マリーカがライ達と面会した翌日――予定通り、マリーカとジェレミアの模擬戦の日である。
マリーカは朝早くに屋敷を出て、所定の場所であるライ達のナイトメアの専属開発チーム『キャメロット』の研究室に来ていた。
そこにはすでにライ・カレン・ジェレミア、そして昨日は見なかったナイトメア開発担当のロイド・セシルの姿が見える。
「殿下。遅くなってしまって申し訳ありません。……マリーカ・ソレイシィ。ただいま参上しました」
「いや、まだ約束の10分前だ。僕達が君のことが楽しみで早く着すぎただけだよ」
ライはマリーカを笑って出迎える。これにより、マリーカの緊張もだいぶほぐれたようだ。
一通りの話を終えるとロイドとセシルの案内で全員研究所に入っていく。
今日の模擬戦を行う前にライ達のナイトメアを見て回る手はずになっている。
まず全員が見たのはジェレミアの機体――サザーランド・ジークである。通常のナイトメアよりも数倍大きく、その存在感には目を見張るものがある。
「これが我が忠義の機体だマリーカ。正式名称は『サザーランド・ジーク』。
……ああ、そうだ。今回の模擬戦は君と同じく私もグロースターを使うから安心してくれ」
「は、はい!」
今まで見たこともないような機体を見てマリーカは軽く驚愕していた。
どうやら今日の模擬戦でこの機体と戦うと思ったらしい。
もっとも、機体が同じであっても相手が相手なので完全に安心することなどできないわけだが。
さらに場所を移して今度はライ達のナイトメアのスペースに移る。
現在、パーツを改装中であるライの愛機――『月下』。ただし、黒の騎士団に所属している四聖剣や藤堂が愛用している月下と違い、色は深い青色で、その左手には輻射波動が備わっている。
この姿を見て、マリーカはこの機体が誰のものなのかすでに聞くこともなく理解した。
「……ジェレミア卿。この機体が、まさか……」
「そうだよマリーカ。これが僕のナイトメア――『月下』だ。
現在ロイドさんとセシルさんに開発を頼んでいるところなんだけどね」
「それでも十分強いんですけどね~……特に、殿下がご搭乗なされれば。んふふふふ~」
ロイドが何かを思い出したかのか、うれしそうに笑いだす。
マリーカもロイドの様子から、ライの実力が本物だということ、そしてすでにロイド達から信頼を得ていると言うことを改めて実感した。
「殿下とシュタットフェルト卿の機体は機体性能が高く、今度のエリア11侵攻においても重要な役割を果たすであろうことから、現在優先的に強化を行っているところなんです」
セシルが補足するように述べる。
現にこの2機はランスロットとも並ぶほどの性能を持つ。今度の戦争においても、強化されたその姿で大いに活躍することだろう。
「それで、反対側にあるこの機体がシュタットフェルト卿の機体です」
「へー、シュタットフェルト卿の機体も………………え?」
マリーカが期待を高めてカレンの機体を見るべく振り返る。
だがその瞬間、彼女の思考は完全に静止した。
ライの月下と向き合うように並んでいる機体。
赤く塗装されたボディ。
先が鋭利な爪状になっている巨大な右手が最大の特徴――『輻射波動』。
――忘れるわけがない。見間違えるわけがない。
忘れられるわけがない。何度も何度も目にし、脳に刻み付けたその忌々しい姿を。
「これがね、シュタットフェルト卿の専用機の……」
「……紅蓮弐式。ですよね」
「あれ? 知ってるの?」
「ッ! なんで……なんでこの機体がここにあるんですか!!」
ロイドの言葉をさえぎるようにマリーカが叫ぶ。
その声には、確かな怒りがこめられていた。
「……マリーカ。知らないのは仕方がないことだけれど、この機体は……」
「なんで、なんで兄を殺したこの機体が! ここにあるんですか!!」
「なっ!!」
ライはマリーカが状況を知らないから出た言葉だと思った。騎士団の機体であるはずのこの機体がなぜあるのかと。……だが違った。
マリーカにとって紅蓮弐式はマリーカの兄、キューエルの命を奪った忌々しい機体だったのだ。
彼女の言葉の真意を確かめるべく、ライは周りには聞こえないような小さい声でジェレミアとカレンに話す。
「ジェレミア卿。今の話は、本当か?」
