一つの国と一人の人。どちらか一つだけを選べといわれたら、当然誰もが国を選ぶだろう。それもそのはず。比べるものの規模があまりにも違いすぎるからだ。誰かのために国という大きな存在を捨てることなんて、そんな勇気を持つ人なんてまずいないだろう。
私だって今までならそうしたはずだった。どれだけ誰かを大切に思ったとしても、好きになったとしても、日本を捨てることだけは絶対にないとずっと思っていた。
そう信じて疑わなかったのは仕方がないことだろう。だって、今まで日本こそが私の中で一番大切なものだと思っていたのだから。
……だけど、それでも私は日本よりもライを選んだ。
国よりも、組織よりも、仲間よりも――たった一人の人を選んだ。
――――
……闇。闇。闇。永遠に途切れる事無く続いているように思える、闇の空間。……何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。
『永遠の闇に眠れ』というルルーシュのギアス。その闇はあまりにも何もなくて、あまりにも残酷だった。
おそらく今の僕はまだ生きているのだろう。生きていなければ、この闇だって消えているはずだから。
眠れといっても何も夢を見ているわけではない。むしろ夢であるならばどれだけよかっただろうか。たとえ悪夢だとしても、今ならそちらのほうが良かったと文句なしに言えるだろう。
この闇は悪夢以上にたちが悪い。今にも気が狂ってしまいそうだ。
……あれからどれくらいたったのだろう。
数日? 数週間? 数ヶ月? あるいは数年だろうか? もっと過ぎているのだろうか、それさえわからない。この世界には時間という概念が存在するはずもないのだから。
……一体今頃、みんなはどうしてるのだろうか?
カレンは大丈夫だろうか? やさしい彼女は多分僕のことを心配しているだろうけど、僕はその彼女に気づくことすらできず、何もしてあげることもできない。むしろ迷惑をかけているんじゃないだろうか。……いや、きっとかけているだろう。
せめて、僕のことを忘れてくれていればいいのだけれど。……心優しい彼女には無理な願いなのかもしれない。それでも僕のことを忘れて、他の誰かと幸せに生きてくれれば、僕はそれでいい。カレンの幸せは、僕の幸せでもあるのだから。
「……ライ?」
……突如誰かの声が聞こえてきた、そんな気がした。これは、カレンだろうか? カレンの声が……聞こえる?
なんでだろう。今までは何も聞こえなかった空間から、僕が求める声が聞こえた。だがそれはありえないことだ。ギアスを破ることなんて、誰にもできないのだから。
となると、ついに心が限界を迎えて幻聴が聞こえるようになってしまったのだろう。そのうち本当にこの闇が現実のように感じるのかもしれないな。……自分のことだというのに、なぜか他人事のように感じてしまう。
「ライ!」
……まただ。聞き間違えるわけがない。また、カレンの声が聞こえた。
さっきよりも強く、僕を呼んでいる。なぜだ、この声は紛れもなくカレンの本当の声だ。……これは、夢なんじゃないのか?
「ライ、起きて!」
さらにより強く声が僕に響いてくる。
徐々に闇が晴れていき、眩いほどの光が目に入り込む。その眩しさに耐えられずに、僕は瞳を開いた。
目を開けるとすぐ目の前に、もう二度と見ることはできないと思っていた赤毛の少女――カレンの顔があった。
「ライ! ライ! 良かった! 良かった……!」
「……か、カレン!?」
カレンが僕の温もりを確かめるように、力強く抱きしめてきた。
見える……だと? あまっている手のひらを握り締めてその感触を確かめる。その感触も、抱きついているカレンの暖かみも全てが本物だった。
まさか、ルルーシュのギアスが解けたのか!? ありえない。絶対遵守の王の力が、何で!?
