……あれから一週間。日本がブリタニアから解放されてから早くも一週間がたとうとしていた。
未だに日本に根強く残留しているブリタニア軍の残党・地方部隊を掃討し、もはや日本は完全にブリタニアから独立したと言ってもいい。
ブリタニアは数多くの植民地を持っているが、その植民地が独立してしまうなど前代未聞の事態であり、介抱された日本に呼応してほかの植民地エリアでも反ブリタニア活動が一挙に広まっているという。その規模は史上最大という話もある。
そのためブリタニアは激戦地であるEUや日本だけではなく、こうした殖民エリアの対処にまで部隊を動かさなければならなくなり、うかつに日本に手を出せない状態となった。これによって日本には一時の平穏が訪れていた。今までならば絶対にありえなかった、安息の日々が。
騎士団の皆は遂にブリタニアの勢力を一掃したということで、皆生き生きとしている。……ただ一人、私を除いて。
私は今日もこの病室に来ていた。最近では紅月カレンという女性戦士がナイトメアに乗る姿を見る人はいないだろう。それだけ多くの時間私はここに入り浸っていた。
それとは逆にこの一週間で、騎士団の皆がライのお見舞いに来る数が減ってしまった。
皆、新しい国――合衆国日本の国作りやブリタニアの防衛に向けて忙しい毎日が続いている。
それくらいは私だってわかっている。そんな状況下でむしろ私のほうが我侭を言っているのだから。許可をくれたゼロには感謝してもしきれない。
……それでも、それでも私はだんだん時間が過ぎていくにつれて怖くなってきた。そのうち、皆がライのことを完全に忘れてしまうのではないかって。最初からライなんていなかったのだと、彼の存在を根本から消してしまうようになってしまうのではないかと。
今となっては、騎士団の双璧と言えば私とスザクであると言われるようにまでなってきた。
ライと一緒にここまでずっと戦い抜いて、安心して背中を預けるほどになってまで手に入れた『双璧』の名が、今ではスザクのものになっている。皆、今はいないライよりも、今いるスザクの方が大切なのだろうか……
……たとえ、皆がライのことを忘れても、せめて私だけは覚えていたい。最後まで、ライの目覚めを傍で待っていたい。
「……ライ」
彼の手を取り自分の頬まで寄せる。反応がないとわかっていても、それでもする。
……いつからだっただろう。
日本より、ライの方が大切になっていた。日本の解放より、ライの傍にいたかった。
あの日から何度も後悔している。機会なら何度もあったというのに。
ちゃんと想いを伝えておけばよかった。ただ一言、『好き』だとそれだけ伝えておけばよかった。そうすれば私は今もこれほど悩むことはなかったのかもしれない。彼の意思を継いで日本のために戦えたかもしれない。
「ねえ、どうしてこんなことになっちゃったのかな?」
彼が聞いたら笑ってしまうような、いつもの私からは考えられない弱音であり本音。
……何が間違いだったのだろう。どこで間違ったのだろう。疑問は尽きることを知らない。次々と私の脳裏に浮かんでくる。
一緒に学園祭も楽しんで、日本も開放して、これからも皆と一緒にいられるはずだった。平和な生活を送れるはずだった。
それなのに、誰よりも一緒にいたかった貴方がいない。貴方は今も夢の中にいる。
これから私はどうすればいいんだろう?
今までは戦い抜けば明るい未来が待っていると信じていたのに、その望みはあっけなく崩れ去った。そこに待っていたのは一番失いたくなかった愛する人の喪失という、最悪の結果だった。
信じれば救われる、そう言ったのは誰?
