[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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12 - 07/08 サイドカーの依頼

1204/07/08(木)

 

しとしとしとしと。気温は夏になったけれどまた雨が降り、待ち人の存在と、サラ教官から渡されたレポートを早く読みたくて屋上を諦めて本校舎二階の談話スペースに腰を落ち着けた。

ブリオニア島の話は、言ってしまえばパルム実習であった問題と同系統の話だ。とは言っても人間関係の話を以前あった話だと丸めて矮小化するのはよろしくないので、単純な自分の中でのカテゴリの話に留めるべきものではあるけれど。

しかしそれ以上にノルド高原での一件は、よく生きて帰ってこられたと胸を撫で下ろすものが多発していて驚くしかない。国家間紛争、猟兵の暗躍、そして巨大魔獣。果ては帝国軍情報局ときたものだ。

 

……しかしこうして起きたことを切り分けていくと、確かにケルディック実習と似通うところが見えてきたような気がする。いくら自分のテリトリーに入ることを許さない性質の魔獣だからといって、こうも都合よく現れるものだろうか、と。

狒々型魔獣のグルノージャはルナリア自然公園の主と呼ばれ、公園管理者でさえも滅多に姿を見ないと聞いた。つまりこの間行った公園の最奥はテリトリー外ということだ。でなければハイキングコースになど出来やしない。

ノルドで現れた蜘蛛型魔獣ギノシャ・ザナクは、ガイウスくん曰く悪しき精霊として大昔に封印されていた魔獣なのだとか。魔獣の寿命は分からないのでその辺りはわからないけれど、蜘蛛という生き物の性質上、蜘蛛の巣にかかった獲物を回収するのではなく対峙時点で交戦的であったというのが気になる。やはりその場にいたギデオン──《G》と名乗った男の笛によるものだろうか。魔獣を操る笛。おそらく古代遺物に該当するもの。

 

ケルディックで狒々をVII組にけしかけたのがノルドの犯人と同じであるという証言が取れていることから、彼らは二度ほどその犯人の企みを潰したことになる。……いや、もしかしたら三度。

ケルディックはクロイツェン州に属し、アルバレア公爵家の領地内だ。五月の実習地を提供し、班分けに口を出してきた可能性のある貴族。領邦軍と猟兵崩れを使役した人物たちはまず間違いなく繋がっている。

となると実行犯がトールズ士官学院の人間を疎んじるのも無理からぬ話になってくる。今月末は夏至祭の警備。皇族のお膝元である帝都であるから様々な治安維持機関がそこに集結することになるので最悪なことにはならないと信じたいけれど、ちょっかいを出されないとも限らない。

 

帰ったらちょっと図式にして書き出してみようか。そうして可能なら教官に進言を。

 

「先輩、お疲れ様です」

 

レポートから顔を上げると、美術室から出てきたのだろうガイウスくんが鞄を肩にかけてそこにいた。下校時刻なのでさもありなんではある。……出てきた美術室の方から彫刻刀の音が止んでいないのもいつものことだ。

 

「お疲れさま、帰り?」

 

私はもう少し読んでいきたいので座ったままでいると、前よろしいですかと尋ねられ了承した。

 

「先月のレポートですか」

「そう。現地にいたわけじゃないから何ともだけど、分かることもありそうでね」

 

外にいるからこそ見えるというのものは、たぶんある。もちろん最初から彼らの脅威を排除しようと考えているわけじゃないけれど、それが命に関わるのであれば成長だの何だの言っている場合ではないことは明白だ。

 

「ああ、そういえば先輩のことを知っている方とお話ししましたよ」

「……一応確認しておくけれど、ノルドで?」

「はい」

 

会話の流れからそうだろうとは思ったけれど、本当にそうだとは思わなかった。国外の地で私を知っている人と会うようなことがあるだろうか。故郷のティルフィルはサザーラント州でノルドとは地理的に全くの反対だ。

 

「ノートンという方で」

「あ、帝国時報の」

「そうです。記者の方を護衛……というより送迎することになり、その際に『君たちの一つ上にローランドって子がいるだろう』と」

 

