めっちゃ強いレミリアたんになった転生者が自分を捨てたお父様をぶん殴る話 作:わらしべいべー
タイトル回収したけどもうちょっとだけ続くんだなこれが。
【前回のあらすじ】
・幽香ちゃん(超帰りたい…)
・永遠の夜(笑)
・レミリアたんの全力パンチ!幻想郷は死ぬ!
この日、幻想郷は未曾有の危機に晒された。
突如幻想郷中に起きた空や大地が法則を失い歪んでいくその現象は、幻想郷全体に甚大な被害を及ぼし、この地を蝕む天災となった。
それはまさにこの世の終わりのような光景。先程まであった妖怪たちにとっての日常、営み、それがあっさりと壊されてしまった。当然、幻想郷にいる妖怪たちは混乱と焦燥を極めた。
「椛隊長!人員の避難、全て終わりました!」
「わかった!私はにとりと合流してすぐにそっちに向かう!君は先に行ってくれ」
「分かりました!」
妖怪の山。そこは文字通り鴉天狗や河童などの妖怪たちが住んでいる山であり、幻想郷でも一際名前が知れ渡っているスポットの一つだ。
そんな妖怪の山は現在、幻想郷中に現れた歪みに山の大半が飲まれ、まともに地に立っていられることも困難な状態となっていた。特に山に生えている木々や烏天狗の居住区はひどい有様で、まるで現代アートのように流れに沿って揺蕩うように湾曲してしまっている。
妖怪の山の哨戒役である犬走椛は、出払ってしまっている重役の烏天狗たちに代わって現場指示を行なっていた。しかし、この歪みに効果的な策もある訳でも無く、現状では人員避難が精一杯だった。
「不味いよ椛!歪みが山の中枢まで入り込んでる!このままじゃ、地下のマグマが出てくるよ!」
「何…!?そんなことが起これば下手をすれば山が崩壊するぞ!?クソッ、せめて天魔様がおられれば…!」
すると椛の獣耳が風を切るを音を捉える。
「2人とも無事!?」
「! 文さん!」
「うわぁ……分かってはいたけど、酷い有様ね。…居住者の避難は?」
「殆ど終わりました。今は比較的歪みが少ない所に集まらせてます。ですがどこまで持つか…」
「…このままのペースだとあと5分もすればここら一帯は使い物にならなくなるね」
「うーん…、正直私も良い策があるわけじゃないのよね…。にとり、貴女の機械とかで何とかならない?」
「それができりゃとっくにやってる。この歪み、解析してもエラーばっか出るんだよ。正直お手上げさ」
河城にとり。彼女は河童である。にとりに限らず、この山に住んでいる河童は何故か機械いじりを趣味特技としており、その機械でトラブルを起こす時もあれば乗り切る時もあるのだが…今回は流石に彼女の機械ではどうにもならないようだ。
「一体どうすれば…」
「…さっき天魔様がこの歪みの元凶を討ちに行かれたわ。それまで皆んなを持ち堪えさせるしかないわね」
自分達はこの歪みに対してあまりに無力だ。文はここに来るまでにこの歪みに巻き込まれて無惨な姿となっている妖怪を無数に見てきた。幸い、ある程度の力を持つ者ならば巻き込まれることは無いが、それでも油断すれば即アウト。下手に手を出せば自分達が巻き込まれて死ぬだけだ。これをまともに対処できるのは自分と天魔様、あとは一部の大天狗のみだろう。というか天魔様がいないとぶっちゃけきつい。
「………ねぇ、これは最悪の想定なんだけどさ…、もしこの歪みが文字通り幻想郷全体に広がってるとしたら、幻想郷を囲ってる結界にまで到達して、壊れちゃうんじゃ…」
「それは………ウッ!!!??」
「ヒッ!!?」
「オエッ!!??」
唐突に3人は顔を真っ青にしてその場に膝をつき、まるで全身をミックスされたかのような強烈な吐き気とめまいに襲われる。にとりに至っては吐瀉物を撒き散らしている始末だ。
「な、何ですか!!!?何なんですかこれ!!?」
「わっ、わっかんないわよ!でも…多分これは魔力よ…!」
「オエエッ…!ま、魔力って、こんな気持ち悪いものが!?そんな──」
その次の瞬間、真っ白な光が3人を、妖怪の山を、幻想郷を飲み込んだ。
眩しさにめをくらますも束の間、凄まじい暴風が妖怪の山を襲った。咄嗟のことに反応できず、3人は吹き飛ばされる。が、途中で体勢を取り戻した文が2人を掴み、安全なところへ避難する。
風が収まったことを確認すると、文は大きく息を落とす。
「あ、危なかったー…。鴉天狗が風に攫われて死ぬとか冗談でも笑えないわよ…」
…どうやら2人は気を失っているようだ。あの鈍器のような突風に真正面からぶつかったのだ、無理はないだろう。
周囲を確認しても特別変化はないが、ただならぬ事が起きてしまったことは確かだろう。仮に…仮にこの魔力と、あの衝撃が今回の元凶の仕業だとすれば、それは幻想郷の存亡を揺るがすほどにとんでもないことだ。未だ消えぬ倦怠感の中文は立ち上がる。
「ほんと、何が起こってるのよ…」
ーーー
「あり得ないっ!!」
自身の作り出したスキマ空間の中、普段の妖艶な雰囲気を微塵も感じさせない焦った様子で紫は言葉を吐き出した。今の紫を彼女を知っている者が見ればきっと目を見開くことだろう。それほどに彼女にとっては予想を大きく上回ることだった。
何せ幻想郷の大地の10分の1がその場所の結界ごと綺麗に吹き飛んだのだ。あの風見幽香でさえも人1人が入れるくらいの穴だったのにも関わらず、今回はその比ではないほどの巨大な穴がぽっかり空いてしまっている。
幸運なのは、あまりにも綺麗に吹き飛んだことで破損部分からの崩壊が起きていないことだろう。幻想郷の端の部分だからこそ結界の被害も比較的少なく良かったものの、ど真ん中でこんな現象が起これば幻想郷はそれで滅んでいたかもしれない。不幸中の幸いだ。
(まさかこの短期間に結界を破壊する存在が2人も出てくるなんて…!)
この幻想郷を守る博麗大結界の造りは特殊で、力だけではどうあっても壊すことはできないし、何なら触ることすらできない。それがここまで派手に壊れる要因は、その理すら捻じ曲げてしまうほどの悍ましい力、ルールを書き換えてしまう力だということ。つまるところ…
(…いえ、そんな馬鹿なことがあるわけがない。そんな力の持ち主がいるなら摩多羅が先に気づいているはず。それよりも一番不味いのはこの魔力…!)
今まで何らかの術が原因で起こっていた空間の歪みの正体は魔力だった。しかもただの魔力ではない。これは
そしてこの魔力は今も幻想郷中に広がっている。幸運にも結界には何の影響もないようだが、幻想郷の地はご覧の通りだ。このペースではあと15分もしないうちに博麗神社にある結界の要に到達して幻想郷は崩壊するだろう。
そもそもこれほどの魔力を扱える存在がいるだけで幻想郷にとっては害だ。例え結界の要がなくとも魔力の膨張に結界が耐えきれずいつか破裂する。
「こんな危険なものに今まで気づかなかったなんて…!」
親指の爪を噛み締めながらも、紫は冷静に思考を動かそうと努める。
兎も角、今は結界の修復が大先決になってしまった。結界を直せるのは紫や藍などの一部の管理者だけだ。藍と連絡がつかない今、一刻も早く自分が現場にいかなければならなかった。
紫は隙間空間から出て、3人に用件を伝える。
「2人とも、悪いけれど先に…って」
「ああ、紫殿。おふた方なら嬉々として先に行ってしまわれましたぞ」
「…まぁ言う手間が省けたわ。天魔殿、事情が変わりましたわ。至急妖怪の山にお戻りを。この魔力は今の山にいる戦力では除去は難しいでしょう」
「ふむ…、事態は想像以上に深刻な様子なようですな。──お口添え感謝致す。紫殿もお気をつけて」
そう言って天魔は妖怪の山の方向へ飛んでいった。
今はとにかく時間が無い。この魔力の持ち主はこの3人や、博麗の巫女に任せるしかない。これほどの異変だ。彼女が動かないことはあり得ない。
それにこの歪みにも慣れてきた頃合いだ。流石に藍を探すほどの余裕は無いが、結界の破損部へは容易に行けるだろう。
「こんなところで楽園は終わらせない…!」
●●●
オッス、オラ レミリア!幻想郷の危機を救う為に参上したスーパーアルテメイト美少女だ!
家族の邂逅とか、まいしすたーが超絶ぷりてぃーだったとか、クソ親父が頭蓮根だったとか色々あったけど何とか敵の親玉をとっちめることに成功したわ!さすが私!
あとは咲夜や小傘を連れて里に帰るだけね!明日も早いし。それに明日はウチの店の新メニュー発売日!いつも発売日にはまかないで新メニューが食べられるからね!いやー、明日が楽しみだなー!
「待て吸血鬼!!」
「ほらほらほらほらほらほら!!見せて!!もっと貴女の黒を!!」
あははー、ほんと楽しみダナー。
…現実逃避はやめよう、うん。
はい、ワタクシ絶賛逃走中です。結局あの後逃げちゃいました。だって仕方ないじゃん!博麗の巫女だよ!?敵対したら本格的に幻想郷に居場所無くなるに決まってんじゃん!
「逃げてばっかりなんてやめて、もっと私の近くに来なさいよ!ほら!!」
のーせんきゅーだよバカヤロウ!
つーかなんだこの変態の攻撃!?触ったら墨汁吸った紙みたいに真っ黒になるんだけど!?バッチイ!いやすぐ治るけどさ、なんか気持ち悪いんだよコレ!こう、感覚がなくなる感じがするっていうか…
「ふんっ!!!」
うわあっぶね!!
今の完全にヒキガエルにするつもりでやったよね!?この巫女容赦のカケラもねーぞ!!というか本当に人間!?明らかにヒューマン辞めてるよね?
うわー、踏んだところが私の魔力ごとペシャンコだ。もうこの巫女だけで私の魔力の件解決できるんじゃね?