「……おそらく事実かと。私はいち早く脱出してしまったので詳しくはわかりませんが、たしかに純血派はナリタにて紅蓮弐式と対峙しました」
「ッ! ……カレン、どうだ?」
「……本当だと思う。私も何機か倒した後コーネリアの方に向かったけど……2、3機ほど脱出できないまま爆発した機体があったから……」
「……うかつだった」
マリーカの兄・キューエルのことはライも知っていた。しかしだからこそ、騎士団と対決することで彼女は兄の弔い合戦を行えると思っていた。だが、まさかキューエルを殺したのが紅蓮だったという情報は彼には一切入っていなかった。
しかしながら、これは仕方がないことである。
ジェレミアは脱出してしまってつい先ほどまで生死不明だったし、カレンは相手のパイロットのことなど知らない。
ライにいたってはなおさらだ。彼は作戦が始まってすぐに敵の別働隊の迎撃にあたり、純血派とは遭遇することなく終わった。
……それでも、今回ばかりは仕方がなかったで済ませられることではない。マリーカにとっては、憎き仇が今目の前に現れたのだから。
「マリーカ……確かにこの機体は騎士団のものだったが、今は……」
「『今はブリタニア側の機体だから』ですか? だから兄の仇を許せと、そう仰るんですか!?」
「……!」
マリーカの反論にライは返す言葉がない。
現に彼女の言っていることは何も間違っていない。もしも自分の立場だったならば、許せただろうか? ……いや、きっと許せていないだろう。仇である機体、見れば一目散に襲い掛かってしまうかもしれない。この相手だけは自分が破壊すると。その思いが、ライの口を閉ざさせた。
「……ジェレミア卿」
「……なんだ、マリーカ」
「今回の模擬戦、中止にしてください。そのかわりこの機体と……紅蓮弐式と戦わせてください!!」
「「「なっ!?」」」
マリーカの突然の模擬戦の中止と、代わって紅蓮弐式との対戦の提案。
さすがに予想もできなかった言葉に、誰もが驚愕するしかなかった。
「……だめだ。大体、グロースターと紅蓮では機体性能が違いすぎる。
それに紅蓮弐式の最大の武器は輻射波動であり模擬戦には使わせるわけにはいかない。そうなると代わりにサザーランドのパーツを補うことになるんだが……」
「いいえ。輻射波動もついた状態で戦いたいんです」
「ッ!」
「マリーカ!」
ライが紅蓮との模擬戦は無理だと言う中、マリーカは輻射波動もありでの戦闘を望む。
それはもはや模擬戦ではなく、ただの決闘だ。命をかけた勝負など許せるはずもなく、傍観していたジェレミアも思わず声を荒げ彼女を止める。
「お願いですライ殿下! ジェレミア卿! ……せめてキューエルの仇と、本気で向き合わせてください」
「……」
「私はかまわないわ」
「なっ!? カレン!?」
「何も言わないでライ。この子はもう、何を言ってもとまらないはずだから……」
カレンはマリーカをまっすぐに見つめる。
カレンは今の彼女の姿にかつての自分の姿を――ライと出会う前の自分の姿を重ねて見ていた。
今の彼女と同じように、兄・ナオトを失い、ただひたすらに彼の復讐に走っていた自分の姿を。
――――
研究所から場所を移して旧コロシアム。
騎士と騎士がお互いの誇りをかけて戦う聖地である。……現在そこに、ライ達は来ていた。
『……二人とも、準備はいいか?』
『うん』
「……はい」
カレンの紅蓮とマリーカが搭乗するグロースターが対峙している。
マリーカの要望で、紅蓮には輻射波動がつけっぱなしであり、またマリーカの装備も模擬戦用のものではなく、全て実戦のものを装着している。中にはアサルトライフルのような飛び道具まである。
ライは止めたものの、カレンがこれを了承してしまったためにこのような形になってしまった。
これはもはや模擬戦などではなく――間違いなく『決闘』そのものだ。
だが念には念をということで、いつでも二人を止められるようにとライとジェレミアはそれぞれの機体――月下とサザーランド・ジークに乗っている。
『確認するが、ルールは時間無制限。相手の武装を完全に無効化させるか、降参で終了とする。あるいは僕が危険だと判断すれば、その場で模擬線は終了とする』
