九州戦役が終了し、しばらくの間黒の騎士団はブリタニアとの一大決戦に向けてつかのまの休息を堪能していた。
僕もカレンと学校で落ち合い、学園祭を見て回った。戦い続きの連続で、久しぶりにカレンとゆっくりできた。本当に楽しかった。
またこうしてカレンと一緒にいたいと、そう思っていたのに……
それなのに、現実がそれを許してはくれなかった。事態は止まることなく、僕達に試練を突きつけてくる。
お忍びで来ていたのか、ユーフェミアが学園祭の場でマスコミの前で『行政特区日本』の設立を宣言した。
彼女の発言が、その場どころか日本全体……いや、ブリタニアをも、世界さえをも巻き込む騒ぎを呼ぶ。
聞こえこそいいかもしれない。事実多くの民衆が彼女の言葉に心を躍らせたことであろう。
だが、もし騎士団が参加すれば日本独立という大義名分が奪われ、参加しなければ平和の敵として民衆の信用を失う。
……つまり行政特区日本は騎士団にとって、一挙に追い詰める策でしかなかったのだ。その先に日本解放という僕たちが目指した未来はない。
その後学園祭はユーフェミアの宣言の混乱がいまだ収束しないまま終了した。だが僕たち生徒会にはまだ後片付けなどの仕事が残っているために、学校に居残ることになった。
ようやく仕事を終えた僕は、少し休息をとろうとクラブハウスの裏手に出た。
……しかし、そこにはすでに人がいた。見慣れた茶髪が風に揺れている。――スザクだ。
「……」
スザクは僕に気づいていないのか、ひたすら夕陽を眺めている。
「……スザク」
「やあ、ライ……」
いつもの学園でのスザクだ。穏やかな笑顔。戦闘時の覇気はまったく感じられない、人懐っこい顔だ。僕の、ライという名を呼ぶその声も優しさで満ちている。そこに憎しみはない。
「なぜだ? なぜ君は何もしない? どうして僕とカレンが騎士団員であることを黙っている……?」
僕とカレンが騎士団に所属しているということは神根島の一件で既にスザクに知られている。
だからこそ彼を警戒していたのだが、スザクと学園で会っても、あの日からまったく変化はない。警察関係が動くこともなく、カレンに聞いても何もなかったの一言だった。
「確かに僕が行っていることは軍への裏切り行為に等しい。それくらいは僕だってわかっている。
だけど、学園内にまで戦いの話を持ち込みたくはない。だからこそここでは戦うのではなく、君たちを説得したいんだ」
「……」
「甘い考えだと思うかい? 僕もそう思うよ。だけどそれでも、僕はあきらめたくないんだ」
「……それが、君が選んだ道か」
「うん……そうだ。ライに提案がある。黒の騎士団にユーフェミア様の特区への参加を促してくれないか!?」
「……騎士団が特区日本に参加?」
「そうだ。今の黒の騎士団は日本人にとっては希望なんだ。だからこそ、そんな君たちが協力してくれれば、特区はより多くの日本人によって迎えられてもらえる。そうすれば戦いだって終わる! もう血が流されることもなくなる!
ようやく日本にも訪れるんだ、本当の平和が! 誰も悲しむことのない、優しい未来が!」
スザクは熱くそう語る。何も疑っていない、純粋な顔で。
……だめだ。スザクは理解していない。彼が考えていることが夢物語だということに。
現実はそんなに甘くない。ユーフェミアは己が掲げる理想を唱え、スザクはそれを信じきっている。
……もしも僕がここでギアスを使い、スザクを従えたならばすべては変わる。特区も、騎士団も……
そうだ。ここで僕がやらなければいけない。これは僕にしかできないことだ。
……スザク。君は間違っている。君がこの間違った世界の変革を望むというのならば、その間違いに加担していてはならない。本当に君が平和を謳うならば、君はそこにいてはいけない。
「スザク!」
「……?」
スザクはギアスの存在を知らない。だからこそこれほどまでに無防備なのだろう。目の前の僕は敵であるというのに。
今、僕が君を解放する。
「ライが命じる! 黒の騎士団に加わり、ゼロの進む道を切り開け!」
僕は全ての力を声にこめて、スザクに命令した。絶対遵守の、王の力で……
ギアスは僕の意思に答え、命令を実行する。
あとはいつもどおりスザクが従えばいいのだが……
「な……あ……僕が……?! ゼロを……お、俺が……騎士団、に……!?」
突如スザクがもがきはじめた。……ありえない。なんなんだこれは? まさかスザクが王の力に抵抗しているのか!?