あー、ほんとどうしよう。
話し合いで解決できるとかの雰囲気じゃないし、というか両方とも話聞きそうにないし。でもこのままじゃ幻想郷滅んじゃうし…。
うーむ、やはりいつも通りのアレで行くしかないか。どうせこのまま2人から逃げ切っても幻想郷ぐちゃぐちゃのままだし。
その名も『時間逆行して無かったことにしちゃおう作戦』ー!!わーパチパチパチー。
説明しよう!これは文字通り幻想郷自体の時間を私の魔法で巻き戻して全部無かったことにしようという頭の良い作戦なのだ!
しかしこの魔法、今の私では発動がちょっと厳しいのだ。幻想郷結構広いし。少なくとも10分は欲しいね。なので今からこの2人相手に魔法発動の準備をしながら逃げ回らないといけないわけである!
……難易度LUNATICだわー
ーーー
今回起きた現象、もとい異変は過去類を見ない規模だ。
博麗大結界の破損に加え、元凶が使っている異様な力が原因による幻想郷中の空間、物体の湾曲、それに伴う結界消滅の危機。まさに幻想郷存続の危機で間違いなかった。霊奈は幻想郷の調停者としてこの異変を何としても解決しなければならない。
結界に関しては恐らく紫がどうにかしてくれるだろう。連絡が来ないのは気になるが、この歪みで上手く能力が機能しないのかもしれない。
(いずれにせよ、私がするべきことは目の前の相手を退治することだけ)
空気が鳴るほどの鋭い蹴りを放つ。確実に捉えたはずだが、見切られたのか片手でいなされてしまう。武術に心得があるのか?妖怪にしては珍しい。
しかし先程から相手は何故かこちらを攻撃してこない。躱すかいなすかのどちらか。何か狙いがあるのか、それとも唯こちらを舐めているのか。
(後者の方が楽ではあるが…)
それでも尚この敵を討ち取るのは難しいだろう。
博麗の巫女として数えるのも億劫になるほどの妖怪を屠ってきた霊奈から見ても目の前の存在は異常と言わしめる。幻想郷全体に影響を出すほどの魔力、幻想郷の大地と結界に大穴を開ける理外と言える力、そして何よりあの圧倒的な存在感。相対しているだけで押し潰されそうな感覚に襲われる。
似た感覚は紫やルーミアと言った大妖怪からも受けたことがあるが、今感じているそれはこれまでの比ではない。まるで存在そのものが一つの世界のような。確信はないが、そんな重さをあの吸血鬼からは感じるのだ。
(…いや、そもそもアレは本当に吸血鬼なのか?もっと何か別の…)
そんなことを考えていると横からルーミアの声が響く。
「そんなに逃げないでよ、つれないわー…ね!!」
同時に津波のような黒が吸血鬼に襲いかかる。
ルーミアの持つ力『闇を操る程度の能力』は文字通り闇という概念そのものを操ることができる力だ。人々が認識する闇や黒の“恐ろしいもの”としての性質により、物質のみならず概念と言った形の無いものも飲み込むことができる力となっている。人間だけでなく、妖怪ですら彼女の黒に触れてしまえばシミのように身体中に広がって行き、数秒もせずに死に至る。更には闇が増える夜となるとその危険性はさらに跳ね上がる。
黒の津波に攫われた木々や草木が飲み込まれていくが、目の前の吸血鬼レミリアは結界のようなもので闇を防いでいた。
「さっきから何よこれ、墨?きったないわねー」
(…普通はあの結界ごと闇に流されるはずなんだがな)
「あらぁ、そんなこと言わないでよ。私そのものなんだから」
「超絶プリティーな私に体液ぶっかけんなって言ってんのよ、このイカ女郎が」
怒気と共にルーミアはその紅い瞳に射抜かれる。
「あっはッ……!!」
ルーミアは歓喜する。その紅の中の黒が確実に大きくなっていることに。
元々妖怪は人に恐れられることで力が上下する存在だが、ルーミアの場合は少し違う。ルーミアは闇や影といった人々が感じる暗い、黒いものからの恐怖から生まれた妖怪だ。そして永い時間恐れられ続けた結果、妖怪という枠組みを超え、暗闇と言った概念そのものから力や存在意識を得られる存在に成り上がった。
故に、一眼見ただけで理解できた。アレが自分と同じ存在だと。種族や成り立ちは違えど、間違いなくアレは私と同類だ。
そして一眼見ただけで脳髄の底まで衝撃が走った。その翼のようなモノと、瞳のハリボテの紅の奥に在る黒を見て。
闇を、黒を喰らい纏い生きてきた彼女にとって、目の前の見たことも感じたこともない未知数の黒は彼女の常闇妖怪としての本能を強烈に刺激した。
「私と似た力、私の知らない闇、それが堪らなく欲しいの!私のものにしたい!!私の一部にしたい!!欲しい、欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい!!───頂戴!!!!」
「だが断る!!」
同時にルーミアの両碗が爆発し、鋭い触手のようになった黒が無数に降りかかる。
「もうっ、触ったら汚れるのに!こうするしか無いじゃないの!」
するとレミリアの片腕が着ている衣服ごと透け始めた。そして瞬く間にその腕に星空が映され、鋭利な刃物のような形状に変化する。そして降りかかる黒の雨をその刃で弾き始めた。
「ああ…良い、良いわ!!解らない解らない解らない!!その力もその光もその黒も!!けどそれが良い!!」
「うっさい変態!!」
黒を全て弾き終え、攻撃が止む。
その瞬間、レミリアの背後から音も無く霊奈が現れた。そして躊躇なく頭蓋を砕かんと膝蹴りを見舞う。が、片腕でしっかりとガードされる。
「…へー、貴女の体質かしら?フィジカルもそうだけど、その魔力を弾く力、不思議ね。私に攻撃が通るなんて」
(これもダメか。頭を落とす気でやったのだがな)
博麗霊奈は『幻想を弾く程度の能力』を持っている。そのため彼女はこれまでの歴代の巫女と比べても異質といえる存在だった。
産まれつき霊力を身体に練り込めない性質であり、博麗の秘術は一切使えず、本来博麗の巫女の役割の一つである結界の管理もできない。だが代わりに恐ろしく高い身体能力と戦闘の才能、そしてあらゆる幻想に対する強力な耐性とも言える能力があった。
妖力で作られた炎では火傷すらせず、霊力で強化した刀も彼女の前ではナマクラ同然、何なら博麗大結界も素通りできる。そして、それを攻めに転じた殴る蹴るが基本的な戦闘スタイルだ。何せ妖力を使った強化が一切意味を成さないのだ。おまけにフィジカルも人間はおろか、上位の妖怪すら歯牙にも掛けないほど。存在自体が幻想の妖怪からすればたまったものではない。
しかし目の前の相手のようにそもそものフィジカルに差があれば、自身の体質もあまり効果を成さない。一旦相手から距離を取り、体勢を整える。
(さて、どうしたものか…)
敵はこれまでにないほどに強大だ。ここまで戦って力量差を理解できないほど霊奈は馬鹿ではない。しかしこの幻想郷の調停者として目の前の脅威から目を背けるわけにはいかない。霊奈は内心気合いを入れ直し、大きく息を吐く。そんな折、ルーミアが唐突に言葉を飛ばす。
「うふふふ、私、あの子のことますます欲しくなっちゃった…!クソ巫女、もうお前は邪魔よ。消えなさい」
「…何をほざくのかと思えば、無理に決まっているだろう。凶悪な妖怪が2匹野放し。両方退治するのが私の役目だ」
「ぷっ、私を退治〜?一度たりとも私に勝てちゃいない博麗の巫女の落ちこぼれが言うようになったわなぇ」
「0勝0敗36分。勝てていないのはお前も同じだ。お前の言うその落ちこぼれとやらにな」
「あっははははは……殺すわよ?」
「できるものならな」
「仲が良いのね」
「「良くない!!!!」」
霊奈とルーミアは犬猿の仲だ。
片や幻想郷を守護する調停者、片や人間を喰らう常闇の妖怪。互いに力を持っているだけに、これまで何度も衝突し、その度に殺し合ってきた。しかし、この2人は根っこの部分でどこか似ているところがある。たとえ殺し合う敵であっても、互いの何処かしらは認めている……のかもしれない。
「じゃあ勝負よ、どっちが彼女を仕留められるかね」
「くだらんな。……だが良いだろう、ついでに貴様も叩きのめせば良いだけだからな」
競争相手ができたからか、先程よりも殺る気満々になる2人。これからさらに激化するであろう2人の追撃を想像して、レミリアの瞳はある種の諦観の色に満ちていた。
(あと10分、この2人の相手するのか…)
服、汚れないと良いなぁ…。
●●●
「凄いわ…!!これがお姉様の魔力…!!」
恍惚とした表情でその魔力を肌で感じるフランドール。自身と戦った時よりも更に跳ね上がっている魔力と、遥か遠方からでも感じ取れる圧倒的存在感。それが自身の吸血鬼としての本能をこの上なく刺激する。フランドールはすっかりレミリアの虜となっていた。
たが、それに対して咲夜の表情はひどく沈んでいた。
(レミリアの隠匿の魔法が剥がれてる…)
それはつまりこの幻想郷中にレミリアの危険性を知られているということだ。このままではレミリアは幻想郷の敵となってしまうかも知れない。いや、この現状を鑑みるに敵と認識されているだろう。
こんな状況になっているのに力を抑えてないのは、今まさに幻想郷側の存在と戦闘を行なっているからだろう。万が一、レミリアが日が昇れば無力だと知られれば終わりだ。咲夜の中に焦りが積もる。
「それにしても、何処もかしこも滅茶苦茶ね。まともに自然な形が残ってる場所が無いわ」
現代アートのように薙ぎ倒され、歪みきった木々の間を歩いていると、その根元に座り込んでいる誰かを見つける。それはフランにとって見知った顔だった。
「あら、パチュリー」
「…フラン様、生きていたのね。魔力の反応が消えた時は死んだかと思ったわ」
「…知り合い?」
