ライがブリタニア皇帝、シャルルによって与えられた離宮。
現在その場所には主たるライ、選任騎士であるカレン、親衛隊隊長を務めるジェレミアがいる。
そしてさらにその場には今、新たにライによって取り立てられた若い騎士が離宮へと訪れていた。
まだどこか幼さの残る顔立ち。
整えられた栗色の髪。
碧色の大きな瞳。
その体には昨日卒業したばかりの士官学校の制服を身に着けている。
その少女――マリーカ・ソレイシィはライたちのいる部屋へと入ると、ライの眼前で膝を折った。
「ライ殿下。お初にお目にかかります。私はマリーカ・ソレイシィと申します。この度は私のような未熟者を選出していただき、恐悦至極に存じます。
この命尽きるまで、殿下の剣となり盾となり戦い抜くことをここに誓います」
「ああ。これからよろしく頼むマリーカ。君のことはジェレミア卿からよく聞いているよ。
まだ15歳という若さでありながらも、類まれな実力を大いに発揮し、陸戦繰機科でも最優秀の成績を記録したとね」
「いえ、私などはまだまだ若輩者です。皆さんの足元にも及ばない身です」
「……謙遜する必要はない。それは間違いなく君の実力だ。自信をもってくれていい。
むしろ、それだけの実力を持っているからこそ僕は君を選んだんだ。誇ってくれ」
「! ……はい、ありがとうございます!!」
ライの言葉に戸惑いを覚えながらも、マリーカはしっかりと返事をする。その顔には若干ではあるものの歳相応の笑みが見られ、頬が緩んでいる。
マリーカは以前までコーネリアの従卒を務めていた身だ。ゆえに皇族への礼儀・配慮もしっかり身についている。
……だが、ライは今までマリーカが出会ってきた皇族とは全く違っていた。皇族としての奢りもなく、かといってコーネリアのような厳しさもない。どちらかと言えばシュナイゼルのようなイメージが感じ取れるが、ライはシュナイゼルのような作ったような雰囲気ではなく、素の雰囲気を感じる。
まるで全てを受け入れ包み込む、王の器のようなものを感じていた。
「それともう一つ。君は先ほど『命尽きるまで戦う』と言ったが、軽々しくそのような言葉を使わないで欲しい」
「……え?」
「それが君の固い決意だということはわかる。僕への忠誠を表す誓いの言葉であるということも。
だが僕の部隊には、命を捨てて戦うような特攻隊員はいらない。たとえ僕一人が戦場から生き残ったとしても、そこからは何も生まれないからね……」
「…………」
マリーカは思わず目を丸くした。それも当然。少なくともライが言っていることは主として言うことではない。
騎士が戦場において最も大切なことは、その者の主君を守ることにある。それが存在意義でありそのために騎士は存在する。だからこそ騎士は自分の命を捨ててでも主を身を挺して守るのだ。
ライがこのようなことを言うのは、100年前の自らが起こしてしまった惨劇からだろう。あの戦いで、領民を含め味方は一人残さず死んでいった。全ては自分を守るために。
だからこそ、ライはマリーカに忠告した。あの惨劇を繰り返さないためにも。彼女のような未来ある若い女の子が、戦争が終わるまで、戦争がおわってからも生き残ってもらうためにも。
「……わかりました。不用意な言葉を口にしてしまい、申し訳ありません」
「いや、それは君の強い想いがあってのことだろう? 別に責めているわけではない。
生きていれば何度でも立ち上がり、また戦えるからね。生き残って、共に戦ってほしい」
「ありがとうございます殿下」
「これからよろしくね。マリーカ」
「はい、シュタットフェルト卿。色々学ばせてもらいます」
「私も期待しているぞマリーカ。君と共に戦場に立てることを心待ちにしている」
「ジェレミア卿、お久しぶりです。私のほうこそ、どうぞよろしくお願いします」
ジェレミアとマリーカは、彼女の兄・キューエルの紹介で会ったことがある。その時にナイトメアの訓練、皇族への礼儀作法などを教わったりしていた。
このことが、後にコーネリアの従卒を務めた際に役立ったという。
挨拶をすませたマリーカは気をつけをして、敬礼した。
そして自分の仕事に戻っていくように部屋を退出する。
「……殿下。なぜマリーカにあのような言葉を?」
マリーカが去ったあと、ジェレミアがライへと尋ねる。
やはり彼も騎士としてライの言葉を疑問に思ったのだろう。
「そのまんまの意味だよ。特に彼女はまだ若い。そんな彼女に、簡単に死を選んで欲しくはない」
「お言葉ですが、騎士として主君を守るということはもはや喜びであり、騎士の存在意義となっています。
