「……トウキョウに黒の騎士団がいない!? もぬけの殻だと!?」
カムラン司令室。全体の指揮をとるライが通信を開いていた。
だが、ジェレミアからの報告を受けたライは戸惑いの色を隠せない。
時間的に考えて、ゼロによるアヴァロンへの奇襲はなく、黒の騎士団はトウキョウの守りを固めて迎撃体制に入っているものだとライは考えていた。
しかしながらジェレミアはトウキョウには黒の騎士団はおろか一般住民の姿さえ見えないという。
トウキョウと言えば日本の中枢地点であり日本屈指の要塞都市。
ブリタニア側からしても戦略上、最優先事項であり、最も苦戦すると考えられていた。
……そのトウキョウに、誰もいない。
「そんな馬鹿な! ゼロがトウキョウを捨てたというのか? 一体何を考えている……」
『私にもわかりません。ですが実際トウキョウはもはや誰もいない空城。占領することは容易いと思われます。
いかがなされますか殿下。今のうちに政庁を含めた各拠点を押さえておきましょうか?』
「……少し待ってくれ」
ジェレミアの進言は最もだが、まだ確認しなければならないことがある。
ライはジェレミアとは別に通信をつなげた。相手は……後軍のアヴァロン。相手はオペレーターのセシル。
「セシル、そちらの状況を報告してくれ」
『わかりました。……アヴァロンには異常はありません。システムも正常に作動していますが敵機の反応はありません。また、周囲に偵察機も放っておりますが、2分前の定時報告では【何も異常はない】、とのことです』
「……わかった」
オペレーターのセシルが後軍の現状を報告するが、予想通りの答えが返ってきた。騎士団の姿はない。偵察機からの報告もないとすると、もはや警戒のレベルも下げて良いだろう。
ライは一言セシルに声をかけると、通信を切り再びジェレミアにつなげる。
「ジェレミア。前軍はトウキョウ制圧にかかれ。政庁にも歩兵部隊を突入させろ。
……ただし、十分に警戒してだ。ないとは思うが、施設全てに爆弾などが仕掛けられていたらたまらないからな」
『Yes,Your highness』
ジェレミアは命令を受けると通信を切った。こうなるとトウキョウを一斉爆破されることが最も恐ろしいことだが、日本の首都であり中枢都市をそのようなことはしないだろう。住民を敵に回すことにもなる。
通信を終えたライは一つため息をついた。今回の侵攻戦前からゼロがどんな手を使ってきても大丈夫なように対策をいくつも立てて来たが……まさか、これほどの事態になるとは思ってもいなかった。
隣に控えているカレンも、状況に付いていけず不安げな声を出す。
「……ねえライ。ゼロは――騎士団は一体どうするつもりかしら?」
「わからない。……だけど確かなのは、もうアヴァロンへの強襲は完全になくなったってことだね」
「え、そうしてそう言い切れるの?」
「今が絶好のタイミングだからだ。この時点で行動を起こさないというのならば、奇襲だってまず成功しないよ」
奇襲においては戦力など重視することがあるが、最も大切なことは奇襲を仕掛けるタイミングだ。
今回の場合は、ブリタニア軍全ての……特に先行部隊の意識が別なところに集中したときだ。相手が意識をそらし警戒心も薄くなったところで仕掛けて相手を混乱させ、一気に攻め寄せる。そうすれば相手に与える精神的ダメージも大きくなる。
ナリタの戦いがその良い一例だろう。黒の騎士団がその存在を世界に知らしめた初陣。
コーネリア率いるブリタニア軍が日本解放戦線の本拠地を特定し、これで戦いも終わりだと、敵味方問わず戦いに参加していたもの全てが思った瞬間――ゼロは動いた。
ゼロは戦場というものをよく知っている。彼の作戦は全て計画に基づいたものであり、その知略はブリタニア帝国において天才と謳われたシュナイゼルと肩を並べるほど。
だからこそ、その策略家がこの絶好のタイミングを逃して奇襲を行うわけがない。
……しかし、それなのに騎士団は一向にどこにも姿を見せない。
これ以上はブリタニアの他の隊が駆け付けるのも早いし、騎士団側にとってはマイナス要素が多いはず。いくらゼロが相手の裏をかくとは言っても負け戦を仕掛けるような男ではない。
「となると、あとは日本のどこかに潜伏していると考えるべきだが……それならばなぜトウキョウを捨てる?」
奇襲を仕掛けないというのならば、防衛側である黒の騎士団に残っているのはとにかく守る事。
だがそれなら首都決戦が一番効率がいいはずだ。先も言ったがトウキョウは要塞都市であり、それに加えて生産物が少ない。サクラダイトも産出しないため、建物の被害が酷くても政庁さえ守ればいくらでも修復が可能だ。
防衛側は十分な弾薬などを用意しておけばいいだけのこと。
防衛戦には最適の場所だ。それなのに、なぜその決戦の舞台をわざわざ明け渡すのか、ライには理解できなかった。
(……トウキョウ戦で生じるデメリット。
ライは唇に指を当てて静かに考え込んだ。頭の中で次々と状況を整理していく。
トウキョウを手に入れることで生じるメリットとデメリット。全てを考えた上で判断しなければならない。
だが、ひとまずは政庁を押さえてこちらの本拠地にした方が良い。ライはそう考えたとき、
「まさかこんな面倒な状況になるなんて、本当に意外ね。ゼロもてっきり準備を済ませて待ち構えていたと思っていたのに……」
ふいにカレンがポツリと呟いた。独り言であったそれはたしかにライの耳にも届いた。
そしてそれを聞いて、ライは思考を全て切り替える。全ての情報を一から考え直す。
(……準備を済ませる? 待ち構える?