「目が覚めたのかい?」
「はじめまして、ライゼル様」
「なっ!? 誰だ!? ……っ! ジェ、ジェレミア!?」
突如聞こえてきた僕の偽りなき本名。戸惑いを隠せず僕はその声の方向を見る。
……すると、部屋にいたのはカレンだけではなかったことがわかった。
小さな男の子と……そして、かつてナリタの戦いで戦死したはずのジェレミア・ゴットバルトが僕を見守るように立っていた。ジェレミアに関して言えば左目になにか奇怪なものを身につけており、昔の彼とはまた違った印象を受ける。
「はじめまして狂王様。僕の名前はV.V.。彼女にお願いされて、君を起こさせたんだよ。ジェレミアの、ギアスキャンセラーで」
「……『ギアスキャンセラー』?」
聞きなれない言葉だ。キャンセラーという名から考えて、僕の現状からその効果は想像できるが……
「そう。ギアスキャンセラーはその名の通り、どんなギアスであろうともそのギアスを解除・無効化することができる。たとえ、絶対遵守の王の力であろうとね」
「はい。私のキャンセラーはどのような力にも対応できます」
ギアスキャンセラー。ギアスを解除する力、か。そのようなものがあるだなんて、誰が想像できただろうか?
もしも僕の時代にもキャンセラーというものがあったならば、と考えてしまうのは仕方がないことだろう。……だが、過ぎ去った過去のことを今さら悔やんでも仕方がない。歴史のIFを考えたところで、あの結末は変えようのない結果なのだから。
だから今は彼らに感謝するだけだ。たとえどんな思惑があろうとも、僕を目覚めさせ、カレンにもう一度会わせてくれた彼らに……
「……それじゃあ、あなたが言っていた力――『ギアス』っていうのは本当だったのね」
「え……ま、待て! なんでカレンがギアスのことを知っている!?」
確かめるように呟くカレンに僕は問いかける。
なんでカレンがギアスを知っている? ……彼女には僕だって話していない! 力も見せていない! なのに、どうして彼女が!?
「……ライ。全て聞いたわ。ギアスのことも、ルルーシュがゼロだったってことも……」
「なんだと!?」
「僕が全て話させてもらったよ。安心して、別に嘘は言っていないから」
「……君は何者なんだ? なぜゼロのことを知っている?」
見た目は小学生と変わらないくらいなのに、先ほどからの口調や、知っている内容、明らかに小学生とは思えない。
「C.C.と似たようなものだよ。僕も不老不死ってことさ」
「君も……C.C.と同じ……」
C.C.の他にも契約者という存在がいたのか? ということは他にもギアス能力者が存在するということになる。だが一体誰がギアスを持っているんだ?
「まあ、僕らは一度退室するから二人でゆっくり話しなよ。特にライはまだ起きてばかりで情報が足りないだろうしね」
「ごゆっくり。ライゼル様」
「ッ! ……ジェレミア卿、僕のことをその名で呼ぶのはやめていただきたい」
「しかし、貴方様はブリタニアの……」
「僕はもう狂王ではない。ただのライだ」
「……わかりました。ライ様、申し訳ありません」
「様もいいんだけど……まあいいか」
「そういう性分ですので……私めもお話したいことはございますが、それは後ほど。それでは、また」
そういって二人は退出していった。今部屋にいるのは僕とカレンだけとなった。
いくら助けてもらったといっても、まだ彼らを完全に信用はできない。僕はカレンと向き合ってまずは情報収集に勤める。
「……ひとまず基本事項を聞きたいんだけど、ここはどこだ? それと僕が眠ってからどれくらいたった?」
「ここはブリタニアの離宮だそうよ。なんでも、皇帝が密かに作った場所だそうで、誰も知らないみたい。
それと、貴方が眠ってから一ヶ月くらいがたった。……日本はもう解放されてるし、黒の騎士団の皆も元気にしてる。ゼロも含めてね」
……ブリタニアの離宮。本国の中枢にまで僕達は来ているのか。
それはつまり、カレンは日本を捨ててしまったということだ。……考えるまでもなく僕のせいだ。僕のために、カレンは日本を、母国を捨ててしまったのか。今までの戦う理由だったものを。彼女は今まで日本を取り戻すためだけに戦ってきたというのに!