たとえ騎士が生き残ったとしても、仕えるべき主がいなければ一体そこには何が残っているのでしょうか? ……主を失った騎士はどうすればよいのでしょうか!?」
ライの言葉を受け、思わずジェレミアが声を荒げる。
彼が尊敬してやまないマリアンヌのことを思い出したのだろう。ジェレミアはかつて己が主君を守れず、己の忠義を――誇りを貫くことができなかった。
それ以来彼は自らを盾として、なんとしても主を守るという覚悟をしていた。そのためならば命とて惜しまない。だからこそ、ライの言葉はとうてい納得できるものではなかったのだろう。
「それくらいはわかっているさジェレミア卿。
だけど、そんな心配はしなくていい。……僕は死なないから」
「……殿下」
「それとも僕を、信用できないか?」
「……滅相もございません。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありません」
「いや、あなたの皇族を想う気持ちは良く伝わった。そうならないように、君達が敵を倒してくれればいい」
「はっ!」
ジェレミアが頭を下げるがライは特に気にした様子はない。
ブリタニアですごした数日間で、ライもジェレミアのブリタニア帝国ならびにブリタニア皇族に対する忠誠心が本物だということくらいは把握していた。そしてその一途な想いを重用していた。だからこそライはジェレミアに人事の仕事を一任していたのだ。
「……それで? 彼女のことは今後どうするの?」
「明日、僕達の前で模擬戦を行ってもらおうと思う。ジェレミア卿、マリーカの相手を務めてくれ」
「Yes, Your Highness」
「それと、彼女のナイトメアも用意しないとね。ロイドさんにも相談しないと。
……そうだ。ついでに彼女に僕達のナイトメアも見せておくか。良い刺激になるかもしれない」
マリーカに通達をだし、ライ達は明日の模擬戦に向けての準備を行い、さらにロイドと連絡し、格納庫にライやカレン、ジェレミアの専用機を配備させた。
……だがこのとき、ライは気づいていなかった。
自分が行おうとしていることで、マリーカの復讐心を呼び覚ましてしまうことを。
――――
私はライ殿下がお住まいになっているという離宮へと訪れていた。
先日、兄とともにニホン――旧エリア11亡くなったと思われていたジェレミア卿と再会し、そのときにライ殿下の部隊へ加わらないかと勧誘されたのだ。
ライ殿下は本当につい最近表舞台に姿を現したばかりで、詳しいことは何一つわかっていない。
だけど私は、ジェレミア卿の言葉を――忠誠を信じてジェレミア卿の提案に承諾した。
最も、私がライ殿下の部隊に加わりたい理由は他にあるのだけれど……
「お待ちしていました。マリーカ・ソレイシィ様ですね?」
「はい」
「ライ殿下がお待ちです。どうぞこちらに」
仕えているメイドの案内で私は離宮内へと入っていく。
……ここで私は疑問に思ったことがあった。
まず一つ。殿下の住居である離宮でありながらも、それほど装飾がないということ。広さもそれほどでもない……むしろソレイシィ家本宅と同じくらいではないだろうか?
そしてもう一つは……使用人の数が少ないこと。
話を聞いたところ、殿下の要望で最低限の予算でこの離宮は作られたという。
しかも、使用人もそんなに必要ないということで、今はメイドが3人、執事が2人だけだと言う……いや、いくらなんでも皇族の方には少ない、少なすぎるように思う。警護は大丈夫なのだろうか?
「着きました。こちらで、ライ殿下がお待ちです」
そうして考えている間に気がついたらライ殿下がいらっしゃる扉の前までやってきた。
……自然と脈が速くなるのを感じる。やはり意識するなというのが無理なのだろう。
以前コーネリア殿下の従卒とした経験があっても、どうしても緊張してしまう。
私は一度深呼吸し、そして扉を開いた。
……扉の先には3人の人がいた。
一人は殿下の横に、殿下を守るように控えているジェレミア卿。
殿下の親衛隊隊長に任命された人で兄の朋友でもあり、私も良く知っている。
ジェレミア卿は私を見ると若干の笑みを浮かべるが、私にはそれに返す余裕なんてない……ごめんなさいジェレミア卿。
そしてジェレミア卿とは反対側にいる方――カレン・シュタットフェルト卿。
この方のことも良く知られていない。ライ殿下が現れたときに、初めて名前を聞いた。
だけど選任騎士に任命されるくらいだし、ナイトメアの操縦技術にも長けていると聞いたのでやはりそれなりの実力者なのだろう。
シュタットフェルト卿は私をじっくり観察するかのように見ている……私の実力を探ろうとしているのだろうか?