「ウチの館に住んでる引きこもり魔法使い。…それにしても、随分顔色が悪いわね。相当相手にしてやられたのかしら」
「はぁ、相手も何もこの魔力よ。おかげで何回胃の中を戻したことか…」
「相変わらず貧弱ねぇ」
「この中で平然としてられるフラン様が異常なのよ。…あの質量付き魔力と言い、こんな力を扱える奴は生物じゃ無いわ。このままじゃこの幻想郷自体が危険ね。てかもう終わりよ、あはは」
パチュリーは既に精神的にかなり参っていた。アゼラルによる莫大な魔力を感じた時点で死を覚悟していたと言うのに、その次の瞬間にそれを遥かに上回る悍ましい量の魔力が現れたのだ。しかもその力はこの世界を喰らい尽くさんとしてるときたものだ。こんな出鱈目があって良いのか?自身の常識をたやすく塗り替えるその光景にパチュリーの頭の中は真っ白になった。
「もう私は動く気力も無いわ。逃げたいならフラン様1人でご勝手に」
「そう、じゃあ勝手にやらせてもらうわ」
そう言ってフランはパチュリーを持ち上げておぶった。
「ちょっと…」
「貴女に死なれたら私困るもの。これから先の紅魔館に貴女は必要なのよ」
「これから先って……ふふ、もう終わりよ。吸血鬼も、紅魔館も、この幻想郷もね…!」
半ば自暴自棄になったパチュリーの言葉を無視してそのまま歩き始める。そしてそのままフランは言葉を紡ぐ。
「確かにお父様の野望は終わったわ。でも、吸血鬼の野望が果てたわけじゃ無いのよ」
フランドールはアゼラルの思想を少なからずとも受け継いでいる。
かつて己の父であるアゼラルの世界を支配するという野望を聞いた時は正直な話無理だと思っていた。確かに吸血鬼は全体で見ても強力な力を持っている。しかし、その分弱点は痛いし、神といった生まれとして自分達より上も当然存在する。全てを支配下に置くということはそれら全てを相手取らなければいけないと言うことだ。それはいくら天下の吸血鬼様でも難しい。吸血鬼は強力であっても絶対では無いのだ。
だが、フランドールは知った。本当に上に立つべき存在は誰なのかを、文字通りの絶対を。今も感じる圧倒的力と、自身を包み込んでくれた殆どの吸血鬼には持ち合わせていない母親譲りの優しさ、そして圧倒的な存在感…すなわちカリスマ。フランドールはレミリアこそがこの世界を統べるに相応しいと考えている。自身の願望としてそうであって欲しいのだ。
(そうすれば一生一緒に暮らせるしね)
まだ終わってはいない。自分達吸血鬼にはまだあの星のように輝く希望がある。パチュリーはそのための足がかりに必要な存在だ。
パチュリーはフランドールの確信めいた物言いと、自信を持った視線に反論する気が失せてしまった。フランドールが言う意味は良くわからないが、今や言及する気も起きない。
だが、この魔力の持ち主くらいは最期に知っておくべきかもしれない。魔道を追い求めてきた者として。
(…フランの言葉には変に納得してしまう説得力のようなものがある。現実的に無理なことでも、出来てしまうのではないかと思わせてしまう力がある。こう言うカリスマがスカーレットの一番の強みなのかも知れないわね)
「…ところで、他の魔術師はどこ?皆んな死んだのかしら」
「他の魔術師はこあが避難させた、のだけれど…」
「?」
「本人があのザマなのよ。私が何言っても全然答えてくれないし」
そうパチュリーが指差す先には倒れた巨木の後ろでガタガタと震えている小悪魔の姿があった。
いつもは格差を弁えながらも、余裕綽々とした態度をとる彼女だが、今はまるで何かにひどく怯えているように小さく縮こまってしまっている。
「この魔力を感じれるようになってからずっとこの調子よ」
「可哀想に、この魔力に当てられたのかしら」
「…でしょうね、気が狂うのも無理はないけれど。…取り敢えず一旦無理矢理にでも連れてくるわ、少し待っていて」
そう言ってパチュリーは小悪魔に近よる。すると何か小声でブツブツと言っているのが聞こえた。
「な、なんで、なんで、あの人がここに?あの人は向こうにいたはず、なんでなんでなんで、いやだいやだ、まだ死にたくない死にたくない、消されるみんな消される、みんな飲まれる」
「…ちょっと、そろそろ気を取り戻しなさい」
しかし小悪魔は主人の声が聞こえないかのように、反応を示さない。痺れを切らしたパチュリーがフランの背から降り、小悪魔の肩を掴む。
「こあ!確かにこの魔力に当てられて気が滅入るのはわかるけど、今主人の私が生きようとしてるのなら、使い魔である貴女も共に生きなさい」
小悪魔はゆっくりと恐怖で染まりきった顔をパチュリーへ向けて、そして小さく口を開く。
「…ぱ、パチュリー様は、あの人の本当の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんですよ…。終わりです、全部終わりなんです。レミリア様が翼を広げた時点でもう全部終わりなんですよ。もうじき夜が降ってきます、そうなれば終わり、終わり、終わり、みんな、みんなみんな、夜になっちゃうんですよ。あは、あははは、あはははははははは」
「…! 良い加減に、しなさいッ!!」
「ふぎゃっ!!!??」
頭に来たパチュリーは魔法で強化した魔道書で、小悪魔の頭を思いっきり殴打した。小悪魔は目を回して気絶する。
「…まったく」
「お帰り。……あら、気絶させちゃったのね」
「こうでもしないと来なさそうだったからね、錯乱してたわ」
「ふーん、そう」
●●●
一方の幽香、小傘、橙の3人は魔力が発せられる方とは反対に足を進めていた。幽香はともかく、小傘と橙がこの魔力の発生源の近くにいては危険と幽香が判断してのことだ。
尚、半分くらい保身が入っていることは彼女の名誉のためにここでは言わないこととする。
幽香が先頭で物質化した魔力を掻き分けながら進んでいると、橙が何かを見つけて上を向き、声を上げた。
「あっ、藍様!藍様ーーっ!!」
「橙!」
地上にいる3人に気がついたのか、藍はこちらに向かって降りてくる。そしてそのまま橙を抱き上げた。
「無事だったか!よかった…」
「はい、橙は無事です!」
「後ろの2人は…」
「あっ、えっと、2人は…」
橙はこれまでにあったことを端的に説明する。
ことの顛末を聞いて藍は僅かに目を見開く。視線を横にずらすとそこにいるのは唐傘妖怪と、風見幽香。
「唐傘妖怪……済まない、橙が世話になったな。また後日礼をさせてくれ。橙もお手柄だぞ。だが…」
藍は幽香を睨む。幽香を見る目には僅かながら敵意がある。幽香の寿命は体感100年は縮んだ。
「…そう睨まないで欲しいわね、態々送り届けてあげたって言うのに」
「……フン、まぁ良い。今は貴様に付き合っている暇は無い」
そのまま藍は橙に視線を戻す。
そして藍は3人に今の幻想郷の現状を大まかに伝える。反応は三者三様だ。小傘は慌てふためき、橙は顔を真っ青にしている。幽香は相も変わらず無表情だ。
「げ、幻想郷が滅ぶ…?」
「そんな…、この世界が壊れちゃったらわちきたちどうなるの!?」
(えぇーーっ!!?滅ぶ?滅ぶって幻想郷が!?みんな死んじゃうの!?)
「落ち着け、そうならないために私たち管理者がいる。橙、これから私は修復のために結界の破損元へ行く。お前の手も貸して欲しい」
「はいっ、任せてください!」
未だ八雲の名を貰ってこそいないが、伊達に八雲の式神をしていない。安易的な管理なら可能な上、八雲の式神は主従を結んだ者同士が近くにいると互いに能力が上がる仕組みがある。橙が近くにいるだけで藍の助けになれるのだ。
「じゃあここでお別れです2人とも。ありがとうございます、本当に助かりました!」
「全然良いよ、それに橙ちゃんはこれからが本番なんでしょ?頑張ってね!」
「うん、小傘さんは事が終わるまで何処か安全なところに避難しておいてください。大丈夫です!絶対何とかして見せますから!」
「えっ…、でもレミリアたちが…」
「……悔しいですけれど、これ以上は危険です。レミリアさんは私が探しておきます。ですので安心して待っててください」
「…うん」
「では行ってきます!」
そう言って橙は藍と共に飛び去っていった。
「…小傘、私たちもそろそろ行きましょう」
「…うん、そうだね。わちきたちも、どこかに…避難……」
本当にそれで良いのか。小傘の中に一つ疑問が生まれる。
今回は我ながらよく頑張ったとは思う。この戦争には無関係ながらも思わぬ出会いのおかげで、一つの目標を達成し、おかげで戦況は幻想郷側に大きく傾いた。意図せず背負った役目は終わり、あとは逃げて事が終わるのを待つだけ。…でもここで逃げたら、レミリアと咲夜を見捨てたも同然だ。
そこまで考え至って小傘は決意する。
「…ねぇ、幽香」
「何かしら」
「わちき、やっぱり逃げるのやめるよ」
確かに自分は弱い妖怪だ。けれどだからといって何もしないのは違う。他の人の足手まといになるかもしれないし、戦いの余波であっさり死ぬかもしれない。今逃げたほうが楽かもしれない。もしかしたら橙が問題なく見つけてくれるかもしれない。
けど、それでも、もしかしたらがあるかもしれない。今ある友達をなくすことは小傘にとって1番恐ろしいことだった。
「やっぱりレミリアと咲夜を見捨てて1人逃げるのは、わちきは無理だよ」
小傘は幽香の目を見てはっきりと言う。小傘の目は妖怪らしくない真っ直ぐな覚悟の据わった目だった。
「幽香は先に安全なところに行ってて。わちきは友達を探しに行くよ」
「……待ちなさい」
「…?」
「小傘が行くなら私も着いて行くわ」
「えっ!?でも…」
「八雲のところの猫も言ってたでしょう、この環境の中を貴女1人で行くのは危険よ。……それに、一応私と小傘は友達なのだから助けるのは当然………なのよね?」