「……ライ。私は何も後悔していないよ? むしろ、貴方が目をさまして本当に嬉しく思っている。
私はずっと不安だった。怖かった。私はもう、貴方と一緒じゃなきゃ嫌だ。……お願いだから、もうどこにも行かないで。もう消えないで。私を一人にしないで。……そのためなら私はなんでもするから……」
僕の心情を察したのだろうか、言い聞かせるような口調のカレンはどこか儚げで、弱弱しい。
一ヶ月間、それはどれだけ彼女にとってつらい日々だったのか、想像するに難くない。不安に押しつぶされないように、現実をかみ締めるように、僕の手を握ってきた。
「カレン、今までごめんね。ありがとうね。僕を覚えていてくれて」
「ライ。……好き。私は、貴方のことを愛してる」
「……ああ。ありがとう、カレン。僕も君のことが好きだ。誰よりも、君だけが」
「うん!」
僕もまたカレンの手をやさしく握り、彼女の温かみを感受する。
ニッコリと微笑む彼女の顔はやはり、僕がずっと求めていたもので……嬉しさをこらえることはできず、お互い笑いあった。
……その後、僕は全てをカレンに打ち明けた。今さら僕が隠すわけにはいかない。彼女には知る権利がある。
僕の『狂王』としての過去を、僕もルルーシュと同じギアス所有者だということを。そしてスザクにギアスをかけたこと。ルルーシュが僕にギアスをかけたことも……
「……ライは何も悪くないわ。家族を守るために戦って、そして過去を償うためにこの時代でも私達と一緒に戦った。
スザクのことだって組織のためにやったことで、現状を考えれば間違っていなかった。そうでなければ、日本だってまだ解放されてなんていなかった。悪いのは、現状を受け入れなかった、わかろうとしなかったルルーシュよ」
過去を話しても、ギアスを所持していると知っても、スザクにギアスをかけたことを話しても、カレンはそれでも僕を信じてくれた。優しく諭すように、笑ってくれた。
本当にカレンは優しい。普通の人間なら、僕を嫌悪し拒絶するだろうに。
それなのに彼女は許した。それどころか、受け入れてくれた。罪深い僕を……
「私、ルルーシュが許せない。ギアスキャンセラーがなければ、ただ死を待つだけだったのに……そんな状態にライを、仲間を陥れるなんて……!」
「カレン。君が僕を思ってくれるように、彼も友達が大切なんだよ」
「それでも、許せない。ルルーシュは絶対に……!」
「……カレン」
静かにカレンを引き寄せて、彼女の頭を撫でた。
こうしたのも、全て僕の行動のせいなんだ。彼女に憎しみを持たせてしまったのも、全て僕のせいだ……
「カレンごめんね。もう二度と僕はどこにも行かないから……君の背中は、僕が守るから」
「……うん! うん!」
やっぱり、カレンは笑っている姿が一番似合っている。
僕はカレンの頬に右手を当て、彼女の顔を自分の顔へと引き寄せる。
「ん……」
「……っ」
口付けは一瞬だった。だけど、カレンの頬は彼女の髪の毛のように、真赤に染まっている。
僕も多分そうなってると思う。勢いでしてしまったけれど、これがはじめてのことだった。
「一緒に行こう。どこまでも、二人で」
「うん。ライと一緒なら、私はどこにでも行く。だから、もうどこにも行かないで」
「ああ、約束する。僕達はいつまでも、ずっと一緒だ」
これから歩むのは今まで以上に修羅の道。
それでも、もうこの道を進むしかないというのなら、僕は迷わず進もう。カレンと共に……
僕を信じてくれたカレンを、もう失わないように……
――――
―― 日本 ――
合衆国日本の首都、トウキョウ。かつてはエリア11の政庁だった場所には今、俺と扇がいる。
「どうだ? 中華連邦は何か言ってきたか?」
「ああゼロ。一週間後、会談の場所を設けるそうだ」
「そうか。準備は滞りなく進んでいるな。……それと、ライとカレンについての情報は、まだ入らないか?」
今から一ヶ月ほど前のこと。カレンが作戦途中で突然命令を無視し戦線離脱。愛機の紅蓮と共に、俺達の目の前から姿を消した。
そしてそれだけではない。病室で寝ていたはずのライも同時期に姿を消し、さらにあいつの愛機である月下まで気が付けば格納庫からなくなっていた。
かつては『騎士団の双璧』とまで呼ばれたあいつらが突然いなくなり、今でもその行方がわからない状況。団員達の間には不安が募っている。一刻も早く二人を探し出し保護したいのだが……一体、あいつらはどこに行ったんだ?