……そして、ライ・フォン・ブリタニア殿下。
整えられた銀色の髪。
深遠な青い瞳。
誰もが目を惹く、端麗な容姿。
おそらく身分のことを知らなかったら告白していただろう。……というか間違いなく告白していたくらいの容貌。
殿下は笑顔で私のことを迎えてくれた。……どうしよう。あの瞳を見ただけでも余計に緊張してしまう。その笑みは反則ですよ。
私は殿下にご挨拶を申し上げるためにも膝を折った。顔も隠れてちょうどいい。
「ライ殿下。お初にお目にかかります。私はマリーカ・ソレイシィと申します。この度は私のような未熟者を選出していただき、恐悦至極に存じます。
この命尽きるまで、殿下の剣となり盾となり戦い抜くことをここに誓います」
緊張しながらもなんとかうまく言葉をつなぐことができた。
……コーネリア殿下のときは何度も噛んでしまい大変だった。ジェレミア卿に練習してもらった甲斐があるというもの。
「ああ。これからよろしく頼むマリーカ。君のことはジェレミア卿からよく聞いているよ。
まだ15歳という若さでありながらも、類まれな実力を大いに発揮し、陸戦繰機科でも最優秀の成績を記録したとね」
「いえ、私などはまだまだ若輩者です。皆さんの足元にも及ばない身です」
「……謙遜する必要はない。それは間違いなく君の実力だ。自信をもってくれていい。
むしろ、それだけの実力を持っているからこそ僕は君を選んだんだ。誇ってくれ」
「! ……はい、ありがとうございます!!」
殿下のお言葉が嬉しくて、思わず表情に出てしまった。
やっぱり、この方は今まで出会ってきた人とは違う。モニター越しではなく、こうして直に会ってみて直接雰囲気を味わうことで実感できる。
全てを包み込み、人を惹き付ける魅力。――それはまるで、王のような風格。
「それともう一つ。君は先ほど『命尽きるまで戦う』と言ったが、軽々しくそのような言葉を使わないで欲しい」
「……え?」
……殿下の言葉に思わず声を返してしまった。
実際、今の言葉はそれだけの内容だった。何が自分が言ってはいけないようなことを言ってしまったのかと思い返してみても、騎士として何も間違ったことは言っていないはず。それなのに一体なぜ、と疑問が生まれた。
「それが君の固い決意だということはわかる。僕への忠誠を表す誓いの言葉であるということも。
だが僕の部隊には、命を捨てて戦うような特攻隊員はいらない。たとえ僕一人が戦場から生き残ったとしても、そこからは何も生まれないからね……」
「……」
本当に、今まで出会った方とは違う。皇族ならばここは『私のために戦い、私のために死ね』とでも言う方とているのに。
そして実感できる。……この方は、おそらく本当に戦場を知っている。体験している。
不思議と、殿下の言葉は私の心に重く響いた。
「……わかりました。不用意な言葉を口にしてしまい、申し訳ありません」
「いや、それは君の強い想いがあってのことだろう? 別に責めているわけではない。
生きていれば何度でも立ち上がり、また戦えるからね。生き残って、共に戦ってほしい」
「ありがとうございます殿下」
そんな私に優しい言葉をかけてしまった。
まるで本当の仲間にかけるような暖かい言葉を……
「これからよろしくね。マリーカ」
「はい、シュタットフェルト卿。色々学ばせてもらいます」
シュタットフェルト卿は私に手を差し出して握手をする。
握られた手からはしっかり力がこもってきた。
「私も期待しているぞマリーカ。君と共に戦場に立てることを心待ちにしている」
「ジェレミア卿、お久しぶりです。私のほうこそ、どうぞよろしくお願いします」
ジェレミア卿も私の加入を喜んでくれた。
今まではただ背中を追いかけるだけであった人と一緒に戦場に立てると思うと胸が高まる。
この方達のご期待に答えられるように、精一杯努力しないと!!
