「今の所作、何の暗号か。」二人の独裁者は色を成した。
「は?」
「何の暗号を送ったのかと聞いているのだが。」デスラーが尋ねた。
「違います。大統領は神に祈りをささげただけです。」藤堂の言葉に二人は仰天した。
「お前たちもシャルバートなのか?」クロッペンとセルゲイエフが同時に叫んだ。
「違います。私は、ローマ・カトリックです。」そう、叫んでから、ノーマンは真顔で聞きなおした。「あなた方の国には神はおられないのですか?」
「そのようなものは、おらん。」クロッペンとセルゲイエフがまた言った。
「そうですか、私たちの国にはおります。神がシャルバートから私たちを守ってくれるでしょう。藤堂君、聖霊降誕祭(クリスマス)のミサを写したまえ。聖ソフィア大聖堂だ。」
大統領の勢いに飲まれたように、藤堂はパネルにスイッチを入れた。クリスマスの光景が映し出される。雪のちらつく中、何十万という人々が、ローマ法王の祝福を待っている。十字架に口づけする人々、賛美歌、地球人ならば見慣れた光景である。しかし、ガルマン・ボラー両首脳部の異星人たちには初めて見る光景だった。
「聖霊降誕祭(クリスマス)とは何か?」呆然とデスラーが尋ねた。
「人の子、がお生まれになった日です。」ノーマンはシャツの胸をはだけると、首にかけていた十字架を外し手のひらに乗せると、両首脳に見せた。銀の十字架にはイエス・キリストの姿が彫り込まれている。「これはノーマン家代々の十字架、私は子供の時から、どのような時も神が我らと共にあることを教えられ、正しい行いをなして参りました。」
「君たちの星は全員がこのローマ・カトリックなのか」ベムラーゼが毒気を抜かれたような顔つきになった。
「違います。藤堂君は別の神を信じています。藤堂君。」
自分が持っているのは、孫の晶子が子供の時買ってくれた、交通安全のお守りだが、もうどうとでもなれ。藤堂は首にかけていたお守りを外して、彼らに見せた。
「君たちも聖霊降誕祭の日に祈りを捧げるのか」タランが思わず尋ねた。
「我々はそんな押し詰まった時にやりません。」藤堂はまず、大晦日の永平寺を映し出した。ありふれた風景だが、インパクトはあるだろう。「この鐘の音で煩悩を洗い流し、清々しい心で新年を迎えるのです。」さらにご来光を見に集まっている人々も映し出した。「ご来光と言って、これも新年の大切な神事です。」
「これは火山ではないか?夜の火山になど登って、一体、何をやっているのだ?」ゴルサコフも尋ねた。
「これは、霊峰富士です。聖なる山で、ここで初日の出を見ることで、新しい年神を迎え入れるのです。」
「他にもいろいろな宗教があります。」ノーマンは、メッカのカーバ神殿に集まる人々やガンジス川で沐浴する人々、ダライラマと信者たちなどの映像を映し出した。
「我々は異なる神を信じる者たちと共存しています。どれも、三千年以上続いた由緒あるものばかりです。シャルバートのような偏狭な教団がやってきたとしても、一人の信者も得ることは無いでしょう。どうぞご安心下さい。」
ノーマンの大風呂敷が効いたのか、その後の会談はスムーズに終わった。ガルマン・ボラーの両首脳が消え去った後、藤堂とノーマンは司令部の床にへたり込んだ。
「とにかく、地球の中立だけは守れたな、藤堂君。」
「しかし、あの二人、地球人をシャルバート信者と同列に見て、惑星破壊ミサイルを送りこんでくるかもしれません。国境警備を強化しましょう。」
「ワープミサイルというのもあるそうだが」
「それはアンドロメダ型戦艦で防ぐしかありますまい。」
α星の司令官が、お茶とコーヒーを入れてきた。藤堂はお茶、大統領はコーヒーを取り、ゆっくりと飲み始めた。
「何という薄気味の悪い星か。」ベムラーゼは吐き捨てるように言った。
「ワープミサイルを使われますか、首相閣下。」ゴルサコフが尋ねた。
「いや、放っておくがいい。引きこもるというのだから、害はあるまい。迂闊に破壊して、全銀河系に、あの者たちの信仰が広がる害の方が大きい。シャルバートだけでこれだけ手こずらせているのだ。ガルマンと同盟さえ結ばせなければ良しとしよう。」
「デスラーがどう動きましょうか」セルゲイエフが懸念を示した。
「ガルマンとてシャルバートには手を焼いている。デスラーがいかに物好きだとしても、あのような星と同盟を結びたいとは思わんだろう。」