「いや……それが全然だ」
「そうか。私も彼らのことは心配している。情報が入り次第、連絡を」
ある程度わかりきっていたことだが、捜索はいまだに進んでいないか。
ライはギアスにかかっているがゆえに自分から姿を消したということはない。となると何者かに連れ去られたということだ。だがそれならばこれほどまでに動きがないというのはおかしすぎる。
カレンの離反、ライの突然すぎる消失。これが一体何を意味しているのか。……俺にはわからない。一体何が起こっているというんだ?
「ああ、わかった。それじゃあ俺は引き続き……「大変だ、ゼロ!」 ん? 玉城?」
「玉城か……何があった?」
突然部屋になだれ込んできた玉城に問いかける。
いつもこいつは騒々しいが、それにしても今日は一段と焦りが見える。特に大事な用件を任せた覚えはないのだが、またミスでも犯したのだろうか?
「それがよ、全世界に向けてブリタニア皇帝の演説が始まるそうだ!」
「……ブリタニアがついに本格的に動くのか。……わかった。扇、騎士団幹部を全員作戦室に集めろ!」
「ああ。今からすぐに連絡する」
二人が退出したのを見送ってから俺も席を立つ。
しかし、ブリタニア皇帝が今になってなぜ? 今まで日本が解放されてからも自分からは動かなかったあの男が……本国でなにか動きがあったのか?
―― 作戦室 ――
作戦室には幹部が皆集まっており、映し出されたモニターでは丁度皇帝が演説を始めようとしていた。
広々とした謁見の間にはブリタニア皇族や上流貴族が並んでいる。全員が皇帝に召喚されたのだろうが、それほどの大事だというのか?
『皆のもの、忙しい中ご苦労であった。今日集めたのは他でも無い、新たな皇族の紹介をしようと思ってな』
「皇族?」
新たな皇族……今まで表舞台にさえ出てこなかった人間を、このような国内外で混乱している時期に国際発表で?
まさかその人間をEUか日本への舞台の総司令にでも祭り上げるとでも言うつもりか?
……ばかばかしい。戦場を知らずに、平和に過ごしてきた皇族にそのような任務が務まるわけがない。大方自滅して死んでいくのがオチだ。
『さあ、入って来い。みなの前に、その姿を示せ!』
皇帝の発言とともに後方の重厚な扉が開く。
誰もが新たな皇族、それも最上位の権力をもつ人間を見ようと振り返る。
だが、その扉から入ってきたのはその場にいるはずがない人物で……
「……え?」
「嘘……」
「まさか……」
誰もがその姿を見て驚愕する。俺でさえ理解が追いつかず、その場で硬直した。
なぜだ? なぜ……なぜお前達が? なぜお前達がそこにいる!?
『――ライ・フォン・ブリタニア。ただ今参りました』
その凛々しい姿を見間違えるわけがない。行方不明だったライが、カレンとジェレミアを引き連れて謁見の間に入ってきた。
『紹介しよう。新たな皇族、ライ。この者の皇位継承権は三位! 今は亡きクロヴィスの地位と権限を与える!』
「な!?」
「ライが皇族!? おまけに三位!?」
「どういうことだよ!」
幹部達の間に動揺が広がる。……当たり前だ! 俺とて、信じられない。一人だったならば今にも叫んでしまいそうだ。
なんであいつらが皇帝の下に……いや、その前になぜライが目覚めている!? ギアスが解けたのか!? そんなことがあるわけない……! だが、目の前の状況がそれを肯定している!
『そして傍にたっておるのはこやつの選任騎士、カレン・シュタットフェルト! 並びに親衛隊隊長のジェレミア・ゴットバルト!』
「カレンまで!?」
「おまけに、紅月ではなくブリタニアの性を!?」
「それに、親衛隊長ってあのオレンジじゃないか!」
意味がわからない……なぜ、なぜ、なぜ!? 疑問が次々と浮上する。
ライ、カレン、ジェレミア。三人の行方不明者が突然姿を現したと思ったらこの状態。一体、何がどうなっている!?
