めっちゃ強いレミリアたんになった転生者が自分を捨てたお父様をぶん殴る話   作:あやさよが万病に効くと思ってる人

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 ほら、これ(続き)が欲しかったんだろう?やるよ。

 ただし条件がある…
 何、簡単なことだよ。少し私の言うことを聞けば良いだけだ…。

 まずは周りの電気をつけて、十分な光と視野を確保しろ。
 次に画面に近づき過ぎずに、ある程度離れて見るんだ。
 最後に、夜更かしせずに健康的な時間帯で読めぇ!

 てめーら、視力は大事にしろよ!



【前回のあらすじ】
・吸血鬼貴族忍殺!
・眷属になれよおじさん忍殺!
・刺客忍殺!

 総評:さすが忍者汚い




U.N.オーエンをわからせる

 

 

 

 

 

「おかーさま!」

 

「あらフラン、どうしたの?」

 

「あのねあのね!今日は凄い魔法覚えたんだよ!」

 

「また新しい魔法を覚えたのね!どんな魔法かしら?」

 

「いくよ、見ててね……えいっ!」

 

 そう言って少女はその手から自身の顔ほどの大きさの炎を出す。その炎はやがて形を成し、洋風の短剣のような見た目になる。

 

「どう凄い?」

 

「凄いわフラン!もうこんな魔法を使えるの?」

 

「えへへ…、うん。おかーさまに見て欲しかったからいっぱい練習したんだ!」

 

「ええ、本当に凄いわ。ほら、おいで」

 

 少女は魔法を解き、蝙蝠のような羽をパタつかせながら母親に抱きつく。自分を抱き寄せてくれる感覚が心地よい。温かい何かに優しく包み込まれるような感覚になる。

 それは厳しい家庭指導を送る少女にとって最も幸せを感じる時間だった。

 

「もうこんな時間ね。今日は一緒に寝る?」

 

「うん!」

 

「じゃあ今日は寝る前に本でも読みましょう」

 

 

 ーー

 ー

 

 

「───そうして日光を克服した高貴な吸血鬼は永遠の夜となり、世界を平和に支配しましたとさ」

 

「…おかーさま。この話は本当にあった話なの?」

 

「それは分からないわ。私が子供の頃からあった物語だもの」

 

「でも太陽の下を自由に歩けたら、幸せだよね」

 

「そうね、私も子供の頃は太陽の下で皆んなでお出かけするのが夢だったもの。…耐性魔法じゃ、私の体が弱すぎてダメだったけど」

 

「じゃあフランが叶えてあげる!」

 

「え?」

 

「この絵本にあるえいえんのよる?になれば太陽を克服できるし、その血を飲んだおかーさまも太陽の下に歩けるようになるの」

 

「ふふ、ありがとうフラン。じゃあいつかお母さんを日のある世界に連れてってくれる?」

 

「うん!だってフランは誰よりも凄くて、強いもん!フランは何だってできるんだから!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 空気が軋む音が鳴る。

 異変に気づいた周囲で争っていた妖怪たちはそれを恐れて一目散に逃げてゆく。妖怪だって命は惜しい。ましてやそのうちの1人が先ほどまで八雲の九尾を圧倒していた相手ならば尚更だ。濃密な瘴気に当てられて気を失う者もいる。

 いつの間にか周囲には何者もいなくなっていた。

 

 異形の羽を持つ吸血鬼、フランドールと対峙しているレミリアは困った様子で頬をかく。

 

 

 め、めっちゃ怖い顔しとるんやけど…。

 えー、なんか私悪いことした?目で射殺さんと言わんばかりだ。それは英雄だけで結構!

 

 しかしびっくりした。急に行手を阻まれたかと思ったら、私と瓜二つの顔が出てきたのだ、そりゃ驚く。パツキン以外はほぼ私じゃん。

 しかし、はて、何処かで見たことあるような…。何だっけ…、ついさっき見た記憶が…

 

 

「…質問に答えてくれないかしら。誰かさん」

 

「…ん、ああ、悪いわね。私の名前は誰かさんよ、よろしくね誰かさん」

 

「あはは……今私冗談を楽しみたい気分じゃないの。下手な悪ふざけは寿命を縮めるわよ」

 

 ひぇっ…凄い顔歪んでる。いや怖過ぎでしょ。わ、私は食べてもゲロ甘な美少女味しかしないよ!糖尿病になるよ!

 ともかく、これは早めに退散しなければ。

 

「あ、そう。じゃあ私先急いでるから」

 

「待ちなさい。私は貴女を逃すわけにはいかないの」

 

 ダメでした。

 アッソノ、肩が砕けそうなのですが。明らかに人体から鳴ってはいけない音がなってるから!私じゃ無かったら肩が粉砕されてる。

 

「なんで?私貴女と初対面だけれど」

 

「私と同じ顔の奴がうろうろしてたら不快だから」

 

 んなこと言ったらてめーだっておんなじ顔だろうが!同じ顔が2人いたら、私の魅力半減しちゃうだろうが!…いや、2倍か?それならワンチャン…

 

「それにその不恰好な羽も不快だわ。私は月が好きなのに。キラキラしてて鬱陶しい」

 

 そのイルミネーションみたいな羽も大概だと思うけどね。なんか果実が実った枝みたい。

 

 うーん、弱ったなー。この子ったら全然退いてくれない。

 私はあのクソ親父をぶちのめすミッションをクリアしなければいけないというのに。ああ、どんどん遠くに行ってしまう…。

 

 

「不快、不快よ。だから……殺すわ」

 

「ん?」

 

 パツキンのイルミネーションがキラキラ光ってる。あ、カッコいいなあれ。私も後でやってみよ。

 

「キュッとして…」

 

「…あら」

 

 何か不思議な感じだ。こう、心の臓を掴まれている感じというか。こう、心がキュッてなる感じ?やだ、もしかして…恋?こんなので始まる乙女ゲーなんてやだな。あの子の手に黒い光の玉みたいのがある。お饅頭みたい。

 

 ……あ、そういえばこの前買った初恋味の饅頭保存箱にしまうの忘れてた!やっべー!あれ結構デリケートだから一晩で腐るんだよな。ちくしょー!あれ店で3時間並んで手に入れた代物なのに!なんて勿n

 

 

「どかん」

 

 

 レミリアの体が内側から弾けた。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ふぅ、ここまで来れば良し」

 

 どさりと、咲夜は野原にそれを置く。

 

「…思わず連れてきちゃった。でもレミリアもそうするよね。多分」

 

 そう言うと咲夜は、気を失った黄金の尾を生やした人型の妖怪を見やる。しかしその身の半分以上が、無惨に抉られ、その中身からは内臓と何故か無数のお札が飛び出している。明らかに致命傷だ。

 彼女は咲夜が避難しようとしていた時に、空から降ってきたのだ。流石に見過ごすことはできず、身を隠せるところまで一緒に連れてきたわけだ。

 咲夜も死んでいるとばかり思っていたが、流石妖怪と言うべきか。こんな状態でも心臓は弱々しくも確かに動いていた。

 

「…取り敢えず治療しよう。時間も経って間もない。今なら魔力もギリギリ持つ」

 

 咲夜の時間を操る力は、何も止めるだけではない。燃費は激しいが、時を巻き戻すこともできる。

 しかし世界全ての時間を戻すことができるわけではない。その効果は限定的だ。しかし、1人の時間を数分巻き戻すだけなら今の魔力でも可能だった。

 

「……あれ、この魔力」

 

 咲夜は空を見上げる。

 夜の闇が深くなり、そして星が輝いている。地上の戦火の光が全く感じられないそれは、咲夜にとって とても安心できるものだった。

 

「レミリア…!よかった、生きてた…」

 

 咲夜はレミリアが無事だったことに安堵する。そしてそれと同時にこの戦争が長く持たないことを確信する。

 咲夜にとってレミリアとは絶対だ。戦っている相手が気の毒になるくらいには圧倒的な力を持つ存在。

 その絶対性はあの日の夜から全く変わっていない。その象徴があの翼と、この空。まるで今まで見ていた夜が偽りと言わんばかりの暗の深さと燦然さ。まだこの段階だということは本人は遊んでいるのだろうか。

 

 いずれにせよ早期決着が望ましい。レミリアの力は時間が経てば経つほど目立つ。この世界の重役に見つかれば面倒なことになるのは目に見えていた。

 