そうだ。これもゼロの作戦だというのならば、たとえ騎士団がいなくても、当然トウキョウの備えもそれに従って成り立っているはず)
ライの頭の中でどんどん提供された情報から考えをめぐらしている。
一つ一つ、絡まっていた糸が解けていくような感覚。それがどんどん進んでいき……
(ならば、からなのは人だけではないはずだ。だとすると、今のトウキョウは……)
糸は全てほどけた。
「まずい!!」
ライが何かに気づき、突然声を荒げた。
すぐさまライは通信をジェレミアにつなげる。
『どうなさいました殿下。今確認を終えましたが、政庁にはこれといった仕掛けは何も……』
「ジェレミア! 今すぐエナジーフィラーの保管庫を調べろ!』
『……は? エナジーフィラーの保管庫ですか?
それでしたらさきほど、そちらにもサザーランドの一個小隊を向かわせましたが……』
「ならば、至急連絡をとれ!」
ライの様子にただ事ではないことを察したのか、ジェレミアも一言ライに告げると部下へと連絡をとる。
現在向かっている途中だと言うが……すると、通信中のカムランに今度は別の通信が入った。
相手はダールトン。トウホクに向かっている部隊からだった。
「どうしたダールトン。そちらの戦況はどうだ?」
『こちらは戦闘に入りました。しかしながら騎士団の伏兵に会い、北と南からの挟撃にあっています。
黒の騎士団の総司令は藤堂。現在ボーアが当たっていますが……ボーアもきついかもしれません。私も伏兵部隊を相手にするので手一杯でして。……可能ならば、増援をお願いいたします』
「なにっ!? 藤堂がトウホクに……?」
ライはこれまた驚愕する。
藤堂といえば、黒の騎士団の軍事総責任者だ。それはライが抜けた後でも変わりない。彼ほど日本人から慕われているものはいないのだ。
スザクという絶対戦力があっても、それでも部隊の指揮能力、部下からの信頼、これまでの実績を考えれば騎士団最高の戦士。
それほどの男がまさかこんなに早い段階で出てくるとは……ある程度の予想はしていたとは言え、にわかに信じがたい。
「……わかった。今しばらく持ちこたえてくれ。部隊を編成しだい、そちらに向かわせる」
ダールトンもボーアもブリタニア軍内では高い評価を受けている戦士達。
特にダールトンは歴戦の猛者であり、コーネリアから派遣された者だ。見捨てるわけにはいかない。
ダールトンは再び戦闘に入るためにも通信をきる。
誰を向かわせるかライが考えているとき、ジェレミアから通信が入った。
『殿下。今保管庫に突入したとのことです』
「……どうなっている」
『それが……保管庫には何も……』
「! やはりか。……ジェレミア、今すぐトウキョウから全軍を撤退させろ!」
『えっ!?』
ライはジェレミアから保管庫に何もないと聞くと即刻トウキョウからの全軍撤退を命じる。
これにはさすがのジェレミアも不信感を覚えたが、主君の命令は絶対である。全軍に通信をつなげようとした……そのときだった。
『なっ……これは!!』
「どうしたジェレミア!?」
突然声を荒げたジェレミア。ライもただ事ではないと判断し、問いただすが……答えはすぐに返ってきた。
『トウキョウの電気が、政庁を含め一瞬で消えました! 我々ではありません。何か仕掛けが……』
「……電気が?」
『殿下! 申し上げます!』
「テスラか、どうした?」
ライが不思議に感じているところに、再び別の通信が入る――隊長の一角を務めるテスラからだ。
声色からも、その表情からも彼の焦りが伝わってくる。
そしてその内容は、ブリタニア軍にとっては確かに一大事だった。
『トウキョウの都市機能のみならず、サザーランドやグロースター――第5世代以前のナイトメアも機能を停止しました!』
「なっ! ……ゲフィオン・ディスターバーか!」
【ゲフィオン・ディスターバー】
エネルギーの供給源であるサクラダイトに磁場による干渉を与え、その活動を停止させるフィールドを発生させる装置である。効果範囲内に存在する様々な電力機関、ならびにKMFは第一駆動系=ユグドラシルドライブが停止し、活動不能の状態に陥ってしまう。
今回は騎士団があらかじめこのトウキョウ全域にゲフィオン・ディ スターバーを仕掛けていたのだ。
ヴィンセントなど、第7世代のナイトメアは対策も施していたが第5世代以前のナイトメアはその影響をまともに受けてしまった。
戦力は半減してしまったといっても過言ではない。
しかもこれでは全軍の士気にも関わってくる。なんとか持ち返さなければならない。……ライがそう思って指示を飛ばそうとした矢先に、次々と試練がのしかかってくる。
……トウホクに向かっていたボーアの機体がLOSTした。
「ッ!? ボーア、まさか……戦、死……?」
『殿下、ボーアが……!』
「……まずい」
トウキョウの部隊の立て直しもそうだが、トウホクの救援にも向かわなければならない。
――だが戦力が半減している今、これ以上部隊をを分散しても大丈夫か? ライの頭を数多の考えがよぎる。……が、時間は待ってくれない。
『殿下! 申し上げます!』
「今度は何だ!?」
『トウキョウ周辺から、新たな機体反応……黒の騎士団です!!』
「……ここで強襲か! やはり、ゼロは我々ブリタニアをトウキョウに閉じ込める気か!