ゴルサコフもセルゲイエフも頷いた。予知はできるとはいえ危険極まりない火山に、真冬の夜に登ったうえに、太陽の光を見て有難がるなど、正気の沙汰とは思えない。
執務室から、私室に戻ると、デスラーはソファに身を横たえた。
「タラン。君も座ったらどうだ。」「はっ。少々お待ちを。」
タランは小姓にカクテルを持ってこさせた。デスラーはそのグラスを飲み干した。
「疲れたよ。」デスラーは呟いた。
「総統・・・」
「神か・・・あのような答が返ってくるとは、思いもしなかった。シャルバートと同じような信仰を地球人が持っていようとは。」デスラーは呆然と呟いた。
「はい、あのエイヘイジという神殿の神官たちは、氷点下の寒さの中、防寒服もつけず、凍傷にならないのでしょうか。また、信者だと思われる群衆も。」
「タラン。君は見なかったのだな。ノーマン大統領が首にかけていたペンダントは。」
「はい。閣下とベムラーゼ首相の影で見えませんでしたが。」
「見ろ、これを。」デスラーは私室のパネルにノーマンの十字架を映し出した。
「こ、これは」タランの顔から血の気が引く。「罪人の死体、あるいは生贄?」
「生贄か、罪人かは知らぬが」デスラーは続けた。「死体を彫ったペンダントを何代にも渡って、身に付けるなど、理解しがたい。」デスラーは瞑目した。
沈黙が流れる。
「タラン。私はかつて、古代に、身は彗星帝国に在っても、心は遥かに君たち地球人に近いといったが」デスラーはため息をついた。「同じ人間型とはいえ、我々と地球人とは、相容れないものなのかもしれない。」
再び、沈黙がその場を支配した。
しかし、タランは別のことを考えていた。
ヤマトがイスカンダルに旅立ち、残された地球人たちが、絶望と希望が交錯する中、なぜ耐え抜けたのか。ヤマトがイスカンダルへ到達できる可能性は限りなく低かったはずだ。自暴自棄となり自滅するのが普通であろうに、そうならなかったのはなぜなのか。
それは、地球人がそれぞれの「神」を信じていたからではないか、ノーマンは神は我らと共にあると言った。地下都市に押し込められ、放射能汚染の恐怖の中、神が味方になっているという信仰ほど、救いになるものはあるまい。だから耐え抜けたのか。自分たちガミラス人は、シャルバートの信仰を知らない。ガイデルたちの恐怖からもシャルバートの質の悪さはよくわかる。しかし、地球人の神は、シャルバートよりも、遥かに猛悪なものではないのか。
「デスラー総統閣下。」クロッペン将軍の通信が入る。
「総統はお休み中だ。一体何事か」タランがモニターに尋ねた。
「申し訳ありません。ベムラーゼ首相からホットラインが入っています。」
「わかった。すぐ行く。」デスラーは起き上がった。
「デスラー君。先ほどあったばかりだがね。」モニターにベムラーゼの姿が写っている。
「お互い、ヤマトの母星の中立を承認し、条約は締結されたはずだが。」
「君には珍しく、ずいぶん遅かったではないか。α星の者たちの毒気に当たって、倒れているのかと心配になってね。」
ベムラーゼの当てこすりに、タランは冷やりとした。
「それは、わざわざのご配慮、痛み入りますな。ベムラーゼ首相。」デスラーもにこやかに応じた。「あなたが、通信されたのは、もっと他に理由があってのことではないかな?」
「単刀直入に言おう。お互い忙しい身。あなたが友人だという若者は、地球の信仰を密かに、ガルマン帝国内に広めようとしているのではないのかね、シャルバート信者が良くその手を使うのだが」
「何?」
「あなたは、シャルバートの怖ろしさを部下のガルマン人程は知らない。そこにあの古代という若者は付け込んだのではないかね。狂信者どもというのは、最初は理解者を装って近づくのだよ。デスラー君。」
「ご忠告有難く承りましょう。ベムラーゼ首相。私のことよりも、ボラー連邦内の狂信者の動向に気を付けたまえ。」
「せいぜい、ヤマトの中の狂信者どもに取り込まれないよう気を付けていただきたい。では。」通信はそこで終わった。
「ベムラーゼ首相。なぜ、わざわざホットラインなど。」セルゲイエフが尋ねた。
「あのガルマンの若僧とヤマトの関係にくさびを打ち込んでおいたのだ。今は、まだ、ヤマトとα星はガルマン寄りだ。しかし、それはヤマトの艦長とデスラーとの個人的な関係が元。その関係を壊してしまえば。」
「α星がボラー側になれば、ガルマンを挟み撃ちにできますな。」
ベムラーゼは頷いた。
「しかし、今のタイミングでは嫌がらせのようにしか思われないのでは」ゴルサコフが尋ねた。