 ちなみに、レミリアが死ぬのではという心配は一切していない。昼の状態ならともかく、夜のレミリアを殺すことは物理的に不可能だ。その性質上、ある意味不死身よりもタチが悪いものとなっている。

 がしかし、それとこれとは話は別だ。夜のレミリアを1人にするのは色々と不安があるのだ。

 

「…早くこの妖怪を治して、レミリアのところに行かないと」

 

 そう呟いた咲夜は静かに治療を始めた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 フランドール・スカーレットはその身に特異な力を持っている。

 

『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』

 

 字に読んでの通りあらゆる物体、存在を破壊することのできる力。それは実態のないものにも有効で、博麗大結界もこの力で破壊した。千差万別の様々な力を持つ存在がいるこの幻想郷でも上位に入る力。

 基本的な使い方は簡単、壊したいものの"目"をその手に移動させて握りつぶすだけ。それだけで対象は内側から破裂し、木っ端微塵になる。その存在の核を破壊するので、再生もできない。

 だからこそフランドールはこの力に絶対的信頼を置いている。何せなんでも壊せるのだ。どんな時でも困ったらこれを使えば大体解決する。

 

 この力を使われて死なない存在などいない。

 

 

「…そういえば今の私ならどうとでもできるわ。危ない危ない、饅頭が台無しになるところだったわ。mgmg…」

 

 

 …その筈なのだ。

 身体の半分以上が失われているのにも関わらず、それは平然と、どこからか取り出した饅頭を頬張りながら、当たり前のように言葉をこぼした。

 己の能力を受けたのに死なない。それどころか身体が再生している。フランドールはその光景に理解が追いつかず、唖然とする。

 

 しかもおかしな事に血が出ていない。千切れた身体からは代わりに黒いモヤのような物が漂っていて、羽と同じような光の粒子がある。身体の中が空っぽのようで気味が悪い。

 まるで容器が満たされるように身体は元通りになっていく。

 

「なんで…能力で破壊したのに…」

 

 先ほども述べた通り、フランドールの能力はその存在の核を破壊する。無いものはそこには存在できない。弾けた後は、そのまま消滅して終わり。

 しかしこいつは存在を破壊されても尚、何事もなかったかのようにその場に立っている。

 

「へぇ、魔法じゃないのね。変わってるわね、存在を砕くなんて」

 

「………知っていたのね」

 

「感覚でそう思っただけ。大切なものを持っていかれた感じはしたし」

 

「じゃあどうして貴女は死なないのよ。存在を壊したのよ?だったら死ぬべきでしょ」

 

「そんなおっかない常識押し付けないでよ。それに私の核はここには無いもの」

 

「…は、じゃあ何処にあるって言うのよ」

 

「上」

 

 そう言ってレミリアは夜空を指差した。

 

「………言ったわよね、私は今冗談を楽しみたい気分じゃないの」

 

「どんな状況でも楽しむことは大切よ。心に余裕ができるもの」

 

 フフフと笑う。

 見えないし壊れない。おまけに挑発もしてくる。これ程までに癪に触る相手は過去いない。フランドールの瞳に妖しい紅が灯る。

 

「…正直ここまで舐められたのは結構久しぶりよ。片翼の分際でよく吠えるわね」

 

「別に片翼とか関係ないでしょ。吸血鬼には羽で強さを決める文化でもあるの?そんなゲームみたいなことするだけ無駄でしょうに」

 

「吸血鬼にとってはそれが全てよ。才能のない吸血鬼は淘汰されるのが当然。特にアナタみたいな不完全な欠陥品はね」

 

「お堅いわね、もっと柔軟に考えなさいよ。それで冗談じゃない目に遭ってる吸血鬼もいるのよ」

 

 主に私。

 

「仕方ないわ、それは死んで当然なんだから!」

 

 フランドールはレミリアとの距離を詰めてその手の魔力の塊を叩きつける。

 

「…ッ!」

 

 が、それはレミリアの手であっさり相殺される。

 フランドールは少なくとも殺す気で振り下ろした。しかしそれを呆気なく止められたのだ。その事実にフランドールの表情は歪む。

 

「いきなりやめてよね。まったく、親の顔が見てみたいわ」

 

「黙れ!!」

 

 フランドールは怒りを露わにする。

 少なくとも親の話はフランドールにとって触れられたくない話なのだ。イライラが募っていく。

 

「そんな大声出さないでよ…。名前も知らない誰かさんに殺意むき出しで迫られたら流石の私も困るわ」

 

「調子に乗るなよ欠陥品。お前は下で私が上。分を弁えろ」

 

 立派に帝王学を叩き込まれてるフランドールの言葉を無視し、レミリアはどうやってこの場を乗り切るかを考える。

 元々レミリアはあまり争いを好む方ではないのだ。不必要な戦闘はなるべく回避したいし、敵とも遭遇したくない。その理由は自身の力による被害が甚大だというところに帰結するのだが、この力の性質上時間をかければかけるほど不味いことになる。ここで余計な時間はかけたくなかった。

 とりあえずもう仕方ないから転移の魔法でも…

 

 

「私はフランドール。フランドール・スカーレット。貴女のような中途半端な血族とは違って、高潔なスカーレット家の血筋を持つ者よ」

 

 

 

 

 

 

 ……………………フランドールって私の妹じゃん。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 強大な妖気がぶつかり合い、轟音が響く。空気が割れんばかりに響く衝撃は、周囲の妖怪たちが怯むには充分だった。

 分厚い煙が立ち込めるところから少し離れたところに歪みが現れる。そこから現れたのは八雲紫。多少服が汚れてはいるが、目立った傷はない。

 

 すると突然、濃煙の中から妖気の塊が賢者目掛けて飛んで行く。しかし動じる様子もなく紫は体を逸らして躱し、目と鼻の先に迫ったそれを見送る。光の斬撃は遠くの山を袈裟に切り裂いた。

 

「怖いわね」

 

「ふん、逃げ足だけは早い奴だ。いつまで逃げ腰のつもりなのかね?」

 

「貴方が死ぬまでかしら?」

 

「口だけは減らない奴だ!」

 

 互いに無傷の2人は戦闘を再開する。

 

 一見実力は拮抗しているように見えるが、戦闘の最中、アゼラルは何度か攻撃を受け身体を破損している。自身の再生力で回復しているが、実力という一点で見ると紫に分があった。

 あの妖怪集団を率いるだけあって、その実力はアゼラルが知る中でも相当に高い。何より時折自身の体に干渉してくる何か。油断すれば魂を持っていかれそうになるほど強力な力。おそらくは八雲紫の仕業だろうが、何とも得体が知れない。

 基礎スペックの高さと、得体の知れぬ力。普通ならば有利に立ち回ることは難しい相手だが、今は賢者の石がある。この無限の魔力と己の力があれば、ゴリ押しでも決して勝てない相手ではない。

 

 

「ジャァッ!」

 

「……」

 

 アゼラルの攻撃を避けながら八雲紫は思案する。

 吸血鬼の頭領 アゼラルの力は紫が想像していた以上のものであった。力一つで見ても伊吹童子に匹敵するだろう。それに加えてあの魔力。冗談みたいな威力の魔法を何十発も同時に放っている。恐らくは情報にあった賢者の石とやらの仕業だろうが、予想以上に厄介だ。これがそこらの吸血鬼ならともかく、アゼラルが使うとなると面倒この上ない。

 それをあの異形の羽の吸血鬼が使っていることも考えると、あまり想像したくなかった。

 そして極め付けに厄介なのは

 

『──動くな!!』

 

「…!」

 

 紫の体が固まったように停止する。

 これだ。この言葉にしたことを現実にしてしまう力。稗田の姫風に言うなら『命令する程度の能力』だろうか。この手の能力は決まって発動の際に使うエネルギー、つまり魔力を消費して強制力を決めるものだが、今相手の魔力は賢者の石によってほぼ無限だ。これにより紫でさえ抗うことが難しい力になっている。全くもって煩わしい。

 紫は自身の力を使って命令の強制力を解除し、眼前にまで迫った攻撃を避ける。

 解除するのが遅れれば深手は免れない。面倒臭い力だ。頬についた血を手で拭き取る。

 

「クク、いくら貴様といえど我が力を無力化することは難しいようだな」

 

「ええ、とても大層なお力ですわ。まるで貴方の太々しさがそのまま現れたよう」

 