本来ならポイント製で行うのだが、あいにく模擬戦の装備ではないためこのようなことになってしまった。
にらみ合う両者。息を整え、ライの始まりの時を静かに待っている。
『それでは……始め!』
その言葉を境に戦闘が開始する。
先に仕掛けたのはマリーカ。グロースターの主要武器、ランスで突撃する。
紅蓮はこれを横に飛んでかわし、輻射波動が備わっている右手で攻撃を仕掛けるが、マリーカはハーケンを横の壁に打ち込み、急加速。
すると先ほどまでグロースターがいた場所に、紅蓮の鋭利な爪が通り過ぎた。
回避したことに安堵する余裕もマリーカにはない。
飛来する紅蓮のスラッシュハーケン。
ランスではじき、無効化するものの再び紅蓮の姿が目前に迫った。
振り上げられる鋭利な爪。ランスで受け止めるものの、完全に押し切られてしまった。
グロースターは後方へと押しやられるものの、なんとか体制を崩すことはなく、ランスを紅蓮へと向けて構えを取る。
「……速すぎる!」
マリーカの口から言葉がこぼれた。
マリーカはこの一瞬の攻防だけでも、自分とカレンの実力差を悟った。
彼女とて今まで模擬戦でも本物の機体を使っての演習もやったことはある。
グラスゴー、そのコピー機である無頼、サザーランド、グロースター。
……だが違う。この機体は、マリーカが経験してきたものとはまるで比べ物にはならない。
この機動力、俊敏性、破壊力。マシンポテンシャルの全てが予想以上だった。それほどの相手だった。マリーカがずっと憎み続け、追い求めていたものは。
「でも、そうだとしても……私は!」
敵わぬ相手だとしても、もはや彼女に退路はない。ここまで来てしまった以上は戦うしかない。
マリーカは距離が開いたままアサルトライフルを放つ。
だが紅蓮はその銃撃をものともせずにかわし、どんどん迫ってくる。
ついに目の前まで迫った紅蓮に対し、反撃とばかりにマリーカはランスを突き出すが、それを紅蓮は右手で受け止めた。そのままカレンは輻射波動を展開する。
「な!? これが、あの輻射波動!?」
ランスを伝い、ランスを所持していた右腕まで輻射波動が侵食する。マリーカは瞬時に輻射波動によって沸騰しかかる右腕を切り離し、アサルトライフルで反撃に出ようとするが紅蓮はそれすらもかわしていく。
……ランスと右腕。
マリーカはまだ一度も攻撃を当てていないというのに、すでに主要武器を右腕ごと失ってしまった。
「……こんなことが……」
――あるわけがない。言葉は続くことなく、口は閉ざされた。
とてもではないが信じられない。――いや、信じたくないことだった。
ここまで一方的な展開になるとはさすがに予想もしていなかった。
それでもマリーカは折れそうな心を建て直し、再びアサルトライフルを放つ。
紅蓮は今度は左右に動いてかわし、そのままミサイルを発射した。
「ッ! うあッ!!」
ミサイルはアサルトライフルを直撃。これでさらにアサルトライフルまで失った。
勝負を決めるべく、紅蓮は突っ込む。
武器を失ったグロースターはハーケンを紅蓮に向けて射出するが、それも輻射波動によって受け止められ、破壊されてしまった。
「そんな……こんなにも! いや……だって私は、私は!!」
『……ごめんね』
「きゃあああ!!」
さらに紅蓮は呂号乙型特斬刀で特攻をかける。
刀はグロースターを切り裂き、容赦なくその左腕を刈り取った。
ランス、右腕、アサルトライフル、ハーケン、左腕。
わずか3分たらずの攻防で、マリーカは全ての武装を破壊されてしまった。一撃も紅蓮に攻撃することさえできずに。
万策尽きた。もはや勝負は決まった。誰の目から見ても明らかなことだった。
「……ッ! うあああああああああ!!」
『!?』
だが、それでもマリーカはとまらなかった。
完全に武装を失っても、それでもなお紅蓮に向かって突撃する。何も考えず、ただ本能のままに動く獣のように。
「……うっ!?」
『……そこまでだ、マリーカ』
『もう勝負はついた。……模擬戦は終了とする』
「……ッ!!」
紅蓮に向かって蹴りを放とうとしたとき、ライとジェレミアが二人の間に割ってはいる。
ライは紅蓮の正面に立ち、ジェレミアがスラッシュハーケンでマリーカの機体を止める。