「嫌がらせだ。」ベムラーゼは平然と言った。「あの男は儂よりも寛大な指導者の振りをしているがな。儂と同じタイプの人間だ。あの男が何を考えているか、儂には手に取るようにわかる。友情などと青臭いことを言っておるが、本質的には誰も信じてはおらんのだ。誰もな。」ベムラーゼは薄く笑った。
ベムラーゼの姿が消え去ってからも、デスラーは虚空を見つめ身じろぎもしなかった。
「総統」「タランか・・・」
「ご入浴されたらいかがですか」デスラーは頷いた。
総統用の大浴場で、風呂小姓たちが、総統のマッサージを行うことだろう。ベムラーゼの当てこすり、地球人の神、煩わしいことが多すぎた。退出してタランもまた、鉛を飲み込んだような体の重さを感じた。こんなときこそ風呂であろう。彼もまた大浴場に向かう。人々が行きかう中、タランは向かった。浴槽に身をつけると、今日一日の不快な緊張がほぐれるような気がする。浴槽のあちこちで人々の談笑が聞こえる。タラン自身の不安が薄れていくようだ。いっそマッサージ師でも呼ぶか。
「タラン将軍。」不意に声がかけられた。フラウスキー技術少将だった。
「フラウスキー少将。」ガミラス時代からの将官の一人である。ガイデルやキーリングとは異なる気安さが感じられ、タランはほっとする。
「お疲れのようですね。三国会談は上手くいったそうですが。」
「うん。あのあとベムラーゼからホットラインまであって、みんな疲れてしまっただろうな。」
「総統閣下は?」「今、ご入浴中だ。君たちが作ってくれた大浴場で。」
「お役に立てて光栄です。マッサージでもいかがですか?ここのマッサージはとてもいいですよ。」
やはりプロの手は凄い。コリがほぐれていく。体もすっかり軽くなった。
「体が軽くなったよ。」「私は行き詰ると、ここでやってもらうんです。」
浴槽から天井を見上げる、ドームの天井は透明な強化ガラスでできているので、夜空が良く見えた。満天の星空に、ひときわ大きいレ・リスカが青く輝いている。
「ガミラスでは星空を見上げることは無かった」思わずタランは言った。
「そうですね。」フラウスキーも星空を見上げている。「ヤマトの真田副長から、地球では露天風呂という屋外の風呂があるそうで、この大浴場の天井も取ってしまったほうが良いかもしれませんなあ。」
「せっかく君たちが作った浴場ではないか」
「新しい技術を取り入れることは、何よりも大切です。」フラウスキーはいかにも技術将校らしい口ぶりになった。「でも、今はまだ無理ですね。シャルバートの動きも不穏らしいので」
「内務省に頑張ってもらうしかない」タランも頷いた。
「この間の騒ぎで、一斉摘発が行われたので、大分落ち着くでしょうが、これで治まってほしいものです。」
「では、一応会談はうまくいったのですね。」藤堂から、会談の詳細を聞き、進はほっとした。
「ああ、何とかノーマン大統領が言いくるめて、地球、ベムラーゼはα星と思っているが、の領域内に鎖国することで、中立を認めさせた。シャルバート信者は勿論双方に引き渡すことが条件だが」
狂信者で暗殺者、自爆特攻を行うような不穏分子を本国に送還することなど当然だと進は思った。
「どのようにして、中立を認めさせたのですか」真田が尋ねた。
藤堂は、会談の詳細を第一艦橋のメインスタッフに話した。進たちは吹きだした。
「真面目に聞かんか。」藤堂も笑いをこらえながら言った。
「クリスマスのミサと、ご来光かあ。富士山の霊験あらたかってとこですか。長官」進は笑いをこらえて言った。
「俺たちには見慣れている光景でも、デスラーやベムラーゼには初めて・・・初めて見ると、ビックリするものなんですかね」島も不思議そうに言った。
「宗教には宗教でとノーマン大統領、大見得を切ったからな。しかし、それが本当なのかも知れん」
「そんなもんですかね。」進は言った。「では長官、今後のヤマトの針路は」
「うむ、本来の外宇宙探査、惑星探査航海を続けてほしい。ガルマン帝国もボラー連邦も、ヤマトと我々を襲うことは、表向きは無いのだから、ただ、十分気を付けろよ」
進たちは立ちあがり、敬礼した。
「ヤマト乗組員の諸君。三国会談は成功した。地球の中立は守れられた。これよりヤマトは本来の目的、惑星探査に向かう。」
ヤマトの中で、歓声がこだました。
「針路はガルマン・ボラー両陣営の国境周辺、未知の領域である。気を引き締めて、任務を遂行するように。」
進は艦内放送を終えた。