「そう言う貴様も妙な力を扱う。空間をねじ開けたようなその薄気味の悪い割れ目。見ていて実に不快だ」

 

「私の力は唯一無二。この芸術性を理解できないとは、吸血鬼もたかが知れますわね」

 

 そう言って紫は、自身の横にある空間の歪み、通称スキマを愛おしげに触る。

 

「ふん、その余裕がいつまで続くかな?既にフランドールは貴様の部下を下したようだからな」

 

「……」

 

 つい先ほど、自身の式神である八雲藍との縁が途絶えた。この縁は、紫と藍が式神としての主従であることを示す繋がりであり、基本的に片方が死なぬ限り消えることはないものだ。

 そんな縁が途絶える。それはつまり式神である藍の死亡、もしくは再起不能を意味していた。面にこそ出さないが、紫はそのことに内心焦っている。

 

「まぁ良い。その内フランドールが貴様の従者の首を持って帰ってくる。その時にじっくり絶望すれば良い」

 

「…優秀な娘さんなのですね。単純な力だけなら貴方よりも上に見えましたが?」

 

「その通りだ、フランドールは天才なのだよ。いずれ私を果てにまで押し上げる貴重な存在。あの存在は私の支配に必要不可欠なのだ」

 

「あらあら、実の娘なのにまるで道具のような言いようね」

 

「事実その通りだ。あいつは才能こそ優秀だが支配欲が無い。その力も必要最低限でしか振るわん。ならばこそ私がフランドールを扱い、支配に貢献するというのが最も正しい使い方だ」

 

「支配がお好きなのですね」

 

「当然だ、支配こそが吸血鬼の本能。この世界を支配し、いずれは外界の全てを我が手中に収める!」

 

 どうやらアゼラルは紫が考えていた以上に愛が無く、低俗な存在だったようだ。

 自らの支配でしか己を誇示できない存在に紫は一種の憐れみの感情を抱く。ああ、何て非生産的で無駄なことを考える存在なのだろう。全てを支配などしても己の手に余る大地と人が残るだけだと言うのに。

 

「ふふ、支配支配…貴方はそれだけしか言えない存在のようね。これでは2人のお子さんが哀れでなりませんわ」

 

「………何を言っている、私の子はフランドール1人だ」

 

「とても素敵でしたわ。出来損ないの烙印を押された、ルシェル・スカーレットの第一子様は」

 

「……貴様、どこでそれを知った」

 

 名も知らぬアゼラルの第一子は、吸血鬼としての能力がほとんど無かった挙句、その身に翼すら存在しなかったため、産まれてすぐに殺されてしまった哀れな存在だ。

 どうやらアゼラルはこの第一子の存在を徹底的に隠そうとしているようで、古株の吸血鬼以外からは一切の情報がなかった。大方、自身の家系に傷でもつくと思ったのだろう。

 

「どこでそれを知ったと言っている!」

 

「ふふ、顔が怖いですわ」

 

 しかしそれは既に死んだ存在。特に気に留める事はなかったが、目の前の吸血鬼の冷静さを奪うには最適だったようだ。

 

「…もう良い、どのみち殺すのだ。貴様を殺せばそれが外に漏れる事はない!」

 

「怖いこと」

 

 再び攻めに入るアゼラルだが、その動きからは少し単調さが見えた。普通なら見分けることすら困難な僅かなものだが、紫にとってはそれで十分だった。これなら有利に立ち回ることも難しくはない。

 しかし問題は彼らの魔力リソースとなっている賢者の石だ。あれがある限り、こちらは下手に攻められないし、全体の戦況もジリ貧だ。

 一応橙が破壊に向かってはいるが、彼女1人ではどうも難しそうだ。誰かに協力を仰いで上手くしてくれることを祈るしかない。

 

 賢者の石を破壊できるか否か。それがこの戦争の行く末を決める鍵なのだから。

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

「待てガキども!」

 

「ぎゃー!たべられるーっ!」

「たしゅけて藍しゃまーっ!」

 

 森の中を悲鳴混じりに全速力で駆ける2人の影、そしてそれを追いかける巨大な二足歩行の狼。

 

 賢者の石を破壊しようと向かっていた小傘と橙。2人は現在ばったり出会ってしまった敵軍の妖怪に追いかけ回されていた。

 

「ど、どうしよう!あの妖怪絶対わちきよりも強いよ!私たちの攻撃も全然効かなかったし、あんなのに捕まったら死んじゃう!」

 

 敵狼の体格は2人の3倍はある。更にはふたりの攻撃も効いた様子も無い。小傘はともかく、藍の式神である橙の攻撃も意に介さないところを見るに、あの妖怪は吸血鬼と同等程度の力を持っているだろう。

 

「どうしよう…どんどん石のある所から離れてるよ…!」

 

「えぇ!?」

 

 大方この狼妖怪は賢者の石を守るために配置された妖怪なのだろう。考えてみれば当たり前だ。軍の生命線とも呼べるものを丸裸で置くはずがない。異様に力が強いのも頷ける。となれば、他にも敵軍が周囲にいるかもしれない。こんな奴が何匹もいるのかと想像すると、橙は冷や汗が止まらなかった。

 その時、小傘と橙の間に衝撃が走る。

 

「わぁ!?」

「ぎゃん!?」

 

 地面が裂け、木々を薙ぎ倒しながら斬撃が飛ぶ。

 どうやら狼妖怪が爪で斬撃を放ったようだ。2人は余波で飛ばされ地面を転がる。

 

「お遊びは終わりだぁ!」

 

 狼妖怪は橙を狙いすまし、その巨大な爪を振り下ろそうとする。

 小傘はとっさに倒れている橙の下に駆けつけ、腕を引っ張り、その場から飛び退く。吹き飛ぶ地面を背に2人は再び走り出す。

 

「っは!あ、ありがとう小傘さん…」

 

「うん、それよりもあの妖怪をどうにかしないと…」

 

「待てェ!ネズミども!」

 

「ひーっ、私は猫なのにー!」

 

 あの妖怪をどうにかしない限り賢者の石には辿り着けない。どうにか倒す…までは行かなくとも、撒く方法がないか小傘は思案する。

 体格でも無理、スピードでもこのままでは追いつかれる。手持ちもほとんどないし、こうなれば誰か協力してくれる人を探すしかない。とは言え、こんな森奥には味方がいる可能性の方が低い。むしろ他の敵に出くわす可能性の方が高い。そうなれば本当に絶体絶命…

 

「小傘ちゃん前!」

 

「え、うわっ!?」

 

 何かにぶつかり、後転する。考えすぎていつの間にか前が見えていなかったらしい。

 

「いたた……あれ?」

 

 小傘の目の前には見慣れないチェック柄の赤が目に入った。まるで何かの衣服のような…。

 

 恐る恐る顔を上げると、そこには日傘を持ちながら振り向きざまにこちらを見ている背の高い緑髪の女性がいた。

 容姿は人間だが、こんなところに人間などいるはずも無い。そして何より、あたりを支配するような存在感が彼女を人外たらしめている。

 

「………」

 

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 鋭い赤い瞳が静かに小傘を見下ろしている。

 その顔から感情が読めず、小傘がどうしたら良いのかわからずふためいていると、突然橙が声を上げた。

 

「か…かか…風見幽香!?」

 

「え…幽香って、橙ちゃんが言ってた…」

 

 風見幽香。

 幻想郷でも5本の指に入るほどの実力者。その力は管理者に匹敵すると言われており、橙も藍から風見幽香の恐ろしさは聞き及んでいる。

 かつて、博麗大結界をぶち抜いて幻想郷に襲来し、その際の管理者八雲紫とのいざこざでは、幻想郷の大地の半分が消し飛んだと言う話は有名だ。

 

 そんな圧倒的な存在を目の当たりにして動くことができずにいる2人。一方幽香は冷たい面立ちで2人を見つめている。

 

「……貴女たち」

 

「ひっ…!?」

 

 

「ククク、追いついたぞ鼠ども…!」

 

「あっ!」

 

 いつの間にか真後ろにいた狼妖怪。風見幽香に気を取られている間に、追いつかれてしまった。

 

「もう逃さねぇぜ……ってなんだ、もう1人いたのか」

 

「……」

 

「まぁ、この辺りでうろついてる奴は全員殺せってあの方から命じられてるんだ。悪く思うなよ!」

 

 狼妖怪は大木も切り裂けるだろうその巨大な爪を幽香目掛けて振り下ろし、目の前の敵を切り裂く───前に幽香の手持ちの傘が狼の毛むくじゃらな顔面にめり込んだ。

 次の瞬間妖怪は木々を吹き飛ばしながら、夜の彼方まで飛んでいく。一発KOだ。

 

 小傘と橙は唖然とした様子で、妖怪が飛んでいった方を見つめる。

 自分達でもかすり傷ひとつ負わせられなかった妖怪をああもあっさり。やはり強さは本物なのだと橙は畏怖の感情を抱く。

 

「え、えっと……ありがとう…ございます」

 

「……」

 

 幽香は何も言わずに2人をただじっと見つめている。まるで品定めをしているかのような視線だ。

 

(小傘さん!早くここから離れよう!)

