「それでは、ヤマトは、ボラー連邦との国境、z35星系に入ったというのだな。」
ガルマン帝国東部方面軍機動要塞では、ガイデル提督がパトロール艇の報告を聞いていた。
「あの星系は謎の遭難が多発している地域、ボラー連邦の基地も無い星域のはずですが。」副官が言った。
「一応、ガルマン本星に連絡しておくか。」ガイデルは独りごとを言った。
「z35星系ですか。」タランはモニター越しに尋ねた。
「はい、パトロール艇の報告から、ヤマトはz35星系に入ったようです。あそこは、原因不明の遭難が起きている地域ですので、ご連絡をと。」ガイデルが答えた。
「どうも、ガイデル提督は、ヤマトに関しては神経質になり過ぎているようだ。」タランはキーリング内務大臣に話しかけた。「ヤマトは外宇宙航海を何度も行っている艦。少々のことではやられはしない。」
「z35星系ですか。」キーリングは考え込んだ。
「どうかしたのですか?」タランが尋ねた。
「少し気になることがあるので調べてみます。」
その言葉にタランは頷いた。
武史は、通信器を引きちぎった。見る見る靄が晴れていく。一面平坦な大地と、彼方に濃い紫色の海が広がっていた。これが、この惑星の本当の姿なのだろうか。1kmも離れていないところに、コスモハウンドが見える。やはり、誘導電波の幻覚だったのだ。
「畜生!」大森が虚空に向かって銃を乱射している。
幻覚に踊らされているんだ。
「大森、やめろ。大森、通信器を壊せ。」武史は叫んだ。しかし、破壊した通信器では、大森の耳にはなにも聞こえてはいない。
「くそっ。怪物め。」大森が影を打ち抜いた。
影が前のめりに倒れる。緑の袖の縁取りが見える、航海班の鈴木だ。なんてことを、とどめを刺そうとした大森を武史は撃ち抜いた、銃の威力を最小限にして。大森は声もなく倒れた。大森の通信器を武史は素早く壊した。鈴木に近寄る。胸を撃たれ、血が噴き出していた。重症だ。駆け寄ろうとした武史を銃撃が襲った。中西が銃を構えている。第二弾をかわしざま、武史は中西を打ち抜いた。彼もゆっくりと倒れていく。
気絶した中西の通信器を壊し、武史は辺りを見回した。気絶した大森も中西はしばらくすれば目を覚ますだろう、しかし、鈴木は?
抱き起すと、血がまだ吹きだしていた。心臓が動いている証だが、急いで血を止めなければならない。武史は、宇宙服のベルトから、医療器具を取りだした。訓練学校での演習を思い出しながら、鈴木の傷口を塞いでいく。これで良し。しかし、鈴木を運ぶ担架が必要だ。コスモハウンドに戻らねば。
竜介は薄紫の靄に閉じ込められていた。幻は現れては消え、消えてはまた現れた。懐かしい幻も、不快な幻もあった。しかし、平田の姿は二度と現れなかった。つまり、一度見破られた幻影は二度と使わない訳か。幻影を操っているのが、何者かわからないが、頭は切れる奴に違いない。早くコスモハウンドに戻らなければ。だが、コスモハウンドはどこにあるんだ?