一年前の記事を再編集してくれた方で名前を覚えていたのだけれど、今となってはよくあの下手な文章からあの記事が出てきたものだと感心するばかりである。そして私がどういった活動であの記事を書くに至ったのか把握して、その繋がりでVII組と交流があると類推されたのだろう。そしてそれは当たっている。記者というのは怖いものだ。

 

「帝国時報に記事を提供されたことがあるんですね」

「……うん、その繋がりで気に入ってくださっててね」

 

頷きはしたけれど、提供というほど可愛げのあるものではなかった。

あの時、私は自分の意思でそれを決めたと信じていたけれど、理事……いや貴族から提示されたものに対し果たして否を唱えられたのだろうか。自分がどういった人間であるのか理解され、そうして求められる方向に誘導されたというのもあり得る。自分のことには冷静でいられないというのは未熟な証拠だ。

 

「ガイウス、お待たせ」

 

隣の音楽室からエリオットくんが出てきた。なるほど、彼を待っていたわけだ。

前に第三で晩御飯を頂いた際に顔を合わせているので、一応全員に顔を知られている状態になっているのでエリオットくんとお互い会釈する。万が一またVII組補佐としてついていくことがあれば、その時は今まで以上に隠密に気を配ろうと心に誓った。

 

「先輩もお疲れ様です」

「エリオットくんもね。来月に演奏会だっけ」

「はい、よければ先輩も来てくれると嬉しいです」

 

学院生による八月の演奏会はトリスタでは伝統的な行事のようで、去年は立て込んでいたせいか情報をキャッチ出来ていなかったので聴くことは出来なかった。折角誘ってくれたのだし、時間を作って行ってみようかな。

 

「では、オレたちはこれで」

「うん。気をつけて帰ってね」

 

連れあう二人を見送り、更にレポートを読み進めていく。こうして読んでいると四月から随分とレポートが読みやすくなっているし、ジョルジュ曰くARCUSの戦術リンクも上手く回るようになっているようで成長や人間関係の変化を感じざるを得ない。

私たちの時も、忘れることを自分に許さないあの六月から確かに歯車が噛み合い始めた。人数が多いから同じように考えることは危ないけれど、人が人を知っていくのはやはり時間がかかることなんだなと改めて実感する。

 

「よーっす、待たせたな」

「君が赤点を取らなければもう少し早く帰れたんだけどねえ」

 

そう。クロウは先月の中間試験で一部教科で赤点を取り、補習を受けざるを得なくなっていたのだ。実技系は文句なしでトップクラスなのにもったいない。というか、事前に勉強したところであれば特に問題ないのだからどれだけやる気がなかったのだろうと。

ハインリッヒ教頭が苦手だからクロウもやる気が出ないのか、それともクロウがやる気を出さないから教頭が厳しくなるのか。所詮答えの出ないニワトリタマゴ論にすぎないけれど。

 

「それVII組のレポートか?」

「うん。いろいろ考えさせられるね。来月も楽しみだよ」

「お前も大概世話焼きだよなぁ」

 

そういうクロウもなんだかんだ面倒見がいいので、いつもの面子はベクトルは違えどそれなりに世話好きなのではなかろうかと思う。そんなことを考えながらレポートを鞄へ仕舞って二人揃って一階へ。受付のビアンカさんに挨拶をしながら玄関を開けると雨は既に上がっていた。

 

「夜から蒸し暑くなりそうだねえ」

「勘弁してほしいぜ全く」

 

水たまりがあちらこちらに見える道へ歩き出し、にわかに気温が上がり始めている気配を察知して夜のことを思う。普段より少し多めに水を沸かして冷蔵庫に入れておこうかな。

 

「そういえば帝都の夏至祭どうするの? 私は行く予定立てているけど」

「あー、オレも繰り出すぜ」

「一緒に行動していい?」

「もちろんだっつの」

 

そっか、としあわせが言葉になってこぼれる。

 

「やっぱり夏至賞?」

「そうだな。あとは祭りってことでいろんな店覗くのも楽しいぜ。去年は行けなかったろ」

「うん。だから今年は行っておきたいなって」

 