 

(え、何で?味方なんだよね。じゃあ賢者の石を壊すのを手伝ってもらえば…)

 

(小傘さんは風見幽香の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだよ!いい?風見幽香はすっごく凶悪な妖怪なんだよ!)

 

(そ、そうなの?)

 

 風見幽香はその性格も凶悪と言われており、自身のテリトリーに侵入した部外者は人妖問わず皆殺しにされると言われている。強者にも目がなく、所構わず襲撃してくるとんでもないバトルジャンキーだとも。

 総じて風見幽香の評価は強くて危険ということだ。ルーミアと並ぶ幻想郷でも屈指の危険存在である。

 

(このままここにいたらどんな目に遭わされるか分からないよ!早く逃げよう!)

 

(で、でも…)

 

 小傘には風見幽香がそんな悪い妖怪には見えなかった。面立ちこそ怖いが、雰囲気はどちらかというとレミリアと似たような感じだと小傘は思った。

 

「うわっ!?」

 

 小傘は橙に腕を掴まれ、そのまま引っ張られるように走り出す。橙はよっぽど幽香を恐れているらしい。

 小傘は走りながらもふと後ろを振り返り、置いていかれた幽香の姿を見る。その表情はどこか寂しげだった。

 それを見た小傘は思わず橙の腕を振り切る。

 

「えっ、小傘さん!?」

 

 小傘は幽香の下に駆け寄る。幽香が少し驚いた表情でこちらを見ている。

 なぜ幽香のところに来たのかは小傘自身にも分からない。だが、一つわかることは、どうしても諦観にも似た表情をしていた彼女を放っておけなかったということ。レミリアと会う前の自分のような、そんな置いて行かれた子供のような彼女に手を差し出さずにはいられなかったのだ。

 

「……どうかしたのかしら」

 

「え、えっと…その…!」

 

 ええい!今更何を怖気付いている多々良小傘!言え、言うんだ!言わなければならない!

 直角90度。芸術性すら感じられる腰の折様で、片手を差し出し、小傘はそれを言い放つ。

 

 

「わ、わちきとお友達になってください!!」

 

 

「……………え?」

 

 

 風見幽香の呆けた声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 ●●●

 

 

 

 

 

 

 

 燦然と輝く星空の下、二つの光が幾何学模様を描きながら迸る。二つの光は互いがぶつかるたびに、紅い火花を散らす。そして山を、湖を、草原とあらゆる場所を蹂躙しながら光は弾ける。

 

「…ッ」

 

 フランドールは苛立っていた。

 自身の攻撃は躱され、いなされ、防がれる。

 相手の力自体はこちらより下だ。魔力量もこちらが上、身体能力でも上。だが何故か防がれる。あの門番のような武術とやらだろうか。しかしそれにしては何か小骨が引っかかるような違和感が残る。

 何より、こいつは一切こちらに攻撃を加えようとしてこない。こちらの攻撃に対応しながらニヤニヤ笑うだけで、何もしてこないのだ。

 

「〜♪」

 

「……」

 

 何故反撃が来ないかは分からないが、目の前の欠陥品の態度も相まって馬鹿にされている感じが抜けきれなかった。

 

 ……落ち着け。相手のペースに飲まれるな。力ならこちらが上だ。冷静になれ。

 対応されるなら対応しきれないほどの攻撃で仕留めるだけだ。自分にはそれができるだけの力がある。相手の動きも見切った。次は殺せる…!

 

 

 

 

 

 私は今猛烈に感動している。

 

 何せ目の前にいるパツキンはなんと私の妹なのだから!いやー、まいまざーから見せてもらった写真と全然雰囲気違うのだもの!変な羽だって聞いてはいたけど、全然写真と違うじゃん!まぁ、それ含めて可愛いのだが。

 そう思うと目の前にいる存在が、クリスマスを背負ってる不審者幼女から、煌びやかな宝石を身に纏った超絶美人に見えてくる。

 ふ、ふつくしい…!流石私の妹…!私と同じくらい美人ちゃんだ!

 

 が、しかしそんな妹ちゃん、もといフランちゃんは何やら不機嫌な様子だ。さっきも理不尽な理由で私のことをムッコロス!とか言ってたのだ。話に聞いてた通り相当家庭環境がすさんでいたに違いない!おのれまだ見ぬお父様!許すまじ!

 そんなわけでさっきからこっちをマジで殺す気できている我が妹の対応に追われているわけだが、いやぁ、流石私の妹!強いの何の。ぶっちゃけ今のままじゃ厳しいレベル。

 が、私は今妹と戦いたいわけではない。フランドールちゃんと仲良くなってイチャコラしたいのだ!

 

 というわけでまずは話を聞ける環境を作らなければならない。

 

 そんなわけでどーん!

 

「…ッ!?」

 

 じぃちゃん直伝の拘束魔術である。

 銀のナイフさえあれば、何にでも使える便利魔法だ。少ない魔力で使えるので結構重宝したたりする。

 

「…へぇ、貴女吸血鬼の癖に聖刻の魔法なんて使うのね」

 

 ? そんなにおかしいことだろうか。

 

「その魔法はヴァンパイアハンターや聖職者が使う魔法。吸血鬼の癖に吸血鬼を殺す魔法を使うなんて、よっぽど力に自信がないのかしら?」

 

 え、まじ?

 いや確かにやけにセイントな雰囲気は醸し出してるなって思ってたけど、まさかそんなアンチ吸血鬼な魔法だったとは…。

 おっとそれよりも、今はフランドールちゃんとの親交タイムの方が大事だ。フランちゃんーお話ししーましょ!

 

「…まぁ良いわ。私も貴女に聞きたいことがあったし」

 

 やった!仲良しチャンスゲットだぜ!

 お礼に私に質問する権利を与えよう!知りたいこと何でも教えてあげるぜ!

 

「…じゃあ単刀直入に言うけど、貴女は何なの。何故私と同じ顔をしている。貴女みたいな吸血鬼は軍にはいなかったはずよ」

 

 まぁ、私幻想郷在住者だからね。

 そういえば自己紹介まだだった。よし、ここいらでフランドールちゃんに私が姉ということを自覚してもらおう。

 

 

「私はレミリア。姓は無いわ。貴女たちが来る前からこの幻想郷に住んでた永遠のアイドルヴァンピーよ。一応は貴女の姉、ということになるわね、フラン」

 

 

 フッ、決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ───今、目の前の吸血鬼は、レミリアと名乗ったのか?

 

 

 レミリア。それはフランドールにとって最も忌々しい名前である。

 

 理由は単純、そのレミリアこそが己から母親を奪った存在だからだ。

 

 フランドール・スカーレットは幼い頃から母親が好きだった。冷たく、己の野心しか見ていない父親とは違い、母は優しく穏やかで、常に自身に温もりを与えてくれる唯一の存在だった。

 

 だがフランドールは気づいた。母親が見ているのは自分ではなく、別の誰かだと。己を見ているその瞳に自分では無い何者かの影があると。フランドールが智見を深めていくほどその感覚は顕著に感じるようになった。

 

 ある日、痺れを切らしたフランドールはそれを直接母親に聞くことにした。そして母親の口からレミリアという姉の存在を知った。

 

 第一子ながらも、産まれながらの出来損ないであったため、産まれてすぐに殺された存在。今やもういない姉の存在を。

 

 母親は自分に母として接してくれる。一緒に笑ってくれるし、褒めてもくれる。だが自身を見るその瞳には常にそのレミリアの虚像が映されている。

 そしてレミリアのことを話す時の母親の顔は、自身と話している時よりもずっと慈愛に満ちた顔をしていたのだ。

 

 フランドールはそれがどうしようもなく嫌だった。

 私を見てほしい。もう死んだ出来損ないなどではなく、完璧な私と言う娘を見てほしい。私の方が優れていて凄いのに、何故今ここにいる私を見てくれない!?何故既に死んだ存在を私に映す!何故そんな顔をする!何故それを私に向けてくれない!?そいつが…レミリアがいたからなのか!?

