「平田隊員の仇を討ちたかったのね」竜介は思わず頷いた。
「気持ちはわかるわ。気持ちは、でも、そんな事をしても、平田隊員は喜ぶかしら。」
その言葉に、竜介は思いだした。平田の声を。
「ヤマトを降りたら、俺は洋食屋を開きたいんだ。土門、お前コックで来てくれないか?」
あの暖かな声。先輩、先輩はいつも明日を見ていた。竜介はしゃくりあげた。
「さあ、戻りましょう。ヤマトへ。」
「だいぶ派手にやったようじゃな」竜介の顔に薬を塗りながら佐渡は言った。
「とにかく、この程度で済んでよかった。」真田が竜介に話しかける。「相手方の上官もガルマン兵士のケンカで治めてくれたからな。」
「その上官は殺す気じゃったら、お前を殺せたんじゃろうに」佐渡は酒をコップに注いだ。「お前、命拾いしたのぉ。」
「なんていう名なんだ?」
「確か警備隊長は、フラーケンと言ってたと思うわ。」
「フラーケンか、その男が、潜航艇艦隊の司令官だろう。」
「私が、銃を向けた時、副官は、私の事をシャルバートだなって言ってました。」
「狂信者で暗殺者か。厄介な宗教のようだな。」島が首をひねった。
「古代艦長は?」竜介は尋ねた。
「今は眠ってるわ。また熱が出たの。」
「すみません。」竜介は心から詫びた。自分の軽率な行動がヤマト乗組員全員に大変な被害を及ぼすところだったのだ。自分はまだまだ未熟だ。竜介はうなだれた。
「土門。」島が声をかけた。「俺たちもイスカンダルへの旅では、いろいろ失敗をした。要は失敗からどう学ぶかだ。それも難しいことだがな。」