「…幽香、ありがとう!」
「……」
「…あれ、お腹が膨れた?なんで?」
小傘の嬉しそうな顔に幽香は思わず失神しかける。
今まで畏怖か尊敬の感情しか受け止めてこなかった幽香にとって小傘のような純粋無垢の感謝は良い意味で色々と心臓に悪い。そしてその度に自分にも本当に友達と言える存在ができたのだと実感する。
正直戦場に行くのは怖い。今幻想郷は魔境と言っても差し支えないほどにまで荒れに荒れている。死ぬ可能性の方が圧倒的に高いだろう。
だがそれでも、幽香は今ここにいるたった1人の友達が死んでしまう方が怖かった。それに何処に逃げても管理者たちが失敗すれば自分も死ぬのだ。小傘への同行は、半ばヤケになった決断とも言えた。
「よし、じゃあ早速2人を探しに行こう!」
そうして2人は来た道を戻ろうとする。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
「え?……ぎゃんっ!?」
「小傘!」
「「いたたた……え?」」
仰向けに倒れた小傘の目の前にいたのは、綺麗な金髪セミロングの女性だった。が、しかし小傘の目が行ったところはそこでは無く、女性の背にある巨大な一対の翼。
「きゅ、吸血鬼!!?」
「え、えっと、そんなに怖がらないで。私は悪い吸血鬼じゃない…」
それは半ば反射に近かった。
それを吸血鬼を認識した瞬間に、幽香はそのまま手に持っていた日傘を吸血鬼目掛けて力一杯振り下ろした。幽香は知っての通り極度に臆病な性格をしている。故に自身の命の危機、もしくは全く予想外の出来事が起きると反射的に攻撃してしまう最悪の癖があった。もはや防衛本能に近い。
咄嗟に放った攻撃と侮るなかれ。冗談無しに山を崩す一撃である。数瞬後には目の前の吸血鬼は見るも無惨な肉塊へと果てるだろう。
「だあぁっ!!!」
鉄が、いや鉄より硬い何かが激しくぶつかり合うような音が響いた。
「……あ、あっぶなかった」
幽香の攻撃をしっかり受け止めたのは中華風の衣服を身につけた赤毛の少女だ。後ろの吸血鬼の無事を確認し、幽香に目をやる。
「待ってください。私たちに敵対意志はありません」
「えっ、えっ…?」
その言葉に困惑する小傘。幽香は咄嗟に攻撃してしまったことに内心冷や汗をかきながら、後ろに下がる。
それを確認した赤毛の少女は陥没した地面から足を引き抜き、傘を受け止めた腕の痺れを確認する。
(うわぁ、久々に鱗なんて出したなぁ。上手く受けられたけど、一歩間違えたら腕ごと飛ばされてた…)
「ご無事ですかルシェル様!」
「あ、クルム…」
「怪我は…無いようですな。はぁ、ご無事で何よりです」
「え、えっと…」
「あ、ごめんなさい、急に驚かせちゃって。私はルシェル・スカーレット。見ての通り吸血鬼だけど貴女たちを襲おうなんて考えてないわ。だからそんなに怖がらないで、ほらこっちに…」
「いやー、無理がありますよルシェル様。私たちはあの子から見れば敵軍ですから。殺されても文句は言えないですよ。あ、私は紅美鈴です」
「私はクルムでございます。すみません、先程はこちらが失礼を致しました」
そんな畏まった態度に小傘は再び困惑してしまう。本来ならこちらは躊躇なく襲われてもおかしくない立場だと言うのに、一体どう言うことなのだろうか。
「その、る、ルシェルさんたちは何処から…」
「「!」」
幽香と美鈴が同時に空を見上げる。そして幽香は小傘を、美鈴はルシェルを抱え、クルムと共にその場から飛び退く。
するとその場は突如黒い何かが津波のように押し寄せ、飲み込んだ。5人は間一髪難を逃れる。
「うわわわぁ!?何これぇ!?」
「お二人とも、それに間違えても触れないでください。触ったら死にます。…それにしても、ここから相当離れているのに余波が飛んでくるなんてとんでもないですね」
「なになになに!?さっきから何がどうなってるの!?っていうか幽香、腕に着いちゃってるよ!?不味いよ死んじゃうよ!」
「……問題ないわ」
そう言ってまるで濡れた手を乾かすかのように手を切る。すると幽香の手についた黒はあっさりと落ちた。「…流石大妖怪」と感心するかのように美鈴が声を漏らす。
言わずもがなその大妖怪は内心顔を真っ青にしていたのだが。
「向こうで誰かが戦っているんですよ。おかげで私たちも下手に前に進めない状況です」
「ひえぇ〜…」
「うーん……空は危ないわね。さっき風で飛ばされちゃったし。…よし、ここは歩いて行きましょう!」
「もう空中でも地上でも大して変わらないですけれどね」
そう言って美鈴は周囲の大地を一望する。
美鈴は『気を操る程度の能力』を持っている。気と言うのは生命問わず、どんなものにでも存在する力の流れのことで、美鈴はそれを視認したり、操作することができるのだ。
そんな美鈴の目に映る幻想郷の大地はそれはそれは酷い有様であった。仮に正常な気の流れを緩やかな川として例えるなら、今は完全に氾濫して近くの村にまで流れ出ている状態だ。これではこの幻想郷自体も長く無いかも知れない。
おまけにこちらに飛んで来る洒落にならないレベルの流れ弾。本来なら無理矢理にでも引き返すべきなのだが、この強情姫がそんなことで意見を曲がるはずもないので、危険を承知で進むしか無い。…とは言ってもルシェルとクルムには謎のバリアがあるので、それで大体の被害はカットできてしまうのだが。
(それに理由も理由だしなぁ…)
あんな話を聞いた後では美鈴も退くに退けない。ここまで来たなら意地でも2人を…いや、3人を会わせてやろうと内心意気込む。
「しかし、このままでは前に進めませんな…」
「あ、本当だ!わちきたち八方塞がりだよ!」
地上は黒の濁流によって、空は魔力の塊と余波による暴風が行手を阻んでいる。このバリアがどの程度の被害まで抑えられるのかわからない以上、この中を突っ切ることは危険だった。
「……この黒をどうにかすれば良いのね」
「え?」
友達が困っていたら積極的に助けてあげよう!
いつか見た本の内容を思い返しながら、幽香は乗っていた木から跳び、黒の海目掛けて傘で一閃を放った。ただ手持ちの傘に魔力を込めただけの打撃。しかし風見幽香が撃つその威力はまさに
瞬間、際限なくあるのかと錯覚するほどの黒は跡形もなく消し飛び、ついでにあたりに充満していた魔力も吹き飛んだ。
そして何もかもが無くなった大地には道のような破壊痕だけが残った。
「…終わったわよ」
まるで邪魔な枝を取り除いた後かのような軽さで幽香は後ろの4人に言った。
4人は唖然とした様子で目の前の光景を見ている。幽香は全員が何の反応もないことに困惑する。
(も、もしかしてダメだったかしら?……やっぱり私何なんかが余計なことをするんじゃ…)
「す、すっごーい!!」
「!?」
「凄いよ幽香!道ができた!これで皆んな探しに行ける!やったー!」
突然抱きついてきた小傘に幽香はパニックになる。
(あ…あったかい)
しかしそんな感情も久しく感じた人肌の温もりで霧散したのだった。
「いやはや…この幻想郷にいる妖怪は誰も彼もとんでもない御仁ですな」
「まったくです、私も自信無くしちゃいますよ」
「美鈴殿も出来ないことはないでしょうに」
「それでもレベルが違いますよ。正直相手にしたく無いです」
「……え、えっと、もしかしてあの妖怪さんって、まさか風見幽香…?調査報告にも理外の化け物だって書いてあった…」
「今更ですかルシェル様。…まぁ、安心してください。噂ほど悪い妖怪では無いですよ。私から見れば、寧ろ友好的に接したいとさえ思っているようですしね」
「…そうね、力や噂だけで決めつけちゃいけないわよね!よーし、私だってお友達になって見せるんだから!」
(こう言うところがレミリアお嬢様そっくりですな)
(大分精神的にも余裕が出てきましたね。よかったよかった)
焦ったところで今戦っているレミリアの下へ行っても巻き添えを喰らい瞬殺されるだけだ。そんな状況でのルシェルの先走りが2人の1番恐れていた事態だったが、何とかいつもの調子を取り戻してくれたようだ。
「こ、小傘。お礼は有難いけど、そろそろ早く先に進みましょう。魔力が無くなったのも一時的なものだし、すぐに戻ってくるわ」
「あっ、そうだね。じゃあ行こう!」
(はぁ…、心臓に悪いわ…。いやすごく有難いのだけれどね!)
「早く2人を探さないとさっきみたいなのに巻き込まれるかも知れない………はぁ、2人とも無事なのかな…?」
1番心配なのはレミリアだ。
レミリアは妖怪ではあるが、腕っぷしは小傘より貧弱だ。この極限の状況の中ではあっさりと死んでしまうだろう。
レミリアが死んだら…。そんな考えたくも無い不安が小傘の脳裏によぎる。
「…大丈夫よ、私が絶対見つけてあげるから」
「…うん、そうだよね」
最悪なことばかり考えても仕方ない。
小傘は気合を入れ直す意味も兼ねて自身の頬を両手で叩く。小傘にとってここからが踏ん張りどころなのだから。
(そういば里の皆んなは大丈夫なのかな…?上手く結界は貼れたと思うけど、こんな凄いことになるなんて思ってなかったから心配だな…)
●●●
「ど、どうなっているんだべこりゃ…」
「しゅ、守護者様!結界の外の大地が…!」
「さっきの光と言い、何が起こってるんだ!?」
「…少なくともこの歪みは私たち人間の里には全く影響は無い。これ以上のことは私にも分からない」
人里を囲った謎の星空の結界。なぜかこの結界の内部にはあの悍ましい魔力の影響が一切出ていなかった。おまけに時折来る戦闘の余波らしきものも全て防ぎきってくれている。
(…やはり管理者が?しかしこんな強固な結界をいつの間に…?)