 

 しかしどれだけ努力しても、母の瞳から忌々しい虚像が消えることはなかった。むしろその像は強くなってきていた。

 

 フランドールは顔も知らない己の姉を恨んだ。

 しかし恨んだところでレミリアは既に死んだ存在。この怒りをどこにぶつけるべき者はいない。

 

 

 ──だが、今目の前にそいつがいる!

 姉妹と言うならば、無駄に顔が似ているのも頷ける。この際どうして生きているのかなんてどうでも良い。今重要なのはそこじゃ無い。

 こいつの首を持っていけば、私の方が上だと証明できれば、きっとお母様は私を見てくれる。無駄な希望なんて、虚像なんて抱かなくなる!

 

 頭に血が昇る。

 

 ミシミシ と、自身を拘束している光から嫌な音が鳴る。

 

 だから、そのお洋服も!

 お父様とよく似た髪も!

 私と鬱陶しいくらい同じ顔も!

 

 

 全部残さず壊してあげる!!

 

 

 バキリと、光は砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 凶弾が放たれ、レミリアはそれに直撃する。

 軌道上にあるものをストレートに破壊しながら、2人は山に突っ込む。山は溶けて弾けた。

 レミリアは光速の世界の中、足を溶けた地面へ突き刺し、魔力を放出。大地が爆ぜ、レミリアは光の世界から弾かれる。

 反転した視界の中、レミリアは考える。

 

 …どうしてこうなってもうたんや。

 別に悪手を踏んだ覚えは一切なし。一体何が我がまいしすたーの逆鱗に触れてしまったのだろうか?とは言っても私名のっただけだぞ。もしかして、自己紹介の仕方が気に食わなかったのか?

 やはり好感度狙いであざとすぎたか…。ならばもう一度、と言いたいけど、多分無理。だってフランちゃん今激おこプンスカ丸ファイナルアニバーサリーvar.1992だもん。下手なことしたら消し炭にされちゃう!

 というか今ので体半分消し飛んじゃったし、これじゃ喋らせてくれなさそう。殺る気満々グローブである。

 

「…やっぱり再生するのね。じゃあ次は消し炭にする気でいくわ」

 

 ふぇぇ…本当に消し炭にする気だよぉ。

 ともかく怒らせてしまったものは仕方ない。相手するしかなさそうだ。

 

 ……はっ!待てよ、つまりこの状況は所謂姉妹喧嘩なのでは!?

 ふおぉぉぉ!なんか急にテンション上がってきた!人生で初めての姉妹喧嘩!私の人生の初めてを彩りの良いものにするためにも、この一大イベントは張り切っていかないと!

 よし、取り敢えず今のままじゃ相手にならないから、もうちょっと力を引き出そう。喧嘩はフェアにいかないとね!

 

 

 ズズズと、自身の内側から大きなものが込み上げてくる。その身に収まりきらなくなったそれは、漏れ出し、形を成して背に現れる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その素晴らしいファッションセンスも!

 その綺麗な髪も!

 私と似て超絶プリティーな顔も!

 

 その全てが愛おしい!

 

 嗚呼、妹とは斯くも可愛い存在だったのか!妹1人でこんなにも気分が高まってしまうなんて、前世の私はきっとシスコンだったに違いない!

 

 

 

 

 

 辺りの空気が捩れるように歪んでいく。幻覚ではなく実際に。

 魔力の密度が強すぎて空間そのものが魔力の流れと一緒に蠢いているその異様な光景に、フランドールは強制的に頭を冷やされる。

 

「………何よ、ちゃんと2枚あるじゃない」

 

 目の前の憎たらしい存在から、対となるもう一枚の翼がその背に現れた。……いや、そもそもあれは本当に翼なのだろうか。翼というにはあまりにも不定形。自分の翼も歪だという自覚はあるが、あれはそもそも翼として成り立っていない。…まるで得体の知れない何かが翼の形をとっているかのような。

 

「──私はね、自分に妹がいることをさっき初めて知ったわ」

 

「……?」

 

「だから貴女が私の妹って知った時、正直どう接したら良いか分からなかった。嫌われたらどうしようとか、避けられたらどうしよう、とか。…でも、悩む必要なんて無かったのね」

 

 レミリアはその顔に優しげな笑みを浮かべながら、洒落にならないほどの莫大な魔力を携えた両手をフランドールに向ける。

 

 

「まずは私が姉であることをわからせる(・・・・・)ことが大事だったのだな」

 

 

 その瞬間、フランドールの視界を星空が埋めた。

 

「───ッ!!???」

 

 それを間一髪で避ける。

 フランドールが避けたそれは、空間を抉りながら彼方へ飛んでいく。あんなものが当たれば、いくら吸血鬼でも大怪我では済まない。背中に嫌な汗が流れる。

 …いや、何を怖気付いている。アイツさえ殺せれば、己の苦悩は終わる。どれほどアイツが強かろうと関係ない。アイツを殺さない限り、私に幸せは訪れないのだ。

 

 辺りの気温が一気に上がる。

 膨大な魔力と炎がフランドールの右手に収束していき、無理やり圧縮されてゆく。

 

 その手に顕現したそれは、木の枝のように細く、まるで子供の描いたクレヨンの線だ。しかしそれから脆さは微塵も感じられず、発せられる熱は空気を焦がしていく。

 

「レーヴァテイン」

 

 確かにさっきの攻撃は驚異的な威力だった。しかしまだ、まだ私の方が強い。

 レミリア向けてそれを全力で振りかぶる。延長線上にあるものが、地平線に至るまで爆炎と共に燃え尽きていく。

 

 が、ただ一つ燃え尽きなかった星空が炎を突き破ってきた。再びその手に莫大な魔力を纏って。

 すぐさまフランドールは回避の姿勢をとる。

 

「お返しだ。──火星(Mars)

 

 気温が一気に下がる。

 放たれた球体から発せられる冷気で、辺りにあるなけなしの水分が一瞬で凝固していく。それはフランドールも例外ではなく、自身の炎ごと冷気に飲まれる。

 

(天体の魔法!?なんでそんな難解な魔法を使ってるのよ!!)

 

 魔法の扱いにおいて、天才的な才能とセンスを持つ自身でさえも発動が困難な天体の魔術。あの魔法専門の紫魔法使いでさえ、発動に数分の詠唱動作が必要だというのに、その過程を魔力で無理矢理をすっ飛ばして、発動させたのだ。

 腹が立つ。自分にできないことをコイツはやってのけている。

 しかしここまでされれば、否が応でも認めざるを得なかった。こいつは欠陥品などではなく、紛れもない本物なのだと。

 

 辺り一面極寒の大地となった世界に空いたクレーターの中から、フランドールは氷を壊し、起き上がる。

 

「……認めるわ、貴女が私と近しい力を持ってること。才能を持ってること。…それでも私の方が上よ!」

 

 突如、フランドールの体から虚像が現れる。それは1人2人3人と増えていき、ついにはその全てが実態を得た。

 レミリアはそれを面白そうに眺める。

 

「面白い手品ね」

 

 増身の魔法。1人の火力で足りないなら2人で、2人で足りないなら3人で、3人で足りないなら…

 

『4人で貴女を殺しにいくわ』

 

 2人フランドールからレーヴァテインの爆炎が放たれる。

 レミリアはそれを避けるが、避けた先にもフランドールがいる。赤の凶弾が、レミリアに襲いかかる。最早夜空すら埋め尽くすほどの膨大な量のそれは、一つ一つが、大地を抉る威力を持つ。

 それをすらすらと避ける中、あとの3人も弾幕による追撃を仕掛けてきた。うち1人は、とどめの言わんばかりに、巨大なボウガンのような物を構えている。

 

「あれに撃ち抜かれるのは嫌ね」

 