これまでギアスを使った相手で、こんな反応は見たことがなかった。絶対遵守の王の力に抗うなんて……
「あ……と、父さん……嫌……だ……ぐぅッ……僕ぁ……」
まさか……これが、スザクの意志の強さというのだろうか?
ギアスの命令にも抗う、この強さが。
「ぐ……ぁ……あああーーーッ!」
最後の抵抗とばかりにスザクは吼えた。
……その後もしばらく頭を抱えて必死に抗う様子を見せていたスザクだったが、やがて静かに立ち上がった。彼の瞳は赤く縁取られていた。
ギアスにかかった者がしている、独特な目を……
「……ああ。ライ、僕はこれより黒の騎士団に加わる! 僕が、ゼロの進む道を切り開く!」
……これでいい。これで、黒の騎士団は最大の障害を排除し、最強の戦力を手に入れたのだ。
こうなればもはやユーフェミアの行政特区もまったく効果をなさなくなる。これで黒の騎士団をとめられるものは、誰もいなくなった。
枢木スザクの黒の騎士団加入。その情報は瞬く間に日本中に伝わった。これにより、ブリタニアにいきかけていた空気は再び一転して黒の騎士団へと吹いてくる。
ユーフェミアの唱えた特区日本構想が日本人に魅力的に感じたのは彼女の人柄だけではない。彼女の騎士であり、恭順派の希望の星であるスザクの影響が大きかったのだ。そしてそのスザクが彼女の元を去ったことで行政特区日本はもろくも崩れ去った。
スザクが見捨てたと言うことは、結局今回もブリタニアの策だったのだと、口先だけの懐柔策だったのだろうと日本人は判断したのである。
そしてこのような機をゼロが見逃すわけもない。
黒の騎士団はこの流れに乗って武力蜂起。ゼロとスザクを先頭にトウキョウ租界に一気に攻め込み、制圧したのである。
トウキョウ租界の陥落は始まりに過ぎなかった。黒の騎士団の動きに呼応し、全国で名誉ブリタニア人も含めた日本人が蜂起。
またたく間に広がった解放戦争の炎はついにブリタニア軍の撤退という結果を勝ち取り、ゼロは高らかに宣言した―――『合衆国日本』の建国を。
「よく来てくれたな、ライ」
「なんだい? ふたりだけで話とは?」
日本が解放され、今日は団員達によってアジトで祝勝会が開かれている。僕も参加しようと思っていたのだが、僕はゼロに呼び出され、人気のないゲットーの倉庫街に来ていた。
「なに、君には直接礼を言いたくてな。スザクを仲間にしてくれた礼を」
「ゼロとスザクの力が合わされば、もはや敵はないさ。事実、日本は独立を取り戻した。
これからブリタニアが攻め込んできたとしても、ゼロやスザク、藤堂さん……そして僕とカレンの騎士団の双璧がいれば、日本は安泰だ」
「ああ、私もできればそうしたかったよ……お前と共に、これからも戦っていきたかった……」
「? ゼロ?」
なんだろう。ゼロの様子が少し変だ。
機械質な声なためによくはわからないが……まるで、何かを後悔しているような、暗い感じが……
「スザクを仲間にし、我々に勝利をもたらした……そう導いてくれた結果には感謝している。……ただ一点を除けば」
「ただ、一点?」
「あのスザクが、今まで私の話を寄せ付けなかった彼が、一夜のうちに我々の考えに賛同して合流してきた理由だ」
「それは……僕とスザクが話し合って」
「話し合った結果、ギアスを使った」
「なっ!?」
「そうだな?」
……そうか。そういえば君はギアスのことを知っていたな。
それでか。それで納得できずに、僕をここまで呼んだのか。
「……すべては、君のためだ。君と共に歩む道を切り開くため。あの状況を打破するためにも必要だった。君だってあれほどスザクを仲間に迎えたがっていただろう!」
「俺は、スザク自身の意志で賛同して貰いたかったんだ! そうでないならば、あいつの意志をねじまげるくらいならば、敵同士になったほうがましだった!」
「ッ!」
「お前は、俺の意地とプライドと……そして友情に泥を塗った! この行為は許し難い!」
「何を言ってる……僕こそ、君の……」
言葉を続けようとしたが、その言葉が紡がれる前にゼロの仮面が一部開き、瞳が見えた。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが汝に命じる! 永遠の闇に眠れ! ライ!」
……なぜだ?