こんな強力な代物があるなら最初から橙を介して結界符など寄越してこないはずだ。
それに外の状況も気になる。先程は混乱を避けるためにあえて口にしなかったが、この歪みは幻想郷全体に広まっている可能性がある。やはり敵の仕業なのだろうか。だとすれば今幻想郷側はかなり危機的な状況なのかもしれない。
「あっ、あれを見るべ!」
術者の1人が空を指差す。真上にも近い空高くを。
その場にいる全員が顔を向けると、そこには流れる三つの光があった。その光たちはそれぞれの固有色を出しながら夜空に軌跡を作り上げていく。それは瞬く間にそれはどんどん広がっていき、一瞬にして空いっぱいに幾何学模様を作り上げた。
「な、何だぁありゃ…」
「綺麗だべ…」
「さっきもあったよなアレ。そん時は一瞬で消えちまったけど…」
「え、そうなのか?」
「神秘的だな」
その光景は人里を守るために動いているものたち全員の目に溜まり、その美しさに誰もが言葉を失い、魅了された。
(……あの黒は、ルーミアか?それと巫女殿も。後1人は……誰だ?)
ーーー
「はあっ!!」
霊奈の連打がレミリアを囲む。その一撃一撃が確実にレミリアにダメージを与えられる明確な凶器。視界いっぱいに打たれたそれは最早人間業からは遠く離れていた。
「ほいほいほいほいほいほいっと」
それをレミリアは徒手空拳であっさりと捌く。だがそんなことは読み切っていたと言わんばかりに、最後の一撃を捌いた瞬間、目の前に赤の膝が現れた。
「ふんっ!」
両の掌でそれをがっちりとガードし、受け止め切る。しかしすかさず背後からの攻撃が放たれる。
「これあーげるっ!!!」
それは黒の塊だった。そうとしか言えない物体。
霊奈が飛び退いた瞬間に、それはレミリアに直撃した。これもまたレミリアに確実な損傷を与えうるものだ。
「むむむむ…!」
…それが実際効くのかまでは保証できないが。
星空の結界で黒を防ぎそのまま結界を袋代わりにさっと包み込む。そして素早く口を結び、豪速でルーミアに投げ返した。
「うわっ!?」
体をそらし何とかそれを躱す。が、既にその時にはレミリアが目の前にまで接近していた。
同時に拳を振り抜く。閃光と共に黒と光の粒子が迸る。
「ちょっと貴女さっきから良い加減にしてよね!その汚ったない墨のせいで折角のお洋服が台無しじゃない!」
「あら、私はとっても似合うと思うわよ。いっそのこと全部真っ暗にしてあるわ」
「あーもう!!汚い手で触ってくんな!」
勢いのままルーミアの顎に蹴りを放つ。そしてのけぞった身体のど真ん中にパンチをお見舞いした。
派手に吹っ飛んでいくルーミア。やってしまったと思いながらその光景を見ていると、今度は霊奈が空中を跳びながら現れた。レミリアの魔力を弾いているのだろうが、まるで空中に地面や壁があるかのような動きだ。
(うわー、良いなあれ)
悠長にそんなことを考えていると、気がつけば正拳突きが背後にまで迫っていた。レミリアは振り返って足を踏ん張りガードする。が、止めた瞬間、霊奈は体勢を変えてもう一方の腕でチョップをかましてきた。首を掻っ切らんと言うほどの勢いだったが、レミリアは掌でそれを止めた。
上手くガードが決まったので、不意打ち破れたり、などとドヤ顔を決めていると、頭に衝撃と鈍痛が走った。
「いっだ!!?」
踵落とし。
チョップを放ったと同時に死角から振り上げていた足がレミリアの脳天に直撃した。
防がれることなど前提だ。この化け物に生半可な攻撃は当たらない。ならば何重にもフェイントをかけて攻撃を当てる。そしてその積み重ねが今こうして実を結んだ。
レミリアに無いものは戦闘経験。レミリアはその力の強大さ故に戦闘を行ったことは余り無い。博麗の巫女として来る日も来る日も実戦で命を凌ぎながら戦っていた霊奈とはその点において確実に差があった。
そして、
「ルーミア!!!」
「私に…命令すんな!!!」
ルーミアは拳にありったけの妖力と力の象徴である黒を纏う。それは紛れも無い全力の証。
気配を感じて上を向いた時には既に遅い。
「お か え し っ!!!!」
ごんっ
その拳はレミリアの顔面を捉え、山の麓目掛けて吹っ飛ぶ。地面は割れ、その割れ目から勢いよく黒が溢れ出た。
霊奈はルーミアのそばに近づく。
「あーいったぁ…ゴホゴホッ…」
「大丈夫か?」
「黙れ、人間に心配されるほど腐っちゃいないわ」
「…やれたと思うか?」
「…ふぅ、まだでしょうね。手応えはあったけど全然元気なんじゃないかしら」
「だろうな。…それよりもルーミア、あまり不用意に周りを壊すのはやめてくれ。ここまでで一体どれだけ幻想郷に被害が出たと思っている」
「彼女の魔力がこんなに振り撒かれてる時点で今更でしょう?…それに今ならあの八雲に嫌な顔させられる良い機会だわ」
「はぁ、全く……」
霊奈はレミリアが落ちた方を見つめる。どうやら妖怪の山の麓あたりに落下したらしい。
このまま追撃するのもアリだが、霊奈が考えるアレの力の性質が正しければ、下手に攻撃するのは危険と判断した。
「…なぁ、ルーミア」
「チッ、今度は何よ」
「お前はアレを見て何を思った」
「……………私と同類。そう思ったわ。……だけど何だか今はそれが違うって思い始めてる」
「…その所感は正解だろうな。私もお前と似ているとは思ったが、本質があまりにも違いすぎる」
ルーミアの力は闇や黒の表面上の認識から力を得ているが、アレは違う。もっと大きなものから力を得ている。仕組みは同じでも供給先やそれを模っているものが違うとでも言えば良いだろうか。つまりは単純にルーミアよりも上の存在、というだけでは片付けられないのだ。
「…私はアレの力に一つだけ心当たりがある。あると言っても私の知っているものと少し面影がある、というだけだが」
「……」
「アレは世界を書き換えていた。世界が正しくあるべき法則を、自分の思うがままに操っていた。…自身の領域を思うがままに書き換えられる力。──それ即ち、神の権能だ」
ーーー
「はぁ…」
地底にある地霊殿の主、古明地さとりは憂鬱そうに嘆息した。
その理由は唯一つ。今は地上で幻想郷に入り込んできた吸血鬼とやらとの戦争。その戦力として地底でも指折りの実力者である勇儀がお呼ばれされたからだ。
何故かさとりはこの地底の代表取締役のような役割を負わされている。つまり勇儀が地上で必要以上のことをやらかせば、その責任は全てさとりに降りかかるというわけだ。
「勘弁してよねぇ〜」
ただでさえ地底の代表など不本意だと言うのに何故に他の妖怪のやらかした尻拭いをしなければならないのか。
しかもこういったトラブル…もとい異変が終わった後は、それぞれの地域の代表で会合を行うのが通例だ。無論地底代表であるさとりはそれに行かなければならない。さらに気が重くなる。
「………どうせだし自己紹介の練習でもしておこうかしら」
そう言い自室の鏡に向かってそれっぽい顔と決めポーズをつける。こう言う時は自己愛に浸るのに限る。古明地さとりは意外と自分が好きなナルシストタイプだった。
「ふふふっ、初めましての方は初めまして。私の名前は古明地さとr」
ドッガッシャァン
「きゃああああっ!!!????」
ーーー
「いったぁー…、顔がヒリヒリするんだけど…」
ガラリと瓦礫をどかしながら起き上がる。
痛いのって結構久しぶりだわ。しんちゃん以来かな?
というかどこよここ。地面に落ちたと思ったら屋敷みたいなところに来たんだけど。
「……よ、読めない…」
「ん?」
声のする方に視線を向けるとそこにはピンクの髪にまるで寝巻きのような衣服を着た少女がいた。なぜか胸の辺りに浮いている真っ赤な目のようなものがあることを除けば普通に可愛い子供である。
てか考えなくても不味いぞ!私天井破壊しちゃったんだけど!?ま、まぁ良いか、魔法で全部元に戻すし……ってあら、鏡…
少女の背後にある鏡。そこに写っていたのは顔を真っ黒に塗り潰された己の姿だった。よく見れば衣服にも撒き散らされただろう黒が付着している。それを見た瞬間、さっきまで考えていたことが全て吹き飛ぶ。
「…………フ、フフフ…、どうやらよっぽど死にたいようね、あの汚物妖怪…!!」
この超絶プリティーな我がご尊顔にきったねぇ体液をぶちまけてくれるとは…!もう我慢の限界だ!!絶対に許さん、ボコボコにしてやる!!!
「ひぁ!!?」
「あ」
しまった、怖がらせてしまったかも。
ふー、冷静に冷静に。怒り爆発はあの汚物妖怪の時よ。
レミリアはゴシゴシと顔の黒を拭いながら、少女に近づく。少女は腰を抜かしてしまったのかへたり込んだまま動こうとしない。その顔は恐怖に染まっていた。
「…そんなに怯えないで。大丈夫よ、危害は加えないから」
「…あ……う…」
そう言い、レミリアは少女の頭を優しく撫でる。
お、安心した顔になった。やったぜ!これが咲夜ちゃんにも効果抜群の必殺技、頭なでなでだ!なんでかこの姿じゃ無いと効果がないけど、ざっとこんなもんよ!