 レミリアを中心に、巨大な旋回する風が巻き起こる。

 暴れていた弾幕たちも、フランドールたちも、氷漬けにされた木々に山、更には空気さえも捩れ、囚われ、辺りを蹂躙する暴君となっていく。

 

「──木星(Jupiter)

 

 レミリアは、巨大な暴風の塊となった球をそのまま彼方へ飛ばす。

 このままでは幻想郷の果てまで飛ばされるだろう。そう悟ったフランドールは、咄嗟に一緒に飛ばされている自身の分身を掴み、魔力を暴発させた。爆発の勢いでそのまま外側に弾かれ、難を逃れる。

 

「あら、お帰り」

 

「フゥー…、フゥー…!」

 

「じゃあ次は鬼ごっこ。フランがボールね」

 

「う"あ"ぁッ!!」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「わあぁ…!」

 

「おい何やってんだ魔理沙。もう寝る時間だぞ」

 

「あ、おやじ!あれ見て!」

 

「…なんだありゃ」

 

「すっごい綺麗だなぁ!」

 

 2人の視線の先には夜空いっぱいに描かれた美しい幾何学模様があった。凄まじい速度で移動する何かがそれを作り出しているのが、辛うじて見てとれる。

 

「なぁおやじ!あれ何なの!?」

 

「……チッ、知らねぇよ。妖怪がなんかだろ」

 

「よーかい…」

 

「良いからさっさと寝ろ。明日も早い、寝坊したらタダじゃおかねぇぞ」

 

「う、はーい…」

 

 そう言って何故か不機嫌そうに父親は自室に戻った。

 少女は改めて視線を空へ向ける。すると一瞬、光の中から少しだけ人の像が視界に映った。距離で言えば絶対に見えないはずなのに、不思議とその姿だけは少女にははっきりと見えたのだ。

 

「………きれい」

 

 

 星々を詰め合わせたような幻想的な翼がいつまでも少女の目には焼きついていた。

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 フランドール・スカーレットは天才だ。

 

 生まれつき持った圧倒的な魔力量、難解な魔法も一読しただけで使いこなせる地頭の良さ、他を圧倒する身体能力と戦闘センス、そして全てを破壊できるその能力。どれを取っても吸血鬼貴族の中でも群を抜いていた。

 故にフランドールにとっては、全てが取るに足らないことだった。同族の野心も、父であるアゼラルの野望も、幻想郷との戦争も。フランドールにとっては、どうでも良いし、自分がいればどうとでもなることなのだ。

 

「はぁ、はぁ…!」

 

 ……そのはずなのだ。

 自分は誰よりも優れているはずなのだ。

 周りの有象無象が、父親が、そして何より母親がそれを認めてくれていたはずなのだ。

 だというのに何故、この目の前の存在に追い縋れない。

 

「があぁぁ!」

 

 自身の翼から生えた宝石を噴出口のように変形させ、勢いよく魔力を放出する。身体はまるでジェット機のように超加速し、レミリアに迫る。そして、そのまま炎を纏った拳をレミリアの顔面目掛けて振るい……推進力ごとあっさり受け止められた。

 

「フラン。貴女に私の好きなものを教えてあげる」

 

「ラァッ!!」

 

 反射的に一閃を放つ。避けられる。

 

 ──だめだ。こんなのじゃ全然足りない。もっと、もっと強く!速く!多く!

 

「あ"あ"あ"あ"!」

 

 ブチブチと、肉が裂けるような音と共にフランドールの異形の羽が一気に膨れ上がり、木の枝のように分裂する。そしてその翼はレミリアを囲うように伸びていく。

 噴出口に変形した宝石から、魔力のレーザーが無数に放たれる。

 

「まず甘いものが好きね。団子とか、飴ちゃんとか、チョコとか。チョコレートパフェは特に好きよ!」

 

 それを事もなさげに避け、フランドールに迫る。

 そのまま接触する瞬間、フランドールを守るように翼が遮った。そして、その翼から手形の宝石が無数に生える。掌全てに黒い光が現れ──

 

「キュッとしてドカン!!!」

 

 レミリアの身体が一気に弾けた。が、次の瞬間再生する。

 壊されたことなど意に介さず、レミリアはそのまま力任せに翼をこじ開け、フランドールに肉薄し、その土手っ腹に右ストレートをお見舞いした。

 

「がはっ…!」

 

「運動も好きよ。昔色々習ったの。八極拳とか太極拳とか…」

 

 放たれる光速の連撃。顔に、身体に、腹に、足に、拳と蹴りが無数に打ち込まれていく。

 そして、最後の一発がフランドールの顔面に突き刺さり、そのまま吹っ飛ぶ。さらに吹っ飛んだ先で、レミリアの回し蹴りが首元に炸裂した。バキリという折音と共に、勢いで身体が縦に回転する。

 

「ギッ!」

 

 しかしそれでも怯まず、作り出した炎の剣で空気を突き刺し(・・・・・・・)、勢いを殺す。そして真前にいるレミリアに向けて、翼から最大火力の魔力砲を撃ち出した。

 フランドールの破壊の能力を上乗せした攻撃だ。正に巨大なレーザーとも言えるそれは、直線上にあるものを悉く破壊していき、消し去っていく。

 

「あ"あ"ぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「勇儀ー!飽きたー!」

 

「確かに、潰しても潰しても湧いてくるもんねぇ」

 

「やっぱ術者か石を壊すしかないかもな」

 

「しゃーないな…天魔、あんた部下に探しに行かせたらどうだい?」

 

「もう行かせとりますわ。ですがどちらも上手く隠してるようで……ん?」

 

 ふと天魔は幾分離れた山に視線を向ける。するとどうしたことか、山がみるみると赤く染まっていき、膨張していく。

 

 山から巨大な熱光線が現れたのはその直後のことだった。

 それは戦場に直撃し、屍となった敵軍たちを一瞬で飲み込んだあと、地平線の先で大爆発を起こす。

 

 3人は間一発それを躱していた。

 視線の先には、特大の爆弾でも落とされたかのような巨大なキノコ雲が見えており、勇儀はその光景を見て嬉しそうに声を上げる。

 

「なんだいありゃあ!とんでもないねぇ!」

 

「一体どこのどいつだぁ?向こうのほうから飛んできたみたいだけど」

 

「もしかすれば、敵の首領あたりの仕業かもしれませんな。いずれにせよ、まだ敵はいるということですな」

 

「くぅ〜!先陣を切る役を受けたのを今になって後悔してるよ!」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「はぁーっ、はぁーっ…!」

 

 それが撃ち終わった跡には、文字通り何も残っていなかった。

 今自分が撃てる最大火力だ。当たれば流石のアイツもタダでは済まない。見ろ、奴は跡形もなくなって

 

「あとは友達や人里の人たちが好きよ。みんな面白くて、一緒にいて楽しいの」

 

「ッ!?」

 

 何の前触れもなく、背後から突如現れた。まさか避けたのか?あの距離で?

 

「あと一つあるのだけれど、解るかしら?」

 

 パワーも、スピードも、魔法も、能力もダメ。扱う魔法も超高度、武術や戦い方も一級品どころじゃない、頭も回る。まさか本当に全てにおいて私を上回っているのか?

 じゃあ、コイツは私より優れているのか?私より凄いのか?

 

 ………そんなの嫌だ。

 私の方が強い。私の方が凄い。私の方が───

 

「!?」

 

 突然、がくりと力が抜ける感覚に襲われる。今まで身体に常にみなぎっていたものが、急激に失せていくのを感じる。

 これは、まさか…

 

「…賢者の石が破壊された?」

 

 ということは、こちらに供給される魔力が途絶えたと言うことだ。

 賢者の石はこちらの軍の生命線となっている。それが破壊されてしまい、機能を停止した今、こちらの軍の勝機はほとんど消えたと言っていいだろう。石の破壊は、実質的にこちらの敗北を意味していた。

 正直、この戦争に勝とうが負けようがどうでも良いが、元々あまりアテにしてなかったとは言え、今魔力の供給を失うということはかなり痛手だった。

 

 

 ……こうなったら使うしかない。

 お母様には使うなって言われてるけど、もうそんなことは言っていられない。どんな手を使ってでもコイツをこの世から消してやる…!