――完全敗北。
この言葉が、マリーカの脳裏に移り込んだ。
何も出来なかった自分を責めるように。
容赦ない現実を突きつけるかのように。
自分の無力さを示すかのように。
何も、言葉は出てこない。マリーカはただただ己の腕を握り締めた。
――――
模擬戦終了後、ライはマリーカのことを責めることはせず、むしろ彼女の実力を褒めた。
『紅蓮を相手にあれほどの動きをできるのはすごいことだ』と。
だが、その言葉はマリーカを満足させるには至らない。
復讐相手に何もできずに、一方的に叩きのめされた。もしもあれが戦場だったならば、何もできずに兄・キューエルと同じ道をたどっていたことだろう。
機体性能に差があったとしても、その機体を自由自在に操れるほどの実力があるからこそ差が生まれる。おそらく自分ではあの機体ほどのレベルを操れるほどの力はないだろう。
完全に、実力で劣っていた。敵に何もできずに、ただ自分の無力さを思い知らされた。
対戦が終わったあとでも、マリーカはその場から動こうとはしなかった。
「私は、どうすれば……」
「マリーカ。少し、いい?」
「…………なんでしょうか。シュタットフェルト卿」
ある意味今一番会いたくない相手、カレン。
兄の仇である機体に乗り、つい先ほどまで戦った相手。
「今も、紅蓮が憎い? あの機体が」
「……憎いですよ」
カレンの質問にマリーカは包み隠さずに答える。
聞かなくてもわかりきったことだった。兄の仇をそんな簡単に許すなど、彼女にはありえない。
「あなたは、何のために戦うの?」
「……キューエルの仇を討つためです」
だが、皮肉にもその仇はもはや味方の機体である。討つどころかもはや戦うことさえないだろう。
キューエルの仇は討ちたい。しかし祖国に反逆する気などない。
兄の仇を討つのならばここいはいられない。祖国を守るならば兄の復讐を忘れなければならない。
結局、どちらか一つしか選べないのだ。
「そっか。……昔の私と同じか」
「……え?」
「私もね、昔お兄ちゃんがいた。いつも優しくて、私のことを守ってくれて……そんなお兄ちゃんが大好きだった」
「……」
カレンが昔を懐かしむように話しだす。その表情はどこか穏やかで、もうその事実は過去のことと割り切っているようだった。
「だけど、その兄も……エリア11での戦闘で亡くなった」
「!!」
「私も兄の仇を忘れることなんてできなかった。だから私は戦う道を選んだ。
もう絶対、私は復讐を忘れることなんてない。復讐のためだけに戦う……前はずっとそう思っていた」
――自分と同じ境遇。
好きだった兄を戦場でなくし、その事実が許せなくて戦うことを選んだ。まさに今に自分だった。
だが、カレンの話しは全て過去形だった。
「……じゃあなんで、復讐を忘れられたんですか?」
「忘れてなんかないわ。今でも鮮明に覚えている。……ただ、それよりも大切なものが出来ちゃったから、かな?」
「大切なもの?」
「うん。それに、お兄ちゃんの気持ちも考えてみたの。
お兄ちゃんは私が復讐に溺れて戦うことを喜ぶかな……って」
普通に考えれば喜ぶものなどいない。キューエルだってそうだ。
おそらくあの兄ならマリーカが戦場にでたというだけでも驚愕するだろう。同じ場所に立てたということを喜ぶかもしれないが、だが可愛い妹が自分の復讐のために戦うことを望みはしない。
キューエルも全ては国のために、主のために戦場に立ったのだから。
「あなたにはない? 大切なものが、守りたいものが……」
「……」
急に聞かれても何もでてこない。今まで兄の仇を討つために戦っていたのに、他に何かないのかと言われてとっさの答えが何も浮かんでこなかった。
「……やっぱり急には出てこないよね。ごめん。
だけど……ライも私もジェレミア卿も、あなたが復讐のために戦うことは喜ばないから」
「……」
そう言ってカレンは立ち去ってしまった。
別にマリーカはカレンのことは嫌ってはいない。紅蓮のことは憎いが、それ以外のことはなんとも思っていない。むしろあれだけの技術を持ち合わせていることを尊敬すらしている。
このように言葉をかけられて、なおさらわからなくなってしまった。
――私は、何のために戦えばいい?