『この者達には、先日我が領土から独立した合衆国日本の掃討を命ずる!!』
「「「な!?」」」
『謹んでお受けします。陛下』
何も戸惑う事無く、ライはその場に皇帝の前にひざまずき、その声に答えた。
ライが勅命を受けた……? ライとカレンが、ここに攻めてくる!? 敵として、俺たちを討ちにくるだと!? あいつらが、本当にブリタニアについたというのか!?
勅命を受け、立ち上がったライは振り返り、他の皇族たちの拍手に応えるように笑う。場慣れした笑みは美しく、その場を支配しているように見えた。
……そして映像はそこで途切れた。ここで国際発表は終了だというのだろう。大きな動揺を俺達に植え付け、ライ達は消えた。残るのは団員達の揺れる声のみ。
「ど、どういうことだよ!? なんであいつらが……」
「落ち着け玉城!」
「なんで、カレンが……」
「ライ君まで……一体どういうことだ?」
「……ひとまず今日はこれで解散とする。まだあれが本当にライやカレンだという確信はない。各々、戦闘準備だけは怠るな!」
「あ、おいゼロ!」
幹部の制止の声を無視して俺は部屋から退室した。
……俺だって信じたくない! 信じられるわけがない! だが、あれは間違いなくライとカレンだった。
それはつまり、俺たちは今まで俺たちを守ってくれた双璧と戦わなければならないという現実を表しているのだから……
――――
―― ブリタニア ――
「お疲れ様、ライ」
「ああ。ありがとうカレン」
放送が終了した後、僕達を迎え入れるべくパーティーが催された。僕が新たに皇族として発表されたことで後見人に着こうとしたり、同じ皇族として挨拶をするものがいた。
だけどその大半は利益を求めたり、僕を見極めようとする者達ばかりでとても窮屈なものだった。かつて経験したこととはいえ、やはり慣れることはない。
カレンはカレンで声をかけられていたので、僕が彼女をつれていち早く会場からでたわけだが。彼女に色目を使っていた男爵の顔は忘れない、今度軽く挨拶するとしよう。
「……でも、ごめんね。これで君まで日本と戦うことになった。扇さん達もいるというのに」
カレンは僕よりもずっと長い間、騎士団のメンバーと一緒に戦ってきた。
思いでも数多くあるだろう。それなのに、僕はそんな彼女に戦うことを命じなければならない。時には、彼らの殺害を命じることになるだろう……
「最初から覚悟はしていたわ。貴方がいれば、私は大丈夫。あなたさえいれば、それでいい」
「ありがとう、カレン」
それでも、彼女の声に迷いはない。
ならば僕が迷うわけにはいかない。もう退路は消えうせた。あとは、戦うだけだ。
「……殿下~、お楽しみの最中もうしわけありませ~ん」
「失礼します、ライ殿下」
「ん? 貴方はたしか……」
すると、部屋の中に白衣に身を包んだ科学者のような男と、その助手のような女性が入ってきていた。
彼らの姿を一度遠目で見たことがある。確か、以前スザクが所属していた……
「は~い、殿下たちのナイトメアの整備等を担当していますロイド・アスプルンドといいます。どうぞよろしく」
「ちょっ……ロイドさん、殿下に失礼でしょ!」
「え? どうして?」
……噂で聞いたとおりだな。身分を特に気にすることなく、自己を貫くマッドサイエンティスト。
しかしながら、ランスロットなど数多くの兵器を作り出した天才科学者か……これはサポートに苦労するだろうな。
「いえ、構いませんよセシルさん」
「え? どうして私の名前を……」
「セシル・クルーミー。上司のロイド伯爵の補佐をしながらも、自身も『フロートユニット』を考案するなど、類まれなる才能を発揮する優秀な補佐官と聞いております」
「い、いえ。私はそれほどでは……」
「謙遜する必要はありませんよ。自分の実力です、誇ってください。それに……噂は間違いではなかった。お聞きしていた通り、貴方は美しい方だ」
「で、殿下!?」
「本当ですよ。世間で美女と謳われている女性にも劣らな……いっ!?」
「……ライ殿下?」
……いっつ! いきなりカレンが足を思いっきり踏みつけてきた。しかも僕を見る目が絶対零度のように冷たい。
なぜだ!? 冷静に振り返ってみても、どこにも挨拶に間違いはなかったはずなのだが……一体どこで僕はカレンを怒らせてしまったんだ?