 

 フランドールは夜空へ飛び立つと、掲げた手に魔力を収束させる。その密度にあたりの空気が魔力の流れに沿って歪む。

 

 フランドールはその身にもう一つ特異な力を持っている。

 

『運命を操る程度の能力』

 

 文字通りこの世に起こりうるあらゆる道筋、運命を観測し、操ることができるという条理を逸した力だ。

 しかしこの力はフランドールが元から持っていた物ではない。元々は母親であるルシェル・スカーレットが所持していたもの。この運命を操る程度の能力は吸血鬼から吸血鬼へと譲渡することができ、そうして先祖代々継承されてきたものなのだ。

 そうして紅魔館の未来の当主であるフランドールは母親からこの力を受け取った。──本来、レミリア・スカーレットに与えられるはずだったそれを。

 

 だがこの力を扱うことは生半可な力では不可能だ。フランドールでさえ、この力の全てを把握し、使いこなすかは未だ叶わないのだから。

 だが、フランドールは歴代の所持者の中で最もその力を引き出せていた。

 

 今フランドールが行おうとしていることは、相手の運命の強制的な確定。すなわち、死の強制である。

 

(ずっと妙だった。コイツからは見えるはずの運命が全く見えなかったから。だがこれなら関係ない!)

 

 フランドールの手に真紅の槍が顕現する。

 それは正に死の象徴だった。死を確定させる運命が収束させられた槍。それに加え、自身の破壊の力も上乗せした。最早これを受けて、生命活動を行う存在などいない。当たる運命も確定させてあるから、避ける事も不可能。

 槍が掌の上で高速で回転し、空気を裂く音が響く。この場に他の誰かがいれば、明確な死の予感を感じていたことだろう。それほどまでに濃密な死の塊。

 

「さようなら!レミリア!!」

 

 そしてフランドールは運命そのものを投擲する。

 

 

「スピア・ザ・グングニル!!」

 

 

 光の速度で放たれた槍は空気を抉りながら、一直線にレミリアの下へ飛んでいく。

 確定された死。世界に無理矢理定着された条理。その概念そのものがレミリアを貫かんと迫る。

 

 

 対してレミリアは、飛んだ。槍が来る方向、真正面にだ。

 フランドールは嘲る。馬鹿め、死を悟って頭がおかしくなったか。

 

「それっ!」

 

 

 レミリアの拳に触れた瞬間、槍はひしゃげ、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。

 

 

 おもちゃの花火のように散った概念の塊はそのまま空気に溶け、霧散する。

 

 

「…………は?」

 

 

「そして最後に、私の愛している人」

 

「!!??」

 

 己の力を集約した槍を破壊され、唖然としていた隙にレミリアはフランドールの目の前まで来ていた。フランドールは対応しようとするが、既に手遅れだった。

 

 

「お母様と…貴女よフラン」

 

 

 

 早く避け───

 

 

 

「───金星(Venus)

 

 

 

 視界を埋める黄金と全身を抉る激痛。

 巨大な黄金の球体は、そのまま旋回して彼方へ飛んでいく。黄金の嵐となったそれは、やがて大地に突き刺さり、直後その回転を止める。

 

「私のことは教えたわ。次はフランよ。貴女の好きなものを教えて?」

 

 その身を押しつぶされながらも、フランドールは意識があった。

 運命そのものを拳で砕いた?なんて出鱈目な奴なんだ。自らの力で運命を書き換えたとでもいうのか?

 それに体も全く動かせない。重い。私の腕力でも動かせないなんて、とんでもない質量だ。明らかに大きさと質量が比例してない。指一本動かせない。

 くそっ、嫌だ。負けたくない!

 

 ……いや、もう私は負けている?

 さっきからコイツは悠長に喋りながら戦ってた。

 私は遊ばれていたのか?

 最初から歯牙にも掛けられていなかったのか?

 

 私は……最初から敗けていたのか?

 

 そう考えた時点でフランドールは既に──

 

 

 ピシリと、黄金に亀裂が入り、そして派手な音と共に砕け散る。

 

「う"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"!!!」

 

 フランドールはレミリアに能力を行使する。レミリアの右腕が弾け飛ぶ。

 そのまま飛びかかり、レミリアに馬乗りする形となる。

 

「壊れろッ!壊れろッ!死ねッ!死ねッ!!死ねえぇぇッ!!」

 

 レミリアの顔面を殴りながら、能力を使い続ける。

 顔が、横腹が、足が、破裂音と共に弾け飛んでいく。

 

「私がッ、私の方がッ!強くて凄いんだあぁぁぁ!!」

 

 ついにレミリアの全身が爆散する。

 しかしレミリアの内側を満たしていたそれは、未だフランドールの周りに漂っている。

 

「はぁ"ーっ、はぁ"ーっ」

 

「…そんなに私が嫌いなの?」

 

「ッ…!!」

 

 ここまで…ここまでしても尚、殺すことができない。

 魔力もほとんど残っていない。側から見れば、とっくに勝負はついていた。もう何の力も振るえないフランドールがとった行動は、ただ喚くことだけだった。

 

「ええ、嫌い…嫌い!大嫌いよ!!オマエが産まれてきたから!お母様の心は私に向いてくれなくなった!!」

 

「…!」

 

「私はお母様に見てもらうためなら何だってした!お父様の言いつけ通りにした!強くなるために元々あった翼だって捨てた!危険な魔法薬だって数えられないくらい飲んだ!でも…何をしても、いつまで経っても!お母様の目には私じゃない誰かがいたのよ!それが心底憎たらしくて仕方無い!!!」

 

 フランドールは子供のように喚き散らす。しかしそれは紛れもない本心だった。

 

「死ね!死ね!返せ!返せ!!私の…私の居場所を返してよぉ…!」

 

「フラン…」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あの子は…フランはね、無理ばかりするの」

 

「無理?」

 

「魔法を覚えて最初の頃は私も嬉しかった。娘の成長が純粋に幸せだった。…だけど どんどんそれがエスカレートしていって、フランはより強い力を求めるようになったわ。………そしてその果てに、自分の羽まで捨ててしまった」

 

「え、翼って捨てられるものなの?」

 

「…あの子は魔界の神と契約して万物を破壊する力を得たの。だけどその代償としてその翼は見る影も無くなるほど変わり果ててしまった…。他の吸血鬼から見ればかえってそれが力の象徴になったようだけれど」

 

「……」

 

「それに加えてアゼラルの暴力的なほどの教育。日に日に変わっていって、傷ついていくあの子を私は見ていられなかった。……怖いの。この子もレミリアのように死んでしまったらどうしようって…」

 

 フランドールはレミリアの面影を強く残しているから尚更そう考えてしまったのだ。

 ルシェルはアルバムにあるフランドールの写真を優しく撫でる。

 

「…あの子はきっと、私のために強くあろうとしているの。私が魔法を褒めたらいつも嬉しそうに笑ってくれるから」

 

 だからどうしてもフランドールを見る目にはレミリアの姿が浮かんでしまう。なんて情けない話だろうか。母親でありながら、娘の在り方ひとつにまともに向き合いすらできないなんて。

 

「…ごめんなさい、こんな話、貴女に言っても困るだけよね」

 

「そんなこと無かったわ。ちゃんと意味のある物だった」

 

 我が妹ながら愛されているんだなと思う。どんな形であれ、こんなにも想ってもらっているのだから。

 

 

「……その子のことを、愛してるのね」

 

「…ええ、心から愛してるわ。強くて凄い、私の自慢の娘だもの」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「!!!?」

 

 レミリアは突然フランドールを優しく抱きしめた。

 

「…ごめんなさい、フラン。私のせいで貴女は苦しんでたのね」

 

「やっ、やめろっ!離せ!」

 

 フランドールは密着するレミリアを引き剥がそうと抵抗する。が、最早一滴の魔力も残っていないフランドールにはあまりに力不足だった。

 せめてもの抵抗と、レミリアの首元をガリガリと引っ掻く。

 

「クソッ、離れろ!死ね!」

 

「大丈夫よフラン。私は貴女を愛してるわ」

 

「なに…言ってるのよ…!何でそんなこと言うのよ!!」

 

「だって私は貴女のお姉ちゃんだもの」

 

 レミリアはフランドールを自身の胸へ優しく抱き寄せる。

 

 フランドールは目の前の敵の行動に混乱する。

 そう、敵なのだ。こいつは敵。己の居場所を奪った敵だ。

 

「うっ、うるさい…!黙れ!黙れ黙れ黙れ!!なんでお前なんかに…!」

 

