アイドルマスター江戸川乱歩『写真と旅する少女』(律子、貴音、美希、響)   作:木下望太郎

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中編

 

 席にかけるよう私をうながし、自分たちも座ってから貴音は語り始めた。

 ――あれは三ヶ月も前のことでしたでしょうか。わたくしたちはそれまで、ゆにっと、として――

 

 言いにくそうに咳払いをしてから、彼女は再び話し出す。確か、横文字が苦手だとは聞いたことがあった。

 

 ――ゆにっと、としてつつがなく活動して参りました。ところがその頃から、美希の様子が変わり始めたのです。舞台の上や取材陣の前ではいつもどおりの表情を作るのですが。楽屋で、練習場で、帰り道で、彼女はため息をつくようになりました――。

 

 そこまで言って私を見、貴音はなぜだか小さく笑った。

 ――想像お出来にならないのではありませんか? ため息をつく彼女のことを。

 さて、わたくしたちもまこと、心配致しました。彼女は誰とも話をしなくなりました。わたくしたちにも話しかけてはこなくなりましたし、すたっふ、の言うことにも生返事を返すだけでした。まこと、異なことです。以前は顔も見知らないすたっふ、とでも打ち解けて、長々とお喋りに興じるような子でしたのに。

美希といったら本当に、大好きなおにぎりも口にしようとしませんでしたから。わたくしがお昼を誘ったときにもついてこようとはしませんでしたし――

 

 呆れたように眉を寄せ、響が口を挟む。

「そりゃあ、貴音がいつも行くとこはなー……超こってりの上に野菜盛り盛りにしちゃうラーメン屋さんだし。あんまり女の子は行かないと思うぞ」

 

 響から目をそらし、貴音は小さく咳をした。

――それで……ともかく、響と相談したのです。自由時間の間、美希の様子を隠れてうかがおうと。

 

 そうしたある日、昼にまとまった休憩が取れたときのことです。社内の練習場を抜け出した美希は、何やら荷物を抱えて外へ駆け出てゆきました。それはもう、抱き締めるように抱えて。わたくしたちもすぐに後を追いかけました。駅前の人波をかき分けるようにして……ふふ、周りの方々には何の収録かと思われたでしょうね? ともかく、どうにかついてゆくことが出来ました。

 

 美希が入ったのは駅のびるぢんぐ、でした。その上階に上がり、見晴らしの良い喫茶店……かふぇてらす、というのでしょうか。そこで、屋外席の隅に座っておりました。ですが、飲み物や菓子を楽しもう、というのではない様子です。運ばれてきた飲み物にも目をくれず、外を見ておりました。身を乗り出すようにして、遠眼鏡を目に当てて。

 

 ええ、この遠眼鏡です。鳥を観るのが好きだという美希に、わたくしが差し上げたものでした。実家に一度だけ帰った折、蔵にあったものを持ち帰ったのです。

 

 とはいえ、そのときは鳥を観察しているとも思われませんでした。それにしてはあまりに一心に、それも下の方ばかりを見ておりましたので。方々を、失くし物でも探すかのように。その背は何故か、とても小さく見えました。まこと、大事なものを失くしてしまった、小さな子供のようでした。

 

 陰で見ているのも忍びなく、わたくしは声をかけました。

『何をお探しなのです、美希』

 

 美希は肩を震わせて、おそるおそるといった様子でこちらへ振り向きました。わたくしたちの姿を見ても、何も言ってはきませんでした。貴女方にはやはり、思い描き難い光景でしょうけれど……うなだれた姿は、まこと、しおれた花のようでした。

『何でも……ないの』

 ようやく口を開いた美希は、目を伏せたままそう言いました。

 

『何を、お探しなのです』

 私は重ねて問い、響も言いました。

『後をつけたのは悪かったけど……最近変だぞー、美希。自分たちに相談してよ、仲間じゃないか』

 

 美希はわずかに目を上げ、わたくしたちの顔を見ました。それからつぶやくように言ったのです。

『あのね、ハニーがね……プロデューサーが、いないの』

 

 美希が言うことには765プロにいた頃、そちらのプロデューサー殿とよくお昼を御一緒していたそうです。駅から近くの公園で、美希の好きなおにぎりを買ってきて。鳩や池の鴨を見ながら、他愛ないお喋りを致しながら。美希が961プロに移ってからも収録などで会うことがあれば、美希の活躍を誉めて下さったそうです。少々ぎこちない顔をしながらも。

 それが、急にいなくなったというのです。765プロと一緒になることがあっても、彼の姿がどこにもない、と。

 

『だからね、ミキはハニーのこと探してるの。ここならあの公園がよく見えるし、時間があるときはいつも来てるの』

 

 美希はうつむいたままでいましたが。わたくしは思わず、微笑んでいました。

『恋を、しているのですね』

 

 美希がわたくしの目を見ました。そして大きくうなずいたものです。

『……なの!』

 それはわずかの時でしたが。まこと、煌(きら)めくような笑みでした。わたくしたちが存じている、いつもの美希の顔でした――。

 

 

 

 懐かしげに微笑みながら語る貴音の顔を見ながら。私はとても同じ表情にはなれなかった。

 知っていたから、それを。美希が彼を、プロデューサーを慕っていたことを。さらに言えば。彼がその頃には、もういないということも。

 少なくともそう、彼は都内にはいなかった。その時には既に、実家の事情から退職していたのだ。美希には伝えなかった。伝えればきっと彼女は動揺する。別の事務所とはいえ、今の活躍を邪魔したくはない。それが社長の判断であり、私の判断でもあった。