ーーー
古明地さとりは未知というものが苦手である。
自身の理解を、常識を覆すような出来事が苦手だ。理解が及ばないと言うことは、何もできないと言うことだとさとりは信じてやまない。
『心を読む程度の能力』
その力を持つさとりは相手の心情を読み聞きすることで、常に相手よりも優位に立つことができる。この力を持って生きてきたさとりは相手の考えを理解することで自身の未知を減らしてきた。
だからこそ、この目の前にいる未知の存在がさとりは恐ろしくて堪らない。自身の能力で心が読めないこともそうだが、何故読めないのかが一切わからないのだ。
さとりの能力はあの隙間妖怪など、特異な力を持つ者ならば防ぐことが可能だ。それに関してはさとりもそういうものだと割り切っているし、読めない理由も経験則から大体理解できる。しかし目の前のソレは分からない。自身の知識や経験をもってしても全く解らないのだ。
能力を妨害されている、と言う感覚はしない。むしろ受け入れられている。例えるなら、虚空だ。心をのぞいても、何も無い。ただ何も無い空間と、星のような粒子が見えるだけ。どこかそれは、夜空のように見えた。
───優しく頭を撫でられる。
目の前の存在は恐ろしい。力だって自身の遥か上を行くだろう。その気になれば己など刹那の間に塵芥となる。逃げるべきだ。
だが、さとりはこの吸い込まれるが如く神秘的な
「さて、まずは私の超絶プリティーな顔面に墨をぶっかけてくれたお返しをしなきゃ。……邪魔したわね」
そう言うと、背から2翼の星空が描かれた翼が現れ、そのまま溶けるように消え去っていった。
「さとり様ッ、無事ですか!?」
「お燐…」
ペット兼従者である妖怪が心配そうに駆け寄ってくる。
未だはっきりしない感覚で、あの存在がいた場所を虚な目で見つめながら小さく言葉をこぼした。
「………星が…降ってきたの」
ーーー
「さっきぶり」
「「ッ!!?」」
警戒はしていた。
しかし彼女は何の前触れもなく突然2人の目の前に現れた。すぐに対応して距離を取ろうとする霊奈。しかしそれを逃さず、レミリアは霊奈を星の球体に閉じ込める。
「どっか、いけ!!」
「うおおお!!?」
そしてそのまま彼方へ投げ飛ばしてしまった。
レミリア製の安全ポッドである。怪我はないだろう。
「ッ!」
ルーミアが黒の斬撃を放つ。しかしまるで知っていたかのようにレミリアはあっさり避け、大地に黒の一閃が刻まれる。
「うごッ!!?」
突如ルーミアは腹部に衝撃を受け、空へ飛ばされる。
一瞬気を失うが、気合いで持ち直し己にぶつかったそれに黒をぶつけ、真上に向かっていた己の体の勢いを殺す。
「あははッ、やっとやる気に」
「おかえしのおかえし」
言葉を言い終わる前に顔面にレミリアの拳が決まる。
空気が破れるのではないかと言うほどの轟音と、何重にも重なった真空波と共にルーミアは幻想郷の空を数秒滑空し、やがて大地へぶつかる。
「ぐっぼぉッ…!は、はは…、超痛い…!!」
周囲を見ると、見慣れぬ鮮やかな緑に包まれた大地があった。
ルーミアが衝突した場所は地上にあらず。ここは天界、幻想郷の遥か上空に存在する天人が住まう土地だ。
(天界は妖怪の山から決して近くない。あの一瞬でここまで飛ばされるなんてね)
やはり最高だ。それでこそ奪い甲斐が…
「べろべろばぁ」
ある!!!!!
「おら"あ"あ"あ"!!!」
大ぶりの一撃。しかし渾身の一撃は躱され地面に突き刺さる。しかしそれだけでは終わらない。まるで中から溢れ出るように天界の大地から黒が噴き出、最後には地面が大爆発する。一瞬で鮮やかな緑は黒に塗りつぶされた。
「おっと」
爆ぜた黒の一つ一つがレミリアの首を刈り取らんと襲いかかってくる。それをレミリアは全て躱していく。しかし空を埋め尽くさんばかりの黒は避けても避けても際限なく増えて追いかけてくる。
「ほらほらほらほらほら!!染まって!!早く!!私の色に!!真っ黒に!!」
「その黒が、私には超迷惑なのよ!!!」
自分の顔面に汚物をかけられたレミリアは怒り心頭である。するとレミリアは
「ほしぐもアタック!!」
そのまま星空を黒目掛けて投げ飛ばす。
夜という概念そのものであるそれはルーミアの黒と衝突…せず、黒を飲み込み、どんどん肥大化していく。
「うそ…」
流石のこれにはルーミアも面食らったのか一瞬反応が遅れる。が、なんとかこれをギリギリで回避した。
投げられた星空はそのまま天界の大地に落ちる。するとどうしたことか。落ちた部分は、まるで大地など初めから無かったかのように消失してしまった。
ぞわり と冷たいものがルーミアの背中に走る。
「貴女が私をその汚物色で染めたい。………だったらお前も私色に塗り潰される覚悟はできてるだろうな?」
まるで綿菓子のように千切られ、流星のように次々と投げられていく星空たち。その一つ一つがこの世界を容易に引き千切る異常性を秘めている。これでは逆に自分が彼女に取り込まれてしまう。そうなってしまえば自分の存在そのものが消え去ってしまう。
(………待て、私は何を考えている?何を感じてるんだ?…まさか、まさかまさかまさか、私が…恐れてる?怯えているのか?私が!?)
妖怪は他の存在から畏れられることが存在の確立につながっている。そして上位の妖怪になるほど自らが恐れられることにある種の誇りやプライドを持つようになるものだ。
ルーミア程の大妖怪となればそれは顕著だ。事実、ルーミアは生まれてこの方他者から恐怖というものを感じたことはなかった。かつて格上を相手にした時でも、死に直面した時でも、危機感は感じても恐怖はしなかった。
だからこそルーミアは今の自分の感情に理解が追いつかなかった。それ以上に認められなかった。
「ふっ…ざけんなぁ!!!!」
恐怖をかき消すように、咆哮する。黒で羽を作り、足から黒を噴き出し、速度を上げて急激にレミリアへ接近する。
「私の、モノになれぇ!!!」
「い・や・よ」
同時に両者の手に莫大な魔力が込められる。天界全域が、が光と闇に呑まれる。
「黒陽!!!!」
「
二つの莫大な力は衝突し、辺りは二色に支配される。白か黒か。その二つは互いにせめぎ合い、拮抗状態を作っている…かに見えた。
「そろそろお帰りの時間よ。これ以上はここに迷惑だわ」
「ッ!!!?」
突然ぶつかり合っていた太陽が己の黒を飲み込みはじめた。まるで先ほどの星空のように。
「こ、こんなもの…!!」
ルーミアはそれを抑え込もうとするが、まるで意味がないと言わんばかりにそのまま太陽の光に焼かれていく。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」
「あでゅー」
どん という音と共に太陽ごとルーミアは彼方へ飛ばされる。
静粛が戻った辺りに残ったものは、太陽の熱に焼かれた大地だけだった。レミリアはその光景を静かに見渡す。
(あー…、やっちゃったわ…)
冷静になったレミリアは頭を抱える。逃げるだけと心に決めていたのに、つい怒りに任せて攻撃してしまった。
(ま、まぁ、博麗の巫女には特に何もしてないし、よく分からない妖怪1人がやられただけよね!ヨシ、問題なし!)
人の噂も七十五日。元に戻したら勝手に自然消滅するだろう。
逆行の魔法が出来上がるまであと少し時間がある。時間までゆっくりと腰を据えようと考えたのだが、その時レミリアはとんでもない事実に気づく。
「……あ、人里ある方に攻撃飛ばしちゃった」
実はレミリアが仕掛けた結界はレミリアの一定以上の魔法攻撃には一切反応しないという致命的すぎる欠陥があった。
…つまりこのままでは人里にあのスーパー太陽が直撃するというわけだ。
●●●
「な、なんだったんだありゃ…」
「や、やっぱり妖怪の仕業なのか?」
「それ以外に何があるんだよっ!きっと今もこの結界の外ではとんでもねぇ殺し合いが起こってるに違いない!」
「な、なぁ、おめーらあれ…」
術者の1人が空を指差す。今度は何だと空を見ると、そこには一際輝いている一等星があった。
ただの綺麗な星かと安堵したのも束の間、ある1人が気づく。あれ、どんどんこちらに近づいてきてないか、と。
よく凝視してみると確かに近づいていた。しかも急速に光は大きくなっている。それが何者かの攻撃だとわかるのにそう時間はかからなかった。里の人間たちはパニックになる。
「落ち着けお前たち!」
しかし慧音の制止虚しく、混乱は止まらない。そして瞬く間にその星は里の目と鼻の先にまで来ていて、誰もが喉を焼くような熱を感じながら己の最期を悟る。
しかしいつまで経ってもその時は来なかった。
そしに訝しみ術者の1人がゆっくりと目を開く。
「えっ」
そこに星は無かった。最初から星など降っていなかったかのようにただ夜空が広がっていただけだった。
そしてその代わりに、誰かが空にいるのが見えた。小さく、肉眼で確認できるのがギリギリの距離だが、それは確かにいた。
青みがかかった銀髪、所々が破けている洋服、そしてその星空のような翼。人々はそれを見て確信した。彼女が、我々を救ってくれたのだと。
命を救われたという事実と、自分達が知っている妖怪の姿とはかけ離れた神秘的な存在感に人々はその存在に目を魅かれる。
「…き、奇跡じゃ」
「あの姿…あの姿…!儂には分かる!妖怪でも、今蔓延っている吸血鬼でも無い!あれは…神だ…!!」
「神が俺たちを助けてくれた!!」
「しかもあの手に掴んでいるのって、もしかして常闇妖怪じゃ無いのか!?」
「本当だ…!もしかして俺たちのために退治してくれたのか!?」
「馬鹿っ、神様に向かって失礼だぞ!神様は己の御心のままに動いただけだよ!」
「その雄々しくも神秘的なその翼…!きっとこの里を守ってくださったのもあの方に違い無い…!」
「嗚呼、神よ…!」
『万歳!神様万歳!!』
ーーー
(ふー、あっぶな…。人里滅んじゃうところだった)
本来ならこの結界を貫通するほどの力を出す前に終わらせるはずだったのに、とんでもない失敗をやらかすところだった。
ひとまず人里に目をやり無事を確認する。姿を見られてしまったが、まぁ、あのレミリアだとバレることはないだろう。
…なにやらこちらを見てザワザワと騒いでいるが、バレてないバレてない。
「……さて」
レミリアは人里を後にして人気のない森の近くに来た。そしてルーミアを適当なところに放り投げる。
(…まぁ、多分死んでないでしょ)
丁度魔法も完成した。あとはこれを発動すれば、生き物以外の幻想郷の全ては1日前に時間が逆行する。これで幻想郷に開いた大穴も、レミリアの魔力による影響も、全て元通りになる。…生き物まで戻せないのは痛いところだが。
(本当、これ不便極まりないわね)
何せ力を行使するたびにこんな無理矢理な手段で世界を元に戻さなければならないのだ。特にこの幻想郷はレミリアが想像していた以上に繊細だった。さっきもうっかりこの幻想郷にある結界とやらを壊すのではないかと気が気でなかった。正直もう幻想郷で力を使うのはゴメンである。
レミリアは両手に逆行魔法の魔法陣を展開する。
何はともあれ一件落着である。レミリアは魔法を発動する……瞬間、魔法陣はまるで霧のように霧散した。
「ん!??」
「うおらぁ!!」
唐突なことで呆気にとられていると、レミリアは顔を誰かに思い切りぶん殴られ、派手に吹っ飛んだ。何事だとレミリアは体勢を整える。
目の前には見知らぬ2人がいた。
「ふぃ〜、ようやく追いついたぜ。あちこちに逃げ回るから会うのに苦労したよ」
「ほんとだ、私が総出で探したってのにあっという間にどっか行っちまうからさ。…でも、ようやく会えたな。元凶さん」
目の前にいる特徴的なツノを頭から生やした女郎2人。言わずもがなレミリアを倒しに来たのだろう。
しかも謎の手段で逆行魔法の発動も失敗した。言わずもがな非常にまずい事態である。結界の要にはあと2分もせずに魔力が到達する。
(あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!なんて事してくれてんだぁ!!)