それにクロウとイベントごとを巡るといういかにもなデートもきっと楽しい。だから、寸暇もなく肯定されたこと自体が実は結構嬉しかったというか。あ、既にもう結構浮かれているかもしれない。

 

「近くなったらもうちょっと詰めようね」

「おう、回りたいところあったら遠慮すんなよ」

「クロウもね」

 

自分が主体となって楽しむのはもちろんだけれど、『好いた相手が楽しんでいる姿』というのもかなり見ていて飽きないので、そういう意味で私たちはきっとこれからもこういう話し合いと譲り合いをしていくのだと思う。

競馬自体はあんまり興味はないけれど、馬を見るのは楽しみだし。

 

月末の特別実習のことを考えるとVII組のことがすこし心配だけれど、現金な自分ははやく月末来てくれないかなと願ってしまったのだ。

 

 

 

 

1204/07/11(日)

 

「おー、これがサイドカー?」

 

授業後に東の街道に呼び出されてほいほいと行ってみると、ジョルジュとアンと見慣れない形のバイクがそこにいた。前にジョルジュがこぼしていた『バイクの脇に取り付ける一人席』というのは的確な表現だったんだなぁと見下ろして思う。

 

「そう。強度試験も兼ねて、事故の際に咄嗟に自力脱出出来る相手に搭乗を頼みたくてね」

「確かに初期段階でトワとか乗らせるわけにはいかないし、その点でいえば私が適任だ」

 

私へ頼む前に去年の導力車事故のことが頭のよぎった可能性すらある。あの時は寄ってたかって、車に二回撥ねられて軽傷で済むのはおかしい、と言われたものだ。

 

「そういうこと。時間は大丈夫かい?」

「うん」

 

時間が大丈夫でなければそもそも通信口で断っているけれど、確認を挟んでくる律儀さが心地いい空間を作ってくれているのだと思う。

頷いてサイドカーへ手をかけたところですこし動作を止める。

 

「どうかしたのか?」

「いや一応アダマスシールド唱えておこうかなー、と」

 

物理属性の攻撃を完全防御する魔法の名前を挙げると、ああ、と二人とも口を揃える。なくても支障はないだろうけれど、もし何かあった時に気にするのはこの二人だ。

 

「そうだね。一応お願いしておくよ」

 

前衛の私は普段魔法系のクオーツを嵌め込まないのだけれど、一応分断された時用に持ってはいる。ハザウで起きたような完全外部遮断がいつ起きるともしれないから、荷物にならない程度に懐に忍ばせているというわけで。

かちゃりかちゃりとクオーツを取り替えてARCUSの駆動を開始する。

 

「アダマスシールド、展開」

 

これで少なくとも一時間ほどは大丈夫な筈だ。折り返し地点によってはもう一回かけておく方がいいかもしれないけれど。……でもこれは事故を心配しているというよりは、本当に未然防止策でしかない。なんたって。

 

「まぁジョルジュが作ってアンが操縦するなら、何の問題もないとは思うけどね」

 

二人の技量の高さなら近くで見てきた私はようく知っている。ジョルジュの図面引きからそれをカタチにする技術に、アンの馬やバイクに乗った際の安定感。それらは決して一朝一夕なものではなく、ずっと研鑽されて続けてきたもの。

そんな二人だからこそ見える不安を見過ごさず、私に話を持ってきている。それそのものが信頼がおけるというもので。

 

「そいつは──」

「嬉しい言葉だね。ご期待に添えるよう頑張ってみようじゃないか」

 

アンがバイクに跨りながらウインクをするものだから、軽いなぁ、なんて笑って私はサイドカーへ乗り込んだ。視線の低さが面白い。

 

 

 

 

走り始めて10分。レポートを書かないといけないのでいろいろ体勢を試してみているところだ。

座り心地は正直あんまり良くない。クッション性が乏しいのかわりとお尻の下に素材感が伝わってきているので、長時間乗るのなら改良部分だ。そうは言っても重量の問題や高さも関わってくる場所だろうので、クッションを足せばいいというものでもない。難しい。