 今さらそれを口には出せず、小さく唾を飲み込んで、私は貴音の言葉を待った。

 

 

 

 ――そうして、わたくしたちは約束しました。どこかで彼を見かければすぐ美希に教えると。それに時間があるときは、あの公園をここから見ようと。

 

 響が言います。

『あ、そうだ! それより直接765プロに行ったり、真とかやよいとか何だっけ、あのよく転ぶ子に居場所聞けばいいさー! さっすが自分、完璧だぞ!』

 

 とたん、美希は表情を曇らせます。

『あのね、でもね。ミキ的には、そういうのよくないって思うな。そんなときだけ戻るとか、みんなきっと怒っちゃうの』

 

 じごーじとく、っていうんだよね、こういうの。そうつぶやいて、彼女はうつむいたまま笑いました。

 

 響が何度か口を開け閉めし、それから思い切ったように言います。

『そっか……でもいいさ、今からは自分たちも一緒だからな。三人寄ればなんくるないさー!』

 

 そうして、わたくしたちは公園を見ることに致しました。交代で遠眼鏡を覗いたり、お茶を飲んだりしながら。わたくしも目の届く限り公園を見ていましたが、それらしき姿は見当たりません。

 

 と、そのとき。遠眼鏡を手にしていた美希が、弾かれたように顔を上げます。目は大きく見開かれ、血の気の薄かった頬はわずかに赤く上気していました。

『いた! ハニーいたの!』

 

 わたくしたちが何か言う暇もなく、美希は荷物を取って駆け出します。

『早く! 早くしないとどこか行っちゃうの!』

 

 お釣りはいい、と店の者に札を押しつけ、美希は一心に駆けてゆきます。公園は外に出てすぐの場所です、けして遠くではありません。それでも、後を追ったわたくしたちが目にしたのは、肩を大きく上下させ、荒い息をつきながら周りを見るだけの美希でした。

 

『どこ……行っちゃったの、ハニー……』

 わたくしたちも辺りを探しましたが、やはりどこにも見当たりませんでした。きっと見間違えたのですよ、そう彼女をなだめて、その日は引き上げました。

 

 

 

 それからもわたくしたちは、その公園を見るように致しました。ですがそうそうまとまった時間がある訳でもありませんし、別々の仕事をすることもあります。自然、探す時間は段々と減ってゆきます。

 

『だいじょーぶなの』

 ロケ地に向かう車の中。美希はそう言って、一時(いっとき)よりは生気のある顔で弱く笑います。

『ミキにはね、おまもりがあるもん』

 荷物から取り出したのは、写真の入った額でした。集合写真、765プロで撮ったのでしょう、プロデューサーと十人のアイドルの。

『出てくときにどろぼーしちゃったの。ハニーの写真、これしかなかったし。これくらいは許してほしいって感じなの』

 言うと欠伸(あくび)を一つして、美希は目を閉じました。御守りを胸に抱えたまま。

 

 

 

 また別の日、練習中の休憩時間。汗まみれで座り込み、練習場の壁にもたれたまま、美希はそれでも、写真を胸に抱えました。

 響が喉を鳴らして水を飲み、大きく息をついた後。美希に尋ねます。

『でもさ、美希は何で765プロやめちゃったんだ? プロデューサーと離れ離れになるのにさ』

 

 美希は頬を膨らませ、写真をさらに強く抱きます。響の方を見ないまま言いました。

『社長がいじわるなの、それにハニーも……ミキ、がんばってたのに』

 彼女が言うことには。プロデューサーに認められようと、アイドルとして努力し始めたというのに。社長とプロデューサーはむしろ、他の方々に注力していたということでした。

 

 ……無理からぬ一面はあったと存じます。何しろ美希ほどに華を備えた者は、他に見たことがございません。彼女は本当に『華』なのです。たとえ種でいる時期は長くとも、ひとたび芽吹き始めたならば。華は、生きることを惑いません。その葉に光を得たならば、ただひたすらに茎は伸び。茎は迷わずつぼみをつけ、つぼみは咲くのをためらいません。散るまでは、決して。

 

 言わばそれが、手のかからない子、と見えたのでしょうか。美希のことは伸びるに任せ、他の方々の指導に時間を回す。……それも、必要なことではあったかも知れません。無礼ながら、けして大きくはないそちらの事務所では。

 

『でもね、黒井社長に言われたの。こっちの事務所に移って、ミキがキラキラしてるとこ見せてあげたらいいって。そしたら向こうから謝ってくるから、プロデューサーもこっちに入れて、ミキの担当にするって』

 

『それは――』

 本当にそうできるのでしょうか、そう尋ねようと致しましたが。美希は一心に、写真を見つめるばかりでした。

 わたくしと響は互いに顔を見合わせました。もう幾度あの公園を見に行ったか、何時間収穫のない時を過ごしたか、わたくしたちは数えるのをやめていました。幾度、美希が彼を見つけたと言って駆け出したか、ということも。迷子のように辺りを見回す彼女を、幾度なだめたかということも。

 

 

 

 その日も美希は何も喋りませんでした、前日や前々日、それ以前からと同じように。ロケからの帰りの車の中で、遠眼鏡を目に当てた彼女は、じっと窓の外を見ていました。膝にあの写真を乗せたまま。

 わたくしも響も、もう何も言いませんでした。思いつく言葉は、ここ数日の間にかけ尽くしてしまいました。黒井社長があのプロデューサーについて、芸能界から去ったらしい、と漏らした日から。

 

『ハニーがいないの』

 またそうつぶやいた美希の横で。わたくしたちは外の景色を目で追っていました。その中のどこかに、美希の求める方がいたならいいのに、と。

 

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