なんというやつだ。やつは本拠地・トウキョウそのものを囮にして、我々をエナジー切れに持ち込む気か!?」
トウキョウの外から騎士団の出現。全てはゼロの策だった。
……トウキョウの拠点からはありとあらゆる資源・燃料が他の地域にあらかじめ運びこまれていた。その中には当然、ナイトメア戦においては何よりも欠かせないエナジーフィラーも含まれている。
これで、ブリタニア軍はトウキョウを奪ってもナイトメアの補給は自軍の補給にしか頼れない。
だがそれにも限界がある。ナイトメアは戦闘を続ければエナジーは長くはもたない。エナジーフィラーの替えも、一度ベスタ島に戻らなければ不足する可能性がある。
しかしながら、ここで退けば第5世代以前のナイトメア全てを失うことになる。そこから再び攻めるのは酷なものだ。騎士団も戦力を整え、政庁の守りを完全なものにするだろう。
かといってここで戦い続けてもエナジーの心配が残る。
騎士団は他の地域からもすぐに運びだせるだろうが、ブリタニアはそうはいかない。
一度退いて自軍の状態を完全なものにするか。
それともここで決戦を挑み、騎士団を破って補給路を確保するか……
「……いや、迷っている暇はない!!」
ただでさえ騎士団本隊がトウキョウめがけて進軍している上にダールトン達の救援もあるのだ。ボーアまでもが戦死してしまった以上、長くはもたないだろう。
ライはすぐさま、幹部一同に通信をつなげた。
「聞け、ブリタニアの騎士達よ!!
ボーアが討たれ、またナイトメアも半数が機能を停止。……ゼロが戦場に現れ、戦況は一転した。だが、ここで退くわけいはいかない! ここで総力戦を行う!!」
そして、ライは今の戦いを選んだ。
状況を好転させるべく、次々と部下達に指示を出していく。
「ジェレミア。貴公は部隊を率いてダールトン将軍の救援に向かえ! 絶対に藤堂を本隊と合流させるな!」
『Yes, Your Highness』
「ロー。お前は部隊を3隊にわけ、トウキョウ疎開を散開。 ゲフィオン・ディスターバー捜索にあたれ。見つけ次第破壊し、全てのゲフィオン・ディスターバーの破壊が終了後、騎士団本隊と当たれ」
『……Yes, Your Highness』
「マリーカ、レイ、テスラ。お前達はトウキョウに攻め寄せる騎士団本隊の迎撃に当たってくれ。
……ただし、まともにぶつかるな。時間稼ぎが目的だ。今勢いは騎士団にある。僕とカレンが到着するまででいい、騎士団を足止めしろ」
『『『Yes, Your Highness』』』
前軍部隊はライの命令を受けてすぐに動き出した。
ジェレミアの部隊はトウホクにダールトンの援軍として。
ロー隊はトウキョウを散開、ゲフィオンディスターバーの破壊へ。
そしてマリーカ、レイ、テスラの混成部隊は騎士団本隊へと向かって行った。
先行部隊に命令を下したライは今度は自身が率いる中軍・ならびに後軍に命令をくだす。
「カレン!」
「はい!」
「僕達は一足先にトウキョウに向かう。
「Yes, Your Highness!」
カレンは格納庫へと向かう。
ライはその様子を見送ると、今度はアヴァロンへと通信をつなげた。
画面にはオペレーターのセシル、そして後軍の指揮を任されたホールトンの姿が見える。
「ホールトン。私とカレンは逸早くトウキョウへ向かう。
これ以降、中軍以降の部隊の指揮は貴公に一任する。トウキョウに付き次第、援軍を」
『Yes, Your Highness』
「セシル。アヴァロンはトウキョウに、前線には入るな。トウキョウ周辺での全軍への通信、および脱出兵の回収につとめろ。また、偵察機から連絡があったならば、すぐに私につなげてくれ」
『Yes, Your Highness』
浮遊航空艦はあくまで艦船であり、ナイトメアのような小回りは利かない。格好の的になる。
ゆえに乱戦になれば護衛するものが増えて味方の足手まといになってしまう。命令の意味を理解したセシルは意義を唱えることなく従った。
ライは全軍に命令を告げると、自分も新しい愛機の元にむかった。
……騎士団とブリタニア軍。両陣営ともあわただしく動き出した。