「殿下、余計な話はそこまでにしておきましょう。……それでロイド伯爵、お話とは?」
「は~い。殿下たちのナイトメアのことで~す」
「……ど、どうなっている?」
彼らに預けた僕達のナイトメア――月下(僕の専用機)と紅蓮弐式についての報告を受ける。
もっとも、先程の痛みを抑えるように足をさすりながらの状態のため、格好はまったくついていないが。
「月下も紅蓮もフロートの取り付けは問題なく、指示さえあればいつでも取り付けられます。頼まれた武装も完成に近づいています。MVSもちゃんと取り付ける予定ですので」
「そうか。わかった、何か問題があれば言ってくれ」
「ただ……僕自身も気になってるんですけどね~。なんで殿下たちが騎士団のナイトメアを所持していたのかを。強奪したとか聞きましたけど……」
……ですよね。普通信じるわけないか。ロイドさんの疑問はもっともだ。
まあ、一応姿かたちも変えてもらって戦場ではわからないようにしたけれど、さすがに整備していた人間の目はごまかせない。特に月下は僕にしか動かせないピーキーな機体だし……
「殿下が今まで何をしてきたかも知りたいですし~、少し調べさせてもらっても……」
「……死にたいのか? ロイドよ」
「ッ! あ~ごめんなさい、ごめんなさい! うそです、ちょっとした冗談です!」
「ジェレミア卿!」
どうしようか対応に考えていると、親衛隊のジェレミア卿が入室。
一瞥してロイドさんを黙らせた。……うん、本当にこの人は頼りになる。なぜ今までこの有能さに気づかなかったのか、かつての自分を責めてしまいそうだ。忠誠という面でこの人の右に出るものはいないだろう。
「まったく。……殿下、このジェレミア・ゴットバルト。ただ今親衛隊候補生の選抜より、帰還しました」
「ああ、ご苦労だった」
親衛隊のことはジェレミア卿に一任していた。この一ヶ月ほど彼と過ごし、彼のブリタニア、そして皇族への忠誠は本物であり、僕に対しても忠誠を誓っていると判断したからだ。
ジェレミア卿の方が軍の情報にも詳しいし、何より軍の人間と親しい。ゆえに人事の件は彼に任せるのが得策だと判断したのだ。
「それで、優秀な人材はいましたか?」
「特に目立ったのは……私のかつての同志の妹、マリーカ・ソレイシィでしょうか」
ジェレミアが書類を提示した。簡略化された少女の略歴がのっている。
【マリーカ・ソレイシィ】
士官候補生の少女。陸戦繰機科で最優秀の成績。
……兄、キューエル・ソレイシィはナリタの戦いで戦死。
若いとは言え、その実績は賞賛に値する。主席などまず普通の人間にとれるものではない。よほど努力を積んだのだろう。
そして日本と戦う理由も十分ある。兄の敵討ち、利用するようにも思えるが……彼女ならば存分に戦ってくれるだろう。
「問題はないな。実戦経験こそ少ないが、能力は申し分ない。この調子で頼む」
「はっ!」
……人材も揃ってきた。機体も最終調整が済めば、いつでも出撃できる。
皇帝の命令では、一ヶ月以内に日本に攻め込めということ。それだけあれば、親衛隊の選抜・編成もできる。
一ヵ月後、僕達は大切な仲間だった者達と戦う。
だけど、せめてそれまでの間は、カレンと一緒にいたい。彼女は僕が守る。彼女の体も、心も……
――――
一ヵ月後、後に「東京決戦」と呼ばれるブリタニアと日本の間の総力戦が行われる。
ブリタニアの総司令は初軍務であるライ・フォン・ブリタニア。
日本の総司令は黒の騎士団の総司令、ゼロ。
後に、今世紀最高の戦略家と呼ばれる二人の戦いが始まろうとしていた……