1204/08/01(日) 夜
「……ごめん、もう一回言ってくれる?」
「去年サボりすぎたせいで出席点による必修の単位落としが発覚して卒業が危うい」
食堂で久しぶりに全員揃って、アン主導のカレー作りをしていただきますをしたところで隣に座るクロウから爆弾発言が落とされた。
「ご、ごめん、もう一回」
「セリ、何度聞いても結果は変わらないと思うが」
アンから現実逃避をするなと突きつけられて、いやちょっと意味がわからないなぁ、とカレーを一口食べる。うん、美味しい。とうもろこし、ズッキーニ、ナス、トマト、ピーマン、夏野菜をざっくりめに切って炒めて少し煮ただけだというのに何でこんなに美味しいんだろう。
駄目だ、脳が考えることを拒否している。
「え、それ結局どうなるの?」
「実は私の方にサラ教官から話が来ててね、いろいろ計算してみたんだけど」
生徒会長であるトワはそんなことまで実務の対象らしい。いや成績に関することはさすがに生徒自治の枠を超えている気がするのだけれど。まぁいいか。
「八月半ばから十月末までVII組に在籍すると一年の必修単位にオマケしてくれるってよ」
「じゃあクロウは一時的に一年生になるってことなのかい?」
ジョルジュが苦笑いで問いかけると、よろしく頼むぜ先輩、なんて笑って。笑い事ではない。
「成績の面倒は見られるけど出席に関しては無理だ……」
「みんなクラス違うもんねえ」
「そういえば一時期やたらとサボる時期があったらしいからそれか」
「さすがに僕も擁護出来ないかな」
成績が足りずに単位を落とすのならまだ理解ができる。習熟度の問題を放置したまま単位認定するとひいては学院の質が落ちることになるからだ。それでは制度に意味がない。だけど、そんな、まさか、出てさえすればいい話でそんなこと起きる?というのが正直な感想というか。いやでも実際に起きているらしいのでそれは受け止めよう。……受け止めよう。
「VII組への悪影響が心配だなぁ」
「なに、九対一だからそこまで浸透しないだろうさ」
「お前ら好き勝手言ってんじゃねえよ」
なんせ尊敬してはいけない先輩堂々の一位を取っているらしいクロウなので、その辺りのことをしっかりとリィンくん達に言い含めておく必要があるかもしれない。あとはわりとみんな純粋だから騙されないようにして欲しい。
「それにしてもつるんでいるメンバーから留年生が出るとはね」
「まだセーフなんだわ」
アンが笑いながら言うとクロウが素早く突っ込んだけれど、既に片足……いや半身ぐらいは入っているようなものな気がする。それに一年生に混ざっているからといって二年生の単位をおろそかにしていいものではないだろうし、勉強がさらに大変になるだけじゃないだろうか。
「夏至祭で遊んでる場合じゃなかったねえ」
「そもそもあれ遊んでたって言えんのか。途中から任務だったろ」
そうは言っても15時の鐘が鳴るまではかなり遊び倒していたと思うのだ。後日、日常生活程度にしか満足に身体が動かせず、結局ヴァンダール流の練武場で行われていた体験教室への参加が叶わなかったとしても。
「ああ、本当に大変だったみたいだね。僕は結局ジャンク屋覗いてそのまま帰ってたから」
「いやー、普段のジョルジュのありがたさが身に染みた数時間でした」
深く傷が入った箇所はまだ痛むけれど、回復魔法で傷口は塞がっているから無理をしなければじきに治る。導力魔法が開発される以前は軽い傷でも毎日傷口を消毒し包帯を替え、清潔にしていなければならなかったと言うのだから一瞬で傷が塞がると言うのは便利だ。
ただ治癒される側の生命力を消費するものなので病院で使えるものではなく、ましてや瀕死の人にはとどめの一撃になってしまうと聞いた。つまりカタギの方法ではない扱いなのだろう。それでも戦術導力器を使う者で世話になったことがない人はいない。
ベアトリクス教官は怪我を導力魔法ですべて解決するのはあまりお好きではないみたいなので、保健室には消毒液その他きちんと従来通りの手当てをする準備は整えられている。
まぁ急速に皮膚を閉じるのだからその分どこかで歪みが出るというのは理解出来る話だ。それにショットガンの傷に使った場合の事故事例集なども衛生学で写真を交えて教えられたので、使い所には注意というのもわかっている。
「まー、何はともあれ、クロウの卒業式に四人集まる日が近づいたわけで」
「アンは今のうちにスケジュール押さえておいた方が良さそうだね」
「フフ、その日には何があっても駆けつけよう」
「も、もう、みんな! 冗談にも限度があるんだからね!」
「だからまだ留年してないんだわ」
そんな風にトワに怒られつつ軽口を叩き合いながら、デザートまで美味しくいただいた。
1204/08/14(土) 放課後
「編入生、ですか?」
サラ教官に教官室横にある会議室へ呼び出され、渡された資料に視線を落としながら説明された概要に首を傾げる。
「そ。VII組にクロウとはまた別に一人来る予定でね」