あのトンデモ幻想郷のダブル悪魔から逃げながら用のやっと完成させた魔法が一瞬で台無しにされた。レミリアの怒りボルテージが一気に跳ね上がる。
(…って、ダメダメ。ここでキレたらそれこそ幻想郷の終わりだわ)
「おーおー、良いね。さっきの奴らとはまるで違う」
「確かにこいつは……酒抜きでやらないとヤバそうだな」
「よし、じゃあ私が先行だ!」
そう言って一本角の妖怪はレミリアに急接近して拳を振り抜く。博麗霊奈のそれよりも強烈であろう拳。しかしそれをレミリアは片手で捌く。
「ははっ!良いね!良いね!!良いね!!!」
自慢の一発をあっさり捌かれたにも関わらず、勇儀は嬉々とした表情でそのまま容赦無しの乱打を打ち込んでいく。まさに拳の雨と形容できるほどのそれを、レミリアは全て両手で捌いていく。
「ちょいと勇儀!抜け駆けは…ずりーぞ!!」
「わお」
上を見上げると、山のように大きくなった先ほどの二本角の妖怪がその拳を振り下ろす光景が映った。
「ふんっ!!」
「うおぉっ!?」
が、レミリアは両手でそれを受け止め、そのまま勢いを利用して一本背負いで地面に投げ飛ばした。しかし、地面に衝突する寸前にその巨体は瞬く間に霧散した。そして少し離れたところに普通のサイズで再び現れる。
「人間の技か。やるねぇ」
「ははっ、こりゃ地上に出てきた甲斐があったってもんさ!」
ゲラゲラと笑う勇儀。
しかしそれとは対照的にレミリアの機嫌は最悪である。やはりこの姿になるとロクなことが無い。やっぱりこの力は嫌いだ。内心そう嘯く。
目の前の連中も説得に応じるような輩では無さそうね。明らかに戦闘狂の部類だ。
こうなれば最終手段、幻想郷の外に逃げるしか無い。
まぁ、ほとぼり冷めたらまた戻ってくれれば良いし?何事も時間が解決してくれるって言うし?咲夜に小傘、里の皆んなと暫くバイバイするのは寂しいけど、背に腹はかえられん。
ほなさいならー。
その瞬間、文字の羅列のようなものがレミリアを拘束した。
「あ?」
「お」
「……は?何これ?」
「…紫か、空気読めよな〜」
「生憎だけど、そんな余裕風を吹かす暇は無いのよ」
萃香の目線の先にある空間が割れ、そこから少し褪せた金髪の淑女が現れる。
幻想郷の管理者、八雲紫が結界を修復し、ここに現れた。そして周りを見ればその式である八雲藍と橙の姿もある。
「随分早かったじゃないか。結構な大穴だったと思うけど」
「こっちも色々あったということよ。……さて、藍、橙!」
「「はい!」」
2人はレミリアの周囲を旋回し始め、呪文のようなものを唱える。嫌な予感を感じたレミリアは拘束を剥がそうとする。
(うわっ、何これ堅ッ!?)
「無駄よ、それは私の能力で編み込んだ術式。例え神霊だろうとも解くことはできないわ」
(うっそ)
八雲紫は『境界を操る程度の能力』を持つ。
この力はものの境界を自在に操作できるものであり、無から有をつくりだすほどのとんでもない力である。彼女にかかれば水面に写った月すら本物にできる。そんな力をふんだんに使って作り上げたのがあの術式だ。対象の動作を行おうとした瞬間に、自動的に術式が境界を操作して動かなかったことにしてしまう凄まじい代物だ。
そうして2人の詠唱が止み、レミリアの足元に五芒星の陣が展開される。
「合わせなさい」
「「はい!」」
同時に3人の妖力が増す。式神が近くにいることで通常以上の能力が引き出される。そしてそのまま3人は吠える。
「「「客観結界!!」」」
ひとつ
「「「四重結界!!!」」」
ふたつ
「これで最後よ。───夢想封印」
みっつ
「───」
レミリアは多重封印結界によりガチガチに固められた。今のレミリアの力をもってしても指一本動かすことができない。
紫はレミリアの耳元でこう囁く。
「もう貴女はもがくことも喋ることも叶わない。何もできない、ただ世界の境界を揺蕩うだけ。一生ね」
そう言い終わる瞬間、レミリアの背後に空間の割れ目が現れる。その割れ目の中は何も無い虚空が延々と続いている。紫はもはや姿すら見えないほどに重ねがけられた封印越しにレミリアを見る。
「貴女は罪を犯し過ぎました。この幻想の地に貴女の居場所はどこにも無い」
とん と結界を押し、狭間の中へと突き落とした。
「去ね、吸血鬼」
レミリアの視界は静かに狭まっていった。
ーーー
「…?」
「どうかしたの?」
咲夜は漠然と空を見る。
依然空にはレミリアの魔力が渦巻いている。しかし先程まで感じていた存在感とも言えるものが消失していた。まるでレミリアがその世界からさっぱりいなくなってしまったかのように。
レミリアは世界に存在している限り幻想郷の外だろうと、どこかしらで感知できるはずだ。夜そのものなのだから。しかしそれが感じられない。咲夜は嫌な予感を覚える。
(まさか…!)
咲夜の脳裏にある記憶が思い起こされる。
幻想郷に来る前のことだ。よく分からないことを宣って、一方的に絡んできた神がいた。レミリアは仕方無しに迎え撃ったのだが、その時も凄まじい力のぶつかり合いで、周囲の世界は2人の力に塗りつぶされていた。
(まさかまさかまさか!!!)
最終的にその神は自身の力ではレミリアを倒せないと悟り、強力な秘術で封印することにした。その封印は相手を世界の果てに飛ばしてしまう強力な代物で、恐らくあの神にとっても切り札的存在だったのだろう。
しかしそれが全ての間違いだったことに気づくのは、封印が成功した後だった。
(まずいまずいまずい!!!!)
気がつけば咲夜は、レミリアの気配が最後に感じられた場所へ走り出していた。フランとパチュリーの声を無視して、ただがむしゃらに歪んだ草木をかき分ける。
(もしアレがこの幻想郷で起これば本当に不味い!!!そんなことになったら本当に…!)
幻想郷が、消える。
ーーー
「あーあ、やりすぎなんじゃねぇの。紫」
「そうだよ、あれじゃ一生戻ってこれねぇぜ。まだ喧嘩し足りねぇのに…」
不満そうな声色で言葉を溢す鬼2人。どうやら2人はまだ消化不良らしい。
「アレは幻想郷の明確な敵。ましてや大結界を破壊した大罪者。ならば、管理者である私が相応の対処をするのが筋というものよ」
そう言う紫だが、実際かなり危なかった。
あのタイプに物理的な攻撃はほとんど意味をなさないことを知っていた紫は、あの化け物を結界術と博麗の秘術を駆使して封印し、次元の狭間に追放した。しかし、この目の前の鬼2人が気を引いてなければ成功しなかっただろうし、ルーミアをあっさりと倒すその実力。賢者と呼ばれる紫でさえ、正面から戦うのは危険。正直、反撃でもされればそれだけで危なかった。だが、それでもやり遂げた。
アレはルーミア同様、神に近い力の持ち主だ。だから神でも破れないやり方で封印した。こうなれば例えあの秘神でも容易には出られないだろう。
幻想郷中にある魔力も源泉を失って霧散し始めている。一時はどうなるかと思ったが、無事幻想郷の危機は去ったのだ。
「じゃあ戦争はこれで終わりってことかー!?」
「そうなるわね。あとは吸血鬼の生き残りの残党狩りくらいかしら」
「ちと不満足だけど、まぁ良いか、久々に良い刺激になったよ」
「なら良かったですわ。では私は事後処理があるのでこれで。 藍、橙、戻るわよ」
「はい」
それに答える藍。しかし橙の声が聞こえない。橙は藍の式であって、紫の式では無い。なのでこのようなことはたまにあるのだ。
藍は注意しようと振り返る。
「橙、返事をしなさい」
「…藍様……、アレ…なんでしょうか?」
橙に言われて真上の空を見る藍。一見何も無いように見えたが、よく見れば月の真ん中に黒い線のようなものが見えた。
訝しげにそれを見ていると、その線はみるみる広がっていき、同時にミシミシミシミシという音も聞こえた。それはまるで亀裂のような…
そう思い至った瞬間、藍はどっと汗が噴き出した。
(まさか、有り得ない、私と橙、そして紫様が何重にもかけた封印をして世界の外れに追いやったのだぞ!?そんな馬鹿なことが…!!)
いつの間にかその広がる亀裂にその場にいる誰もが目を離せなくなっていた。その心に最悪の想定を考えながら。
空が欠ける。
「…………うそ」
紫が言葉を漏らす。有り得ないものを目にした学者のように、目を大きく見開いている。
欠けた部分から手が現れ、少しずつ欠けた部分を広がしていく。
目が遭う
「ヒッ!!?」
甘かった甘かった甘かった!!!
神に近い?違う、アレは神…いやもっとそこから外れた何か!!そもそも相対しようとすること自体が間違いの存在!!
だめだ!!アレはだめだ!!アレだけはだめだ!!相手にしてはいけない聞いてはいけない見てはいけない知ってはいけない!!!