「今まで頑張ったのね、フラン。すごく強くてお姉ちゃんびっくりしたわ」

 

 だというのに、どうして、こんなにも安心してしまうのだろう。

 まるで母親のような、しかし何か違う感覚。だが何故こんなにも、身を預けたい感覚に襲われるのだろうか。フランドールの心から抵抗の意志が少しずつ消えていく。

 

「うぐ……くそ…くそぉ…!」

 

 そんな安心感をこんな憎たらしい存在から感じてしまう自分が情けなくて仕方無い。己の憎しみはこの程度だったのか。こんな絆し一つで燃え尽きてしまうものだったのか。

 フランドールは突き放すようにレミリアの胸から離れる。

 

「…殺して」

 

「…?」

 

「さっさと殺してって言ってるのよ!お前なんかに絆されるくらいなら死んだほうが───」

 

「フラン!」

 

「ひっ…!」

 

 フランドールは縮こまる。

 …今レミリアは別に魔力を使って威圧したわけでも、力を使ったわけでもない。ただ強めに言葉を発しただけだ。

 

「聞いていなかったみたいだから、もう一度言うわ。……私はね、貴女を愛しているの。姉として、たった1人の妹を。だから殺してなんて言わないで…」

 

「え……あ…」

 

 レミリアは泣いていた。そこにさっきまでの絶対的強者はおらず、ただ一人の姉がいた。

 それを見てフランドールは初めて気づく。レミリアはさっきの戦いも含めてずっと自分と姉として接してきてくれていたのだ。

 あれほどの力があるのなら、自分を殺すことなど容易だったのに、態々自分を生かし、優しく接してきてくれるのは、紛れなく自分を愛していたから。今までの行動もレミリアなりの距離の詰め方だったのだ。

 

 フランドールは自分をおだて上げる存在こそ数多あれど、愛してくれる存在は母親を除いていなかった。

 母親やレミリアが抱きしめてくれた時に感じた温もり。きっとあの温もりの正体こそ愛情だったのだろう。そんな母親から感じていた温かさをレミリアから感じたのはきっと、心の何処かでフランドールがレミリアのことを姉だと認めていたから。少なくとも、あの負けを認めた瞬間から。

 

(………心の何処かで理解してた。私が本当に憎かったのは、醜い嫉妬と承認欲求だけで動いてしまうような自分自身…)

 

 だがそれは今まで認めることができなかった。他ならない己の肥え太ったプライドのせいで。

 だがそのプライドは姉の手で、今見事にへし折られた。

 

(今までの戦いも自尊心に塗れた唯の八つ当たりだ。醜く酷い。…でも、この人はこんな私も受け入れてくれる…)

 

 まるで日溜まりのような温もりに体を預け、フランドールも目の前の姉の存在を受け入れる。

 心にあった黒い感情が溶けて消えてゆく。

 

 顔を上げると、レミリアの顔が目に入った。たった1人の姉が。

 

「……おねえ…さま」

 

「ふふ、やっとお姉ちゃんって呼んでくれた」

 

「…あ、あの……、私、私…!」

 

「落ち着いて、大丈夫よ。ゆっくり深呼吸して」

 

「う、うん…」

 

「…聞いたことがあるの、姉妹は喧嘩をしたら仲直りのハグをするって」

 

「……え」

 

「だから、仲直りしましょう?それでフランのこともいっぱい教えてほしいわ」

 

 そうして差し伸ばされる両手。

 今までフランドールがずっと拒絶していた姉の手。あれだけ一方的な嫌悪と殺意をぶつけられた相手でもこの人は受け入れてくれる。心が安堵に包まれる。

 

 フランドールは、ゆっくりとレミリアに近づき、その手を取ろうとして───突然光に包まれて消え去った。

 

 レミリアの手は何も掴まず、空をきる。

 

 

「………え?」

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

「………あれ?」

 

 

 突然、光に包まれたと思えば、見知らぬところに飛ばされた。恐らく転移の魔法だろうが、なぜこんな所に。

 

 するといきなりフランドールは何者かに首を掴まれる。

 

「ウガッ!?」

 

「フランドォールッ…!!」

 

(お父様!?)

 

 己の首を掴んでいたのは父であるアゼラルだった。しかしその姿は以前までの見る影もない。どろどろに溶けた皮膚に、崩れては再生している肉体はまるで屍のようだ。一体どうしたというのか。

 

「は、離し…!」

 

『動くなッ!』

 

 その必死な形相から嫌な予感を感じ、手を振り解こうとするが、アゼラルの能力によって止められてしまう。

 

「お前のッ…血を寄越せ!!」

 

 抵抗虚しく、アゼラルの腕がフランドールの体を貫いた。

 

「……ごぷっ」

 

 口から血が溢れる。

 自身の身体に流れるものが吸い取られる感覚に陥り、徐々に力が抜けていく。その身体から奪われていく。僅かな魔力が、血が、そして能力が。

 

 

 やめて、それはお母様から貰った、大切な──

 

 

 薄れゆく意識の中、フランドールは姉のことを想う。

 

 ああ、せっかくお姉様と会えたのに、やっと幸せになれると思ったのに…。

 

「お…ねえ…さま…」

 

 その身の血を吸い尽くされたフランドールは、ゴミのように放り投げられた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

「ふふ、ふはは…、ふはははははは!!素晴らしい!この湧き上がるような力!やはり我が血筋ながらよく馴染む!」

 

 血を取り込んだアゼラルの身体は完全に元通りとなっていた。むしろ先程よりも力に溢れているようにも感じられる。その証拠に彼の背の翼は歪にゆがんでいる。

 

「……まさか実の娘を手に掛けるなんてね」

 

 それを八雲紫は黙々と見つめる。

 あの後、賢者の石の破壊もあって後一歩のところまでアゼラルを追い詰めたが、死の寸前で、転移魔法を起動し、現れた娘の力を取り込んだのだ。その結果がアゼラルの大幅なパワーアップ。賢者の石の補助が無くなったとはいえ、これは少し不味い。

 

「クク、これが破壊の力に運命を司る力!やはりこの力はあの無欲な娘よりも、私にこそ相応しい!態々子供を利用する必要など無かった!最初から私が全ての力を手に入れていれば良かったのだ!」

 

 アゼラルは高らかに笑う。

 どうやらその身に溢れんばかりの力に少々ハイになっているようだ。そこに普段の冷静さは何処にも無い。たがその身から溢れる力は本物だ。

 

「これほどの力があれば、永遠の夜になることも夢見事では無い…!八雲紫、ようやく貴様を殺すことができそうだ…!」

 

「…自分の娘に随分な扱いですわね」

 

「あんなものは唯の保険に過ぎん。言っただろう、アレは私を至高の領域へ押し上げるための道具だ。アレは役目を果たしただけだ」

 

 どうやら本当にアゼラルはフランドールをモノとしか思っていなかったようだ。自らの支配のために家族さえ切って捨てるとは、ここまで来ると、支配に囚われた唯の獣だ。

 

「さぁ、屍を晒すが良い!!」

 

 アゼラルは歓喜していた。今までに感じたことがないほどに溢れる力に、ようやく全てを支配するに足る力を手中に収められたことに。

 魔力こそ大して得られなかったが、頑強な肉体と二つの能力をこの身に収めることができた。なのでフランドールが弱っていたことはアゼラルにとって実にラッキーだったと言える。態々自分の手で弱らせる手間が省けた。おかげで自分は全能に近い力を手に入れることができたのだ。アゼラルは己の力に酔いしれる。

 

 

 ──そう、だからこそ気が付かなかった。

 

 何故フランドールがあそこまで弱りきっていたのかを、何故魔力が殆ど残っていなかったのかを。

 

 そして、そこに自分が知り得ない脅威が存在して、それが今まさに己に迫ってきていることなど

 

 

 

 傲慢を越した彼に、気づく道理は無かった。

 

 

 

 

「オッ──」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「───ラァッ!!!」

 

「グボァッ!!!??」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 






フランちゃん:原作レミリアとフランドールのスーパーハイブリッド!どんなものも破壊できる力と、運命を観測して操る力を使って闘うぞ!魔法の才も館にいる紫魔法使いのお墨付きだ!ただしレミリアたんには全て通用しないぞ!

レミリアたん:ちょっとやり過ぎたと思ってる。


没になったので供養

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