「随分と中途半端な時期ですね」
資料に添付されていた写真にあるのは、碧い髪に透明度の高い琥耀石のような瞳を持つ少女────ミリアム・オライオン。六月のノルドで起きた帝国解放戦線によるテロ行為への対抗としてVII組に協力を要請し、そして帝国軍情報局所属レクター・アランドール特務大尉と共に姿を消した人物だ。鉄血宰相殿の懐刀の一人らしい。
「まぁ、素性を知っていればどういう思惑か何となく分かりますけども」
「でしょうね」
先月魔道甲冑騒ぎがあった旧校舎の調査が、いよいよ生徒だけの手には余るという判断の瀬戸際でバランスを取るために情報局の特務隊員──つまりプロの介入となったと推測が出来る。それに確か鉄血宰相殿はトールズの卒業生なので、母校を憂いたということも……あったりするのかもしれない。
おそらく彼女には他にも渡された任務はあるだろうけれど、私程度の立場ではここまでの情報開示が精一杯だ。あとはもう実際に人となりを見ていくしかない。
「それと、正規軍との兼ね合いで知るのが遅くなりましたが今月の実習日程凄いですね」
全て列車での移動が予定されているのに、かたやレグラムでかたやジュライ経済特区だ。レグラムが帝国内では辺境に当たる場所とはいえ、北西の果てとは比べるべくもないだろう。
「君ならわかってると思うんだけど、案外ともう時間がないのよ。その中で、どうしてもジュライは外せなかったの」
去年は十一月に行われた統括試験によってARCUSの試験運用が終わりに至ったことを考えると、今年も似たような日程ならば九月が最終実習となるのだろう。
ジュライ────八年前に帝国に併合され、経済特区として発展を遂げたとされる都市。確かに"帝国"という国家の在り方を考える上では外せない土地だ。戦争の結果として併合されたわけではないけれど、そもそも市国と大国が相対するのに武力など必要ないのもある。
まさかこんな風にVII組が訪れることになるとは思わなかったし、心がざわつかないと言えば嘘になるけれど、とにもかくにも出来ることをやっていこう。
「……そうですね。これがノーザンブリアやクロスベルだったなら、何を考えているんだと別の意味で苦悩するところでした」
外国であるノルドは帝国の友好地として留学生を受け入れ、また実習地としてVII組を送り出せた。自治州とはまたわけが違うし、クロスベルはともかくノーザンブリアとは友好的とは言い難い緊張状態が続いているのが現状だ。……まぁクロスベルも政治的には様々水面化であるだろうけれど、仮に帝国の学生服を纏った実習生がいたとしても襲われるといったことはほぼない。例え共和国の犯罪シンジケート組織があったとしても。
けれど、あらゆる思惑の上でジュライ経済特区が選ばれた。
そして八月末、実習最終日にガレリア要塞へ集合する手筈となっている、と。
「……西ゼムリア通商会議の日程と被ってるのはわざとですよね?」
移動距離を加味して実習が土日に収まらないというのはわかるけれど、それでもわざわざクロスベルで国際会議が開催される日に帝国最東端であるガレリア要塞で実習というのはそれこそ特別な意味を持つだろう。
「否定はしないわ。ところで、トワが会議の随行団に招集されたのは知ってるかしら」
「はい。本人から直接聞いています」
先月末にあった帝都でのテロ活動に対する迅速的確な手腕に対し、帝国は国家間会議の場に呼ぶという結論を出した。学生に対しては異例の抜擢だ。ましてやトワは政治的圧力は一切かからない平民である。実力主義者と名高い鉄血宰相殿の差配だろうか。
「それと同時に水面下の要請でVII組をガレリア要塞に留め置くことになったのよね」
「ああ、それも夏至祭の功績って感じですか」
「そうね」
マーテル公園に駆けつけ襲撃者を追跡したA班はもちろんのこと、競馬場の方に待機していたB班もTMPの指示の元でテロリストの攻撃を食い止めたという実績がある。トールズ士官学院一年VII組というのはただのお飾りの特別学級ではない、ということをあの夏至祭で正規軍内部にも知らしめることとなったのは間違いない。
「でも表向きは単なる実習よ。君たちが今年の三月頃にやったような、要塞や演習の見学を主として。要塞の警備だなんて最初っから告げてたら折角の機会を楽しめないでしょうし」
「要塞の見学って楽しむものですっけ」
「あら、あんなレポートを出しておいて言うわねえ」
「……」
ガレリア要塞に対する感情はともかくとして、歩測と目測が楽しかったのは確かなのでこれ以上藪をつつかないよう黙っておこう。
「それでこの無茶な日程になってるんですか」
閑話休題。ケルディックとパルムの時も思ったけれど、かなりの実習時間の差が出来ることについてはきちんと考慮されているのだろうか。……まあ、さすがに考えられているだろう。たぶん。