「土門、土門じゃないか」
今度は揚羽の幻か。全くうまく出来てやがる。しかし、その幻は、いきなりヘルメットを掴むと、通信装置を引きちぎった。
「何をする。幻め。」竜介は怒鳴った。
「落ち着けよ。土門。」幻影は答えた。
霧が晴れていく。のっぺりした大地が現れた。
「土門、わかるか。俺だ。揚羽だ。」武史は訓練学校で習った手信号で竜介に呼びかけた。
「ここは。」竜介も手信号で応える。
見回すと、コスモハウンドが視界に入ってきた。殆ど動いていなかったのか。竜介はホッとした。
「土門、手を貸せ。」「どうしたんだ揚羽。」
「幻覚にやられて、同士打ちになった。鈴木が重体だ。」「何だって。」
「電子機器が全部やられて、オート担架も使えない。」「畜生、なんて星だ。」
意識不明の鈴木を二人で抱えてコスモハウンドに横たえる。
「他の連中は?」「大森と中西は俺が撃った。威力を最小にして、だから気絶してる。」
「じゃあ、2人も担ぎ出そう。」
二人で大森と中西を肩に担ぎながら、武史は竜介に尋ねた。
「ロボット兵は完全に壊れている。吉田は?」「いないんだ。どこにも。」
「困ったな、早く戻らないと、鈴木が死んでしまう。土門、お前先に帰ってくれ。」
「バカなことを言うな。5分で見つけるんだ。見つからなかったら、いったん帰投する。それしかない。」
武史も頷いた。
「一発ぶち込んでみようか?」南部が呟く。
「バカ、探索隊はどうなるんだ。」島が声を荒げた。
「アナライザー、真田さん。一体あの星は」
「多分、こすも生命体デス。意思ヲ感ジマス。」
「コスモ生命体?」
「惑星自体が意思を持っているんだろう」真田が解説した。「侵入者に対し、極めて警戒心が高い。幻覚で翻弄し、撃墜するんだろう。まるでセイレーンだな。」
「じゃあ。なぜコスモハウンドは着陸できたんですか?」相原が尋ねた。
「彼らは、探検隊だ。敵意や警戒心を持っていなかった。だから着陸できたんだろう。」
「逆に、コスモタイガー隊の敵意を探知されたってことか。よし、相原、星に呼びかけてくれ。俺たちは、探査目的で、侵略に来たんじゃない。仲間を返してくれ。返してくれたら、すぐにこの星系から、離脱し、戻ってこないと。」進は言った。
「なんか、虫が良すぎるんじゃありませんか?」相原が言った。
「ダメもとで。やるだけやってみてくれ。」
吉田の遺体に、竜介は声も出ない。遺体の顔は恐怖に歪んでいた。一体何があったんだ。通信器を壊せばいいとさえ、分かっていたら。星に対する怒りが、込み上げてくる。しかし、竜介は必死に抑えた。心を平静に保つんだ。怒りを探知されたら、この星は何をするかわからない。吉田の遺体を担ぎながら、竜介は呼吸を整えた。
武史は反対側を探していた。
何か、大きな物体が横たわっている。宇宙船のようだったが、当然、地球のものではない。生命反応もなく、太古の宇宙船のようだった。好奇心が恐怖に勝り、武史は中に入った。深閑としている。中央の部屋はコンピュータ室のようだった。中心部にカプセルがあった。そのカプセルのふたを開ける。
武史は時を忘れた。カプセルの中には、非常に美しい乙女が眠っていた。透き通るような肌、薄茶色の絹糸のような長い髪、女神の彫刻のような美しさだった。死んでいるのだろうか、思わず抱き上げると、血の暖かさが伝わってくる。武史はそっとその眠り姫を抱き上げた。
「何拾ってきてんだよ。」竜介は呆れていた。「この星のスパイかも知れないじゃないか。」
「古い宇宙船の中に居たんだ。ずっと長い間眠っていたみたいだ。それに、こんなきれいな人なんだよ。」
「これも星の幻覚じゃないのか?」
「とにかく時間が無い。この人も連れて行こう。」
武史に押し切られるように、渋々竜介は、眠っている異星人を中に入れた。
「コスモハウンド発進。」武史が操縦かんを握る。「とにかく全部、手動でやるしかない。大気圏離脱まであと3分。」