どうか…どうか来ないで!!
そんな叫び虚しく、幾つかの破音が鳴る。そしてまるで弾けるように次元を隔てる壁は崩れ去った。悍ましいものが溢れ出す。
そして4の翼を翻し、ソレが現れる。
その存在は賢者に等しい頭脳を持つ八雲紫の理解すら超えていた。その姿を見た瞬間から皆、戦うことも、敵意を出すことも、逃げることも、恐怖することすら頭から強制的に排斥され、ただ傍観するしか無かった。
狭間から流れ出た膨大な魔力…いや、もはや魔力とも呼べない星々を着飾ったそれは、幻想郷の大地に流れ出て、地上を喰らい始めた。大地があったはずの場所が空に塗り替えられていく。
それを見てようやく八雲紫はある結論に辿り着く。
あの存在はきっと夜そのものだ。神のようなその概念の化身や分体ではない。本当に夜という概念そのものが形を得た存在なのだ。だから彼女の時間である今この時に他の次元に飛ばしてしまったことで、次元の狭間は文字通り夜になり、彼女の支配下に置かれ、結界を壊された。
……なんてことだ。まさか最初から詰んでいたとでも言うのだろうか。
アレと我々が相対しようとした時点で既にこの幻想郷の運命は決まっていたとでも言うのか?
この世界は、終わるのか?
幻想郷崩壊まで後0秒
『衝撃で吐き出された能力君たち』
運命を操る程度の能力くん〈自由だー!
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力くん〈やったー帰れる!
夜を支配する程度の能力(真):この能力自体は世界のどこかにある無尽蔵の凄い力と能力者を接続するパイプのようなもの。そこから力を供給されることにより、能力者は夜という世界そのものになれる。ただし魔力の供給はオフにはできず、供給される魔力自体が大地を勝手に食うので、能力者はきっと辟易することだろう。この力はよっぽど地上が欲しいらしい。このいやしんぼめ!翼の数が増えるのは単に魔力の最大容量が増えただけ。それに伴って容姿も大人びていき、垂れ流す魔力の量も増え、性質も変化する。更には性格もこの力を扱うに相応しいものへと変化していく。けどやっぱり朝日で全部元に戻る。夜があれば必ず朝も来るものなのだ。因みに、背中から出てる翼は外に滲み出てた能力者の魔力。レミリアたんの肉体ベースが吸血鬼なので翼みたいな形になっている。
感想は作者の血肉となりますよ!
おまけ【前日譚小話 〜幽香ちゃんはお友達が欲しい〜】
辺り一面に向日葵が咲き誇るこの場所、通称『太陽の畑』。幻想郷でも屈指の絶景スポットであるが、この場所には人間はおろか妖怪すら全く近寄らない。その理由はただ一つ、この花畑には幻想郷最凶の妖怪、風見幽香が居住を構える場所だからである。
(今日も人が来ない…)
そんな最凶の誤解妖怪はこの毎日に気が滅入っていた。毎日毎日、目が合うだけでも悲鳴と体液を撒き散らしながら逃げられ、恐れられる日々。以前までのチヤホヤされる生活よりかはマシとはいえ、これはこれでセンチメンタルな幽香ちゃんにとって精神的にくるものがあった。
(…せめて誰か付き合ってくれるような友達でもいれば…)
「こんにちは、風見幽香」
唐突に幽香は声をかけられる。口から飛び出そうだった心臓を落ち着かせながら、幽香はゆっくりと振り返る。そこには日傘を持った白と紫の不思議なドレスを纏った金髪の女性がいた。
「…何の用かしら、アポも無しに」
「それは申し訳ないと思っておりますわ。ですが、緊急時であるが故、目を瞑っていただけると」
「そう、じゃあ瞑ってあげるからとっとと失せなさい」
友達が欲しいとは思ったが、彼女だけはごめんだ。
八雲紫。いまのところ幽香が1番苦手としてる人物だ。というのもこの八雲紫とは幽香が幻想郷に来てすぐに出会ったのだが、お互いに初印象から最悪であった。何せ紫から見た幽香は博麗大結界を破壊して幻想郷に入ってきた危険因子、幽香から見た紫は突然話も無しに襲いかかってきた凄く危ない妖怪である。彼女のせいで何度死にかけたことか(幽香主観)。
最近こそ随分マイルドに接してきているが、それでも染み付いた苦手意識はなかなか取れない。それでも何故か紫は時折こうして幽香と関わろうとする。最初は友達になりたいのだろうかと思ったが、ここに来ては、鬼のような形相で監視していた時期もあったのでそれはないだろう。
憂鬱とした気分で幽香は紫の顔を見る。その顔はいつになく真剣さを感じた。
「そう言うわけにもいきませんわ。本日は一つお願いをしに来ましたの」
「…お願い?」
そう言葉を区切った後、紫は本題を話し始めた。
話をまとめると、最近吸血鬼と呼ばれる外の世界の妖怪の集団がこの幻想郷に喧嘩を売ったらしい。命知らずな集団もいたものである。で、その迎撃のために幽香の力を貸して欲しいと言うのだ。ほうほう、なるほど。
「嫌よ」
当然である。幽香からすれば何が悲しくて自ら命の危険のある戦地へ赴かなければならないのか。
確かに自分は妖怪の中でも力は…まぁ中の上くらいはある自信がある。が、自分より強力な力を持っている存在などこの幻想郷にはザラにいるのだ(幽香主観)。そんな自分が戦場に放り出されたところで、轢き殺されて無惨な死体が残るだけだ。この女は私に死ねというのだろうか。
「勿論報酬は譲渡いたしますわ。お好きなものを好きな数…」
「そう言う問題じゃないのよ」
ピリ と、一気に空気が張り詰める。突如変貌した雰囲気に紫は思わず言葉を詰める。
「何度も言ったはずだけれど、争いごとは嫌いなの。厄介ごとに私を巻き込まないでちょうだい」
それは幽香がこれまで何度も言ってきたことだ。
実はこうして彼女に誘われ厄介ごとに巻き込まれるのは今回が初めてでは無い。天狗との対立やら、地底の反乱やら、外界の侵略者の撃退やら、散々なことをやらされてきた。ぶっちゃけ今の自分の悪名が幻想郷に轟いている要因の半分くらいはコイツのせいである。マジで許さんからな。
「…それは理解しておりますわ。ですがこのまま戦争が起きれば間違いなくこの太陽の畑も戦場になるでしょう。そうなれば貴女の嫌いな争いをせざるを得ない」
「…」
それは勘弁して欲しい。
確かに幽香は人は来て欲しいとは思ったが、血の気のある人はのーせんきゅーである。何よりこの花畑を荒らされるのは心底嫌であった。
「そこで私から提案があります。…貴女が戦争に参加するのであれば私の結界を使い、戦争中はこの花畑に誰も立ち入らないようにして差し上げます」
「……」
「勿論報酬は別に差し上げますわ。望むのであれば食料も、花の肥料も、高価な物品、必要ならば産まれたての妖精も」
「………!……分かったわ、そこまで言うなら望み通り参加してあげる。ただし、私は貴女たちと同行はしない。単独行動をとらせてもらうわ」
「ええ、構いません。英断感謝いたしますわ」
そう言い、紫は深くお辞儀をする。
「戦争は本日の夜です、結界は後で貼らせていただきますわ。…それでは私はこれで。戦場で会うことがあれば、また」
その言葉を最後に紫は空間の割れ目の中へ消えていった。幽香は小さくため息を落とす。
正直命の危機にさらされるのは嫌だったが、花畑は守ってくれるらしいし、何より産まれたての妖精というものは幽香から見ればとても魅力的だった。何せ産まれて間も無いということは幽香のことを知らないということだ。つまり幽香のはじめての友達になり得る可能性があるのだ。
戦争が始まっても、戦禍から離れた場所でウロウロしていれば問題はない。とっとと報酬だけ貰って何処かに隠れていれば良いのだ。風見幽香は即物的であった。
「ふふ…」
そして、これからできるであろう気の許せる存在に胸を躍らせながら幽香は小さく笑った。
……え?というか戦争今日なの?
ーーー
「はぁーーーーーっ……つ、疲れたわ…」
「大丈夫ですか紫様」
「大丈夫よ、張った気が緩んだだけ」
藍から差し出されたタオルで滴る汗を拭く。
やはりいつになってもあの妖怪との会話は神経を使う。こういう時に立場上直接交渉へいかなければならないのは管理者の辛いところである。
しかしその分成果もあった。何とか風見幽香をこちら側に引き入れることができたのだ。これで少なくとも彼女が吸血鬼側に付くことは阻止できたわけだ。それだけでもほっと安心できる。
単独行動を選択することもまぁ概ね予想内だ。むしろ風見幽香の場合は単独行動をさせないと周りの巻き添えが酷いことになる。彼女は正に動く災害。その力の強大さは妖怪の賢者と呼ばれる紫すら上回るのだから。一度真正面から戦ったことはあるが、本気で死にかけたのは後にも先にもあの時だけだろう。
「…ですが本当に奴が手を貸すのでしょうか。これを機を踏んで幻想郷に牙を剥くのでは…」
「そこは問題無いわ。あの妖怪は危険ではあるけど、約束事はちゃんと守るもの」
確かに風見幽香は恐ろしい力の持ち主だが、噂ほど好戦的では無いし、意外と律儀だ。確かに幻想郷に来たばかりの頃はその凶悪さを隠す所はなかったが、今ではここでの暮らしを気に入ったのか、何とか丸く収まっている形になっている。
(ま、それでも油断できない相手だけれどね)
一度気を損ねればまたあの時のように大暴れしてしまうかもしれない。あの時は紫と藍、そして霊奈の3人でギリギリ拮抗するレベルだった。改めて考えてもとんでもない存在だ。今回の戦争で好き勝手に暴れられるのは正直気が引けるが、必要損害だと目を瞑るしかない。
今はともかく味方に引き入れられたことを喜ぶべきだろう。
「藍、後で私の用意した結界を太陽の畑全体に張っておいて」
「分かりました」
…尚、この結界は後にレミリアの魔力によって見事に破壊されてしまい、結果太陽の畑は見るも無惨な姿へと変貌することになる。
それに気がついた紫が頭を抱えるのは結界の修復中のことだった。