それにジュライ班にクロウがいるなら例え教官が駆けつけられなくとも滅多なことは起きないだろうし、見守りながらもそっとサポートの選択を取る信頼はある。もちろん、フォローしない方がいいという判断まで含めて。だからこその遠地挑戦なのかな。
「それに九月の方はもう随分前から埋まってて」
「あ、決まってるんですか」
「どちらも帝都に次ぐ大都市、ルーレとオルディスよ」
鋼都と海都。アンとクロウの故郷だ。VII組は予算と各地への通達の違いか、去年よりもずっといろんなところに行けているのでそういう意味では本当に羨ましい。いやもちろん課題や人間関係や土地の人との交流やら、大変なこともたくさんあるだろうけれど。
「今月の実習も含めて、いい経験になるといいですね」
「ふふ、すっかりお姉さん風吹かせちゃって」
「……あ、クロウは遠慮なくしごきあげてくださいね、教官」
サラ教官に微笑まれてしまってなんだかちょっと恥ずかしかったので、18日からVII組編入する人物について軽口を叩くことで逃げることにした。ごめん、クロウ。
「お、トワに用事か?」
「ううん、帰ろうと思ったら気配があったから来た」
本校舎の正面入口から出たところで学生会館方面から歩いてくる気配を感じて、少しだけそっちの方に爪先を向けたところで目当ての人物と接触できた。クロウも帰るところだったようで、そのまま帰路にお邪魔させてもらう。
「しっかし去年もだったけどあっちぃな」
「そうだね。それでも制服が機能的だからまだマシなんだろうけど」
去年と同じく、半袖のYシャツの上にジャケットを羽織っているわけだけれど、夏の日差しに直接当たるよりは個人的にはよっぽど涼しい。まぁ人によるので半袖で活動する人も少なくはないのだけれど。
「こうも暑いと荷造りも進まねえっつうか」
「……荷造り?」
クロウは確かに遠い遠い北西のジュライ実習だけれど実習地の発表はまだなはずで、今から荷造りをするにしては些か気が早すぎないだろうか。実習地の気候もわからなければ荷造りも何もないだろう。
「ああ、第三に引っ越すんだよ。短期だからこそARCUSの戦術リンクのためにも一年共と生活を共にしろって言われてよ」
引 っ 越 し 。
「えっ」
「なんだ、サラから聞いてなかったか? 18日に編入して、21日に転寮もするぜ」
聞いてない。いや、サラ教官もまさか私がクロウから聞いていないとは思わなかったのかもしれない。士官学院生にあるまじき思い込みという初歩的な伝達ミスだ。違う、本題はそこじゃない。
「じゃ、じゃあ朝とか晩は」
「暫く向こうで食うことになるだろうな。ったく、第二より第三の方が学院から遠いってんだから勘弁しろっつうの。朝寝る時間が短くなるじゃねえか」
あっけらかんとクロウは言うけれど、私の心はびっくりするほどにテンションが下がってしまった。まさか生活環境がそこまで離れるとは思っていなかった。ただでさえVII組はカリキュラムが特殊な組み方になっているし教室階も異なって、V組ではなくなるから実践訓練の合同授業でも顔を合わせられなくなるって言うのに。
「……そういう事情なら、お昼もVII組の人と過ごした方がいいよね」
基本的に学生食堂や、購買で買ったパンを屋上に持ち込んでランチとか、なるべく時間を合わせて一緒にいることが多かったけれど、それもよした方がいいんだろう。
「あー、ま、そうだろうな。……悪ィ。ここまで時間が拘束されるとは思ってなかったわ」
クロウもようやく生活時間の根本的な違いに気がついてくれたのか、申し訳ないような顔をする。でもそんな顔をされても、結局変わることはないのだ。それなら。
ぎゅっとクロウの片手を両手で取って、夕陽に照らされた紅い瞳を見上げる。
「今日から第三に移動するまでの数日間、クロウの晩御飯の時間は私が貰いたい」
それぐらいのわがままは言ってもいいんじゃなかろうか。……駄目かな。荷造りがあるといってもご飯は食べなければ健康によろしくないし、本当に不可能ならそう言ってくれる、たぶん。
「……むしろいいのかよ」
「え?」
「単位落とすオトコなんざ呆れられてもおかしくねえっつうか」
「んー、別に? それで私が好きになった部分が帳消しになるわけじゃないし」
それに、これを言うと調子に乗るか落ち込むかの二択だと思って伝えていないけれど、クロウのちょっと情けないところも私は好きなのだ。かわいい。
全くもって恋は盲目状態だというのはそうだろうと思うけれど、特に何かあるとも思っていないし成績も落ちていないので問題ないと判断してる。仮に問題があるなら、真っ先にアンが突っ込んでくる気もしているというか。だから、まあ、悪くないんじゃないか、って。
「そんなこと考えるより、ちゃんと成果出して十一月には帰ってきてよ。そしたらみんなでパーティしよ。何ならVII組も交えて」
そう私が笑うと、クロウは何だか、一瞬だけよくわからない表情をしたと思ったらすぐに私の髪の毛を掻き混ぜてきて、敵わねえな、って笑いこぼした。
ねぇ、それじゃあ今日は何を食べようか。