「ヤマトに通信したくても、やっぱり機器が全部狂っている」竜介は途方に暮れた。
「モールス信号を使ったら?」武史が提案した。
「訓練学校で習ったあれか。ようし。きっと、古代艦長たちも気付いてくれる。」
「コスモハウンド、惑星セイレーンより発進確認。今、大気圏を離脱します。」太田がレーダーで確認する。
「発光信号確認。モールス信号です。」相原が叫んだ。「解読します。幻覚に襲われた。鈴木が重体。吉田が死亡。異星人を格納し、ヤマトに帰還する。」
「何だって。」島が呆然と呟いた。
「相原、こちらもモールスで返信。『急ぎ遺脱せよ。誘導電波圏外でコスモタイガーが誘導』」「了解」
コスモタイガーが待機する宙域までは後30宇宙キロだ。これなら鈴木は助かるだろう。竜介も武史もそう思った。その時だった。まばゆい閃光に包まれる。
「揚羽!土門!」加藤は叫んだ。
閃光が消えた後、コスモハウンドが無傷の姿で宇宙空間に現れた。
「死んでいるのか?」
「いえ、隊長、生命反応はあります。」
「よし、牽引する。急げ、鈴木は重体だ。」
ヤマトの艦内で、ユキは衛生兵たちに命令した。
「洗脳、感染の危険が大。まず、ロボット衛生兵が手術を行う。隔離ブロックに収容し、当面は接触はモニター越し、いいわね。」
鈴木の手術は短時間で終わった。
残りの探索隊員たちも目を覚まさない。異星人も眠ったままだった。
「どうやら、同士打ちをしたようです。幻覚にやられたのよ。鈴木隊員の銃創は、ヤマトのコスモガンのものだわ。」ユキが言った。
「目が覚めてから、聞きとりをするとして、あの異星人は、惑星セイレーンの人間だろうか?」真田が首をかしげていた。
「相原、惑星セイレーンに通信をおくれ。我々が君たちの大地から収容した女性は、君たちの仲間か。仲間だったら、送還する。仲間なら答えてほしい。必ず送り返すと」
相原は通信を始めた。
「艦長、大森たちの意識が戻りました。」
モニター越しに、話して分かったことは、竜介たちは、惑星セイレーンを下りた後は何も覚えていないということだけだった。
「やりたくはないが、催眠と自白剤を使うしかないかのぉ。」佐渡が呟いた。
「構いません。それで思いだせるんなら、」竜介がきっぱり言った。
催眠・自白剤・脳波刺激、あらゆる手段を使ったが、彼らの惑星での記憶は抜け落ちたままだった。
「いつここから出られるんですか、森生活班長。」竜介はぼやいでいる。
「土門隊員。探索隊員たちは全員。洗脳されている危険が、完全に解除されるまでは、監視付きでしょうね。」
「早く飯を作りたいですよ。あ~っ、みんな俺が毒を盛ると、思ってるんじゃ。」
「可能性の一つとして、十分考えられることだわ。」
ユキの言葉に竜介は苦笑いをした。
「真田さん。あの異星人はまだ眠ってるんですか?」島が尋ねた。
「冬眠に近い状態だ。当分目は覚まさないだろう。」
「相原、惑星セイレーンは何か言ってきてるか。」進は尋ねた。
「誘導電波もなし、平穏そのものです。」
「古代。」島が口を開いた。「なんだい?」
「サーシャさんのことを思い出すな。」
「うん。命がけで届けてくれたんだよな。俺たちに。」
第一艦橋を沈黙が支配した。あの時が始まりだった。全ての。そして、今がある。全てはサーシャさんのお陰なんだ。きっとみんなそう思っているに違いない。
「なんで、土門達の記憶が無くなったんでしょう?」沈黙を破って太田が尋ねた。
「惑星セイレーンの防衛本能のなせる業だろうな。自分たちの正体を隠しておきたいとなれば、追い払うか、撃墜するか、どちらもできないとなったら、星に居た時の記憶を消す。これがセイレーンのギリギリの許容範囲だったのかもしれない。」真田が答えた。
「じゃあ、あの女の人は?」島の問に
「生存者の一人だろう。ヤマトに害があるかどうかは、今の所は五分五分だな。」真田は言った。