神様というものは本当に残酷だ。
絶望から救い出されたと思ったら、今度は更に深い絶望を私達に突きつける。しかも、今度はもはや私にできることは何もない。私はただひたすら彼の傍で目覚めを祈ることしかできない無力な人間。日々彼が弱っていく姿をただ見守ることしかできない。
もう、ナイトメアにも乗れないよ。何のために戦えばいいのかがわからない。
もう、ライの傍から離れたくない。これ以上貴方と離れたくない。
「ライ……好き。愛してる。……お願い、目を覚ましてよ」
貴方の声を聞きたい、貴方の綺麗な目が見たい、貴方が手を握ってくる感触をかみしめたい。
ライ。お願いだからもう一度呼んで、私の名前を……
彼の綺麗な顔を傷つけないよう、そっと手を伸ばす。
……何の反応もなかった。わかっていることだというのに、私の頬を再び一筋の雫が伝って床へ落ちていった。
「本当に、弱いわね。私は」
冷静さを取り戻すために、一度飲み物を買いに病室から出た。
もしライがいたら、優しい彼のことだ。そっと励ましてくれただろう。
いなくなってからやっとわかった。彼の優しさが、温かみが。今まで傍にいすぎてそれが当然のことになっていたんだ。
私の強さは、全部ライがいたからこそだったんだ。ライの支えがあったからこそここまで戦ってこれたんだ。
簡単なことのはずなのに、どうしてもっと早くに気付かなかったんだろう。
「ライ……」
病室に戻っても、ライは眠ったままだった。
最初は扉を開ける際に『ひょっとしたら』と淡い希望を期待していたけれど、そんなことは起こらなかった。余計に虚しさが増すだけだとわかり、ありえない未来を考えるのはやめるようにした。
彼はひたすら夢を見続けている。現実に戻ってきて欲しいと願っても、その願いは届くことはない。彼は目を覚まさない。
「何が悪かったのかな? どうして、こんなことになっちゃったのかな?」
先ほどと同じ問いを繰り返す。意味がなくても答えが返ってこなくても、そうすることしか私にはできない。
私にはもう何もわからない。何が悪かったのか。どうすれば、彼が助かったのか。私はこれからどうすればいいのか……
「僕が教えてあげようか?」
「なっ!? ……子供? どうしてここに」
突然私の呟きに答えるように、後ろから声がかかった。
身長から考えて……小学生くらいだろうか? 髪がとても長く、床に届く勢いの金髪をしている。
「はじめまして、紅月カレン。僕の名前はV.V.」
「V.V.?」
男の子の声はとても落ち着いていてかなり不気味だ。
何なのこの子……? C.C.みたいな名前、そして見た目とはかけ離れて大人びた様子。
……いや、それよりもどうして私の名前を!?
「細かいことは気にしなくていいよ。僕は君に真実を教えにきたんだ」
「真実を……? 一体何の話かしら?」
「そうだね。例えば……どうしてライが目を覚まさないのか、とかね」
「ッ!? どういうこと!? なんで、なんでライのことを……ッ!」
とにかく話を聞こうと落ち着いていたけれど、彼の名前が出てきた瞬間感情を抑えられなくなった。思わず少年の肩を揺さぶり問いただしてしまう。
どうして私やライのことを知っているかなんてもうどうでもいい!
それよりもこの子は知っている! 誰にも、ゼロでさえわからない、ライがこうなった原因を!
「やっぱりゼロからは何も聞いていないんだね。ま、言えるわけないか。彼がこんなことをしたんだもんね」
「……え?」
彼の口から出てきた単語に私は息を詰まらせた。
ゼロがライを……!? いや、そんなことあるわけがない。あっていいわけがない。……彼も、私も、日本人がみんな信じているあの人がそんなことをするわけが……
「ゼロは常人とかけ離れた超常の力を持っている。他人を意のままに操る力を」
「そんな、馬鹿な話が……」
「君は不思議に思わない? なぜ体に何の異常もない彼が目を覚まさないのか。むしろ辻褄が合うはずだよ。力があったとして、今までのゼロの行動を振り返れば……ライはゼロのせいで、目を覚まさないんだ」
「……」
反論しなければいけない。そうでなければ私はゼロを信じることが出来なくなってしまうというのに……そのはずなのに言葉が何もでてこなかった。目の前の子供が言っていることは真実だと、心の奥底で肯定してしまった。
「まだ信じられないかい? なら教えてあげるよ。ゼロの正体、力の詳細、彼がその力で今まで一体何をしてきたのか。……そしてどうすればライが目を覚ますのかを」
「……」
「聞くだけでいいんだ。それをどう判断するかは君しだい。君の考えで動けばいい」
そういうと少年はうっすらと笑みを浮かべる。それはまるで悪魔の誘惑のよう。
たとえ、ゼロのことが嘘だとしても……本当にライが目を覚ますというなら、私は……
私は何も言わずに、こくりと頷いた。
この私の行動はおそらくはゼロへの背信行為に他ならないこと。でも、そんなこと関係ない。
そうでしょライ。きっとあなたが同じ立場でも、私と同じことをするでしょう。私達は騎士団の双璧で、誰にも負けることはないパートナーなんだから。
それから30分。彼の話を聞いて……私の中で何かが崩れ去った。そして心の中で新しい何かが芽生え始めていた。