どうしてだぜロ。ただ僕は君のために……みんなの、日本のために……
「……ル、ルルーシュ……」
「おやすみ、ライ」
昔、僕が眠りについたときに契約者が言ったことととまったく同じ言葉。なのに、ルルーシュの声には何も感情がこもっていなかった。
僕はまた眠りについた。ただしあのころと違って、底の見えない……永遠の闇の中に……
―――
枢木スザク。敵に回せばこれほど厄介な相手はいないけれど、逆に味方にすればこれほど頼もしい人材もそうそういない。
そんな彼が騎士団に入ったんだから……黒の騎士団は負けるはずがなかった。
ゼロと私達騎士団の双璧、スザクと言った面々の前に、『ブリタニアの魔女』と恐れられていたコーネリアでさえも戦況を立て直すことができず、ついに私たちは日本を取り戻した!
……ただ純粋によかったと思う。
今まで戦い続けてきて、それでもかなわなくてあきらめかけて……それでも、今まで信じ続けてきた夢がようやく実現したのだから。
今日は祝勝会ということで、アジトは今までにない盛り上がりを見せている。今までの戦いがようやく実をむすんだんだから、その喜びは計り知れない。
……それなのに、どうしてあなたがいないの? ライ……
これまでの戦いの中でもゼロと共に数々の戦功をたててきた、一番の功労者といっても過言ではないライの姿だけがどれだけ探しても見つからない。
彼の携帯電話に連絡しても一向に反応はない。
「扇さん、ライを見てませんか?」
私は近くにいた扇さんへと話かける。
扇さんも今までの苦労が無駄ではなかったことを喜んでいるのか、上機嫌で笑っていた。
「いや、まだ見ていないが……来ていないのか?」
「先ほどから電話もかけてるんですけど……全然でないんです」
だけど期待していた返事は得られない。
ゼロやC.C.の姿も見えないけれど、彼らは元々神出鬼没だったしそんなに心配していない。こういう賑やかな場に積極的に参加するとも思えないし……むしろ二人でなにか盛り上がっていそうだ。そんな今まではできなかったような想像ができてしまう自分が少し笑えてくる。
……それなら、ライは?
ライも日本開放のために共に戦ってきて、その喜びも大きいはず。みんなで一緒に集まって喜びを分かち合う人なのに……全然姿を現さない。まさか彼の身に何かが……?
「(ライ……あなた、一体どこに)……【ピピピピピ】ッ!? もしもし!」
突如私の携帯にかかってきた一本の着信。
私はすぐさま電話に応じる。……しかし聞こえてきた声は私が待ち望んでいたものではなかった。
『カレンか……今から私が言う病院にすぐ来てくれ』
いつもどおりの機械を通して発するような声。
リーダーのゼロだった。だがゼロの声もどこかあせっているように聞こえて、いつもの自信満々な威厳に満ちた声ではなかった。
「ゼロ! 病院って……なんでですか?」
『……ライのことだ。詳しくは今は言えない。それよりもすぐに来てくれ!』
「!? わかりました!」
彼の名前を聞いた瞬間、私はいてもたってもいられなくなった。ゼロに一言いって通話を切り、すぐに支度を整える。
ライが、病院に? それに、今は言えないって……まさか、本当にライの身に何かが!?