パネルに惑星セイレーンが映し出される。随分小さくなった。誘導電波も探知されない。竜介たちの監視を緩めてやるのは、ワープの後になるだろうか。
「惑星セイレーンが何か呼びかけています。」相原が報告した。「ヤマトへか?」
「違うようです。解析してみます。」
「る・・ば・・・しゃ・・るば・・と・・しゃ・・るば・・と 」とぎれとぎれの音声だった。
「惑星セイレーンはシャルバートの星だったのか。」進は呆然と呟いた。
「いや、待て。そう聞こえるだけかもしれない。」島が不審そうに言った。「どうする古代。地球に通信するか?」
「いや、これ以上、ボラーとガルマンのことに首を突っ込みたくない。別にシャルバートかどうかすらわからないのに、放っておきたい、まずいかな。」進は尋ねた。
「三国会談の約束では、信者がいた場合は引き渡す、だけだから、せいぜい長官に報告する程度でいいだろう。」真田も言った。
「よし、今度のワープの後、探索隊員たちに、催眠療法を行った後、通常勤務に戻す、ただし監視付きで、異星人の女性については、意識が戻り次第、本人同意の元、探索隊員たちと同じ、自白剤を含む記憶再生療法を行う。」進は艦内に放送した。
「やっと出られるぜ。」「誰が、異星人を拾ってきたんだろう。」「すごい美人だって話だぞ。」「早く見に行きたいな」竜介たち探査隊員は、無邪気にはしゃいだ。
「ダメじゃ。全く記憶が消えている。赤ん坊と同じじゃな。」佐渡がデータを渡しながら、はっきり言った。「これ以上やると、本人が死にかねない。人道上も無理だ。」
意識の戻った異星人の女性は、言葉も全く話せない状態だった。地球の言葉を教え、意思の疎通を図る頃には、惑星セイレーンは、恒星も見えないほど隔たってしまっていた。
美人なのに。勿体ない。彼女の周りに若い隊員たちは群がっている。ヤマト農園の花を持ってくる者が多く、彼女の個室は花だらけになっている。
「まるでアイドルの控室だな。」島が呆れたように言った。
「まあ、大目に見てやろう。今のところスパイではなさそうだし、」
そう言いつつも進も呆れていた。随分たるんでるじゃないか。外宇宙航海だというのに、遠足じゃないんだぞ。俺たちはこうじゃなかった。地球のみんなを救うという使命感で一杯だったのだ。眦(まなじり)を決して、出立したのだった。そこに考えがいたった時、進はそれが決して、自分たちのためにならなかったのではないかと思った。そんな使命感など無い方が良いのだ。彼らのように、綺麗な異性がいれば心ときめく、それが自然なのだ。
「どうした?古代。ぼんやりして」真田が聞いた。
「いや、真田さん。俺たちはもっとしっかりしてたって言いそうになったんだ。何か、年なのかって」
進の答にメインスタッフたちは笑った。
「レーダーに艦影あり。ガルマン艦隊です。」太田が報告した。「航跡から、惑星セイレーンに向かうようです。」
「デスラーの艦隊が、あの幻覚にやられたら困るだろう。相原、通信回路を開け。」進はそう言った。
パネルにガルマン将校の姿が映し出される。どことなく、ドメルに似ているなと進は思った。
「私は、第5艦隊司令長官グスタフ中将である。宇宙戦艦ヤマト艦長、何用か。」
「グスタフ中将、あなた方の艦隊の進行方向には、幻覚の惑星があります。くれぐれも幻影に惑わされないよう注意して下さい。」
「感謝する。古代艦長。」通信は切れた。
「なんだ、不愛想な奴だな」南部がふくれっ面になった。
「まあ、軍人に愛想は必要ないからな。しかし、あそこはボラー連邦の領域のはず、また、戦闘が始まるのかな。」島が呟いた。
「グスタフ艦隊から10時の方向に、艦隊出現。ボラー連邦です。ボラー艦隊の針路も惑星セイレーンの方向と思われます。」
「このままだと、鉢合わせだ。どうしますか?艦長」相原が聞いた。
「どうするって、どうしようもできないよ。地球は中立国なんだから。」まだ、デスラーは戦うつもりなのか、進はため息をついた。