少年、
当然目は見えない。が、耳が生きている以上外からの情報は得られる。直は
(『せっかくの異世界だ。タダでやるよ』)
その声は、無数の言語の大合唱だった。日本語に限らず、
だが全ての叫びを日本語として理解できたところを見ると、言語能力自体を作り替えられたようだ。「タダ」でやると言っていたことからも、特に代償が必要という訳でもないらしい。
(……さて……)
直は現実逃避を止め、視力を失い真っ暗になった視界ではなく耳に意識を集中する。人の声は聞こえないが、小鳥の
「
静かで音も声も良く通る好環境で、少なくとも近くに人の気配がない。
「
発音の練習にはうってつけの場所であり、直は少しずつ声を大きくする。
「
発音障害であった直にとって声は聞くだけのもので自分から出すものではなかったが、これは食道発声法も腹話術もまるで身に付かなかったからという言い訳程度の理由もある。
「
だが悪魔を名乗る存在から授けられた能力を使うには、人並みに言葉を話せなければならない。
「
生前に聞いた人の声、声が形作る言葉の響き、そして口と舌の動きをひたすらに真似て、自分が出す声と使っている言葉を一つ一つ確認していく。
「
直が発する声の他は風の音、水の流れる音、草木のそよぐ音しか響いていない。少年はただ一音一音を、とにかく音を一つずつ発することに専念している。そして……
「
一通り音を発し、直は改めて思い知った。言葉を話すことが如何に難しいことなのか、ただ舌の位置を変え、唇と顎の開き具合と口から吐く息を調整するのが如何に大変なことなのかを、吐き切った空気を取り戻すような荒い呼吸とともにぐるぐると思考を巡らせる。
(たかが一言、一音のために……こんな大変な作業をみんな口の中でしてるのか……)
声帯か聴覚に異常があるだけなら、普段から口の中で発音ごとの舌の動きを再現するだけでも十分な練習になり得たのだろう。しかし、直は声帯の
(…………しかも今は目が見えない……)
“声”を得る代価として“視力”を失い、文字も読めなければ相手の表情もわからない。筆談をしようにも目の前の状況が
悪魔はこれを見越して、せめてもの救いにと“あらゆる言語を理解できる力”を自分に与えたのだろう。と直は解釈した。
「
もはや目の見えない直は、低く淀んだ声を発し続けて言葉の鍛練を続けるのであった。