せっかくライに取り立ててもらったというのに、こんな迷っている状態ではなんの役にも立たないだろう。
「……はあ。これじゃあ、殿下にも会わせる顔がない」
「誰に会わせる顔がないって?」
「ふわあああぁっ! ……で、殿下!!」
誰にも語りかけるわけでもない独り言のはずだった。しかし、呟いたマリーカの後方からライが声をかける。その横にはジェレミアの姿もある。
突然声をかけられたことで体が硬直してしまったマリーカだったが、ライは『気にしないでいい』と言ってそんな彼女をなだめる。
「……本当にすまなかった。マリーカ」
「なんで、殿下が謝るのですか?」
「今回の件は完全に僕の不注意だった。君の事情も知らずに、君を巻き込んでしまった」
「そのようなことは……」
「いや、マリーカ。これは我々の総意である。殿下も私も、君のことをもっとよく知っておくべきだった。
それなのに、君をさらに傷つけてしまった……すまない」
ジェレミアがライに代わって答える。
……思うに、ジェレミアが一番紅蓮と――カレンと因縁が深い。
クロヴィスの研究所から毒ガス(本当はC.C.)を盗み出した時は、ルルーシュがいなかったらカレンはジェレミアに殺されていただろう。
逆にナリタの戦いにおいては、紅蓮弐式の力によってカレンがジェレミアを倒した。
敵として命のやり取りをしたカレンとジェレミア。だが、今では普通に同僚として接している。
「……ジェレミア卿は、もう紅蓮を許しているんですか? 自分を倒した相手を。憎かったんじゃないんですか?」
「然り。これで皇族への忠義も果たせなくなったと考えたからな。
だがあの時はお互いの立場が違ったからこそ起こったもの。しかし今は志を同じくする頼もしき同志が乗る機体である! そう。ならばこそ、私がいまだに紅蓮を恨む理由は存在しない!」
かえって清清しいほどのジェレミアの返答。もはや仇ではなく、仲間だと割り切っていた。
カレンも、ジェレミアも……みんな今を見ている。自分だけが過去にとらわれている。いまだに過去を引きずっている。
――うらやましい。そんなに純粋に信じるものがあって。
「……マリーカ」
「!」
うつむいて、考えこんでいたマリーカをライは引き寄せてそっと抱きしめた。
マリーカの頭を撫で、ライはそっと声をかけた。
「憎むなとは言わない。恨みを、仇を忘れろとは言わない。僕にそんなことを言う資格はない。だけど、復讐に囚われるな。復讐のために戦うな。
少しずつでいい。少しずつでいいから、皆と分かり合って前に進んでほしい。……そうして生きてくれると僕は嬉しい」
「……殿下」
「心の整理がついてからでいい。今は、少し休みなさい」
「……はい」
ライは最後に笑みを見せ、そう締め括った。
かつてライも憎き父と兄を殺し、そして滅びの道をたどって行った。その彼の言葉には感じ入るものがあったのだろう、マリーカはどこか穏やかな顔を見せる。
「あの、殿下……」
「なんだい?」
「もう少しだけ……もう少しだけこのままいさせてください」
「……ああ。いいよ」
「……ッ! ……ぅ……うぅっ……!」
ライはマリーカをそっと抱きしめ、マリーカの想いを全て受け止めた。
マリーカの涙が枯れ果てるまで、泣きつかれて眠るまで彼女を支えていた。
兄が死んでからずっと兄のことを想っていたのだろう。緊張の糸が解けた彼女の寝顔は安らかだった。
――――
時が過ぎてその日の夜。
カレンの携帯に一本の電話がかかってきた。
相手は……マリーカ・ソレイシィ。
「――はい、もしもし?」
『シュタットフェルト卿。夜分遅くにすみません』
「別に大丈夫よ。それよりどうしたの?」
『今日は……本当にすみませんでした』
マリーカからの謝罪。自分が無茶な要望をしたことに対するものだった。
もっともカレンは気にしていないし、むしろ自分の方が悪いと思っているわけだが。
「気にしないでいいわ。それより、もう大丈夫?」
『はい。おかげさまで、色々吹っ切れました』
その声ははっきりとしていて、比べ物にならないほど余裕が感じられた。
先ほどのような切迫した声も、迷っていた声も完全に消えていた。まるで生まれ変わったかのようにさえ思える。