私は扇さんに一言言うと、すぐさまアジトを後にした。なんだかよくわからないけど……嫌な予感しかしない……!! このままじゃあ私がまた大切なものを失ってしまうような、そんな気がした。
病院に着いた私はすぐさま二人を探す。走り続けたせいで息は荒い。しかしそのようなことは微塵も気にならなかった。
私は病院内を走り回る。……すると、一つの病室の前で座り込んだゼロの姿が見えた。仮面をかぶっているために表情は伺えないものの、普段から発している覇気は完全に身を潜めている。
「ゼロ!」
『……カレンか』
私の呼びかけに反応する声もどこか弱弱しい。よく聞かなければすぐにでも消えてしまいそうな、それほど小さな声だった。
ゼロの様子が気になるけれど……それよりも私は聞かなければならない。
「ライは……ライはどこに!?」
『ここだ』
ライの居場所、それだけを聞く。
するとゼロが目の前の病室を指差す。すぐさま病室へと駆け寄り、その扉を開けた。
……病室の中では点滴を受けて、静かに眠っているライの姿があった。
「ライ!」
私はいても立ってもいられず、病室の中に入っていく。ライが寝ているベッドの目の前まで行き、そして彼の手を握った。
……しかし、何度呼びかけても声は返ってこない。何度手を握っても握り返してこない。
「……ライ? どうしたの?」
「彼は今……意識を完全に失っています。つまり、植物人間の状況に陥っています。回復は……難しいかと」
「!!」
……意味がわからなかった。いや、理解はしても理解したくなかった。
私は思わず専門医の胸倉を掴んでいた。衝動的に、反射的に……無意識で体が動いていた。それだけ衝撃的な言葉だったから。
「どういうこと!?」
「わ、わからないんです! 体に外傷がなければ異常はありませんし、臓器にも脳にも問題はない。原因がまったくつかめないんです!
まるで……彼自身が目覚めるのを拒絶しているような……」
「ふ、ふざけないで!! そんなことがあるわけ……!!」
『やめろカレン!』
「ッ!?」
さらに専門医に食って掛かろうとした私をゼロは一括した。
ゼロだって問い詰めることはあるはずなのに、まるで彼は受け入れているかのような反応で……
「ゼロ……それじゃあ……ライは……」
『……』
「!」
ゼロは何も言わずに、首を横に振った。
つまりそれは、ゼロもライの回復は望めないと判断したと言うことを意味していて……嫌、嘘だ!!
「嫌よ……そんなの嫌!!」
私はもう一度ライの手を握り、何度も何度も呼びかける。
「ねえライ! 起きて!! 私よ、紅月カレン!!
嘘でしょ、もう起きないなんて……私を驚かそうとしてるんでしょ!? ねえ! ねえ!!」
私はライの腕を持ちながら、ライの肩をゆすりながら、ライにひたすら呼びかける。
信じられない! 信じたくない!! やっと、やっと日本を取り戻して、みんなで一緒にいられると思ったのに……それなのに!!
何度も声をかけた。何度もライの手を握りしめた。
それでも、彼は何の反応も示さなかった。目を開けなかった。何もしゃべらなかった。
あの青い綺麗な目が見えない。
いつも私を気遣ってくれた優しい声が聞こえない。
私を勇気付けるために私の手を握ってくれたあの感触が感じられない。
彼の時は……完全に止まっていた。
「お願いだから……もう自分勝手なことなんてしないから! もうあなたを困らせたりしないから! ずっと傍にいるから!
だから……だから、目を開けてよライ!!」
どれだけ叫んでも、病室には私の声だけが響いている。
ライは指一本動かさない。
「お願い、だから……傍にいて……私を、一人にしないで!!」
『カレン……無駄だ。いくら呼びかけても、ライは……もう……』
「嘘よ……そんなの、そんなのって……ッ! ライイイィィィィィィ!!!」
私はただ叫ぶことしかできなかった。叫んでもライは反応しないとわかっているのに。
それでも、信じたくはなかった。認めたくはなかった。受け入れたくはなかった。
私達は日本を取り戻した。その代わり、それ以上に大切な人を失ってしまった……
誰よりも日本のことを、私たちのことを想ってくれていたライを……