けれど受ける風の気持ちよさは楽しくて、これはこれでアリだなぁと思う。普段はクロウかアンの後ろに乗るので、受ける風の形は違う。それにちらりと横を見上げれば上機嫌にハンドルを握っているアンも見えて、普段見ることのない角度だな、とどことなく役得感を覚えた。

 

「軋むような音はないかい?」

「どっこも問題なく安定しているよ」

「それはよかった」

 

意識して耳をそば立てていても、パーツ的な問題はない気がする。思いがけず分離したりすると危ない、ということで呼ばれているので警戒はしているけれど、そういうのを気にせず、ただ体を預けて楽しめるのならいい気分転換にもなりそうだ。

 

 

 

 

あらかじめ決めておいた折り返し地点で休憩に入り、渡されていた水筒から使い捨ての紙コップにお茶を注いでアンに差し出す。私も口をつけたけれど、まぁ実際に動いているのはアンなので身体的な疲れはない。

 

「そういえば前にバイクを貸したけれど、あの日も楽しめたかな?」

「うん、ありがとうね。何回も後ろに乗ってるけど、やっぱり毎回どきどきするよ」

「フフ、サイドカーが完成しても二人はそうやって乗っていそうだ」

「そもそも私は並走したいんだけどねえ」

 

RF社で商業展開されるのはいつになるだろうか。いや展開されたとして私が気軽に乗れるモデルが発売されるかどうかはまた別の話なのもわかっているけれど。

 

「ま、その辺の売り込みについても追い追い考えていくとしよう。帰りは予定通り速度を上げるから、引き続きよろしく頼むよ、セリ」

「任されましたっと」

 

紙コップ同士を軽く合わせて私たちはゆるく笑い合った。

 

 

 

 

そのまま二人で問題なくジョルジュのもとへ帰ることができ、技術棟であれこれフィードバックをした後にキルシェでご飯を食べようという話に。

 

「セリから見てVII組はどうだい?」

 

ボロネーゼを頼んだジョルジュがフォークでくるくると麺を巻き取りながらそう話を振ってきた。ジョルジュはオーブメントの調整を任されているということもあって、たぶん私よりもVII組の人たちと関わっているのだから敢えての質問だ。

 

「四月と比べたら見違えるようだよ」

 

焼き立てのパンの熱さにちょっと我慢しながら端をちぎり、パターを乗せて一口。うん、今日も美味しい。穀倉地帯のケルディックが近いといい小麦が手に入るから助かってるんだぜ、とフレッドさんが自慢げにしていたのもわかるというものだ。

 

「フフ、セリは本当に後輩たちを気に入っているようですこし妬けてしまうな」

「妬かれても困るけど」

「クロウは何も言わないのかい?」

「え? 別に何も言われないけど……そもそもあんまり嫉妬とかしないんじゃない?」

 

本人曰く嫉妬していることもあるそうだけれど、そう言われても私が誰かと話していてクロウが嫉妬するという光景がうまく思い描けない。クロウ自体が良くも悪くも誰とでも距離感が近いので、私が後輩を気にしているという程度の話で妬かれてもやっぱり困ってしまう。それじゃあ自分はどうなんだ、と。

けれど二人は少し重いため息を吐くので、あっこれは返しをミスったなと悟った。

 

「いいかい、セリ。クロウはおそらくかなり嫉妬深いタチだ」

「その点は僕も同意するかな」

「ええー……そうなのかなぁ」

 

自分がかなり嫉妬深い性質であることは自覚しているので、それと比較するとそうでもないというか、別に行動を制限されたり、束縛されたりとかはないのでよくわからない。例えばフィデリオと廊下で話していても特にわかりやすく割って入られたことなんてないし。

何をどう見てそういう結論になるのかいまいち筋道が理解出来ないのだ。

 

「まぁでもアン、たぶん外に向くタイプだから」

「確かに。気付かせないというのはあるかもしれない」

 

私が見ることは叶わないクロウの姿を二人は観測出来ているのだなぁ、なんてちょっとだけ羨ましくなる。まぁでもきっと誰も見ることができないクロウを一番見ているのは自分だろうという気持ちもあるので、多少は仕方ないかと運ばれてきたチーズリゾットにスプーンを入れた。

友人から見た恋人の姿というのは、なんというか面白い。

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