「そう。それならよかった。……それなら改めて、よろしくね」
『はい。ただその前に、シュタットフェルト卿に一つ言っておきたいことがあります』
「ん? なに?」
マリーカはそこで一度言葉を区切る。
そして、決意したようにカレンに宣言した。
『ま、負けませんから……』
「……へ?」
『そ、それだけです! それでは、また明日伺いますので! それでは!』
「え? あ、ちょっと? ……切れちゃった。どうしたんだろう?」
マリーカはそれだけ言うと電話を切ってしまった。
カレンは一体何の勝負で負けないつもりなのか少し考えたが……おそらくナイトメアのことだろうと判断し、それ以上考えるのをやめた。
――――
―― 翌日 ――
マリーカはライ達が住む離宮へと再び来ていた。
その場には昨日と同じようにライ・カレン・ジェレミアもいる。
「殿下、昨日は申し訳ありませんでした。私の身勝手な行動で、殿下をはじめとした多くの方々にご迷惑をおかけしてしまったこと、この場で謝罪させていただきます。本当に……申し訳ありませんでした」
「いいんだよマリーカ。それよりも僕が気にしているのはこれからだ。
……マリーカ・ソレイシィ。これから先、君は一体何のために戦う? 何を目的として戦場に立つ?」
「はい。私は兄であるキューエル・ソレイシィの名誉を取り戻すために、ライ殿下を生きてお守りするために戦います。
そのためにもジェレミア卿やシュタットフェルト卿にも、ご指導をいただこうと思います」
「……そうか。ありがとう」
兄の仇を討つのではなく、兄の名誉のためにも、そして兄の遺志を継いで戦うことを選んだ。
これは以前の彼女と比べれば大きな進歩だった。カレンの名前をだしたことでもその様子は伺える。
「それと殿下……失礼ながら、私のほうから一つお願いがあるのですが」
「うん? なんだい?」
「私を、殿下の従卒に任命してくださいませんか?」
「……従卒?」
**
将校に専属して、身の回りの世話などをする兵卒のこと。
かつてマリーカはコーネリアの従卒を務めていたこともあるし、別に問題はない。おまけにライの場合は使用人が少ないのだ。
ライの身の回りの世話をしつつ、近くにいたいと、お守りしたいというのがマリーカの本音だった。
「はい。殿下は使用人の方もあまり雇っていません。それなら私がその役割も行いたいと思います。
それとお許しがあれば、朝から夜まで……殿下がお望みならば、深夜のご奉仕も行います!!」
「…………………………?」
長い沈黙。その場でライを含め、三人は固まった。
言葉にならないとはこういうことだろう。
ライはこの時思った。
――僕は、何か彼女に間違ったことを言ってしまったのか? 一体僕の何を世話をするのだろうか?
ライは沈黙しかけた脳をなんとかフル回転させ、会話をつなぐ。
「えっと……マリーカ? 僕は……」
「何を言ってるのよあんた!!」
だが、ライが言う前にカレンが前に出てきた。
残念ながら、ライが他の女性と親しくなりすぎるのを許す彼女ではない。
「なんでですか! 殿下が不自由ないように、と思っての行動ですよ!」
「物事には限度があるのよ! 大体、ライの近くには私もいるし問題ないわ!」
「でも実際この広い屋敷では人手も足りないみたいじゃないですか!
それに、いざというときのためにも身近なところでお守りするのが騎士には大切なんじゃないんですか!?」
完全に二人だけの世界になってしまった。内容ももはや騎士の問題だけではない。これは女性同士の問題も入っている。
こうなってはライの言葉も届かない。この言い争いはとまらない。それを察したライは隣のジェレミアに話しかける。
「ジェレミア卿。僕は何か間違いを犯してしまったのだろうか?」
「いえ。殿下は何も間違ってはおられません。それよりも今は、マリーカが復活したことを喜ぶべきではないでしょうか?」
「……それもそうか」
――このようにカレンとも仲良く(?)話せるようになったことを喜ぼう。
ライは、今度こそ本当の意味でマリーカが仲間になったことを喜んだ。
ちなみに、カレンは反対し続けたが、ライとジェレミアの意見でマリーカはめでたくライの従卒に任命された。