この後も一通りの挨拶をすませ、私は最後に敬礼して部屋を退出した。
緊張したけれど、コーネリア殿下の時とは違って、今はとても充実している。
早く殿下のご期待に答えたいと、そう望んでいる私がいる。
――――
「……マリーカ。少しいいか?」
「ひゃっ、ひゃい!! ジェレミア卿、なんでしょうか!?」
殿下との対面を済ませ、使用人の方とも挨拶を済ませて帰ろうとしたところ、ジェレミア卿に引き止められた。
……なんだろう。まさか私、気がづかないうちに殿下に対して無礼な真似をしてしまったの!?
「そんなに身構えなくていい。私は殿下より伝言を言付かっただけだ」
「……ライ殿下からですか?」
よかった。どうやら私の思い過ごしだったみたい。
……でも殿下から私に何の用だろう?
「殿下が君の実力を直に見たいと仰られてな。明日、殿下の前で模擬戦を行う」
「模擬戦を!? 明日ですか!?」
自分の耳を疑いたい。
一体何の冗談ですかと問いただしたい。
まさかいきなり明日、殿下の目の前でだなんて。最初の印象が大切なために殿下には良い姿を見せたいところだけど、正直な話自身がない。
「あまり深く考えすぎるな。何もこのことだけで君の評価を決めようとしているのではない。
私が考えるに、ただ純粋に君の戦う姿を見たいというのが殿下のご意向だろう」
「……それでもですよぉ……」
「そう言うな。ついでに、模擬戦の相手は私だ」
「そうですか。それならまだ安心……出来ないですよ! なんでいきなりジェレミア卿が相手なんですか!?」
ジェレミア卿の実力は、訓練をしてもらった私も良く知っている。少なくとも、そこらの騎士などの数倍は優れている。
数多くの戦場を経験した猛者。それなのに、いきなりそのジェレミア卿と戦うなんて……
「はっはっは。私は君の成長振りを見られるので楽しみだぞ。まあ、いつもの訓練だと思ってくれればいい」
「はあ……」
『胸を借りるつもりで来い』ということなんだろうけど、やっぱり気が進まない。
まあ確かに、シュタットフェルト卿のように全然知らない人が相手よりはマシなのかもしれないけれど……
「それとな、模擬戦の前に君のナイトメアに対する意見も聞きたいらしい。殿下たちのナイトメアも見るチャンスだぞ?」
「え!? ……殿下もナイトメアを?」
「ああ。殿下の実力は私が保証する。ひょっとしたら、殿下直々に相手をしてくださるかもしれないな」
「それほどの強さをお持ちなんですか……」
ジェレミア卿が認めるというのだから、本当にそれだけの実力をもっているのだろう。
ライ殿下は一体何者なのだろう?
今まで名前を聞いたこともなかった。だけど実力も、風格も……全てがかけ離れている。
あの方の傍にいることで、それもわかってくるのかな……?
――――
「……ふあぁ」
ジェレミア卿とも別れ、自室に戻った私はたまらずベッドへと倒れこむ……今日は本当に疲れた。
今は少しでも体を休めたいところだけど、明日のことを考えると落ち着かない。
ジェレミア卿との模擬戦。うまく戦えればいいんだけど、殿下の目の前でちゃんとできるだろうか?
「今それを考えても仕方がない、かな?」
私は起き上がって、机の上に飾ってある2枚の写真のうち一枚を見る。
そこに硬い表情で写っているのは私の兄。――キューエル・ソレイシィの写真。
キューエルはナリタの戦いで黒の騎士団の攻撃を受けて戦死した。不名誉な評価のまま、エリア11で……
軍人という仕事上、いつ死んでもおかしくはない。文句は言えない。
でも……それでも私はキューエルの死を忘れることはできなかった。
あれだけ優しかった兄を、ジェレミア卿と時には対立しながらもお互い認め合っていたキューエルを……
私がライ殿下の誘いを受けたのは、兄の名誉挽回のためでもある。
殿下は皇帝陛下より、エリア11の掃討を命じられた。私もエリア11の戦闘に参加するために殿下についていくことを決意した。
「キューエル。私に力を貸して。名誉は私が取り戻す。仇も、私が討つから……!」
私はキューエルの写真を抱きしめ、ひたすら願った。
そして同時に、もう1枚の写真をにらみつけた。
キューエルを討ったという黒の騎士団のナイトメア――――紅蓮弐式を。